セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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二幕
▽1998


スコーピウスが迷い込んだ世界、その十九年前。ホグワーツの戦いで不死鳥の騎士団は壊滅した。

世界は闇に包まれ、純血魔法族以外からは人として生きる権利さえも消えてしまったのである。半純血は、闇に屈することではじめて名誉魔法族として扱われ、生きる権利を得る。それだって、極端な思想を持つ純血魔法族が気に入らなければその立場はすぐに揺らいだ。

そんな破綻した世界で一人。レイは憎悪に身を焦がし、破滅へとひた走るよりほかなかった。

 

事の発端は忌まわしきトライウィザードトーナメント、第二の課題。そこで何者かの妨害を受け、セドリックは学校中の笑いものに転落した。恐ろしかった。つい数時間前までセドリックに声援を送っていた人間が突如として彼と目も合わせなくなる。

こんなのは絶対におかしい、間違っている。レイだけが声を上げた。それでも、ホグワーツにおいてはっきりとした権力を持たないレイの声では誰にも届かない。まるで悪い魔法にかかったみたいだった。

嘲笑、侮蔑、失望。その態度がレイの人間嫌いに拍車をかける。もとより人の悪意に敏感で不安定だった彼の精神は徐々に人としての何かを失ってしまった。

こうなったレイの耳に届くのはセドリックの声だけ。ユウトやイッケイ、双子は勿論、スネイプの言葉でさえも。もう彼を止めることなぞできなくなっていた。

 

「セド先輩、俺がいるよ。ずっとついてくからさ、どこにでも行こ。どんな復讐だって手を貸すよ」

 

だって俺たち友達だから。

その言葉がすっかりふさぎ込んでいたセドリックの心に届いてしまう。一度転がりだした石は止まらない。二人はゆっくりゆっくり間違っていった。

嫌いなものを嫌いということの何が悪いのだろう。許せないことを許さないことの何が悪だというのだろう。こんなに優しい人をここまで追い詰めたのは、先に裏切ったのはどちらだったのか。思い出せばいい。

たった一度の失敗を許容できないのなら、そんなのは正しくない。友達だなんて言わない。貴方には俺がいるから、それでいいよね。そう言ってレイはセドリックのただ一人になってしまった。いつか彼が、レイの心に触れたのと同じように。

日陰者のことは日陰者が一番よく知っている。何が嬉しくて、何が悲しくて、何に腹を立てているのかを。

挫けて、拗れた心の内を誰よりも知っているのだ。魔法が使えない魔法使いとして。

 

セドリックの卒業とともにレイも学校から出奔した。そして、そこに闇が入り込む。

欲しいものをくれるというから。世界をめちゃくちゃにしてもいいというから、二人は闇の帝王についた。若くて聡明な魔法使いとして重用された二人はあっという間に地位を確立していった。それこそが罠であるなんて、気が付きもせずに。

ホグワーツ決戦のあの日は今でも夢に見る。愛が憎しみに変わった学び舎を破壊する愉悦はきっと他では味わえなかっただろう。

あの時、セドリックを笑ったやつの顔をドロドロに溶かして。後ろ指さした奴の全身の骨を二度と戻せないように粉砕してやった。友達が笑ってくれるならいいと思った。もう一度、セド先輩に心から笑ってほしかった。輝かしい中庭。たった一握りの優しい記憶。

 

そう願っていたのに。

あの日、ホグワーツで見た彼の顔は困惑に満ちた悲しい表情で。

響く闇の生き物の唸り声の中、幾度となく聞こえた命を刈り取るための呪文。レイとセドリックがいまだ使うことができない本物の闇のための呪文だ。

緑の閃光を避けて踊るように校内を闊歩する。最も悍ましい呪文が誰かの胸に吸い込まれる。倒れた誰かを避けて、興味本位で顔を見る。

足もとに転がるのはアーニーマクミラン。黄色のローブは血で薄汚れている。知った顔が命なき躯となって床に伏しているだけだ。何の感慨もわかなかった。

けれど、少し離れた場所にいたセドリックは違った。明らかに彼の動きが悪くなる。

アーニー!誰かが叫んだ声が彼に届いてしまう。目の前で死んだのが誰だったのかの答え合わせは欠片、残っていた彼の心を壊してしまうには十分すぎた。

よくも!と彼のいる方に杖を向けたのはブロンドの女の子。彼女のローブもハッフルパフだ。セドリックはまだ気づいていないようだった。レイは慌てて彼に向かって走る。

そして、その途中で運悪く身に纏っていた仮面に呪文が当たり弾き飛ばされてしまった。その衝撃にレイは姿勢を崩して床に膝をつく。

 

「君は……!」

 

レイが相対したのはネビルロングボトム。彼は魔法使いに似合わぬ剣を振るう。あれはきっとグリフィンドールの剣だ。真に勇敢な寮生にしか抜けぬ、勇気の証。麗しの輝きはまるで聖剣を携えたアーサー王。

それは、きっと。意地悪な女神のあまりに美しい笑みだったに違いない。

彼が振りかぶった剣の狙いはレイの横を這う憎き毒蛇。失楽園の証を断ち切らんとする英雄的行い。

けれど、それを少し離れて見たセドリックには全く違うように映る。

屈辱の渦中でただ一人、手を取ってくれた人間を打ち取らんとする悪魔の所業。本来闇を祓うべき赤と金の血潮がセドリックにはあまりにも歪んで見えてしまう。

後輩を守りたい一心だった。それがセドリックの美徳だから。たった一人の友達を失ってはもう、正気ではいられないだろう。

この魔法に込めたのはネビルに対する怒りでも、憎しみでもなかった。そんな気持ちは一切ない。

ただ、後輩を守りたかった。

それだけだった。

 

「アバダケタブラ」

 

彼の胸元に吸い込まれる緑の閃光。呆気なく倒れる彼の手から離れた銀の剣は主を失い虚空に消える。

同じ学び舎で学んだ、顔も名前も知っている人間を殺す。名も知らないマグルを虐待した時の懇願には耳を貸すことすらなかったのに、セドリックは悪い魔法からとけたみたいに目を見開いた。

本来心優しきセドリックには耐えられなかったのだろう。彼はそのまま杖を落とした。その隙が命取りになってしまう。

レイとセドリックの間に入り込んだのはベラトリックス。加虐性が著しく高い恐ろしい魔女はかの帝王からの密命を遂行するためにセドリックを緑の閃光で打ち抜いた。

 

「スペアは不要だって。我が君からのありがたいお言葉だよお坊ちゃんがたぁ!」

 

そう、欲されていたのはレイだけだったのだ。スリザリンにとって聖二十八族でもないハッフルパフ生なんて目にも入っていない。

 

「弱虫坊ちゃん!使えない子!落第生の星も結局は落第生!」

 

冷たく尖った青緑の閃光。それは綺麗じゃない緑、優しくない緑。命を奪いつくす死神の色。

撃ち抜かれるその瞬間、どうしてかセドリックは笑っているように見えた。なんで笑うの、おいてかないでよ、友達だって言ってよ、セド先輩。

レイは震える足を精神力だけで無理やり立たせて彼女に掴みかかった。

 

「ベラトリックスレストレンジ!!!!」

「耳元で叫ぶんじゃないよ、ガキ」

 

レイの首元に切り裂き呪文が飛ぶ。喉は裂け、おびただしい量の血液があたりに飛んだ。呼吸をしようにも吐息が裂けた部分から漏れ出るばかり。

いいか、もう死んじゃっても。セド先輩もいない。独りぼっちは寂しいや。

レイは血圧が急激に下がったことによって襲い来る眠気に逆らわない。意識が完全に落ちる前、大好きな先生の声を聴いた気がする。

 

でも、それだってもう、どうでもいい。

 

 

 

 

次に目が覚めた時にはすべてが終わっていた。ハリーポッターは死に、世界は闇に包まれた。なのに、どうして生きているのだろう。自分はどうしてまだ息をしているのだろう。大切な友達が死んでしまったというのに。

嘆けども、声は出なかった。叫んだつもりでも、レイの口から洩れるのはうめき声ばかり。レストレンジによる呪いは深く、彼の喉を切り裂き、もう二度と戻せないほどに浸潤していたのだ。

きっと罰が当たったのだ。セドリックを守れなかったから。闇になんて落ちたから。きっと、きっと。

ああ、死んでしまいたい。レイは纏っていたはずのマントを探す。いつでも終わりにできるように、今度はセド先輩に迷惑をかけませんように、と用意していた猛毒の小瓶。ほんの数滴で苦しむことなく命を終えることができるそんな薬を飲んでしまいたかった。

 

「目が覚めたようですな、ハセオ」

「せん、せ……?」

 

開いた扉、光の中から現れたのはセブルススネイプ。彼はレイの座るベッドに近づくと有無を言わさずチョーカーを付けた。レイには見ることができないが、傷跡がすっかり隠れてしまう太さ。華奢でこそないものの、繊細な蔦模様の意匠は男がするには不似合いである。それを身に着ければ潰れていた声は今まで通り通るようになった。

 

「これは……」

「五日も眠っていたのだ。ハセオ」

 

このまま死んでしまうかと思った。そんな風に彼は言う。殺してくれて構わなかったのに、なぜこの命を拾い上げるようなことをしたのだろう。レイは初めて彼に憤りを覚えた。それと同時に自分に酷く失望する。

 

「ごめん、なさい」

「その謝罪は誰のためのものですかな」

「え、と……」

 

スネイプの表情を窺うも、何も読み取れない。謝って済むことではないことなど、自分がよくわかっている。だったら、どうすればいいのか。どうあれば先生は許してくれるのか。頼る先が一つもなくなった子供みたいにレイの瞳は揺れた。

 

「先生、あの、俺、」

「我が君はお前を指名している」

 

温度のない言葉にぎくり、とレイは身を固くする。思い出したくもないことを思い出したのだろう。

スネイプにはわかるのだ。セドリックディゴリーはだしに使われたのだと。どこで知ったのか判らないがレイの才能を手に入れ、自らの配下として使役するために。より深い闇の底へ引きずり込むために。

なにも理解していない子供の手を取ってお前は悪くないといってやることだってできる。そうすれば不安定なレイは新たな依存先としてスネイプを選ぶのだろう。無論、それでもいい。これの扱い方に関して一級品の自覚はある。

けれど、それが彼のためにならないことをスネイプはよく知っていた。だからこそ手を伸ばさないことを決めたのだ。

 

「さぁ、世界の破滅だ。君が望んだことだろう」

 

レイはそれに言葉を返すことはできなかった。

こんなの笑うしかない。本当に本当に世界は終わってしまったのだ。だって、セド先輩がいないから。俺にはあの黄昏がないから。黄金色に輝く優しい夢の続きが見たかっただけだから。

空っぽになった体からは勝手に涙が零れ落ちて透明になる。失った愛の大きさに精神が耐え切れない。レイの中には何もない。スネイプは彼の手を握った。

 

「好きにすればいい。もうお前に障害はない。ただ、信じるな。闇の帝王に何を言われても」

 

お前が愛したものはもう二度とその手に戻りはしない。僕と同じだ。

何を言われているかちっともわからなかった。でも、その言葉に嘘はないのだと。セブルススネイプの秘密の一端を握らされてレイはベッドから出される。

 

「そうしないうちに謁見だ。支度を整えろハセオ」

「あ……?謁見……?」

「お前が好き好んでしていた研究があのお方の目に留まったのだ。魂と霊魂の取り扱いについて、だったか」

 

差し出されたのは綺麗に整えられたマント。袖を通して中身を確認すれば致死性の薬品が抜き取られていることに気づいた。

 

「スネイプ先生、薬が足りません」

「死ぬことは許されていない。死してとれる責任などありはしないのだ」

 

主のいなくなった医務室は寒く、薬品と血のにおいが充満している。一年生のころはここが自分のベッドルームだった。こんなに恐ろしい場所じゃなかった。夢から覚めた心地でレイはまた一つ絶望する。

柔らかい日々は、好きなことだけをしている日々は、もう二度と戻ってこない。

 

「目覚めたようだな」

「っ!」

「カロー。まだ身支度も済んでおらん」

「五日間もお待ちなのだ、目覚めた今、もう待てん、とのお達しでな」

 

迎え、と名乗ったアミカスカローに連れられて、たどり着いたのは闇の帝王の御前。不思議だった。憎しみが湧かないのだ。それよりも深く絶望していたから。

恐怖心も何もかもどこかへ忘れてきてしまったみたいに。何の感慨もわかなかった。

暗い瞳のレイに闇の帝王はことさら優しげな声で語りかけた。

 

「友人を失ってさぞ辛いことだろう」

 

思ってもみなかった声色。それはセドリックと二人で闇の軍門に下った時にかけられた声と同じものだった。

 

「え、あ……」

 

本物の闇はそうとわかる顔をしていない。そっと忍び寄り心に巣食うのだ。もう離れられないところまで取り込んで初めて牙をむく。

傷心の子供一人、懐柔するのにこれ以上の策略など不必要。後は引き寄せてしまうだけ。

 

「俺様であれば取り戻せる。失ったものをすべて。友情も、愛情も、栄光もわけなく、隔てなく」

 

ヴォルデモーは恐怖政治を執り行う点ばかりに目が向けられてしまいがちだ。ただ、それは彼が魂を砕いた後年の話。本来の彼が持つカリスマ性とは別の部分にある。

現に他に心を砕く必要がない玉座においては幾分か、かつての心持を取り戻しつつあった。人の心と惑わす超一流の手腕。ついこの間まで学生だった、思慮不足のレイなど取るに足らない。

帝王はその指にはめた指輪、蘇りの石を撫でる。するとどうだろう、そこから銀の靄が現れてセドリックを形作った。いとも簡単に呼び起こされた霊体に思わずレイは手を伸ばす。

 

「セド、先輩……!」

「お前が俺様の望む働きをすればすぐだ。返してやろう、この勇敢な若者の魂も、肉体も」

 

彼が風を起こせば靄はたちどころに霧散してしまった。かき消えた幻想にレイの心はまた一つ砕ける。これもまた一つ、魂の殺人だ。どんな鋭利な刃物よりも鋭い刃でレイの心は切り裂かれる。

 

「何が、望みなんだよ、俺が何をすりゃいいっていうんだよ、」

「我が君になんて生意気な口をきくんだい!」

 

レイの態度に辛抱ならなくなったベラトリックスがチョーカーを掴めば、ボタン式のそれはレイへと食い込む。本当にこの腐れ魔女は人間をいたぶるのが好きなんだなぁ、とその一貫性に感心したくなる。

 

「ベラトリックス。俺様の邪魔をするな」

 

その一言で解放された喉は慌ただしく酸素を取り込む。咳き込んで膝から崩れれば自然と彼にかしずくような格好になってしまった。

ヴォルデモーは玉座から降りてレイを当たり前のように抱きしめる。そして耳元で囁くのだ。

 

「七つに別れた魂を一つに戻すだけでいい。そうすれば、お前の大切なものに手を出さないでいてやろう」

 

甘く、優しい毒。心の中にしみ込んで黒点を作り出す。それが一度広がってしまえば、もう二度と。

何も信じてはいけない。その男の言葉はすべてがまやかしだ。そう説いた先生の声が聞こえる。

けれどそれでもいい、それでもいいんだ。俺は、あの人に会いたい。笑っていてほしい。自分を友達と呼んでくれたあの人に。もう一度だけだったとしても。

 

「ほんとうに?」

 

涙は止まらないし、頭も痛い。ずっとずっと悲しくて、ずっとずっと寂しい。この世界に無二の友達がいない、という事実がどこまでもレイに伸し掛かる。

苦痛の濁流の中で掴んだものが誰かの死体であろうともこの際構わなかった。空気のない場所から、顔をあげることができるのならば。これ以上、何も失わなくて済むのであれば。

 

「俺様にできぬことはない」

 

そろり、闇の真髄に手を伸ばす。レイは堕ちた。元より高い志があったわけではない。ただ、大切なものを守りたいだけだったから。

 

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