男鈴仙は座薬♂です   作: バナナソフトクリーム

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人里へ

竹林の風が、鈴仙の長い耳を優しく撫でる。

 

その瞬間、彼女の意識は遠い過去へと引き戻された。

 

——月の都。冷たい光に満ちた、完璧な秩序の都市。

 

そこでは感情は不要とされ、

忠誠と効率だけが価値を持った。

 

玉兎として生まれた鈴仙は、戦争のために育てられた。

 

訓練は厳しく、失敗は許されなかった。

 

仲間が倒れても、涙を流すことは禁じられていた。

 

「敵は穢れだ。慈悲は不要」

 

そう教えられた。

 

だが、鈴仙は知ってしまった。

戦場で、敵とされた者たちが、月の民と同じように笑い、泣き、愛し合っていたことを。

 

その瞬間、彼女の心は壊れた。

 

夜ごと悪夢にうなされ、任務中に幻聴が聞こえるようになった。身体は拒絶反応を起こし、感情を抑えきれなくなった。EDになったのも、心が限界を超えた証だった。

 

そして、逃げた。

 

月の都から、戦争から、自分自身から。

 

幻想郷に辿り着いたとき、彼女はもう戦士ではなかった。ただ、穏やかな場所を求めていた。

 

永琳に拾われ、輝夜に迎えられ、優曇華院として生きることになった。

 

それでも、月の記憶は消えない。

 

竹林の静けさの中で、鈴仙はそっと目を閉じた。

 

「……あの頃には、戻りたくない」

 

風がまた耳を撫でる。今度は、優しく、慰めるように。

 

そして鈴仙は目を開け、人里へ向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

竹林の道を、鈴仙は静かに歩いていた。

 

朝の光が葉の隙間から差し込み、地面には揺れる模様が浮かんでいる。

 

風は細く、耳元を撫でるように通り過ぎていく。

 

思考は深く沈んでいた。

過去の記憶、月の都の影、永琳の言葉。

それらが胸の奥で静かに渦を巻き、足元の感覚は曖昧になっていた。

 

足元が崩れた瞬間

 

鈴仙は反射的に体をひねった。 視界の端に、ざらついた土の壁が見えた。 迷う暇はなかった。

 

「——っ!」

 

鈴仙は壁に向かって足を伸ばす。 乾いた土が靴底に食い込む。 その反動で、体が跳ね上がり、崩れた足場を越えて地面に戻った。

 

着地と同時に、土煙が舞う。 壁には、蹴った跡がくっきりと残っていた。

 

「……ふぅ」

 

息を整える。 心臓がまだ跳ねている。 だが、落ちずに済んだ。ギリギリだった。

 

「……危なかった……」

 

鈴仙が顔を上げた、その瞬間。

 

「鈴仙〜〜〜〜〜っ!」

 

正面から、てゐが現れた。 どこから来たのかもわからない。

ただ、笑顔で、両腕を広げて、一直線に飛び込んでくる。

 

「ぎゅーっ!」

 

「待っ——」

 

鈴仙の言葉は、てゐの勢いにかき消された。

 

抱きつかれた瞬間、さっきまで踏みとどまっていた地面が、再び崩れる。

 

「うわっ!」

 

「きゃっ!」

 

 

 

ドサッ。

 

土煙が舞い、静寂が訪れる。

鈴仙は仰向けに倒れ、てゐがその上に乗る形になっていた

 

さっき壁を蹴ってギリギリで復帰したばかりだったのに、

今度は正面から飛び込んできたてゐに抱きつかれて、また落ちた。

落ちたあとの静けさの中で、てゐは小さく笑った。

顔には土がついていて、頬に貼りついた葉っぱが朝露に濡れて光っている。

服の袖は泥でくしゃくしゃになっていて、ところどころに草の切れ端がくっついていた。

 

 

「朝から何してんのよ……」

 

鈴仙は仰向けのまま、空を見上げて言った。 空はまだ淡く、朝の光が地平を染め始めたばかりだった。

 

「ん〜、なんか目が覚めちゃって。鈴仙に会いたくなって、来ちゃった」

 

「……それで落ちるのかよ」

 

「うん。でも、鈴仙がいてくれてよかった〜。」

 

てゐはそう言って、鈴仙の胸に顔をうずめた。 その声は、土の匂いと朝の冷気に混じって、やけにあたたかかった。

 

鈴仙はしばらく黙っていたが、やがて小さく息をついた。

 

「……顔、汚れてるし」

 

「えへへ、鈴仙が拭いてくれる?」

 

「……とりあえずここからで出からね」

 

鈴仙は上体を起こし、

 

「……よし、行くぞ」

 

鈴仙はてゐの体を軽々と抱き上げ地上に戻ったあと。

 

てゐの頬についた土をハンカチでそっと払ったあと。最後にてぬの髪についた葉っぱをそっと取った。

てゐは嬉しそうに目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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