「えぇ……、校長先生、僕子供の相手苦手なんですけど……」
「嘘おっしゃい。あなたが生徒人気一番だということは私、よく知っているのよ」
アンブリッジに呼び出されたレイは後ろに回した手をもちゃりと遊ばせつつ話を聞く。本来ここにいてはいけない家柄の生徒を守ったことがばれたのか、と気が気ではないのだ。あの子は魔法薬学の才能があった。そういう子供を人ではない、だなんてレイには言えない。レイにとっての教師の仮面とはそういうものなのだ。
「何も難しいお願いをしようっていうんじゃありませんの。お分かり?」
この学校においてアンブリッジは不思議とレイにも厳しい。それはあくまでも、校長と一介の教師という立場からくるものだろう。あるいは、権力者に媚びるのが大好きなコバンザメ仲間、もとい同業他社だと思われている可能性がある。
帝王由来の赤い目を見てもひるまないから案外肝が据わっているのかもしれない。流石、ヴォルデモーが天下を取るまでは、狙え!魔法大臣の椅子!だっただけのことはある。このカエルもある意味ではとんでもない女だ。根性が違う。
「大事な大事なスコーピウスをよく見てあげて欲しいの」
「なんでです?」
あの子、なんだかんだ僕に懐かない、で話題なんですけど、と言えば、どこで話題なの?と返される。そりゃあ、あんた。俺の話題の中心はいつでも俺だよ、とは言うのはやめておいた。突っかかることで起こる面倒はなるべく避けて生きていきたいものである。
「オーグリー様に言いつけますよ」
「うっ、」
レイとオーグリーは犬猿の仲である。それもそのはず。レイの今の立場を表の社会で端的に言い表すのであれば、闇の帝王の愛人に他ならない。ギリギリ彼女に殺されてないのは彼のお手付きだからであり、うんぬんかんぬん。
考えれば考えるだけ体調が悪くなりそうな状況だが、そもそもの問題は彼女の父親がレイに手を出したことにある。レイからしてみれば、こちらに頼らずにベラトリックスで苦痛の解消をしてくれという話なのだ。子持ち既婚者?にもかかわらず目の前にいたという理由だけで男に手を出すお前が悪いと言ってやりたい気持ちでいっぱいである。いや、まて。そもそもベラトリクスも既婚者か。魔法界の恋愛および婚姻事情、複雑怪奇。
ともかくそこをしっかり知っていて切り札のように繰り出してくるからこの女のことが苦手なのだ。いや、レイが得意としてる女なんて世界のどこにもいないのだけれど。
「スコーピウスのこと見てればいんですね?」
「えぇ。そういいました。早く出ていきなさい。猫ちゃんの教育に悪いですわ」
しっし、と野良猫のような扱いを受けてレイは校長室を出た。あの蛙女にそんな気があるのはかしらないが、女は女同士で肩を持ち合うものである。あの部屋の外において情夫の自分が嫌われ者であることは重々承知だ。まぁ、それは今に始まった話ではないので気にするまでもないのだが。
あの部屋を出てしまえばレイの主な肩書は魔法薬学助教授でしかない。校長の命令にどうして逆らえよう。教師は教師。仕事は仕事。しっかり切り替えて教室へと足を進める。
「あ~、蠍の王子様どこにいるんだろ、探して呼び出すの、俺がぁ……?」
正直めんどくささが勝つ。そりゃあ、レイだってスコーピウスのことは可愛がっている。なにせ、生まれた時から知っている知人の一人息子だ。最も、ドラコは基本的にレイにもきちんと厳しいのでそのかわい子ちゃんとそこまでの交流があったわけではない。
ちょこちょこ会っては親に言えない相談事を聞いたり、ドラコが決して与えない類の駄菓子をこっそりあげたくらいのものである。本当に食べたかどうかはレイの理り及ぶところではない。
父母から受け継いだ血の青さが香しい表皮の美しさと、洗練された所作。徹底的に仕込まれた帝王学由来の人のあしらい。それらを駆使してスコーピウスはレイを顎で使う。ドラコがレイのことを名指しで、上手いように使いなさい、と育てているからあの王子様はレイの扱いが抜群にうまいのだ。
親に見せない可愛いところがあることは知っているが、それだって彼は由緒正しいお坊ちゃま。仕事の繋がりで家同士も仲良くやっているが、あくまでも使う側と使われる側。根本的に商家の生まれの自分とは違う生き物である。
それに、だ。扱いがうまい、のと懐いている、はまるきり別ベクトルの話だ。幼少期から知っている子の可愛さと上手な飴と鞭とでスコーピウスが命令すればレイは火の輪だってくぐってみせよう。一方で、そもそも本当に懐いていれば火の輪をくぐらせるという発想の方が生まれないだろう。そういう話なのだ。
レイはため息をつきながら教室の扉を開けた。
「レイっ、先生!」
「……んん?」
抱きついてきたのは手入れの行き届いた麗しのプラチナブロンド。レイの立場を知っている人間からすればまずもってあり得ない行動にレイの方がフリーズする。久方ぶりに感じた彼の先輩以外の熱に驚いてしまったのだ。
「あ、あの、スコーピウス……?」
心なしか線が細い彼からはお菓子と紅茶が香った。心を開きたくなるような甘くて濃密な幸せの香り。この世界においてこんなに優しい柔らかさに曝されたのは本当に久しぶりのことだった。ついなんとなしに頭を撫でれば一層強く抱きしめてくるではないか。
「ここにいれば会えると思った!」
「えぇ、そりゃ、教室なので……」
「先生……?」
「あー、これは確実に折檻を受けるな、俺が。まぁ、いいか。どうしたんですか、プリンス。とりあえず誰かに見られるとあれなんで準備室にいきましょうか、ね?」
パッと顔を上げればかち合うきらっきらのアイスブルー。それがうるうるに涙を湛えている。これにやられない人間はおらんて。
清少納言がまさかの紫式部をも呼んで御簾の向こうからこちらを覗き見てはパーティタイム。久々のフィーバーにレイの頭の方がいかれそうだった。僕以外の男に抱きしめられて抵抗の一つもしないって何?なんて、ゴーント先輩に絶対ぼっこぼこにされるけどまぁいいか。可愛いし。
「せ、せんせいーーーっ」
「はいはい、どうどう……」
なるほど、アンブリッジの言う通り、確かに恐ろしく様子がおかしかった。思春期の一過性精神不安くらいしか理由のつけようがない。それにしてはいくらなんでも可愛いことになりすぎている気もするのだが。
「ほら、プリンス。僕から離れて座んなさい」
レイはスコーピウスに椅子を勧めると紅茶とお菓子を提供した。昨日、ここにやってきて世界の変わりっぷりに泣くことしかできなかったスコーピウスからすれば、このいつも通りはあまりに心に優しいものだった。
「プリンス、ってことは先生も、先生じゃない……」
「えぇ……?僕はいつでも僕だけど……?」
紅茶を一口飲みこんだことで落ち着いたらしいスコーピウスは迷子の子供みたいな顔でレイを窺う。
この子がこんな不安そうな顔してたのって三歳ぐらいまでじゃないかな。子供のころから知っている身としても、今の彼が持つ庇護欲をくすぐる感じに心がふわふわする。
「昨日から様子がおかしいって聞いてますよ」
何があったんですか?と念のため敬語で尋ねればいやいや、と首を横に振った。幼子かよ。こっちの庇護欲をくすぐる天才すぎるだろうて。どうしたどうした、スコーピオンプリンス。
「敬語はやめて、僕の話を聞いて」
「うん、いいよ。だから落ち着いてクッキー食べな?」
純粋さを隠せない綺麗な目からぽろんぽろん、と涙が零れる。それでも美味しかったのと安心感からだろう。クッキーを食べる手は止められないらしい。サクサクのクッキーを小さなお口で食べたる様、いとをかし。数年ぶり二度目。
勧められるがままにクッキーを咀嚼し、紅茶で渇きを癒せば多少口が利ける精神状態になったらしく、スコーピウスは泣くことをやめて語り始めた。
「確認させて。ここは、ハリーポッターがホグワーツの戦いで負けて、闇が世界を覆った、そういう世界なんだよね?」
「まるでポッターが生きてる、正しい歴史があるみたいな言い方だね、スコーピウス」
「そう、そうなんだ!僕の知ってる歴史じゃない!ここは違う世界でっ!なんでわかるの!?」
「いや、今のは言葉のあやというか、って、泣かない、泣かないのー、もー」
何故だか分からないけれど、スコーピウスからの全幅の信頼を感じて狼狽えてしまう。ざっと理解できた状況をまとめると、どうにも自分はよその世界線においてスコーピウスの良い先生をしているのだろう。そして、危機感薄くも彼は、自分にそれと同じ反応を求めているに違いない。もういいや、可愛いから。あとで詰られればよかろうて……。
レイは全てを諦めて情緒が不安定すぎる王子様に付き合ってやることにした。
「おちついて、スコーピウス。僕は僕だから、話せることは話してごらん?」
「っ……うん、うん!」
ぱっと明るくなった顔にレイまでつられて笑ってしまった。さっきのスコーピウスはナチュラルに異世界パラレルワールドの話をしてくれたが、案外それはスコーピウスの空想だったりしないだろうか。
もしかすると背負わされた期待の大きさに精神が参っているのかもしれない。噂によると、オーグリーがマルフォイ家に嫁ぐとか何とかいう話もあったし。俺だったらあんな嫁いやだもん。
これもまた現実逃避ってやつかもしれない。男の方のマリッジブルーって聞いたことないけどさもありなん。様子がおかしい生徒を放っては置けない。教師として聞いてやるに越したことはないだろう。
「さ、スコーピウス。君の話を聞かせて」
簡単に解決できる問題だ、と思った。落ち着けばいつもの彼に戻るだろうと。気恥ずかしそうにまた意地悪を言うに違いない。
けれど、そうではなかった。その可愛らしい口から紡がれたのはレイだって想像していなかった本物の異世界の記録。
闇の帝王は存在していないこと。
代わりにハリーポッターは生きていて、彼の子供とスコーピウスは親友であること。
自分はスネイプ亡き後、ホグワーツの魔法薬学教師としてセドリックを待っていること。
世界は平和そのもので、闇のかけらはあってもホグワーツは今も明るく楽しい学び舎であること。
であるにもかかわらず、自分と親友が時間をいじるという禁忌を犯しただために世界がめちゃくちゃになってしまったこと。
泣きながら話したスコーピウスに嘘はないのだろう。その世界はあまりにもレイの知っている今と乖離していた。今より何倍も生きよい世界からやってきた彼がマルフォイ家の名前を冠しているのにこの性格なのにも納得がいく。
「うーん、そりゃ泣きたくもなるねぇ」
おっかなかったね、もう大丈夫だよ。そんな風に慰めることくらいしかできないのだが、内心困り果てていた。
「まぁほら、甘いの食べな」
焼き菓子を差し出せばなんの疑いもなく口に運ぶ。レイは正直これらを持て余していたし、丁度よかった。
表で教師をしている時のレイは甘いものがあまり得意ではなくなっていた。しかし、貰ってしまった以上消費しなければならない。レイには日本人として食品に無体は働けないという性質がある。
子供のころはあんなに好きだったのに、いつの間にか甘いものがちっとも食べられなくなっていた。いいや、甘いものどころか食事というものがあまり好きではない。このところの主食は専ら、濃いストレートティーと薄いトースト一枚だった。朝食の席でそれらを口にしてあとは研究ばかりしている。そんな自分には高級クッキー缶などは過ぎたる宝だ。
その上、時折ご機嫌伺いに訪ねてくるスコーピウスといえば菓子は好きだが自制心の高い少年である。よって、どれほど消費を頑張っても菓子は一向に減らない。横流しにも限度があるので悲鳴を上げながら胃袋を痛めつけることもしばしばだった。
ただ、どうにも向こうの彼は違うらしい。与えれば与えるだけお菓子を飲み込んでいく。冬眠前のリスみたいで心底可愛い。人は可愛いものを見ると可愛いしか言えなくなるのだ。それはこの世の真理である。
田舎のおばあちゃんかよ、と思いながら顔色の悪いスコーピウスに糖分を与え続けた。
「こんなに食べていいの?」
「いいよ、僕甘いのそんなに得意じゃないから」
「そっ、かぁ……」
ぐっと押し黙った彼から、向こうの自分は相変わらず甘味大好きな大食らいなのだろうと想像がつく。そういえばいつから苦手になってしまったのだろう。
「あの、レイ。これは好き?」
「ん?あぁ、キャンディー。ハニデュの?えー、懐かしい、っていうかそっちだとあるんだハニデュ」
差し出されたのはオレンジと白のしましまキャンディ。きりり、と胃と胸の間が痛む。飴一個受け付けない狭量さに笑いつつ、レイは今は大丈夫、と丁重に断った。
明らかにショックを受けた様子のスコーピウスにこれから更なるショックを与えるつもりなのだが、死んだりしないだろうか。この小動物のことが心配になるのも仕方がないことだろう。レイはローブの中にある薬の在庫を確認した。気付け薬はある。
「僕のパパに買い占め要求するくらいこのキャンディ好きって聞いてた」
「そっちの僕は純血貴族に何させてんの?」
「そのうち食べて、」
「あ、ありがと……?」
そう言って掌に落とされた個包装のキャンディ。確か昔は個包装じゃなかったはず。相変わらずしましまで可愛らしい飴だ。
そこまで考えてすっと、脳の一部が冷たくなる。どうしてこのキャンディのことを知っているのか見当がつかなかったのだ。まぁ、いいや。どっかで見たに違いない。そんな風にレイは浮かんだ思考をパッと消してスコーピウスを見た。可哀想に、目に見えて怯えている。準備室内で家鳴りのような物音が立つたびに神経質そうに表情が揺らぐ。明らかにストレス過多だ。
もしも、本当に彼が別世界から来たのだとしたら。自分は彼をどうしてやるべきなのか。正直言ってあとは頑張れ、と放り出してしまいたいがそうもいかない。彼は明確な不穏分子だ。隠しておくにも難しいだろう。
レイは目下スコーピウスの処遇に頭を悩ませる。自分ときたら闇の帝王に心の内を完全開示しているのだ。この邂逅がバレれば確実にあの人はスコーピウスを殺すだろう。
抱きしめてしまった段階で黒と判断されかねない。あの人は異様な独占欲を有している。手ひどい折檻を受けるのが自分だけであれば問題ないのだが、スコーピウスにまでその手が伸びるかもしれない。ドラコとの『いざとなったら息子に手を貸す』という約束もある身の上で、まさか彼の死因を自分にするわけにはいかないのだ。
かといって、いまさら彼に対して閉心術を使えば何か隠しています、の合図でしかないだろう。あぁ、どうしたもんか。今晩、彼の最後の魂を接ぐ予定があるというのに。
それに、これをスコーピウスに隠しておくのは彼に対するひどい裏切りになるような気がして。レイはまったくもって気が進まない情報開示をすることにした。
「スコーピウス、あのね」
「どうしたの……?」
「すごい信頼してもらってる上で申し訳ないなって思うし。君が卒倒してもすぐ対応できるようにポケットの中から気付け薬を出した状態で言うんだけどさ」
「なに、レイ、そんな怖い顔して……」
「先生は、なんと、どちらかというと、闇側の人間です」
「ひゅ…………っ」
ウィゾー、ですらなく息をのんでそのまま倒れたスコーピウスを抱きとめる。思った通りの反応に、確かに彼が彼でないことを完全に理解したレイだ。いつもの蠍の王子様なら鼻で笑って「教授は純真の対極にいらっしゃる方ですもんね」くらいの嫌味を言うだろう。
これは彼を早々に恩師に引き渡すべき案件な気がするが、頼られてしまった以上最後まで面倒を見なければならない。それが大人の姿をしている自分が持っている良心であり、教師としての正しさだ。
いつ元の世界に戻れるかもわからないのにこんなに簡単にぼろを出す小動物を猛獣の檻に突っ込んだままにはできないのがレイの数少ない良いところでもある。
「はぁい、スコピおちついて、はーい」
「ひぃ……え、え、ど、どうして……?」
まずは呼吸を整えようか。背をさすってやればスコーピウスはただでさえ青白かった顔を、それこそ紙みたいにして震えている。言い方を失敗したな、と思いながらも、物言いの上では限りなく正しいので否定の方法がないのだ。
「大丈夫、危害は加えないし、誰かに言いつけたりもしない。だって僕は、はみだしっ子のままだ。中身は君の知ってる僕とそう変わってないと思うんだけど、僕には僕で守らなきゃいけない約束がある。だから、この件は僕より確実な適任者に引継がせてほしい。主にスネイプ先生」
たぶん、あの人グレンジャーとウィーズリー囲ってるんじゃないかな。
ふんわり笑う顔はスコーピウスもよく知ったものだ。ただ、彼にはあり得ない蠱惑的な赤い色彩が瞳を色どっている。闇の帝王と同じ色だ。優しいのにどこまでも冷たい。
「レイ、どうして……?」
「どうして、か。難しい質問だね。それにちゃんと答えようと思ったら途方もなく時間がかかる。でもそんなのはもったいないから端的に言えば。僕はね、たぶん誰でもよかったの。誰でもよかったからこうなった、それだけ」
二人の問答を割くようにコンコンとノックが響く。どうぞ、とレイが声をかければクレイグがいた。
「助教授、地下室の準備が整いました」
「ありがとうクレイグ。ついでで悪いんだけど、プリンスをスネイプ教授のお部屋まで案内してくれる?」
「案内、ですか?」
「あはは、蠍の王子様がただの教師の部屋の位置なんか知ってるわけないよね?それとも案内するのめんどくさい?」
「いっ、いえ!喜んでご案内いたします!プリンス、どうぞこちらへ!」
鋭く輝くルビーの瞳に気おされクレイグは硬直する。まさに蛇に睨まれた蛙だ。そんなに脅かすつもりはなかったのだが、この目は予想外に人の恐怖心を煽ってしまうらしい。
教室を去り行く彼の耳元で、僕も後で行くからもう少し頑張りなとだけ言ってやれば顔に力が入った。そして、急ごしらえのプリンスの仮面をつけて高慢ちきにスコーピウスはクレイグに声をかけた。
「早く案内して、クレイグ」
「は、はい、ただいま!」
スコーピウスが去った教室でレイはため息をつく。あぁ、やだな、どうせ筒抜けなんだよ。ゴーント先輩のことだもん。でもさ、あと一個。魂を接いだらそれで終わりだから、この世界ってもう崩せるわけがないんだよね。だから怒んないでほしいなぁ、と考えたところで背後に誰かが立った。
「先輩、このお城って姿くらましと姿現しできないんじゃないですっけ?」
レイが軽く問えば答える義理はないと言いたげにため息が返ってきた。いつも通り、がいっそ恐ろしい。触れさせたこと、すら許すつもりはないのだろう。それでも圧倒的強者の余裕が今の彼にはあった。
「僕に怒られるってわかってあの戯言聞いたんだろ」
「聞きましたよ、生徒の言葉なんで」
ぐい、とチョーカーを引かれる。レイは常々不思議に思っていた。闇側の人間は首を絞めるのが妙に好きなのはなぜなのだろう。やっぱり、致命に至る部分に手をかけることで生殺与奪を握っているという優越感に快楽を覚えるのだろうか。
きゅっと締まってこめかみあたりの血管が膨らむ。バタバタしても苦しいだけであるというのを嫌というほど体が覚えているレイは黙って耐える。
「で、君はどうするの」
いや、絞められてたら無理、と手で小さくバツを作ればようやく解放された。この二十年近い時間の中ですっかりこの扱いにも慣れ、こういう場合の呼吸方法を覚えてしまったのだ。そのおかげか咽ずに会話にたどり着けるようになっている。これこそまさにいらない特殊能力である。
「あの、先に別件で気になったこと聞いていいですか?」
「君の場合、気になったことを解消しないと話が脱線して面倒だからいいよ。何?」
「なんでチョーカー引っ張るんです?」
「腹が立つから」
「さ、さいですか……」
レイが解放された首元を撫でる。そもそも、そんなに気になるなら外せばいいのだ。着脱ができないわけではなく、せっかく先生から貰ったんだから、とレイ本人が外していないだけである。その上、肌に優しい素材ゆえについていることすら忘れるのだ。
本人ですらこの認識である。ボタン式のこれを外すことくらい彼にとってはわけないことだろうに。
「外せないんだよ。その趣味が悪い陰湿な首飾り」
「俺の先生のこと悪く言わないでください」
いまはまだ、ね。そう言ってまた指をかける。けれど今度はすぐに離された。生きるも死ぬも、この人の気分次第。いっそ殺されてしまえば楽になれるのに。くらくら、いらないことを考える頭の中身をレイはそっと向こうへと押しやった。
「さて。本題に入ろうか。あれ、どうするつもり?」
「どうするも何も、送り返しますけど?」
そのついでに騎士団の生き残り殺せたら万々歳じゃないですか。俺グリフィンドールって嫌いなんで。
彼はくすくす笑うレイを抱き寄せた。同じ考え、同じ心音、平常で、いたって正しい。道行を邪魔するものは押しなべて平らにされるべきだ。その工程を楽しむのは自分と彼の二人だけでいい。
あとほんの少しで、その最後に残った輝きさえも彼から奪ってしまえるだろう。そうしたら、自分たちは完璧になる。隣に並び立つ者のいない世界でだって、自分と同じ質の物であれば側に置いておくことは容易い。
「そもそも、パラレルワールドでしょ。俺と先輩の今がなくなるわけじゃない。一度できてしまった歴史は消すことができない。ここを開いた時点でこの道は存在してしまった」
もう取り返しがつかないと思いません?心の底から今を楽しむように、レイの目が曇る。英国の空を思わせる鈍色はあまりにも自分にふさわしい宝石だった。
「だから今晩は意地悪なことしないでくださいね」
「僕が君に意地悪したことなんてあるか?」
首から顎先へ、指でなぞり上げれば耳まで赤くなる。随分と可愛い様子に彼は笑ってレイの小さな頭を撫でてやるのだった。