モンスターハンター~狩人レナードの軌跡~≪改稿版≫ 作:ATA999
「ほんっと、今度ばかりは信じられませんよっ!?」
「いや、正直すまんかった」
「その謝り方、誠意が感じられませんっ!」
今現在セイディがプリプリと言った様子で怒っているのは、非常に簡単な事である。
高さが大体目算で30m、下手をすれば50mはあるやもしれん崖を、レナードがお姫様抱っこをして一気に飛び降りたからだ。
この体勢では流石に受け身を取る事も叶わず、まるで某未来少年のようにビリビリっと痺れる事になったのだが、セイディにそれを揶揄出来るだけの余裕もある筈が無かった。
コードレスバンジーは、少々セイディには刺激が強すぎたという事なのだろう。本来ならえっちらおっちらとツタを伝い降りるトコロなので、レナードとしても言いたい事は分かる。一応レナードが付いていたので怪我も無いとはいえ、そういう事でも無いだろう。
「まぁ、そんな事よりもだ。今後の俺達の方針を話していこう」
そんな事と言った辺りで再び何か喋ろうと気色ばんだが、セイディもハンターとして最低限の冷静さは残していた。不承不承ながらベースキャンプにある船の上に座り、頭の防具を外して聞く態勢へと移った。ちなみに、リューズは暢気に足を組んで昼寝をしている。クエストを達成してもまだ寝ていたら海に突き落としてやろう、レナードは母なる大河に固く誓った。
「まず、先の遭遇で無事にペイントボールを付着させる事に成功させたおかげで、後大体二時間程度の間はイャンクックの位置が分かるようになった。水浴び程度じゃ簡単には落ちないからな……簡単に、落ちないからな」
「こ、これで、次に向かう時は大荷物を持っていっても出来る限り消耗は避けられますよねっ!?」
「そう、その通りだー偉いぞー、ご褒美に美味しいこんがり肉をくれてやろー」
「えへへ……って、子供扱いしないで下さいっ! そんな物で喜んだりしないし、さっきの事も許したりは……ってそれ元々私のじゃ無いですかっ!?」
ガーってな勢いでレナードにツッコんでくるセイディ。容易く食い物で釣られそうになる様子を見、こんな事で大丈夫なのだろうかとお兄さん的立場でレナードは少し心配をする。
咳払いを一つ。
「とにかく、次が正念場だ。急いで持っていく道具の用意と、ここに来るまでに教えたイャンクックの動きと実際に見たモノとの差異を埋めとけよ。時間との勝負なんだからな」
今回、サブターゲットは狙えない。イャンクックを倒す事こそがセイディの目的な以上、ここで倒すのがどう考えても最善なのである。
「どうしてそんなに急いでいるんですか……? ペイントボールが切れるにはまだ時間がありますよ?」
「それだけじゃあ無い。俺達はイャンクックを探すのに、少しばかし時間を使い過ぎたんだ」
上を見上げる。未だ雲一つない青い空が見えてはいるが、幾らか太陽が傾いているのが分かる。
「夜が来る前に、このクエストを終わらせるぞ」
「え、でも鳥目って言うくらいですし、夜なら昼行性なあちらも不利に働くんじゃ無いんですか?」
良く昼行性なんて言葉知ってたねー、という想いを込めてセイディの頭を撫でる。レナードからは何も言いはしなかったのだが、生暖かい眼差しで馬鹿にされている感じはしたのだろう。「何か不愉快ですっ!」と言って払いのけられてしまった。
「夜の暗闇は、確かにあちらにも影響を及ぼすだろう。でもな、セイディ? 忘れたか、イャンクックは耳が大きく聴覚が発達しているんだ。相対的に視覚が総べる割合は減っているだろうし、それにもう一つ。ここは密林だ、見通しが非常に悪い環境にある。舗装されていない足元には、木の根なんかも浮かび上がっていたりしていつ足を取られて転んでもおかしくは無いだろう。一つのミスが容易く死を招く大型モンスターとの狩りで、そんな真似は許可出来んよ。――とにかく、狩るのなら日中だ」
レナードが今までイャンクックを倒したのは全て昼間の時だ。流石に夜間のイャンクックの行動までは情報を手に入れてはいないので、もしも夜間特有の行動だとかいった予測不可能な行動があった場合にはセイディのフォローまで手が回らない可能性がある。
どう考えても日が出ている間に狩った方が夜間よりも良いのだ。
「大タル爆弾なんかの荷車は俺が持とう。これからこういった嵩張る荷物は、常にエリアとエリアの境目に置いておくように。普段は片手剣の基本らしく、動き回ってかく乱出来る軽装になって、いざと言う時だけ所持するようにしたりすればいい。……ああそうだ、それで初めて遭遇した大型モンスターの感想はどうだった?」
問い掛けられたセイディは、そっと目を閉じる。
思い出しながら話しているのだろう、ポツポツとした語り口となっている。
「最初に、首から上だけがこちらを向いた時。息が出来ませんでした。ドスランポスと向かい合った時も、ドスファンゴと向かい合った時にも感じた事の無い感覚で……多分、あの時初めて目の前のモンスターに『食べられる』って思ったんです」
「そうか……それで? もう止めて帰るか?」
そんな事は有り得ない。
心の中で確信しつつ問い掛ける。知り合ってからのごくごく僅かな時間、しかしその結論に至るには十分すぎる時間をレナード達は過ごしてきたのだ。
レナードからのその信頼に応えるように、セイディもまた強気な笑みを口の端に浮かべながら続きを語る。
「怖いです……確かに、あの時純粋に怖いと思いましたが、ええ――狩ってやるとも思いましたとも!」
「上等! それでこそハンターだ、俺の弟子だっ! ご褒美に高い高いをしてやろう、ほーれ高いたかーい」
「わっ、師匠止めてくだ……って高いっ!? ホントに高すぎますけど~っ!?」
ポーンと上空に放り投げ、セイディはボスンと砂浜に落下。柔らかい砂浜なので、ただでさえ気の効果で頑丈なハンターの体は傷一つ付きはしない。
「いたたっ……。ぺっ、口に砂が……。もー、今のは二人してカッコよく笑い合ってさあ行くぞってトコロじゃ無いんですかっ!」
「そういうのは、もっと大物の時までとっとけよ。何せイャンクックは、生物学的な分類は飛竜種じゃ無くて鳥竜種なんだからな」
「ぇ……えーっ!? 聞いてないですよーっ!? そんな、今までずっと飛竜だと思ってたのに……!?」
「まぁ、飛竜種のような動きをするから巷では小型の飛竜として扱われてたりもする。だから、生物学とかの分類でもなければあながち間違いでも無いけどな。お前にイャンクックを討伐しろって言ったお前のトコの村長も、もしかしたらそういう勘違いをしてたのかもしれん。……まぁ、それはさておきだ。準備はいいか? 肉は食ったか、肝心な時にスタミナ切れとか勘弁だぞ」
「おっけーですっ! こんがり肉に刻んだジャンゴーネギを上にのせたモノを、しっかり味わっていただきましたっ!滴り落ちるこんがり肉の肉汁をですね、ジャンゴーネギが良く吸ってくれるんですよ、これが……」
「力説する場所が違うだろ……。まぁいいや、それじゃ出発! えー、現在の目標は――エリア5だな! ……エリア5っ!?」
深呼吸をし、場所を確認。
イャンクックは、どうやらレナード達の真上にいるようであった。
当然、大荷物を抱えてこの目の前の絶壁を登れる訳も無く。
「無駄に遠回りになりそうだ……」
「ですねー……」
どこか幸先の悪い始まりがレナード達のデフォルトにならないように、二人はただただ祈るのであった。割と切実に。
◇
「まだいてくれて良かった……。これでまた密林中を飛び回られていたらと思うと、ゾッとする」
「いたらいたで、ホッと出来ないのが救われませんけどね……」
「上手い事言ったつもりか」
目の前にいるイャンクックは、発達した顎で土を掘りその中に入っている昆虫を食べている。全長で9m強ほどもある大きな図体だ、それを小さな昆虫で賄おうとするならば多くの時間を餌探しに裂かなければならないのだろう。
あちらは食い気で気もそぞろ、こちらは風下かつ身を隠して動いていない為、同じエリア内とは言ってもまず気づかれることは無い。安心して最後の打ち合わせを出来る。おまけに高所に位置している影響か、風が吹いていて話し声もかき消してくれるのだ。
「よし、セイディ。もう一度言っておくが、まず俺が行って周囲の邪魔者を片付ける。その後、俺は極力指示を出すか、周囲から来る邪魔者を退けるような援護だけに留まる。……まぁ、危なくなったら手助けはしてやる。だから、お前は何も気にせずイャンクックの事だけを考えてろ。――それを頼りに気の抜けた動きをしたら本気で怒るが」
「はいっ!!」
弟子の気合十分な様子に師匠は満足げに頷く。セイディは、瞳に確かな力を宿して身構えていた。
「よーし、それじゃあそろそろ行くかな」
「……そういえば。師匠、師匠って初めてあった時に大剣を使っていませんでしたか?」
「うん、そうだよ? 俺は間違いなくハンター命の大剣馬鹿だ」
「え、ならどうして……?」
セイディは困惑を隠しきれずにレナードの背に目をやる。
何を隠そう、今のレナードの得物はいつも用いている武器とは種類が違うのであった。一応言っておくと、レナードがセイディと会った時に背負っていた蛇剣【蒼蛇】から愛用する得物はバスターソードになったのだが、そういう事でも無い。
動きやすさこそが信条であり、他の武器よりも多い手数こそが最大の武器。癖の無い使いやすさと片手で道具が扱えることから、ギルドでも初心者には奨励されている。その上、玄人が用いても絶大な効果を期待できる片手剣。翻って、剣とは言っても極太なぶ厚さを誇り強大なモンスターの一撃からも刀身を盾代わりにして身を守る事も可能な大剣。
そう、レナードの手にあるのは大剣では無く片手剣。骨の素材を用いて作り出された≪ボーンピック改≫であった。
「はー、話には聞いたことはありましたけど。私も初めて見ました、武器を二種類以上使う人」
この世界では、ほとんどのハンターは大剣なら大剣と武器の扱いは一種類のみを極めていく。それには当然、理由がある。
言うまでも無い事ではあるが、それぞれの武器は全く異なる特性を持っており、当然持つ武器によって立ち回りや役回り等々全く異なってくるものだ。
習熟に軽く年を超える相当の時間がかかる以上、ハンターは基本的に一つの得物を極めていくことが多いのはむしろ必然である。
例を上げよう。
命のやり取りをしている極限の状況、一歩間違えれば容易く死ぬような場面で。
普段は片手剣を愛用しているハンターが、ランスの方がそのモンスターとの相性が良い武器であったが故に新たに修練をしてランスを得物とした場合。
咄嗟に動かねばならない時に、片手剣の感覚で動いてしまおうとしないと誰が言い切れるだろうか。殆どの者が、僅かながらの可能性が胸をよぎり言い切れないだろう。そして言い切れない者は、己の得物を一種類に定めるのだ。
片手剣の扱い方を、頭で考えずとも体が覚えているという高いレベルまで修練していた事が、この場合は逆に仇となる。二種類以上用いていると、そのような事態が起こる事は何もおかしくはない。
その為、二種類以上種類の違う武器を用いている者は余程器用さに自信があるか、それを元から考慮に入れて修練をした者ぐらいしかいない。それがこの世界に生きる者の定説だ。
「師匠って片手剣も使えたんですねーっ! 中々器用です、はい」
「お褒めに与り光栄だが勘違いすんなよ、片手剣使ってたのはハンターに成りたての期間、数週間だけだからな」
「……はい?」
事実、今レナードが持っているのは、セイディの持つアサシンカリンガと比べて切れ味に劣るボーンピック改、元の素材が竜骨【小】なだけあって半ば鈍器の如く殴りつけるように使うしかない物でもある。
「えーっ!? 自信があるから片手剣使ってるんじゃ無いんですかっ!?」
「自分、不器用ですから」
「じゃあ何でそれ選んでるんですかっ!?」
「まー、当然今のは冗談だ」
「……ですよね、流石に私もそれはおかしいって思ってまし――」
「正確には実働数日だな」
「――それはおかしいっ!?」
打てば響くようにレナードの軽口に突っ込んでくれる。つい、笑みが零れてしまう。
(一人称視点での片手剣……訓練やベテランの付添有りならともかく、個人での実戦はこれが初めてだ。――まぁ今後の為にも、片手剣での立ち回りはどうしても確認しておかなきゃいけないからな。うー……それにしても、やっぱ見た目ほっそい骨って言うのは頼りねーなー)
何せ実の所、レナードの心中は不安がいっぱい夢いっぱいな具合であり、もういっぱいいっぱいだ。仲間内での軽口も、これはこれで行き過ぎれば気が抜けてしまうモノの、弁えてさえいれば程良いリラックスが保てて良い事を再認識してしまう。
「お、来た来た。ランポス」
別エリアより、イャンクックのおこぼれに与ろうとでもしたのかランポスがやってきた。
今回、イャンクックは土を掘り虫を食べてるだけだから骨折り損なのだが。
「うーむ……今俺に狩られたら、文字通り骨折り損になる訳か」
「はいっ?」
「いやっ……何でも無い。それより、だ。これから俺がイャンクックの周りにいるランポス……今二頭いるな、そいつらを狩る露払いと、片手剣での立ち回りの参考を見せてやるから。とにかく大事なのは、イャンクックがどう動くかって事。しっかり見とけよ」
「え、でも師匠片手剣は今数日しかやってないって……!」
「間違えんな、『実働』、数日だっ!!」
勢いよくイャンクックと二頭のランポスがいる方へと駆け出す。有無を言わさず抜刀しながらのジャンプ攻撃による奇襲で一頭のランポスを斬り倒す。
(大丈夫っ、いけるっ……!)
思考を変える。今までの豪快な大剣での戦い方から、軽やかに立ち回る片手剣の思考へと。
俯瞰していたあの頃のような動きをシミュレーションした内容を、頭の中でイメージしながらそう心掛けていく。
イャンクックは未だ索敵中のようだ、のっそりとした様子で周囲を伺い見るからに動きが鈍い。
(その間にランポスを狩り倒すッ……!)
ランポスはギャアギャアと威嚇で騒いでいるが、所詮それは声でしか無く。レナードを止める為の何の抑止力にもなりはしない。
なので動きは止めない。再度、駆ける。
二頭目のランポスへ向けて、今度は違うやり方で仕留めようと試みる。
左手に持つボーンピックを振り下ろす。ランポスの頭に当たり、仰け反らせるに留まるそれは、しかしまだ終わりでは無い。
振り抜いた腕を右から左へと手首を反すような横斬り、そしてそのまま体を捻りつつ一回転、剣を振り抜く回転斬りが流れるように続けられる。
『ギィ、ギャアァァァッ!?』
反撃すら許す事も無く地に伏したランポスを、しかし一瞥して息絶えた事を確認した後は歯牙にもかけない。
遂に、イャンクックがこちらを認識したからだ。
『コカカカカ、キヤァー!!』
「うしっ、勝負だ鳥野郎……!」
こちらに威嚇の声を投げかけてきている間に、レナードは相手の足元へと移動する。何せイャンクックの体高は約3m、左手に持つ剣が届かないと話にならないからだ。
と言っても、足は狙わない。人間よりも遥かに重い体重を一手に支える部分だ、細そうに見えたところで相応の固さは持っていて然るべきなのだ。
となれば、他の飛竜にも大体共通しているが狙うは――腹。
「お……おおらぁぁっ!!」
イャンクックが何らかの行動に移る僅かな時間を無駄にはせず、連続した攻撃で幾度も腹部を斬り付ける。イャンクックの中で最も柔らかい肉質であるそこを狙うのが基本的な戦法であった。
大剣なら、同じく腹部と同程度の柔らかさの耳や翼膜まで届かせることが出来るのだが。
そう考えつつ、レナードは数撃で見切りをつけ前転で転がりつつイャンクックの後方へと距離を取る。
「おおっとぉっ!」
――――ブオオォン!!――――
空気を引き裂き、薙ぎ払われる尻尾。あそこで欲をかいて斬り続けていたら、間違いなく強靭な尻尾で体が持って行かれていただろう。
(片手剣だと、ちと怖いな。もう少し……一挙動分ぐらい早めに動く、か)
僅かな微調整を己に施しつつ、冷静に更なる動きを試していくのであった。
◇
「凄い凄いっ、あんな動き見た事無い……!」
知らずセイディは、両拳を硬く握り締めていた。
しかしそれも仕方が無い。目の前の光景は、それ程までにセイディの心に衝撃を与えていたのだ。
「でも……あんな立ち回りじゃ、幾つ命があっても足りないですよぉ師匠……」
全く新しい価値観に触れたように心が震える反面、傍から見ている限り危なっかしくて見ていられない。
何せレナードの戦い方は普通のハンターならまずしないような、まるで崖の上ギリギリを目隠しで歩くようなリスクの高い戦い方だったのだ。
一撃でも喰らえば、ハンターとして致命的な後遺症が残るかもしれない。
それを考慮に入れれば、どんなにリターンが大きかろうと極力リスクを避けて通るのがハンターというもの。
そしてリスクは避けた上で、それなりの成果を上げていく。それが優秀なハンターと呼ばれる者なのだ。
何故ならハンターとは困った民衆を救う正義の味方でも無ければ、颯爽と登場するような英雄でも無い。生き方では無く、れっきとした稼業である。時として、そういった無茶を行わねばならない時もあるかもしれない。だが初めからリスクを度外視して狩りを行う者は、そういう意味では真のハンターとは言えない。
少なくともセイディは、故郷の村において師であり先輩ハンターでもある父にそう教わった。
血気に逸るなと。『行けるかもしれない』なら行くな、と。常に冷静に、準備を万端に。そうした上で、己を取り巻く事象全てを判断材料とした上で『確実に行ける』時にだけ行け、と。
若干愛娘に対する必要以上の過保護な心配はあるとは思うが、歴戦のハンターとして言っている事は何もおかしくは無い。
この世界に生きるハンターの視点から行けば、間違い無く異端はレナードの方であった。
だが。
例え、ハンターの常識から言えば間違っているとしても。
レナードが戦っている所を見ていると、怯え震えそうな心が奮えてくれる。
同じパーティというだけで、恐怖に粟立つ心が落ち着いていく。
ジャンボ村の村長は、彼の事を優秀なハンターだと評していた。でも、もしかするとそれは少し間違いかもしれない。
武器や防具を身に纏い、己よりも大きなモンスターに真っ向から戦いを挑む。
無論、道具も扱うし時に逃げもするだろう。
それでも、その姿は幼い頃母に寝物語で聞かされた話にそっくりで。
そんな彼を表すのに、ハンターよりももっと的確に表しているモノがある。
――英雄。
そこにいるだけで、周囲の人に安心感を与えるような存在。
あるいは、自分が師事した人物は将来そう呼ばれるようになるかもしれない。
セイディは漠然とそう思う。
「少しでも……しっかり見ておかないとっ……!」
今目の前で行われているあの動きを、そっくりそのまま真似る事は無理だろう。それは今現在のセイディだけでは無く、将来成長しているであろうセイディでも、だ。
あんな戦い方をしていたら、攻撃が当たって体が壊れるのが先か、過度の緊張から心が消耗するのが先かと言った具合になるのは目に見えている。
ただしそのまま彼の猿真似を行うならば、だ。
必要なのは、適応化。
レナードの動き、その一つ一つを取ってみれば基本に忠実であり自分よりも洗練されているのは間違いないのだ。ただ、それらを掛け合わせた全体の方向性が違うと言うだけで。
その為セイディは、少しでも多く自分の動きに取り入れる事が出来るように目を皿にして食い入るように見る。いや、観るのであった。
――――キィイインッ!――――
「うー……慣れないなぁ、これ」
甲高く控えめな爆発音と世界を白に染める光がエリア5に広がる。
レナードが閃光玉を投げた為だ。
しっかりと様子は見ていたのでいち早く対処する事は出来たが、事前に教えてくれればいいのに、と恨みがましく呟いてしまう。命を懸けて戦っている最中である事は当然心得ているので本人には言わないが。
「ふぅー、こんなモンだな」
そうこうしている内にレナードがこちらに戻ってきた。どうやら距離を置く為、閃光玉を使ったようだ。今もグルグルとイャンクックが居もしない敵に向かって尻尾を振り回している姿は、どこか滑稽さを思わせる。
「少しは参考になったか?」
「あー、えーと。……はい」
「正直な感想ありがとう。まぁ、お前はお前のやり方でやればいいさ。どうせそっちはオマケだ。俺の動きはともかく、イャンクックの動きは大体分かっただろ?」
「はい、それは勿論っ!」
あれだけしっかりとお膳立てしてもらって観察をしていたのだ、それでまだ分かっていなければ絶望的にハンターには向いていない。
当然、曲がりなりにもセイディはそのクエストの消化速度の速さから優秀と周りから目されているくらいだ。それ自体は無茶からくるものではあったが、事前に仕入れた情報に今しがた見たイャンクックの動きを合わせれば、実際に狩りを行ってもある程度余裕を持って対処出来る。そして心に余裕が出来るという事は、すなわちセイディ本来の戦い方を可能とする事を表していた。
先程まで力強くも軽やかに動き回っていた為に僅かに息を乱しているレナードの目を見ながら、セイディは自信ありげに返事をして頷く。
「最後に一つ……お前もドスランポスなんかで経験はしただろうが、モンスターは傷付いていって怒り状態になると動きが速くなって力強くもなるから。硬さだって変わる場合はままある。それだけは気を付けろよ? 狩っている最中にいきなり動きが変わったりしたら、リズムが狂わされてマズイ状態に陥りやすい」
動きに慣れるまでは、自分で『いける』と思えるまでは安全に距離を取れよ、いいな?
奇しくも父親と同じその言葉を最後に、レナードは腕を組んで傍観の姿勢を取る。
後は任せた、という事だろう。
(それなら師匠……後の事は、任されましたっ!)
心は熱く、されど冷静に。丁度閃光玉の効果が消えたイャンクックへと、セイディは軽快に駆け出すのであった。
◇
「ふぅむ……。少し遠巻きに過ぎる、んじゃ……? あぁ、いやいや。腰はひけてないし別に問題は無いか」
どうにも三人称視点で狩りを見ていると、如実にゲームと比較してしまうからいけない。
レナードはポリポリと指で頬を掻きつつ、反省をする。
(それに、そうだ。俺は人一倍頑丈だからな、そんな俺の感覚と他の人の感覚は一緒にしたら駄目だろう)
「あれ? だとするとイャンクック狩猟させるの早まった……?」
胸中で嫌な想像をしてしまい、レナードはタラリと汗を流す。
(いやだって、村長とかも一応知ってるみたいだったし。実力的に駄目だったら止めてるはずだし? 止めてないってことはイャンクックも倒せるだけの力は十分あるって事だし?)
だから何の問題も無いはずだ。はず、である。
うずうずとした体の動きを抑えつつ、レナードはそう結論付ける。
「……でももう少しだけ近寄っておくか、うん。備えあれば何とやら、万が一があると怖いし。念の為念の為、火の用心火の用心」
最早自分が何を言っているのか分からなくなってきている感のあるレナードである。だが、その事を指摘する者はここにはいない。
見た感じでは、セイディは基本的にイャンクックとは距離を取っており、余程隙が大きい時や、無ければ閃光玉やペイントボールを大きな顔に投げつけたりして隙を作ってからあくまで無理の無い程度に斬りつけている。
「ほっほう、今度はシビレ罠ですか。あー……そりゃ、あんだけ大荷物にもなる訳だ。何かしらの道具を使って安全第一に隙を突いていくのがアイツのやり方か。……全く、ペイントボールを顔にとか想像もした事無かったですわー」
だが言われてみれば確かに、あれは効果的なのだ。あのネンチャク草特有のネチャネチャとした感覚は肌にくっ付けば非常に鬱陶しい。硬い甲殻に感触があるのかどうかは残念ながら不明だが、生き物である以上目などに付着すれば鬱陶しい事この上ないのはレナード達と変わらないだろう。
何せペイントボールを顔面に喰らえば、視覚と嗅覚に大きな影響を及ぼすのは身を持って実証済みであったので、その有用性は認めざるを得なかった。不本意ながら。
「今度俺も使ってみよ……ん?」
見ると、セイディも大分パターンが掴めてきたのか、動きにどこか自然な滑らかさが出てきている。初めの僅かに残るぎこちなさ、それが取れたようだ。
「うん、尻尾も距離を取ってしっかり避けてる。火炎液も問題無いな、嘴の啄み……見切ってる、と」
多少時間はかかるだろうが、このまま行けば無傷で終わるかもしれない。それくらいに安全さを重視した動きに、レナードとしても安心して見ていられる。
「まぁ、元々心配なんかしていなかったけどな……不味いッ!!」
イャンクックの様子が変わった。
頭を振りながら、その巨体をものともせずに飛び跳ねている。
アレは怒り状態への移行した事を表す動きだ。セイディは、慎重に様子を見ながら盾を構えている。距離を取っている為、彼女からして見れば間違いでは無い。だがあれでは、怒りから動きの早まったイャンクックの攻撃に捕まってしまう。
案の定、と言うべきか。一度は威力の増した啄みを何とか盾によって防いだセイディだが、そのせいで大きく後退させられバランスが崩れている。そんな状態のセイディに、間髪入れずイャンクックは次の攻撃、噛みつきを繰り出そうとしているのが分かる。
「届けぇっ!!」
走りながら、腰から閃光玉を探し当てイャンクックの目の前に向かうように放り投げる。
この狩りで何度目になるかわからない程花開いている閃光の花は、今度もまた期待を裏切らずにイャンクックの目の前で煌びやかに咲いてくれた。
丁度、セイディが噛みつかれる直前であったが為に目を瞑っていたのも功を奏した。
もがき苦しむイャンクックを尻目に、その脇をすり抜けるようにセイディの手を掴んで起こしつつ一目散に隣のエリアへと駆けるのであった。
◇
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「……ふぅ、ここまで来れば大丈夫だろ」
二人して石床に座り込む。イャンクックはまだ隣のエリアのままだ、それは狩りの最中にセイディがペイントボールを投げつけてくれていたおかげで分かる。
息も整え、どこか申し訳なさそうな顔でレナードの方を見ているセイディの顔へ、レナードはそっと手を伸ばす。内なる想いを隠す為に、顔は優しく微笑みを浮かべていた。
「セイディ……目を、瞑れ」
「……え。え、ええぇっ!? いや、そんな私はですねっ――」
「いいから。瞑りなさい、セイディ」
「……は、はいっ」
ギューッと固く力を込めて目を瞑るセイディの顔の輪郭に優しく手を添えながら――レナードは勢いよくデコピンをお見舞いする。
「痛たっはあぁぁぁっ!? な、なななにゃにをすんですかー!?」
「喧しい、だから怒り状態は動きが速くなるから気を付けろと言ったのに、何で初見で動きを止めてじっと見守ってるんだお・ま・え・は~!」
「いあたっ、いた、いた、痛いですよー!?」
「当たり前だ、バカたれ。痛くしなきゃ何の意味も無いだろうが」
「本気で痛かったんですが……。うぅ、絶対おでこ痣とか瘤とかになってるよぉ……」
額に手を合わせて涙目になってるのを見て、ようやく連続デコピン制裁を止める。聞く体勢になるのを待って、アドバイスを話し始める。
「何度か見てどれぐらいの速さかを経験して把握していないなら、お前の戦い方なら形振り構わず走って逃げて距離を取れ。多少の時間や資源がかかっても、とことん安全性を高める。お前、そういう戦い方なんだろ。ん? 別にそれを俺が否定するつもりは無いから」
言いつつ、キュポンと音を立て回復薬を一気に飲み干す。グビリグビリと喉を通る感覚が、実に心地が良い。美味しくは無いが、狩場の緊張感が喉を想像以上に乾かせる為、大抵の場合レナードに文句は無い。
「まぁいい、本格的なお説教は無事に狩りが終わった後だ」
「まだ続くんですね……」
「ベースでも言ったが、もう時間が無い。が、経験から言うと向こうも向こうでそれなりに体力は削れてきてる。恐らく後一押しで巣へと戻って体力回復をしようと試みるだろう。ああ、そうだ――」
「イャンクックは体力が無くなると足を引き摺りながら巣へと戻ろうとするんですよねっ!」
「……ああ、そうだ」
先に言われてしまい、どこか面白くない。つい、仏頂面になってしまうのを感じる。
そのまま、どこか鼻高々と胸を張っているセイディの鼻の頭を、レナードは指でピンッと弾きながら立ち上がる。「ふおおっ……!?」と色気の無い悲鳴を上げ、顔を両手で押さえながらの抗議の視線は飄々と受け流す。
「……ところで、師匠? なんで今回は片手剣を使おうと思ったんですか? 確かに動きは凄かったですけど」
「ん……まぁ、ちょっと今後の為に、な。取り敢えず、この『ボーンピック改』を強化していって毒属性を付けたいと思ってるんだ。麻痺も悪くはないけど、やっぱ毒だな。うん、毒」
「はぁ……毒ですか。あんまり考えた事が無かったですねぇ」
要領を得ない返答を返してくるセイディ。片手剣を使っている癖に、状態異常の重要さをまだ理解していないらしい。いずれ教育しておかねばならないだろう、既に暫定と考えていた事も忘れ、レナードは今後の教育プランを組み立てていた。
「ほれ、砥石で軽く武器研いで。それから携帯食料食ってスタミナ回復、それから回復薬飲んだら出発だ」
「ふぁ~い……」
どこか気の抜けた返事をするバカ弟子を軽く睨みつけながら、レナード達は再度狩場へ向かうのであった。
◇
「よし……設置完了っと」
エリア5の片隅に、ボシュッと音を立てて落とし穴が展開される。セイディがイャンクックを引っ張ってきて、レナードが設置した落とし穴へと落とす手筈になっていた。サポートに徹するという方針からくる役割分担であった。見晴らしのいいここからは、セイディがイャンクック相手にちょっかいを出しているのが良く見える。距離を置いて、未熟さ故にどこか危なげに、それでもヒラリと攻撃をかわしている様子は、宙に舞う木の葉か紙切れのような印象を受ける。当たりそうで当たらない印象を受けるので、見ている側からすれば冷や冷やとしてしまう。蝶が舞うよう、と言われるまでにはまだ時間がかかるだろう。
他の用意として、万が一イャンクックの攻撃で爆発しないよう落とし穴から少し離れた物陰に大タル爆弾が上に乗った荷車なども置いてある。更に、セイディからは事前に何か問題が起きた時用として、わざわざ持ってきていたらしい携帯用シビレ罠まで渡された。そういった点は用心深い、あるいはドスランポスやドスファンゴの時にそういう経験をしたのかもしれない。
道具を多用して安全確実に狩りを行う、セイディらしい狩りの仕方と言えるだろう。
――パプゥゥゥンッ!!――
「よしよし、来たな」
設置を終了した合図として角笛を吹く。深く息を吸い込んで放たれたそれは、エリア中に響き渡りイャンクックを惹きつけ、同時にセイディには設置完了の合図として把握させてくれる。
必死の形相で真っ直ぐこちらへ駆け出してくるセイディ。それを追うクック。レナードの経験上両者の距離はそこまで焦る位置に無いだけに、不謹慎ではあるが苦笑いを浮かべてしまう。
「師匠っ、ししょ~っ!!」
「おー、ここだ。ここまで走って来い、セイディ!」
「そ、そこですねっ……ととっ、うひゃあっ!?」
「はい、ゴール。……しまんないね、お前も」
「うう……。ぺっぺ、土が顔にべったりぃっ……」
最後の最後で両手を前へと投げ出しズザーッとヘッドスライディングをかましてくれた弟子を横目で見つつ、イャンクックが真っ直ぐにこちらに向かってくるのを確認する。
血走ったようなその眼差しは、苛立ちの元である俺達二人をしっかりと捉えている。
一直線、何物にも邪魔はさせないと言わんばかりの疾走は――だからこそ、容易く罠へとかかる。
『キヤアァァァッ!? ギャアアアァア!?』
数百㎏の体重でもって踏み抜かれた落とし穴。その翼膜や甲殻へネンチャク草が材料である粘着力の高いネットが絡まり、羽ばたこうとするイャンクックの動きを阻害する。
「さあ、急げッ!」
「は、はいっ!」
その間、何もレナード達はぼーっと見ていた訳では無い。わざわざ嵩張る荷物の代表格とも言える大タル爆弾を荷台に載せてまで持ってきたのは、全てこの時の為なのだから。
「ちゃんとアイツに爆風が行くように置けよ?」
「分かってますっ!」
ただ置くだけ、と言えるほど爆弾の設置作業は簡単では無い。距離が近すぎると暴れもがくモンスターの体にぶつかり、離れる事も出来ずに共に爆発の餌食になるという危険性が生まれる。しかしだからといって離し過ぎると、十分なダメージが見込めずに狩猟計画が狂ってしまう。
落とし穴に嵌って身動きの取れぬモンスターの横に爆弾を置いてくる。一見子供の使いのように思える作業でも、非常に奥の深いものとなっているのだ。
いち早く置いたレナードの真横に、セイディもまた大タル爆弾を設置する。即座に距離を置き、この狩りを終わらせる一撃をセイディに促す。
「さぁ……決めろ、セイディ!」
「はいっ! ……てぇ、やぁっ!!」
勢いよく投げつけられた石ころ。それは寸分違わず設置した大タル爆弾へと吸い込まれるように向かっていき、苛烈な大輪の紅花を咲かせた。
大タル爆弾二個分の大火力はイャンクックの黄色い嘴や耳を炙るように灼き、柔らかい翼膜も固い甲殻も分け隔てなく撫でていく。
『ゴアアァァァッ!?』
断末魔の叫びを天へと投げかけ、そしてどうと身を投げ出し息絶えた。寸前に放たれた『キヤアァァ……』という鳴き声が、何とも寂寥感を呼ぶ。
「まぁ悪く思うな、これも弱肉強食だからな……」
レナードがチラリと横を見ると、セイディが呆けたように口を開けている。未だ自分が成したことへの実感が追いついていないのだろう。そうしていても仕方が無いので現実に戻す為に、軽く肩を叩いて正気に戻す。
「ほらっ、まだ狩りは終わっちゃいないぞ?」
「あっ……えと、師匠。……私、えと。飛竜、倒したんです、よね?」
流石にここで先程の様に「いやだから、イャンクックは鳥竜種だから」などと無粋な返答はレナードとてしない。
ただ、笑みを浮かべて一言。
「ああ。……お前が倒したんだ」
「……っ! はいっ!!」
感極まったかのように涙ぐむ弟子に笑いかけながら、剥ぎ取りナイフを手に獲物へと向かうのであった。
ただ。
「……ふむ」
(血と泥に塗れて、涙を流しながらも嬉々として解体していく女の子か……)
若干、目の前の光景に腰が引けてしまったのは余談である。