セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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▽2003

二年という月日は人の関係性を変えるのには長すぎるほどだ。レイは暇を見ては研究対象に関しての疑問をヴォルデモーに呈するようになった。ただ単に手を出されているだけでは割に合わないと思い始めたのである。

我ながら図太いなぁと思うのだが、別に殺されてしまっても一向にかまわないレイからすれば闇の帝王もそこまで恐ろしい存在ではなかった。

それに、だ。今の彼にはレイをわざわざ痛めつける理由がない。レイはレイにしかなせない技術を持っていて、彼はその技の恩恵を受けている立場だ。少なくともすべての魂を接ぐまでは身の安全は保障されているだろう。それより先のことを深く考えることはナンセンスだ。

 

湯水のように使える研究費、内容の精査なく積み上げられる読みたい本や先行研究の論文。畑でとれるジャガイモ感覚で提供されるモルモット。歪んだ研究と言えどそれらはレイの知的好奇心を満たすには十分すぎる対価だ。

レイにとって、最愛なる友達を取り戻す以外の正しさなんてどこにもなかった。むしろ、世界がもっとずっと正しかった時よりも随分簡単だ。

この世界における唯一絶対に逆らいさえしなければ、彼のお眼鏡に敵い続ければいいのだから。それさえ間違えなければどんな欲も思うがままだ。それがどれほど自然の摂理に背いていようとも。

もっとも、そんな彼の機嫌を損ねればクルーシオがアクシオくらいの気軽さで飛んでくるので、最低な職場ではあるのだが。

 

「卿、気になってることあるんだけどさ。分霊は魂を割る、つまりは殺人行為をそうとわかってすることで発生する、って定説が一般的だけど、そもそもそこに罪悪感とか抱かない人間にはその条件って当てはまるの?」

「……、虫けらを殺したとて魂は傷つかないのではないか、と?」

「そうそう、だって害虫とか害獣を殺して魂が割れてたら人間なんてやってられないと思わない?ローストチキンとかに心砕くわけない、みたいな」

 

レイは本を読みながら彼に話しかけた。不敬を不敬とも思わぬ態度にレイの豪胆さを感じる。最初の内こそ、こちらを見るように躾けようと強硬手段にも出たのだが、レイは一向に覚えないのだ。

興味のないことに対する感度が著しく低く、基本的に危機感がない。面白い奴、などと思う前に怒りが湧いてくるのだがこれ相手に腹を立てるだけ無駄だと、早々に諦めてしまった。恐怖や痛みでその精神を征服できない人間は扱いが面倒なのだ。

ヴォルデモーはレイの読んでいる本のタイトルを見やる。それは魔法界の奥様御用達レシピ本だった。何を読んで何に至ったのか見当がつかない。

チキンローストのページを見てその発想に至ったのであればまだわかる。ふと気になって今何のレシピを読んでいるのかと尋ねればレイは熟読中のページをこちらに見せてきた。フルーツたっぷりにぎやかトライフル、である。謎は深まるばかりだ。

 

「……好きなのか」

「へ?トライフル?俺、生クリームと生フルーツの取り合わせ死ぬほど嫌いなんですよ。てか、生フルーツがちっとも食べれなくてぇ」

 

とりあえず、こいつのことを理解するのはやめようと心に決めた。研究者というのはどことなく気が触れた者が多いと知っているがこれもその類だろう。持っている技能が役に立ちさえすればいいのだ。

要するに、レイからすればこれもまた雑談なのだろう。気になったことを放っておけない性質があるのは明らかだ。話し相手がいて思考が進み新しいアイディアが無数に浮かぶタイプと見た。であれば乗ってやるのもやぶさかではない。ヴォルデモーの手持ちで一番欲しいものに近いのはこの男だ。優遇してやるのも悪くない判断だろう。

そもそも魂や不老不死に関する研究は元来闇の領域が大部分を占める。いくら参考文献を与えられたからといってもそうそう理解できるものではないのだ。

善良な心持で闇の書物を読んでいては何一つとして知識を手に入れることができない、なんてこともざらにある。

 

「例えば、俺なんか、間接的にはもう物凄い人数を手にかけてるわけだけどさ。それは俺の魂に影響してない。直接的に手にかけない限りは魂が傷つきはしないってなんだかずるい話だなって」

「一理あるな」

 

ヴォルデモーが話に乗ってきたことにレイの目が輝く。トライフルのページにしおりを挟むとレイは彼に向き直った。相対した闇の帝王は美しい青年の姿。これがそのまま成長したらとんでもない美形だったろうなぁ、とレイは思うのだ。少なくとも七回も魂を割いて捨てていい顔面ではないだろう。

レイが二つ目の魂を彼に継いだ結果、ほとんどの時間を青年の姿で過ごせるようになった。死喰い人たちはその若くて美しい姿に歓喜し、闇の世界の繁栄を悟る。やはり、美には説得力がある。常人が持たぬピジョンブラッドは一段と彼らを熱狂させた。

 

「人間は大抵の場合、排他的で攻撃的。それでも、罪悪感ってものが備わってる。その相反する感情で形成された棘が魂を砕いているんじゃないかなって」

「……、見せてやろうか」

「ふと思いついただけなんで、まだ思考実験で十分ですよ」

 

目の前にいる男は闇の魔術の大家だ。であれば、と知識欲だけで彼に問いかけるのも無理のない話だろう。正直言って慣れてしまえばそこまで恐ろしい人間でもない気がしたのだ。それこそが目前におわす闇の帝王の手練手管だとも知らずに。

ヴォルデモーは立ち上がるとレイに近づく。そしてカウチソファーに乗っていた紙の束を机にのけるとそのまま隣に座ってしまった。流石に何をされるか分からなかったのだろう、レイの身が硬くなる。

 

「え、いや、なんですか……よ、読みます……?」

「レシピ本を?」

「次のページはイートンメスですけど……」

 

おっかなびっくり本を差し出してくるレイの前で杖を振る。すると現れたのはチョコレートケーキにコーヒー。しかし、それは一人分。目の前で優雅にお茶をされる理由が分からず提供者とスイーツを見比べるなどしてしまった。

 

「ミルクは?」

「えっへ!?これ俺に?」

 

いくらなんでも怖すぎる。二年間で暴力にはかなり慣れたつもりなのだがこんな扱いされたことがなかった。ただ、向こうもこれ以上はする気がないらしく、めんどくさそうな表情を隠さずミルクポットを渡してきた。本気で理由が分からずレイは混乱の中でコーヒーにミルクを注ぎ、カフェオレを作る。

 

「……最後の晩餐?」

「それでいいのなら」

「ほぉん……」

 

二人の間に流れるのは何とも言えない空気。ちっとも手を付ける気配のないレイにしびれを切らしたのはヴォルデモーの方だった。舌打ちをしてから自分用に同じものを出す。しかし、カップの中身は紅茶だ。

重たいチョコレートケーキに挟まっているのはラズベリーのジャム。添えられた生クリームも軽やかで丁度良い。この城のしもべ妖精は優秀である。

 

「いた、だきます?」

 

おずり、とケーキにフォークが刺さる。おっかなびっくりだったくせに一口食べてからは速かった。あっという間にケーキを飲み込み、カップもすっかり空にしてしまったのである。

 

「ええっと。ご馳走様でした」

 

色のわりに冷えた視線。なんだか見透かされているようで不安になった。しかし、甘いものは確かに美味しかったし、丁度欲しかったものでもある。

それにレイは久しぶりになんだか美味しいものを食べた気がした。うっすらとした幸福感さえある。これを与えた相手がこいつでさえなければもっと嬉しいのに、そう思ってしまうくらいには。

 

「この後、見せてやろう」

 

彼はチョコレートを少しずつ削る。丁寧な所作に見とれてしまうほどだった。どう考えても分霊なんかに頼らずにこの美貌で世界を統べたほうが良かっただろうになぁ、とレイは口にはしないものの何度だって思う。

そんな風に思考を彼の美に持っていかれていたため、何を言われたのか理解が一瞬追いつかなかった。見せてくれる、というのは何のことか。糖分の供給に喜んでいる場合ではないぞ、と先ほどのセリフに脳内処理を施せばようやく理解するに至った。

 

「まってください。俺が頑張って接いだ魂が完全固着するまでは勘弁してくれません?」

「馬鹿が。だからこそ価値がある。俺様にとってはもはやすべてが羽虫にすぎん。であればもう二度と魂が欠けるようなことはない、だろう?」

「確かに……。もしかしてやっぱり最初に寝込んでた時に息の根止めるべきだったかなこれ」

「できると思っていたのか」

「できませんけども」

 

ヴォルデモーは元はといえば教師を目指していたような男である。聞き上手、とはいえないが間違いなく話し上手ではあった。

レイからすれば闇の魔術を解かれるのは初めてのことだった。本当に学生をしていた時にはできなかった闇深い質問も彼であれば面白いように語ってくれる。こちらが行使できない分に関しては実際に魔法を使って見せてくれることすらあった。それが楽しくて、レイはいつの間にか彼のその面に関しては好きと言えるようになっていたのである。

 

「ところで、色々教わってるうちに、卿って呼びづらいなって思うようになったんですけど。なんかほかの呼び方ないんですか?先生?でも先生って感じじゃないですよね」

「……。死にたいようだな」

「いいですけど、肉体から魂だけ乖離させて無傷で分霊箱から本体に魂を補充するなんて曲芸、多分俺にしかできませんよ?」

 

ヴォルデモーは度々生意気な口を利くようになったレイに数秒クルーシオをかけて、今しがた受けたストレスを解消した。

芸が身を助ける、とは事実で、確かに魂に触れるなどというほとんど神業があるからこそレイは不遜な態度に出られるのだ。

 

「クルーシオって史上最悪の魔法だと思います」

「貴様は余裕そうだが」

「チョーカーのおかげでしょうね」

「小賢しい」

 

今までであれば容赦なくスネイプの命を奪っていただろう。しかし、その短慮が自分の計画に悪影響を及ぼすことは自明の理なのだ。使える手駒、そのニンジンをわざわざ奪うことがどれほど馬鹿馬鹿しいことか、考えずとも理解できる。

それは学生時代の魂が戻り、より狡猾な思考が可能になったが故の思考だった。人脈と金と知恵を手に入れるために学生時代の大半を割いた。カリスマ、とは聞こえがいいが、すべてそうなるように知略をめぐらした結果なのだ。

後年は魂が削れ、恐怖のみでしか他者をコントロールできなくなっていたが、あれらは考えるまでもなく悪手である。

外すことはできずとも引っ張ることはできる中途半端な守りに指をかけて首を絞めた。戯れだ。命までは脅かさない。わかっているのだ。この興味深い男を手のうちに置いておくことこそが今の自分にとってどれほど重要なことかと。

 

「っ……!ほんとにさ、みんなして首絞める!しかもなんかみんな年々上手になってて、血管押さえられて頭ばっかり痛いのに、呼吸そのものは阻害されないから始末が悪いんですよ。ベラトリックスだけじゃん、本気で息の根すら止めにかかってんのさぁ!」

「うるさい」

「ぅえ……、」

 

お望み通り気道を潰してやればすぐに静かになった。永遠に黙ってしまわないようにだけ注意して締め上げればなす術はないらしく、大人しく悶えている。

まかり間違っても殺す気はないのだ。今、自分の身に降りかかりうる厄介はすべてこの男が起点となる可能性を秘めいている。これの手綱を握っていればあの裏切り物の教師もうかつに動けない。

彼が酸欠で真っ赤になったレイを解放すれば逃げるようにソファーから立ち上がる。レイもレイで慣れたものらしく、咳き込みながらも息を整えているようだった。

 

「いいんですけど、別にヴォルデモー様とか帝王様、とかでも。でもなんか気恥ずかしくて」

「恥ずかしくないだろう」

「その年になって様付けは恥ずかしいでしょ」

 

ヴォルデモーは無言呪文でレイの口を封じるとその場に蹴倒した。大理石の床に転がされて、強かに背中を打ち付ければレイは音にならない悲鳴を上げる。

 

「で、罪悪感なき殺人で魂が砕けるか、だったか。どれ。試してみよう」

「んぐー……」

 

優雅にケーキセットを平らげて彼はにっこりと笑う。そして何事もなかったかのように片づけてしまうと唇がぴったりくっついたままのレイを連れて、彼は地下研究室へと降りた。

周りが恭しく頭を下げる中、レイはひたすらに彼の背を追う。誰の邪魔にもならぬよう、彼の陰から出てしまわぬように。

彼は適当に生贄を見繕うと何のためらいもなく杖を振るった。

 

「アバダケタブラ」

 

見慣れた緑の閃光は誰でもない誰かの命を刈り取る。同時にレイのシレンシオも解かれた。自由になった口は彼を非難をするはずもない。ただレイは興味深げにヴォルデモーの姿を見つめた。

誰かの命、なぞどうでもいい。大切なのはそこではないのだから。そして、陰から躍り出ると皆の見ている前でもお構いなしに彼の胸元に手をやった。

 

「砕けて、ない。継いだままの形を保ってる。いや、むしろ、これ、結着が強まってる……?大がかりな魔法を行使したから、魂が一つになった、ってことか……?」

 

レイの奇行に周囲の目が見開かれる。彼はお構いなしにヴォルデモーの魂の観察を続けていた。おかげであたり一帯に忘却呪文を施す羽目になったのは言うまでもない。

周囲の目がある前でやった自分も悪いが、立場を忘れておもむろに彼をモルモットと同様に扱う様を見せたのは間違いなくレイが悪いだろう。

彼は妖精の魔法から着想を得た姿くらましと姿現しを駆使してレイを空き教室へ連れ込んだ。

 

「もう少し周りを見ることはできないのか」

「卿、これは、凄くないですか?今までは魂を砕く手段の一つだったのに、今この場では魂を繋ぐ呪文になってる。どうしてだろ、えぇ……?原理は?何が起きてる?」

 

レイの魔力と魔法薬の力で接着されていた部分は完全に埋まり、ケロイドのような跡こそあれど確実に一つになっていた。

レイの中では仮説が浮かんでは消える。薬学に関しては並ぶものがいないほどの知識を有しているが、悔しいことに魔法理論の専門家ではないのだ。

 

「肌で理解はできるけど、原理が分かんない。足りない部分が魔力で埋まって、それは元来持っているものだからしっかり馴染んだ。他人の魂を食いつぶして、それで、」

 

レイは彼の胸元から手を放して感覚を確かめる。人の魂だとしたらありえない作用。同族殺しの咎を受けない魂。レイはどこか恍惚とした表情で彼に向き直った。

 

「今の俺が確実に言えるのは、一つだけ」

 

これは呪いだ。欲しかった言葉を奪いつくしてくれた彼への。憎くて憎くて仕方がない闇の帝王へのささやかな呪い。それとわからぬように精一杯の笑顔で、彼の母国語で紡ぐ。

 

「お前はもう、人間じゃない」

 

ただ一人、この世の理からはみ出してしまったのだ。上位の存在になり果てた。哀れで愚かで寂しい。孤独な生物に。

無論、内容こそ理解はできないものの、言霊が分からぬ彼ではない。英語がすっかりなじんだ口でわざわざ日本語を使ったということはどうせろくでもないことを言ったのだろう。

ならば、即座に呪いを返す必要がある。悪意には悪意で向かうのが正であり、文句は言えぬはずである。

彼はレイの首にかかるその戒めを引いて、その魂をさらに深く縛った。

 

「呼び方を決めた。僕のことは先輩って呼んで」

 

わざとらしく甘ったるい一人称を使えば面白いくらいに体が硬くなる。レイにとってのその呼び方はあの人のためのものだった。

 

「君が聞いたんだろ、だったら受け入れて」

 

優しく甘い優等生の仮面。何十年かぶりに被りなおしたそれは思ったより馴染みがいい。

無理やりにレイから言葉を引き出して、よく言えましたなどと褒めれば彼の魂にひびが入る。

 

「君が欲しいものは何でもやろう。甘いものも、カフェオレも、優しい友達、も」

 

一つ一つ、彼から奪って空っぽにしてしまいたかった。こんな虚弱な男に魂の欠片を握られているのだなんて思いたくもなかったから。

それがお互いの誤りだったことにどうして気づけなかったのか。人を呪わば穴二つ。歪なはずの関係が、坂を転がり始めたことについぞ気づくことはできなかったのである。

 

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