モンスターハンター~狩人レナードの軌跡~≪改稿版≫ 作:ATA999
遂にこの時が来た……。皆、頑張っていこうぜ!
オイラ達皆が一丸となれば、きっとなんだって出来るんだからな!
誰一人欠ける事無く、この苦境を乗り越えるんだ!
普段であれば多くの者が寝静まり、村に唯一ある酒場にのみ人がひっそりと集う深夜。そんな刻限に村全体が不夜城を思わせるほどに煌々と篝火が焚かれ、眠気に勝てなかった小さな子供を除く村人たちが忙しく支度をしているのが見て取れた。
ここ数日で、ジャンボ村の雰囲気は一変と言っていい程に剣呑なものへと変貌していた。
普段は家や交易の要となる大型船を造る為に日夜材木を運んでいる大工たちが、侵略者に備える為に気休め程度ではあるが柵や家の補強を行っている。女達も日頃の家事や畑仕事を取り止め、食材を日持ちするような料理へと変え蓄えたり素人でも使えるタル爆弾の調合に勤めたりしていた。村人達の中で力自慢な一部の者は、ハンターが使用するような装備(ハンターナイフとレザーシリーズという最も簡素な物ではあるが)に身を固め、短期間で最低限身を守れるような教育を教官より教え込まれている様子まで見てとれる。
(絶対に、密林から追い出して……いや、討伐してやる)
正に村人総動員なその様子を改めて目にし、レナードは静かに気を引き締めた。
そんなレナードの装備もまた、一時期と比べるとガラリと姿を変えている。
武器は≪デッドリィタバルジン≫、レナードが普段手にしている大剣では無く片手剣となっている。剣、と言いながらもその見た目は小斧となっており、凄まじい毒性を秘めた武器となっている。素材とした≪毒怪鳥≫ゲリョスや、その亜種である≪紫毒鳥≫の怨嗟の声が聞こえてくるかのような禍々しさを思わせるが、これから挑む相手を思えばそれは頼もしさにしか感じられない。
防具もまた、今までとは全く違う。≪盾蟹≫ダイミョウザザミという守りに長けたモンスターの、堅牢さを思わせる素材から作られた防具は一言で言えば『赤いアメフト選手』だ。少々視界の確保が困難な所が難点と言えば難点だが、その頑強な作りは内にいるハンターの肉体をモンスターの強烈な猛攻から防いでくれる事間違いなしの逸品だ。
(ザザミシリーズは火と雷属性に物凄く弱い特徴がある……でも、今回の相手は主に龍属性。その弱さは今は関係が無い。防御珠と加護珠も付けているからか、防御力が更に上がってるし、精霊の加護だって付いてる。鉄壁の守りと言って良いはずだ)
本来のレナードの狩りの進め方であれば、それらの情報もまたしっかりと精査して確かめておくのだが、今回は流石にその時間が無い。実の所、つい三日前まで沼地に出かけてゲリョス亜種を狩ってデッドリィタバルジンの素材を集めていたのだ。ゲームのように一瞬で出来上がる訳も無い事を考慮に入れると正にギリギリの時間である。全身鎧にも関わらず動きを阻害しないザザミシリーズと言い、迅速かつ丁寧な仕事ぶりに工房のばあちゃんには頭が上がらない思いであった。
「でも師匠……やっぱり片手剣より使い慣れた大剣の方がいいんじゃ?」
「そうよね……万全は期すべきじゃない?」
不安げな表情のセイディとベルが、直に旅立つレナードの傍で忠告をしてくる。彼女達の言う通り、レナードの怪力を最大限生かすには大剣やハンマー、あるいはランスといった重量を利用した武器の方が良い事には違いない。
「でもな、毒を持った大剣なんて作れやしないし。毒が奴の厄介な≪風の鎧≫をかき消してくれるって言うんだから、やっぱり毒は必須だって」
心配してくれるのはレナードとしても嬉しいが、クシャルダオラが毒に弱い事は竜人族のお姉さまにも確認して裏を取っている事実だ。クシャルダオラは生態が不明な点の多い古龍の中では、比較的研究が進められている種である。自身の確定情報では無いゲーム知識を100%頼り切らずに済むと言う点で、彼女の存在は大いに役立ってくれていた。馬鹿みたいな量の酒飲み勝負をさせられたが、辛うじて勝つことが出来たのは奇跡のようなものだろう。
いずれにせよ、十分信頼の置ける二つ以上の情報が同じ内容を指しているのなら、まず間違いはない。レナードはそう判断をした。
「それより、二人とも頑張れよ。皆を守ってやってくれ。大丈夫、お前等二人とも強いから!」
「女の子に向かって強いって言うのは、果たして褒め言葉なのかなぁ……?」
「まぁ、レナードだから」
納得はしていないが理解は出来た。そんな表情を浮かべる二人に向け、レナードは激励の言葉を告げる。結局その言葉の影響で、二人は苦笑を浮かべながら船で出るレナードを見送る事になるのであった。
「ミャミャ、昨日は緊張のあまり寝過ごしてしまったのミャー! ご、ごしじんさま~!? どこですかミャ~! まだ、絶対の勝利を約束するニャーのキッスをほっぺにしてませんのミャー!!?」
今にも泣きそうな声で騒がしい白猫のウッカリは、皆が皆触れる事は無かった。
◇
「普段はアプトノスより穏やかなこの河……それが今日は獰猛な飛竜みたいだ。ふふん、腕が鳴るぞー」
間延びした口調ながら、中々に頼もしげな笑みを浮かべつつリューズは呟く。
「行けるか、リューズ?」
目の前の普段使用しているテロス密林へ繋がる河は、水源がテロス密林となっている。地勢の関係上、テロス密林は夜に必ず雨が降る。その為夜には水かさが増し、流れも速くなるのだ。普段は殆ど上流下流の高さに差が無いため特に苦も無く目的地へ迎えるが、今日は雨どころでは無く暴風雨という事でいつもの夜に輪をかけて酷く荒れている。穏やかな頃ならば清流と呼べる程に澄んでいる水が、いっそ見事なまでに泥土を含んだ濁流と化していた。これでは櫂で漕ぎ人力で向かう事など不可能だろう。
普段より多めの荷物を桟橋の上に持って来はしたものの、心配になったレナードが窺うように声をかけるのは無理もない事であった。
「ふふーん、任せとけ。実は言ってなかったけどなー、この河は流れが急になるとあんまり色んな流れが入り乱れすぎて、中には密林へ遡るような流れなんかもあるんだぞー」
「おお! そいつは凄い!」
「ふっふっふー、そーだろー、凄いだろー? まぁ一つ難点を言うならその見極めが尋常じゃないくらい難しいのと、そもそも船がチャチ過ぎて激流に耐えられないからまだ一度も成功した事は無いとこなんだけどなー」
「おいこら待てや」
ジト目で突っ込むレナードに、しかしリューズは不敵な態度を崩さない。
「正直な所、それに気が付いたのはかなり間近に迫った頃でなー、いやー盲点だったお天道様でもわかるめー。とにかく、その事を考えておいらがここで途方に暮れてたらだなー。丁度親方達が通りがかったんだなーこれが、それでまぁそこから先は文字通りトントン拍子だ。ちょっとした舟の補強でもしてくれるモンだと思ってたら、なーんかおかしいぞー? あれー? とか言ってる間に、トンテンカンとほれこのとーり」
どこか疲れた様子のリューズが指さす方向に目をやる。そこには以前までのリューズが乗っていた舟に比べれば二回りは大きく、そして明らかに豪華な素材を用いられた、小型ながらも船と称される物が濁流も意に介さぬように平然とした表情で係留されていた。
「おお……頼もしさしか感じられねぇ」
「ギリギリ人力で扱える代物らしいんだよなー、櫂も力任せに扱っても折れないようにガノトトスの素材使ってるらしーし。まー元々、世界の海を渡れるだけの交易船を造ろうとしてる人達だからなー。これぐらいのサイズならお茶の子さいさいって感じだったぞ、何せ半日掛かってないからなー」
その辺りはやはり本職といったところか。彼らも同じ備えるというのなら船に関連していた方がモチベーションが高く保てるのだろう、割り当てられた他の村の補強もきちんとこなしてくれているのだから批判など出来る筈も無い。
「ともかく……これで問題は無いって訳だな」
「いやー……さっきも言ったけどなー……? おいらはまだ夜中の河は行けた事が無いんだー……すまん」
悔しげに言うリューズ。冗談めかして伝えたが、実際のところ彼の心の内に自信などと言うものは殆どありはしなかったという事だろう。それは、遥かに乗りこなす船が豪華になったとても何ら変わりはしない。
「大丈夫、何とかなるって」
そんな心の暗雲を吹き払うかのように、あっさりとレナードはリューズの懸念を否定する。
そのあっけらかんとした様子にリューズはつい目をぱちくりとしてしまう。
「だってお前……荒波や大時化も乗り越えて船を漕ぐんだろ?」
どこか聞き覚えのある言葉をレナードに言われ、リューズは目が覚めた心地となる。聞き覚えがあるのも当然だ、何故ならそれは普段リューズ自身が歌う調子っぱずれな歌の歌詞なのだから。
「……そだな。そーだよな! レナードが古龍に挑んで死ぬって言うのに、おいらが飛竜レベルの難関にビビってなんていられねーよな! よーし、そうと決まれば出航だぞー!」
「おー! ……いや待て俺死なねーからな!?」
若き船頭はその瞳に静かに火を灯す。彼もまた、立派な村の守り人なのだ。
◇
「い、行けるか!?」
「ちょっと黙ってろー! 今集中してんだからなー!」
不可思議な光景であった。
二人を乗せた船は、激流と言うのも相応しくない程に荒々しく暴れている河を遡るように上っていくのだ。
あまりにも自由気ままに流れ行く暴れ河の流れは、常識である筈の上から下へ流れるという事にすら喧嘩を売るように下剋上を果たそうとしているのだ。
リューズは自然の奇跡とでも言うような、そんな細い一本の流れ、テロス密林へと迎える唯一つの道を見極めそれを利用し遡って行っているのであった。
「うおおっ!? ちょ、超怖えぇッ!? 帆、帆は畳んでもいいんじゃねーか、コレぇ!?」
「駄目だー! 今は丁度下流から上流へ向けて吹いてんだから、それを利用しないでどうすんだー!」
リューズの新たな相棒である船は、どんな素材を使ったのか、暴風雨にも関わらず帆でもって大きく雨風を受けていた。
それでも折れるような不穏な軋みは見られないのが、実に頼りになる。
常時ならばレナードもそういう感想を持てただろうが、生憎今は激流下りならぬ激流上りの真っ最中だ。僅かな波紋でも揺らぐ笹の船の様にグラグラと頼りなく上下左右に揺れる船の上においては、そんな暢気な感想は出て来はしない。
ジェットコースターもかくやといった状況に、レナードは柱にしがみつく様にして耐える。普段はその口調や行動からのんびりとした印象を与えるリューズだが、船尾にて櫂を持ち歯を食い縛りながら河の流れを睨みつけている姿はレナードには別人のように見えた。
「……もう少し、右かー」
轟々と鳴り響く水音の中、かき消されそうな独り言を呟きながら慎重に、しかし大胆な操船技術で船を進めていく。
僅かでも間違えれば上流から下流へ向かう水流に乗ってしまうのだ、そうすれば帆が受ける下流の方角から吹き付けてくる暴風と激流の間に挟まれた船は、如何に頑丈とは言え浸水、あるいは瓦解してしまうだろう。
その行為は紛れも無く、一歩足を踏み外せば落下してしまう綱渡りと相違無かった。
そんな危険な所業を凄まじいまでの集中でもってこなしつつ、船自体はスイスイと進んでいく。その様子を見て先程までは柱にしがみついていたレナードもホッと息を吐きしがみつくのを止める。未だ予断は許しはしないが、それでもリューズならば問題無い筈だ。必ず自分をテロス密林のベースキャンプまで送り届けてくれる。
「……ん?」
何か、レナードの人間離れした聴覚に聞こえてきたような気がした。荒ぶる水の音に紛れて、何か生物の鳴き声の様な声がした気がするのだ。
妙に気になり、目を瞑り耳をそばだてる。絶えず続く轟音のその先に、意識を伸ばしていく。
「……ッ! ガブラスか!」
レナードが視線を上げると、即ちレナードとリューズが向かう先であるテロス密林の方から、空を覆い尽くす勢いで騒々しくも空を往く死肉漁りの集団が現れた。
蛇竜ガブラス、その大群と言って良い程の数を誇る集団はけたたましく耳障りな声を上げながら村の方へと向かっていった。
「…………」
今の所は作戦通りだ。レナードがクシャルダオラと相対している間、村は村でガブラスの大群と相対する。心配だったリューズも快調に密林へと向かえているのだから、順調極まりないといっても良いぐらいだろう。だが実際に敵の勢力を目にした今、それでも心の中で皆が無事な事を祈ってしまうのは仕方が無い事だ。
『ギヤアァァ!』
「こっちにも来たか!」
数の少ないコチラを弱者と見たか、群れから離れて数頭のガブラスが船へ舞い降りてきた。
咄嗟に迎撃を行おうとしたレナードは、己の得物を見て歯噛みする。今の彼は普段の大剣では無くリーチの最も短い片手剣だ。滞空時間の異常に長いガブラスとは立つことも儘ならぬ程な狭い足場も相まって非常に相性が悪い。
「くっそ……船を壊されても面倒だしな」
ゴソゴソとポーチを漁り、音爆弾を取り出した。何かに役立つかと思い持ってきた品だ。ガブラスは大きな音が弱点で、耳元で大きな音を出されると落下してくる。そこまで豊富にある訳でも無いので、貴重な消耗品をこんな所で使用してしまうのは少々痛くはあるが背に腹は代えられない。そう思いレナードが投げようとすると。
「――使うなーッ!!」
「うおっ!?」
リューズの一喝が周囲に響き渡った。投げる絶妙なタイミングで叫ばれた為に手放してしまった音爆弾がコロコロと船の上を転がってしまう。レナードが何をするんだと恨めしげな表情でリューズを見ると、ハッと息を呑む。普段は垂れた眼を吊り上げ、正しく敵を見るような顔でガブラスと目の前の河を眺めていたのだ。先程までの、真剣に河の流れを読み取ろうとしていた表情とは似て非なる剣呑さが滲み出る。
「持ってく道具は一個も使うなよー! おいらが責任もって向こうに送り届けてやるからなー!」
「リューズ……」
未だ轟々と鳴り止まぬ音の中、リューズは静かに決意を固めていた。
「必ず、自分の船に乗るハンターを無傷で送り届けてみせる」と。それは身体的な傷だけで無く、道具の消耗としての意味も含まれていた。もしもここで自分達を守る為に何か道具を使ったのが原因で、それが巡り巡って本番の狩りで何か不幸が起きれば一体どうすると言うのか。きっと自分は死んでも死に切れない。
だから。
今ここで船頭リューズは命を懸ける、死んでも死にきれぬ後悔を抱えぬ為に。命を懸けて目的地にまで届けてみせる。
「行けるのか……?」
「ふふーん、おいらを誰だと思ってんだー? 荒波大時化に加えて、これからはモンスターだってドンと来いなリューズ様だぜー! レナードがでっけぇモンスターを狩るみたいに、おいらはこれが仕事なんだ。こんぐれぇへっちゃらさー」
任せたと、言う必要すら無くレナードはただ頷く。リューズもまた何も語らず、口の端に笑みを浮かべるに留まる。
「それでも……何か困ったら言えよ! お前は今独りじゃ無くって、俺と一緒に船に乗ってんだからな!」
「……おーよ」
言葉少なに述べるリューズは、既に河の先へと想いを馳せていた。狩りへ向かうハンターを安全無事に目的地へと届ける、これは紛れも無く彼の戦いと言えるものであった。
『ギヤアアアアァ!!』
「こんのーッ!」
早速飛来してくるガブラスを、流れから外れぬように左右に動いて躱す。躱した事で生じたズレを、また別の要素で補い船を先へと向かわせる。言葉にすればたったそれだけの事に、リューズは全神経を傾けていた。強風が吹きつける、雨粒が体を襲う。額から汗が絶え間なく滴り落ちてくるが、それを拭うなどという事すらせずに、船の後方で櫂を持つ。
リューズの操船技術は全く見事なものであった。激流と暴風という二つの難題を同時にこなし、考え得る中で最速のスピードでもって船に群がるガブラス共を引き離す。天性の才を秘めていたのか、あるいは危機に際して本来より数段高い実力を偶然発揮出来たのか。ともかく、襲い掛かる飛竜という危機はほぼ去った。
ギャーギャーと耳に障る鳴き声を背にしながら、二人はホッと息を吐く。
「こーりゃ、マズイ……!」
先程から流れを見ていたリューズ、だが一瞬、ほんの一瞬だけ遠ざかるガブラスに意識を向けたが為に、その先にある大岩の存在に気が付くのが遅れてしまった。
「ぐ、ぬぬーッ!」
全力で櫂を動かし右に躱そうとする、だが足りない。荒れ狂う濁流に我を通そうとするには、リューズ一人の力では余りに非力に過ぎたのだ。
と。櫂を持つリューズの隣に立ち、櫂に手を伸ばす存在があった。
「おい、レナード……!」
「悪い、でも力貸して悪いって事も無いだろ? 俺達ハンターだって二人以上で狩りをするんだ。今はお前と俺がこの船の上にいる、一蓮托生の仲間って訳だ」
「ったくー……」
どこか照れ臭げに鼻の下をこすり、リューズは再度気合いを入れる。
「せーのー……!」
「「ぬおおおりゃああッ!!」」
波を物ともせぬレナードの剛力が加わり、ガノトトス製の櫂は軋み音を上げながらも折れず仕事を全うしていく。船は徐々に右へと向きを変えていき、船体を豪快に擦りつけながらも無事に大岩をすり抜けて先へ進む。目的地であるテロス密林は目と鼻の先であった。
◇
「うだー……疲れたぞー」
無事に役目を終えたリューズは、ベースキャンプのベッドの上で精根尽き果てた様にだれていた。しかしレナードはそれを責める事はしなかった。リューズは既に大事な役目を果たしたのだ、今度は自分がそれを無事に成し遂げる番なのだ。
命芽吹く常に比べ遥かに鬱蒼とした密林に目を向け、そう意志を固くするレナードであった。