レイとドラコが魔法薬学準備室に姿を現すとそこにいたのはロンとハーマイオニーだけだった。
彼らの前にドラコは箱を置く。一つ手をかざせば現れたるは黄金の輝きだ。ロンはその魔法具の持つ美しさにため息をついて、それから、趣味が悪いと言い放った。
「は?」
「ロナルドウィーズリー、今なんて?」
「これ見よがしにまっきんきんで趣味が悪いって言った」
これだから物の価値が分からないやつは、とレイとドラコは彼を鼻で笑う。
ここまで質のいい純金砂粒の砂時計を見て心をときめかせるならともかく趣味が悪いとは。あまつさえ成金趣味などと言い放ってくださったのでレイの悪いところが前面に出てしまった。大切な人ににろくでもないこと言うやつは押しなべてクソである。
「ウィーズリー。いい目してるじゃん。流石の審美眼。さっすが長年灰色の小さなお友達と一緒にベッドで寝てただけのことはあるね」
「ははは、もう言われ慣れた。キレがないぜ、スリザリン」
「僕は知ってるよ……可愛い可愛いロニー坊やが愛しいネズミちゃんと毎晩ちゅっちゅしていたって話を」
「いっ!!!」
「お兄ちゃんから下げ渡された初めてのペット、さぞ嬉しかったろうねぇ……つぶらな瞳のちっちゃなお友達……ちゅっちゅ、僕の可愛いちぃちゃなスキャバーズ、ちゅう」
なお、全てはフレッドとジョージからのタレコミである。ことあるごとにウィーズリー家の笑い話をレイに聞かせてくれたのだ。おかげで話題には事欠かない。
怒りと恥のダブルブッキングで髪以上に赤くなりつつ、けれど事実は事実であるため何も言い返せなくなった彼は拳を振り上げて、それでも思いとどまった。大人である。
そんな戯れを無視してハーマイオニーはドラコの持つ禁じられた道具へと目をやった。どれほど探しても見つけることができなかった闇の尻尾。魔法貴族の横の繋がりはとんでもなく広い。どれほど注意深く家宅捜索日を秘匿しようがその隙をつかれ、違法品を隠されてしまう。むしろ、今回のノットの一件がラッキーだったのだ。
過去へと、制限なしで戻ることができるある意味では狂気の逸品。今の平穏を無に帰す力を秘めたもの。それが、あのマルフォイ家にあること、それはあまりにも危険だ。回収して今すぐにでも壊してしまうべきである。
それは人の上に立つ者となった彼女にとってはあまりにも当然な判断である。欲と保身に走って多くの人間を窮地へ追いやった反面教師のことを彼女はよく知っていた。
「あるだろうな、とは思っていたわ。けど、ドラコ。本当にいいの?私はあると分かったものに対して容赦ができない」
「……。君にも情けという感情があったんだな」
「嫌味な言い方ね。でも、わかるのよ。貴方がこれを使っていないことくらい。わかるの、わかるからこそ、魔法大臣としての私と私人としての私の間で葛藤が生まれる」
「冷血な官僚ではないと?傑作だな。抜本改革の名のもとに歴代で一番、役人の首を切っている大臣は随分な人権派であらせられるらしい。しかし、心配は無用。これはたまたま家に保管されていた、息子を助けるための手段にすぎん」
「そう。わかりました。魔法省としての見解は、見解は……ドラコ、レイを止めてもらっていいかしら?」
「なぜ私が?」
今のレイはというと、ロンに対してガルル、と不可解な唸り声をあげながら目を金色にしているため真面目な空気が台無しなのだ。大アリクイの威嚇だってもうすこしまともである。
先輩としての威厳だとか教師としての仮面だとか幸運薬に踊らされているレイにとってはないも同然なのだろうけれど、さすがに幼馴染として放置はできなかったのだろう。ドラコは咳払いをした。
「レイ」
「だ、だってさぁ!こんなに綺麗なもの見てときめかないとかある!?見ろよ!この質のいい金を!純金の粒やぞ!純金砂粒の砂時計って!なんだもう!ふわーお!欲しい。他意なくくるくる回したい。ずっと回っていて欲しい。もう回しすぎてジュラ紀とかに戻されちゃてもいい」
レイの瞳がまたまた金色に染まりつつある。なんだかんだで彼は商家の息子。金に対してあまりにも弱いのだ。生まれながらに金貨が積み上げられていた根っからの貴族とはわけが違う。
「さっきは白亜紀がいいって言っていたが?」
「あら、意外ね。恐竜好きなの?」
ハーマイオニーに問われるも、タイムターナーから視線が外せない。
レイは日本図鑑系男児の三大ハマりがち案件、つまり電車などの働く乗り物、昆虫や恐竜をはじめとした生物、天体や宇宙の中で言えば宇宙派である。生物担当でなかったとはいえ有史以前の地球の覇者ともなれば興味を引いて当然だと思うのだ。
「ロマンがあるよね。あと、恐竜は魔法生物じゃなかったのかって気になる。もしも、魔法生物だったらどんな薬の材料になるのかかなり本気で」
「……もしかしてあなたの世界には二つしかないの?」
「どういう意味?」
「魔法薬学の材料か、それ以外か」
何か聞き捨てならないことを言われた気がしてさすがのレイも顔をあげた。いやまぁ、確かにそれしかないと言われればそうなのだけれど、彼女に言われるとなんだか癪に障るのだ。
「不本意」
その隙にドラコがタイムターナーを箱に収めたことでレイは多少正気を取り戻したらしい。金の残像が残る頭を必死に振っている。
「よかった。僕が人間で。ニフラーだったらパニックを起こすところだった、本当に危なかった」
「起こしてたわよ」
「うっせうっせ!」
「にしても、ダンブルドア先生からあれだけ貰っておいてまだ金に目がくらむなんて貴方も筋金入りね」
彼女の言葉にレイは明らかに身を固くした。そして周囲を見渡すとまるでそれが公然の秘密であるとでも言わんばかりの表情を浮かべている。何度だって言うが、レイその人は親にしかダンブルドアの遺産を継いだ話をしていないのだ。
にもかかわらず、同級生はみな知っているし、ありとあらゆる団体から融資の依頼がいまだに舞い込んでくる。実に愉快な状況だ。いい加減にして欲しい。
「ねぇ、マジで僕誰にも言ったことないのになんでみんな知ってんの?僕がダンブルドアに金庫貰ったって」
それは、とハーマイオニーが口を開きかけた時。火のついていなかった暖炉が青々と燃えた。明らかなフルーパウダーの炎色反応にレイは今いた場所から少しだけ退く。そして、現れたジニーに手を貸して立たせてやった。
「ごめんなさい。準備室を灰だらけにして」
「大丈夫、気にしないで。掃除の魔法は得意なんだ」
それに、暖炉掃除人が一人ってことないだろ。そういうが早いかハリーも同じように暖炉から飛び出してきた。フルーパウダーの原理はよくわかっていないのだが、やはり男性陣の方が多くの灰を巻き込んでくる。多分、ぽってりボディになりつつあるロンは一流の掃除人になれるはずだ。
「レイ!レイは!?」
「ヒーローってのはいつでも遅れてやって来るもんだね」
少しだけ嫌味っぽくなってしまったが、ハリーはそれどころではないらしい。明確な興奮の色が見て取れる。もう誰も暖炉から出てきはしないはずだが、今そんなことになけなしの魔力は使えない。レイは気にしていないふりをして話を前に進めた。
「お掃除は時間がないので後でやります。で、皆さんお集まりという事は何か手掛かりが見つかったってことでいいね?順番にいこう。ハーマイオニー」
「僕から話させてくれないか!」
「時間がないのはみんな一緒だからさ。こういうのは話を纏めるのが上手い人からがいいんだよポッター。三十秒だけ待てる?」
レイの物言いにハリーも思うところがあったのだろう。慌てた表情はそのままに彼女の方を向いた。そして、タイムリミットを与えられた彼女は端的に、しかし必要事項は漏らさずデルフィーニについての情報を述べる。
「デルフィーニディゴリーという人間は存在しない。そもそも、エイモスに姪っ子がいないわ。だから、彼女は限りなく黒よ。その上、単独で動いている可能性が高い。見張っている地下組織には動きが一切なかったの。彼女がアルバスがハリーの息子であることをきちんと理解して近づいている以上、ヴォルデモーに近しい者と考えるのが妥当でしょうね。それも成人魔法使いにそうとわからず錯乱呪文をかけることができるような。実力も知恵も十分なイギリス魔法界の敵よ」
彼女がもたらした情報はレイの推察と違わないものだった。流石、幸運薬。彼女の事実を邪魔をしてしまわない様にレイはそれに肉をつける。
「エイモスさん直々に姪はいないって聞いてきたから事実だね。なんなら、僕は彼女は闇の帝王の娘だとみている。これに関しては確たる証拠はない。しいて言うなら、幸福薬の効いてる時の思考ってだけ」
「娘……だとしたら究極の分霊箱だ!」
ハリーも合点がいったようだった。一周回って落ち着きを取り戻した彼は自分の持ってきた情報を皆に伝える。
「僕らはアルバスとスコーピウスの居場所を見つけてきた。一九八一年、十月三十日。ゴドリックスホロウ。そこに二人はいる」
「ハリーのご両親が亡くなる日……まさか、最初の予言を彼女は破ろうとしている……?」
「僕もそう思う、彼女は僕を殺す気だ、ヴォルデモーにかわって」
「彼が死ななければ、闇は栄え、彼女の望んだものが手に入る」
ハーマイオニーとハリーの会話を聞いてレイは膝を打った。
ハリーポッター伝説の始まりの日。日が変わるまで待ち構えていれば、他の場と違って不確定要素なく彼女と闇の帝王とが二人きりになれるチャンスがある。彼女とっては格好の機会。まさしく名案である。
無限にあると思われた点と点とが繋がって一つの星座を描く。どうかこの図案が間違っていませんように、と祈ることしかできない。それでも、レイは行きついたのだ。彼女が求めているモノの正体に。
それは愛。生まれてきてすぐに失ってしまった親からの情。
同世代なら誰でも知っている、英雄の父と母がヴォルデモーに殺された日。裏を返せば、彼女の父親が破滅した日でもある。すなわち、全ての悲劇の発端だ。
だから、彼女はハロウィンの前日にあの場所へと向かったのだろう。父親を救い、己の願いを叶えるために。彼女は会ったこともない父が、まだ生まれてもいない自分に愛を向けると信じている哀れな子供だ。闇の帝王は闇しか愛していないのに。
純粋にも愛に拘泥してしまったが故の思い違い。そこを突けば確実に彼女を捕らえることができるだろう。そのためには、今すぐに時間を移動すべきだ。
とはいえ、情報の出どころぐらいは知っておきたいものである。考え難いがこれすら彼女の仕掛けた罠とも限らない。
「その情報は確か?どうやって行きついた?」
「それは後で!今は一刻も早く現場に行きたい」
「流石に確証もなしに突っ込んでいけないんだけど?」
「確証はある。絶対の情報。それとも何か。君は僕の息子の言葉が信じられないって言うのか」
何がどうやって繋がったのかは分からないが、その名前を出されたらレイは信じざるを得ない。父子の絆と言われればそれまでなのだがそれにしたって、万物のなかから一点を見つけたなんてとんでもない幸運である。
「流石、先生の幸運薬。なんでも引き寄せちゃうんだから」
「スネイプってなんだかんだすっごいよな」
「ロナルド、先生を褒めてくれて嬉しいよ。ところで、僕の敬愛するポーションマスターを呼び捨てってどういう了見?」
「スネイプ、先生」
「はいよくできました」
軽口を叩きながらも、レイの頭は必死に回る。この後どうせ使い物にならなくなるのだ、できることはできるうちにやっておくに越したことはない。
「ここで満を持してドラコの持ってきたタイムターナーの出番ってわけだな」
「ドラコきみ、タイムターナー持ってたのか!もしかして、ハーマイオニーはそれを見越して……」
「もうその件は結構。大臣殿もご存じだポッター。レイ、フルーパウダーを」
「あいあい」
レイがフルーパウダーの入った布袋を持ってきたとき。準備室と教室とを隔てている扉がノックされた。こんな時に限って間が悪い人間がいたものである。普段であればどうぞ、の二つ返事であるが、今はそれどころじゃない。緊急事態の只中だ。
「ごぉめん。先生たちちょっと忙しいから後にしてくれる?」
とにかく。今必要なのは二人の安否。それ以外何もいらない。一人、また一人と目的地へと飛ぶ。そして最後に一人。レイはもうどうにでもなぁれ!と元気爆発薬を口に含んだ。ドーピングに次ぐドーピング。明らかに寿命を縮めている気がするけれど、知ったことではない。幸福薬の残り時間と魔力と体力の限界。何もかもを加味して今ここでこれを飲むよりほかないのだ。
「あー……時間がないな」
元気爆発薬を飲んだばかりだというのに寒気が背中から上がってくる。純度の高い薬は副作用もきついと相場が決まっている。であるからして、あの幸運薬には類を見ない副作用があると考えるのが筋だ。
一つの幸運も拾い損ねたくないのにどうしてこんなに早く切れてしまうのか。あぁ、畜生、耐性がついてたか。こういうことが起こるから常飲はやめておくべきなのだ。でも、ほんと、この薬に救われた場面がありすぎるのでこの一か月に限り許してほしい。
時間なんてものはいくらあってもいいのに、いつでも不足している。
「ハリーの頭痛はデルフィーニ由来だろうな。スコーピウスが闇だなんてまぁとんでもない勘違いしてくれちゃって。そのおかげで忙しかったんだから」
まんまと目を眩まされていたってわけだね。そんなことを言いつつ試しに床に積もった灰に向かって杖を振ってみた。しかし、腕が痛むばかりである。それがおかしくて、レイは一人笑う。
いくらなんでも懐かしすぎる感覚だ。これは純然たる魔力切れ。後頭部をハンマーで叩かれたみたいに揺れているし、眩暈もひどい。それでも、まだ動ける、走れる、戦える。
たとえ今の自分が魔法も使えぬ足手まといだと理解していても。デルフィーニを一発殴ってやらなきゃ気が済まないのだ。
「さぁ、行先はたった一つ。ゴドリックスホロウ!」