モンスターハンター~狩人レナードの軌跡~≪改稿版≫ 作:ATA999
お久しぶりね、坊や……。元気にしていたかしら。
早速本題なのだけれど、少しアナタがいる辺境に不穏な空気があるらしいわ……。
詳しい話は直接言ってするから。お出迎え、して頂戴ね……?
「ミャフ……ちょおっと、飲み過ぎたかミャ~……」
耳を澄ませば、未だにララノア村の村人達の楽しげな声で構成されている喧騒が聞こえてくる。今日は隣に住んでいるハンターのヴァンが、何やら村に迫る飛竜を討伐したという事で村中大騒ぎの乱痴気騒ぎといった様相を呈していたのだ。
そんな中ネコニャーは、わんこそばのように酒を飲ませようとしてくる村人を幾分アルコールで摩耗してしまった危機感を辛うじて働かせ退避。ふらつく体を何とか引き摺りながら、愛しのレナードのいる家へと戻ってきたのであった。
「むぅーん……ごしじんさまはもうお休みになられてますかミャ。――そうミャ! 目が覚めた時にすぐに食べ物を口に出来るように、ここはニャーがいち早くお食事を作っておいてあげるのミャ! ミャフフ……アルコールに侵された気怠い体を引き摺りながら、それでも美味しい料理を作るのミャー、その真心と愛情のたーっぷり詰まった料理を食べてごしじんさまはこう言うのミャー……! 『美味しいよ、ニャー! ああ、俺は何て幸せ者なんだ、こんな可愛らしい女の子に朝一番でこんなに美味しい食事を作ってもらえるなんて!』 ……なーんてミャー! なーんてミャー!!」
いやんいやんと顔に手を当て妄想を仄めかすネコニャーは、間違いなくアルコールの影響を受けていた。ここにレナードがいれば、普段から素面で同じような言動を取っているため、平常運転だと言ったかもしれないが。
「……ふんむ。やっぱり最近は寒くなってきたし、ホットミートを使った料理で一日頑張ってもらおうかミャ。朝だけど、ごしじんさまなら体が資本のハンターさんだしきっと大丈夫ミャ。えーっと、献立は決まったとして……。ミャー……あれぇー、はれれぃ、トウガラシだけが無いのかミャ」
ネコニャーはキョロキョロと首を振ってトウガラシを探す。冷静な頭で考えれば台所でも無い家の中で首を振って探した所で、無いものは無い。精々似た形のものが見つかるだけだが、今の酔いが回った彼女にそんな当たり前の思考など期待できる筈も無かった。
「ん、おおっ。えらく立派なトウガラシ、発見ミャ!」
ネコニャーは、トウガラシとは似ても似つかぬほどに立派な二本の赤い物を発見する。それは敢えて似たものを挙げるとすれば赤い象牙であろうか。とにかく、家の中で一番目立つ場所に鎮座されているそれを彼女は足場を使い手に取る。小さな体では体全体を使い一抱えほどもあるそれは、あるいはかつてこの家の主が自慢げに家宝、いやさ村の宝と言って謂れを話していた事を思い出したならば、ネコニャーとて恐れ多くて触れることも無かったのだろうが。
残念ながら、いつもならば誰かしらが起きているこの家の住人達も宴会に出てしまい、愛しのレナードも既に夢の世界の住人である。彼女を静止する者などどこにも存在してはいなかった。
「ミャミャ、調理出来ないミャー……」
しばしの間、試行錯誤は続いた。ネコニャーの横には包丁を始めとした普段使用している鉄製の料理器具が軒並み無残な姿となって積まれているのがその証拠として残っている。象牙のような形状をしたソレは存外固く、細かく刻んで料理に加えるには手持ちの調理用具では全く歯が立たなかったのだ。だが出来るアイルー、ネコニャーは焦りはしなかった。ハンターが大枚はたいて性能の良い新たな武具を手にするように、今の彼女には奥の手が存在していたのだ。
「ふっふーん、これを見よ! ミャ。何とー、ドラグライト鉱石で出来たおろし金ミャー!!」
煌びやかな装飾の施された傷一つないおろし金を天に掲げ、胸を張り堂々と宣言をする。
「ふんふんふーん♪ 」
今までの鉄鉱石で出来た調理器具に比べると、別名が輝竜石と言うだけあって煌びやかな光沢を放っており見るからに高級そうな佇まいとなっている。器具に映る己の顔を見て、みゃあ……と溜息を吐く。そして見た目だけではなく、使い心地から仕上がりまでまるで違っていた。あれほどの強敵であったご立派なトウガラシを、アルコールの影響でどこか危なっかしくも手慣れた手つきで削っていく。酷く乾燥していたのか粉末状になるのに一瞬疑問を持ちはしたが、まぁいいかと気を取り直して摩り下ろし作業を続行していく。レナードの家族は、既に年老いたこの村の村長ただ一人の為正直この量は少々多くはあるのだが、途中で終わらせるのもあれなので最後まで入念に、そして念入りにゴゥリゴゥリ……とおろし金にかけていく。全力で愛情を込めていくその後ろ姿は、どこか執念めいたものすら感じる。
「はふぅー、これで良しミャ。さてさて、ニャーもそろそろお休みしておくかミャー……おっとと」
やがてその作業も終え、ネコニャーは料理の下準備を無事に終了させた。ありもしない額の汗を拭う仕草をしながら、彼女は酔いでふらつきながらもいそいそと自分の寝床へと歩いていった。
誰もいない調理場で、粉末状のソレは何も語らぬにも関わらず不思議な存在感を放っている。
しかしそれも当然の事、その粉末の正体は天災に挙げられる程の強大な力を秘めたモノの一部であったのだから。
ソレの正体は『歩く天災』『動く霊峰』との異名すら持つ巨体の持ち主、現状確認されている全生物の中でも上から数えた方が早い程の大きさを誇る老山龍・ラオシャンロンの爪。かつて名も無きハンターがこの村で治療を受けた際、命のお礼としてこの村長宅に置いて行ったという逸話のある代物である。最も古龍の爪だなどと、村長以外には殆ど誰にも信じられてはいなかったのだが。多くの村人は良くて何か飛竜の爪だろうと考えていた、それでも十分に凄い事なのでそれなりに大事にされてはいたのだが。更に言えばそのハンターは、その老山龍の爪に更に持つだけで力溢れる由緒正しき二つの護符を調合によって一つの物としたとか言う話を、酔いのまわった赤ら顔でもって語っていたという。
あるいはレナードがそれを知れば、ゲームの中での名称でこう名前を呼んでいただろう。「『力の爪』と『守りの爪』がなんで家にあるんだよ……」と。
10年以上もの間そこで暮らしていたにも関わらずそんな代物に気付かなかった事を、レナードは割と長い間悔やみ続ける事になるのは余談である。
◇
「どうしたものかな……」
「どうしたものですかねぇ……」
村長とパティは酒場の片隅にてヒソヒソと顔を寄せて密談を交わし、二人同時に溜息を吐く。息が合ってまぁ素敵、などと今更言うつもりは無い。パティが幼い頃から親子同然の付き合いをしている為に息が合うのは当然の事であるし、むしろ今現在に限っては……この現状が嘘や夢では無い事を示している、ある意味最も消し去りたいものでもある。
再度、故意に息を合わせていないにも関わらずほぼ同時に元凶の存在を見やる。
「……酒がぁ、たりわいわよぉ~」
「ミャー……ベル姉さま、少しお酒飲み過ぎだミャー」
「うるしゃい! もー、らんでれなーどはここにいらいの~……しぇっかくねぇ、はらしがあっれきたってーのに~! ……うぅ、れなーどー!」
真昼間から、酒場のカウンターに突っ伏すようにして酒を飲んでいる人物がいる。ストロベリーブロンドの髪を腰の辺りまで伸ばした若いハンターの少女だ、横にはいつもレナードの世話を甲斐甲斐しく行っているネコニャーが困った様子で相手をしていた。話を聞く限り、どうもレナードの元いた村出身のハンターらしい。
村長達にとってもハンターが増えるのはこの村にとっても非常に有益な為、本来ならば大歓迎をしていた。だが彼女の用件は違う。むしろその逆、既にこの村の専属ハンター契約をしてあるレナードを、自分達の故郷である村に連れ戻そうというものなのであった。
昨日の昼過ぎ頃、過酷な環境である火山から運搬員であるリューズまでもが疲弊して帰ってきた後、一行は依頼人である商人の男の奢りで、宴を開いた。主役は無論、傷付きながらも子供達を守り抜いたベルであった。周囲の誰よりも飲まされたベルはいち早く沈没。半日近く死んだように眠った後に起きたベルだが、程ほどの酒量に抑えていたレナードとセイディは酒気を後に残す事も無く既に密林へと出発をしてしまっていた。
レナードに置いてけぼりを喰らいふて腐れてしまったベルは、偶々出歩いていた知り合いであるネコニャーを強引にひっ捕まえて酒のお供をさせている、といった経緯であった。
「村長、レナードさんがいなくなったら多分セイディちゃんもいなくなっちゃいますよね……?」
「まぁ、カノジョもこの村って言うよりカレが目的でまた戻ってきたみたいなモンだからなぁ」
最悪、まぁ無いとは思うが、レナードをライバル視しているレオンまで付いて行ってしまう恐れすらあった。どちらにしろ、優秀なハンターは村の宝と共に生命線だ。村長としては許容する事は到底出来ない。共に村を発展させていく仲間を手放すという選択肢が無い事などは言うまでも無いが。
「……ベル、か?」
アチャー、と言った顔で村長とパティは顔を覆った。取り敢えず時間を稼いで対策を練る為に酔い潰して何とかやり過ごそうと酒を飲むことを提案したのは村長達だ、その目論見は彼女が飲み始めて早々に丁度当のレナード本人が狩りから戻ってきて声を掛けた事でご破算となってしまったのだが。
ちなみに呼びかけが疑問形なのは、酒でべろんべろんのぐでんぐでんに酔っ払い、桃色の長髪が顔に汗でべったりと張り付いていたりなんなりと色々見掛け的にヤバい状況に陥っていたからである。恐る恐るといった声音であった。
「あ~! れにゃーどいたー!!」
「酒くさ……」
焦点の合っていない眼差しながら妙に力強くレナードに指を突き付けるベルだが、レナードは至近距離からの酒臭さに顔を背けてしまう。
「ちょっと~! ちゃんとこっち向きなさいよ~、こっち向ーいーてー!」
「……何だよ」
ブンブンと子供のように腕を振り地団太を踏む幼馴染に溜息を吐きつつ、渋々とベルの方を向く。彼女が言い出したら聞かないのは小さな頃から何度も学習していた事なのだ。増してや酒が入れば言うまでも無い。
(会った頃は引っ込み思案で大人しい子だった筈なのになぁ……)
幼い頃は、心優しくもどこかどんくさくて人見知り。それがいつの間にやら、自分や周囲の人間を巻き込んだり引っ張ったりしていくのだから人の成長と言うのは恐ろしい。
それはともかく、危機を知った時には必死で助けに向かった訳だが、実の所レナードは彼女との再会にあまり積極的では無かった。何故ならレナードにとって最も仲の良かった幼馴染であるベルは、かつて自分がいた村の象徴とも言うべき存在であったからだ。
自分が常軌を逸した怪力を発揮した事で、村の空気が悪くなりそこに居辛くなった。なので、村を出た。言葉にすればこれだけの事なのだが、当然の事だが様々な葛藤がそこにはあった。
『ひっ……』
『……え。何だコレ。なぁ、ベル? いきなり壊れちまった』
『こ、こな……!』
『……え?』
目の前の少女の、まるで化け物でも見たような怯えた表情がフラッシュバックする。
一瞬だ。次の瞬間にはそんな顔はしていなかったとばかりに咳払いをし、何でも無いと言い平静を保っていた。むしろ積極的にレナードへ絡むようにしていた。
だがそれでもその時、一瞬は怯え竦む表情を浮かべられたのだ。言葉の続きは「来ないで」だろう。
レナードは思い悩んでいた。忍びなかったのだ。村から村への移動中にモンスターに襲われるという事故によって両親のいない自分に良くしてくれていた村人達。そんな村人達の笑みが、自分という存在がいるせいでどこかぎこちなくなっていく……。
きっと受け入れてはくれるだろう、しかしその言葉の前には『どこか無理をして』という一文が加えられてしまうはずだ。
十分にあり得るそんな光景、彼にはとてもでは無いが見ていられなかった。
そうしてこのジャンボ村へとやってきた筈なのに、そんなレナードを過去の残滓たるベルは追いかけて来たと言う。久しぶりの再会ではあるが、乗り気にならないのは仕方が無い事であった。
先程から、自分で呼びかけておきながらもベルは指と指を合わせてもじもじとしていて話し始めなかったが、意を決したかのように傍にいたネコニャーが差し出した水をグイッと豪快に飲み干す。顔に出た酔いは幾分醒めていた。
「あのね、レナード? その……まずは、ごめんなさいっ! あの時、アタシあなたに酷い事しちゃったのをずーっと後悔してたの……」
「いや……いいよ、気にしてないから」
嘘だ。今でも彼女が怯えた表情を浮かべて後ずさる姿は鮮明に思い出せる程にレナードの心の中に深く残っていた。何とか現状を打破したいと考えながらも、どうしようもないと諦めが彼の心を覆い隠していた。
「ううん、それじゃ駄目なんだと思う、きっと。親しいからって有耶無耶にしちゃダメなのよ。だから謝らせてちょうだい。……えっと、それでね? あの後、私やレナードのお爺さん、それからアタシのパパが中心になって皆に呼びかけたの。レナードの事を怖がらないでって」
「そんな事を……」
レナードは目を瞠った。いち早く当の本人が見限った事を、この目の前の幼馴染や尊敬する人、愛すべき家族である己が祖父は必死になって続けてくれていたのだ。
「みんな、受け入れてくれるって! もしもそんな事が理由で出て行ったんならとっとと早く帰って来いって、村長さん達も言ってるの! だから、ね? ――レナード、アタシ達の村に帰ろう?」
自分の胸元をギュっと堅く握りしめて目を閉じる。瞼の裏に映るのはかつての穏やかな日々。
『よう、レナード! 村長さんにこれ持ってけ!』
切符のいい雑貨屋の主が新鮮な果物をレナードに差し出してくる。後先考えないその行動は、その後奥さんにこっぴどく叱られるまでがいつもの流れだった。
『村長さんトコのレナードじゃないか、ベルちゃんには優しくしとかないといけないよ!』
偶々出会った家の近くに住む奥さんが、小さなレナードに忠告をしてくる。彼女のお相手は幼馴染であった為に同じ境遇のレナードとベルに期待をしているのだろう。事有るごとにニヤニヤと色恋に結び付けてくるのが煩わしかった事を覚えている。
『ほれ、ほれ。腹、減っとるじゃろ? 遠慮するない、たらふく食わんと大きくなれんぞ』
常に笑顔を絶やさぬレナードの祖父である村長、非常に責任のある立場だと言うのにそんな様子はおくびにも出さずレナードをここまで愛情たっぷりに育ててくれただけでなく、ネコニャーも何の躊躇いも無く家族の一員として受け入れてくれていた。アイルーのような獣人は、ヒトと獣人は平等という竜人族の考えが無ければ割合差別されがちなのだがこの村ではそんな事も無く、ネコニャーもまた村の一員として受け入れられていった。
『何、安心しろ。ハンターとして大事な事は、この俺が全て叩き込んでやるからな?』
ニヤリとした笑みを浮かべながら、ベテランハンターであるベルの父親・ヴァンがそう言い放つ。常に堂々とした風貌と頼もしさから、レナードは兄や父の様に慕っていた。
「…………」
固く瞑目する。
18年、その大部分をララノア村で生きて来たのだ。ジャンボ村の皆を共に開拓する『仲間』とするならば、ララノア村の皆は『家族』。大切なのは時間では無いとはいえ、対抗するのが半年足らずでは質は劣らずとも紡いできた絆の量が違う。
帰りたい。今までは帰れなかった事情を、幼馴染がこうして懸命に動いてくれたおかげで解消し帰れるようになったという。障害が無くなった事でレナードの心の中に郷愁の念が止めどなく溢れかえってきた。
その様子を察したのだろう、村長やパティ、セイディといった周囲の人間が固唾を呑んで見守っていた。浮かべる表情には、どこか諦めの想いも込められている。
幾ばくかの時間が過ぎ、レナードは目を開く。答えを出したのだ。
「……すまん、ベル。俺は、今は帰れない」
「なっ……どうしてよっ!?」
「あーキミ、最初に渡した契約金の事なら気にしないでもいいんだぜ? あの時と比べればここを拠点にしているハンターも増えてきてるし、キミがもたらしてくれた恩恵は最初の額を遥かに超えてるんだからな。キミがいなくなるのは寂しいし村にとっては痛手にはなるが、なぁに別に死に別れって訳でも無いし数日の所に村はあるんだ、いつだって遊びに行けるし来れるだろ?」
「ああ……そうだ、そうなんだよな。別に、大層な事なんかじゃなかったんだよ。ただちょっと、巣立ちが早くなったってだけの事なんだよな……」
そう呟いたレナードの顔は、どこか吹っ切れたようなさっぱりとした顔をしていた。奇しくも村を離れることを許容する村長の言葉が、レナードをここに残らせる最後の一押しとなったのだ。
平和な現代日本と違い、道中にモンスターに襲われて命を落としたりする事は日常茶飯事とまではいかずとも、別段珍しい事では無い。それどころか、村そのものが大型のモンスターに襲われて滅びる事もある世の中だ。家族を置いて別の場所へ離れて住むと言う事柄を、決して安全神話が保障されている場所でのそれと価値観を同じにしていい問題では無い。
そんな事はレナードとて百も承知だ、現に両親はそうやって亡くなったのだと聞かされた。
それでも尚この言葉を述べた。
その顔を見て早々に決意の固さを悟ったベルは、流石にレナードの幼馴染と言えるのかもしれなかった。
「……はぁ、分かったわよ。昔っから、レナードはいつもそうなんだから」
「ガキの頃から俺を引っ張りまわしてたお前にだけは言われたくないけどな」
「……うん、決めた。少しの間、私もここを拠点にしてクエストを受ける事にするっ!」
「だから、お前の頭の中ではいったいどんな経緯を経たんだ!?」
もう子供とは言えない年になっても、まだベルに引っ張り回される事になりそうだ。肩を落としつつレナードはそう諦める。
「やぁ、話はまとまったかな?」
「あ、ジャンボ村の村長さん。はい、アタシも少しの間ですけどこの辺りで狩りをしてみたいと思います」
「あぁ、それなら家が必要だな」
「ちょちょちょ、ちょっと待てー!? 何でそんなスムーズに……いや、どうせ反対しても意味ないからそれはいい。良くないけど、いい」
「じゃあ、何なのよ」
「だから凄い目で睨むな。まるで飛竜みた……くは無いな、円らな瞳はブルファンゴを彷彿とさせる感じだ。実に可愛らしい」
結局頬を抓られた事は言うまでもない。恥ずかしさから頬を赤らめていたのをレナードは視認していた。
「いたた……でもなベル、お前今ここでそれ決めたんだろ? お前の親父さんとか家の爺ちゃんとかに伝えずにってのはダメだろう」
「んー……確かに、それもそうね。じゃあ後で手紙書いて送っておくわ、帰るのは止めてレナードのいる村で一緒にいる事にしますって」
「……うん、後で一緒に手紙の文面考えような。それだとちょっと好ましくないから」
その言葉に、そうかしら? などと言い首を傾げているベル。一応彼らに限って無いとは思うのだが、早とちりで色恋沙汰に持っていかれては堪ったものでは無いのだ。以前親バカなセイディの父親と会った事もあり、レナードはその辺り娘を持つ男親に対しては大変警戒していた。
「あ、あのっ!」
「ああ、そう言えば何なのこの子は? ハンターみたいだけど」
レナードとベルの会話が一段落した事で、意を決したセイディが輪の中に飛び込んできた。
ベルの反応に若干の険が含まれているのは、レナードとの話に割り込まれたから……では無く、単に人見知りなだけである。
「あ、はい。私の名前はセイディって言います。今はレナード師匠と一緒に狩場に出て、色々とハンターの事について学ばせてもらってます」
「ふーん、そうなんだ……一緒に?」
どこか引っかかる点があったかのように、ベルはセイディの口に発した内容の一部を口にする。
「レナードに限ってそんな事は無いとは思うんだけど。まさかさっきまでの理由は全部嘘っぱちで、このセイディって子がココにいるから残るんだなんて事は……?」
「無いからな!? 無いと思うとか言いながら、そんなに疑わしげな顔で見てるんじゃねぇよ! そこ、セイディは驚いた顔でこっち見んな! んな訳ねぇだろ! ニャーはその口に咥えて引っ張ってるハンカチを離しなさい、ボロボロになんだろうが!」
ぜーぜーと呼吸を荒げ周囲を威嚇するように見渡す。案の定、便乗してレナードをおちょくろうとした村人たちがどこか残念そうな顔で牽制されているのが見て取れる。舌打ちまでして去っていく人物までおり、その正体が憎きレオンである事が分かったレナードは密かに怒りを滾らせる。
「さっさと散れ、お前等! ったく……油断も隙もあったもんじゃない」
額に浮かんだ汗を拭いながら成功を確信する。どうやら善後策が功を奏して最悪の事態は免れたようだ。熱が冷めたように、いつの間にやら集まっていた村人たちは方々に散っていく。
「何というのか……レナード、アナタ楽しそうねぇ」
「どこがだっ!?」
とぼけたようなベルの言葉に、レナードは心外の極みという思いを込め返すのであった。
◇
「セイディ、お前今度の狩りはベルと一緒に行って来い」
あれから村長とパティは別の村への来客を迎える為に場所を離れ、他の者はそれぞれ自分の仕事へと戻っていき、レナードとセイディとベル、それからネコニャーの三名と一匹がレナードの家の中へと場所を変え、話を続けた。先程までとは異なり三名ともがハンターである為、自然とそっち方面の話になっていく。入った当初にいきなりベッドにポスンとベルが座ったのを見てレナードが男女の間柄を想起してしまい、顔を赤くして椅子に座るように指示したのは余談。
そんな中で出た言葉がこれであった。
「は、えぇ!? 師匠、なんでまたいきなり……」
「ちょっとレナード、どういう事よ。何で私がこの子と二人で行かなきゃいけないのよ」
「まぁ、前々から考えてはいた事ではあるがな。確かに唐突な感じは否めんけども」
目を丸くして理由を尋ねてくるセイディと眉根を寄せるベル。
しかしレナードとて、考えも無くそんな考えを述べた訳ではなかった。
「ベルはガンナーだからな、ライトボウガン使い。今までセイディはガンナーとパーティ組んで行った事無かっただろ? 女同士だし、いい機会だから一度試してみろ。前回行った砂漠に行ってベルに狩場の諸々の事を説明ってのと、合わせてそういう意図がある訳だ」
レナードはベルの脇に置いてある得物に目をやった。そこには女性ハンターも多く使用しているライトボウガン≪ショットボウガン・蒼≫が置かれていた。
「でも、それならレナードも一緒に行けば良いじゃない。なんで私とこの子の二人だけなの?」
「あー……まぁ、俺は俺でちょっと沼地に用があってな。毒系の素材を集めたかったんだけど、ちょっとセイディにはまだ厳しいかと思ってなぁ。かと言って一人で狩場に行かせるのもちょっと不安だったから、丁度良かったんだよ。な、ベル?」
頼むよ、と言って手を合わせるレナードに頼まれた側のベルは隠しきれない複雑な感情を口の端に表現しつつ了承をした。
「むー……」
納得がいかなかったのはセイディだ。いきなりパーティを師弟から見ず知らずの人(しかも、何やらこちらに若干悪い印象を抱いているっぽい)と組まされることになったかと思うと、その理由が自分が一人だと危なっかしいからだと言う。一応これでも誰の助けも借りずにドスランポスやドスファンゴを討伐し、助けはありながらも(彼女の中では)飛竜であるイャンクックを討伐したのだ。それなのに力不足だとは。彼女の小さなプライドはいたく傷つけられていた。
ぷっくりと頬に空気を含み、むすーっとしている様子はどこからどう見てもご機嫌斜めな様子。
結局、彼女を宥めるのに相当の手間暇がかかったレナードであった。彼女が機嫌を直すのに最も効果的であったのが美味しい食べ物であった事は言うまでも無い。
◇
レナード達が場所を移して会話をしている頃、村長とパティはとある人物を出迎える為村の入り口に立っていた。パティはチラリと横に立つ村長の様子を窺う。
「…………」
一見平然としているように見えるが、よく見ると緊張をしているようだ。長年共にあるパティだからこそ気付けた僅かな差異、その事にパティは僅かにドギマギとしていた。
(うぅ……強面の人とかだったら、まだハンターの皆さんで慣れてるんだけどなぁ。村長さんが緊張してるって、一体どんな人なんだろう……?)
パティが持ち前の卓越した妄想力でもってイメージを膨らませ、その中で腕が六本足が四本おまけに角と牙が生えているという取り返しのつかないような造形をしてしまった頃。果たして、客人は現れた。
「……あら、久しぶりね坊や」
「……流石に坊やはやめてくんないかなぁ、もうオイラはこの村の村長なんだぜ?」
「そうだったわね、ふふ……じゃあこれからお姉さんはあなたの事を村長の坊やって呼ぶ事にしておくわね」
「はぁ……もうそれでいいけどさ」
荷物も持たず悠然と歩いてきたのは妖艶さが香るオリエンタルな雰囲気の美女であった。その横には道中の護衛だろうか、黙したままの老練なハンターが太刀を背負い一人立っている。東洋風の美女は赤みがかった紫を基調とした民族衣装の様な服を着ており、物腰も柔らかい。活発で明るい愛嬌のあるパティや、それから友人であるセイディには真似の出来ない色香が漂う大人の女性である。その幾分特徴的な容姿から彼女が竜人族である事が窺い知れるが、それでも村長が彼女を恐れていた理由がパティには分からない。
「あ、あの! ……こちらの綺麗なお姉さんは一体……?」
「ああ、そうだった。パティ、この人はオイラの古い知り合いで名前は――」
女性はそっと村長の口元へ手を当てる。それだけの事であっても一つ一つの動作が洗練されて美しく、パティはつい見惚れてしまう。
「お姉さんは、お姉さん……竜人族のお姉さまでいいのよ」
「え、や、でも……」
「野暮は言いっこ無し……ね? 女は少しぐらい秘密がある方が綺麗なものなのよ……?」
その言葉に、村長は諦めたように溜息を漏らす。村長という役職柄、役職名でばかり呼ばれる自分はともかく、名前までそんな隠さなくてもとは正直思うが、それこそ坊やの頃から自分が彼女に言って届いた事はない。なんだかんだで目の前の女性は頑固なのだ、年相応に。そう思った瞬間にニコリと口元だけで笑われたので、村長は縮み上がる。幼い頃からの接触によって、既に体の隅々にまで目の前の女性に対する恐怖心は染み着いていた。
そんな正直情けない村長の横で、パティは将来の為に色々と参考になりそうな立ち居振る舞いを学ぼうと真剣な眼差しを送るのであった。その試みが成功するかどうかは、今はまだ誰にも分からない。
「……さて、楽しいお喋りはおしまい。ここからは本題に入りましょうか。――『古龍観測局』の一員として」
そう言うと、彼女は妖艶な笑みを浮かべるのであった。