「っ、ひ……!」
「無茶をしたんだろう!」
体中を強烈な痛みが襲う。気合と根性で意識を保たねば今すぐにでもまた気を失えるほどの衝撃。
声すら出せずに脂汗をかくその異様さは誰の目にも異常だと認識された。ドラコが支えてくれてなかったら頭から大理石の床に叩きつけられてたことだろう。
そうなれば夢の世界へとんぼ返りは免れない。
「どんくらい、意識なかった……?」
「確認はしてないが、一分かそこらだろう」
「そ……ならいい、だいじょぶ」
「レイ、君は」
「はな、しは後でっ、いまはちょっと……集中させて」
腫れあがった杖腕には見事なリヒテンベルク図形。細かい血管の水分がはじけたのだろう。内出血も見て取れる。
正直言って満身創痍。魂も肉体も、精神すらもハチャメチャだ。それでも。何か一つでも役に立たなきゃ、先生をやってる意味がない。
レイは左手でローブをまさぐるとボンボニエールを取りだした。飲めと言われたのだ。きっと今が頑張り時。
美しい蛇の意匠、銀細工の箱。包んでいた布を取り去る。スネイプ特性の小瓶は二十二年ぶりに明るいところへ呼び出された。緩衝材として入れていた菓子が転がり落ちる。ごめんね、あとで必ず拾うから、今だけは許してくれ。
あの瞬間の空気も閉じ込めていたらしく、懐かしくも淡い香りがレイだけに届いた。
「その薬は……?」
「教師一年目にスネイプ先生から貰ったやつ」
「はぁ!?」
瓶の保護を解けば甘い香りがする。脳内でこのミルキーな香りに該当する薬を検索するもピンとこない。であれば、この薬は彼のオリジナルか、はたまた何かにフレーバーがついたものである。ちなみに後者である可能性は限りなく低い。
狭間の世界で言われたのは、一気に飲むな、ということ。全量では効き目が出すぎてしまうのか、もしくは中毒を起こすのだろう。
ためらいなく少量を口に含む。すれば、簡単にこの薬の正体が分かった。味がついてこそいるが、これは明確にあの薬。可能性が低い方が正解だなんて、まぁよくある話だ。
確かに、一気飲みは推奨されないだろう。この量は完全なオーバードーズ。間違いなく大犯罪である。レイはドラコの制止も聞かず、瓶の中身を一気に飲みほした。ほとんど初めてスネイプの言いつけに背いた。そうしてでも守りたいものがあったのだ。
犯罪だろうが、死んでしまおうが、この命なんてどうでもいい。こっから先の幸運が一個もなくなったって構わない。ただ、賭けるなら今この瞬間。すべてのハッピーエンドを引っ提げて世界を丸く収められる自信があった。
それに。大好きな先生があんな風に言うのだ。これが自分にとって悪いものであるはずがない。
飲み込んだとたんに指の先までポカポカと温かい。痛みはマスキングされ、尽きかけの魔力も体内をめぐる。
丁寧に丁寧に作られた完璧な幸運薬。あんなに難度の高い薬によくもまぁ味をつけたものだ。さすが先生である。あんな素晴らしい人がもういないだなんて世界の損失が計り知れない。
「あまーい……」
優しいハニーミルクの味。レイの幸福の根源。自分のためだけの特別製。嬉しくって、切なくって泣いちゃいそうだけど、今はまだその時じゃないと涙腺が引き締まった。
きっと今の自分はマダムポンフリーが見たら発狂物の健康状態だろう。でもまぁ、お小言は後で。聞けたら聞こうではないか。
「フェリックスフェリシスだったな、こりゃ」
「は!?断定できない薬をあの勢いで飲んだのか……どうしてそうやって無茶をするんだ、君は!」
「ありがとね、ドラコ。昔から優しい。大好き」
思ってもみなかった温度の感謝の言葉にドラコの頬が時間差で染まる。これも幸運薬の効果だろうか。いつもより何倍も口が軽い。
さぁ、準備は整った。後は自分が多少無理をすれば万事うまくいくだろう。そう意気込んだレイであったが、ここで待ったがかかる。
「フェリックスフェリシスのオーバードーズは犯罪よ!」
ハーマイオニーの言っていることはごもっともだ。幸運薬はその効能の高さから、くだんの魔法戦争以降で一定濃度以上の使用に厳格な規制が入った薬品である。この薬で拾うことができる幸運は多岐にわたる。ゆえに闇の手のものがこれを服用し、世界を混乱させないとも限らないのだ。
その難度の高さから一部の人々にしか調合することは叶わない上に調剤薬局でも通常時は取り扱いがない。とはいえ、規制しておくに越したことはないのだ。どんな天才が現れるかなど、誰もに分かりはしないのだから。
「でも、規制前の品だからいいだろ」
「規制前って?」
「これは俺が教師始めた年にスネイプ先生から貰った。だから二十二年物の大ヴィンテージ。そんな古い薬なわけ。いくら製作時の濃度が高かろうとも程度はわかるよね?それにだよ。僕が飲んだ幸運薬の濃度がどれくらいのものであったのか君にわかるの?目視数秒でしかなかったわけだよね」
無論、スネイプの特別製は二十二年程度の時間では薬効が飛んだりしない。それに、箱も特別なのだ。あの日の空気さえ密封したレイのためだけのタイムカプセル。
ちなみに、大臣殿には言うつもりはないが、体感では一発アズカバンになる濃度の推定五十倍の濃さだった。
「今すぐ吐き出して、お願いだから」
「うるさいよ大臣。俺がちょっと頑張るだけで子供二人救えるんだ。それでいいだろ」
そもそも、魔法省からの依頼で幸運薬の濃度上限を決めたのはレイその人である。魔法薬学界でその名を知らぬ人のいない中堅研究者をやっているレイはいつの間にやら学会の中核に顔が利くようになっていた。それには無論スラグクラブの恩恵もある。
「幸運薬の容量を規定したのは僕。忙しい中、年一で調剤薬局に抜き打ちチェックに回ってるのも僕。魔法省から流れてきた違法品の出どころチェックも僕!ボージンに乗り込んで怒ってるのも僕!あ、腹立ってきた。学会のお爺ちゃんたちは僕を便利遣いしすぎてる。僕が一番若いからって!」
「レイ、そんなことまでしてるのか。魔法省に違法薬物取締局でも作らせた方がいいんじゃないか」
驚いているドラコにレイはかぶせる。薬の効果か、いまならきちんと文句が言える気がした。
「大臣!なにとぞ!僕かちキレそう。予算くらい僕がどうにかするから作ってくれ、忙しいんだよ!そりゃなんか休みとかないわけだ!クリスマス休暇返上で関係各所に走り回ってる僕の身にもなれ。僕の本職は教師だぞ!グレンジャー大臣!」
「えっ、えぇ……検討いたします……」
珍しくレイの剣幕に押されてしまったハーマイオニーである。でも、確かに違法薬物に関しては取締局を設けた方がいいかもしれない。予算も渡さず、学会頼みというのも中々に不義理な話ではあるだろう。
それに、このままだとレイが新しい組織を立ち上げて魔法省に徹底抗戦の意を示しかねない。彼が己の自由のためなら法の穴を抜け目なく突いてくるバリスターであるということは彼女もよく知っていた。
「コトジチはとったからなお大臣様」
「なによそれ」
「言質って言うより人質っぽくて可愛いだろ」
「人質って語彙に可愛いって感情を抱いたことがないわ」
「ともかく違法魔法薬取締局、局長はドラコで」
「嫌に決まっているだろう。君がやれ」
「俺の!本職は!教師だってば!」
人生において百パーセント無駄な言い争いを始めたスリザリン生たちを放っておいて彼女は仲間たちの顔を見た。ロンもハリーも変な顔をしている。笑っているのはジニーだけだった。
「ジニー、レイはこんな人だった?それとも強すぎる薬のせいかしら、」
「少なくとも、私が知っている限りでは最初から変な人よ。変で優しくて面白いの」
「だー!ドラコと言い争ってても埒が明かない!」
「レイが勝手なこと言うからだ」
日頃のストレスから三角に吊り上がった目が、いつものタヌキに戻る。そして憎き宿敵グリフィンドールの面々に向いた。
ダンブルドアがありもしない英雄譚を語るために作り出した虚像。彼らこそ運命に翻弄された子供達だ。太陽の子ら、獅子が生み落とした聖騎士。
一方でレイは蛇だ。湖深く、あなぐらの中。狡猾で抜け目ない。立ってるものは何でも使え。座っているなら立たせてでも。可愛い生徒をむざむざ死なせてなるものか。
「さぁ、グリフィンドールの諸君。スリザリンの宝物を取り返す手伝い、してくんない?」
幸運薬とはすなわち、一見不合理にさえ見える合理を無意識に選び取るための薬、である。人間に備わっている感情をハックするのだ。
例えば、千人ちょっとの人間が最後の一人になるまでじゃんけんをしたときには必ず十勝する人間がいる。
運のいい人間というのはその十回のじゃんけんすべてで同じ手が出せるタイプの生き物だ。ある種、人ならざる豪胆な感性を持っている。彼ら、彼女らは運を引き寄せる、のではなく常識的に考えてありえない、こそ手中に収める。他の追随を許さぬ引き寄せ力があるのだ。幸運薬はそれを薬の力で引き起こしているに過ぎない。
先見や、肌感覚、虫の知らせという第六感。それを一時的とはいえど極限まで引き上げて、理屈さえ捻じ曲げんとする生命力をもたらす。それがこの薬の正体だ。
「ついでに、世界も救ってあげるよ」
パッと差し出された手。堂に入った笑顔。その自信のあり様はどこかで失った誰かを想起させる。今の彼だったら何色にだってなれるだろう。
「すべてはスリザリンなれば」
レイはそう言いながら心臓が痛むのを感じた。スネイプ渾身の薬ともなればかなり純度が高い。それを作者の金言を無視して一気飲みしたのだ。体が悲鳴を上げるのも当然。けれど、それを深呼吸で散らして改めて皆に向き直った。薬漬け上等。今更ってやつである。
伸ばされた彼の手を一番に取ったのはジニーだった。双子の兄越しに見ていた小さな背中。いつかの日にあの中庭で彼女に声をかけてくれた少年の姿を彼女は忘れていない。
そんな彼が体を張って守りたいものがあるという。であれば、だ。この賭けに乗らない方が勿体ないだろう。
「できることは何でも言って、レイ」
重なった手にレイの涙腺が緩む。えー、もうどうしよう、と泣きそうになったところで、もう一つ。思ってもない手が彼を掴む。
「兄貴たちとジニーの信頼。裏切ったら許さないからな」
力強いそれはロンの大きな手。つい何度も見比べてしまう。昔、それこそ学生だった頃。この手を握り返さなかったのは自分なのに。ちくしょう、これだからグリフィンドールは。クライマックスにはまだ早いんだよバーカ!
全部全部。上手い方に進む。これが幸運薬の力だ。であれば、時間が許す限りすべてのことを進めなければならないだろう。
レイは大きく息を吐く。握られた手の温かさ。これを忘れてしまわないように。心臓を突き刺すのは副作用じゃない。これは、高揚だ。
さぁ、一発勝負。タイムリミットは先生が作った完璧な幸運薬の薬効が切れるまで。確認もせずに一気飲みしてしまったことが悔やまれるが、飲んでしまったのは紛れもない事実。一回限りの大盤振る舞いである。
「ん……?」
ウィーズリー兄弟の手から離れ、レイは瓶に巻かれていた封印紙を見た。よくよく見ればそこには文字がびっしりと書き連ねられている。懐かしい癖字は確実にセブルススネイプのものである。
書かれていたのはこの薬のレシピ。精製度も調合難度も桁違いな至極の逸品だ。この薬の調合を得意とするスラグホーンだって舌を巻くだろう。
あぁ、試されている。この完璧な薬を君ならば作れるだろう、と。当たり前でしょ、先生。俺は先生の愛弟子なんですからね。
存在しないはずの高鳴りがレイを急かす。今すぐにでも駆け出したいけれど説明をしなければこの場にいる面々は納得しないだろう。
確かな幸運がこの手の内にある。それは常識すら捻じ曲げる力だ。
「何かヒントになりそうなものがある気配。フルーパウダーあるからさ、君たちみんな一回家に帰って支度してきて。僕もできるだけ痕跡追ってみる。あ、この部屋出ていく前に薬だけ飲んでってね。僕はエイモスさんに会いに聖ジョージ魔法老人ホームに行かなくちゃ!」
ペラペラ上等に舌が回った。最早頭の回転がついて行っていない節もある。それでも今、困難を突破するための勢いが何より重要だろう。頭でっかちはいったん向こうの方へと追いやった。
「何かわかったらすぐにここに帰ってくること」
暖炉は自由に使っていいからね。
レイはフルーパウダーを掴むと完璧にキマった目で暖炉へ向かった。明らかに正気ではないが、本人はいたって普通にしているので始末に負えない。今のレイだったら衆人環視のもとで完全犯罪だって起こせるだろう。
「じゃあ、僕は行く。エイモスさんのところだ。これが一番大事。みんな後よろしくね!せーの、ダイアゴン横丁!」
「「「「なんで!?」」」」
行先と話の内容があまりにも一致しないのでグリフィンドールの面々は叫んでしまった。ドラコだけがその突飛もない行動に黙って眉間を押さえている。
その姿を横目で見た気になったが、あっという間にダイアゴン横丁。ニコニコで英国魔法使い一番の商店街に降り立つ。
目指すはただ一つ。ルーピンから教わっていた菓子屋だ。どこに行くのにだって手土産を忘れない。大切な相手ならなおさらだ。それが日本の営業スタイル。
「はれぇ?どこもやってない?ってか今何時?え?朝の七時?そりゃやってないかあっはっは!てか、あれだ。ドラコもあの時すでに時間感覚馬鹿になってたろうから俺一分以上倒れてたんだろうな~」
住人たちの邪魔になってしまわぬ音量で笑いつつ、レイはダイアゴン横町は一等地、メイン通りへと足を進める。こんな時間でも開いているのはパン屋くらいだった。
「お菓子屋さん開くまで時間つぶさせてもらっちゃーおうっと!」
レイが向かっているのは冷やかしにはちょうどいい店。双子が経営する悪戯専門店である。オレンジにパープルの万年ハロウィンみたいな店舗はダイアゴン横町の名物建物だ。もしかすると、建物を合わせて三つ子と呼んであげるのが正しいかもしれない。
その裏手に回り、従業員用出入り口で呼び鈴を鳴らす。現在進行形で異様に短気なレイが頻繁にベルを連打したもので徹夜で研究に勤しんでいたジョージがキレた。
「うるせぇよ!朝だぞ朝!」
「いよーう!ジョージ!ご機嫌いかが!!最高の朝だね!」
「トレローニーくらいご機嫌な視力だな、ドクトル」
「いえー!おちゃっぱ占いしちゃおうぜいえー!兄弟!」
「テンションがおかしいぞ。確かにこの時間なら学生どころか誰も来ないけど、いいのか。学校のセンセがこんなところに顔出して」
「ういっひっひ!いいのいいの。なんだかとってもいい予感があるから。ジョージにも顔見せておくの」
きゃらきゃらとテンション高く扉の内側に入り込んだレイである。これほどまでに様子がおかしいといっそ心配になってしまう。確かに、元からどちらかと言えば性根は陽気ではあるが、ここまで振り切れた人間ではなかったはずだ。
「なぁ、なんか盛られた……?じゃないな。これは。まーた幸運薬の乱用してるだろ」
「またって人聞き悪くない?俺そんなに悪いことしないよ?セド先輩に誓ってさぁ!」
「フェリックスフェリシスのご加護を……。あっ、今のうちに!その幸運の中でこれだけ!ずる休みスナックボックス新作の調整を、ドクトルの力で、なにとぞ!」
時間つぶしのはずだったがジョージに研究室までひっぱりこまれてしまったレイである。本当はこんなことをしている時間はないのだが旧知のお願いであれば仕方がない。レイは促されるままに工房の椅子へと座らされた。
工房には、双子やウィーズリー一家の写真がこれでもかと並んでいる。中には幼いアルバスの写真もあった。そういえば、血縁だ。悪戯サラブレッドの血筋。
レイは写真を見てにんまり、朗らかな心地になった。写っている人間全てが笑顔の素敵な血族。欠けることのない太陽みたいだ。
「で!何すればいいの!」
「ガンガン耳鳴りチョコレートに入れる薬とチョコレートの相性が悪すぎる。でも、絶対チョコレートがいい。まだ出してないからさ」
「チョコはミルクチョコレート?そこの味は不問?」
「不問!チョコレートであれば!」
ジョージは製菓用チョコレートとグミ状に固まった薬、そして開発中のレシピを用意してレイの前に積み上げた。研究熱心なのはいいことである。
ざっと目を通して必要部分だけを頭に流し入れる。まとめられた資料を見れば理解は容易かった。薬草や薬品に関しては今なお、当世一番の自信がある。
「じゃあさ、その間にお使い頼んでもいい?角にさ、お菓子屋さんあるじゃん。そこのクッキーの贈答用大箱一つ、あとは小箱一つとあればなんか焼き菓子系二種類ワンセットとして二組ほしい。セド先輩の家に遊びに行くから。二か所に持ってくから袋分けてもらって」
「お安い御用だぜ、開店したら即行ってくる。レシピだけ書きつけといてくれ」
「了解!」
ジョージが研究室から出ていくとレイは椅子に座ってレシピを再構築する。自分であればどうするか、を念頭にレシピを見れば問題点は即座に浮かんだ。
もはやその文字列だけ光って見えるかのようである。集中力の高まりなのか、はたまた本気で幸運なのか。レイは手早く用意された材料の中から使えるものをピックアップする。
「ミルクチョコレートよりイチゴチョコレートの方が味が合うだろうな。んで、悪さしてるのはカカオマス。茶色のチョコは基本無理とみた。耳鳴り成分もこれだとちょっと費用がかさむからもう一段階落ちるの十分だと思う。そうすれば、味も少しよくなる。えっへ、美味しそう。たべちゃおー!」
レイが戯れにジョージお手製のグミ部分を食べれば耳元で妖女シスターズが轟音ライブをしているのか、というレベルの耳鳴りが始まった。一瞬幸運薬の効果がなくなったかと思うほどの轟音である。
レイはレシピを一瞥して、騒音問題の原因箇所を即座に理解し、ローブの中にしまってあった解毒薬を飲み込んだ。
「み、みみ、耳……なくなったかと思った……」
「随分なジョークのセンスで」
レイが顔を上げればお菓子の袋をもって家主が帰ってきていた。彼はそれをレイの前でちらつかせつつ、彼の好物であるクッキーを手渡してやる。
「お使い完了。それはドクトルにお土産な」
「わぁ!ありがとー!俺これ何時間くらいやってたかな……」
「二時間くらいだな」
「二時間ね。許容値。にしても最初に食べたのが俺でよかった。これを生徒に売りつけたらこのジョークショップを検挙しなきゃいけないとこだった」
レイは問答無用で手渡されたチョコレート掛けクッキーをむさぼる。懐かしくも美味しいまんまるクッキーはチョコレートに隠れて半月である。
「まだ試作段階だから許してくれ教授」
「ドクトルとしては許すけど、教授としては許せない。板挟みだよねこれって」
レイはクッキーを飲み込んでしまうとジョージに渡されていたレジピを指さし、改良を求めた。
「おそらくこれと、これが干渉しあってとんでもないことになってる。チョコはイチゴがいいと思う。耳鳴りグミ部分はなんとなくレシピ組んでみたからこれで改良してみて」
「オッケー。品質管理と相談しとく」
「その方がいいと思う、あーびっくりした!お使いありがと、俺は行かなきゃ」
どこに、と問う間もなくレイは彼に代金を手渡すと紙袋を受け取り、姿くらましをしてしまった。慌ただしすぎる彼に手を振る。勿論誰もいない。呆れたものだが、彼を走らせる人間は世界にただ一人だけ。またあの背中を追っかけているのだろう。
受け取ったレシピの一部に大きくバッテンを書いてデスクへと置いておく。こういう細かな調整は品質管理担当の仕事なのだ。
「さーて、次の休みまでにまた面白いもん作って教授に迷惑かけてやらなきゃな」
並んだデスク。引き出しのメモ帳を取り出して彼はきらきらと笑った。