セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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■1995/4/10

セド先輩ってさぁ、あまりにパーフェクトだけど一周回ってなんかできないこととかあったりするの?

単純な疑問である。レイはいつもの中庭の隅っこ。日の光の中にいるセドリックに向かって話しかけた。暗い髪色だが、日の中にいるとどうしてか柔らかく光っているように見える。もしかするとこれがオーラと呼ばれるやつなのかもしれない。

二人でいるというのになんとなく本を読んでいた彼らの目が合う。ぱたむ、と音を立ててレイのほうへ灰色の瞳が向いた。

 

「君は僕を買いかぶりすぎだよ」

 

高々、一年くらい早く生まれただけの学生がそこまで完璧なわけないだろ。

嫌味でもからかうでもなく、くすくす笑う彼はこうしてみると確かに子供らしいな、とも思うのだ。

しかし、人間としての出来があまりに違う。セドリックには人間関係での悩みなんかまずもってなさそうに見える。いつぞやのホグズミードではあんな風に秘密を打ち明けてくれたけれど、相変わらずチョウとの付き合いはよそから見たって完璧な優等生カップルだった。

 

本人の持つ素質なのか、はたまた感情面での基礎教育が日本とイギリスでは極端に異なっているのかレイには分からないことである。でも、イギリス人でも駄目な奴って本当に最悪な性格してるもんなぁ。となると、やはり、彼が優れているのだろう。

 

「しっかり勉強しないと目に見えて成績は落ちるし、人の倍は練習しないとクディッチも下手になる。体作るのに我慢しなきゃって思っても、キャンディー、やめられないしね」

 

そう言いつつ、ポケットからハニーデュークスのキャンディーを取り出した。あいもかわらずしましまで美味しい二人の味だ。ありがたくご相伴にあずかったレイである。お菓子をくれる人はみんな神様。セド先輩はさらなり。かりこりと早速かみ砕いて口の中全てを甘くした。

 

「ほえぇ、じゃあ、セド先輩は誰より努力してるんだ」

「そんなに大したことじゃないよ」

 

レイは全く持って努力ができない人間である。興味のないことは覚えられないし、手を付けようともしない。だから、純粋に凄いと思うのだ。

世の中には天からの才能に恵まれて生まれながらにヒーローになれる人種がいる。例えば、かの有名なハリーポッターとか。彼の来歴から考えてあのクディッチの才能は天賦のものだろう。

それでも、セドリックのほうが様々な面でクディッチ選手としては優れていると思うのだ。誰より考え、周りを見て、的確にハッフルパフを勝利に導く。それは個人プレーだけが全てではないこの競技において一等大事なことだ。スーパープレイヤーだけで魅せる競技ではないのだから。レイはスポーツを解さないけれど、これだけは言える。セドリックは紛れもなくプロになれる逸材であると。

まぁ、そんなことを言ってもレイがきちんとクィディッチを見たことはないので全てはドラコから聞いた話の受け売りだ。

 

「来年。もしよかったら見においで。それともあんまり好きじゃない?」

「ん~……行きたいのはやまやまなんだけどさぁ、視線を奪ってくれる人が一人いれば面白いと思うし、」

 

レイが煮え切らないのには理由がある。今年度はトーナメントのせいで試合予定はない。

レイだって、最初の内こそドラコに誘われて試合に足を運んでいたのだ。それでも、興味が薄そうと察したドラコによって早々に切られていたのである。

 

「応援の気持ちはすごいある。きっとカッコいいんだろうなぁって、でも……」

「でも?」

 

気になるのであればスリザリン対ハッフルパフの試合でも見に行けばいいのだ。しかし、応援したいチームはスリザリンで応援したい選手はセドリック、というねじれが生まれているのが問題なのだ。レイはスリザリンのシーカーである幼馴染を前にしてセドリックと叫べるほど豪胆な精神は有していない。

であるからして、スリザリン相手ではない試合の観戦に行くのが最も簡単な解決方法だ。しかし、これにも問題がある。緑のローブを着た状態でぽつねんと黄色に混じってセドリックの応援は悪目立ちしすぎる。

 

例えば対グリフィンドール戦の観戦行ったとしよう。それこそ敵情視察、なんてお題目でも引っ提げて。

もしも、その姿をイッケイはともかく双子に見つかりでもしたら「「付き合いが名長~い俺たちより?ミスターハッフルパフを?」」と立体サラウンドされるのは必須。

であれば対レイブンクロー戦。無理である。向こう側にユウトを見つけてみろ。爆発四散する。仲直りもできていない相手の敵を熱狂的に応援しているのを見られたら何もかもが終わりになる気さえするのだ。なんてこったい。いや、こちらに関しては来年までに仲直りしておけという話なのだが。

レイは様々な思案をまとめてから適切なんだかそうではないんだか分からない返答を返した。

 

「俺に応援されるのギリギリ迷惑じゃない?」

「まさか!」

「そ、そう?」

 

えへへぇ、とどことなく嬉しそうに笑ってからレイは、いつか行くね。と言った。あのドラコをしてクィディッチの才能があると言わしめる彼のプレイを見てみたいのは本当のところなのだ。

 

「やっぱりセド先輩はすごいよなぁ。結局、努力できる人間が一番強いもんね。努力にも才能がいる。だから、先輩が一番」

「ありがとう、そんな風に言ってくれて」

 

頬の一番高い所に赤みがさす。誰かに面と向かってそんなことを言われたのはセドリックと言えど初めてだった。レイという少年は不可思議だ。時折こちらが恥ずかしくってたまらなくなる様なことを言うのに、そんな時に限って普通の顔をしている。東洋人は照れるポイントが違うのだろうか。

セドリックはこれ以上褒められたら照れているのが彼にもバレてしまうな、と思い話題を変えることにした。構いやしないのだが、せっかくこんなことを言ってくれる後輩の前では凛々しく格好良い姿を見せておきたいと思うのは見栄だろうか。

 

「その後、仲直りの進展は?」

「うっ、痛いところをついてくるなぁ、進展、なし……」

「そろそろ僕にも喧嘩の原因を教えてくれたり?」

「ぁ、ん……んー、些細、ホントに些細なことなんだよ。これは、俺が根に持つタイプだから悪いって話で」

 

研究の成果を、ほんのちょっとだけ馬鹿にされたように感じた。そんだけ。たぶんむこうに敵意はない。言葉がきつかったわけでもない。でも、駄目だった。そこに俺が許せない一線があった。だから、カチンときてどうしようもない買い言葉を言っちゃったんだよね。でも、お前のしてるわけわかんない文学研究より人の役に立つよ?なぁんて。

目が泳ぐ、思い出したくないことを思い出すときの彼の無意識の癖だ。マイナス思考でドツボにはまる。正しい答えは目の前にあるはずなのに、どうしてもそれに手が伸ばせないでいるのだ。

 

「大丈夫。喧嘩したら仲直りをすればいい。難しいけど、きちんと謝れば分かってくれる。友達っていうのは喧嘩したっていいんだよ。だって、レイとユウト君は別々の人間なんだから。理解できないことがあって、意見が分かれて当然だ」

「でも、俺が我慢すればよかったんだ。そうすりゃ丸く収まって、きっと、こんなふうに苦しいことなかった」

「そうだね。けれど、そんな回り道があったから僕たちは出会えた。そう思わない?」

 

レイの頭上でお星さまがまたたく。なんだか照れ臭いことを言ったな、とはにかんで。どこまでも優しい人。そんな彼の前だからこそ普段押し殺していた感情が溢れてしまうのだ。今だってほら。堪えきれずに涙が零れてしまった。

 

「レイ。こんなこと言うのはなんだか気恥ずかしいんだけど。おいで」

 

パッと手を広げたセドリックに狼狽える。何をしてくれようとしているのかはわかるのだけれど、それに応えられるほど幼い心ではもうないのだ。しかも相手は年上の男。他所様に見られたらセドリックの外聞に悪い気さえする。

 

「えっ、あの、さすがに、俺もう、十六歳なんで、えっと、」

「じゃあ、言い方を変えるね。泣いてる後輩を放っておけるタイプじゃないんだ。君さえよければなんだけど、慰めさせてくれないかな」

 

そう言われてしまえばまた、ぽろぽろと涙が落っこちてしまう。せっかく驚いて引っ込んだのに、涙腺は緩み切って間違いなく馬鹿になっていた。

思案して五秒。せめて、と思いローブで水気を拭う。そして誰にも見られていませんように、と願って彼の胸にぽすり、顔をうずめた。スポーツマンで体躯のいいセドリックに抱きしめられれば、かなり小柄なレイはすっぽり隠れてしまう。

頭まで撫でられていよいよ涙が止まらなくなってしまったレイである。いままで彼のローブの裾を握るくらいしかできていなかった手を、そのまま背に回した。

 

「君が君でいることは何一つとして間違ったことなんかじゃないよ」

 

十六にもなってこんなに正も誤もなく泣いている自分を優しく抱きしめてくれる誰かがいるなんて思ってもみなかった。同郷で同学年の友達にはこんなこと頼めない。それはレイにだってなけなしのプライドがあるから。一人、落ちこぼれていく自分が恥ずかしかった。同じレールに乗れないことが。

でも、セドリックは違う。嫉妬すらする隙を与えてはくれない、完璧な人なのだ。

大丈夫だというフリをした。いいや、実際に大丈夫だったのだ。ほんのついさっきまで。けれど、魔法使いとして、魔法が使えないということは周りと自分とを明らかに隔てる壁だった。

 

それなのに、彼は自分は自分のままでいいなんて優しいことを言ってくれる。自分のことを見ていてくれている。あまつさえそれでいいよ、なんて甘い言葉をかけてくれている。脳内麻薬がハレーションを起こして頭の中が歓喜でちかちかするようだった。

 

「先輩のこと好きになっちゃうよぅ、」

「あれ、もう好かれてると思ってたんだけどなぁ」

 

頭を撫でられ、背中をさすられ。完全に子ども扱い。一つしか年も変わらないはずなのに、どうしたってレイはこの人に勝てっこないのだ。

あぁ、この人のためだったらなんでもしよう。

生涯かけてこの優しさに報いよう。

それはレイが持っている歪んだ愛情だった。彼という男はその重たすぎる情を必死に隠すのだ。隠して隠して、隠し通して。最終的にただ一人、と思った相手に魂さえも明け渡してしまえる。

元から死のうと思っていたのだ。別に、あげちゃったってかまわなかった。

 

「それに、誰のおかげで僕が第二の課題で一番になれたと思ってるんだい?」

「そ、そうやってまた俺を喜ばせるぅ……!」

 

ひーん、とついに声を上げて泣き出した後輩をなだめる。彼に縋られるのも嫌な気分ではなかった。そこまで深い付き合いをしたわけではない。自分と彼とはまだほんの少し、人生ですれ違っただけにすぎないのだ。

それでも、この寂しがりはどうしてかセドリックの心の中に、こっそり小さな椅子を持ち込んで隅の方で座っている。そうであれば、笑っていてほしいと思うのがセドリックという男だった。

 

「セド先輩。俺だけがずっとここ。五年もたったのに現在地、スタート地点よりいまだ変わらず、みたいな。俺だけがここにいて、どこにも行けなくて、かっこ悪いことにセド先輩にぐちぐち言ってる」

 

俺みたいのが愛されたいと願うことすらおこがましいんだ。来世ではまかり間違っても人間になんか生まれたくないって思うよ。

それは口にしたことはないけれど、レイにかかった呪いの全てだった。何もかもを丁寧に拾ってはマイナスに捉えてしまう自分の悪い癖。

 

「右から二番目の星を、俺はずっと探してる」

 

五年前。自宅に届いたマホウトコロからの入学案内。その中にホグワーツ留学のチラシも入っていた。使われていたのはビックベンの写真。レイが思い描いたのはピーターパン、あの挿絵だ。幼いころ一番好きだった童話の舞台。

それはほんの出来心。イギリスの魔法学校にならピーターパンはいて、ネバーランドへの道も開けているのではないか、そんな風に考えてしまった。

軽い気持ちだった。たぶん、親もそうだ。外交としても申し分ない。事実、懇意にしているマルフォイ家とは息子同士のやり取りがある。

だから大丈夫だ、どうにかなる、と自分を偽って散々な結果を引き寄せた。英語もろくにできない。内向的で魔法がうまく使えない自分があまりにも恥ずかしく思えて。声を殺して毎晩泣いていた。

列車で同じコンパートメントになった他の日本人は何かしらに秀でているのに。誰とも寮が同じにならず、一人地下に閉じこもるしかなかった。

 

美しいクイーンズイングリッシュが飛び交う寮内。相手がこちらに合わせてゆっくり話しているとわかった時の絶望ときたら。これでも、日本では成績優秀で頭のいい子供だったはずなのに。また、それを噛みしめて心は地の底へと落ちていくばかり。

 

「それって、ピーターパン?」

「え、魔法族もピーターパン知ってるの?」

 

思いもしなかった反応に、ぱっと顔を上げる。まるで等級の低い星を探すみたいな視線の動き。ないものを探すのが一等難しいのだと知っているだろうに、それでも探してしまうのは人という生き物の性なのかもしれない。

 

「うちは超純血ってわけじゃないし。本棚に並んでたよ」

 

箒なしだと基本的に飛べないって知った時は妖精の粉が必要なんじゃないかって思って調べたことある。と思いがけないことを言われ、驚いたのはレイだ。突如としてこの完璧さんに親近感が湧いた。

 

「実は俺、スネイプ先生の棚に妖精系の粉末あったらちょっと拝借して今でもやってる」

「その様子じゃ成果はないんだね?」

「ご明察。今のところ空を飛ぶ効能、がある妖精の粉は見つかってない」

 

残念だよね。レイはそう言いながら目元をこすった。腫れぼったく、赤い兎の目。そっとセドリックから離れて杖を取り出す。唱えたのは渾身のスコージファイ。結局二回やることになったそれ。でも、何とかべたべた状態でセドリックを寮へ帰さずに済みそうである。

 

「見つかったら先輩にも共有するね」

 

ティンカーベルも乱獲するから、と笑うレイはいつにも増して子供っぽかった。そんな彼の口にキャンディーを運べばなんの衒いもなしに口を開いた。抱きしめられるのは恥ずかしいのにこれはいいんだ、とやはりその線引きがわからなくなる。曖昧で不確かでちょっぴり不安定。彼の魂は淡く揺れているようだ。

また、飴を噛砕いて飲み込む。そしてため息一つ。どうしたって戦争中である彼はことあるごとに戦況に思いを馳せてしまうのだろう。

 

「友達に謝る、なんて幼稚園生にでもできるのに。どうしてできないんだろう。なんでこんなに役立たずなんだろう。でも、まだ、あいつに会うと思うと心臓が痛い。緊張で気持ちが悪い。怖くて怖くて、震える」

「だったら。もう少しだけ僕と二人でいよう。きっと、謝れる日が来る。それが今じゃないだけだよ」

「セド先輩はどうして俺が欲しい言葉ばっかりくれるの?」

「僕たちは友達だからね。寂しい時には手を取り合うし、悲しい時には寄り添いたいと思う」

 

こんな優しい人が自分の近くにいていいんだろうか。

また泣いてしまいそうな自分を何とか奮い立たせてレイは笑った。それは、ちょっとだけ目の前の彼を真似した笑顔。すごく綺麗に笑う人だから、レイもこうなりたいと思ったのだ。

レイの世界に現れた憧れの星。本人に言ったらどんな顔をするだろうか。変に思われるかもしれないから、どうしても言えない。それでも。レイの瞳の中には金色の星が焼き付いて離れなくなっていたのだった。

 

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