モンスターハンター~狩人レナードの軌跡~≪改稿版≫   作:ATA999

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依頼人:竜人族のお姉さま
……各々の防衛箇所での白兵戦、言い換えれば最も死傷者が出る懸念が大きい段階。
でも、遅まきながら私も。きっと全員がこの苦難を乗り越えられると信じているわ。
……勝ちましょう。再びこの地で皆が笑うために。




第十五話 民みな喜べ

時は遡り、運命の日早朝。

そこは、とある木造の家の中であった。埃っぽい空気に古びたベッドのシーツ、果ては至る所に酒瓶や酒樽が中身が無い状態で放置されており、いかにも男の独り所帯といった様相である。

そんな中、唯一の例外としてまるで神棚のように飾られた空間があった。埃を被っていないのは二つ。その内の一つには、家宝の如く飾られた白く巨大なモンスターの鱗が置かれていた。

 

「……許してくれとは言わんし、言えん。きっとお前は、俺の事を大層恨んでおるだろう」

 

家主である男はポツリポツリと呟いていく。白い鱗を握りしめながら呟くその様は、まるで懺悔しているかのようであった。

 

「だが、願わくは。希望を護り抜くために、俺に力を貸してくれい……」

 

チラリと見やった先には、手入れの行き届いた船の錨のような形状をしたハンマーが置かれていた。

 

朝日が優しく家の中を遍く照らし出す。

どこか神聖さすら感じられるその光景を、眺める者は他にいない。

 

 

 

 

 

 

「ウヒィイイイ!?」

 

ジャンボ村中央部東寄りの位置に、野太さに比べれば幾分情けないと言わざるを得ない悲鳴が起こった。鍛冶屋の工房の前でハンターナイフにレザーシリーズを携えた彼は、紛れも無くここの主の一番弟子である。

 

「ほっ! 騒々しいねぇ。ちったぁ、静かに出来ないのかい」

 

呆れた様子で工房のばあちゃんは金鎚を肩に担ぐ。ハンター程の肝の太さを持てとは流石に言わないが、まだ実際にガブラスは来ていないのだ。多少大きな音がドカンドカンとしたくらいで、大の男がビクつくものでは無い。

 

「う、ウス! ですけど、師匠……。自分、武器を作る事はあっても使った事なんて無いんですが……」

「阿呆。使った事も無くて、使う人間の事が考えられるかね! 良い鍛冶屋ってのは武器だってちゃーんと使えるもんだ! いい経験だと思っときな! それにね、お前さんがそんな風に怯えてたら、この中に避難してる村人が怖がっちまうだろうが! シャンとしな、シャンと!」

 

小柄な体躯にあるまじき一喝でもって、工房のばあちゃんは大の男を説教する。

 

工房は、最も大勢の人間が避難してある坑道の隣に位置している。岩山をくり抜いてある坑道同様、岩場を削って建物が造られている関係上、村においては数少ない避難に耐えられる強固さを誇る場所となっている。現に今も、10名近い村人がさして広くも無い工房の中に身を寄せ合って避難をしていた。

 

「せめてここに、ハンターさん達が一人でもいてくれればいいんスけど……」

「ホッ! 甘ったれてんじゃ無い! みーんな最前線に行っちまってるよ、何せそこが一番ガブラスの数が多いんだからね!」

 

言外に、ここに来る数は少ないんだから文句を言うな! と不肖の弟子に伝える。

 

だが、と心の中だけで言葉を続ける。

 

(おそらく、元気な奴らの半分ぐらいはこっちの方に来ちまうだろうね……)

 

工房のばあちゃんの推測には、根拠があった。それはガブラスの習性である。

ガブラスは知恵のあるタイプのモンスターであり、特に餌の選別においてその能力を如何なく発揮している。弱った獲物や死肉を主食としているのだ。そのこだわりは並大抵のものでは無く、死んでいれば同族であるガブラスの肉であろうと捕食する程なのだ。

 

その事を考慮すると、(例え、肉や皮を剥ぎ取るという無防備な姿を晒しているとは言っても)武装した屈強な男達の集団よりも、それを素通りして戦力の数も少なく女子供や老人の数だけは多いこちらの方を察知し向かって来る事は、十分に考えられるのだ。

 

更に怯えて使い物にならなくなられても困るので、一番弟子には伝えないのだが。

 

そんな事を考えていると、一頭二頭ではあるが、コチラの方へ近付いてきているガブラスを見つけた。その視線の先を追った一番弟子もまた、ガブラスを同じように発見していた。浮かべた表情は同じどころか真逆であるのは、最早言うまでも無い。

 

「あわ、アワワワワ!? 師匠、自分は、自分はどうすりゃいいんスか!?」

「慌てるんじゃあ無いよ、全く! ……大体、ドコにそんな怯える要素があるってんだい」

 

飛行状態から滑らかに滑空してくるガブラスに対し、工房のばあちゃんは軽やかに宙を舞う。手に持つ金鎚を一払い、頭部の急所を見事に叩いたのだろう気絶しながら一番弟子の足元へ落下していく。

 

「ウヒャアッ!?」

「とっとと息の根止めて、ちゃっちゃと剥ぎ取っちまいな!」

「はは、ハイっす!?」

 

弟子に指示を出す間も、工房のばあちゃんの動きは一切止まってはいなかった。一匹目のガブラスを気絶させた後、その体を足掛かりに再度天を舞うかのように跳躍、二匹目のガブラスの元へと降り立ち同じように一撃を食らわせ地面へと叩き落とすのであった。その光景はレナードが見ていれば、まるで源義経の八艘飛びを思わせる程の身の軽さと称した事だろう。

 

「――ちいっとばかし、素材の活きが良いだけの話じゃ無いかね。鍛冶屋ならそれを、喜びこそすれ怖がることなんて何も無いんだよ!」

 

肩に金鎚を担ぎ、そう呵呵と笑う。背筋がピンと伸び仁王立ちをするその姿は、頼もしさしか感じられない。

 

「うっ……!?」

「師匠!? ど、どうしたんスか!?」

「こ、腰が……あ、あいたたたた!」

 

慌てて一番弟子は師の腰をさする。思えば工房のばあちゃんはレナードの防具作成に加え60セットもの武器防具の作成を時には徹夜で行うなど、高齢にもかかわらずここ数日の準備段階においては、最も忙しく動き回っていた。その疲労が今になって出たのだろう。だが、そんな光景を知恵持つ蛇が見逃す訳も無い。目敏い一頭が、滑空して工房のばあちゃんの元へと襲い掛かる。

 

「う、ウオオッ! 師匠の命を守る為なら! 自分、ここで命掛けるッス!」

「ま、待ちな……! いいから、とっとと工房の中へ逃げるんだよ!?」

 

吼えるように宣言した一番弟子はガブラスと腰を押さえる師匠の間に立ち塞がり、しっかりと盾を構える。その体に震えはあれど、その心に後悔は微塵もありはしなかった。

 

盾と、爪が接触する瞬間。

ガブラスの頭部にポッカリと大きな穴が開き、絶命したガブラスが慣性のままに一番弟子へと力無くぶつかってきた。

 

「うひゃあッス!? ……い、一体、何が起きたんすか!」

「全く、無茶するんじゃ無いよ……! 肝が冷えたったらありゃしない。――ま、今回のところはあの昼行燈に感謝しとこうか、ね」

 

そう呟く工房のばあちゃんの目線の先には、動けぬ村人達がいる最大の避難先である坑道があった。

 

 

 

 

 

 

「ヌハハハハ! うむ、重畳重畳。日々磨きに磨き抜いた珠玉の狙撃スキル、我輩全然衰えていないでは無いか!」

 

銃口から煙を放つヘビィボウガンのスコープから目を離し、30名ほどの村人達が避難している坑道の唯一の出入り口にて、教官はいつもの高笑いを豪快に浮かべる。

 

坑道の前は、一種異様な光景が広がっていた。教官を中心として、片手剣・大剣・ランス・太刀・双剣・ボウガン等々……ハンターの使用する武器が全て地面に突き刺さって置かれているのだ。流石に打撃武器であるハンマー系と射撃武器であるボウガンは刺さってはいなかったが、しかし中央に立つ教官をグルリと囲うように配置されている事に違いは無かった。

 

「ハンター教官たるもの! 大剣・片手剣・太刀・双剣・ランス・ガンランス・ハンマー・狩猟笛・ライトボウガン・ヘビィボウガン・弓の都合十一種、全て扱えずしてどうするか! 折角の晴れの舞台に教習所に置いておくのも忍びなかったし、そもそも選びきれなかったのでな、現役時代の物も含めて全て持ってきてしまったわ! ヌハハハハ、ヌハハハハ! も一つおまけにヌハハハハ!」

 

最早笑い過ぎて腹筋を痛めてしまうのではないか、といった頃合いを見計らった訳では無いだろうが、丁度ガブラスが教官を――正確には坑道の入り口を――目掛けて滑空してきた。

 

「ヌハハ、甘いわ! 我輩が教習生に与える温情よりも尚、甘ぁい!」

 

言うと素早く武器を双剣へと持ち替える。一瞬の交錯と共に、跳ねるように両手に持つ剣を振るう。一回転した後、両翼を切り裂かれたガブラスは地面をのた打ち回りながら息絶えた。

 

「ヌ? ……今度は数で押し寄せる気か卑怯者めぇい! そう工夫も無く馬鹿正直に来られては、通したくても通せんな! 何しろ我輩、くぉーんな坑道に納まりきれぬ程ビッグな人間であるからして!」

 

教官が視認した限り、三頭ものガブラスが滞空しながら機を窺っていた。イャンクックと同等以上のサイズである飛竜が三頭である。滞空性能を高める為に極力体重を軽くするよう進化はしているが、それでも相当な圧迫感が押し寄せてくる。

 

言うと教官は、銀色の胴体に青色のラインがペイントされているガンランス、≪近衛隊正式銃槍≫を徐に構えた。素材の一部にドラグライト鉱石を用いられているだけあって、強度に関しては折り紙つきの逸品だ。

 

身を隠す程の大盾を構え、どっしりと入口の前に在る教官。そんな存在など容易く蹴散らしてくれるとばかりに、お構いなしにガブラス達は只管真っ直ぐに滑空を続けていく。

 

「ふんっ……! ヌハァッ!!」

 

衝突。そこまでは確かに予想通り進んでいた。

 

だがそこから先は上手くはいかない。拮抗。体躯でも、力でも。上空からの滑空という勢いを考慮しても、ガブラス達が押し勝てぬ訳が無い。だと言うのに結果は見ての通り、三頭のガブラス達を、独りの教官が抑えきっていたという非常識な光景。

 

「ヌハハ、複数で来たのが仇となったな!」

 

教官がレナード並みの怪力を秘めていた、という訳では勿論無い。

大きな体躯を誇るが故に、教官という小さな的相手では自身のスペックを出し切れず、あまつさえ他のガブラスの邪魔をしてしまっていた。それ故に独りであっても抑え切る事が出来たという訳だ。簡単に言うが、並みの技量ではそう仕向ける事は出来ない。一見地味ではあるが、精緻極まる体重移動や微細な視線・武器等による誘導の技術が物を言うのだ。

ギルドよりシンボルカラー≪技巧の白≫を授与される名誉に与った教官だからこそ出来る業と言える。

 

「さて、ところで貴様ら。――いつまで我輩のキュートな盾にへばりついているつもりだ、ん?」

 

いつの間にやら、右手に構えられていた槍の先端部分が白熱していた。その色は青。高熱では有り得ぬ程静かに高まっていったガンランスを一個の人格と見なすならば、まるでその気性を表すかのような色合いだ。

 

一見、静謐。だがその本質は全くの逆。それも当然だろう。何故なら青い炎は、紅い炎より温度は高いと相場は決まっているのだから。

 

「ヌッハァ!」

『ギ、ギギャアアアッ!?』

 

まるで巨躯を誇る龍の舌が舐めるかのように、火竜のブレスを模した砲撃――≪竜撃砲≫――がけたたましく火を噴いた。その威力は正しくリオレウスの一撃と遜色ないものであり、瞬時の内に蛇竜の皮を焼き炭化させる程の威力を放つ。油断なくガブラス達を見据えながら静かに放熱を行う教官と、僅かに残った命を必死にかき集めのた打ち回って激痛と未だ身を撫でる火を消そうと無駄な努力を続けるガブラス。その対照的な対比は見る者に感慨深いものすら想起させる。

 

ともあれ、その先の事は最早述べるまでも無い。坑道へやって来るガブラスも、散逸したかのように見当たらなくなってきており、先程のような神業を見せずとも対処できるようになってきている。

 

だがあえて追記するならば、今回の騒乱で様々な武器を十全に用いた教官であったが、しかし決してハンマーだけは使いはしなかった。何故か? 理由は簡単である。己より上手に用いる事の出来る人物が広場を隔てた向かい側にいるのだから、そんなもの今後もハンター教官を名乗るというのならば、恥ずかしくて使える訳も無いのだ。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

ジャンボ村中央部北西寄り・交易船建設現場にて。

赤黒く潮焼けした肌をした腕を組み、未完成の船の前で仁王立ちして瞑目し。親方は、ただ只管にその時を待っていた。

 

腕は大丈夫なのか。現役当時のような動きは出来まい、あまりにも当時とは状況が違い過ぎる。治ったとはいえ、足もまたいつ自身を裏切り反逆をするかもしれない。

身に纏う防具も不安材料の一つだ。現在親方が装着しているのは、村人達と同じ≪チェーンシリーズ≫だ。部屋の隅にあるにはあったが、現役当時の体に合わせて作られた防具が、今の弛んだ体に入る訳も無かった。いずれにせよ、余りにも防御力に劣っていると言わざるを得ない。

 

一見泰然としているように見受けられ、事実彼の下で働く船大工たちはその姿に皆一様に安堵を得ていたが、実際のところは胸の中に弱音染みた煩悶の言葉が浮かんでは消え、そしてまた浮かんできていた。

 

「親方ぁ……。やっぱ大丈夫っすかねぇ……?」

「今更何言っとる。大丈夫に決まっとるだろうが、何せこの俺がおるんだぞ! ハーハッハッハ!」

 

虚勢である。

既にこの身は要らぬ贅肉を蓄えこんでおり、この心は戦う事を放棄しているのだ。

 

「そ、そうっすよね! オレも、親方に負けないように頑張りますよ!」

 

それでも、こうして心の安定に一役買えると言うのなら。喜んで笑おう、例え全てを知る者がいれば嘲笑われてしまうような滑稽な事だとしても。

 

「うおー! 来るなら来てみやがれってんだ、コンチクショー!」

「ハッハ、来る前に疲れてへとへとになっても知らんぞ」

 

普段は船の建設に用いる角材を振り回し、力自慢をアピールする一人の船大工。

自分は一人では無い、仲間がいるのだと思うと言い様の無い複雑な気持ちになっていく。

 

(仲間を死なせてしまった俺に、仲間がいて良かったと思う事など許されるのか……?)

 

若気の至りであった。

仲間の反対を押し切り、近海に現れたという特大サイズの白いガノトトスを狩猟する事を決めたのは他でも自分自身なのだ。

 

結果は惨敗。

船は白いガノトトスに沈められ、仲間は死亡。島に打ち上げられることで生き永らえた親方自身も、右足と左腕に重傷を負わさせられた。唯一の戦果らしい戦果と言えば、打ち上げられた時に手にしていた白いガノトトスの物と思われる巨大な白鱗だけである。鱗の大きさからすれば、間違いなく観測史上最大のガノトトスとなっていた事だろうが、そんな事はどうでも良かった。

 

今なお、親方の心には仲間を死なせてしまった事への罪悪感がグルグルと渦巻いているのだ。

 

『ギギヤアアッ!』

「き、来たっ」

「狼狽えるな!」

 

先駆けとでも言うのか、二頭ばかりのガブラスだけが船にいる親方達の方へと向かってきていた。

一喝し、現役時代から愛用している≪イカリハンマー≫を構える。

 

「ヌゥオオオオ!」

 

一頭のガブラスに対し、ハンマーを振りかぶる。だが、親方の精彩を欠いたハンマー使いでは当たらず、嘲るように頭上へ滞空する。

近付いてきた時を狙い翼目掛けて振る、しかし当たらない。尻尾目掛けて振る、しかし掠りもしない。

 

「お、親方ぁ……」

「ハァ、ハァ……舐めるなァ!!」

 

轟、と吼えた一声と共に振り上げたイカリハンマーは親方の手を離れガブラスの元へと一直線に向かった。すっぽ抜けた訳では無い。ハンマーを振る勢いままに、宙に在るガブラスへ投げつけたのだ。豪快の一言に尽きるその一撃は、ガブラスを叩き落とすのに不足など有る訳も無く消えぬ勢いはそのままもう一頭のガブラスをも巻き込んでようやく大地へと戻った。

 

「ハァ、ハァ……ハハ、まだまだやりゃあ出来るじゃねぇかオイ」

 

どこか安堵めいた表情を浮かべつつ、親方は二頭のガブラスの死体を上から押し潰すかのような形で地面へと落下したイカリハンマーを拾いに歩く。

 

「お、親方っ! 危ないっ!」

「……あ?」

 

あるいは。

最初から船大工が投げ掛けた声が「上を見ろ」であったならば、何とか対処出来たかもしれない。少なくとも、親方が『何か・どこが』危ないのか状況を把握する為に2秒を費やす事は無かっただろう。

 

あるいは。

状況判断する必要は無い「前へ跳べ」だとか言う具体的な指示であったならば。そしてそれに対応出来るだけの、現役ハンターのような研ぎ澄まされた鋭敏な精神を持ち合わせていたならば。

 

「がふっ!? ごっ、おふッ!?」

 

ガブラスが放った、頭上から降り注ぐ毒に親方が対応する事ももしかしたら出来たかもしれない。

だが船大工の声も甲斐なく、粘度の高い毒が親方の体に纏わりつくかのようにかかってしまうのであった。

 

「親方ぁ!?」

 

オロオロとした船大工が、親方の近くを救急箱を持っておたついているのが親方には見えた。「おたつくな」、言ったはずの言葉は意味を成さず、ただ苦しげに呼気を漏らすに留まる。

 

久方振りに浴びた毒の威力は大層強力であった。皮膚から浸透していきジワジワと体力が削られていくのと裏腹に、一気に意識が持って行かれそうになる。

死と隣り合わせな生活とは無縁の世界で、半ば意図的に鈍らせ錆びさせてきた鋼の意思では、対抗するのはあまりに難しい。

 

(俺は、オ、レ、ハ……)

 

命の危機により鈍化していく意識の中、親方が想うのはやはりかつての仲間であった。

 

『よぉ、――。実はオレッチにゃ夢ってモンがあんのよ』

『……何だ、いきなり。強引に依頼を引き受けた俺に、やっぱり怒ってんじゃないのか、ん?』

『ちげぇよ。なんつーか、こう……虫の報せって言うのかね。ああいや、精霊様のお告げって事にしとこう、やぶ蚊は好きじゃねぇ。何かご利益ありそうだし、オレッチ夢見る若者だしな?』

『虫でも精霊でも、何でもいいから早く言わんかい』

『ったく、これだから夢が無い奴は嫌だねぇ。……そう、夢があるのよ。オレッチの夢はなぁ、いずれこの世界を見て回りてぇんだ!』

『世界をぉ?』

『カカ、そーよ。出来れば船旅がいいなぁ、それもこんなちっちぇヤツじゃ無くて出来るだけでっけぇのだ! こんな、こーんなヤツだ!』

『こーんなってオマエなぁ……ガキじゃあるめぇし』

『なぁ、オイ。――。お前はガキみてぇにワクワクしねぇのかよ、このどこまでも広がる海を見て。行ってみてーじゃねぇかよ、この先へ。何が待ってるのか気になって、それこそ夜も眠れねぇってなモンだ』

『……。……お前、確か今日は昼寝してたろーが』

『お、そーだったか? んな昔の事は寝たら忘れちまったなー。カッカッカ!』

『…………』

『そんときゃ、お前も一緒に行かねーか?』

『俺も? ……いや、別に俺はそんな興味は無いし。……誰か他に良い奴はおらんのか』

『ああ、いや。別にお前だけって訳じゃねーよ。……ただ、何人かには声は掛けるつもりだけどよ。そんでも、真っ先にお前に話しときたかったんだよ!』

『こ、小っ恥ずかしい事を言うなっ!』

『で、それより返事はどーなんだよ』

『……ええい、保留だっ!!』

 

荒い息と共にクワっと目を見開く。

見れば、救急箱を持っていた船大工が、親方が意識を失っていた間にも何とか処置を施してくれていたようだ。

 

「親方、まだ動いちゃダメですよ!?」

 

視線の先には船があった。未完成の、しかし完成すれば巨大な船だ。交易船にだって十分に利用が出来る。それこそ、どんな荒波が逆巻く海を悠々越えて世界を回れる程の。

 

そんな所に、ガブラス共は群がっていた。命を賭しても叶えたい夢に、夢を解さぬ屑共が。十頭余りもの大群だ、今すぐに対処をしなければ奥に潜む餌(村人達)を手に入れる為に懸命に作り上げてきた木材は引き剥がされマストは切り裂かれるだろう。

 

「…………」

 

幽鬼の如く、ゆらりと立ち上がる。その様子は普段の豪快かつ快活なものとは打って変わり、立ち塞がる者全てを薙ぎ払って進んでしまいそうな程。余りにも、静かに激昂していた。

 

後ろで何やら騒ぐ船大工がいたが、そんな言葉は親方には聞こえなかった。内容はおそらく、無謀を諌めるものか、体を心配したもの。どうでもいい。

今目の前には己が命より大事な約束が、繋がれた夢が壊されようとしているのに。おちおち寝てなど居られる訳が無い。

 

無言で、船大工が持つ救急箱から包帯を取り出す。怯えたように差し出す船大工に僅かに申し訳なく思いもするが、しかし今のこの感情の昂りはどうしようもない。

 

左手と口を荒々しく使い、包帯で右手とハンマーを固定する。

 

「行くぞぉ、テメェらぁッ!!」

 

腹の底から絞りだしたような、咆哮染みた気合いの一声と共に親方は弛んだ体に似合わぬ速さで駆け出した。

 

「ぬぅらあッ!」

『ギギャアッ!?』

 

船の上から村の広場へ飛び降りつつ、右手のハンマーを振り抜く。まるで片手剣で跳びかかったような形となり、一頭のガブラスを道連れとして広場へ降り立った。

 

当然、頑強な体躯を持つ親方は無傷であり、その下にいるガブラスは絶命していた。

 

親方は止まらない。

降り立った直後に前回り受け身を取り、広場をグルリと回るよう走り出す。広場はジャンボ村の中心であり、その名の通り広く開けた場所である。当然、そんな所を走り回っていればガブラス達の眼にも止まりやすい。

 

『ギギャア、ギャア!』

『ギギャアアアッ!』

「おうおう、揃いも揃ったもんじゃわい……!」

 

毒の影響があるにも関わらず走る事が出来る程度に余裕があるカラクリは、身に纏っている≪チェーンシリーズ≫の効果で体力が上がっているからであった。

 

実情はともかく、今の親方は包帯を巻かれ視覚的にも怪我を負っているように見え、そして実際に毒によってある程度体力も減っている。

自然、肉付きも良い身体で走る親方の元にはガブラスが徐々に集まってきていた。

 

今までは一定の間隔で同じルートを走り回っていた親方が、突如V字ターンを決めガブラスの元へと走り寄った。同時に怪我の影響で握力の弱い左手で、必死に握りしめ≪音爆弾≫を上空へと放った。軌跡を描き、やがて破裂した音爆弾は役目を全うし天を舞う蛇竜達を地に伏せさせた。

 

「ヌゥ……ルアぁぁぁぁッ!!」

 

小さな竜巻でも起きたのか。遠目で鬼神の如き戦いぶりを見守っていた船大工は信じられぬように目を擦る。駆け抜けながら身の内に蓄えた気を指向性をもって放出する事で、まるでブースターでも装備しているかのようにグルグルと回転する事が出来るのだ。

 

ガリガリと≪ブルージャージー≫の踵部分が地を削っていく。小さな竜巻が消滅した時、後ろには数頭のガブラスの死骸が横たわっていた。

 

「ハッハッハ! 何だ、何だ! ……俺一人でも、十分にやっていけるじゃないか!」

 

胸の高鳴りが止まらない。

今ならば、ガブラスの十や二十、いや古龍すらも屠ってみせよう。そんな根拠なき心地すらする。

 

全ては仲間との夢を守り抜く為に。たった独りで抗って見せようではないか。何故なら最早、彼の遺志を継ぐ者は自分しかいないのだから。

 

これは、ある意味自分の我が儘であり、そういった事情を持つ親方としてみればある意味当然の行為であった。それ故、わざわざ自分達も船を守る為に戦うと鼻息荒く意気込んでいた船大工衆を説得して、別の場所へ救援に行ってもらったのだ。実のところここにいる船大工は親方に手当てをした一人だけである。最低限どころか、他の避難所に比べても規模が大きな船を守るには、ハンターならいざ知らず村人だけでは数が足りない。

 

だが、そんな事情など知った事かとばかりに暴れ回る親方によって、何とか今のところは守りきる事が出来ていた。

 

「そうら、お次はどいつだ――」

 

言葉を切り、弾かれたように上を見上げる。

 

「お、親方ぁ!?」

「わーかっとる! ……フン、今度は当たらんわい」

 

そこには毒を吐こうとしているガブラスがいた。全くの不意打ちならともかく、特に速い訳でも無い毒など、認識さえ出来ていれば悠々と避けられる。

 

そんな事も分からないとは、賢いといっても所詮はモンスターか。

口の端に嘲笑を込めた笑みを浮かべながら、その場から移動しようとしたその時。

 

――右足に込めた力が逃げるように抜けていった。

 

「……あ?」

「親方、早く逃げて!」

 

(ここでか……!)

 

このタイミングで、言う事を聞いてくれないのか。しかも今尚影響の残っていた左手では無く、完治したはずの右足が。

 

親方は堪らず膝を付き、そして天を仰ぐ。せめて、せめて目の前の光景を目に焼き付けておきたい。そんな矜持から来る行いであった。

 

ガブラスの口中から、今か今かと吐き出されそうな毒が見て取れる。粘度が高い為に、はみ出た毒が紫色をした涎の様に甲板へと滴り落ちていく。

 

現実は非情である。

懺悔する時間も辞世の句を考える暇も無く、そう間を置かずにガブラスはカパリと口を開く。

 

だが、とも親方は思う。

現実とは、本当に非情なものなのだろうか。ふと、親方の頭の中にそんな疑問が湧き出てくる。それはそうだ、もしも本当に非情と言うのなら。

 

ガブラスの開いた口の中に、角ばった木材が深々突き刺さっている事など有り得るはずが無いのだから。

 

耐え切れなかったガブラスが、角材に牙が食い込んだまま顎が外れたかのような壮絶な姿となり甲板へと激突した。

親方が振り向いた先には、勇気を振り絞ったのだろう、荒い息を上げながら投擲姿勢のまま硬直している船大工の姿がいた。

 

「お前……」

「お、おお俺だってやりゃあ出来るんすよ!? 俺もこの船守る為に志願してここに留まったんだ、親方だけに任せちゃおけんでしょう!」

『――良く言った!!』

 

村のそこかしこから、いつの間にやら幾人もの男達が走ってやってきていた。

全員が全員、船大工の証である赤黒く潮焼けした肌を防具で覆い、腕組みをして立っている。

 

「お前等、何でここに……」

 

親方の疑問の言葉に応えるように前に出てきたのは、誰よりも寡黙で仕事に熱心な中年の船大工であった。

 

「一応はアンタの言葉さ、顔を立てて言う事聞いたがな。オレたちゃ、船大工だぜ? 船造んのに命掛けてんだ。……何だ、その顔は。アンタ本当に分かってんのか。――コイツに夢託してんのは、アンタだけじゃねぇんだぞ!!」

 

声を荒げる所など終ぞ見た事が無い男の魂の叫びに、その場にいる者は例外なく感じさせた。

 

「うおおぉ! ぅおおおやかたぁぁぁっ!」

「俺がぁ、俺達が! 親方の左手になってやるよぉ!!」

「お前等……」

 

いつの間にこみ上げてきていたのか、鼻を左手の平でこすりながら鼻水を啜る。

 

「やけに潮風が目に染みるわい……」

 

気が付けば、右足の痛みは無くなっていた。

親方は思う。あれは、知らず知らずの内に自分は独りだと考えていた己への、亡き仲間の叱咤激励では無かったのかと。

 

「気を付けろよぉ、ガブラス共……!」

 

笑みが零れ落ちる。純粋な、とても純粋なそれは破顔一笑と呼ぶに相応しい。

仲間達と共に、船を守る為に船大工の親方は動き出す。

 

「今の俺は、もの凄く調子がいいんだわいッ!!」

 

気合い一声と共に、ガブラスの頭部を砕いたその一撃は大地を揺らす。

荒々しくも心地よい風が、村の中を駆け抜けていった。

 

 




原作キャラを活躍させたかったので、それが叶ったこの話は個人的にお気に入りの話なのです。

またタグにある通り独自設定や、親方の過去だとかは原作設定を膨らませて書いている所もあるのでご注意ください。
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