セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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▽2001~2003

大きく広がった魂を圧縮して、分割した時と似た大きさにする。そして、そこに魂を接ぐのだ。

そして、接いだ魂をいったんはレイの魔力で補強する。これは彼に比べてレイが圧倒的に魔力が弱いからなせる業である。最終的には取り込まれて消える、仮止めの役割だ。

それが馴染んだら元の大きさに戻して慣らす。これを七度繰り返せばいい。馴染むまでに受ける苦痛の部分は度外視だ。

とはいえ、痛みでとち狂ってこちらに危害を加えられたりしてはことである。必要最低限の説明はさせてもらったが。

 

「理論は分かった。魂の圧縮、固定。なるほど。しかし、なぜそれを魔法薬でやる必要があるのだ」

「……、できないから。俺は魔力が著しく足りない。できないのであれば他の手段に頼る。俺が魔法薬学を好きなのはこの教科には魔力が関係ないから」

 

名声を瓶に詰め、栄光を醸造し、死にすら蓋をする。自分の可能性を信じたいレイにとってこれほどまでにない殺し文句だった。

落ちこぼれの自分にできることがあるとすれば、それは。たった一つでもいいから、誰かに認めてもらえるだけの能力を身に着けること。彼にはそれしかなかったのだ。

レイは自分の杖を取り出すとオーキデウスを全力で唱える。花束のサイズはひかえめ。とはいえバラ一本だったころから比べれば随分平均的なところへ収まったものである。どこかが欠けた魂は、圧縮してもこれが精一杯だった。

 

「自分の魂にとって最善の処置をし、薬まで飲んでこの有様。汗をかいても凡人以下。だったら、杖なんて振らないほうがいい」

 

それに、だ。魂を圧縮する際に気づいたことがある。この技術の唯一最悪の欠点。それは、圧縮した分に応じて、自らの寿命を縮めてしまう、というものである。無論、これはレイが体感として感じただけである。この薬を口にした人間はこの世にただ一人であるし、治験が足りていないどころの騒ぎではない。

けれど、魔法使いにとっての心臓を握りつぶしたも同然なのだ。どれほど少なく見積もってもそれくらいの不具合は出てしまう。

不老不死を目指す男にそれを伝えないわけにもいかないレイは言葉を重ねる。

 

「俺の場合はつぎ足すものがないので魂の圧縮ついでに寿命も半分に潰しちゃったことになってますけど、あなたの場合は接ぎなおした欠片分が増加してトントンに戻る仕組みです」

 

不老不死に関してはまた別の研究するんで、いったんこれで。

そう言ってレイが彼に手渡した小瓶。本当に薬効が出るのかもわからないような量である。疑り深い闇の帝王はそれを見つめる。魂を砕いて砕いて、小さくなってしまった割にこの男は用心深い。だからこそ、彼は世界を手にすることができたのだろう。

 

「これでも俺は研究者ですよ。嘘ついて毒薬を飲ませるより、その薬の効果が知りたい」

 

でも、心配だっていうなら誰か連れてきます?レストレンジ女史とか、とレイが提案すると同時に、彼はレイの手を引き、胸に添える。どうにも早くしろとのことらしかった。

ろくに魔法も使えないレイであれば苦痛の中でも殺せる、という侮りが見える。まぁ、おそらくそれは正しいので彼も否定はしない。

それにしても、人の上に立つ人間というのは難儀である。死にかけの野生動物と同じだ。群れを統治する立場にあるものが弱い姿を見せるわけにはいかないから、このような手段にでているのだろう。弱い所を見せればそこから綻びが生まれ、崩壊へ繋がる。

けれど、集団の外側にいる自分であれば見られたって構わないときた。あれ、またこれだよ。またストレンジャーだ。

なんだか悔しくなって、レイは問答無用で彼の魂に触れる。複数回やってコツを掴みさえすれば肉体を忘れることは造作ないこととなっていた。

 

傍らに用意された一つ目の分霊箱は日記帳。かつてどこかで見たことがあるような気がするが、彼は何も言わないし、聞いても無駄だろう。日記帳から立ち現れた魂に合わせて、彼に僅かばかり残る魂の形を整えるのは骨が折れた。流石に、自分で自分にやった時とはわけが違う。

そして、それらを糸のように細くしたレイの魔力でつなぎ合わせて薬で固定する。

終わりましたよ、と集中していたレイが顔を上げれば彼は意識を失っていた。かの闇の帝王もまだ人間らしいところがあるみたいだ。

 

「……なんか俺、いつもこれだなぁ」

 

呟くも反応はない。薬の効果が表れ、世界を手にした帝王は伏している。痛みに呻く世界最強を眺めるのはなんだか心地よい。脳内で、今このおっさんの魂パッチワークみたいになってんだよな、ウケる。と思ったことは墓場まで持っていくことを決めた。

 

「じゃあ、薬は勝手に飲ませますね」

 

一時医務室を住処としていたレイはマダムポンフリー直伝の意識のない人間に薬を飲ませる技、を取得している。何なら時々手伝っていたのだ。

しかも、この薬はごく少量。顎を掬い上げ、食道を直線に保つ。苦痛にあえぐ唇に瓶を押し当てて中身を流し込んだ。喉の嚥下運動を確認し、胸をなでおろす。

 

「おーわり」

 

見開かれた蛇の目にレイは慄くも、すぐに薬の作用が現れ、のた打ち回る。世界で自分だけだろう。闇の帝王をここまで追い詰めたのは。今なら殺せるかもしれない。世界的にはそうしたほうがいいんだろうな、とも思う。

けれど、それをしたらきっと。この男があの約束を守ることは万に一つもなくなるだろう。セドリックにもう一度会える可能性を自ら潰せるほど諦められてはいなかったのだ。

求められているのは介護。それはわかっている。気は進まないが、それをするしかないのだ。

レイは視点を変えて、自分の中でこの行動に整合性を持たせることにした。この男の弱みを知ることで守ることができるものも増える、と。

少なくとも、自分やスネイプがこの場で安穏と教師をしていられるのは悔しいかなコイツのおかげなのである。ここにいれば、多少守れるものがある。どうしてか重用されているこの手があればいくつか、救えるものもあるのだ。

レイは、完全に気絶してしまった彼を魔法で浮かせベッドへと運んだ。先に薬を飲んで魔法を使えるようにしておいてよかった。少し前までの自分であれば確実にお姫様抱っこしか手段がなかっただろう。

嫌だ、人生初めてのお姫様抱っこをする相手が蛇顔の偏屈ジジイだなんて。そんなロマンスはお断りである。

 

適当にベッドへ放り込み、用意しておいた書き途中の論文とにらめっこ。参考文献は文字通り山のようにある。学生時代は入手が叶わなかった希少本も簡単に手に入れることができた。地獄のパトロンであるがヴォルデモー様々である。

そうやって考えたことに対して、レイはため息をついた。

いつから、こんな風に思うようになってしまったのだろう。高々数年程度で、ここまで考え方が変わってしまうとは思ってもみなかった。

当初抱いていた憎悪も、元来穏健なレイにとってそう長く持っていられる感情ではなかった。

最初のうちは恐ろしかった。自分が恐ろしい闇の生き物へと変質していくようで。でも、すればするだけ結果は出るし、誰かの期待に応えることができた。この暗がりは心底息がしやすかった。

魂というものの形を理解し、この手に収め、そして握り潰してしまった。誰の命も平等に尊いのだという基本理念すらもう、レイの頭の中にはなかったのだ。

セドリック奪還にかこつけた非人道的な実験はどれもこれもレイの知的探求心を刺激したし、何より誰かの悲鳴を聞いても、うるさいなくらいにしか思わなくなっていた。実験用ネズミがいくら悲痛な鳴き声を上げようとも言葉として耳には入らない。彼らは人間ではないのだから。

いつしか身も心もずたずたに切り裂かれて、そこに闇が染みこんでくる。歪みきった寵愛は、大切にされたかっただけのレイにはあまりに甘美な蜜だったのだ。

 

「しっかしまぁ、寝てる時にも眉間の皺凄いなこの人」

 

時折、暇を見ては浮かんだ汗をタオルで拭いてやる。それは単純な思い付き。しかしそれをしている間は苦痛に歪んだ顔が幾分か緩んだように見えたのだ。それを不思議に思い、意識がない相手に無断で実験をしてみることにしたのである。

とはいっても害意をもって接したわけではない。熱で寝込んでいる相手だと思ってきちんと看病してやっただけのことだ。

そのおかげか、面白い仮説が立った。魂を弄ることで降りかかる恐ろしい痛みは肉体と魂のずれによって引き起こされるものなのではなかろうか、と。

そして、それの唯一絶対の解消方法は他者からの情を受け取ること。他者が触れることで双方間に何らかのリンクが生まれる。そのリンクをたどって目には見えないもののやり取りが発生し、魂を癒す。

 

無論これは仮説でしかない。しかし、高熱で寝込んだ晩に親が額に触れると不思議と心地よかったという経験は誰しもあるところだろう。あれが健全な魂と、不健全な肉体の間に生じた乖離を治すために必要な治療行為だったのではなかろうか。人はそれを愛と呼び、無意識に行使している。

説の確認をするためレイは彼の頬を撫でてみた。面白いほどに表情が穏やかになるものだから笑ってしまう。

思いついたことを確かめないと気が済まない性質であるレイは、それを書き記しておくことにした。ここから解放されたらモルモット相手に試してみようと思ったのだ。

 

「仮説は……こんなもんか。これだけ書いておけば読み返してなにこれ、にならないでしょう。にしても疲れたな。俺も魔力消耗してるし寝ていいよね、寝るよ、寝る!」

 

そもそもレイは彼に良い印象を抱いていない。ゆえに、一晩中看病をしてやる義理もないな、と気づいたのである。それでも、彼が目覚めたときにこの場にいないのは流石に折檻を免れないだろう。とりあえずはこの部屋で仮眠をとることにした。研究者は椅子が三つもあれば十分な睡眠をとることのできる特殊生命体である。

書きっぱなしの羊皮紙は机の上、片付けすら放棄してレイは眠りにつく。それが運の尽きだった。

 

目を覚ましたヴォルデモーはぐっすり寝ているレイの傍らにあったその仮説を読む。その中に人が愛と呼ぶものの正体を見た気がして。ヴォルデモーはレイを文字通り叩き起した。

 

「ぅえぇ……?は?誰……?」

 

寝起き、ということもあってか意味の分からないことを口走るレイを軽く魔法で締め上げればすぐに根を上げた。それでもレイときたら何もわかっていないようでヴォルデモーのほうが閉口してしまう。

 

「俺様の顔すらわからなくなったか」

「その特徴的な一人称をつかう不遜な人物をたった一人だけ知っています、けど、え?ヴォルデモー卿?」

 

不遜は貴様だ、ともう一度杖を構えればレイはそっと手鏡を手渡した。その中に結ばれた虚像は学生時代の自分の顔である。取り込んだ魂の都合だろうか。随分と懐かしい顔だ。しかし、それは物の数秒でほどけ、いつもの蛇顔に戻る。

 

「なんだ今のは」

「えぇ、っと。考えられるのは、戻した魂の形がまだ馴染んでいないので、行ったり来たりしている、的な?」

「二重に見えている、ということか」

「そう、と言い切れるだけの状況証拠がないので断定はできませんが、たぶん……?」

「これが完全に馴染めばどうなると仮定する?」

「おそらくは正しい魂の形、分かたれなかった魔力の器に近づくはずですので人間らしいお姿を取り戻すのではないか、と思います。それでも、継ぎ接ぎに近いので確約はできませんが」

「っ……」

 

レイの戯言を聞いている途中で、明らかに鼓動が早くなり、世界から拒絶される。心臓辺りを抑えてしゃがみこんでしまった。やはり、本調子とはいかないようだ。

 

「まだかなりキツいと思いますんで、寝てればいいと思います」

 

レイがベッドを指させばちらりと見やる。そして、読んだばかりの説を確認しようとレイの手を取った。突然の暴挙にレイは体勢を崩す。そして、不自然にも彼の上に覆いかぶさった。無論、ヴォルデモーがそうなるように仕掛けたのだ。体勢を保つために胸の上にレイの手が置かれる。すれば、嘘のように痛みが引いた。

 

「ふは、ははは……」

 

この瞬間、彼の中でレイの存在そのすべてに、利用する価値が生まれてしまった。

 

「お前の存在を肯定してやろう、この俺様が」

 

ヴォルデモーはレイを存分に利用した。世界のすべてを拒絶する彼の絶望に、得も言われぬ親近感を覚えた。それは、完全な他人ではないかのような不思議な心地。彼の持つ魔力は自分にも不思議と馴染みがいい。嫌がる彼を無理やりに暴いてその中にまで触れれば疼痛が和らいだ。

とける、まざる、つながる。レイは最初こそ抵抗したものの、すぐに諦めてしまった。無駄だとわかっているのだ。自分ではどうすることもできない。

 

ただ、人間というのは環境に左右され、慣れてゆく。そこからさらに二年もたつ頃にはレイは甘んじて全てを受け入れるようになっていた。ぐちゃぐちゃになった魂が軋んで、欠片がはがれていく。魂は自己ではない。無論自我でもないだからこそ自由なのである。レイはそう思っているが、実際は魂も心の一部だ。ゆえに、一度壊れれば人格にまで深く影響を及ぼした。もとより、彼の魂というものは不安定なのだ。与えられたダメージを面白いように吸収してしまう。

無論、それにヴォルデモーが気が付かないはずがなかった。

彼はそれをレイの魂に傷がついているのだろうと理解した。明確に壊れているのに外にいる誰もそれに気づかない。それがあまりに哀れで愉快だった。

 

幾度となくこれで遊んでいるうちに中身が気になり、レイに開心術をかけてみる。しかしチョーカーの守りによって阻まれるのだ。無理やりにでも外してしまおうかとも思ったが、触れれば接がれた魂がきしむ。

この感覚は覚えがある。憎き愛の守りというヤツだろう。不用意に壊せばどんな反動があるか分かったものではない。ならば、このチョーカーがレイを守護すべき対象であると認識できなくなるほどに壊してしまおうと決めたのである。

何度も何度も、レイの魂を砕いて。そうして、誰もわからぬレベルで自分好みに変えていく悦楽は彼の人生の中でも初めてのものだった。

 

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