セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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◆2020/9/21 ②

アルバス、スコーピウス。ちょっとおいで。

声をかけられて二人は止まる。魔法薬学の授業終わりはレイへの質問が飛び交っているが、今日だけは違った。

先約があるので、と勉強会を取りやめたのだ。不満も漏れるが、別途開催を宣言すれば人の波は去った。そして二人の生徒が呼び止められたわけである。

 

「じゃあ、まずスコーピウスから。これはすぐ終わる」

 

ちょいちょい、と拱いてスコーピウスを呼ぶ。そして、解析済みの小瓶を手渡した。

 

「意外と僕は僕のこと信じててね。君に渡したってことはなんかあるんだろ。だから、持っててくれる?」

 

レイが思考停止気味で考えに考えた結果。この薬をスコーピウスに預けることにした。自分が持っていると揺らいでしまいそうだったから。

であれば、ここからは天運に任せようと思ったのだ。自分の感知できる枠外で起きた奇跡に関しては天からの思し召しとして享受すればいい。

 

「なんだったのこれ、って聞いてもいい?」

「君になら教えよう。これは向こうの俺が作ったとんでもない薬で、再現できたから僕が特許を取る予定の代物です。うかつに飲まないように、って君はそんなことしないだろうから渡すんだけどね」

 

こっちの僕からもお願い。もし、何かの奇跡が起こるのならば。セド先輩に渡してくれると嬉しい。

いつにもなく真面目なトーンに面食らうスコーピウスだったが、ついでとばかりに個包装のドーナツをもらい笑顔が戻った。レイの寄こす日本の駄菓子はこのところスコーピウスの気に入りでもある。

 

「はい、以上です。続いてアルバスくーん」

「なんか病院みたいで嫌なんだけど」

 

一瞬スコーピウスに視線をやったが彼が首を横に振ったためアルバスはスコーピウスと入れ替わる。

 

「僕、なんか補習あったっけ」

「先生は嬉しい。お茶がしたかっただけだけど、補習の気持ちがあったんだね、なんてこった。魔法薬学の勉強は楽しいから、一緒においで……」

「……」

 

勉強の一言にあからさまに顔をしかめ、スコーピウスにヘルプを求めるも後の祭り。アルバスは魔の手にからめとられてしまった。

生徒が一人もいない教室はとても静かだ。そこからさらに内側に一枚。扉で仕切られてしまえばさらに。外の世界から断絶されてしまったみたいな気分になる。

 

「ココア、紅茶、ミルクコーヒー、いろいろあるけど何がいい?」

「ミルクティー」

「お砂糖は?」

「一つ……。で、先生。僕に何の用」

「まぁまぁ、お掛けなさい」

 

アルバスの回答を聞いて備え付けの棚からマグを取り出した。一つはレイの大きめのそれ。もう一つは、それよりは小ぶりだが、しっかりとしたマグである。そこにいつものティバックを入れてお湯を注ぐ。そこで、ふと気づいた。そういえば、ミルクティーってちゃんとした手順で作ったことがないかもしれない。

よくお茶をしに来るスコーピウスはストレートティに砂糖を入れる派なのだ。ハニーホットミルクの作り方ならわかるのだが、はたして同じでいいのだろうか。

一度気になると引っかかるタイプなのである。しかも、口にする物の味に関しては。よもや今まで最低な味のミルクティーを関係各所にサーブしていなかっただろうか。だんだん不安になり始めた。

とはいえ、頼まれたのはミルクティー。レイはとりあえずいつも通りフラスコの中に牛乳を入れて大鍋の中に投げ入れておいた。

 

「アルバス、一つ質問」

「何」

「ミルクティーのちゃんとした作り方ってさぁ、牛乳に直で茶葉突っ込んで煮出したりするの?」

「えっ、しない、と思う……。先にお湯で、出すよ?あってるよね?」

 

とんでもなく不安な顔をされてしまった。一般常識がない奴、みたいな扱いには慣れたものだが、可愛い後輩からは尊敬のまなざしを貰いたいものである。ちくしょう、紅茶の教本に目を通しておくべきだったか。

 

「お察しの通り先生は甘い紅茶とミルクティーが飲めません。毎回おそらく、で作ってました」

「いいんだよ。味がすれば。うちなんかティーバッグごとレンジでチンして適当にミルクいれてるよ」

「えぇ!意外!英国人ってお茶にこだわりがあるんだと思ってた!」

「あるよ、あるけどこだわりの方向性がうちはもっと庶民的なんだ」

 

好きなメーカーの茶葉がある、くらいで。でも先生が出してくれる紅茶はいつでも美味しいよ。

そんな風に笑うから頭をぐっちゃぐちゃになるまで撫でたくなってしまう。存在しない父性を絞り出してる感じがするのは何だろう。

なんだか初めて可愛い後輩を感じているのである。この年になって気持ちの悪いことなのは重々承知している。ただ、今までここまで手のかかる後輩がいなかったのだ。猫っ可愛がりくらい勘弁してほしい。

 

「先に水で出すってことは、あぁ、そっか。油分か。そりゃそうだ。納得」

「何に納得したんだよ」

「牛乳の油分が茶葉にコーティングされちゃってうまく抽出されないんだろうなって。薬作る時もそういう順番大事だからね。葉っぱ使って液体作るんだからそりゃ一緒だよなぁ、とそういう気付き」

 

レイはマグの中に少量の湯を入れた。牛乳が温まるまでには強く濃く抽出されるだろう。ついでに角砂糖を入れておくのも忘れない。

アルバスはその手順をじっと見ている。無論疑われているわけではないだろう。それくらいの信頼ポイントは稼いでいるつもりだ。

それでも、念のためレイは断りを入れる。

 

「真実薬なんか入れようと思ってるわけじゃないから安心してよ」

「いれたら、僕は一生先生を許さないからな」

「生まれ変わっても許さなくていいよそんな教師」

 

なんか、この会話って定期的にしてる気がする。過去にはいたんだよ、そんなとんでもない教師が。なーんて昔話に花を咲かせても面白くないだろう。

 

「にしても、魔法使いの口からレンジでチンって聞くとやっぱり変なかんじするなぁ」

「パパが何でも一回はマグル式でやらせるからね。電車の乗り方までレクチャーされてんだから。呆れるだろ。大人になったら絶対乗らないのに」

「やぁ、侮れないよ?知ってて悪いことってないもんなんだよ。どんな知識も脳に入れときな」

「じゃあ、そろそろゲーム機とか携帯電話欲しいな」

「ははは、現代っ子め~」

「クィディッチとかチェスより剣と魔法で世界を救う冒険がいいよ。絶対面白いって。ダドリー伯父さんの家に行くとゲーム機どころかスマホもパソコンだって最新機種まで揃ってる。羨ましいよね」

「魔法使いが言うセリフじゃ無さすぎる」

 

レイはあまりに現代っ子なアルバスに笑っていたがここで自分の失敗に気づいた。思い込みとは凄まじいもので、魔法族の両親から生まれたアルバスがマグル式の交通機関なんて使えるわけがないと、まるでそれが当たり前の前提かのように認識していたのだ。

ホグワーツ特急から逃げ出した後、どうやって聖オズワルド魔法老人ホームまで行ったのか分からなかったが、これで合点がいった。

 

「アルバス。変なこと聞くけどさ。君もしかして、ポケットにポンド入ってたりする?」

「入ってないよ」

「考えすぎか……」

「セーフティマネーはポケットじゃなくてスニーカーの中敷きの下だ」

 

何かあった時のためって言われて持ってたのが本当に功を奏す時ってあるんだよ先生。アルバスはそう言って、にしゃりと笑った。そりゃあ目撃情報が出ないわけだ。おそらくは、誰かと落ち合うところまでを約束していたのだろう。そして、夏休みの間に父方の従弟の家でちょっとした調べ物をし、公共交通機関のあたりをつけていたというわけだ。まったく、フレジョの関係者はやることのレベルが違う。

 

「かーーーっ、やられた。盲点だった」

「文句は親父にどうぞ」

「サバイバル力が達者でいいね。今度、レシート一枚とペットボトルで火を起こす方法とか教えてあげようか?」

「流石にインセンディオでいいだろ」

「火おこしのロマンは伝わらなかったか」

 

レイは菓子を用意しつつ、すっかり温まった牛乳をマグに注ぎ入れてミルクティーを彼の前に差し出した。

 

「はいどーぞ」

「ありがとう。でさ、先生。僕に何の用なの?」

 

今度こそわけを聞かせてもらうぞ、の顔は緊張した子猫。いとをかしの心を的確につついてくるよい表情だ。レイは努めて普通を装ってアルバスに語りかけた。

 

「予知とか予言とかそういうかっこいいもんじゃない。しいて言うなら予感」

「予感?」

「君がまたとんでもないことに巻き込まれちゃいそうな予感」

無論、アルバスもかなり反省をしている。ゆえに、そんなことを言われるのは心外だった。まるで信じてくれていないみたいな物言いは先生といえど断じて許せるものではない。

「また、僕がなんかするって思ってるんだ?」

「え!?なんかすんの!?」

 

予定があるんだったら早めに言っといて、とレイは表情を曇らせた。どうにも話がかみ合っていない。アルバスは芽生えかけた苛立ちを摘み取られ変な顔になってしまった。

 

「先生はまた僕がやらかすと思ったからそんなこと言ったんじゃないの?」

「やらないだろ、アルバスは。だって約束したんだから」

「じゃあ、どうして?」

「予感って言ったろ。君ってやつは、んー、いや。ポッターってやつはいつもとんでもない目に合ってる。自分では望まなくても」

 

これはおもしろくもない昔の話。そういってレイが語ったのはいつの日か自分が見た英雄の姿。日陰を邁進する自分とけして交わることがない道であった。けれど、確かに存在した、一つ下の少年の話。別面から見たレイの戦いの話でもある。

それはアルバスからしたら父親の知らない面でもあった。外様から見た彼というのは新鮮に聞こえる。憎き敵でも、英雄となった彼を支えた誰かでもないのだ。生きているだけで過酷な運命に巻き込まれてしまうある種、生贄のような存在。今まで、父のことをんな風に語る人間はいなかった。

生まれながらにして物語の主人公になるように選ばれてしまった不運な少年、として語られたそれはどんな英雄譚よりもアルバスの心に重くのしかかる。

魔法戦争の終幕までさらりと語り終えた彼は一口、紅茶を飲んでアルバスに微笑みかけた。

 

「おじさんになると昔話ばっかりでだめだねぇ。面白くなかったでしょ?」

 

絶対に学生に聞かせる話じゃなかった、反省。とレイはアルバスにお菓子を勧める。そして、なんだかこの景色見たことがあるぞ、と思案した結果、サルベージされたのはダンブルドアとの面談だった。なるほど、確かに自分も口にしてしまった。こんな話聞いてもつまらないだろうと。

レイは心の中でかの人に報告をしておく。校長先生、二十年少々で充分わかるようになりましたよ、その気持ち。と。

 

「面白かったよ、聞いたことないテンションだったし」

「僕の吟遊詩人っぷりが評価されて嬉しいよ」

 

無論、何もかもすべて話したわけではない。思い出話の中から印象的なのを少しずつ、だ。それでも、初めて聞く部分も多かったらしく、彼が飽きずに聞いてくれただけでも有難い。普段の授業もこの調子で受けてくれればなぁ、と思ってしまうのはなんだかんだ教員歴が長いからしかたのないことだろう。

ただ、本当にアルバスに聞かせたいのはここから先の話だ。

 

「今からちょっと嫌な言い方するよ。君は、君のパパによく似ている。ちょっと無鉄砲なところとか、こうと決めたら周りも気にせずに突き進んじゃうところとか。ちょっとグリフィンドール的なところとか」

 

思い当たる節があるのだろう。アルバスは少し申し訳なさそうにレイから視線を外した。少し言い過ぎたかな、と思い顔色を窺えばちょっとだけ嬉しそうでもある。アルバスだって父親のことを本気で嫌っているわけではないのだ。比べられることにうんざりしているだけで。

 

「でも、それが悪いって言ってるんじゃないんだよ。それは君の素晴らしいところでもある。だからこそ。時々はスコーピウスがどんな顔してるか見てあげて。先生がどう思うか一瞬考えてみて」

 

僕らは君が好きだから、傷ついてほしくないと思ってる。ほんの少しでいいから君を大切に思ってる僕らにも目を向けてほしいな。それができれば君は完璧。

その言葉が彼の自尊心に響いたのだろう。今日一番表情が明るくなった。やっぱり、どの子供も笑っているときが一番可愛い。

 

「若いうちはどんな無理もしていい。人生においてそういう時代って絶対的に大切だし。それでわかる限界もあるからさ。でも、無茶はしちゃいけない。君のことを大切に思ってる人のためにも、ね?」

 

どうぞ、とレイがソーサーに乗せたのはハニーデュークスのしましまキャンディ。これは自分にとって特別な飴。サクサク軽くて甘くて酸っぱい青春の味。

アルバスも手を伸ばして食べてくれている。自分が好きだと思うものを誰しもに美味しいと思ってほしい。この感性は日本人が特に強く持っているものらしいが、みんなこんなもんだろうとレイは思っている。

しいて言うならミルクティーには合わないかもしれないが、そこは許せ。

 

「……あのさ。もしかして、先生って親父のこと苦手?」

 

アルバスがこちらを窺っている。通常、大人であればそんなことないよと返すのが筋だろう。思春期真っ盛りとはいえ、子供というのはあらかたの場合親が好きだ。それを嫌いです、と言い切っていいものだろうか。

しかし、アルバスの配慮か苦手、という優しい逃げ道が用意されている。であれば少しくらいぶっちゃけてもいいだろう。

 

「優しい表現をしてくれてありがとう。すんごい苦手。ありえないくらい苦手。好戦的だし、グリフィンドールだし、体育会系っぽいし、モンペ予備軍だし、地元大好きすぎてコミュニティえぐいし」

「すごい言うね」

「息子さんの前でほんと申し訳ないけど、できれば遠巻きにして生きてたいタイプ」

 

たとえ世界を救ってくれても、苦手なのは変わらない。それは別の人間だから。アルバスの親だというのもわかってる。それでも、それはそれ、これはこれなのだ。多分、一生苦手だ。セドリックを連れ帰ってくれた分だけは感謝もしているけれど。

 

「ちょっとわかるよ、その気持ち。疲れちゃうんだよね。親父は悪くないってわかっててもそう。子供のころはそうじゃなかったのにちっともかみ合わない」

「それを人は成長っていいます」

「そうなの?」

「子供はいつまでも子供じゃないからね。親の庇護から離れていつかは独り立ちしなきゃならない。今はその準備期間。パパのこと嫌いになったんじゃなくって、アルバスはアルバスで好きな居場所ができたからそれを守りたいと思ったわけでしょ。大切な場所で笑ってることをパパにだって邪魔させたくなかった。違う?」

 

アルバスは目から鱗といった面持ちでレイを見ている。そうだよな、保健体育とかないもんなこの学校。思春期のイライラとかヒステリーに関してホグワーツってどうしてたっけ。自分にはあまりなかった感覚だから覚えていない。ポンフリーに薬とかもらってたっけ。いやぁ、覚えてないなほんとに。

 

「そう、パパは、スコーピウスを悪いって決めつけるんだよ。ありえないよな?スコーピウスだよ?あいつ、スリザリンで一番優しい奴だよ?あれが闇の帝王の息子なんだったら魔法界にはピグミーパフしかいないことになる」

「わかる。あんなにぴかぴか光ってる眩しい子で闇だったら僕とかもう取り返しがつかない真っ暗闇じゃん?って思うよ」

 

レイとアルバスは意見の一致にハイタッチなどしてみた。大人の頭ごなしの否定くらいムカつくのもないのだ。この年ごろの子供にとっては。

とはいえ、反抗期以上に、アルバスの性格とハリーの性格が近すぎるのも原因なのではなかろうか、とレイは睨んでいる。

ネガティブとネガティブを組み合わせるとそこはタルタロスもかくや、な様相になり果てる。不幸自慢を繰り広げる親子のことをちょっとだけ想像してしまいレイまでげんなりする心地だった。

自分の話を聞いてほしい子供二人。ジニーも頭を抱えているところだろう。母と兄と妹がウィーズリーであることに感謝したほうがいいのだ、この二人は。

最もこれに関してはハリーの父親としての経験値が低いのは言わずもがなではあるが。いい父親、という教科書のない人生において、主人公でない自分になるのは苦労が絶えないだろう。

今ならばドラコがしきりに言っていた「ポッターは誰かの気を引きたいだけだ」の文句もよくわかる気さえした。レイも教師として成長しているということだろう。

 

「まぁ、これでわかったろ。アルバスにはアルバスの世界がある。それを大事にすることはとても大切なこと。小さくても狭くてもいいから世界を広げて大人になる」

 

君には学校は狭苦しい檻かもしれない。嫌なこといっぱいあるだろうし、大嫌いな場所なのも理解できる。

アルバスはその言葉を幾分かすっきりした顔で聞いていた。さすがに憑き物が落ちたような、とまではいかないが彼にしては素直に受け止めることができたのだろう。

人は自分にとって扱いやすい人間をよい人間であるとしてしまうが、本来であればこの年齢の子供はこれが正だ。

スリザリン生は扱いやすいと言われている。それは裏を返せば大人にとって都合のいい子供である、ということ。

確かに、幼いころから大人の中で暮らす子供たちにとっては大人に好かれる、というのは必須の技能である。けれどそれはいい面ばかりでないことも事実だ。いい子であるが故に、取り返しがつかないところまで落ちてしまうこともある。

あの底抜けポップなスコーピウスですら悩みがない、なんてことはないのだ。むしろ、抱え込む性質であることは付き合いが長い分承知している。

けれど、どんなに側で支えてあげたくとも。自分では逆立ちしたって彼の友達にはなれないのである。

だからこそ、スコーピウスとアルバスには互いの息がつけるところになって欲しいと思った。これもまた、大人のエゴではあるのだけれど。

 

「スリザリンのこと全部好きになってとはいわない。僕も全部は好きじゃないし。ほら、良くも悪くも排他的だろ。それに、僕が学生だったころと内情も違うだろうし」

「先生が生徒だった時ってどんなだった?」

「うーん、ある程度外様にも優しかったんだよねぇ。あの時は基本的に毎年何か起こってたし、ハリーポッターが入学してからは尚更。って、これ話しても楽しくないからダメ。僕の愚痴になっちゃうし、多分スコピが悲しむ」

「スコーピウスが?なんで?」

「オタクってそういうもんだよ。僕にはわかる……」

 

自分のあずかり知らぬところで興味深い歴史の話があった、なんて知ったらスコーピウスは大量のキャンディを持ってくるに違いない。そしてこちらがなんらかの病気になるまで質問を続けるだろう。それが興味がピンポイントなオタクというものだ。レイも含めこのタイプの人間の情熱は常識の範疇に存在しない。

 

「アルバスはオタクじゃないからここまでのパッションが分かんないと思うけど。もし、僕がスコーピウスの幼少期の写真でいっぱいのアルバムを見ながらさ、スコーピウスと二人で懐かしいねぇ、いろんなことあったねぇってやるお茶会を開いたって僕でもスコーピウスでもない誰かから聞いたらどう思う?」

「レダクトの練習を始める」

「過激か」

 

なんでこっちを粉々にしようとするんだよ。まずは第二回の開催を望む、みたいな姿勢を見せてくれ。そういって怯えればアルバスの顔にも笑顔が戻る。根っこはとても可愛らしい少年なのだ。ちょこっと融通がきかないだけで。

レイのたとえ話のおかげでなんとなくわかったような気になるアルバスだ。なんで仲間外れにしたんだよ、という気持ちと僕だって幼少期スコーピウスの写真見たかったのに!という憤り。それなら薄っすら理解できる。

アルバスはミルクティを飲むと適当にお菓子をつまんだ。学校に通うようになってからというもの、随分お菓子を食べるようになってしまった。側に居る二人が何よりお菓子を好いているので仕方がない話かもしれない。

人、というのは側に居る人間一つで常識すら容易に変容させるのだ。いい影響もあれば、悪い影響だってある。

少なくともアルバスにとって二人はいい影響だ。彼はそう思っている。

 

「先生ってさ。どうして僕たちにそんなに優しくしてくれんの?教師だから?」

「まぁ、全てはスリザリンなれば、ですよ」

 

レイは甘いものに少し飽きが来たらしいアルバスにチーズクラッカーを勧めながらどこか懐かしい気分になる。

それは自分とスネイプの合言葉。いつしか共通言語になったものである。どちらが言い出したのか、というのは今はもう思い出せない。

自分にとってスリザリンという寮は居心地のいい巣だ。仲間であればこそ、ここを守るために戦う。けれど決して中心には入れない外様だ。たとえ入れているように見えても、それは招かれた客人、であるだけ。その線引きを読み違えることは無礼だ。

 

「それ、時々いうけど何なの?」

「うーん、こういうニュアンスワードの説明って難しいな。僕たちが仲間だから、みたいな。仲間であればこそ守る。居場所を守るために戦う。この場の中心に居場所はないけど、それでもここのことを嫌いになれなかった、所詮外様の言い訳。友達、じゃなくて仲間。好きとか嫌いとかじゃないんだよね」

 

そのレイの言葉を聞いてアルバスは心底不思議そうにする。そしてレイがもはや無意識で引いていた線を容易く超えた。

 

「先生は内側だよ」

 

ホグワーツの内側。スリザリンの内側。僕とスコーピウスの近所にいるよ。はみ出してもないし、ストレンジャーでもない。上手く、言えないけど。

そんな風に言ってアルバスは屈託なく笑った。

それはゆっくりと、それでも確かにレイの心臓にしみ込む。ぽっかりと空いていた穴がじわりじわりと内側に向かって修復されるような、そんな感覚すらあった。

愛しいものにこの身の全てを捧げることも厭わぬ人生で。こうやって心に触れられたら、堪らなくなってしまう。生徒から与えられるものをきちんと受け取りなさい。なんて言葉一生理解できると思ってなかったのに。

 

「あはは……、これもまた愛ですねぇ、校長先生」

 

いつか見た柔らかい光。その仮面をかぶって今を編み上げた。欲しいものはたった一つだったはずなのだ。それがレイの全てだったから。盲目的に、それしかないとさえ考えていた。

けれど、この幻想の仮面が大切だったのだ。ふわふわ浮ついた魂に、教師という意味すら与えて、レイに命をくれる。可愛い後輩たちがレイの大切なものの中にすっぽりと納まった。

 

「いい言葉だと思う。スリザリンなれば」

「でしょう。僕と先生が大事にしてた言葉だよ」

 

僕も使っていい?と問われてレイは勿論と返す。この言葉を良いものだと思ってくれる人間が多いのはレイにとっても嬉しいことだった。

アルバスは改めて紅茶を飲み、彼の観察をする。今更気づいたがどの指を見ても装身具の類はなかった。アルバスにとってこの大人は、普通の大人より視線が近い。自分の親より年上であるにもかかわらず、だ。とはいっても安心感はしっかりあるのだ。おそらくは職業柄責任感が強いのだろう。けれど彼は安定感に欠けている。

親が比較的親に向いていないタイプの人間である自分に言えた義理はないが、レイは今まで家族を持とうと思ったことはないのだろうか。

彼もまた身の回りの話題がそういうことになりつつある青年期。当たり前にパートナーの話になった。

 

「先生って結婚しないの?」

「お見合い話はたくさんありましたけどね」

「意外だ」

「こう見えて資産家、英国魔法界の超名門魔法学校の教師という立派な職業、特許と論文に事欠かず、ほとんど家に帰らない、人に興味がない、浮気も咎める気力がない、の最強物件なんですけどねぇ」

 

問題は後半だと思う、とは流石のアルバスも言わないでおいた。人と人とが好きあって家族になるのが一般的であると考えればレイの発想は紛れもなく異端だ。

端的に言ってしまえば相手になる人に関心がないという事になる。興味のあるところでしか生きていけない彼にとっては一所に身を縛るほうが理解できない事柄なのだろう。愛とか恋とかとは別次元で生きているからふわふわしているのかもしれない。

 

「それに、さぁ。僕の人生ってやつはね。もう椅子がない。優しく僕を待っててくれる家族が座るための椅子を用意できない。だったら用意するそぶりだって見せない方がいいだろ。無いもんはない。思わせぶりな態度が一番いけない」

 

僕にとっての世界で一番の椅子はもう予約がかかってる。釣り合わない愛情は共同体にとっては悲劇の発端だからね。これは人生の先輩としての言葉です。と言い切ったレイである。

無論言われたすべてが理解できたわけではないが、アルバスにも理解できる心の動きだったのだろう。小さくうなずいて何事かを納得したようだった。

 

「世界で一番大事、は友達でもいい?」

「もちろん。そうじゃなくちゃ困るね」

「誰よりも大切って気持ちは誰が誰に抱いてもいいんだよね」

「わっはっは!愛じゃよ、愛」

「なんだよそれ」

「ダンブルドアのキメ台詞」

「なんだよ、それ……」

 

きっと。アルバスの世界にある特等席も予約済みなのだろう。彼の一番の大親友が。これから一緒に人生を歩む友が。それは永遠を失ったレイにとっては途方もなく羨ましく見える。それと同時に、何があっても彼らを守ってやらねばと思った。

 

「先生。元外様の先生」

「お。言うねぇアルバス。何かな、現行はみ出し気味の生徒さん」

「もう一個聞いていい?」

「一個と言わずいくらでも。僕が答えられることで、公序良俗に反していないものなら」

「先生は学生時代どこにいたの?いい隠れ場所あった?」

「うーん、隠れ場所ねぇ……。生徒に暗い場所を教えるな、とも思うんだけど。これはスリザリンの先輩としての言葉。一か所、教えることができるんだったらおすすめは中庭、かな」

「あの明るいとこ?」

「ううん、もう一個あるの知らない?」

「もしかして、狭いほう?」

 

アルバスの言葉にレイは笑った。今でもあそこははみ出しっ子の楽園なのだろう。静かで、ちょっとだけ日当たりの悪いあの場所。教師になってからは逆に迷惑かと思ってなかなか行けなくなってしまった場所だ。

 

「そうそう、僕は学生時代こっちが好きでね」

「……よくスコーピウスと行く。眩しくないし、うるさくないし。スコーピウスはね、そこでよく本を読んでる。僕は読まないけど」

「中庭でさ、本読んでる時にちょっと差し込んだ日に当たってると髪とかまつ毛とかキラキラして綺麗だよねぇ」

「僕も思う。綺麗だよね。どうしてあんなに綺麗なんだろ。先生も光ってるスコーピウス見たことある?」

「ううん。今のは僕の友達の話。アルバスにとってのスコーピウスもキラキラしてるんだ。いいね」

 

スコーピウスのことを思い出しはにかんでいるアルバスの表情はいつか見た大切な人のそれによく似ていた。人が人を思う表情の尊さを、レイはよく知っている。ゆえに何がっても失わせたくないのだ。

何が起きてもいいようにできる限りの備えをする。それが今のレイが下した判断だった。いかんせん、何が起こるか分からない。

その名前を中心に据えて彼を見ることは本来してはいけない。けれど、ポッター。それは運命に翻弄される名前だ。全国のポッターさんには悪いが、レイは血縁から一人もその名字に嫁ぐ子孫を出したくないほどである。まぁ、妹が婿養子をとらなければ自分が末代だが。

 

「さぁ、て。アルバス。冒険にお別れを言う準備は整った?」

「もちろん。僕は時間を二度と移動しない。もう方法もないからさ」

「ホントにぃ?」

「先生が生徒を疑ったらダメだろ」

「アルバスくんったら、前科者ですよね?」

「否定は、できないか」

 

色々な事やったもんね、僕。

幾分か申し訳なさそうに笑うアルバスだ。年相応の笑みはとても可愛らしい。

これは、推測だけれど。ハリーポッターも一年が終わるころには毎年こうやって笑っていたのだろう。来年は平穏無事であることを信じて。来年こそはもう何もしないで済むように、と。その祈りがことごとく成就しないことはレイも知り及ぶところだ。

だからこそ。レイはアルバスにお守り、を差し出す。いかんせん、物語の根本解決にはいまだ至っていない。であれば、何らかの物語が走り出してしまう確率の方がまだまだ高いだろう。

 

「これはお守り」

 

それ小さなサシェ袋。ラベンダーと柑橘。さわやかで目の覚める香り。中に入っているものの正体を隠すための策である。

なにせ、本体はレイの小指、その第一関節だ。生爪一枚でもよかったのだが、肉がついていた方が何かと便利なのである。サシェ袋仕立てなのは可愛い後輩に直で小指を投げ渡すわけにもいかないからにすぎない。血生臭さと、中身の隠蔽。そのための措置である。

もし自分が、そうだとわかる状態で肉片を手渡されようものなら恐怖で泣く。その上でもう二度とその教師と関わらないだろう。江戸時代の遊女じゃあるまいし、約束の方法があまりにも過激すぎる。

 

「できれば君に持っていて欲しい」

 

約束を守るための指にごく少量の魂の欠片をのせて切り離した。こうすることで肉体の一部が超簡易的分霊箱となる。

魂を分けるためには魂を大きく割く必要があり、同族を殺すことで人は魂を破壊する。

この方法は闇の帝王がそうしたことから広まったものである。殺人によって魂を分ける分霊法は今や悪名高い違法行為として定義されていた。

しかし、今となってはこの方法を誰も取らないだろう。分霊箱を作るという大それたことをするほどの闇がこの世に再来していないのもそうであるが、この方法には致命的な欠陥があるのだ。

魂は魔力の根源で、魔力は魔法族にとって血液に等しい。であれば本来それを減らすなど言語道断。残された肉の能力が著しく下がることは考えるまでもなくわかることだ。

あれほどまでに用心深く、類稀なるカリスマを発揮していた才覚溢れる彼がハリーを守る母の愛に気が付けなかったのもそれが原因だろう。

魔力が人の何倍もあったから七つに分けてもまだ強靭な魔法使いとして存在することができた。それでも簡単な、しかし強力な魔法がわからないレベルにまで知能は落ちていたのだ。

完璧を求めた結果、損なわれていく。そして損なわれたと気づくことができる魂は残らない。

もし彼が分霊という手段に頼らずに全く別の方法で不老不死を叶えていたとしたら。老体であるダンブルドアなぞ即座に屠り、世界は闇に包まれていたはずである。周りにイエスマンしかいない独裁者の没落はいつの世も同じ。

魂という未知の領域に足を突っ込んだ研究者の一人でも擁立していれば、かの帝王の行く末はまたく違うものになっていたに違いない。

 

結果として殺人による分霊があまりに有名になったため、人々は魂を先方法が一つしかないと思い込んでしまった。本来複数あったあまりにマイナーな分霊法はいつしか魔法界の歴史に溶けてしまったのである。

レイが思いついた、ただ一つを除いて。

他者を害せば怨叉を背負う。たとえ加害者が気にしなくても、だ。その重みに耐えかねて魂が割れる。この考え方を変えればいい。なにも他者を害さずとも同族を殺すことはできるのである。壊すのは自分だって構わないのだ。

要するに、死ねばいい。死んでしまうほどの苦痛を経験をしたら、魂にひびが入り劇的に脆くなる。人生を変えてしまうような決定的な死別。それが身に降りかかれば魂は悲鳴を上げる。

普通であれば傷を負った者同士の語らいなどを経て、文字通りの意味で時間をかけて魂が修復されるはずだ。しかし、レイの場合はあまりに予後が悪かった。ひび割れた魂は薬の作用で無理に圧縮され、そのはずみに一部が欠けてしまったのである。

そしてなにより彼には自分の魂を元に戻すだけの情が足りない。ゆえに、そのままになってしまったのである。いまだ血の滲む大きな傷。レイはそれを利用した。

これは愛を知らない、とされていた闇の帝王では行き着くはずもない分霊方法。愛がために砕けた欠片を修繕しないままに放置するだけの簡単な手法だった。

ただし、欠片程度では裂けた魂の持つ魔力容量は極端に少ない。つまり、リドルの日記のように一つ一つが独立して存在する、なんてことはできないのである。ゆえにあくまでも、お守り程度の使い方しかできない。例えば、時間移動をしたとして。あまりに遠くに離れてしまえばのせた側の魂がどうなるかはレイにすらわからないことだった。

 

「へぇ……中身は何?」

「開けないで。いや、四方をガッチガチに縫ってあるから絶対開かないけどさ。内ポケットにでも入れておいて」

 

早速杖を向けて中身のチェックをしそうになるアルバスにレイは冷や汗をかく。教師としてため込んできた信頼ポイントがマイナスに振りきれるところである。

それに、お守りというものは中身を確認したりしないものだと育てられてきたレイにとってかなりのカルチャーショックだった。

 

「開けちゃいけないって言われると気になるのが人の心だと思う」

「カリギュラ効果って言うんだよそういうの。ダメなもんはダメ、お守りってのは開けるもんじゃないの、いい効果があると思って肌身離さず持ってるもんなの。いい?わかった?」

 

どぎまぎしたことで小指が痛んだ。魔法族の身体は便利なもので小指の先くらい魔法薬で生やせばすぐに元通りになる。若干動かしにくいが、そのうち神経もきちんと繋がるだろう。

 

「そもそもお守りって、なんの?」

「もし君がまた危険な目にあったときにすぐに駆け付けられるように目印」

「え、なんか嫌だ」

 

そう言われるだろうな、というのはレイも承知の上だ。年頃の子供に、いつも見てるからね、と圧をかけているに等しい行為なのは間違いない。だからこそ、機能は必要最低限のものになっている。

 

「そういわずに。謹慎期間だけでも持っててよ。見張るわけじゃないし。よからぬことがあった時だけ反応するようになってるから」

「よからぬこと、の具体例は?」

「んな~抜け目ないんだからぁ!でもそういうとこ良いと思う。なんでも渡されたものをはいはい、って持ってるの、頭がなくって良くないからね。じゃあ、今決めようか。よからぬこと、の定義」

「先生、それって決めてなかったらどこが定義だったわけ?」

「君が今の時間からはみ出たらよからぬこと扱いですぐわかるようにしといた」

「そんだけ?」

「そんだけ。そんだけが一番大事」

 

だって変に縛られると燃えるタイプだろ。絶対振りほどくと思うから必要最低限の措置。もっと定義を細かくしてもいいけど。そんな風にレイが言えばアルバスは黙ってお守りをポケットにしまった。その意外な行動に面食らったのはレイの方である。

 

「なんで先生がそんな顔するんだよ」

「反骨精神あふれる君が納得したことに驚いている自分と成長を感じて嬉しくなっている自分の板挟みで、」

「僕が先生のいう事を聞くのはそんなにおかしい?」

 

明らかにむっとした様子のアルバスにレイは負けた。普段であれば素直なことを褒める立場の自分が絶賛反抗期ボーイの気持ちを疑うなど愚の骨頂。あまりに失礼な行いだ。

 

「僕が悪かったよアルバスを疑うような真似して」

「じゃあ、本当に。アラートが鳴るのは時間移動したら、だけでいいよね?」

「もちろん。だって僕は君を信じてる」

 

レイの言葉にアルバスは得意げな顔を返す。そして、案外お喋りな彼は目論見が上手くいったことを黙ってはおけないようだった。ふくく、と控えめな笑みがいつの間にかくすくす笑いに変わって、そしてけらけら笑い始めてしまったのである。

 

「聞き分け良かっただろ、今の僕」

「は、謀ったな、アルバスセブルスポッター!」

「権利を勝ち取り、自由に遊ぶためには法の穴を見つけなくっちゃって言ったのは先生だ」

「くっそぉ!スリザリンに五点!」

「加点までされるとは思ってなかった」

「まったく、子供の成長ってのは素晴らしいね!」

 

皮肉っぽく言ったわりに嬉しそうなレイである。いつの間にか空っぽになった菓子皿。そろそろ彼を解放してやらねばならないだろう。

レイは最後にもう一度だけ、アルバスの目を真っ直ぐ見つめる。人は、彼の奥に英雄の影を見る。けれど、レイにはそんなのどうだっていいのだ。アルバスは、スリザリンの仲間で、守るべき子供。そして初めて、レイを内側にいるのだ、と口にしてくれた少年。

 

「もし、もしも。君が困ったときには何があっても助けるって誓うよ。危険からは逃げていい。負けたって構わない。生き抜くこと、帰ってくることを最優先にするって約束してくれる?」

 

負けてもいい、とレイが口にした理由をアルバスは知っていいた。レイのこの言葉こそが彼が持つトラウマの形そのものだという事も。

アルバスは、帰ってきてくれて本当に良かった、と目を真っ赤にした彼のことを思い出す。できればもうあんな顔をさせたくないと思うのだ。

彼にとってアルバスは血の繋がっていない他人の他ならないのに、その安否を本当の家族みたいに心配する。少なくとも、アルバスの目にはそう映っていた。

内側だけれど、ほんの少し遠いところで、至極不安そうな顔をして立ち尽くしている。そんな顔をしなくていいよ、と言ってやりたいのだが、いかんせん今回の無茶苦茶に関しては仕方がない自覚もあった。

それでも。この優しい教師の信頼をこれ以上、裏切ったりするものかとアルバスは思うのだ。

 

「僕が帰ってこなかったことあったっけ」

「存在そのものが消えてしまったことはあってもアルバスはちゃんと帰ってきたね」

「そう。僕にはれっきとした実績があるんだよ先生」

 

だから、心配はすると思うけど心配しないで、なんて胸を張っている。レイにとってそれは何とも難しい要求だ。けれど、生徒を信じることもまた教師の仕事。

実験と称して危険な薬を爆発させてみたり、薬効が出るか分からない薬でセルフ人体実験したり、脱狼薬を舐めてぶっ倒れた薬学ヤクザと比べれば随分と聞き分けの良い子供だろう。

レイは心中に浮かんだ呆れ顔の教師陣に謝りながらアルバスにクッキー缶を差し出した。

 

「お茶会の時間には必ず顔を見せにくるんだよ」

「もちろんそのつもり」

 

どこから湧くのか分からない自信ありげな顔。レイは子供がよくするこの表情のことが好きだ。自分に限って失敗するものかという若さゆえの自信。それが途方もなく愛おしい。向こう見ず、とも言えるかもしれない。けれど、自由を手に入れたり、新しいことにチャレンジするにはその自信こそが一番の友なのだ。無限大の可能性を無理だと決めつけて瞳を揺らす鬱屈より何倍も。

 

「あ。そうだ。古来より、秘密の共有というのは絆を深めるっていうよね。だから、アルバスには誰も知らない秘密を教えてあげよう」

 

レイの前振りにアルバスの耳がピクリと動いた。子ウサギみたいで可愛らしい挙動にまた頬が緩む。この手法はレイが個人的にルーピンメソッドと呼んでいるものだ。入り口に興味深いものを置くことで対象の気を引き、軽いノリのまま比重が重たい本題に入る。一方で出口は小さく纏めることで次回を厭わないよう、調整される。

レイはルーピンの繰り出すこれに引っかかり続けて、幾度となく秘密を口走り、補習という煮え湯を飲まされたものである。まぁ、教職に着いてからはこの手法のおかげで何人の生徒の秘密を握ったかもう思い出せないほどだが。

 

「誰も知らない秘密って?」

「僕はね……本来カフェオレ派。コーヒー最高、毎日コーヒーが飲みたい」

「コーヒーの話にしては前振りが仰々しいな」

 

思った何倍も軽い話にアルバスは声を出して笑った。とはいえ、それは確かにレイの秘密だろう。この城でそれを知っている人間はもう本人以外にいないのだ。短い休暇で実家に帰ったときか、よほど疲れ切った休日の私室でしかレイがそれを飲むことはない。

 

「だったらなんで紅茶ばっかり飲んでんの?」

「薬草の香りって凄い繊細でね。コーヒーの強い香りで打ち消しちゃうことが多いんだよ。だからコーヒー党だけど、紅茶歴の方が長いっていう逆転現象が起きてる」

 

初めて知った。と驚いて見せるアルバスだ。掴みは悪くなかったらしい。では今度はこちらのターンだ。レイは笑顔とテンションを崩さぬままに彼に問いかける。

 

「こんな感じでなんか言っておきたいことある?今なら二人だけの秘密になるよ」

 

レイの言葉にアルバスは数秒思案する。急かすことなくレイが待っていればほんの少しだけ言いづらそうな顔でアルバスは切り出した。

 

「じゃあ、僕も先生に秘密を一つ教えてあげる。……今晩、スコーピウスと星見る約束してんの」

「お、いいねぇ。どこ行くの?天文台?」

「……先生見回り今晩?」

「なんか、可愛い噂話が聞こえたら見回りの手が緩くなっちゃうかも……」

「うわさによると、フクロウ小屋らしいよ」

「へぇ……透明マントとか被っていかれたら絶対わかんないかも……ケンタウロス座が頂点に来るくらいの時間かも……今日はちょっと寒いから紅茶とか持ってくかも、見回りに……」

「しれっと混ざろうとしないでくんない?」

「あはは、バレたか」

 

じゃあ、情報提供のお礼に、とレイはもういくつか菓子をアルバスに渡した。こつり、とアルバスは積まれた缶の端っこを叩く。きっとこれは二人の語らいの良い友になるに違いない。

そんな茶番を演じて二人は別れた。

 

この時のレイは考えてもいない事だった。まさか、この可愛い噂話が今年一番の後悔の種になることなんて。

 

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