危うく午後の予定を塗り替えられそうになったレイだったが、なんとか先輩様の腕の中から抜け出し、地下実験場へと足を進めていた。拷問好きな奴らに混ざっての実験は不服であったが、悲鳴が煩いという観点で地下に閉じ込められるのは仕方がないことだろう。ここは悪の総本山でありながらも教育機関だ。授業に支障が出るのは避けたいところなのだろう。
本当は防音呪文で結界を張り、この部屋以外で悲鳴を聞くことなどありえない、というような状態に持っていきたいものである。けれどレイの先輩はこの優雅で品の良いバックグラウンドミュージックが大のお気に入りらしく、仕事中に聞いていないと気分があがらないというのだ。大層なご趣味である。
先輩が、というよりはこの城の現在の大家がそういうのだからしかたがない。壮大なクラシックも誰かにとっては騒音、逆もまたしかりということでレイは諦めていた。
「あのさ、気になったんだけど、狼人間って人間の時も耳よかったりするの?悲鳴ってうるさくないの?」
「なってみるか助教授」
「ちょっと本気の目やめてよグレイバック、怖いんだからそれ。デザートに脱狼薬追加しちゃうぞ」
「仕事ができねぇとおまんまくいっぱぐれるからな。今回は勘弁しといてやる。ちなみに、あいつらは最高の楽団員だ」
「こいつもあっち側だったか」
問いかける人選を間違えたレイである。もしかしてこの城において、少数派が自分なのかもしれない。と考えてしまった。浮かぶ顔が口々に悲鳴は最高の音楽だ、というタイプだったのだ。
その点で比較的感性がまともな気がするロジエールやドラコにも後で聞いてみよう。彼らなら悲鳴がうるさいってことにも同意してくれるはずだ。
あくびをかみ殺しながらレイは彼の実験場へとたどり着いた。親愛なる人狼殿も己の持ち場に足を向ける。また子供を噛むのだろう。まったくもって闇の陣営にいる人間は趣味がいいったらない。
「教授、実験を始めますか?」
声をかけてきたのは現ホグワーツ学生の中でも抜きんでた薬学的才能を持つ青年だ。冷たく、賢く、美しい彼は半純血。この闇の世界において立場が一番弱い。
その彼をわざわざレイの助手につけた。この采配も闇の帝王直々のものである。こうしておけばなんだかんだ面倒見のいい彼は一人で逃げることなど絶対にできなくなる。もとより、その気なんてなくても。
「うん。今日もよろしくね」
それに、実験は手が多い方ができることは多いのでレイは助手制度のことを歓迎している。これで守ることができる人間の子供が増える、というのもレイの中ではプラスに働いていた。
レイは羊皮紙の束を彼から受け取って研究の続きへと戻る。
何年も実験を続け、魂の接ぎ方はわかった。魂の圧縮方法も。であれば、次にレイが求めるのは魂の接着方法だ。離れてしまった魂を捕まえ、再度肉体に縫い付ける方法。
胸を開いて物理的に心臓を縫い付けてみたり、体内にルーン文字を書いた布を仕込んでみたり。この十九年で考えうる限りかなりのことは試したのだ。それでも見つからない。となると根本的に考え方が間違っているのだろうか。
「案外もっと単純なことなのかなぁ、」
レイがその辺にいる拷問好きを呼べば手の空いていたのがすぐに寄ってくる。レイ本人が魔法を行使してもよいのだが、魔力が低すぎるため定量の魔法を放つことができないのだ。再現性がものをいう実験においてそれは致命的である。
「今日ご用意しましたのは三本の薬。一つは僕が思う魂保護のための効果が高そうな薬草をふんだんに使った一本。もう一本は愛の守りの効果を疑似的に引き起こす薬。そして最後に大穴、万能くっつけ薬です。ねぇ、どれがいい?」
三匹のモルモットに問えばみな一様に絶望的な顔をした。可能性はあるから頑張ってほしいと思うがまぁ、九割死ぬのでこれも仕方のない話だろう。それでも、他と違ってアバダー発なので随分人道的だと思うのだ。子供をさらっては人狼に仕立て、親を噛み砕かせるどこかの蛮族とは違う。
「希望がないなら右から順番に。助手君、お願いします」
にこにこ、レイは至極楽しそうに実験を進める。スネイプには決して見せない壊れてしまった面。無論、同じ城に住んでいて彼が知らないはずもない。それでも、口を出してくることはあれきりなかった。
時が経てば経つほど、彼との繋がりを深くするほどに。知的好奇心という範疇を優に超えてレイは人を害することを何とも思わなくなっていた。
「はい、皆さん。ちゃんと飲めましたね?」
モルモットが薬を嚥下したのを確認する。そして、一人ずつ薬効が現れたのを見て死の呪文を放たせた。
「始め」
一瓶目。ありとあらゆる保護呪文の原理を薬学に落とし込んで閉じ込めた。悪霊の守りの原理まで含んだ無茶苦茶な薬。レイの発明である。
これは、本来は自分の周りを囲むように撒くのが正しい。それをあえて、経口摂取することで内部に守りが張られるのではないか、と期待したのだが検分すれば中身は空っぽ。死の呪文から魂を守ることはできなかったようだ。
「次」
疑似愛の守り。これは悪意をシャットダウンする薬だ。もっとわかりやすく言えば超高強度虫よけである。かつて、ヴォルデモーを撃退するに至った母の愛。
これを抽出するために何組の親子を殺したことだろう。子を守る母の愛の魂を掠め取り抽出したものだ。魂の形に触れることができるようになったレイにとっては造作もない作業である。
母の愛の呪いを受けた子供を笑顔のまま手にかけた。悪意も殺意もないレイの前では悪意に対する呪い、はまるで無意味だったのである。
死に瀕した子供から湧く白い靄を集めて精製すれば液体に置換される。魔法ってなんでもありだよなぁ、とレイはただただ微笑むばかりである。
でも、これも失敗。怨みの側面が強くなりすぎてしまったらしく、薬効が現れたと思ったとたんに発狂し、舌を噛み切ってしまった。
「失敗、失敗。はい、最後」
一番期待していない万能くっつけ薬である。わかりやすく言えば魔法界の瞬間接着剤。無論、経口摂取するものではない。これを口に注ぎ込まれた被験者は可哀想に唇がくっついてしまったらしい。流石万能くっつけ薬だ。皮膚もきちんとくっつくらしい。これに一体なんに意味があるというのだろう。
「それでも、世界には無駄なことなんて一つもないっていうからさぁ」
緑の閃光。射貫かれた男。言ってはみたものの一切期待していないレイが次はどうしたもんかなぁ、と羊皮紙の束を見つめていると死体の観察に行った助手が慌てた様子で近寄ってくるではないか。ちらりと確認して目は羊皮紙に戻した。
「どしたの?」
「きょ、教授!最後の薬品、あれはいったい何なんですか!」
「何って瞬着、じゃねぇや。万能くっつけ薬」
なんだよ、とレイが羊皮紙から顔を上げればモルモットは変わらずぐったりと項垂れていた。いつもと変わらぬ失敗の光景にレイの心がささくれ立つ。
「死んでるじゃん?」
「それが!」
助手に促され、レイは渋々男に近づく。呼吸はない。瞳孔は開いたままだ。脈だって一回も打っていない。そのはずなのに。彼の頬が赤いままなのが気になり胸に手を当てて魂を見る。魔力の循環は起きており、魔法使いとしては死んでいない。
「生きて、る……?」
人間としての生命活動という観点で見れば、確実に今この男は死んでいる。けれど、魂だけが生きていた。それは異様な光景である。
レイが息をつめてモルモットを見ていればふ、とその男は意識を取り戻し、顔を上げた。その間、三分あっただろうか。レイはその男に声をかける。
「まって、口がきけないよね。おっけ、今とるから待って!」
万能くっつけ薬の剥離剤を彼の唇に塗れば男は叫んだ。耳が驚いたが、まあ許してやろう。
「あたっ、あたったんだ!俺に、死の呪文が」
「うん、知ってる知ってる。当てたもん。効果通り死んでたもん君は……!え、今どんな感じ!?」
「魂が体から一瞬浮きかけて、でも取れなかった、あぁ、どうして、どうして俺は死ぬはずだろ!」
狂乱のさなかにいる男にレイはもう一度、死の呪文を浴びせた。すると今度はあっさり死ぬではないか。まさか、剥離剤が悪かったのか。それでも。今までどれほど願っても現れなかった効果が、突然。降って湧いたことに違いはない。
「あはっ、あはは!これかも!僕が欲しかったやつ!再現性、可能性、あぁ!やった!すぐに理解してみせる!これで、これで俺は……っ、」
レイは残っていたすべてのモルモットを使って再現性を確認した。わかったことは二つ。剥離剤は関係なく、この方法は一度しか効果がないこと。また、死の呪文を浴びた後、仮死状態から意識を取り戻すまで長いものでは十五分。短い者でも三分はラグがあること。でも、それが分かっただけでも上等だ。
たった一度でも死の呪文の効果から身を守ることができる。これは革命だった。
唯一、愛の守り以外で死の呪文に抵抗できる方法。それが一年生で習う魔法薬だったなんて、誰が考えるだろう。ここまで初歩的な魔法薬、レイであれば目を瞑っていたって調合して見せるだろう。それを経口摂取することで魂すら肉体にくっつけてしまうのだ。こんな単純なことに今まで誰も気が付かなかった方がおかしいくらいだとすらレイは思った。
これがあれば、何がどこに作用するか理解さえできれば。もう二度と失わなくて済むだろう。
実験室で得られた研究成果を羊皮紙に走り書きして、私室に籠る。そして夜になってしまう前に一本の薬を作り上げた。夜は闇だ。闇はレイを飲み込んでしまう。だから、この薬だけは光の中で作る必要があった。レイは悲しいかなこの分野に関してだけは天才だった。誰よりセンスがあるという自負があった。だから、その直感は当たる。
これが最後。これで最後。
「できた、できた、ああやっとこれで!」