セドリックディゴリーと蛇の後輩   作:かみさきはづき

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◆2017/9/10

黒尽くめのローブ。笑顔なく引き締まった表情。つかつか、神経質そうな音を立てて教室後方から教壇へと向かう。緊張漂う新入生たちは緑と赤。特に緑の側は寮内でみる印象とあまりに違うので余計にピリリと引き締まった。

一年生向けの教科書を教卓に置きレイは教室を見渡す。新入生、最初の授業はインパクトが大事である。スネイプも、スラグホーンもなぜか全く同じことを言っていたので、レイも倣うことにしているのだ。

それに、まさに自分は最愛なる魔法薬学教師の第一声にときめきを覚えた部類である。

集まる視線に漂う香気。大鍋から立ち上がる湯気。それが沸騰する心地よい水音。魔法薬学はやはり、素晴らしい学問だ。

 

「この授業では杖を振ったり馬鹿げた呪文を唱えたりしない。魔法薬調合の絶妙な化学。芸術的な技を諸君が理解できるとは期待していない」

 

レイが取り出したのは三つの小瓶。教卓に飾られた花瓶に赤い瓶から一滴。薬をたらせば花はしおれ、元気をなくす。その次の薬を注げば今までの具合が嘘だったかのように輝きだし、教室はかぐわしき薔薇の芳香で満たされた。

そして、最後の黒い瓶から一滴。花瓶に落とせばジュウ、と音を立てて花はたちどころに枯れてしまった。

 

「一部の素質ある選ばれしものには伝授してやろう。人の心を操り、感覚を狂わせる技を。名声を瓶に詰め、栄光を醸造し、死にすら蓋をする。そういう技を」

 

元来薬はすべてを指している。毒も薬も押しなべて薬だ。人類の役に立つ、というのは個人の観点による。薬に良いも悪いもないのだ。ただそこにある、特定の効果を持った液体。

もとより静かだった教室は無音、が聞こえそうなほどだった。勿論、レイだって一年生が理解できるとは思っていない。

それでも毎年新入生相手にこれを見せるのはマッドアイムーディ、いやあの場合はクラウチジュニアの受け売りだ。花の命が奪われた。気づかなくてもいい。今の魔法薬の効果は禁じられた呪いと同質であることに。

飴と鞭。恐ろしい先生だ、と思わせたところで、レイはいつも通りを演ずる。

 

「はい、というわけでチャオ。僕が魔法薬学の教授のレイハセオです。レイ教授でもハセオ教授でもお好きに呼んでくださいね。ところで今つらつらとあげたロ上は僕の師匠たるスネイプ教授が新入生に必ず言っていた口上でね。かっこいいよね、しびれるよね。あれ聞いてさ、僕この授業が好きになったわけですよ。みんなも好きになってくれるといいな」

 

ちょっと自己紹介でもしてくれる?ついでに呼んでほしい呼び方があったらどうぞ。それじゃあ勇気のグリフィンドール!と教卓に近い順に指せば驚いたようではあるがおずりと立ち上がり言葉を尽くす。

それに教師としてコメントを返せば空気が和らいだ。テンポよく弾むボールみたいに順番は回る。そしてそのうちにスリザリンに回った。

 

「アルバスセブルスポッター、です。えっと、」

 

言いよどむ彼に親近感。自分で振っておいてなのだが、新学期の自己紹介くらい嫌なものもないと思っているレイだ。

しかし、教師になり、これで顔と名前を一致させるのだと理解できた。生徒の負担は大きいが人となりと顔面、名前を一撃で晒してくれるのでこれほどに便利なものもない。

小さな声でよろしくお願いします、と言い座った彼にレイは何て呼べばいい?と問う。多分、友人の少ない彼は狼狽えるだろう。であれば喜ばせてやるに越したことはない。

 

「アルバス、でいい?」

 

名字のほうが呼ばれ慣れてる?問えば顔がパッと明るくなる。名前がいいです、と答えた彼のあと。スコーピウスに関しても同じ問いをした。

本当に便利だ。子供のころにこれをやると取り繕う間もなく何がどう苦手なのかわかる。名前で呼んでほしいというのは二パターン。名字に何らかの苦手意識がある、もしくはとんでもない甘えただ。この二人は明らかに前者。スコーピウスに関しては後者のきらいもあるけれど。

学び舎というこの狭い世界で彼らの名前はあまりにも光が強い。良くも悪くも。

 

「でも、先生。新入生っていっぱいいるでしょ。覚えてられるんですか?」

 

上がった疑問。これもまたいつも通り。不思議なもので毎年同じ質問が飛んでくるのだ。そろそろ事前にリストを作っておくべきか。

 

「ふっふっふ、テリー。僕のピカピカの脳をおじいちゃん先生おばあちゃん先生と一緒にしてもらっては困るよ。全学年、顔と名前と呼び方を間違えたことないんでね!今のところ!」

 

名指しで回答を示せば僕は、私は!と名前を呼んで欲しがる子供たち。もちろん、これはレイの持っている技でははない。毎年五十人近い新入生がいるのだ。

本当に覚えるまでは毎度、自前の記憶力増大薬を飲んでから授業に出ている。

レイその人はもともと人間に興味がないと公言していたような人物だ。覚えていられるわけがない。それを悟られないようにする技術をきっちり磨いているという寸法なのである。これもまた、魔法薬学の神秘。

 

「さぁ、授業を始めようか!」

 

レイのモットーは薬学に慣れ親しんでもらう授業をすることだ。難しい話なんて後々無限ほど湧いてくるのだから、一年生には必要ないとすら思うのである。

なにせ、魔法薬学という教科は何よりも自分たちの人生にかかわりが深い。

身近にある花の一輪が変身呪文より強力な変身用薬品になることだってある。マグルの世界で調理に使われているハーブが魔法使いの世界では万能薬として重用されることもある。

魔法の行使は自分自身を変えるけれど、薬学の知識は世界の見え方すら変えてしまう。この感覚を生徒皆にに味わってもらいたいのだ。

例えば、ハナハッカの傷薬はマグルで言うところのオレガノを主体に構成されている。勿論、魔法族だからこの配合で効くのではあるが、レイはそれを初めて知った時に傷口にオレガノ塗ったらもうローストビーフになるしかないじゃん、と思ったものである。

 

「たとえ、魔法が使えなくても。この教科の勉強は裏切らない。魔法使いっぽくないけど、大鍋かき混ぜて薬を作る、なんて一番魔法使いのイメージでしょ?」

 

今日は授業のデモンストレーション。次からは実際にみんなにも薬草に触ってもらうからね、と宣言してレイは己の傍らにある大鍋を指さした。

 

「ここにあるのは老け薬。ホグワーツの歴史に詳しい人ならもしかして知っているかもしれないね」

 

はっと目が合ったのはスコーピウス。こういう話が大好きな彼には双子のしでかしが思い起こされたらしい。

 

「飲んだ量によって体が老化する。何か、をごまかすために一、二歳分飲む、なんてことも可能だよ。例えば、誰かの引いた年齢線を越えたいとき、とかね。ただし。若返りの薬、というものは現状ありません。少なくとも長らく薬学の研究してる僕よりもっと賢い学者達でも発見に至ってない。ここからわかることは一つ。老け薬、の多飲は死に至るということだね。これが術がとければ元に戻れる変身術とは違うところ。すべての薬には用法容量、というものがある。便利だからと言って薬に溺れて死にたくなかったらそこの知識が絶対に必要」

 

そこまで行ったところで一人、生徒が手を挙げた。グリフィンドールのローズである。ここで質問をする生徒も珍しいな、とは思ったが、彼女はグレンジャーの娘。なんだか懐かしい気分にすらなる。

レイが発言を許可すればローズは口を開いた。

 

「私、その薬知ってます!でも、一個理解できないことがあるの」

「うん、疑問を持つことは素晴らしい。何が分からないか言ってごらん」

「若返りの薬、がないのは知ってる。そんなものがあったなら偉大な魔法使いは今頃みんな存命だろうし。賢者の石が生み出す命の水にだって若返りの効果はないわ。老け薬って、飲んだらその分寿命は縮むとも言える。どうしてそんな薬を作ったの?」

「いいね!グリフィンドールに五点」

 

人、というのは理由を求める生き物だ。全てのものが理由があって生み出されたと思いたくなる。けれど、レイはそれがそもそも一番の間違いだと思うのだ。

魔法族にとってたまたま都合のいい効果をもたらしたものを薬として尊んだ。そこに理由なんてない。

誰かが作った薬品がたまたま老け薬だった。繰り返せば再現性があることも証明された。薬草の成分や制作方法から、何がどんな風に作用するのかを研究し、この薬から発展させて多種多様なほかの薬が生まれる。

それこそが魔法薬学なのだ。魔法薬のレシピはそんな奇跡と偶然と膨大な知識で書かれている。

これを一年生に説明するのは骨が折れるが、この疑問に至ったのだから、言葉を尽くさねばならないだろう。

 

「理解しようとするな、感じろ……と言いたいところですがふさわしくないね。難しいことを言わずに説明するとするならば。老け薬は別の薬を求めて研究をしていた魔法使いの偶然の産物だ」

「老けようと思って作られたんじゃないってこと?」

「そういうことだよ、ローズ」

 

永遠の若さ、不滅の魂、無限の成長。それは非金属から金を生み出す憧れに近しい。魔法使いやマグルはいまだに至れぬ御業。そこに至る過程で様々な薬品が作られてきた。結局はその副産物に過ぎないのだ。

 

「理由は後付け。ただ、そこにある薬に物語を乗せるのは人の自由。ハナハッカの傷薬も、脱狼薬も、生ける屍の水薬だって。全てが奇跡。運命のめぐりあわせから生まれる。善く使うか、悪く使うか。それすら君たち次第だ」

 

レイはローブの中に持っている薬を一つ飲む。すると、変身術でもないのに肉体は猫に変わった。五分程度しか持たない疑似動物もどき薬である。これはレイが魂と魔力の研究をする中で見つけた薬である。魂の形を変える、という苦痛はあるけれどレイにとっては慣れた感覚である。ポリジュース薬を用いた動物への変身とはまるで別種の薬効にローズの目が輝く。

 

「凄い……」

「みゃおう」

 

レイは猫の姿で小皿に垂らしておいた薬を舐める。すれば途端に薬効は切れた。即座に人の形に戻って見せた教師に子供たちは感嘆の声を漏らす。掴みは上々だ。

 

「努力、学習、根気良さ。この三つとセンスさえあればこの教科はとっても楽しいよ。いらっしゃい、小さな魔法使いたち。魔法薬学の教室へ!」

 

レイが子供らと戯れていると授業終了のチャイムが鳴った。レイは彼らに最初の宿題を渡す。それはひどく単純なものだった。

羊皮紙一枚。書ききらなくてもよろしい。あなたにとって魔法薬学はどんなイメージですか、と。

 

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