セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

5 / 56
■1995/3/8

朝食の席、眠い目をこすりながらレイはチーズトーストを食んでいた。今日は土曜日。授業のない休日である。ホグズミードも許可された週末であるがレイには特段出かける予定がなかった。

内戦は引き続き彼と友人の間に深い溝として横たわっていたし、休日とはいえグリフィンドールとはつるめない。

こうなったら一切合切を諦めて今日は研究三昧じゃー!と意気込んでいるため、いつもよりカロリー多めに朝食を口にしている。過集中の末に昼ご飯を抜いてしまうのは自分でもわかっているのだ。

 

寝ぐせだけさっと直して適当な防寒着に身を包んでいるだけの簡単スタイル。大鍋って火を使うからこれでも十分暖かいのだ。スネイプ先生が用意してくれる空き教室は狭いことであるし。

 

「あも……む……」

 

チーズとハムのトースト。ジャムトースト、チョコスプレッド、トマトスープにオレンジジュース。ゆで卵と、ブラッドプディング、ベイクドビーンズ。あとはヨーグルトにほんのちょこっと旬のフルーツ。個人的に完璧な朝食で満たされ、部屋に帰ろうとしていた時だった。支度の整った美しき先輩ことセドリックに声をかけられたのは。

 

「今日一緒にホグズミードいかない?」

 

最初は聞き間違いかと思った。何も支度の済んでいない自分にそんな声がかけられるなんてひとかけらの予想すらしていなかったから。

あら素敵~行ってらっしゃい、今日はガールフレンドとデート?なんて言ってしまうほどには脳が働いていなかったのである。

 

「えーっと」

 

勿論困ったのはセドリックだ。話が何も通じていない。もしかして、寝ている?と疑念を向けて目の前で手を振ってやれば自分の頓珍漢さに理解が追いついたのだろう。レイは真っ赤になった。

 

「えぇっ!?俺と!?彼女とデートしてこういう時は!」

「どうして一対一だと思うのさ」

「あぁ、よかった……びっくりした」

「一対一だけど」

「ご冗談でしょう!?」

「君むしろ、僕が僕の友達とホグズミードいくのに着いて来たいと思うの?」

「丁重にお断りの姿勢を崩さずさっと逃げる」

「だから一対一なら来てくれると思ったんだけど」

 

嫌かな?とセドリックの眉が下がって悲しみと寂しさを醸し出している。レイの脳内に遊んでもらえずしょんぼりした実家の猫の顔が浮かんだ。でもセド先輩は犬で、犬種はゴールデンレトリバーって感じだよね。うちの可愛い猫ちゃんとは違う。

じゃなくて。どうして自分はセドリックに誘われているのか。確かに、冗談のつもりで二人で会うことを逢瀬なんて馬鹿みたいに言ってたさ。

いつもはこっそりだったから各方面に認めてもらえていただけであり、自分と彼が堂々と仲良くホグズミードデェト(仮)となれば話は変わってくる。

 

それに、セドリックにはさしで行くべきガールフレンドが存在している。ユウトの寮の美しき鴉。チョウチャン女史である。彼女を差し置いて男で後輩の自分とホグズミードなんてバレてみろ。明日から俺が針のむしろではないか。

 

「チョウは女友達と行くって言ってたよ。僕とだとできない買い物もあるだろうし。いつでも一緒ってわけじゃない」

「開心術使いました?」

「使わなくても顔に出てるよ」

 

はっと頬を押さえるも後の祭りというやつである。ここまで言われて嫌です、と友達に言えないレイは残っていた紅茶を飲み干すとセドリックに伝えた。二十分後に玄関で、と。

それからのレイは迅速だった。弾丸のように部屋に帰りクローゼットを漁る。おしゃれな彼の横に立っても彼が迷惑しない服。外に出てもいい服。

比較的感性が派手なレイの普段着ワードローブは意味の分からないものが多い。背中に地獄に現れた猫の騎士がいるブルゾンはさすがに今日向けじゃない。

あれも違うこれも違う、雪が残ってるからブーツ、ロッキンホース履きたいけど滑るから無理。寒いし、防寒着、えぇ!?俺の持ってるストール派手すぎ!?本国だからってヴィヴィアン買いまくってたらとんでもねぇ柄ばっかりじゃんか。バーバリー!こんな時には天下無敵のバーバリーのコート!すべてを覆い隠してくれお仕立て貴族のバーバリー!

あーでもない、こうでもない。

結局、彼が持っている中では襟が印象的だが比較的質素なシャツ、タータンチェックな細身のパンツ、スタッズのついた黒いモヘアのカーディガン、もこもこブーツにダッフルコート、そしてアクセントとして派手な柄のストールになったわけである。このコーディネートを十五分でまとめ上げ、髪と顔も外出用に整えたんだから誉めてほしいところだ。

 

「へぇ、普段着そういうテイストなんだね」

 

よく似合ってる。そう言われれば嵐の十五分が報われた。トラッドな彼の横を歩くにはいささかパンクすぎる気がしないでもないが気にしちゃいけない。

いかんせん、セドリックにはブリティッシュトラッドスタイルが似合いすぎていたし、なんだあの足の長さは。ファッション雑誌から出てきたのか。それとも店頭マネキンか。大丈夫、これが隣に歩いていれば自分の恰好なんてきっと誰も覚えてない。セドリックにしか目がいかんて。

 

「セド先輩こそ似合いすぎでは?さっきは馬鹿になってたから気づかなかったけど、すげーカッコいい」

「チョウからの受けはあんまりよくないんだけどね。正統派すぎる、とかって」

「この姿を見て!?心が動かないと!?チョウ女史ったらなんて恵まれた女……」

 

正統派には正統派の良さってものがある……。レイはそんなことを言いながらストールを巻きなおした。そして日本ではすっかりギャルの代名詞となりつつあるバーバリーチェックのマフラーを巻いているセドリックを見やる。このマフラーはきっと彼に巻かれるために設計されたに違いない。

似合いすぎている。羨ましいの極。助けてくれ。

 

「そんなに見つめてくれてもキャンディーくらいしか出せないんだけどな」

「違うんですよ……やっぱりさぁ、その国のブランドってその国の人が着ることを考えて作られてるからさ、似合ってる度が段違いなんだわ。風格ってやつがすんごいんだからもう。セド先輩、バーバリーの化身……卒業後はトップモデルですか?」

「褒めすぎだよ」

「俺からすればまぎれもなく事実なんでぇ」

 

二人は番をしていたマクゴナガルに許可書を見せると学校から出た。ここからホグズミード村まで歩くとなると多少距離がある。しかし、ここから専用の乗り物を使って生徒を運搬するには短い距離である。姿現しの免許を取得するまでは歩けということなのだろう。

こういうのは村の楽しみに心を躍らせウキウキと喋っているうちには着くものである。先輩とお散歩なんてなかなか心地よいものだ。

それに、セドリックがあまりにも目立つので彼がすれ違う人々に褒められている。それを見てレイは後方後輩面をしておいた。どうだ、俺の先輩は格好いいだろう。

二人は他愛もない話をしながら村の入り口につく。村はホグワーツ生でごった返していた。ほとんどすべての店がかき入れ時といわんばかりに新商品からセール品まで大々的に宣伝をうっていた。

 

「どこもかしこも混んでるぅ……」

 

人ごみにたじろぐレイがこのまま意気消沈してしまう前にセドリックは今日のプランを詰める。決まってしまえばレイはセドリックの言うことに従うだろう。たとえ多少混みあっていても。

 

「じゃあ、いつでも空いてる薬草店、午前中なら意外と入れるクィディッチ専門店、時間泥棒だから先に済ませたい本屋。ピーク過ぎに三本の箒でランチして、のぞき見ゾンコのメインディッシュハニーデュークス。最後にバタービールで帰城でどう?」

「賛成!」

 

疲れたらいうんだよ。とセドリックはいつも通りレイを子ども扱いしてしまった。五年生ともなれば成長期も終盤であるはずなのに、ともすれば二年生くらいに見えるレイだ。あまりに小柄なので手を繋いでおかなければ迷子になってしまいそうである。どう見ても一つ下には見えないのだ。そのくせ私服は随分とこじゃれている。

 

「レイの服はどこで買ってるの?」

「……聞いても笑わない?」

「笑わないよ」

「これはレディース服と子供服のハイブリッド」

 

だって!イギリスの可愛いアパレルどれもこれもでかいんだもん。なるべくボタンで性別が分かっちゃうシャツとかは気を付けてるけどさぁ!足とか二十三しかないから大人靴履けなくてこんなもこもこ防寒ブーツになっちゃうんだよ。

言われれば確かに随分と可愛らしい靴を履いていた。ただ、格好のバランスはとれているので気にするほどではない。チョウも身長のわりに手足は華奢であるしアジア人はみんなこうなのだろうと勝手に思っていた。

 

「ちょっと可愛くて仕立てのいいもの買おうと思ってマダムマルキンのとこでシャツをオーダーしたんだよ。そしたら、あなたはこっちねって言われて出されたのがリボンタイだぜ。信じられる?十六歳のリボンタイ姿ってありなの?」

「うーん……十六には見えないからな、」

「率直に言って何歳くらいに見えてんの、怖いんだけど」

「率直に言って……、僕視点だとあぁ、親とはぐれたんだな。迷子センターに連れて行ってあげなくちゃって使命感が芽生えるよ」

「……見た目年齢一桁ってことないよね?」

「十二、三歳くらいに見えてる」

「しょ、小学生……」

 

がくり、と項垂れたレイにチョコレートを差し出せば喜んで受け取った。そういうところも含めて非常に子供っぽいんだよ、と言ったら追い打ちになるだろう。セドリックはできる青年なので黙る。

 

「まぁ、身長まだ百五十七センチだしね」

「え!?」

 

セドリックの過去一大きな驚きにレイは純粋なキラキラおめめで彼を見つめる。小動物じみたその瞳はいっそまじりっけない狂気の色を湛えていた。

 

「じゅ、十六歳だよね君!?」

「左様……」

「いや、えっ、成長してる?」

「スロースターターなんです」

「平均より小さいのかなとは思ってたけど、群を抜いて小さいよね?」

「ですけども」

「か、可愛くていいんじゃないかな、」

「おほほほ、」

 

アルカイックスマイルでぢっと見据えられる。その瞳の奥には絶賛成長期なのであと二十センチは伸びますと書いてあった。このまま宇宙空間に引きずり込まれそうだったのでセドリックは目をそらした。

 

「チョウはそんなに小さいイメージないけど、」

「日本人はアジアでも小さいです」

「僕より二十八センチも小さいってこと?」

「セド先輩たっぱ百八十五あるんだ、へぇ」

 

言えば言うほどドツボにはまる。セドリックはうすら寒くなって薬草店のドアを開けてやった。様々な薬草の独特の香りは熱に乗って鼻をくすぐる。今までの失礼のことを忘れてくれるといいんだけど、とセドリックは彼の後に続いて店内へと入っていった。

そのあとはプラン通り。着実にすべての店を回る。本屋で思ったより時間を取られてしまったがおかげで少し遅めのランチはすんなりと席を取ることができた。目当ての本を見つけたらしいレイはほくほく顔でチキンプレートを注文している。

 

「あ、セド先輩。今このタイミングで三本の箒入っちゃったけど、帰りはどこでバタビ飲む?」

「マダムパディフットのお店じゃなきゃどこでもいいよ」

「えっ、あのピンクすぎるカップル御用た……そうか。チャン女史、あのお店好きなんだ……」

 

逆に行きたいって言ったらどうします?ちょっと意地悪な顔でレイがいうのでセドリックの顔色が悪くなる。覗き見たことがある程度だが、到底趣味がいいとは言えない内装のことを思い出しているのだろう。少なくとも普段着がこれの男に向いている店でないのは確かだ。

 

「流石に断っていい?僕は羽ペン屋で時間つぶしているから」

「嘘ですよ、俺も男二人であの店に乗り込む勇気は持ち合わせてませんし、レイブンクローガールズに殺されちゃいますって」

 

ゾンコに行く前にこんな怖い話やめましょ。そう切り上げてレイはランチに向かい合う。なんだか、小さいで盛り上がってしまったのでちゃんと食べなきゃなぁと思ったのだ。普段からある程度はしっかり食べているつもりだが、確かに周りと比べれば小食かもしれない。さくっとドラコに身長を抜かれたのもあいまって身長は目下レイの一番気にしている話題だ。

 

「俺そんなに小さいかなぁ、いや小さいよなぁ……」

 

早いところ成長促進薬を作って飲みたいとは思っているのだが、自分の場合魂が追いつかない可能性が高い。疾患というわけではないのだが学べば学ぶほど魂の器と魂と肉体は三身一体。どれかを急激に成長させればどれかが追いつかず心身のバランスを崩すのだ。

今あるものを元に戻す治療薬の類とは作用からして全く違う。万全を期して作り上げなばならないだろう。

まぁ一旦、先輩に可愛いと言われたので自認可愛いで生きていこうとは思うが。いつかどうにかしてやる。

 

「とりあえず、栄養はちゃんと取っておきます。朝は厳しいけど」

「運動でも始めたら?」

「太陽光と骨密度か……さもありなん……」

 

イギリスに来てからというもの気に入りのベリージャムと肉の組み合わせ。どこへ行っても子供サイズで提供されるこの悔しさ。三本の箒のおっちゃん、知ってるか。俺はこのお兄さんと年齢一つしかかわらんのやぞ。

すっかりデザートまで平らげて二人は店を後にする。少し日が傾いただけなのにぐっと気温が下がった気がした。食事をして体内の温度は上がっているはずなのでその内には慣れるだろう。

 

ゾンコの店内をちらり、外から見やれば双子の姿。彼らとも縁があるので声をかけようかと思ったが今この状態で捕まると厄介なのではなかろうか。レイは薬学的な観点で彼らに手を貸している。その上、双子の才能に少なくない額の投資をしているし、今度はどんなイタズラグッズを作るのか気になるのだがそれはそれ、これはこれ。

相手はセドリックのライバル、グリフィンドールだ。レイは見なかったことにしてゾンコに背を向けた。

 

「あれ、いいの?」

「中に知り合いがいるんで」

「知り合いがいたら余計に入らない?」

「今日は先輩とお出かけをしています」

 

セドリックにはよくわからない論法をもってしてレイはハニーデュークスに向かってしまった。三時過ぎのこのお店にいるのは早期撤退組である。帰り際のお土産としてここに寄るので財布の中身は潤沢でなく、回転が速い。

ゆえに今から買い物を始めるセドリックとレイにとっては居れば居るほど店が空いて店内を回りやすいのだ。

レイは意気揚々と【異常な味】のコーナーで足を止めた。

 

「吸血鬼用血みどろヌガー。これの場合キャンディーよりこっちが好き」

 

値段を考えなくても財布の中身が痛まないレイにとってハニーデュークスは小楽園である。何も考えずに籠の中に菓子を入れてゆく。次から次に籠に入る菓子は主食なんじゃなかろうかと疑うほどの量だ。

薬品を売るというのは結構稼げる。イタズラ双子への投資も焦げ付いていないし、レイが一枚噛んだイタズラグッズの売り上げも上々である。

ただ、今日はセドリックの目があった。レイが普段口にしているトンチキな味の菓子について待ったがかかる。

 

「それ買う人初めて見たんだけど美味しいの?」

「美味しいんだよ!なんか!キドニーパイみたいでさぁ」

 

そう破顔するレイに念のため、どっちの?と聞いてみる。せめて豆のほうであってくれ、と願うも残念ながら本家本元素材のパイのほうであった。単純にいうなれば血の味がする臓物ヌガーである。どうしてそんなものを販売しているのか。

 

「お菓子からしていい味じゃないと思うんだけど」

「ぬったりしたあまじょっぱいジャーキーとしていける」

「否定はしないけど大概だね君の味覚」

 

まさか、百味ビーンズのトンデモばっかり集めて食べてないよね。と問えば、美味しくないもんと首が縦に振られた。逆に意味が分からない結果である。キワモノであればなんでもいいというわけでもないらしい。

 

「もしかして、」

 

セドリックの視線の先にはゴキブリごそごそ豆板が陳列されていた。硬いのに老人受けがなぜかいい謎のお菓子である。若者からはすこぶる評判が悪いそれも、レイなら食べるのではなかろうか。

 

「いやゴキごそ豆板は食べない。見た目がおっかなすぎる絶対イヤ」

 

ポケットまさぐってあれ出てきたら泣くもん。菓子屋がやっていいジョークの域を超えています。

食べ物は見た目もとっても大切だ。海外お菓子たちは頻繁に虫型を食べさせようとするが、日本人からすればなかなかにとち狂った感性だと思う。

レイは豆板からそっと目を背けてキャンディーのコーナーへと向かった。

 

「鬼っ子ペッパーラブ。ニッキ飴みたいな味がしてうまい」

「ニッキ飴?」

「あのね、日本のシナモン、みたいなやつ。その成分が入った飴が日本にもあってさ。ちなみに、ニッキは肉桂っていう枝?木?なんだけど、お祭りとかに売っててよく買うんだよね」

「木を?」

「そ、木を買ってかじる」

「木を???」

「木を」

 

レイのことがちっともわからなくなったセドリックである。レイが悪いのか、はたまたこれが一般的な日本の食文化なのか。いや、日本人全員が血みどろヌガーを好むとは到底思えない。おそらく彼の味覚が独特なのだろう。木を齧るというのも冗談の類だと思いたい。

 

「俺が好きって言った菓子はことごとく市場から消える……」

 

だろうね、という同意待ちなのか。それとも慰めてほしいのか。図りかねたセドリックは曖昧に笑っておいた。そして、ふと疑念が湧く。

 

「もしかして、いつも食べてるキャンディー、本当は口に合わない?」

 

しましまキャンディーは柑橘の味わいが心地よい、いたって普通のフルーツ飴である。手持ちをもっととんでもない味わいのものに変えた方が良いのだろうか。これであれば自分も食べることができるのだが、彼がそちらを好むのならば仕方のないことである。

 

「極端な味も好きだけど普通のも好むから安心して!?いつものオレンジキャンディーも本気で美味しいと思ってるから!お金が手に入った結果としてハニーデュークスのありとあらゆるお菓子を一巡試してみた結果なだけだから!」

「これは興味本位なんだけど、一巡して一番おいしかったのが……?」

「がりぼり歯っ欠けクッキー」

 

レイが挙げた商品名は数々の勇気ある子供の歯と顎を砕きまくって親からの禁止令が出された伝説のハニーデュークス廃番品である。彼はあれを双子がいつか持つイタズラ専門店で再版するという夢があるらしい。

 

「そもそも、顎と歯に自信ない奴が食うなら牛乳にでも浸せってんだ!商品名が答えだろ。うう、俺の固めシンプルうまみクッキー……」

「君は噛みつき妖精なの?」

 

そんなこんなでハニーデュークスでの買い物を楽しんだ二人はそれをレイの持っている手提げの中に入れた。無論これは拡大済みのそれである。宙に浮かして物を運ぶことのできないレイのための特別製だった。

すっかり日は傾いて村に残っているのは上級生のカップルばかりである。落ち着いた雰囲気にレイのほうがどぎまぎした。こういうのには極端に慣れていないのだ。

 

「うちの学校ってカップル多いんだなぁ」

「学生の内から付き合っててそのまま結婚も多いらしいよ。うちなんかそうだし」

「ホグワーツは巨大お見合い学校ってこと?」

「社会が狭いから、イギリス魔法界は。純血主義の貴族の人とかだと生まれた時から相手が決まってたりするらしいからね。それに比べれば自由度は高いよ」

 

考えらんないぜー、のため息をつきつつ二人は再度三本の箒へと入店した。こちらも昼とはうって変わって静かである。

 

「バタービールでいいかい?」

「うーん、寒いから暖かいものにしようかな」

 

じゃあ、ラム入りのココアだ。そう言ってセドリックは会計を済ませる。財布を開こうとしたのだが、これくらいは先輩でいさせてと言われてしまったレイある。そりゃモテるわ。

何をするにも嫌味なくさらりとスマート。何を食べたらこんなパーフェクトな息子が出来上がるんだよ。ちょっとご両親を紹介してほしい。

 

「お待たせ」

「生クリーム乗ってる!」

「飲んだことなかった?」

「ここに来るとついバタービールばっかり飲んじゃうんでぇ」

「わかるよ」

 

熱いから気を付けてね。という優しい言葉までいただいてしまったレイは息を吹きかけて適温にする。そっとすすればラムが入っているのに甘くて優しい。途端に指先まで体温がいきわたるようだった。

 

「うまぁ……」

「よかった」

 

先輩は何にしたの?と聞けばチャーミングな髭を拭っているところだった。その髭を蓄えさせる飲み物をレイは一つしか知らないのだが、この寒いのにアイスドリンクを注文したのだろうか。さすがはスポーツマン。代謝が違う。

 

「セド先輩寒くないの?」

「ホットを注文したから」

「ホット、バター、ビール……?そのようなものが?」

「あるよ、知らなかったの?」

 

レイ、五年目の真実である。雷に打たれた心地だ。ホットの炭酸飲料があり得ないのはわかっているので多分想像とは少し違う飲み物なのだろう。ともかく未知である。甘いもの好きとしてこんなにもったいないこともない。

 

「え、気になる……」

「飲んでみる?」

 

はい、と手渡されたジョッキ。思わず受け取ったが本当にそれでいいのか、と理性が止めに入った。いわゆる間接キスというやつである。え?マジでいいの?英国紳士距離が近すぎじゃない?距離感バグって俺の特権じゃないんだ?なにこれちょっと、俺わかんない。英国紳士の距離感って何?俺が武士すぎる???

 

「の、飲んでいいんですか」

「だって、初めて飲むものが口に合わない、なんてことはよくある話じゃないか。だったら試してみる方がいいと思うよ」

 

おずり、とレイは口をつける。炭酸感はもちろんない。なめらかなクレマの乗った黄金色の甘い液体。キャラメルとも何ともつかないまさにバタービールの味だ。温かさと甘さが身に染みてため息に変わる。

 

「えっ、えへっへぇ……美味しっすねぇ……」

「あはは、何その変な顔」

 

照れが勝っているのか耳まで赤いレイである。セドリックは仲間内で回し飲みなんかもするし特段気にしないのだが、どうにもこの人慣れしていない野生生物のような少年には刺激が強かったらしい。

髭ついてるよ、と拭ったら死ぬかもしれないので紙ナプキンだけ渡してやった。

ごくごく一般的な人生を送っているセドリックにとったらレイはほとんど珍獣である。そこが可愛いという女の子たちもいるだろうに、あまりに揉まれていない。それがどうしたって不思議でつい、込み入ったことを聞いてしまった。

 

「レイは女の子苦手?」

「女の子以前に人間が苦手ですね、ええ。人間の中でも女の子は特に苦手だけどさ」

 

基本的に群れてるし、強いし、おっかない。

レイはセドリックにホットバタービールを返してココアへと戻った。今度からホットバタービールを頼もう。もしかするとユウトとイッケイ君もこれのことを知らないかもしれないから教えてあげなくちゃ。そう自然に思ってしまい、また心が沈んだ。しかし、今一緒にいるのはセドリックだ。暗い顔をしてなるものか、と頭中の靄をふり払う。

 

「僕はいいの?」

「先輩は怖くないって学んだので、時々びっくりするけどもう大丈夫!」

 

ココアを飲みながら朗らかに笑っている。その信頼がまぶしくてセドリックは微笑んだ。どうにもレイという人間は一度気を許すと極端に警戒心が下がるらしい。そこに至るまでが難儀なのはあるが、既知に対しては後輩力さえもぐっと高くなる傾向があるようだった。

 

「僕も男友達といる方が気が楽だな」

「先輩でもそう思うんだ?」

「やっぱり、女の子って僕らとは別の生き物だなって思うよ」

 

学校の敷地外とはいえここはホグワーツのお膝元。誰の耳があるかなんてわからないからこれ以上は言わない。チョウが彼にとって可愛い彼女である以上、彼女の機嫌を損ねるような言葉を発するのは物言いは控えるべきだ。

 

「今初めて先輩から人間っぽさを感じています俺は」

「何度だっていうけど、僕は普通の人間だよ」

「普通の人間はトライウィザードトーナメントに立候補しないんですよ」

「あれだってその場のノリで入れただけさ」

 

勿論、ほんのひとかけら。功名心がなかったと言ったら嘘になる。でも、選ばれるなんて思ってもみなかったのは事実だ。

誰も彼もが自分事のことのように喜んでくれた。ありがたいことだ。どこへ行っても応援された。優勝するよ、セドリックが一番だ。そんな風に言われる。

自分はいままで期待に応え続けてきた。だからきっと今回も大丈夫だと思うのだ。

 

「先輩は優しいんだねぇ」

「よく言われる」

 

少し、とげのある返しだっただろうか。笑顔のままに発したがテンションが合わない。レイがごくわずか肩を跳ねさせたのを見逃せない彼は謝罪するため口を開く。けれどそれはレイに遮られてしまった。

 

「応援してくれるみんなのために、頑張ってくれるんだろ。先輩ならいけるっていう期待ばっかりな普通の人のためにさ」

「それは」

「でも、嫌なことは嫌っていうといいよ。最高に難しいけどさ!俺にはできる気がしないんだけど!変なこと言ってごめん!」

 

ココアを飲んでなんとか取り繕うも先ほどの言い方がよほど堪えたらしい。いつも以上に視線が合わない。

 

「ありがとうレイ。怒ってないから大丈夫だよ。こっちこそごめんね、嫌な言い方して」

「いいや、これは俺の経験値不足が招いた結果、だと思う。ほんとにほんとに、人と話すの苦手なんだ。だから嫌なことも言っちゃうかもしんない」

 

間が持たなくてココアを飲む。こんな時に正しい話題の振り方が分からない。脳はぐるぐるするし、目の前の大好きな先輩に嫌な思いをさせてしまったと思うだけで暖かいのに冷や汗が出る。こんなに優しい人を不愉快にさせる才能が怖すぎる。あぁ、どうか嫌いにならないで、先輩。

 

「レイ」

「ぇ、と……」

「こっちを見て」

「うん、」

 

セドリックの顔を恐る恐る見ればいつも通り。誰もが振り向いてしまうような甘くて優しい笑顔だった。

 

「僕も女の子って苦手だよ」

「え?」

 

形の善い唇から生み出された思いもよらぬセリフにレイの脳はいったんフリーズした。さっきまでいい具合に濁していたのに苦手、とは。ミスターパーフェクトから発せられる言葉ではないだろうに。

セドリックはそんなレイをちょい、と手招く。お向かいから隣へ場所変更を促せば素直に従った。そんな彼の耳元へ唇を寄せる。これは秘密の話だ。

 

「だって、女の子は答えのない会話が好きな割に、こっちには明確な彼氏としての答えを求めてくるんだよ?完璧で素敵な彼氏、を演じる、ほどでもないけど心掛けている僕は逆らえないよね。女の子には紳士的にって育てられてるから我慢できるけど、すごく時々、本当に時々なんだけど、ちょっと拳握っちゃう時もある」

「な、なんでそのような話を俺に……」

「人生は我慢の連続。でも今度一回、嫌なことを嫌って言ってみようかなって」

「それで破局しても文句言わんでくださいね!?」

「あはは、幻滅した?僕だってこの程度の男だよ」

 

変なこと聞かせたお詫びに、もう一杯飲まない?そう誘われたのでレイは小さな声で、ホットバタービールと呟いた。

席を外したセドリックを見る。顔が赤いのは自覚済みだ。ちょっとわけが分からない。生きとし生けるものすべてにこの距離感で接しているのだろうか。こうなってくるとセドリックがこの状況を楽しんでいるサイコキラーの可能性すら出てくる。気を許し切ったところで後ろから刺されそう。

いや、俺が気にしすぎなの?友達ってみんなこうなの?で、でも。イッケイ君もユウトもこんなんじゃないぞ。西欧式なのか?わからない、わからない……。

 

「お待たせ、もしかして暑い?アイスの方が良かったかな?」

 

顔真っ赤だけど大丈夫?と心配されたので、カーディガンを脱いだ。モヘアって暖かいよねぇ、の言葉が明確に震えたのは聞かなかったことにして欲しいレイである。

 

「今日は、ホットで、大丈夫……」

「ならいいんだけど、無理はしたらダメだよ」

 

また向かい合わせで座る。さっきの距離感が嘘みたいなそれにレイはパンク寸前だった。初心なんて言葉を優に超えて人付き合い初心者は何を信じたらいいかちっともわからなくなる。

 

「理想的な先輩じゃなくて嫌になった?」

「いやその、逆ですよ。ますます最高の先輩です、けど……」

「けど?」

「と、友達って言葉の定義が分かんなくなりそうです」

「友達を言葉で定義する方が間違ってると思うって、一応言っておくね」

 

くぴり、口に含んだホットバタービールの味がもうわからない。甘いのだけが辛うじて舌に伝わっていた。

 

「さっきのは僕たちの秘密にしてね」

 

はて、さっきの。さっきのとは何だったか。あぁ、俺と先輩の秘密のお話か。なるほどね。こうやって人と人とは親交を深めるのね。秘密の共有って大きいよね。へへぇ。

 

「セド先輩、ホットバタービールって随分薄味ですね?」

「そんなはずないと思うんだけど、」

 

セドリックはレイの鼻先についた泡を拭ってやる。そして、しまったと後悔した。何がスイッチなのかよくわからないが今の彼は可哀想なくらい顔は真っ赤。おまけに目だってこれでもかと丸くしている。

 

「レイ、レイ。君はね、考えすぎだよ!?」

「ひ、ひゃー……」

「哀れっぽい声を出さない。僕がなんかしたみたいだから」

 

つい大きな声になってしまったために店内の視線がセドリックに向いた。違うんだ、の弁明をしようにもレイは真っ赤なまま机に突っ伏している。恥が極まって穴にでも潜りたいのだろう。困った後輩すぎる。

しかも、悪いことにぱっと見レイのサイズ感は少女だ。男らしい格好をしているわけでもない。誤解はさざ波のように広がっていく。

 

「レイ、自己紹介」

「えっ、俺、自己紹介、なんで?」

「いいから、僕を助けると思って」

「スリザリン、五年生、レイハセオです……?」

 

何もわからないままにレストランで起立し自己紹介など正気の沙汰ではない。ただそのおかげで、周りには状況がわかったらしい。視線は一瞬で散った。

 

「な、なんすか今の、」

「君の命も僕の命も救った名文句だよ」

「ははぁん……?」

 

突然の自己紹介を経て幾分か理性を取り戻したらしいレイはバタービールに口づける。ようやくきちんと味を感じることができた。

 

「不用意に触ったこっちが悪いね、ごめんよ」

「い、いやいや、照れすぎる俺が悪いです、うん、」

 

家族以外でこんなに親身に世話焼いてくれる人っていないじゃん?だから訳が分からなくなっちゃっただけです、ほんとに。

そんな弁解を聞いて、ある意味で自分たちの相性の悪さを悟ったセドリックである。近しい友達によく言われるのだ。君は無意識に人の世話を焼きすぎだよ、と。手を出しすぎるきらいがあるセドリックと人間にあまりに不慣れなレイのマリアージュ。それが生み出すものは混沌だった。

 

「嫌だったらこれは嫌って言ってほしい。僕こそ距離感を測り違えることがあるみたいだ」

「嫌じゃない!なんかすごいポカポカしてびっくりするだけでさ!」

 

取れてしまいそうな勢いで首を横に振るレイにセドリックは安堵の息を吐く。さすがにもう同世代に同じような世話焼きをすることはない。しかし、レイを見ていると一人っ子の自分に手のかかる弟ができたみたいに思えてしまうのだ。

 

「本当にごめんね……」

「こんなことで照れる俺が悪いの……」

「じゃあ、今回は二人とも悪かった、ってことにしてくれる?」

「もちろん!ちゃんと慣れるからどんどん触ってください!」

「それは努力の方向が違うと思うよ」

 

解決方法が力技すぎるよと窘めれば自分の発言を反芻してまた赤くなった。彼は気恥ずかしそうにちびちびホットバタービールをすすっている。

 

「ゆっくり飲んでいいからね」

「門限に間に合うようにはします」

 

それから二人は他愛もない話をする。クディッチの話に、好きな教科と嫌いな教科。お菓子の話題から魔法が上手に使えない、なんて話まで。思えばお互い知っていることはひどく表面的なことだけだったのだ。

お互いに知っているようで知らない言葉を交差させる。それは自分にはない世界との付き合い方。知らない場所への散歩道がきらきらと開けるようで会話が弾む。

いつまでもお喋りをしていたいけれど、それを遮る時計の音。レイは名残惜しげに残りわずかとなったぬるいバタービルを飲み干した。

 

自分のことをシンデレラと呼ぶ感性はないが、きっと彼女も名残惜しかったことだろう。夢のような時間を過ごしている時だけは秒針の一周を六百秒にでも変えてしまいたい。

そろそろ出ようか、とセドリックに促されて外へ出る。体の芯までポカポカではあるが、細かい雪が降ってきた。レイはストールを頭から被る。随分と長く遊んでしまった。夕食までには城に戻れるが、門限ギリギリである。

 

帰り道。あと少しだけ、この人は俺だけの先輩でいてくれる。それを噛みしめれば口角が勝手に上がった。

フィルチの横を通り抜けて二人は暖かな場内に入る。どことなく漂うスープの香り。レイの胃袋はくぅ、と鳴いた。

 

「今日は一日ありがとうございました」

「ちゃんと夕飯食べてね」

「お母さんかよ」

「せめてお兄ちゃんがいいかな」

「お兄ちゃんかぁ、俺長男だから変な感じ」

 

今日何度目かもわからない驚きがセドリックに降りかかるが、セドリック側にスルースキルが身についたためそうなんだ、で流せた。それにこれはセドリック側の偏見だ。長男がしっかり者でなければならない、なんて謂れはどこにもないのある。

レイは付着した雪が解けて湿気たカバンから今日の戦利品たちをセドリックに渡す。魔法の効果で重さなんて感じないはずなのに荷物を出し切るころにはすっかり軽くなってしまった気分だ。

 

「あ、そうだ。セド先輩。これ、今日のお礼」

 

レイが差し出したのはセドリックの手のひらに収まるような紙箱。パッケージには日本語が踊っており、セドリックにはお菓子であるとだけしかわからなかった。

 

「いっぱい迷惑かけちゃったから」

「これは?」

「俺が日本で一番好きなチョコレート菓子」

 

箱から出せば個包装のチョコレートでしかない。それに、ここは異国の地。これがマグル製品であると分かる者など基本的には居ないだろう。それでも気にしいのレイはこっそりと仕切られたベッドの上でしか食べていなかった。

 

「我が国が誇る冬の味です。この雪のようなくちどけに是非ともびっくりしてほしい」

 

先輩も気に入ってくれるといいけど、苦手だったらごめんね。いうが早いかレイは開封済みの自分用の箱からチョコレートを取り出してセドリックに手渡した。今食べてみろということなのだろう。セドリックはそれを口に入れる。

まるで濃いココアを固めたようなさらりとしたくちどけは確かに英国にはあまりないものだった。甘みも優しく、風味も豊かである。

 

「うん、とっても美味しい」

「よかったー!ぜひぜひお食べください……」

 

胸をなでおろしたレイはセドリックの背後にハッフルパフの一団を見つけ、慌てて背を向ける。そう、ここは校内。もう二人ぼっちというわけにはいかない。

 

「じゃあね、先輩。また今度」

 

もう一度だけふり向いてレイは小さく手を振った。小走りで去っていく彼に手を振り返したところでセドリックに声がかかる。振り返れば寮の仲間たち。なるほど、今の行動が理解できた。

 

「セドリック、今日、なんか小さい子連れてホグズミード行った?」

「行ったけど、どうして?」

「ケイティがチョウに告げ口してたぜ。お前が今日誰かとデートしてたって」

「え?」

「清廉潔白って顔で、お前も隅に置けないよなぁ。さっき一緒にいた子?誰?」

「ちょ、ちょっと待って。今追いかけて連れてくるから、レイ、レイ。もう一回。自己紹介して。あぁ、もうこんな時ばっかり足が速いなキミは。まって。レイ!レイ!!」

 

結局、すぐさま捕まったレイはチョウの前にひったてらてた。そして弁明がてら再度の自己紹介で事なきを得たのである。仕送りしてもらったばかりの好物のチョコレートを謝罪の菓子として繰り出したがために手元に残らずレイがしょげかえったのはまた別の話。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。