「うまくいったんだ、よな?」
じゃなかったら、雪なんか降ってるわけがない。ロンの言葉に皆が時間移動の成功を悟る。いくらイギリスの天候が変わりやすいと言っても瞬き一つの合間に雪が積もるようなことはない。
「そう思うよ。後は、かわいこちゃん二人を探すだけ」
レイとロンの声が住宅街に弾む。その音は、望まぬ大冒険をしてすっかり疲れ切ってしまった少年二人の耳にも届いたらしい。
「っ!ママ!!!」
その声に見開かれた目。泣きそうになるのをこらえてジニーが振り向く。走ってくる彼を両の手を広げて受け止めてやる。ママっ子なのは変わらない、可愛い息子。
少し土っぽい匂いのするその体を抱いてやれば強い抱擁が返ってきた。あぁ、生きている。それがどんなに嬉しいことか。
「アルバスセブルスポッターよかった、無事で……」
「僕たちのメッセージ、届いた……?」
「えぇ、届いた」
その、鼻声交じりの音にアルバスは自分がどれほど母に心配をかけてしまったのか悟る。それでも、ごめんなさいより前に今この場の安堵感に酔ってしまいたかった。
一方、アルバスがジニーに飛びついたことで行き場がなくなってしまったのは大きく広げられたハリーの腕だ。レイはなんだか哀れに思って目の前で同じだけ手を広げてやった。変な仏心である。
ただ、互いにハグなんてするつもりはないのだ。大アリクイの威嚇でもあるまいし、何とも言えぬ空気の中、二人は行き場のない手を下した。
「こういう場合ってやっぱり母親なもんだよね」
「そういうものかな」
「そうだよぉ。僕は母親になったことも、なることもないから仔細は理解できないけど、やっぱり子供にとって母親って別格。考えてもみな?目を離すと本人には制御できない魔力でダイナミック自害しかねない生き物を、腹を空かすと勝手に死ぬ生き物を。言葉も通じない状態から愛と庇護で人間にまで育成するんだからさ。ようやく言葉が分かるようになった息子と大喧嘩するような男親の出る幕はないでしょ」
ハリーにとってはきつめの思想をぶちまけたレイにドラコまでそういうものなのかと納得しかける。いや、お前の場合そうじゃないだろあんぽんたんめ!と注意したい気持ちを抑えてドラコの方を見た。
「ただし、ドラコは今がチャンスだと思うよ」
「しかし」
「あれれ、奥様との約束をお忘れで?」
「っ……!スコーピウス!」
ドラコがおずりと開いた腕の中にスコーピウスが飛び込む。今すぐ魔法絵師を呼んで絵画にしたい趣きだ。素晴らしきかな愛の形。こういうのはイッケイくんに頼むのがいいかもしれない。ユウトはこういう題材よりシュールレアリスムなんかで輝くタイプだ。
拍手をしそうになる心を鎮めていたら威嚇相手の大アリクイがこちらに話しかけてきた。彼は嫌いな相手であっても意外と話しかけてしまうタイプの考えなし、もとい根っこが陽の者である。
「どうすればあの子と仲直りできるだろう」
「子供は友達じゃないんで、仲直りとか言わないんだよ。単純に謝れよ、許すか許さないかはあの子次第だ」
ジニーやドラコが羨ましくなったのだろう。レイからしてみればよりにもよって俺に聞くか?である。そういうのは同じ子持ち属性を持った親友殿に聞くのが筋というものではないのか。
それとも、これはスリザリンの寮監としての意見を求められているのだろうか。だとしたら、正直に言おう。そんなものはないのだと。子供は十人十色。その子にはその子の扱い方がある。
しかし、ハリーはその意図がくみ取れなかったらしく言葉を変えてレイに再アタックした。懲りない英雄様である。
「……どうしたらあの子の信頼を回復できるだろうか」
「僕は君の先生じゃないから、どうぞマクゴナガル校長にでも聞いてください。あぁでも校長は子供が居ないからわかんないんでしたっけ?」
「君はそうやって痛いところを突く」
「それくらい酷いことを言ったんだから一回正式に謝りなよ」
誰が聞いてもあの物言いは決して許されるものではないだろう。全世界を敵に回したも同然だ。そもそも彼の性根は陽でもねじ曲がってはいる。敵を作りやすい物言いをしがちだと自覚した方がいいのだ。
レイは一度だけ、酒の席で彼女の人生について聞いたことがある。好き好んで一人でいる自分とは全く違う人生。それを知っていたら、あのハリーの物言いは到底許されるべきものではない。いくら頭に血が上っていようとも、だ。
無論、あの後こってりとジニーに搾り上げられたハリーもその点についてはきちんと理解している。
「もちろんだよ、うん。全部終わったら謝罪することがいっぱいだ。君にも謝らなければならないし」
「嘘ぉ、ポッター。お前、謝るってコマンドあったの?」
「まったく、君って人は。なんでそんなに僕に対する当たりが強いんだろう」
「それを話しだすと三日三晩になるんで端的に申しますと、僕はねぇ、君の短気と無駄な勇猛果敢さと独りよがりが大嫌いですねぇ。今も昔もそしてこれからも」
にべもなく言い切ったレイにハリーも思うところがないわけではない。まかり間違っても友になりたいわけではないが、息子が所属する寮の寮監である。多少は話ができれば、とは思うのだ。
「はぁ……一生分かり合わない気だって宣言かな」
「他人同士なんだ。分かり合えてたまるかよ。僕は僕、ポッターはポッター。領域を測り違えないでいただきたいね」
そもそも、レイからすれば本当に生きざまからして理解できないのだ。本人の意思ではないとはいえ、魔法界の英雄として生き、親友の妹と結婚して、よくしてくれた人たちの家族に取り込まれる。その上でそれがこの上なく幸せですと言えてしまうその精神性。
途方もなくソロが楽しいレイからすれば一周回って賞賛に値する。なんだか、ゾクゾクするのだ。彼を見ているだけで【普遍的な幸せ】の押し売りにあっている気分にすらなる。
「もういっそのこと君が婿養子になったらよかったのでは?ロンのことお兄ちゃんって呼べるよ」
「義理の兄も十分に兄だよ。流石にお義兄さんって呼んだことはないけど」
「おぉん……」
「幸せなことじゃないか。君も早く家族を作ればいいのに」
「幸せの形は十人十色。いや、君は認めないだろうから埒が明かないな。いいか、僕は僕の人間性に問題があるから結婚できてないんじゃなくって好き好んで結婚しないの。この人生において妻も子供も欲しいと思ったことがない。学校の先生してるのは楽しいし、研究にどっぷりなのも最高に幸せなんです。理解してくれ、そしてもう口を開くな」
「本当に、幸せなの?」
「幸せだってば!うるせぇな!」
喧嘩売ってんのか代理でドラコに買ってもらうぞ、と顔色が悪いままのレイはローテンションでキレている。足元が恐ろしく悪い中で、それに気づかずタップダンスをする豪の者には何を言っても敵うまい。レイの方が早々に諦めた。
とはいえ、早いことこれから離れなければ何かが爆発する。羨ましいとかそういうものではなく、これは単純にストレスだ。よりにもよってこんなにグズグズな時にこれ以上ハリーの幸福論を語られでもしたら耐えられる気がしない。人間としてあり様があまりに違いすぎる。
そんな心の動きを知ってか知らずか、彼に比べれば多少視野が広いロンが二人の間に割って入った。
「人間性にも十分な問題はあるだろ」
言い返す気力だけを何とか絞り出してレイはロンに静かな声で告げた。
「裁縫は苦手なんだけど、糸の色は何色がいい?選ばせてやるよ」
うるさい口は物理で塞ぐに限る。キスだなんて甘っちょろいことは言わない。ミシンだ。こいつの唇を今すぐミシンで縫い留めてやらねば気が済まない。ゆっくりゆっくり一針ごとに丁寧な怨念を込めてやる。
それを聞いていたらしいジニーはからから笑いながら話に乗ってきた。
「レイ、返し縫いまでしっかりするのよ」
「ジニーはどっちの味方なんだよ!」
いつかどこかで聞いたようなやり取り。流石、同じ屋根の下で長年暮らしてきた兄妹だ。思考や、用いる言葉がしみ込んでいるのだろう。同等で同質。その上で個性的なウィーズリー家のことがこのところ嫌いじゃないレイである。
「本当に兄妹だなキミたち」
「「え?」」
「んーん、こっちの話。さぁて、まだやることは終わってない、そうだよねアルバス」
レイが呼びかければアルバスは伝えるべき言葉を思い出したらしい。母の庇護という泡沫は弾けて、また彼の顔に緊張感が戻る。二人が知ってしまった彼女の本性。それはこの平和を根幹から揺らがしかねない会心の一撃足りうるのだ。
「そう!そうだ!デルフィーニが!パパのこと殺すつもりなんだ!最初の予言を破って……。僕らでは解決できない。だから、助けて」
大人を頼る、という事。それが少年と青年のちょうど境目で揺れる子供たちにとってどれほど難しいことか。それを知っているレイは今すぐにでも褒めちぎりたい気持ちをやっとの思いで抑え込んだ。
「やっぱり、そういうことよね。で、彼女は今この街のどこにいるかわかる?」
「消えちゃったんだ」
「今は一秒も無駄にはできない。すぐに態勢を整えないと。どこから現れるか見当もつかないわね。この街全体を見渡せる場所はどこかしら……向こうの様子が見えて、なおかつこちらの身を隠せるところ……聖ジェローム教会!」
ハーマイオニーの号令で一団は教会へと向かう。その中でレイは完全に薬効が切れたことに気づいた。じゃりじゃりぷちぷち、と耳奥で何かが切れる音が聞こえる。多分毛細血管だ。
ここらが潮時だろう。体は重く、視界は暗くなりつつある。それでもどうんか平静を装う。せめて大人として教会には自分の足でたどり着きたい。すこぶる悪い体調を悟らせない様に何とか歩いた。
長い足を活用して滑るように歩くハリーについていくので精いっぱいの彼に初めに気づいたのはドラコだった。
「レイ、顔色が悪すぎる」
「ロナルドにも言われたよそれ。見なかったことにできない?」
「そのまま雪に埋もれたらわからないくらいだが」
「あらら……黒いローブで助かったね」
アクシオの範疇に入らない様にだけ気を付けるねと笑えばドラコの表情が曇った。一応軽いジョークのつもりだったのだが、不謹慎が極まってしまったらしい。レイは珍しく反省した。死にかけによる発言だったのも悪い気がするが、英国式軽口の加減はいまだによくわからない。
「ま、いざとなったらびゅーんひょいで運んでよ」
「横抱きしてやろう」
「あっはは、その特等席を彼女から奪うわけにはいかないから気合でたどり着きますとも」
あと百メートルほどの距離が恐ろしく遠く感じた。それでも、足さえ前に出していれば必ずたどり着くことができる。迷惑をかけないためにもレイは薄っすらとした笑顔を張り付けて歩く。
「え……レイ、具合悪いの?」
左右をマルフォイに囲まれて視細胞が喜ぶ。綺麗である、絵になる、素晴らしい。もう少し頑張れそう。遺伝子のどこにも欧州がないレイにとって彼らはもう美術品と言っても差し支えなかった。もしかしたらここがルーブルかもしれない。
「スコーピウスが心配してくれたから治った、って言いたいけど今回ばっかりはちょっと体調不良かな」
生徒にどうしても格好悪い姿を見せたくないというプライドで教師の仮面をもう一度丁寧に張り付ける。顔色が紙であったとしても長年張り付けてきた笑顔というのはそう簡単に崩れないものだ。
それを理解しているドラコはほんのり心配を顔に浮かべるが、すぐにいつもの表情へと戻ってしまった。こちらの頑張りと根性を買ってくれるありがたい態度である。
「レイって凄く頑張るよね」
「えへぇ、それが大人ってもんですよ」
でも、たぶん教会内で座ったらそのまま寝まーすとあっけらかんというものだからスコーピウスも笑ってしまった。その笑顔の可愛さに魂が震えた。子供、は別に好きではないけれど生徒のことはなんだかんだ大好きなのだ。
あぁ、きっとこのままではボロが出る。心が日常に戻ってこの非日常という舞台の上に立っていられなくなるだろう。
レイはスコーピウスから離れる。そして気を引き締めてハーマイオニーの側へと寄った。
「グレンジャー。教会の中へはちゃんと確認してから入るんだよ?入った途端に一網打尽なんて嫌だかんね、僕」
「……。貴方はどこまで読んでるの?」
「は?読むも何も扉が開いてない空間に不用心にはいる奴があるか。流石、みんなに慕われてる大臣は違うね」
「違うわ。デルフィーに関してよ」
「あぁ、そっちか。てっきり考えなしの話かと、いって!叩くなよ、死にかけだぞこちとら」
彼女は防御呪文と探知呪文を駆使して外から教会の中を探った。中は空っぽ。谷の住人も居ないらしい。それを確認してそっと中を覗くのはハリーだ。
闇祓い局のエースとして現場仕事がしたい人間を法執行部の椅子に括りつけているというのだから魔法省にはよほど人手が余っているのだろう。物理的に八面六臂、もしくは阿修羅。次点で千手観音になりたいと願うレイからすれば羨ましい限りである。
探索はハリーとロンに任せてレイは彼女と、不本意ではあるが己の意識を保たせるための世間話に勤しむ。
「敵の正体が闇の帝王の娘、だとか。頭は回るけれどしかるべき教育を受けてないばっかりに少々浅はかなところがある、とか。思ったよりガキだぞこいつ、とか。そういう簡単なところですよお大臣」
「教育者としての勘かしら」
「大いにある。うちの学校に通えば違ったかも、とか」
「それは」
「自家中毒起こしてるんだよ、彼女。優秀な父親にだったら有能な自分は確実に愛してもらえるって確信してる。視野が狭すぎる。認めてもらう先なんかごまんとあるのに。それくらいガキってことです。教師としてそういう子、意外と見てきたよ。お宅のポッターなんかもそのケがある」
家庭環境に恵まれない可哀想な子供だからって許しはしないけどね。そういってレイはあくびをした。体調不良からくる若干の生ぬるさを孕んだそれは身の内にでろりと広がって実に不愉快だ。
「まぁ、彼女の父上様を見る限りそうとは言えないんだけど。でもきっと才能はあったと思うよ。是非ともスリザリンに欲しかったね。点数稼ぎの女王様として」
これはなんとなく、だ。知れば知るほど彼女は才能を認められることでしか居場所を作れなかった自分に重なる。無論、それは酷い思い上がりだ。自分であれば彼女の可能性を広げられたのに、なんて。
それに、もう何もかも遅いのだ。彼女はレイにとっての大切な人を幾重にも侮辱した。自他共に認める狭量な彼にとって、それは到底受け入れられるものではない。
「誰か一人でもよかった。己の才能を認めてくれる人がいれば。空想上の父親じゃなく、生身の人間で……。君ならわかるんじゃないか、ハーマイオニーグレンジャー」
彼の視線が刺さった。その言葉の意図、考えるまでもない。人好きのしない秀才であった自分はロンやハリーに救われた。才能を正しく生かせる場所があった。マグル生まれである自分が選ばれて歩んだ光の道。
「デルフィーは魔法界の歪みが生んだ闇の種、だと?」
「自由であるべき時に不自由を強いられたという点では」
「流石バリスター。貴方はいつでもそうね」
彼女だってしかるべき行政機関にアクセスできない子供に対する手当か薄いことを理解している。だからこそ、それを変えたいと思っているのだ。
けれど、それには強い政治母体と民からの信頼が不可欠。その点において、魔法省はいまだ影の中にいる。権力にぶら下がるだけの職員の首を切っても、それでも。まだ、全てが足りない。
「ねぇ、あなた、改良版元気爆発薬の特許持ってたわね?」
「ぉん?あるよ?劇薬扱いですけど」
「一個。なんでも見逃してあげるから貴方仕様の特別製、私に定期的に流してくれないかしら」
「それは、グレンジャーのお買い物?それともお大臣様の監査?」
「魔法省大臣のグレンジャーさんはとっても忙しいのよ。それこそ、"強力な"エナジードリンクに頼りたいくらいね」
「レイさん印の元気爆発薬は高いぜ?」
「勉強して頂戴。こっちは英国魔法界に生も根もガリオンも吸われてるんだから」
そういう事ならあとで契約書ですねぇ、と青い顔でレイは笑う。商家の息子たるもの商機は逃さないが吉だ。一円一銭にこだわり、金庫に金貨を積み上げよう。そして、最後はプールにミチミチにして泳ぐ。
「私。昔からあなたに言いたいことがあったの」
「え?何急に……」
「私はね。たぶんあなたのこと嫌いよ」
「たぶんなんだ?」
「断言できるほど知らないもの」
「奇遇だね、僕もだ」
大人のほほ笑みを湛える。この平行線をたどる二人の人間は魔法大臣とただの教師だ。上辺だけの付き合いが丁度いいし、今も昔もお互い、いけ好かない。結局は同族嫌悪、そこへ帰結する。ハーマイオニー、いいや。ゴールデントリオとレイは誰かをクッションにしなければ同時に機能なんてしないのだろう。
「お待たせ、ハーマイオニー。問題なしだ。本当に誰も居ない」
「ありがとうハリー……。さ、入りましょう」
レイは安全確認が済んだ教会内に入って適当なベンチに腰掛ける。室内は薄っすらと温かく、蝋燭の明かりが目に優しかった。
ここまで、体調が悪いのを無視できたのは脳内麻薬とハニーホットミルクの夢が全てをマスキングしていたらからに他ならない。背もたれに少し体を預けらたもうだめで、今の自分の身体ときたらどんなに比重の重たい物質だって敵わないとすら思えた。すべてが億劫だ。
子供二人は今起きていることの原因、その全てを親に伝達している。役立たずの自分に相談するよりよほどいい。正しい判断だ。だって相手はハリーポッター御一行様。これほどまでにない完璧な人選である。
身振り手振りを交えて話していたアルバスがハッと弾かれたようにレイを見る。何か大切なことを思い出したらしい。
「先生!言わなきゃいけないことがあったんだ!」
「なんだろな、今、先生具合悪めだから耳だけ傾けるんでも許す?」
「もちろん。一言だけ。伝言預かってたの思い出した。これは早く言った方がいい。先生、調子悪そうだし、寝ちゃう前に、一言だけだから」
「うん……?なんだろう」
耳だけ、と言ったもののレイは顔を上げてアルバスを見る。無論、そこにいるのは可愛い生徒だ。緑のよく似合う男の子。気が付いたら随分と大人っぽい顔になっていた。この間まで可愛い子供だった気がするのに。
「いや、ほとんどスコーピウスのおかげで、僕がしたことなんてほぼないんだけど。それでも、先生に早く言わなきゃって思った。優しいし、いい人だってすぐわかったよ。それに新聞の切り抜きより綺麗な人だった」
アルバスの回りくどい物言いに苦笑いをこぼす。この子の悪い癖だが、自分も似たようなものだ。会話の優先順位をつけることの難しさはレイもよく知るところである。だからこそ、きちんと待つのだ。それは教師として当たり前の行動。
「うん、えっとね、アルバス。誰の話?」
「セドリックだよ。決まってるだろ」
頭痛は脳を直接万力で締め上げられていると錯覚するほどに酷いし、吐き気も眩暈も、ずる休みスナックボックスの比じゃないくらい感じている。にもかかわらずそこに立ち上がった名前にレイの頭の中が揺れる。
「セド、先輩……?」
「ほかにいない」
頭が働かなくて、飲み込めない。理解できそうで、それでも分からない。今すぐにきちんと全てを聞きたい。正直、おしゃべりが上手なスコーピウスに変わって欲しいとすら思う。でも、この話を持ってきてくれたのは彼だ。なんにでも一所懸命なアルバス。こちらに何かを伝えようとしている可愛い生徒を遮るようなことはしてはならない。
「あのさ。レイ、ありがとう。って」
声、だ。遠い昔に置いてきた音が。聞きたかった声がレイの耳に飛び込む。
人は、声から忘れてしまうという。魔法界にどれほど記録を残しておく手段があったとしても。遠い記憶はいつの日にか風化してしまう。思い起こす声、というものはあくまで自分の中での再現でしかない。いずれ本物ではなくなってしまう。
けれど。本当に。アルバスからの伝言は彼の声が聞こえた気がしたのだ。
そして、ぷつりと緊張の糸が切れる。
「ごめん、グレンジャー、本気で。本当に、俺もう、だめだわ、」
「ちょっと!」
くらり、視界が回った。
圧縮した魂からの魔力運用で一般的な魔法使いより幾分か強い状態を保っていたレイである。それができない以上、もとより持っている分でどうにかする必要があった。成長過程で多少大きくなったとはいえ本来は人並以下のそれ。
幸運薬の効果や、元気爆発薬薬で無理やり増大させて何度も姿現しのような大型魔法の行使をしたのだ。体に来るのも無理はない。
なにより、今のレイは魂の圧縮をしなかったレイである。もう数秒判断が早ければもう少しの間だけはあの薬を飲んだ自分でいられたのだが、タイミングが悪かった。むしろ、レイからすれば良くもった方だと褒めて欲しいほどである。
先生、とんぼ返りするわけじゃないからまだお迎えには来ないで。そんなことを脳の隅っこで思いながらレイはしっかり昏倒したのであった。