ミアレの暴君   作:ふみどり

3 / 4
ようこそ、ミアレへ 3

 突然宙に放り出されたような浮遊感は、寝不足の頭に強く響く。

 正直を言うとテレポートで移動することはあまり好きではないのだが、今回ばかりは仕方がない。ぼくとカラスバくんが並んで歩くところなんて世間様にあまり見せたくはないし、面倒ごとなんてさっさと片付けて一秒でも早く休ませてほしい。ぼくと同じく寝不足で超絶不機嫌だったにも関わらず大人しくテレポートをしてくれたフーディンに礼を言ってボールに戻した。

 迷路のように入り組んだミアレシティには数多くの路地裏が存在する。スマホロトムの安全装置を悪用する馬鹿が迷い込むせいで意外と本当の死角になる場所は少ないが、皆無ではなかった。

 下り立った陽の当たらない路地裏は少しかびくさい。硬い地面を確かめるように踏みしめて顔を上げると、背は高いのに猫背のせいで小柄に見える、警察のジャケットを軽く羽織っただるそうな垂れ目と目が合った。

 

「ミギくん、おつかれ~」

「……先輩」

 

 そのまま後輩の眼がぼくの後ろへと向けられる。何でこいつがいるんだとでも言いたげだったが、気にしないでと手を振った。

 そして、彼の奥で転がっている数人のイモムシに目を向ける。

 

「あれ、四人? 三人だと思ってたんだけど」

「………」

「ふうん、連絡役ね。それはちょうどよかった」

「………」

「そう、全部済んでるの。お疲れさま」

「………」

「おいテレパシーで会話すな。何もわからん」

 

 もう長い付き合いになるミギくんは、とにもかくにもやる気のコントロールが下手な子だった。頭の中には完璧な段取りがあり、それを実現するだけの能力もあるのに、行動にうつす気力だけがないという大変面白い特性をもっていて、――というのは余談だが、ぼくがどこに配属されても連れ回してきた可愛い部下で後輩である。

 テレパシーなんか使わずとも、彼はぼくの指示も質問も先回りに把握して対処をしてくれている。だから会話の体をした「確認」にわずかな仕草で答えをくれれば、別に声をだして返事なんてしてくれなくても構わなかった。ちゃんと働いてくれればそれでいい。

 手足を縛られ無様に硬い地面に転がっているイモムシどもの前に出る。

 

「おはようコソ泥諸君。良い朝だねえ」

 

 必死にもがき、もごもごと猿ぐつわの下で何か喚いているのが見苦しい。腰元にはモンスターボールをセットするベルトだけが巻かれている。彼らの手持ちたちはすでに回収されているらしい。

 そんで、と背後から落ち着き払った静かな声が響いた。腐っても人を率いる立場のカラスバくんは、格下の前で必要ない感情の揺らぎを見せることはない。

 にこりと笑顔を作って振り返る。カラスバくんの表情はあくまでも静かだ。

 

「ぼくが昨日家に帰れなかったっていうのは本当。玄関前でカエンジシがぐっすり寝ててねえ、下手に起こして家が火事になっても困るでしょ?」

「オマエまだワイルドゾーンに住んどったんかい。はよ引っ越せや」

「どうせ滅多に帰んないし引っ越しに使う時間がもったいなくてねえ。で、わざわざテレポートで家入って息を押し殺して一晩過ごすのも嫌だし、それなら何かと話題のホテルZに行ってみようと思って」

 

 最強のメガシンカ使い、ミアレの顔役たちが一目置く凄腕のトレーナー。顔はすでに知っていたが、直接会って話したことはなかった。他に行くところがあるわけでもなし、会えなかったらそれはそれ、と深く考えずにホテルZへ向かったのだ。

 まあ、ここ数日彼女のまわりに不審な影があると報告を受けていたことがまったくの無関係だったとは言わないけれど。

 

「で、その不審な影がそちらさん?」

「そう。オヤブン色違いそろい踏みでメガストーン付きの高レベルポケモンがなんてそりゃ欲しいよねえ? いくらランクAとは言え、トレーナーは危機感の足りない女の子だし。狙い目だと思ったんでしょ?」

 

 別に今日すぐに何かしようと思っていたわけでもなかった。

 ただ、ホテルZへ歩いている途中に受け取った警邏中の部下からの報告を無視するわけにはいかなかっただけだ。()()()()()()()()()のマークをしていたひとりからの、「決行秒読み」という報告。

 じゃあ警護がてら自分はホテルに宿泊して、あとは部下たちに頑張ってもらおうと決めたのがちょとホテルZに足を踏み入れたとき。カラスバくんを呼ぶことになったのは完全な成り行き、まあいざというときに彼女の盾になれる人間がいて困りはしないだろう、と思っただけのこと。

 そう説明すると、カラスバくんは心底呆れた眼でこちらを見た。その場のノリすぎるやろ、という言葉は綺麗に無視を決めた。

 

「……で、オマエは一晩中どこにおってん」

「ホテルZの屋上で一晩過ごしたよ。上からなら捕り物の様子も多少は見えるから。報告受けたり指示だしたり」

「……さよか」

 

 ほんで、と続きを促される。

 そう、大事なのはこの後のことだ。

 

()()()()()()()()()?」

 

 初めてカラスバくんの口角が上がる。イモムシどもがぎくりを震えた。静かに立っていたミギくんの腰元でモンスターボールがかたりと揺れる。

 そうだねえ、とぼくは笑顔のまま()()の名前を口にする。

 

()()()()()()()()()

 

 姐さん、とミギくんが小さく呟くと同時に勢いよくボールがふたつに割れる。喜色に溢れたカラマネロが飛び跳ねるように宙に現れ、ゆらりと触手をはためかせる。

 ぼくが卵から育て、いまはミギくんに託した頼りになる彼女。カラマネロという種族の中でも、彼女はひときわひとを()()()()のが大好きだった。

 

「……人格のチューニングは、……っいつものでよろしいでしょうか先輩!!」

「ウワびっくりした」

「カラマネロ~急にミギくん操ったらびっくりするでしょ~」

 

 バネが弾けたように背筋がのび、はきはきと喋り始めたぼくの右腕。カラマネロはその様子を見ながら音もなくケタケタと身体を揺らしている。別に意識までは乗っ取られていないミギくんの眼も、このときだけはきらきらと輝いていた。彼曰く「カラマネロ姐さんに操られてるときの高揚感はヤバイ」らしい。

 人を操ることが大好きなポケモンと、自分のやる気のコントロールだけが下手くそな人間。奇跡的な噛み合いを見せたのでカラマネロをミギくんに託したのだが、端から見ているぶんには大層面白くてとっても気持ち悪かった。まあ有用なら何でもいい。

 そうだねえ、と少し首を傾げてぼくは答えた。

 

「倫理観強め罪悪感強め、目の前で苦しんでいるひとがいたら助けずにはいられない感じがいいかな。あと恐怖感マシマシ、対象はミアレシティと――」

 

 ちら、とわざわざ着いてきてくれた黒になれない半端者を見る。

 

「カラスバくんで」

 

 おい、とドスのきいた声が路地裏の地面を抉った。

 半眼になったカラスバくんは自分をこき、と肩を鳴らす。

 

「ソージュ、さてはこれ初めてやないな?」

「もちろんだよぉ、だってそのためのサビ組でしょ? ワルいことして粋がってるクズには公権力云々よりも『ミアレはサビ組のシマだから手を出すな』って言い方の方が効くんだよね。あっは、ワルい奴って自分よりワルい奴にビビるんだよ。ダサくない?」

「罪犯す前にとっ捕まえて、人格イジって恐怖心植え付けて追い出して見せしめにしとるわけか。警察がオレらより悪どいってどうなん?」

「ぼくの仕事はミアレの治安維持だよぉ。行政や司法がイマイチな地方でひとの出入りが激しい街の平和を守るためには手段なんて選んでられないんだよねえ」

 

 カラマネロを見て暴れ始めたイモムシの肩を踏みつける。ぐう、と汚い呻き声が落ちた。これくらいでビビるならミアレに手なんか出さなければ良かったのだ。

 ぼくがミアレに赴任して五年、この街の犯罪率は低下の一途を辿っている。別に特別なことはしていない。上の無能で思うように動けず燻っていたミアレ出身の捜査員が存分に動けるように環境を整え、何の罪もないひとたちが犯罪なんて意識せず暮らしていけるように少しばかり情報を操っただけだ。街の治安なんてものは、そこに住む人間の意識を少し変えるだけで激変する。

 ミアレシティの人々は「やせいポケモンとの共生」だけに頭を悩ませていればいいのだ。犯罪事件だなんて、そんな野蛮で面倒なことは考えなくていい。そのために僕たちがいる。()()()()()()()()()

 こんなクズ共に、ミアレ(ぼくのまち)を荒らされてなるものか。

 

「それとも何、カラスバくん、何か文句でもある?」

「……ハッ」

 

 首だけで彼の方を向けば、眼鏡の奥の琥珀色が煌めいた。肩を大きく揺らした彼は、片手をあげて軽く揺らしてみせる。

 

「文句? あらへんあらへん、好きにせえ。せやけど、これまで名前貸したったぶんの対価くらい払ろてくれへん?」

「え~そうくるぅ? 何がほしいの?」

「まあ待ち。そいつらの中に連絡役がおるってことは、まだミアレの外に残党がおるってことやんな?」

「そうだねえ。そこそこの人数がいるんじゃないかな」

「ほお。ところでソージュ、知っての通り今ミアレは人手不足やねん」

 

 もちろん知っている。タワーの一件でミアレシティは甚大な被害を受けた。クエーサー社の資金力やホロ技術、何よりミアレの人々やポケモンたちの尽力によってほとんど元通りの街を取り戻したように見えるが、それは表面上の話だ。

 大打撃を受けたインフラは「とりあえず」の一時しのぎでかろうじて息をしている状態だし、一般人が立ちいれない地下は早く補強しないと街が沈みかねないし、そちらに目を向けているうちにまたメガ結晶がそこかしこに広がりつつある。ただ景観を損ねるだけならまだしも、通行の邪魔をしたり配線や配管に影響することもあるので放置はできない。

 警察の人員も総動員して対処しているが、とにかく手が足りない。ぼくが数ヶ月家にも帰れないほど忙しかった大きな原因のひとつでもあった。

 それで、と続きは促せば、かつてないほどにこやかなカラスバくんは両手を開いた。

 

「クエーサー社から相談受けててんけど、地下の瓦礫の撤去に急ぎでそこそこの人手が必要らしいんよ。それも、暗くて狭くて危険なとこでも元気に働いてくれるような都合の良い…… 犯罪行為(いらんこと)したくなるくらい体力の余っとる人手がなぁ」

「……なるほどねえ?」

 

 ぼくとカラスバくんの視線がゆっくりと同じ方向に吸い込まれていく。

 

「カラスバくん、どれくらい人数必要かなぁ」

「せやな、とりあえずいっちゃん危ないトコは十数人もおったらええと思うで」

「そっかそっか、たぶん仲間もいれたらそれくらいじゃないかな」

「そら助かるわぁ。とりあえず四人からでも構へんから、残りもお招きしてほしいんやけど」

「りょうか~い」

 

 さっと片手をあげる。

 びしっと音が鳴りそうなほど丁寧に敬礼をきめたミギくんが爛々と目を輝かせて叫んだ。

 

「人格チューニングを『労働ダイスキ二十四時間働けます』設定に変更! 連絡役の人間から外部の仲間を連絡を出させ、ミアレシティにおびき寄せますッ!」

「新しいお客さんの捕獲はウチからも人手出すか?」

「いいよぉ、騒動にせず捕まえるならぼくたちのが得意だし。カラスバくんは洗脳したあとの()()()の見張りと統率よろしくねえ」

「任しとき。万一洗脳が解けても一匹も逃がさへん」

 

 話がついたところでイモムシから足をどかした。

 ミギくんがカラマネロに合図を出すと共に、紫の光に包まれた四匹がぶわりと宙に浮いた。どれだけもがいても空中では意味を成さない。猿ぐつわの下で必死に助けを求めているようだが、もがもがと音がするだけでぼくたちには何も響かなかった。別に死ぬわけでもないのだから、そんなに無様に騒がないで欲しい。

 ひどく愉快そうなカラマネロが一声鳴いた。ざ、とカラスバくんがぼくの隣に並ぶ。きっと彼も、ぼくとまったく同じ顔をしているんだろうな、と思うと妙な気分だった。

 珍しく勝手にあがっている口角は、意識しなくても下がってくれそうもない。

 

「せっかくミアレまで来てくれたのに、歓迎が遅れちゃってごめんねえ?」

「これからしっかり歓迎したるから、今は安心して眠ったらええよ」

「寝て起きたらきみたちはばっちり真人間になってるからねえ、感謝してくれていいよぉ」

「足洗う手伝いしたるんや、オレらはホンマに優しいよなぁ」

 

 光が強まる。イモムシたちの瞼が徐々に下りていく。必死に睡魔に抵抗しているらしいのがいじらしくて笑えた。すべては自分たちが蒔いた種なのに。

 ふ、と肩が揺れる。隣もく、と肩が震えた。

 

「おやすみクズども。今のうちにゆっくり寝てねぇ」

「わざわざ来てくれておおきに。助かるわぁ」

 

 ようこそ、ミアレへ。

 自ら働きに来てくれたきみたちに、心からの歓迎を。

 




ソージュさんはエスパー使いです。長年の相棒はマフォクシー。
キーストーンは警察の身分証が入ったパスケースについています。
右腕のミギくんもっと出したかったな。カラマネロ姐さんも。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。