モンスターハンター~狩人レナードの軌跡~≪改稿版≫ 作:ATA999
≪テロス密林≫にランポス達の群れが確認されたそうだぜ!
群れを率いてるのは当然、ドスランポスだ。
お手並み拝見とさせてもらおうか、なにキミなら余裕だろ!
次の日。朝の内から、ネコニャーと共に最低限の身の回りのものを整理したレナードであったが、量がそこまで多く無かったおかげで昼頃には全ての作業が終わっていた。一体どんな依頼が貼り出されているのか、そう思い立った為、暇つぶしがてらに酒場へ行ってみる事にするのであった。
「あ、レナードさんこんにちは! ダメですよー、昼間からお酒なんて」
「違う違う。そこの依頼掲示板の内容を見てみようとしただけだって」
イタズラめいて人差し指をピンとたてながら言ってくるパティに対して簡単に返しつつ、掲示板へと確認に向かう。基本的にここの住人達はフランクな関係を望んでいるらしく、レナードの態度や言葉も初日の歓迎会で砕けた物と変わり果てていた。
(…………? 掲示板に何も貼り出されてない?)
「なぁ、パティ。何で掲示板に何も依頼の紙が貼り出されていないんだ?」
「ああ、それはですね……」
「それは、だ。キミの力がどれくらいか分からないから、まずオイラが指定するクエストをやってもらおうと思ってね。それにまだ、近隣の村々にはここにハンターズギルドの支部があることも行き渡って無いからね、依頼が来るにはもう少し時間がかかるのさ」
パティの言葉に被せるように、タイミングよくここに来た村長が後を継ぐ。
(……成る程、力試しか。考えてみれば当たり前だな、折角大枚はたいてやってきたハンターが身の程知らずなクエストを受けて帰らぬ人となってしまえば大損だしな。それにどうやら昨日聞いた話によるとこの地に定住する事を決めたハンターは未だ俺一人って話だし)
そういった事情である事を考慮すれば、向こうが慎重になるのも頷ける、というかむしろ当然と言えるだろう。
「あ~わかりました、じゃあ何のクエストなんですか?」
「ああ、まだキミは狩場の事を詳しく知らないだろうと思ってね。≪テロス密林≫に行ってもらおうと思ってるんだよ。詳しい依頼内容はこれだよ」
そう言い村長が差し出した紙によると、ドスランポスの狩猟と言うものであった。
今現在、レナードが装備しているランポス装備を見ての判断だろう。
ハンターは自分が倒したモンスターの素材を使って、狩場で鱗の代わりの鎧を、あるいは牙の代わりの武器を作る。それは、純粋にそうした方が性能が良く生き残る確率が上がるという考えの他に、自分はこの装備に使われているモンスターを狩ることの出来るくらいの実力を持っているのだと周囲に知らせている為である。厳つい恰好をするだけで一つの権威付けにもなるという訳だ。中にはそれ以外の理由、常にこの肌触りを味わっていたいとか言う人や何やら宗教的な意味合いでもってやっている変わり種もいるらしいが、それは横に置いておく。
ともかく金属製の鎧を除くならば、ハンターの鎧はそのほとんどが全部あるいは一部にモンスターの素材を用いているといっても過言ではない。
(この装備が、果たして実力で以て作り上げた物なのか、それとも他のハンターの手助けで作ってもらったのか見定めようとしてるってとこか)
当然このランポス装備は、初めの1回こそ村に滞在しているベテランハンターに手助けや助言をしてもらいながら狩ったものの、それ以外は全てレナードが単独で狩った獲物の集まりだ。
彼らのそうした懸念は当てはまらない。だが、口で言ってどうにかなる物でも無いのだ。ならば実際にクエストを成功させるのが、村長達の信頼を得る唯一の方法だろう。
唇をペロリと舐める。いよいよ自分の道が始まったのだという高揚が実感を持ってレナードを襲った為だ。だが臆している訳では無い、むしろ心地よい感覚にすら感じる。
それにかつてレナードがプレイしていた懐かしのゲームでは、装備が整っていなかった序盤だけでなくバカ高い装備を作ってもらった後にも、クエストの契約料すら払えなくなった時に『テロス密林でのドスランポス狩猟』というこのクエストにはお世話になったものだ。
「おや、ひょっとして自信が無いのかい?」
つい、ふとした瞬間にゲーム時代の思い出を思い返してしまう。悪癖だと自覚はしているのだが、中々に根深い郷愁の念に苦笑いを浮かべる。そんなレナードの表情に、自信が無い笑みと捉えたのだろう、村長が茶化すように聞いてくるので適当に返事をしてお茶を濁す。
「さて! あんまりグダグダやってるといつまで経っても出発出来ないんで、そろそろ行ってきますよ」
「ああ、それがいい。君の可愛い恋人も、家で君が帰ってくるのを今か今かと待っているだろうしな!」
「ですね、ふふふ」
3人して、その村長の言うところの『可愛い恋人』の方をチラリと見る。
「ミャッハ~♪ そんな、恋人だなんてそんな恐れ多いミャ、でもでも……」
「……はぁ」
こっそりと後をつけてきて、今現在は先ほどの発言を受けてクネクネと妙なダンスを道行く人々に披露している小さな家族を尻目に、レナードはいそいそと船着き場へと向かうのであった。
◇
世界を股に掛ける巨大組織であるハンターズギルドの構成員は、何もハンターだけではない。
むしろハンターは氷山の一角という表現が的確なほどに、表には出ないところで実に様々な人員が働いているのだ。
代表的なところでは、クエストを斡旋する受付嬢だろうか。少なくとも今後100年は安泰であろう組織において、女ハンターと違って命の危険も無く、かつオマケに言えば制服が可愛らしく高待遇という事もあって、特に辺境の女性たちの間では結構な倍率になっている。
当然、全員を無条件に採用するわけにもいかないために結構な難関である試験やら面接やらを課すことになる。また、ギルドの顔な為必然的に見た目の麗しさも審査項目には課されている事も付け加えておく。
そうした狭き門を潜り抜けた後にも試練はまだまだ残っている。
ハンターの力量に適切なクエストを。
受付嬢には、クエストを受けにくるハンターの力量を見極める観察眼が必要となってくる。当然、見極めるためには当事者であるハンターの事についても知っていなければならないが、クエストの方も当然知っていなければならない。ハンターが体と技量を極限まで鍛えるように、受付嬢は頭脳と観察眼、ついでに荒くれ者に臆さぬ度胸と愛嬌を覚えるのだ。
そうした知識を身に付ける為、ハンターズギルド主催受付嬢見習い向けのモンスターについての勉強会も開かれる事になる。
内容は主に、丘陵,密林,砂漠,沼地,雪山,火山,といった存在している狩場についての生態や特色といった様々な情報、草食種,甲虫種,獣人種,鳥竜種,飛竜種,魚竜種,海竜種,……と言った風に種類別されてあるモンスター、その個々の習性などだ。
勉強する上で曲者なのが、同じ『砂漠』であってもデデ砂漠とセクメーア砂漠で生態系がガラリと変わっていたり、同じ『リオレウス』でも、地域によって見かけから狩りの戦法から弱点の属性から変わっていたりしている。全てを一様に修めようとするとその量はなかなか馬鹿にならないもので、義務教育が存在しないこの世界では、これを苦にして辞める者も存在する程なのだ。
パティもまた、例に漏れずそれらの厳しい勉強をパスしてここにいる。……普段の様子からはあまり想像出来ないのだが。
ちなみにハンターにも、非常に優しくはあるが一応は最初に適性試験のようなものがある。レナードの場合1分で終了したのだが。
これにはハンターと受付嬢の傾向の違いが如実に関係している。
ハンターは実力こそが最重要で、素行その他は良いに越したことは無いが二の次。最低限、ギルドの言う事を無視しないでくれればそれでいい、普段の素行は関係ないというスタンスなのだ。その為名簿作りは非常に簡易的なものしか有りはしない。
そこでレナードは考え事を中断し、チラリと横を見る。
「今日~もおい~らは船を漕ぐぅ~! 荒波大時化乗~り越えて~♪」
曲調から、先程からずっと続いていた訳の分からない歌が終息に向かい始めた事を雰囲気で感じとり、そっと息を吐く。
(ああ、ようやく終わりそうだ)
今レナードはテロス密林に向かう為、船に乗せられて移動をしている。船の上には気持ちよさそうに調子っぱずれの歌を歌っているレナードと同い年ぐらいの若い船頭が一人。他には誰も乗ってはおらず、二人旅だ。
何を隠そう、彼もまたギルドの構成員である。
初対面なので気を使っていたレナードとしては、軽く挨拶をした後いきなり歌い始めた彼をなんとなく止めることも出来ずに2時間程が経過し今に至る。
と言うより、ここは海ではなく大きめとはいえ河である。荒波?大時化? なにそれおいしいの? 状態のこの非常に穏やかな河で、果たして本当に歌詞通りのそんな出来事があったのだろうか。非常に嘘くさい。レナードはげんなりとした表情でそう思考する。
ともあれ、そんな彼の仕事も無くてはならないものだ。
行きは行きで、狩りの為に支給品各種やハンターが持ち込む種々雑多な狩猟用具と、ハンター自身を狩場に運ぶ。帰りはハンターの他に、狩場でハンターの狩ったモンスターの素材や狩りで使用しなかった物品を持ち帰らなねばならない。
彼のような裏方は知名度は低くハンターに比べてなかなか人気は出はしないが、非常に重要な役回りと言える。こうした支援を得て、ハンターは初めて狩りに出ることが出来るのだ。
自分の為した功績のおかげで辺境の人たちは生きている、などと思い上がった事は考える事は出来ない。話を初めて聞いた時からいつも感じていることを、レナードは改めて心に刻み込む。
「~~♪」
「…………」
鬱陶しい事に何ら変わりは無いのだが。
◇
切り立った岸壁に挟まれた入江に降り立つ。
足元は砂浜ではあるが、幸いランポスグリーヴの中に砂の粒は入り込んではいない。密かに危惧していた事が杞憂に終わり胸を撫で下ろす。そういう事柄は地味に苛立たしいのだ、ランポスグリーヴの気密性の高さに万歳といったところか。
≪テロス密林≫。
現在レナードが降り立ったこの一帯の総称である。
木々が所狭しと並んでいるのにも関わらず陰鬱な気配が一切しないのは、燦々と降り注ぐ陽光と溢れんばかりの命の存在が挙げられるだろう。軽く耳を澄ますだけでも、生き物たちの生命活動を表す色々な音が聞こえてくる。
中央部には大きな空洞が存在しており、飛竜が時折生息している事もあるという。
北部には謎の遺跡が存在している離れ小島もあるが、今回のクエストには関係ない。
今の所、ゲームで得ていた知識とそう乖離していない内容に、レナードはホッと胸を撫で下ろしていた。
支給品ボックスの中から応急薬と携帯食料に地図、それから携帯砥石の見慣れた支給品類一式の他に、支給専用のシビレ罠を取り出す。村長が気遣ってくれたのだろう、大タル爆弾など他にもいくつか存在するが、正直持ち歩こうとすると荷車が必要になるので相当動きにくくなる。
飛竜種にならともかく、今回の相手はドスランポス。鳥竜種だ。決して舐める訳では無いのだが、大タル爆弾を使わずとも十分倒せるという目算もある。今回はいつもの支給品セット(地図・応急薬・携帯食料・携帯砥石)にプラスして、念には念を入れ閃光玉と支給専用シビレ罠も持っていく。
「よしっ!」
アプトノスの肉を日持ちするように燻製加工した携帯食料をモグモグと噛みながら、地図をサッと眺め記憶にあるマップと何ら変わりの無い事を確認したレナードは、密林南部に位置するベースキャンプから、一路北部にあるエリア3へと向かうのであった。
◇
今回レナードがここに来た目的は、ただ単にドスランポスを倒すためだけでは無い。とある確認作業も兼ねていた。
それは知識。ゲームをプレイした事による、この世界で得ようとすれば命が幾つあっても足りない程の希少価値がある知識だ。それはハンターにとっては金の鉱脈程の価値を持つ。
但し、勘違いをしてはならない。あくまでレナードが今持っているのは、『ゲームの』知識だ。実際に足を踏み入れているここ、テロス密林のモノではない。似て非なるものなのだ。
レナードとて、初めは頭をまっさらにしてハンターをやっていこうと考えていた。新人と呼ばれる今より、尚経験の無かった頃。尻にまだ殻の付いていた頃だ。それでもやっていけるという、若さと無知特有の根拠のない自信をレナードは持っていた。ゲームと現実は違うのだという事を、賢しらに自身の中で考慮した『つもり』での結論であった。
呆気無かった。呆気なく、そんな自信は打ち砕かれた。
それは、先輩ハンターに付き従い、故郷の村近くの狩場でランポス狩りを経験した時だった。
――怖かった。
あの、レナードを獲物としか考えていない無機質な爬虫類の瞳も、レナードの柔い肌肉など容易く引き裂く事の出来る爪も、頭からかぶりつく事の出来そうな程バックリと裂けた口の中にあるギザギザとした牙も。
全てが、レナードにとって恐怖の対象だった。
その時、レナードはハンターの――人間の――貧弱さを知った。
ああ、何て俺達は弱いのだと。そう思い、そして同時にこんな事を考えた。
ハンターの心構えとは。
何とも漠然とした内容ではある。百人いれば、百通りの言い方で答えが出るであろう質問。
その質問に、レナードはこう結論付けた。
――ハンターとは、為すべき事を全て為した上で狩場へ赴かねばならない。使える物は全て使うべきだ、使えるのに使わないのは唯の慢心である。
己が肉体を鍛え抜き、頑強な武器や鎧で武装する。
確かにそれらは重要かつ絶対的に必要ではある、だがまだ不十分だ。
武具の扱い方をひたすら反復練習で体に染みつかせる。
更には、慢心の根絶と精神の安定も要素としてあるだろう。
そう、それらもまた必要な事だ。後は、偏りのない豊富な知識があれば言う事は無い。そもそも人間という種は、現代地球において圧倒的な力では無く蓄積された知識でもってこの世に覇を唱えていたのだ。その前例に倣い、心・技・体、そして知識。並びが悪ければ、技の欄に知識を入れても良いだろう。とにかく、どれか一つでは無い。それらの複合的に組み合わさった重厚さこそが、唯一モンスター共の独壇場を打ち破れるのだ。例え人間の中では身体能力に優れるハンターであっても、だからと言って技や心を蔑ろにしていい筈が無い。
その結論に至ったレナードにとって、テロス密林だけでも100を超える数のクエストを成し遂げてきたその知識の量は、捨て去ると言うにはあまりに勿体なさすぎた。
レナードの経験から言えば、ゲームの知識とは図鑑で読んだ知識に似ていると言える。精密な、絵が動く図鑑だ。
それだけでは通用はしないが、かといって全く役に立たない訳では無く。そこで得た知識は確実に、実際の狩りの現場において何らかの助けとなってくれる。但し実物そのままでは無いので、それを信じ切ってはいけないという事。
つまり、記憶に残るテレビ画面の中の作り物の密林と、この眼前に広がる圧倒的な存在感を誇る狩場≪テロス密林≫。それらの知識の摺合せが、今回のクエストにおいてレナードが課す最優先目標なのである。
(それが完了した時、きっと俺は一段階上へと行ける……)
大きな力を手に入れようとしている僅かな高揚感を宥めつつ、レナードは一歩一歩大地を踏みしめて行くのであった。
◇
「ここにも亀裂がありましたよっ、と……」
カンッという、打ち鳴らすような甲高い音が一瞬だけ響き渡る。鉄で出来たピッケルを振り下ろした音だ。
現在地点はテロス密林北部。当面の目標地点であったエリア3にある。ここまでは、最南部にあるベースキャンプより東周りにぐるりとエリア1、2を通ってきていた。当然、今後狩りの役に立ってくれる菌類や薬草類、鉱石類が採れる位置は全て調査済みだ。荷物になってしまうので、少々勿体ないが一部の価値があり嵩張らない素材以外は未採取である。運よく帰りにまだ残っていれば、拾って帰ろうと心のメモ帳に書き込んでおく。
今のところ植物や菌類の生えている位置等に、幾らかの差異こそあるものの、僅かな修正で事足りる程度の誤差しか出ていない。
どうやら自分の知識は、十分に活用出来るレベルにあるようだ。頬を紅潮させ喜びを表す。
そしてそれは地形だけでなく、モンスターの知識も同様であった。元々、ケルビやアプトノス、ランポス等は故郷であるララノア村近くで狩猟していたが、故郷とは見掛けや習性が異なる可能性があった。だが、ここに来るまでに観察したところでは、全く変わりは無い様子であった。
まだまだ未検証の知識も多くはあるが。
しかしその事に気が付き、普段から心がけていれば問題は無い。
得た調査結果にレナードとしてもニマニマとしてしまうが、それも幾分仕方がない事であろう。
彼の知っている情報とは、それほどまでに価値があるのだ。
狩場は遠い、近場のコンビニに行くのとは当然のことながら訳が違う。
さらに付け加えれば、そこで行う事は命を懸ける事なのだ。
自然、危険地帯である狩場に赴くハンターは回数を減らしてでも万全の準備をしていこうとする。
つまりレナードは、この時点でどんな老練なハンターであろうとも勝てぬ程大量の、ハンターとしての知識(の素)を得た事になる。
後は少しずつそれを、実体験によって消化し自分のモノにするだけという訳だ。
時間はそれなりにかかるだろうが、かける価値は十分にある。ペロリと唇を舐め、レナードは再度気を引き締める。
「ん? ……お出ましか」
別エリアから、ランポスを2頭引き連れたドスランポスが現れた。見た目はジュラシックパークで登場したヴェロキラプトルが青くなったといった感じである。この緑と茶色溢れる密林で、保護色ガン無視なのは最早言うまでもない。
どこか狡猾な雰囲気を漂わせるのは共通した鳥竜種の特徴だが、更にソレに併せて群れの主であるドスランポスは、レナードの気のせいか悠然としているようにも見える。曲がりなりにも群れの長の貫録という事だろう。
ランポスの体を覆う鱗には青を基調に黒い縞模様が描かれているが、ドスランポスはそれに加えて体が一回り大きく頭部には鮮やかなオレンジ色のトサカがある為、遠目にもはっきりと分かるようになっている。
戦端を開いたのは群れの長の咆哮であった。真上を向き、喉を震わせて行われるそれはまるで、開戦を告げるラッパの様。否応なしに、レナードの頭の中も戦闘用へと瞬時に切り替わる。
その声を聴いて即座につき従っていたランポス2匹がレナードに向かってくる。
強靭な脚力を用いて飛び掛かってくるランポスに対し、レナードは冷静にアイアンソード改を縦に振りぬき叩き込む。
大きな動作だ、通常であったならば横にステップを踏んで躱したのだろうが、ランポスが今いるのは、迂闊にも空である。
空の住人たる証の翼を持たぬランポスでは、回避行動など取れる訳も無かった。
『ギ、ギギャオォッ!?』
鉄の塊によるタイミングが合ったその一撃は、あまりに容易にランポスの体を引き裂く。
断末魔すら上げることを許されず、ボロ屑のように、いやボロ屑になった己の同胞。
その、なれの果てを見て一瞬。ほんの一瞬だけ、もう一匹のランポスが動きを止める。
だが。
「それで、十分っ……!」
やや速さに劣りはするものの重量を武器とした怒涛の如き連続攻撃は、大剣の強みの一つだ。体を極限まで捻りあげ、縦斬りから大地に着いたアイアンソード改を無理やり横の薙ぎ払いへと移行させる。
体の捻りによって得た威力を余すことなく発揮した鉄の暴力は、先ほどの一体同様に碌な抵抗すらさせずにランポスを肉片へと変えてしまう。
「……はぁ」
剥ぎ取る事など出来そうもないランポス(だったもの)を見て、未だドスランポスが同エリア内にいると言うのにレナードはつい眉根を寄せ溜息を吐いてしまう。
これが大剣の辛いところだ。片手剣のような重量に頼らない得物であればそんな心配もしなくてもいいのだが、逆に大剣のような一撃の威力が高いとランポスのような小型で脆弱な相手だと原型が残らない事が多々ある。
その重量が飛竜種相手だと頼りになるのだろうが。
残念ながらまだ飛竜種の出てくるクエストを行っていないため、武器防具の素材集めが普通より困難という短所でしかない。
(しっかし、何とも不思議な気持ちだな。ゲームの頃は雑魚と断じていたのに、実際に戦ってみて初陣で恐怖の対象へと早変わり。そして今ではまた雑魚……とまでは言わないけど、脅威とは感じないにまで評価が下がる。相手は何も変わっていないのに、やっぱこれは俺が――)
『ギギャアアッ!!』
「成長したってぇ……!」
鳴き声と共に、手下を失ったドスランポスが飛び掛かってくる。レナードは思考を中断し、咄嗟に大剣を盾にしてそれを防ぐ。
防がれたと見るや、ドスランポスは欲張る様子も見せずにバックステップを踏んで後ろに下がった。それに対し、レナードはあくまで一定の距離をとる。つかず離れず、真正面。これがポイントだ。
「証拠……なのかね」
(いかん、今のは凄く駄目な部類の失敗だ)
成長したと言いつつ、自分で自分に最大級のバッテンを付ける。狩場で慢心するなど、死んで当然、生きて不自然の所業なのだ。
これで相手が飛竜種ならば、おそらくは一撃で死んでいた。そう考える理由には鳥竜種と飛竜種、両者の戦い方の違いがある。
鳥竜種であるランポスは飛竜種のように一撃必殺な戦い方ではない。むしろ獲物に対し小さな傷を作る攻撃を数多く行って仕留めるタイプだ。同じ種のゲネポスやイーオスもまた同様だ、ゲネポスは麻痺毒、イーオスは猛毒でもって自分が危険を冒して獲物に接近せずとも仕留められるように仕掛けてくる。
個体の能力では決して優れているとは言えないものの、観察力と判断力に優れているランポスならではの狩りを実践しているのだ。今もしっかりとドスランポスの方を見て付け入る隙を窺っているこちらに対し、ジッと爬虫類めいた熱の感じられない眼差しを向けこちらの隙を窺っている。
狡猾な狩人。
ランポスにはその言葉が相応しい。力を持たぬからこそ知恵で補う。その在り方は、数多存在する人間以外の生き物の中で最もハンターと近しいと言っても過言ではない。
但し、前述の内容は対象が人間以外の場合に限っている。
警戒心が強く縄張り意識の高さからか、人間にのみ前述の態度は一変するのだ。動きこそ同じままではあるが、まるで怒りで我を失っているかのような稚拙な勢いで狡猾さを消し攻撃を仕掛けてくる。
(俺もそうだけど……いつだって、自分らしい狩りをしなきゃいけない訳だな、これが。常に心掛け続けていくべきなんだろう)
自分らしい狩り、とは己自身が最も力を発揮出来る狩り方の事。それが何らかの事情で出来なくなった時、そこに付け入る隙が生まれるのだ。
「さあ来いよ、お前らの憎くて憎くてたまんねー人間様がお越しになってんだぞ? 来い、来い、来いっ……!」
大剣を背負い直し、目の前でチョコマカと疾走する。ドスランポスが言葉の意味を理解しているのかはレナードには判らないが、していなかったとしてもさぞや鬱陶しい事だろう。
「――来たっ!」
真正面で動き回っていたレナードが目障りになってきたのか、ドスランポスは足を止めて獰猛な牙で噛みつきにやってきた。
これを待っていたのだ。
ドスランポスのフットワークの軽さこそが、大剣使いにとっての最大のネックとなっていたのだ。足が止まった今、ドスランポスはただの青い的に過ぎなくなった。
「で、らあああああッ!!」
噛みつきを身を逸らす事で体を回してかわしたと同時に、やや変則的な抜刀斬り。その無防備な背中へと背骨よ砕けよと言わんばかりの一撃を加える。
『ギ、ィアアァ!?』
(チィッ、浅いか)
上がる悲鳴とは裏腹に手応えの無さを感じる。やはり躱した姿勢のままで振ったのがまずかったのか、殆ど力も入らなかった為にランポスの時のように両断どころか、背中に横一文字の傷しか作る事が出来ていなかった。背中の鱗が数枚弾け飛ぶが、それだけだ。致命傷には程遠い。
「あ、ちょっと待てコラッ!?」
様子がおかしくなったドスランポスは、それはもう惚れ惚れする程一目散に別エリアへと逃げ出した。
死への恐怖が、人間への怒りを上回ったのだ。
「くっそ……」
レナードとしては、出来る事ならばここで仕留めておきたかった。奴に限らず、手負いのモンスターというのは最も厄介な状態なのだ。
「……まぁ、済んだことは仕方ない、か。それより、奴が入っていったのはエリア8。と、いう事は。んー……やっぱりさっきの攻撃で瀕死なのか?」
ドスランポスの向かった先は、おそらくレナードが今いるエリア3の下部に位置する空洞、エリア8を南下したエリア6だろう。テロス密林全体の中央部に位置する。MH2ではドスランポスはそこで眠る事によって体力を癒していたし、実際テロス密林で狩りをした流れのハンターから事前に仕入れた情報でも同じ事を言っていた。
飛竜種ならばともかく、ドスランポス程度の鳥竜種であれば他のハンターも交戦経験は多く情報も集めやすい。情報の精度としては、まず間違いないと言っていいだろう。
「うしっ、ともかく行くか!」
これ以上は考えても発展しない堂々巡りである。下手の考え休むに似たり、ともかく後を追いかけ南へと駆け出すのであった。
◇
エリア3からエリア8へは一方通行の道となる。理由は簡単、その方法が高さが10mはあるであろう高さの崖から落ちる事である為だ。断崖である為に上る事が出来ないのだ。
エリア3の入口と繋がっている高台から、レナードは片足を掛けて下の光景を眺めてみる。
「ドスランポスは……いない、か。残念」
恐らくはその先、早々に寝床であるエリア6に向かってしまったのだろう。
実に逃げ足の速い事だとレナードは感心してしまう。無論、面倒事を増やしやがってという思いからの皮肉な事は言うまでもない。
ともあれ、ここでまごまごしていてもしょうがない。レナードは全身鎧を着ているとは思えないような軽やかさでジャンプをして、高台の下に広がる岩棚の上に危なげなく着地をする。
「うむ、10点」
こんな芸当が可能なのも、元の世界にいたかつては一切感じられなかった『気』のおかげだ。体が資本なハンター達は気による身体能力の向上によって、こうした人間離れをした動きをする事が初めて出来るようになるのである。
それでもようやくモンスター達との戦いにおいては、「知識と知恵を十二分に駆使して、上手く立ち回れば勝てる」というスタートラインに立てたという程度なのだから、自然の強大さがよく分かる。
「さーて、さっさと狩って帰るか……」
気の抜けた表情でそう呟いた時。
『ギ、ギャアッ!』
「ぐ、おっ!?」
――――背中に、衝撃と共に激痛が走った。
「く、おぉおおおぉっ!!」
何とか振り払い激痛を与えた主を確認すると、そこには赤い目を爛々と輝かせ舌なめずりをする手負いのドスランポスの姿があった。
「…………」
回復薬は飲まない。痛いとはいえ動きに支障を来す程では無いし、目の前に相手がいるのにそんな隙を見せるような事は極力したくない。
慌てずに、相手の様子を観察しながら大剣を抜く。鞘がさっきの衝撃で変形して抜けなくなったかも、そんな事がレナードの頭に浮かんだが、幸いそんな事も無くあっさりと抜けた。
「――悪い」
アイアンソード改を構え、相手を見据えながらポツリと呟く。
「本当にすまん。一応気を引き締めてたつもりだったんだけどな。心のどこかでお前を侮ってたんだろうな。所詮ドスランポス、所詮、この程度のクエストで出てくる奴、所詮瀕死、放っといても死んじまう、所詮、所詮……てな感じで」
レナードを責めるのは酷と言うものだろう。何せ、レナードの実力を客観的に見ればドスランポスは既に格下なのだ。ランポスに恐れ戦いていた3年前の初陣の頃ならばともかく、今ではランポスを一撃で(過剰気味に)仕留め、ドスランポス自身にも、力の入らぬ体勢からですら手痛い手傷を負わせられるレベルだ。はっきり言って、既に役者が違う。
獅子は兎を狩るにも全力を出すが、兎の挙動にビクつく事は無いのだ。
『ギア、ギギャアアアッ!』
まるでレナードの言葉に抗議するかのように、タイミング良く威嚇の声が上げられる。その様子に軽く笑いながらもレナードの眼は、先程とは比べものにならない程に真剣なものとなっていた。見えはしないが、そう確信していた。何せ心がそうなのだから、そうなっていない訳がない。
「片手間程度に考えてすまんかった。もう侮らん、そんな要らねぇもん捨ててやる!!」
ひとまずは、目の前の貴様を一切の慢心を捨て全力で叩き潰してやる。
そうレナードが決断した瞬間、再びドスランポスが牙を剥き出しにして襲い掛かってくる。
傷を負ったレナードの背中がちりつく。ドスランポスの動きに全神経を傾けろと、語りかけてきている。
レナードの眼には、飛び掛かってくるドスランポスの爪が見えていた。一つ一つが刃物のように鋭いそれは、いち早く躱していたレナードの体を捉える事もなく、空を切る。
そのギラついた牙を携える鼻先にコツン、と何かが当たった。
瞬間、猛烈な光が世界を灼く。
ドスランポスは目を固く閉じ、苦しげに身じろぎをして辺り構わず爪や尾を振るっていた。
レナードが念の為持ってきていた≪支給専用閃光玉≫が、ドスランポスの目の前ジャストの位置で花開いたのだ。通常はある程度距離を置いて発動するが、今回は零距離だ。相当強烈な威力であった事だろう。
見境なしに宙を切り裂くドスランポスを尻目に、レナードはドスランポスの足元に容易く潜り込み、そして≪シビレ罠≫を即座に発動させる。
「ギ、ギアアァ……」
か細い鳴き声は一体何を訴えようとしているのだろうか。あるいはコイツにも愛する家族がいて……そこまで考えて、レナードはブンブンとかぶりを振る。
(いかんいかん、叩き直すべき悪癖だ。これだけ過ごして未だに日本人的な感性が残ってやがる)
哀れに思って見逃す。
それはハンターとして絶対にやってはいけない事だ。直接的に命のやり取りを行う際、それは絶対に良き結果を生み出しはしないのだ。自分一人が命の危機に陥るのならばまだ自業自得で済むが、仲間と共にいるのならばパーティ全体を危機に陥らせてしまう。
「ありがとう。お前のおかげで、気付かなかったような所にあった半端な気持ちが、また一つ堅くなる事が出来たよ」
息も絶え絶えな様子で、シビレ罠によって動くに動けないドスランポスに勝手な礼を言いながら、レナードはアイアンソード改を構え静かに気を貯めていく。
「これで、終わりだ。俺とお前の戦いも」
体に大量の気が溜まっていくのを感じる。まだだ。
「――お前は、俺に負けたんだ」
赤く、紅く。内を循環していく気が、放出先を求めて体の外にまで漏れ出てくる。少々過剰に言うならば、キャンプファイアーのように自ら発光していく。だが、まだだ。後、少し。
「もう一度言うッ! お前が負けて、俺が、狩ったんだぁッ!!」
吼えると同時、限界まで込めていた力を最高のタイミングで解き放つ。さながら太陽の如く苛烈に発光する程の濃密な気の全てがこの一撃に込められ、目の前にいるドスランポスという一点へと振り下ろされる。
振り下ろされたアイアンソード改はドスランポスの首を両断――――するに留まらず、洞窟の石床をクレーター状にべっこりとへこませる程の威力を見せる。ビシビシと罅割れた床はどこかクモの巣を彷彿とさせている。
パラパラと天井から小石が落ちてきている中、手に持つ大剣を鞘に入れようとするがつっかえてしまう。あまりの衝撃に、アイアンソード改では耐えきれずに歪んでしまったようだ。ボーン系でなくアイアン系を使っているのはこういう事態が起きないように頑丈さを重視した為だったのだが、その甲斐も無かった。
仕方が無いので抜き身のまま横に置きながら、疲労感に任せてヒンヤリとした心地の石の床の上にべったりと座る。
ドスランポスの潰れてしまった亡骸に向かって笑いかける。それは、ある種命をかけて戦いあったものへの仲間意識のようなものだったのかもしれない。
深呼吸を一つする。ゆっくりと、肺だけでなく体中に満ちるように。この狩場の空気でいっぱいにするように行う。
「俺は、ハンターだ」
これは、挑戦状だ。
これから先、ハンターとして生き、ハンターとして死んでやるという。その為の、宣言。
「この地に生きる、狩人だ」
具体的にどうすれば目的地に辿り着くのかも分かりはしないし、道を間違う事もあるだろう。そもそも目標となるものの存在もあやふやで、どこに向かえばいいかも分からない。
けれど。
「きっと、きっと俺は……ハンターとして大成してやる」
この日この時この場所で、レナードは世界に向けて挑戦状を叩きつけたのであった。
◇
「……まぁ、それはともかく。お楽しみの素材を剥ぎ取りターイむ……ぇ?」
マズイ。
ジワジワと、汗が額から浮き出てくるのがレナードには感じられる。目の前の光景を信じたくは無い、そんな感情から生まれる行為。
目線の先には、死後長時間に渡り放置していた為に体内にいる微生物によって武器防具素材としての価値が一切無くなってしまったドスランポス(だったもの)があった。
「嘘だと言ってよ……いやマジデ」
時が経てば見た目こそそう変わりはしないものの、防具にも使用できなくなる程に質が劣化してしまう。原理は不明である。
体内に巣食う寄生虫の仕業だとか、腐敗ガスの仕業だとか、果ては天上におわす神々が死んだモンスターの魂を天へと連れて行った為だとかいう説まであるが、ともかく時が経てばモンスター特有の素材強度も秘められた特殊な力も全て失われてしまう現象は、事実存在している。劣化を防ぐには、その部位を手早く解体しておくしか方法は無い。
とにかく、こうなってしまえば精々がおしゃれ目的のアクセサリーに使われる程度のものとなってしまう。それでも飛竜種のようなそもそもの流通量が少ないのならともかく、ドスランポスはその実力の程良さから多くハンターに狩られている存在だ。希少価値などありはしない、よって高く売れる訳も無く。知識の検証による成果はともかく、実質的な金銭の勘定においてここに来るまでの労力やら時間やらを加味すれば、結論としては儲け無し。と言うより、赤字確定である。
(教訓……。帰るまでが一狩りです。そして狩りが終わるまでは、浸るのは止めましょう……)
結局一縷の望みは届く筈も無く、ドスランポス系の素材は泣く泣く最初の遭遇で弾け飛んだ鱗数枚のみで終了となるのであった。