セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

49 / 56
▽2016①

最初に魂を接いでから十五年だ。十五年もかけて四つを馴染ませた。残す欠片は三つ。彼にとっての楽園の中で幾度となく己を差し出し、魂を割りながらもひたすらに耐えた。

それは、ここまで来てしまっても戻りたい放課後がレイの中にあるから。帰りたいのはあの日、あの場所。何もかもが間違ってしまう前。うすぼらけの中、誰かの隣を歩いた記憶。それらが霧の奥に飲み込まれていることすら自覚できずにレイは彼の姿を追い求める。

 

ふ、とレイが夢から覚めると見慣れない、けれど見慣れた偽物の談話室。今日は授業がないから、とどうやら昼寝をしてしまっていたらしい。

ソファーから起き上がり、手から滑り落ちたらしい羊皮紙を拾いなおす。何を考えていたっけかな、と目をやれば死の呪文とゴーストの関係性が書き連ねられていた。

 

「そうだ、人間は何があったらゴーストになるのかって話だ、あと、神秘部にあるベールは魂と肉体が引っぺがされるのを見ることができるって話、」

 

でも、なんだか思考が追いつかない。頭が上手く回っていない気がして、レイはもう一度ソファーに沈む。実験に疲れ、授業のない午後。部屋に彼がいないときは専らこうしていることが多い。

 

「あれぇ……?でも、ゴーストのなり方って俺知ってるような、何の記憶だったっけ……?まぁいいや、」

 

机の上にある冷え切ったカフェオレをあおろうかとも思ったのだが、どうにも億劫である。目を瞑れば目の奥がじんわりと熱い。理由もなく、疲れていることだけは明らかだ。こめかみや眼下のくぼみを優しく圧迫すれば思った通り心地が良い。若い体でも根を詰めればこうなるのはわかっていた。レイは一つ伸びをする。

 

「あってて……、でも、子供の身体って良いな。バキバキにはなんないもんね」

 

思い込みというのもここまでくれば立派なもので、本来虚像でしかないはずのこれもレイにとっては立派な実となっていた。それに、だ。この場の外に出たら自分は一応教師である。自分に興味がないのをいいことに闇の帝王プロデュースの【どこに出しても恥ずかしくない素敵な学校の立派な先生スタイル】をお仕着せられている。正直肩がこるのだ。

大人として立たなければならない全ての状況がめんどくさい。子供の見てくれに慣れてしまった体はレイが私室に帰るのを妨げる要因の一つとなっていた。

 

それに、もう一つ。明確にレイが私室に帰りたくない理由があった。あの部屋は地下牢にほど近いので気を抜くと悲鳴のコンツェルトをおみまいされるのである。

その点この部屋は快適だ。現在において最高の魔法使いがその力をもってして完璧に保っている普遍的な平穏なのである。窓の外からは小鳥の鳴き声が聞こえるほどだ。

レイは一人でいるときは基本的にこの部屋に籠るようになっていた。彼による行き届いた魔法はレイの望むものを適切に提供してみせたし、レイが突然泣き出しても、暴れ出しても外には一切漏れない。内に、内に籠って先鋭化していく彼を諫める者などどこにもいないのだ。それを恐ろしく居心地の良い場所である、とレイは徐々に誤認していった。

誰にも迷惑をかけない。何をしなくとも欲しいものだけは確実に与えられる。好きなことだけを考えていていい部屋。

一人きりの時間が長ければ長いほどレイは彼を苦しめる余計なことを考えられなくなっていった。

 

そもそも、ヴォルデモーその人は驚くほど忙しくしている。よほどのことがなければ彼はレイを訪ねてきたりしないのだ。彼は今やマグル界、魔法界を一手に統べている、まさに帝王だ。娘にも上等な帝王教育を施し、右腕として使っているらしいが、それだってやることはごまんとある。

結局、レイのところに現れるのは彼が疲れ切った時のストレス発散と魂に関するあれやこれやがあった時だけなのである。レイからすれば監視されてはいるが管理されてはいない、実に中途半端な状態だ。

 

「ダメだ、凄いぼんやりしてる。あー、暇に脳を侵されてる気がする。とりあえず暖かいカフェオレ、そっから始めよ……」

 

レイは立ち上がると本棚に向かった。目を離したすきにカフェオレは机の上に現れるだろう。この部屋では望めばなんだって叶えられた。今や仮初の談話室は機能を拡充させて二人のための必要の部屋となっている。

 

「なーんか面白そうな本ないかな……。なんでもいいんだけども、」

 

二、三見繕って手元に寄せる。興味が湧けばなんだっていいレイは編み物の本と魔法界に蔓延る奇病についての専門書、そしてロックハートのエッセイ本を積んだ。

ソファーに戻れば湯気を立てるカフェオレとアイシングが艶めくクッキーが複数枚。中でも小さめの一枚を銜えつつ八割ミルクのカフェオレに砂糖を溶かす。

 

「お、クッキー、レモン、うまぁー」

 

捲った本には『いつか手編みでセーターを!』の文字が躍っている。そんなの、杖でちょちょいと編み棒に魔法をかければいいだろうに。手作り、の価値について考えさせられるレイだ。魔法族が魔法を用いて作り上げたものは手作り手編みではないのだろうか。言葉と認識って難しいものである。

 

「んー、先輩が俺の首を直に絞めるのは真心で、クルーシオ一撃だと心が籠ってない、的な?そんなことある?」

 

カウチソファーに寝転んで、本を読み、思い出したようにカフェオレを飲む。そんな風にだらけていたら幾分か棘のある声が飛んできた。

 

「レイ」

「あ、モグ……むぐ……。先輩、約束は明日ですよね?」

「来たらまずいことでもあった?」

 

彼のこと考えていたのがバレたのだろうか。普段なら現れないのに彼はこの部屋へと姿を現した。どう見てもご機嫌ななめなのでストレス発散に来たのだろう。今日は何だろう。クルーシオかな。

 

「用がなきゃ会うこともできない大物だったかな君は」

「むしろ逆ですよ。用事だらけで毎日お忙しい先輩が俺になんか会いに来てくれるの珍しいなって」

 

舌打ちとともにとんでくるのは磔の呪い。優しくするつもりなんて一切ないそれにいっそ清々しささえ覚えた。この呪いは受けるたびに苦痛の種類が変わっている気さえする。販売物品は苦しみのみの百貨店、クルーシオ。今日も大行列だ。

それでも、スネイプの加護がある自分にはその威力が半減されるのだ。闇の帝王の放つ圧倒的なそれですらこの程度なのだからほかの魔法使いのクルーシオならそよ風かもしれない。

本気でこちらを壊す気がないことはレイにもわかっている。好き好んで期間を引き延ばしているわけではないが、この十五年。命の危機は幾度かあったが実際に死ぬことを許されてはいなかった。

 

「げふっ…………えっ、ぅ、うぎ……」

 

呪いを解かれてソファーに沈む。息が整わないうちにもう一度。全身の痙攣と呼吸困難に脳がパニックを起こしかけるが、それを理性が宥めすかした。

合計三回。レイが苦しむ姿を見てようやく溜飲が下がったのだろう。何事もなかったかのように彼はお茶と菓子を用意してみせた。ドメスティックバイオレンスの教科書みたいな行動にレイの脳が揺れる。

 

「いつになったら紅茶を好きって言ってくれるようになるかな」

「へへへ、カフェオレ党で本当にすみませんね」

 

彼によって淹れ直されたミルクと砂糖がたっぷりのカフェオレは温かく、心地よい。こちらの趣味を見抜く天才はいつでも過不足のない完璧なカフェオレを出してくるのでつい甘えてしまうのだ。

部屋の中でコーヒーの香りが彼の紅茶と混ざりあう。その得も言われぬ豊かな香気も根っからの紅茶派である彼には理解してもらえないだろう。

お茶うけに出されたビスケットは軽い。レイからすればチョコレートでもかかったもっと甘いものが好ましいが、目前の彼はそこまで甘いものを好まない。特に今日は機嫌が悪いらしいのでこれ以上を望むのは過度な期待というやつである。

 

「今日は何を考えてたのレイ」

 

その問いかけに数秒試案する。距離を測り違えるとまた害されるだろう。先輩の顔をしているけれど飲み込まれてはいけない。

ただ、ある程度素直な後輩を演じることも重要だ。そこのさじ加減を間違えてしまわないようにレイはぱっと顔色を明るくする。

 

「神秘部にあるベールが見たいなぁって」

「あぁ。そんなこと。いいよ。見せてあげよう」

 

予定が空いてる日を後でピックアップしておくから好きな日を選ぶと良い。どんな実験をするつもりなの?と逆に問われ、レイは彼が来る前まで考えていたことをつぶさに話した。

魂、に物理的に触れることができる今の自分であれば、ベールの向こう側から魂を引き戻すことができるのではないか、と。

ただし、魂を戻したとして、器である肉体に繋ぎとめる方法に関しては思いつかない。であればその魂は肉体を持たぬゴーストと変わらないのではないか。

とはいえゴーストと魂は全くの別物であるとレイの中で一度結論は出ている。だったらゴーストと魂の違いについて論ずる必要がある、というのが今のレイの考えであった。

 

「興味深い、けど。どうして魂を肉体に繋ぎなおす必要が?」

「魔法族の死が魔力の死であるのならば。不死を望む先輩に必要なのは魂と魔力を永遠に肉体に結び付けておくこと、だと思うんですよね。魔力で肉体を全盛期のまま保ち、魂を肉体に縛り付けておく。それが目標なわけで。だったら、あの魂引っこ抜きベールの原理も気になるなって。肉体から魂を引っぺがすって、何がどんな作用で起きてるか気になるじゃないですか。逆のことすれば魂と肉体の結びつきはより強固になるのか否か、とか」

「随分熱心だね」

「だって、先輩と俺の間には約束がある」

 

レイは彼の指を彩る指輪を指した。嵌まっているのは蘇りの石。死者を呼び戻すことのできる古く強大な魔法。全てが終わったら、欲しいものをくれるというから手を貸しているにすぎないのだ。それさえなければ、自分はこんなに恐ろしい実験ばかりしなくてよくなる。

それが今、レイに残っている数少ない希望の一つだ。月日を経るごとに思い出せなくなる本物の楽園の面影。でも、それでも。それがあるから生きていられる。

 

「約束は約束です。守ってくださいね」

 

言い切ったレイに彼は闇の帝王として視線を向けた。この部屋でそんな話をするお前が悪いのだ、と言わんばかりに。

 

「どんな約束だったかな」

 

彼の観察眼をもってすれば、もうレイの中にその光景がきちんと映し出されていないことくらい手に取るようにわかってしまうのだ。十五年前には彼の心は黄色の輝きで埋め尽くされていたのに、いまではもう微々たるものでしかない。開心術をかけるまでもなくわかることである。過去の幻想と儚い希望にだけ生かされている哀れな人間の考えることなど最早理解してやる必要すらなかった。

だからこそ、彼はレイの持っているそれをあえて壊さないでいてやるのだ。柔く、柔く握って。力さえいれればいつでも壊せるのだと誇示しながらも、決して自分の手は下さない。

彼はきっと、いつか自滅するだろう。その揺らぎを使った方が効果的だというのは火を見るより明らかなのだから。

 

「どんなって、そりゃ、」

 

彼の言葉に呼応してキン、とレイの頭の中で澄んだ高い音がする。していたはずの約束、その輪郭が歪んだ。薄氷を踏みしめたみたいに魂がきしむ。くしゃくしゃに握りつぶしてやったのに、今更どうして痛むというのか。心臓が激しく脈を打ち、くらり、視界すら揺れる。

 

「レイ、約束って何のこと?」

「っ……」

「もう曖昧だね」

 

伸ばされた手は頬に触れる。顔を固定されて、赤い瞳から逃れられなくなってしまった。美しい蛇はこちらに微笑みを向けている。ちっとも好意的ではないそれがただ、レイの記憶を焼く。

 

「曖昧じゃない、」

「何が欲しかったかきちんと覚えているって言える?」

 

踏み込ませてはいけない、と理性が警笛を鳴らした。今この場でそれを思い起こせば確実に割られる。心の一番奥、最後の場所を踏みにじろうと彼はこちらに圧をかけているのだ。

 

「ほら言ってごらんよ。十五年前の僕とした約束のこと。大切なことだったんだからきちんと覚えているよね?」

 

紅い瞳に逆らってはいけない、と不思議な戒めがレイを絡めとろうとする。そんな縛りを彼とした覚えはない。確かに逆らい難い色彩ではあるが、これがあるから彼は先輩でないと断言できる。

誰のための約束だったのか。何のためにその指輪の古い魔法を行使しようとしたのか。思い出してはいけない。大丈夫、まだわかる。わかるけれど。

名前を呼んだら盗られると思った。根拠はない。でも、深く縛られる予感があった。だから、レイはそれを心の奥底にしまう。無意識のうちに閉心術を用いて、一番深いところに。

詰めてしまっていた息を吐ききって、レイは自分にしては幾分か好戦的な目を眼前の彼へと向けた。

 

「先輩、これはまだあげません」

 

それを精一杯の強がりであると理解する。震える身体は哀れそのものだし、浮かぶ汗と涙は随分と美しい真珠だ。純然たる弱者の象徴。それらで自分に対抗しようなどあまりに健気で同情を誘う。

あと少し。ほんの一押しで堕ちる。そう確信してヴォルデモーはまた先輩の顔に戻った。

 

「それは残念」

 

パッと手を離せばレイは姿勢を崩し、前のめりになる。頭を垂れて這いつくばっているかのような姿は実に可愛らしいものだ。

 

「躾が足りなかったかな」

「そういえば、知ってますか先輩。磔の呪文の発狂率って意外と低いらしいですよ」

 

レイは改めて彼の隣に座る。何事もなかったかのように。残っていたビスケットにも手を伸ばして平常であるとアピールしているかのようだった。

 

「程度の問題だからね」

「程度、とは」

「どこまで相手を追い詰めるかはこちらのさじ加減だ。屈服させるだけの魂を持たせておかなければならないのに、それさえ割ったら傀儡にもできない。ならば、殺してしまった方がいい、という判断になる。手段と目的を取り違えるのは愚かな行いだよ」

「俺、結構な人数からクルーシオ食らってますけど、みんなそこまで考えて使ってない気が、」

 

さく、さく。ビスケットをかみ砕く軽やかな音。レイの表情を窺えば先ほどの悲哀は完全になりを潜めていた。随分上手に隠せるようになったものである。

 

「魔法の使い方が分かってない魔法使いが多すぎるから僕は教育機関を立ち上げたんだ」

「立ち上げたっていうか乗っ取った、ですけどね」

「今日、僕の機嫌が悪いってわからなかった?」

 

彼が杖を取り出せばさすがのレイもびくりと身を凍らせた。短時間で幾度となく磔の呪文を食らっているのだ。いくら愛の守りで保護されているからと言っても苦しいものは苦しい。苦痛に弱く素直な肉体は明らかにこれ以上の痛みへの拒絶を示していた。

結局、学ばない人間には体で分からせるしかないのである。

 

「発狂率が低いって言っても発狂するなら磔の呪文って使わない方が効率いいんじゃ、」

「いいや、僕はそうは思わない」

「なんで?」

「世界で一番磔の呪文を使ってる僕が断言する」

「なんだろう、そのすごく嫌な断言」

「事実として高い効果があるから今すぐに見せてあげるよ」

「遠慮してもいいですか」

 

まるで、図書室で気の合う先輩と話しているような。そんな錯覚をしてしまう。そこでやり取りされているのが人間の命や尊厳であることに目をつむれば。

もっとも、これはレイが極端な暴力に慣れてしまったからではある。彼から振るわれる多種多様な呪いすら今のレイにとっては日常を彩る魔法でしかない。生命の危機すら覚えるようなものであっても、だ。

痛いも、心地良いも。自分にすべてを与えるただ一人のために、レイは割れた魂さえもすり減らしていく。

打ち砕かれたガラス細工みたいな魂はもう二度と元には戻らない。それでも。それを瓶に詰めて、情を注げば見れたものになってしまう。むしろ反射の違いで本来の何倍もキラキラ輝いて見えるのだ。

本来自由であるはずのそれは最早見る影もない。それでも、肉体が生きている以上、魔力が通ってしまうから破滅することもできないのだ。

その不安定さで魅了が花開き、ついに誰も手出しすらできなくなる。本来の彼には存在しない妖しさが半強制的に彼を触れがたい、という枠組みに押し上げてしまう。

背徳の香りは甘い。誰しもが見て見ぬふりをするけれどレイは存在感を増し、彼から闇の香りが濃く香るようになっていった。そのころには最早あのベラトリックスさえ何も言えなくなっていたのである。

 

「で。機嫌の悪い先輩はそもそもなんで俺のところ来たんですか。憂さ晴らし?」

 

彼は理由なく自分に会いに来るような人間ではないとレイが一番知っている。この聡明な、ホグワーツきっての天才様は合理に生きるタイプの人間だ。後輩可愛さにこんな場所までわざわざ赴くような性格はしていない。

 

「可愛い後輩に会うために理由が必要?」

「そうやって俺を喜ばせるー、ってのは冗談で。ほんとに何しに来たの、先輩」

 

うって変わって柔らかな笑顔。レイは彼のことがいまだによくわからない。優しくはない、確実に。彼を優しいと形容するにはレイのスルースキルはまだ不足している。

けれど、その品の良い笑顔はレイの心をチクチクと刺激するのだ。壊れてしまった大切な友達との、ありもしない思い出。失ったもののこと。本当は誰とこの黄昏を過ごしたかったのか。隠しておかなければならなくなったあの柔らかい記憶を。

 

「明日。都合がどうしてもつかなくて。一日早いけど五つ目を接いでもらいに、ね」

「あー……問題ないと思いますけど。確認してからでいいですか?」

 

念のためね、とレイは彼の手に触れる。慣れたもので、最早胸元に触らずとも魂の確認くらいであればできるようになっていた。それでも、仔細を確認したい場合などは患部に触れるのは必須だったけれど。

大きさも、四つに分かたれていた魂の結着具合も申し分なかった。

今思えば、制するのに七年かかった三つ目の欠片の自我が異常だったのかもしれない。物がスリザリンのロケットだったことも一因だろう。

ちなみに、三つ目接いで少し大人びた彼は随分と美人だった、とはレイの談である。十五年たってもレイはいまだこの顔と性格ならそのまま世界取れただろと言いたい気持ちでいっぱいだ。完全無血、は厳しいだろうがかなりすんなりと魔法省のトップにだって座れただろう。

魂を裂いたことで暴力性は増していたが許容範囲。むしろ危険な魅力として固定ファンがつくだろう。写真などを売って財源にすればそこそこ世間と戦えたと思うのだ。

閑話休題。

 

「五つ目、接いじゃいましょう。欠片もらえます?」

 

大事をとって期間を開けていたが、ぴったりとくっついている。最早一日巻いたくらいで揺らぐような状態でもなかった。適応力の高さもあるだろうが、ここから先は接ぐ魂が小さいのだ。取り込む速度は上がるだろう。

 

「話が早くて助かるよ」

「慣れたもんですし、もうこっからは失敗する方が難しいと思うんでぇ……」

 

レイは受け取ったそれを縫い留めて形を整える。五つ目ともなると、ほとんど元に戻ったと言っても過言ではない。軽い痛みはあっても、もう寝込むようなことはないだろう。自分としてもその方が都合がよかった。

 

「できましたよ、先輩」

 

レイが手を放し、薬を渡す。それを一呼吸で煽って彼は笑っていた。捕食者の笑みは深く、レイの全てを見透かすように甘い。

求められれば応じざるを得ない立場。レイその人は自分にそこまでの価値があるだなんて理解できそうにない。しかし、彼がそれを是とするのであれば従うより他ないのである。

レイの魂はもうとっくに限界を迎えていた。それでも、肉体は形を保ったまま。死への憧れは強くなる一方なのに、魔力はレイをおしまいには導いてくれない。

今のレイを生かしているのはたった一つ。愛だった。誰かに抱いたその情がレイを繋ぎとめているにすぎないのだ。

 

「レイ、おいで」

 

もうほとんど痛みだって感じないはずだ。それなのに、こんな時ばかり彼は自分に優しく触れる。さっきまでこちらに許されざる呪文をぶつけていた指で。呪いばかり吐いていた口で。わざと、こちらを揺らがせるようなことばかりするのだ。

いっそ滅茶苦茶に壊してくれたらな、と思う。正も誤もなく打ち砕いてくれたら。もう何も思わなくて済むのに。優しい先輩の面影なんて追わずとも済むのに。レイの安寧、そのすべてを殺したのも壊したのも全部この男だ。それでも、勘違いする。

特別だと言われれば粉々の魂が震える。君しかいないと笑いかけられれば、それでいいと舞い上がってしまうのだ。闇の帝王の言葉にさえ。

そもそも、見えない場所にしまい込む、という行為は諸刃の剣だ。あちらから見えないものがこちらから見えるはずもない。大切だから隠したそれはレイの記憶からも隠されてしまう。どこまでがかの人の謀だったのか。レイにそれを考えるだけの心は残っていなかった。

 

「君の魔法薬は本当に効くよね、ありがとう」

「唯一の得意科目なんでぇ……」

 

記憶にない記録が読み取られる。無駄で無意味な再放送。レイの記憶を塗り替えてしまうように、いつかのお星さまと同じセリフを口にした。

 

「疲れただろ、お休み」

「先輩も優しいこと言えるんだ」

「これでも先輩だからね」

「えっ、へへ。おやすみなさい」

 

人を慮った浮ついた言葉。戻った魂の狡猾さと、レイに触れられるたびに、混ざった何らかの情が彼を変えていた。しかし、それは誰も気づかないほどの変化である。

ついに五つの魂を接いだ結果、ヴォルデモーはは自在に姿を操れるまでになっていた。魔法の力ではなく、自由意思で年齢操作ができるようになっていたのだ。

魂を引き裂いた年齢であれば自由に行き来ができる。人の理を大幅に無視したあり様はまさに怪物。

いまだ誰も成し遂げられぬ不老不死に手を伸ばす様は浅ましくも、まさしく神話的ですらあった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。