セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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■1995/6/23~

第三の課題も明日に迫った六月。

ひょい、と外へ出て案外寒かったことに気づく。日も傾いた時間にシャツ一枚で出てきてしまったことは失敗だったかもしれない。カーディガンを取りに寮へ帰ろうかとも思ったのだが、出がけにパンジーとドラコが談話室にいたな、と思い出してすべてが億劫になった。ドラコはともかく、パンジーはレイの苦手な人種である。

しかも、ドラコといるときのパンジーであればなおさら。これくらいの年齢になると否が応でもそういう感じになるので、なるべく何もかもを避けて生きていたい。

そのメロメロ攻撃、ドラコ嫌そうですよ、なんて言ってみろ。明日からの寮に俺の居場所はない。女子からの視線というのはそれくらいの効力を持つものである。

 

「肌寒い程度だし我慢しよ」

 

レイはポケットに入っていたキャンディーを一つ、口に入れると約束の中庭へと向かった。いやそもそも、こんな日にまで彼を外に呼びつけるな、という話ではある。それでも、今日はセドリックが呼んでくれたのだ。馴染んだ場所に、大好きな先輩という魔力には抗えない。彼は体温を保つ呪文だって知ってるだろうし、風邪をひきやしないだろう、おそらく。かの先輩殿はきっと明日に備えて準備万端のはずだ。

 

思えば不思議なものである。セドリックに助けられてこっち、奇妙な縁が続いたものだ。

まさかこんなに長くアイツと喧嘩しっぱなしとは思わなかったけれど。こっちもこっちでいい加減覚悟を決めなければならない。長く続けばその分なにもかもが嫌になってしまうことレイ自身が一番よく知っているのだ。

 

「ぇぶ!」

 

ぼんやり歩いていればレイは鼻先に真正面から紙玉を食らってしまった。そして自分の不注意を憂いた。自分のような人間が外にいる場合、様々なイタズラ、が飛んでくるのはいつものことなのに。

でも、今日のこれはおそらくフレッドとジョージの双子だろう。顔に当たっても痛くない程度には柔らかく握られており、なおかつ玉の中に硬いものは混入していない。こちらに対する配慮が感じられた。

それを配慮、と言うのもどうなんだ、という話ではあるが。

 

「今日は!用があるからぁ!新作の話し合いには参加しませぇん!」

 

どこから飛ばしてきたかわからなかったので大声で不参加を表明する。すると、どこからともなく折り鶴が飛んできた。なんだかやたらと芸術点が高そうなソイツはどう見ても双子の作品ではない。

ぱさりと、上から降って来て勝手に開かれた鶴。その中に記されていたのは時間と場所。そして差出人の名前。

ぎゅっと、その名前を見て胸の一番奥が痛む。わかっているのだ。このチャンスを逃したらきっと次はないんだと。意気地なしの自分の変わって向こうが助け舟を出してくれたのだと。

それでも、今すぐに逃げてしまいたい。あっちからの最大限の譲歩を前に恐怖心が勝ってしまう。全部俺が悪いんだ、と冷たかった指先がさらに凍って、レイは逃げるように中庭へ急いだ。

何もかもを振り切って約束の場所へ辿り着けばセドリックはそこにいた。こちらに気づいた彼は本を閉じて手招きをする。そんなことをしなくとも今この場には二人しかいないのに。ただ、呼ばれた事実が嬉しくてレイは早足になる。手紙はポケットに押し込んでしまった。

 

「セド先輩。お待たせしました」

「待ってないよ、僕も今来たところだから」

 

スリザリンからもハッフルパフからも見逃された緩やかな交流。変わった形の、しかし優しさで成り立つ友情は確実にレイの世界に対する態度を軟化させていた。それに関してはレイの一番近くにいるスネイプにもわかるほどである。

レイが彼の隣に座ると、いつもよりほんの少し強張っていることに気づいた。一位の状態で挑む最終課題ということもあり、さすがのセドリックも緊張しているらしい。いつもであれば淡くオレンジ色に光っているような彼が少しだけ冷たい目をしていた。

 

「レイ」

「セド先輩でも緊張するんだ」

「あはは、僕も人だからね」

 

ドーピングって概念があるとは思わないから、これ。とレイが差し出したのは元気爆発薬の効果をかなり優しくしたものである。フェリックスフェリシスとかじゃないので、どうぞ、と勧めればセドリックは疑うことなく飲み込んだ。こわばっていた指先まで温かさが通って震えが止まる。

 

「君の魔法薬は本当に効くよね、ありがとう」

「唯一の得意科目なんでぇ……」

 

褒められたことが嬉しいのだろう。レイは朗らかに笑った。ほんの数か月の付き合いだが随分柔らかい笑顔になったものである。

 

「でも、ほんとに明日最終課題だってのに俺みたいなスリザリンから差し出されたものを迷いもなく飲むのはお人よしが過ぎると思いますよ」

「君を信じてるから」

 

スリザリンとか関係なしに君は君だから。まっすぐな視線にレイは顔が熱くなる。恋とか愛とかそういう邪なものではなく、ホグワーツ指折り美丈夫に面と向かってそんなことを言われたら誰だって参ってしまうだろう。正直言って、なんで俺なんて信じてくれるの状態である。

レイは自分のことを自信過剰な完全無欠だと信じているが対人関係に対しては恐ろしく臆病だ。信頼とか信用とか、ポジティブな他者からの視線にあまりにも慣れていない。

褒められれば嬉しい。それこそ簡単に有頂天。けれど、その奥に何か裏があるのだろうと勘繰る、そういう性根なのである。

 

「セド先輩はもうちょっとだけ他人を疑いなね」

「可愛い後輩にそんなに心配されるなんて困りものだ」

 

ありがとう。とまたセドリックはレイを甘やかす。彼のあまりの善性に充てられて心がぽわぽわしていっそ叫びだしたくなっている。

ハッフルパフはお人よしの寮、とはよく言ったものだ。この人の場合はお人よしを飛び越えて人が良いのでほんのちょっぴり心配になる。

ちょいちょい悪いことするくせにまったくもって清廉潔白。不思議な魅力のある人だ。困る。このままセドリックの隣にいたら漂白されてしまうかもしれない。

 

あなおそろしや、とレイは話題を変えることにした。それは先ほど展開を見せた自分にとってこの数か月のうちで一番大きな悩みについてだった。

 

「あのね。セド先輩。先輩に呼び出してもらったのに俺の話で悪いんだけどさ。俺、ユウトと仲直りしようと思うの」

「それはいいね」

「どう考えても、明日頑張んなきゃいけないセド先輩より簡単だもんね」

 

なんて、軽く言うレイの嘘を感じ取るセドリックである。簡単なわけがないのだ。一つのボタンを掛け違えただけで死んでしまおうとすら思う彼が。絶望しいの彼が自らもう一度を願うことがいかに難しく、尊いことかセドリックにはわかる。

今にも倒れてしまいそうな顔色をして彼は彼の友達と仲直りをするのだろう。であれば、先輩として。彼の友人としてできるのは背中を押してやることだけだ。

 

「じゃあ、レイ。約束しよう。明日優勝杯を持って帰ってくるから、ユウト君を紹介して欲しい」

「優勝杯持ってなかったら紹介しちゃダメなの?」

「持って帰ってこないと思ってるんだ?」

「万が一の話ですぅ!」

 

きっとセドリックがプロクディッチ選手になったら五十年は連続でチャーミングスマイル賞を獲得し、殿堂入りするに違いない。そう思わずにはいられない微笑み。誰も彼もを彼のファンにしてしまうだろう。

今までの人生にいなかったお星さまにレイすらも魅入られている。

 

「へくち……!」

「ごめん気づかなくて」

 

セドリックは小さくしゃみをしたレイに今まで自分が着ていた薄手のカーディガンをかけてやる。

たった一枚違うだけでここまで温かいものなのか。戯れに袖を通してみればとんでもなく余ってしまう。一つ年上なだけの先輩なのにまるで大人と子供みたいですっかりおかしくなってしまったレイだ。けらけら、子供っぽく笑う。

 

「男に言うことじゃないというのは百も承知なんだけど、」

「お、また可愛いっていう気ですね?」

「うん、そう。君は可愛い」

「あっ、のねぇ……先輩、」

 

自分で蒔いた種ではある。けれど、よかったよ俺が男で、先輩の友達で。危うく少女漫画が始まっちまうところだよ。

耳まで赤くなったのを自覚したレイはカーディガンの中に隠れた。彼はたっぷりの布の中に隠れる習性があるのかもしれない。ありがたくも大きなそれはレイの全てを覆ってしまう。

黄色と黒のしましまがアクセントになったカーディガン。昔だったら遮断機かよって笑っていたかもしれない。でも、今は違う。これは世界で一番優しい色だ。ふわふわでぴかぴか。男っぽいのにオレンジみたいな甘い香りがして、ちょっとずるい人。そんな先輩が持っている色。

これが警戒色だって慄くなら、何度だって飛び込んで無害であると証明しよう。

レイは破裂しそうな心臓を何とかおさえてカーディガンを着なおす。萌え袖をたくし上げれば信じられないくらい皺が寄ってやっぱり面白い。

 

「これは明日返してくれればいいからね」

「率直な気持ち悪い感想言っていい?」

「ん、なに?」

「危なかった。セド先輩が優しすぎて恋に落ちるところだった」

「あはは、それは困るなぁ」

 

どうして?とレイが問う前にかの人はどこぞのチャーミングスマイル野郎なんて比較にならないほどの甘い顔で答えを述べる。

 

「恋はいつか終わるもの、だろ?」

「ぐ、ぐぇーー!」

 

友情だったら永遠だ、とでも言わんばかりの表情。その後光に焼かれたレイは灰になってしまった。これがなんの衒いもなく生み出された言葉だってのかよ。死人が出るぞ。

レイは本当に面白いな、じゃない。頭を撫でるな。ポンポンするな。ああ畜生!本当にこの先輩は俺を殺す気だ。

いつも通り真っ赤になったレイはセドリックから二歩ほど距離を取って髪を撫でつける。こうでもしないと落ち着いた心に戻れそうになかったのだ。心拍数は上がりきってショート寸前まで追い込まれている。

 

「俺はなんでも本気にしますからね、軽率に永遠なんて言ったセド先輩が悪いからね」

 

そんなのもう、ネバーランドの冒険じゃん。妖精の粉なんてなくても彼がいればどこへだって行ける気がした。どこへでも連れて行ってくれるんじゃないかっていう、そんな錯覚。

レイは自ら開けたはずの一歩を詰める。手を伸ばしさえすれば抱き寄せることだってできる距離。これは恋じゃない。愛ですらない。だって終わりなんかないのだから。

ずっと側で笑っていていいよ、と許されたレイだけの領域。このまま心臓が弾けてしまったとしても、蛇は受けた恩を忘れない。例え、セドリックにとってそこまで特別じゃなくたって、レイの中では唯一絶対の場所になる。

 

「先輩は俺のお星さま」

「そんな大層なものじゃないよ」

「ううん。きらきら光る一番星」

 

ベテルギウスよりも、シリウスよりももっと。太陽すらも目じゃないくらいに。レイの宇宙に現れた輝ける星。

 

「だから、絶対優勝してね」

「君に言われると本当にできそうな気がする」

 

こちらにほほ笑みを投げかけてくれる彼はいつも以上に自信に満ちていた。

絶対に大丈夫なんだ、と。思った。あの黄昏の中でセドリックは世界で一等カッコいい先輩だったから。

だから、無事に帰ってきてね、なんて言うまでもなかった。だって、先輩は約束を破らないから。

二人で最高のトロフィーの見せ合いっこをしよう。そう約束したのだ。

 

約束、したのだ。

 

「ユウト、セド先輩、なんでずっと倒れてんの」

「え?」

 

競技場。迷路の始まりで終わりの場所。倒れているセドリック。異変にいち早く気付いたのはダンブルドア、そしてセドリックを見つめるレイだった。

駆け付けたいのに体は嘘みたいに動かない。まるで夢の中にいるみたいだ。

 

「ハリーは何を喚いてるの」

「レイさん、レイさん?」

 

俺ね、ユウトと仲直りしたよセド先輩。同時優勝なんてセド先輩っぽいね。でもだめだよ、ライバルは蹴落とさなきゃさぁ。だって先輩がこの学校で一番なんだから。

ねぇ、セド先輩。

ハリーの慟哭が聞こえて、歓声もざわめきにとって代わった。星が墜ちたことを知った彼の意識はそこで途絶える。

 

次にレイが自分を取り戻したのは何もかもが終わった後。お祭り騒ぎの喧騒ははるか遠く。医務室の天井と誰かの嗚咽。受け入れがたい現実にもう一度眠ろうとした。けれど、どうしたってそれはできない。

起き上がって、カーテンの間仕切りから出てきたエイモスディゴリーを見る。膝から崩れて正も誤もなく泣きじゃくる成人男性、というのは初めて見た。

やけに寒くて、脱がされていたローブにそでを通した。こんなことなら先輩から借りたカーディガンも着てくるべきだったな。だってあれはとっても暖かいもの。

 

現実感があまりにない。だから、多分、大怪我とかだよ。そうに決まってる。森の精霊みたいにおぼつかない足取りでカーテンの向こう側に行く。

外傷なんて一つもなかった。先輩と呼んでみても反応がない。肉体に付随しているはずの魂がどこにもない。ゴーストもいない。大好きな友達が、いない。

 

「っ、レイさん!」

 

手を引かれて我に返る。目を離したすきにベッドを出ていたレイを引き戻したのはユウトだった。

 

「あ、ほら、セド先輩。ユウト。これが友達の、紹介するって、約束で……」

 

言葉を発すれば発するほど体から力が抜ける。手を繋がれたままぺたり、とそこに座り込んだ。

 

「え、へへ。おれ、ちょっとわかんないな、うーん、あれ、」

 

わかってる。本当は。魂が一度離れてしまった肉体にそれ戻ることはけっしてないと。どれだけ考えても、調べても。自分より何倍も賢い魔法使いたちが考えぬいても。死者をその肉体に戻す反魂法だけは誰も見つけることができなかった、ということも。

 

「ね、ねぇ、ユウト、おれ、おれどうしよう……」

 

とたん目の前が青くなった。ユウトが彼をローブの中に抱き込んだのだ。見なくていいよ、と仲直りしたばかりの友達は現実を覆い隠してくれたのである。

どうしたらいいかわからない。どうにかして取り戻したい。それができるならどんな犠牲だって払う。なんだってする。俺の人生なんかでよければいくらだってあげるから。だから、セド先輩を返してよ。

レイの脳内を占めるのは途方もないたられば。優勝してほしいなんて願わなかったら。ちゃんと、帰ってきてねと言えていたら。もっと俺の頭が良ければ。

もしも魔法が使えたら。

 

「先輩のためならなんだってできるよ」

 

賢明な青のその内でレイが己のローブに仕込んでおいた小瓶から何かを口に入れたのなんて誰も気づかない。

 

その後、レイは精神のバランスを崩し学校を離れた。数少ない友人たちはフクロウ試験すら受けることができない友を心配したが、自分たちの試験に追われる。

夏休みになっても彼への面会すら叶わず、次に彼が姿を現したのは新学期だった。

ひと夏にして十五センチ近く伸びた身長。かなりマシになった人当り。それ以上にいままでの彼と明確に違う箇所があった。それは、魔法の行使が別人レベルで上達している、という点であった。

セドリックと彼が懇意にしていたことを知っている生徒たちはショックでいい方向におかしくなったのだろうとあたりを付ける。もとよりおかしいことは知られていたから問題にすらならなかった。

目立たないのに目立つ存在、レイハセオ。その変貌に待ったをかけたのはセブルススネイプただ一人である。

彼は新学期最初の授業後にレイを呼び止めるとそのまま準備室へと押し込んだ。

 

「僕なんかしましたっけ」

「何を飲んだ」

「先生にはお見通しかぁ」

 

レイがスネイプに渡したのは小瓶。あの日飲んだものと全く同じ薬が入っている。

流石に一人で二本飲むわけではないが、再現性がものをいう魔法薬学会において作らないわけにもいかなかった。

 

「絶対バレない自信がありました」

 

これだけ魔法上手くなったら学校の先生になれますよね?レイは朗らかに笑う。

元々教師になりたかったのは、単純に外で魔法使いをやっていく自信がなかったから。単一教科を極めた教職であれば自分もできるのではなかろうか、という打算だ。

けれど今は違う。明確な理由があった。ホグワーツは求めるものに答えを与える場だ。だから、ずっとここにいたいとレイは考える。取り戻したいものがある。そしてそれをいつか取り戻せると信じている。

 

「寿命を半分に折りたたむくらいなんてことないんです」

 

マグルより少々長い人生を半分に折り畳み、その代償として一生をかけて徐々に大きくする器を一挙にまとめて手に入れた。レイのそれは極端な晩成型だったらしい。倍以上に膨らんだ魔力はもはや手に余るほどだった。

 

「今までの感覚で魔法使うとルーモスがとんでもない光量になったりするんですよ。目がつぶれちゃう!みたいな。そこの調整に手間取って長期休みになっちゃいましたけど。おかげでフクロウもそれなりに取れました。実技だって今までよりは上等です」

 

いまならあのバイトだってちょちょいですよ!と戯れに杖を振る。それを痛々しいとスネイプは思う。しかし、スネイプにはレイの心情がわかってしまうのだ。

彼にとっての永遠が誰に注がれてしまったのかを。命の半分なんてどうでもいいのだ。その愛に比べてしまえば。

 

「どうやった」

「これで特許取ろうと思てるんですけど、先生の名前が入ってたほうが信憑性上がるから勝手に共同研究ってことにしました。そもそも学生がやっていい内容じゃないんで。それに、もう学会の考査も入ってます」

 

レイは図書館バッグから羊皮紙の束を取り出した。そもそも彼は魔法薬学は万能であると思っている気狂いである。その上で果てしない研究をものともせず、呪文を薬に落とし込むという稀有な才能があった。

普通の魔法使いが杖の一振りで起こす奇跡をレイは薬の力で再現してみせる。レイがそのローブの中に常備している薬品を自分の周りに撒くことでプロテゴマキシマにほど近い効果を得ることができるなんて誰が信じるだろう。

最もこれは、魔法の行使が上手くできないからほかの手段に訴える、という極端な発想のなれの果てだ。

 

「せめて事前連絡は入れられなかったのかね」

「忙しすぎて失念してました。その点に関しては謝ります」

 

おかげでこちらは生徒を実験台にする悪の教師になった、という割にスネイプも薬に興味があるらしい。声色は明るい。

レイの指針の一つであるこの教師を納得させるためならどんな言葉でも尽くそう。レイにとって尊敬する大人というのはひと握りだ。その尊敬をほとんど一手に担っている彼に褒められたくて仕方がない。

 

「二年生になる前。先生が親の代理で聖マンゴに連れてってくれたことあるでしょう。あそこで僕は自分が魔法を上手く行使できない魔法使いだってちゃんと理解した。で、魔法族は何をもって魔法を使っているのかも。魔法ってつまり、魂が持つ力。肉体に結びついていて、なおかつ複数に分けることができる」

「分霊箱の話をしているのかね」

「そうですけど、やだな先生!僕のどうにもならない魂分割してどうすんですか!逆ですよ、ぎゃーく!」

 

カラカラ笑ったレイの瞳の奥に言い知れぬ狂気を感じとる。今の彼に研究者としての正しさを説くだけ無駄だろう。それに、モルモットにしたのが自分だけである、なんて随分と人道的で上等な研究者だ。

 

「分割ができるなら圧縮もできるはず。僕に備わってるのは人より大きな魂。すなわち、魂を成長させるための因子が人の倍必要でコストパフォーマンスは最悪。けれど人間、一般人の倍の密度で人生を送ることなんてできるわけないじゃないですか。だから、自分の場合。魂の密度を上げるために、魂の大きさを圧縮したんですね。圧縮して、器の成長速度を通常の人と遜色ないほどに上げる、これが俺の考えた作戦です」

 

何気なく出されたレシピは恐ろしく緻密な計算をもとに設計されていた。生徒の身の上でまぁよくもここまでとスネイプさえ目を見張る出来である。

 

「半年で行き着いたとは」

「まぁ、僕くらいの才能になればちょちょいですよ。思った通り魂と、魂の器と、肉体って三身一体だったから身長もこの通り、一般サイズにランクアップ」

 

確かに、レイの体の内で止まっていたすべてが動き出したようにしか見えない。もう今の彼を見て少女だ、と誤解するような人間はいないだろう。たとえセドリックと並んで歩いていたとしても。

おかげですべてが買いなおし。夏休みが三か月あればいいのに、と大慌てのレイである。つい昨日着ていたものが今日にはまったく着れない、なんて圧倒的な成長のせいでしばらくは浴衣で過ごした。もっとも、身長が伸びた三日間とその前後は激痛でベッドから起き上がることすら困難であったが。

 

「薬はブラッシュアップ中だったので本当は先生にチェックしてもらいたかったんですけど。衝動的に飲んじゃった」

 

上手くいかなかったらそれまでってだけなんで、絶望がてらグイっと!などとわけなく言っているが、つまり一歩間違えればダイナミックな服毒自殺である。スネイプは頭が痛くなった。

 

「副作用は」

「致命的な欠陥が一つ。これで得られる魔力、子供の魔法使いが無意識で使っちゃう魂の魔法の魔力回路でしか使えないっぽくて。今まで使ってた魔力回路には魔力が一切流れない。だから今の僕はネガティブ魔力の運用で魔法を使ってます。使えないよりいいけどね」

 

レイは杖を取り出すと、オーキデウスを唱えた。色とりどりの花が準備室の床を埋めてしまうほどに降る。レイは過剰出力によるミスに慌てて花を消した。

 

「びっくりした、準備室がお花屋さんになるところだった……」

「なるほど、何と言ったらいいやら」

「文字通り魂削って手に入れた魔力なんだから誉めてくださいよ。今のが僕の魔法です。で、本来の回路を使う魔法は浮遊魔法すら使えません」

 

木の棒振り回してる人になるけど見ます?と問われたたので、不要と答えるスネイプだ。さも簡単そうに言っているが途方もない苦痛の末の産物だろう。どれほどの絶望を糧にしたら人体改造など思い浮かぶのか、正直に言ってしまえば理解できなかった。

 

「対価なし、というわけでもあるまい」

「先生ってインフルエンザかかったことあります?」

「ごく幼いころに」

「十日間にわたる四十度の高熱に、三日で十五センチくらい身長が伸びるっていう異常な成長痛混ぜて、過酷な二日酔いで割って、一か月くらいいつでもジェットコースターで上下してる時の内臓の不快感が体内で起きてるって感じですかね。そんだけです!」

 

それは世にいう想像を絶する苦痛ではなかろうか、とスネイプは思う。しかし、乗り越えた彼にいうのも今更である。自分だったら絶対に飲まない、と心に決める。

そして、やはりこのマッドサイエンティストを野放しにできないのでは、と思い至った。その才能を買って気軽に薬学にアクセスできるようにしてしまった責任は取らねばならないだろう。個人的な絶望やらなんやらは置いておいて、天才的な薬学の才能を持つ人でなしは囲っておくに越したことはない。

それに、だ。セドリックを蘇らせてやる、なんて甘言で気軽に闇側に加担しかけない男だ。スリザリン気質もここまで行くと天晴れと言える。

 

「ハセオ」

「何ですか」

「卒業後は我輩につけ」

 

校長に推挙してやる。

スネイプのその言葉にレイは踊った。心が、などではなく周囲に気を付けての小躍りを披露したのである。多少不安定なだけで、陽気ではあるのだ彼の性根は。

 

「立派な助教授になりますね!」

「ああ」

 

レイの笑顔は今まで見たことのないものだった。朗らかで、見たら誰しも振り返りたくなるような美しい笑顔。彼の思う完璧がそこに詰まっている。夏休みを溶かして彼は彼の思う完璧を表層に張り付けた。他人がどう思おうが構わない。それは光り輝く二番目の星。

深緑の器に似合わぬ黄色の魂を湛えて、彼はありえない放課後を続けるために一人、この場に留まることを決めた。

 

運命というものがあるのなら。多分すべてはあの放課後に決まったのだ。光もない、闇もない。すべては永遠の黄昏。

夕日の中で顔が照らされ誰が誰だかなんてちっともわからないのにあなたに必死に手を伸ばした。ただ、それだけの事。

 

これは、とある魔法薬学教師が友達と約束を果たすための物語だ。

 

 

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