永琳と共に食卓を囲み、食事を終える。
食器を片付けながら、
鈴仙はふと、異変を考えため息をつきたくなった。
「ごちそうさまでした、優曇華。美味しかったです」
永琳が静かに席を立つ
。
「お粗末さまでした」
鈴仙は食器洗いを終え、風呂場の準備に取り掛かる。
永遠亭の風呂は、清潔だ。脱衣所を出て、そのまま露天風呂へと続く。
風呂場の掃除と湯加減の調整を終え
鈴仙は今日の出来事を反芻する。
人里での偵察、青蘭との遭遇、そして新しい薬の調合。
(平和な日常と、すぐそこまで来ている異変
服を脱ぎ、そのまま露天風呂へと足を踏み入れた。
永遠亭の露天風呂は、無骨な岩を積み上げて造られており、
竹林に囲まれた場所にひっそりと隠されていた。空を見上げると満点の星空が広がっている。
湯船には、永琳が定期的に調合する薬湯が満たされており、
今日は特に疲労回復に効く薬草の香りが強く漂っている。
湯の色は淡い緑色だ。
鈴仙は岩伝いに湯船に足を入れる。
じんわりと熱い薬湯が、一日の疲れを溶かしていくようだ。薬草の香りが鼻腔をくすぐり、鈴仙は目を閉じた
。
(この永遠亭の日常が、来るべき異変の中でも続きますように)
岩の縁に頭をもたせかけ、
湯船の中で、鈴仙は静かに願いを込めた。夜空の月だけが、その願いを知っているかのように、静かに輝いていた。
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岩の縁に頭をもたせかけ、湯船の中で、鈴仙は静かに願いを込めた。
夜空の月だけが、その願いを知っているかのように、静かに輝いていた。
充分に温まった後、鈴仙は湯船から上がり、脱衣所へと向かった。
体を拭き、浴衣に着替える。さっぱりとした気分で廊下に出ると、夜の静寂が広がっていた。
(もう遅い時間だし、今日はもう寝ましょう)
鈴仙は自室へと向かった。
自室と言っても、永遠亭の広い屋敷の中の一室だ。シンプルだが、落ち着ける空間。
部屋の明かりを落とし、布団に潜り込む。
一日の疲れがどっと押し寄せ、意識が遠のいていく。
(明日も、この平和が続けばいいけれど)
そんな思いを胸に、鈴仙は深い眠りに落ちていった。
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どれくらい時間が経っただろうか、鈴仙は微かな物音で目を覚ました。
隣から聞こえてくる、紙が擦れるような、微かな音。
(お嬢様……)
鈴仙はため息をつきそうになった。
輝夜は夜更かしの常習犯だ。どうせまた、退屈しのぎに本を読んでいるのだろう。
いつもなら放っておくところだが、
今日は昼間の偵察や薬の調合で神経をすり減らしていたせいか、その微かな物音すら気になってしまった。
鈴仙は布団から這い出し、隣の輝夜の部屋へと向かった。障子越しに、淡い蝋燭の光が漏れている。
「お嬢様、もう寝てください。明日に響きます」
鈴仙が声をかけると、部屋の中から「むー」という不満げな声が聞こえた。
「優曇華? 別にいいじゃない、寝る前に読書くらい」
「『くらい』じゃないでしょう。いつも夜通し読んでるじゃないですか。永琳様にも怒られますよ」
「永琳にはもう言いつけてあるから大丈夫」
(また適当なことを言って……)
鈴仙は諦めて他室に行こうとしたが、
ふと、今日の昼間の出来事を思い出した。青蘭の姿。異変の予兆この呑気な日常が、いつまで続くか分からない。
鈴仙は障子を開けて、部屋の中に入った。輝夜は布団に入り込み、分厚い本を広げている。その手元には、お気に入りの和菓子がいくつか置かれていた。
「お嬢様、寝ましょう」
鈴仙は少しだけ強い口調で言った。
輝夜は鈴仙の真剣な表情を見て、少し驚いたようだ。
「……分かったわよ。優曇華がそんな顔するなんて、珍しい」
輝夜は素直に本を閉じ、蝋燭の火を吹き消した。部屋は一気に闇に包まれる。
「じゃあ、おやすみ、優曇華」
「おやすみなさい
目を閉じ
鈴仙は、静かな闇の中で、明日からの日々が平和であることを祈りながら、眠りについた。=====
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異変まであと二日がの夜
おはようございます、永琳様」
「おはよう、優曇華。よく眠れた?」
「はい。永琳様こそ、寝不足ではありませんか?」
永琳の目の下には、微かなクマができていた。
「少しね。月の裏側からの干渉について、徹夜で分析していたの」
朝食を終え、食器を片付けながら、
鈴仙は昨日竹林で青蘭を見かけたことを永琳に報告した。
永琳の手が止まる。
「……青蘭ね。やはり、動き始めているようね」
永琳は真剣な表情で、鈴仙に向き直った。
「優曇華、少し時間をもらえるかしら。今後の異変について、正確に話しておきたいの」
二人は薬室へと移動した。永琳は地図を広げ、月と幻想郷の位置関係を示した。
「今回の異変は、月の民が直接攻めてくるものではないわ。月の裏側から、幻想郷の『夜』をすり替える。つまり、幻想郷から『月』そのものを消し去ろうとしているの」
(月を消す……?)
「それだけではない。月が消えることで、幻想郷の『正気』が保てなくなる。幻想郷の住人は狂気に陥るでしょう。そして、月の代わりに、月の都を映し出す」
(なるほど、永夜抄の始まりだ)
憑依者である私は、この展開を知っていた。
「私の目的は、この異変を解決すること。輝夜も巻き込んで、動く必要がある」
永琳は鈴仙の目を見つめた。
「あなたには、開発したばかりの『明鏡止水』を使い、前線で戦ってもらうことになる。あなたの狂気の瞳は、この異変の解決に不可欠よ」
「承知いたしました。私にできる限りのことをします」鈴仙は冷静に答えた。
内心では、来るべき戦いへの緊張感が高まっていた。
「そして、もう一つ。あなたの過去のトラウマを抑える薬でもある。動揺せず、任務に集中して」
永琳は、昨日作った『明鏡止水』の瓶を鈴仙に手渡した。
鈴仙は無言でそれを受け取り、懐にしまった。
(いよいよ、始まる。この偽りの平和は、もう終わりね)窓の外に見える、
まだ正常な朝の月を見つめながら、鈴仙は決意を新たにした。
「お師匠、博麗の巫女と魔法使いを妹紅さんが案内しないように行ってきます」
「お願い」
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鈴仙は慣れた足取りで竹林を抜け、妹紅の家へと向かった。
途中でてゐに会うこともなく、無事に家に到着する。
家の前には、てゐが日向ぼっこをしていた。鈴仙に気づくと、手を振って駆け寄ってくる。
「やっほー、優曇華! 買い物帰り?」
「昨日行ったわ。今日は妹紅さんに用があるの」
「ふーん、分かった。中にいるよ」
てゐの案内で家の中に入ると、妹紅は縁側で新聞を読んでいた。
相変わらず、煤と埃に塗れているが、その表情は穏やかだった。
「妹紅さん」
鈴仙が声をかけると、妹紅は新聞から目を離し、静かに応じた。
「ああ、優曇華か。永琳からの使いかい? 」
、鈴仙を気遣うような響きすらあった。
鈴仙は永琳から言われたことを正確に伝えた。
「近いうちに、幻想郷全体を巻き込む異変が起こります。月の裏側からの干渉で、精神的な異変です。つきましては、この異変にあなたは参加しないこと。そして、永遠亭や輝夜への案内をしないこと。これがお願いです」
妹紅は、鈴仙の言葉を聞き終えると、静かに頷いた。
「月の異変ねぇ……。分かったよ。参加しないし、永遠亭にも行かない」
「助かります。……何か条件が?」
妹紅はふっと微笑んだ。その表情は、普段の好戦的な彼女からは想像できないほど柔らかいものだった。
「条件なんてないさ。私だって、余計な騒ぎに巻き込まれるのは御免だからね。それに、永琳がそこまで言うなら、本当に厄介な異変なんだろう。終わったら行ってくれ」
彼女は新聞を畳みながら、続けた。
「優曇華も、大変そうだね。顔色が優れないようだけど、無理しないで」
「……ありがとうございます」