モンスターハンター~狩人レナードの軌跡~≪改稿版≫ 作:ATA999
最近、密林の奥地の方からコンガ達が出てきてるって話だ。何かあってからじゃ、遅いからな……。悪いけど、ちょっと見てきてくれないか! 何かあっても無くても、報酬は弾むぜ!
「おぉ、流石は工房のばあちゃん。ぴったりだ」
「ほっ! 当たり前だよ。それがワシの仕事なんだからね」
カチャカチャという防具が擦れる音すらも、今は耳に心地よい。温暖期のじっとりとした暑さも無くなり、肌寒い寒冷期へと突入を迎えた。セイディとのイャンクック討伐でレナードもやっとイャンクックの素材が必要数集まった為に、工房のばあちゃんに≪クックシリーズ≫一式を仕立ててもらったという訳だ。
工房のばあちゃんの体格からしてみれば一抱えもある鍛冶用のハンマーを堂々肩に担いで言う一言は、何とも頼もしい限りである。
「にしても……あの娘っ子がいないと、何ともさびしく感じるねぇ」
「むす……ああ、セイディの事か。仕方ないって、あいつにも事情がある訳だし」
あのイャンクック討伐からすぐに、セイディは自分の村に帰っていった。時間から言って、村の人がどこかに疎開し始めるまでにはおそらく間に合う事だろう。これでセイディは、晴れて村付きのハンターとなる訳だ。
レナードとて、時折パティと酒場などで姦しくも世間話をしている様子が見れないとなると、確かに胸に広がる寂しさも無きにしも非ず。
「……まぁ、枯れ木も山の賑わいって感じかな」
「素直じゃないねぇ……子供なんざ素直が一番だよ」
「もう18なんだから、子供って年じゃ無いよ……」
「年なぞ関係無い。ワシから言わせれば、アンタも毎日村中を走りまわっとる村長も、同じケツの青いハナタレじゃて」
「あー……それじゃ、また!」
受け取る物はもう受け取った。腕組みをしてカカ、と笑う工房のばあちゃんにこれ以上何か言われる前に、レナードは逃げ出すようにして工房を後にするのであった。
◇
「さて、どうするかな」
慌てて工房から飛び出すように出てきたが、レナードが今日予定していた用事は防具の受け取りの為、それも完了した今となっては特にこれといった用事も無い。敢えて言えばしばらく新たな防具を実際に身に付けて暮らし、不備があれば工房へと報告しに行くぐらいか。工房の主の腕前からすれば、そんな不手際は万に一つも考えられないのだが。
「家に帰ってニャーの相手でもするかー」
「フッ……随分、余裕だな」
「む……お前か」
一人の男がレナードの元に歩み寄って来た。口元に浮かべたニヒルな笑いに常に装着している黒いフードがトレードマークのハンター、名前をレオンと言う。着ている装備は≪ハンターシリーズ≫となっている。頭のみヘルムを付けずにフードを被っているところがレナードとしても気にならない訳では無かったが、詮索するのは流石にレナードも自制した。自分に探られたくない過去があるように、誰にだって探られたくない過去というのは存在しているものなのだから。レナードは最有力な推測を以て結論付ける、多分10円ハゲでもあるのだろう。
「……何の用だよ」
「ご自慢の愛弟子が自分の村に帰ってご機嫌斜めか? やれやれ、八つ当たりは止めるんだな」
「俺は、お前が、嫌いなんだよっ!」
「フッ……奇遇だな、オレも同じ意見だ」
他者に対しては割合人当たりの良い対応を取るレナードにしては珍しく、敵意を剥き出しにして睨みつける。その態度に違わずレナードは目の前の気障な男を快くは思っていなかった。
何故ならこのレオン、やたらレナードと被っているのだ。名前からしてレナードとレオンであるし、年齢・性別も同じで使っている武器まで同じ大剣。初めて出会った時は武器と防具の種類すら同じ有様だ。偶々そこに居合わせたパティにペアルックなどとからかわれたのは、レナードにとって忘れたくとも忘れられない恥ずかしい思い出となっている。その頃から、互いに意識するようになった訳だ。≪ハンターシリーズ≫も、レオンが使っていた為にやむなく使用を止めている。
「まぁいい……今日、話しかけたのはオレもイャンクックを討伐する事が出来たからだ」
「へー、ようやく? 随分とまぁ、レオンさんはのんびり屋さんなんですねー」
「……フッ。いや何。新しい防具に浮かれて馬鹿みたいな顔で歩き回る程にはのんびりとはしていないぜ」
「…………」
「…………」
「「……ふんっ!」」
全く同じタイミングで顔を背けて、レオンはそのままどこかへ行ってしまう。
ちなみに、何故お互いの事を目の敵にしているかと言うと。最大の理由はそれぞれ狩りの腕ではレナードの方が一歩先に進んでいるが、レオンはレナードより見た目が良かった。
ただそれだけの事である。どちらが下らない理由かは言うまでもない。
「たくっ……。ケチがついちまったな、全く」
折角の高揚した気持ちも、先ほどの邂逅ですっかり下がってしまった。とは言え、とレナードは気を取り直して酒場に向かう。
(今日は家で過ごすつもりだったけど、予定を変更して密林へと向かおう。やっぱ実際に具合を確かめてみるのには、狩場が一番だ。断じてレオンに触発された訳では無いけどな!)
などと誰に言い訳するでもなく心中で呟きつつ、新たな村の居住者が住まう家の建築をしている横を抜け酒場のカウンターへと向かう。
「パティ」
「はいはい!いらっしゃいませ~! お、早速クエストですか~? 働き者ですね!」
未だ日中の為、酒場で酒を飲んでいる不届き者はいなかった。その為か、何やら書き物をしているパティを呼ぶ。
「何か……そう、寒冷期だしドスファンゴとか無いかな?」
「えっと……。今その条件で受けられるクエストはありませんね~、と言うか今来てるのは特産キノコの採集を兼ねた調査だけです」
「うえっ……マジかよ」
ジャンボ村の周辺は未だ未開の地。大抵、いつ来ても討伐絡みの依頼があるのだがどうも運が悪かったようだ。行っている調査というのも、変わりが無いか見回る定期的なものだ。依頼文にはコンガがどうのと書いてあるが、食欲旺盛なコンガ達が食料を求めてつい本来の生息地から出てきてしまうのも珍しくは無い。
それに既にドスランポスやドスファンゴも問題無く狩ってるのだから、流れからいけばゲームだととうに砂漠も解禁されている時期なのだが、何故かその気配も無く解禁されずにいる為、砂漠という訳にもいかない。
まぁ、元々生き物の少ない寒冷期だし……と自らを慰めるように呟きながら、レナードは仕方なく特産キノコの採集&調査依頼を引き受ける事にするのであった。
「気を付けていってくださいね。お帰り、待ってま~す!」
「へーへ」
ヒラヒラとやる気が無さそうに手を振りながら、レナードは船着き場へと向かうのであった。
◇
「参ったなぁ……」
密林の只中、エリア9でレナードは腕を組み唸りを上げていた。その眉は言葉通り、歪められていた。今回納めるべき特産キノコの数はたったの5本だ。生態系を乱さない目的且つ未熟な者にも打ってつけという事で、少量にする代わりに常に受けられるようにしているそんなクエスト。当然その完遂は容易く、普段ならば一時間もかからずに終えてしまうような容易い量。しかし今回、レナードは自分の知る限りの場所へ向かってみたがいずれも外れ。未だ一本も集められていないという惨憺たる有様となっているのだ。
彼の知っている特産キノコの群生地は10あるエリアの内エリア1・2・5・6・9の五つと、テロス密林全体の半分にも渡る。それでも尚見つからないという事は、それだけ事態の異常を表していた。
異常はそれだけでは無かった。当初は特産キノコを採るついでに、アオキノコのような狩猟に不可欠な消耗品の素材を集めておこうと考えていた。だがそれすらも、根こそぎ密林から無くなっていた。
「特産キノコの方は……こりゃ、どっかのハンターの仕業だな。痕跡が綺麗すぎる」
アオキノコを含めた食用に適したキノコは、一つも見当たらなかった。しかし、そちらは特産キノコがあったであろう痕跡と比べると稚拙な……と言うより、荒々しい掘り起こされ方をしている。十中八九、野生のモンスターが行ったものだろう。
「つまり……。金策か何かで特産キノコを野良ハンターがごっそり収穫。普段はそれを食料にしていたモンスターが、代わりにアオキノコみたいな食用のキノコを食い散らかしている……と。悪質だな、こりゃあ」
全くもって、特産キノコ採集クエストの必要数が少ない理由を理解していない行為だ。後で村長やギルドに報告するべき案件だ、と心に留めておく。
「道理で、モス達も少ない訳だ。……代わりに、あいつらがワラワラと出てきやがる」
その言葉を待っていたかのように、丁度背の高い木々の向こうから二頭やってきた。
あいつら、とはコンガの事だ。コンガは、全身が桃色の毛で包まれており頭頂部のみ黄色い毛が生えている。地肌は黒く、ゴリラを限界までだらしなくしたような体形をしている。
コンガの大きな特徴を挙げる際には、必ずと言っていい程二点が挙げられる。一点目はキノコを大好物としている事。及びその食欲旺盛さ。そして二点目は――。
両腕を大きく広げての威嚇から、コンガは即座に後ろを振り向き力を込める。その力を込める動作は、例えコンガの生態を知らなかったとしても、見る者全てに等しく嫌な予感を想起させる。
「うおおっ!?」
全力で、本当に全力でレナードは大きく飛び退く。イャンクックの時にも見せなかった緊急回避のおかげもあって、ソレの影響を受ける事は無かった。
「くそっ……屁とかこいてんじゃねーよっ!? 何食ってんだ、コノヤロー!!」
そう、コンガの最大の特徴はその放屁や糞にある。屁と聞いて侮ってはならない。人間のソレとは違い、スカンクの方がまだイメージとしては近しいのだ。特殊な成分が混ざっているコンガの屁は、一度悪臭が染み付いてしまえば中々取れず破棄する事も考慮せねばならない。
「あー……色付いてるし、ちゃんと避けた筈なのになんか臭いがする気が」
身に付けているモノに臭いが移るのも問題ではあるが、更に問題は回復薬等を口に含めなくなってしまう事だ。しかし考えてみれば当然の事で、常人に比べ嗅覚も遥かに優れているハンターがスカンクのような強烈な臭いのする屁を喰らえば、何かを口に含もうとすると吐き気を催してしまうのはむしろ当然の事である。体内に入れようとしても、体が拒絶反応をしてしまうのだ。
「おぉらっ!!」
振りかぶるバスターブレイドの磨き上げられた鋸を彷彿とさせるギザギザとした刃が、コンガの決して硬いとは言えない毛と皮膚を袈裟切りに食い破るように引き裂いていく。更に、返す刃で横薙ぎ一閃。もう一頭のコンガもまた断末魔の叫びを放ち倒れ伏す。
あまりに呆気ない終了ではあるが、小型相手ならば二の太刀要らずと言うのは大剣の真骨頂である。短い戦闘時間はそれだけハンターの負担を和らげる利点がある。
「ふぅ……。いっつも気を付けてはいるけど、こいつらの攻撃だけは心底当たりたくないなマジで……」
物理的なダメージ自体は少なくとも、絶対に当たりたくない。思わずかいていた汗を拭う。どうやらレナードは、自分でも気づかぬ内にいつにも増して集中をしていたようだ。
忘れぬように、手早くコンガの素材を手際良く剥ぎ取っていく。
「……ん?」
耳をそばだてる。どこからか、切羽詰まったような甲高い声が聞こえてきた。
「あっちか?」
見ると、一匹のアイルーが腹を空かせたコンガに追い掛け回されていた。コンガは雑食だ。普段はキノコばかりではあるが、空腹が極まりその気になれば獣人の肉も食す。
「まぁ弱肉強食……って訳にもいかんね、知ったからには」
アイルーは人間とほぼ変わらぬレベルの高い知能を持っており、人間の社会にも深く関わっている。その為、動物と変わりないコンガに与するよりは、アイルーに味方した方が後々の利益になる……という建前の元、駆け寄る。
「そこのアイルー! 助けてやるから、こっちに来いッ!」
「ニャッ……」
しかし、切羽詰まっている状況にも関わらずアイルーは迷う。信じられないのだ。村や街の中ならともかく、狩場でアイルーやメラルーは狩りの邪魔にしかならない。その為、ハンター達の中では事前に排除する事すら正当化されているが故に。
「いいから信じろッ!」
「ニ……ニャアッ!!」
果たして、アイルーはレナードの方へと駆け出した。もう少しのところで再度捕まえられず両手が空を切ったコンガは明らかに苛立ちながらこちらへ向かってくる。
「せい、りゃあっ!!」
「ニャッ!?」
ランポスグリーヴが土を蹴り、踏み込んだ一撃はコンガを捉える。
慌てレナードの後ろへと走って距離を取っていたアイルーは、攻撃の際のコンガが発した断末魔を契機に小さく悲鳴を上げていた。
「ふいぃ……。よしっと」
静寂の中、剥ぎ取りナイフでコンガの素材を剥ぎ取っていく音だけが森の木々へと吸い込まれていく。
やがて、剥ぎ取りも一段落したころ、おずおずと先程のアイルーがお礼を述べにきた。
「あ、あのハンターさん……助けてくれて、ありがとうニャ」
「ああ、別に良いって。偶々目に入っただけだから」
お礼を言われるのは照れ臭い。そう、態度で如実に示すレナードにまだ何か言いたげな態度でアイルーは立っている。
仕方が無いので、レナードは先を促す事にする。
「ほら、何か言いたい事があるんなら言っちまえよ」
「ぁの……。ハンターさんは、どうしてボクを助けたのかニャ?」
やたら真剣な目で見つめられながらの質問の為、適当な答えを述べる訳にもいかない。あー、だとかうー、だとかと散々答えあぐねた末にようやくポツリと呟く。
「俺の家族に、な。お前と同じようなアイルーが、いるんだよ……」
恥ずかしそうに顔を背けて頬を指で掻きながら。心なしか顔を赤らめながら言うレナードに、アイルーは再度心からのお礼を述べるのであった。
◇
「ハンターさん、こっちニャ!」
助けたアイルーの名前は、ニャン吉と言った。どうやら集落のハンター達数匹で集落の為の食糧を集めていた時にはぐれてしまったところを、あのコンガに襲われたらしい。僅かな時間ではあるが、レナードが一緒に行動している限りでは確かに落ち着きが無い。
お礼をしたいという事で、ニャン吉はレナードを集落へ案内していた。聞くと場所は密林中央部のエリア8、そこに向かう途中レナードは若干困惑していた。
「な、なぁ。アイルー達は昔からそこに住んでたのか?」
「いや、元々は別の場所に住んでたんだニャ。でも、何だか少し前に洞窟の方で揺れがあったんだニャ。もし大型のモンスターがいたら危ないからしばらくして偵察に行ってみたら、そこに丁度都合よくボク達が住めそうないい場所が出来てたって訳だニャ!」
「あ……そう。そりゃ、良かったねぇ、ホント……はは、ははは」
エリア8と言えば、かつてジャンボ村に来て間もなくに受けたドスランポス狩猟で最後にやりあった場所である。
あの時、ドスランポスとの戦闘で全力で放った溜め斬り。石床がクレーター状にへこみ大きく罅割れる程の一撃は、下手をすれば洞窟そのものが崩れ落ちる危険を孕んだものであった。おそらくはニャン吉の言う洞窟の揺れとはこの事であろう。
つまり、レナードが原因である。
改めてあの時の危なさを認識したレナードとしては、最早乾いた笑いをするしか無かった。
◇
エリア3から繋がっている高台。亀裂の様に走ったアイルーの新たな集落への入口は、その真下に存在していた。エリア6から来れば行き止まりとなってしまうので、そう訪れる事も無い上、普通、飛び降りれば振り向かずそのまま南にあるエリア6に向け走り去ってしまう為、視覚的のみならず認識としても死角に当たる場所である。
「もし、ランポスとかハンターさんに……あ、悪いハンターさんに見つかったら大変だから、普段はこうして蓋をして隠してるんだニャ」
表面に石や砂を付着させて岩壁に偽装された蓋を外しながらニャン吉が述べる。
高台から降りた場所にある岩棚は、繁殖期になれば飛竜の巣として活用もされるようになる。飛竜に気付かれないようにさえすれば、アイルー達獣人に害を為す小型のモンスター避けの頼もしい番犬代わりにもなるという訳だ。近辺に飛竜の臭いが付いていれば、知能の低いモンスターは近付いてすらこない。所謂縄張りを表すマーキングという訳だ。
「へぇ……少し、狭いなっ」
入口から集落への道はアイルー達が通るぐらいなだけあって、人間としては縦も横も、ついでに奥行きも普通のサイズであるレナードではあっても、身を縮めながら移動をしなければならない程であった。とはいえそれは高さのみで、作りを見ると横の幅は悠々としたものである。
「なんで高さは、こんなに狭いのに、横は広いんだよっ」
「ニャ!? ニャ~、ニャハハ、まぁそれはそのぅ、ちょっと荷車を通さないといけないからニャ……」
しどろもどろになるニャン吉。その反応を見て、レナードは確信する。
(ははーん、メラルーがちょろまかした物品ってヤツを村に持って行って、売り捌いてゼニーを稼いでんのが後ろめたいんだな)
レナードとしては、別に思う所もありはしない。そうしなければ生きてはいけないのかもしれないし、メラルーもあまりにもレアなアイテムを盗みはしない。それに命のやり取りをしている狩場で、道徳的な見地から物を盗むのはいけませんなどと言うつもりも無い。
まぁそれも、レナードが盗まれて困った事が無いから言える事なのだろうが。何か盗まれていれば、おそらくその答えを知りながらもねちっこくニャン吉の事を問い詰めていただろう。
とにかくレナードはその事についてはあえて何も言わず、無事アイルー達の集落に到着したのであった。
◇
「これは意外と言うか。かなり広いな……」
レナードは上を見上げながら呟いた。そう、見上げる程に天井は高さがあった。
「エリア3と繋がってる高台の真下からエリア3側へ入ったって事は、ここエリア3の真下ぐらいだよな……? 上に飛竜でも乗ったらぶち抜けるんじゃないのか? いや、それとも実は狭い道で感覚が狂ってるだけで全然違う場所なのか……?」
周囲は土をくり抜いている訳では無く、石の壁が存在している。明らかに洞窟の一部の様な構造で出来ているのだ。そんな周囲に、住処だろう所々くり抜いたような穴が無数に存在しておりここにいるアイルーやメラルー達獣人の数を物語っていた。結構な広さの空洞であり、そんな所に更に穴を空けて住んでいる。素人目には今にも落盤で圧死しそうな気がして、レナードとしては割と気が気では無かった。
「さ、こっちニャハンターさん! 長老様にさっき助けてもらった事をお話ししなきゃいけないニャ!」
タッと駆け出したニャン吉に大股で歩きながら付いていく。
(んー、警戒されてるなぁ俺……)
良く見ると、ちらちらと穴の中から白やら黒の顔が見え隠れしている。十中八九、ここの住人の獣人達だろう。
皆一様に怯えの入った表情でこちらを観察してきている。笑顔を浮かべ手を振るも、小さな子供が僅かに反応するばかりでそれも親の獣人に即座に穴の奥へと追いやられる。取りつく島も、ついでに暇も無いその様子に、手を上げた体勢のまま、辛うじて笑顔を苦笑いへと変える事に成功をする。
「……ワシら獣人の新たな安住の地に、ようこそですジャ」
ニャン吉を連れて、年老いたアイルーが杖を突きながらやってきた。レナードは、おそらくは彼が長老なのだろうと当たりを付ける。
「どうも、ジャンボ村で専属ハンターをやってます、レナードと言います」
「……ワシの名前はお好きなようにお呼びして欲しいですジャ」
好きな名前、という事なのでレナードは無い頭を必死に捻る。
「ふむ……。それではヌコ・マッシグラと。ええ、俺としては、この発音の方が好ましい」
「……ワシの名前は、ニャン次郎と言いますのジャ。お見知りおきを」
自分の考えた名前を使われなかった事に若干シュンとしてしまった事は、幸いアイルー達の誰にも気づかれなかった。
「長老は、昔ハンターさんに付いてオトモをしてたんだニャ!」
「余計な事を言うでないのジャ。……それで、ニャン吉。何故ここにハンター殿をお連れしてきたのジャ?」
「あ、そうだったニャ! 僕、実は狩りの途中でみんなとはぐれちゃって……そんな時にコンガに襲われたんだけど、ハンターさんに助けてもらったのニャ! ハンターさんは、命の恩人ニャ!」
その時の様子を思い出したか鼻息荒くその時の様子を長老のみならず、周囲にまで伝えるニャン吉。次第に集落の雰囲気は和らいだものとなるが、ニャン次郎の様子だけは変わらず険しいまま。未だ警戒が解けずにいた。
(長として、外から来た異物には最後まで警戒し続けてるんだろうなぁ、偉いもんだ)
それにしても、だ。
どうにも先程から胸の中に違和感がレナードの中に芽生えていた。具体的には、ニャン吉達の物にしては野太すぎる荒々しい鼻息の音。それからズリズリという、何かを何かに擦り付けるような摩擦音が聞こえてきている気がする。
「……いや、間違いなく聞こえてる」
「それで……ニャ?」
『バフォォォォッ!!』
突如、入ってきた場所から一体の巨躯を誇るモンスターが侵入をしてきた。荷車用に広げたのが祟ったのだろう、飛竜種ならともかく目の前のモンスターならばギリギリ通る事が出来たようだ。
そのモンスターは先程までのコンガに、非常に良く似た姿をしていた。だが、コンガに比べ明らかに一回り以上デカい。コンガ同様の黒い地肌に桃色の体毛は、この場においても密林の中においても目立つ事この上ない。その生態や挙動を少なからず把握しているレナードに言わせれば、生物の在りようという点からしてキワモノと言わざるを得ない。かといって逞しい腕とその先にある長く尖った爪は決して侮れるものでは無く、何ら鍛えていない一般人なら一撃で即死するだろう代物であったりする。あるいはこれは、絶対強者の証とでも言うのだろうか。
オマケとばかりに頭部には群れのリーダーの証である緑色の毛先が、木の実や草の汁によって整えられ一本角のように天高く伸びていた。
現れたのはコンガ達のボス、≪桃毛獣≫ババコンガである。
一体だけとは言え、獣人達にとっては恐怖の対象だ。集まりかけていた獣人達は蜘蛛の子を散らすように穴の中へと散っていく。
「……おぉ、ここの集落は寛容ですね。【獣人族】と【牙獣種】……同じ≪獣≫って字が入ってるから一緒に暮らしてるんですかー」
「そんな訳が無いですのジャ!? ……ニャン吉! オヌシ、さてはまた何かやらかしおったな!!」
半ば現実逃避のように棒読みで呟いたレナードの言葉に、長老は如何にも血圧が上がっていそうなツッコミを入れてくる。次に迷いなくニャン吉の方を睨む様子を見るに、常日頃からニャン吉の評価は低めなようである。そしてその予想は的中していた。
「し、ししししまったニャ~!? ハンターさんとお話してて、入口の蓋を閉め忘れてたニャ~!?」
「こんの、大馬鹿モンなのジャー!!」
手にした杖を振り上げ怒鳴る長老に、頭を抱えて謝るニャン吉。その背後には、飢えた様子のババコンガが体を左右に揺らし目をギラつかせながら迫っていた。僅かにこの場に残った二匹のアイルー、年を取りマズそうな方よりも若い方を狙うのは最早必然であった。
「に、ニャアッ!?」
ゴリラのようなカバのような顔で開いた口は、滴り落ちる粘性の高い唾液がねっとりと地面に落ちる。あまり鋭くない、剥き出しの歯は逆に時間をかけボリボリとかみ砕かれる想像しか出来ない。
「――全く、毎度毎度。ご苦労、さんっ!」
『バフォッ!』
胴体に叩き込まれた一撃は、しかし膨らませた腹部によって僅かに致命傷には至らない。ババコンガの腹部は弾性に優れており、その膨らむ勢いは完全武装のハンターという重装備ですら弾き飛ばされてしまう程の勢いも兼ね備えている。
「返しのぉ、一撃ぃっ!!」
それも、腹部に当たればの話だ。素早く体勢を立て直し斬り上げたレナードの一撃が、ババコンガの背中に当たった。
すかさずババコンガのよろけた体に追撃を叩き込もうとするが、ブンブンと爪を振り回す事でレナードを近づけさせないようにしていた。
距離を置き、軽く息を整えているレナードに対してババコンガが何か仕掛けようとしていた。正面から見た限りでは何も変わってはいない。だが確実に、ババコンガの背中の方で何やらゴソゴソと蠢いていた。
「――緊急回避ィーッ!!?」
「あニャ!?」
「のジャ!?」
間一髪であった。
直感に従い、レナードが負担を一切考えず横っ飛びに二匹のアイルーを抱えて回避行動を取った直後、今まで立っていた場所に凄まじい悪臭を放つ茶色い固形物がこれでもかとばかりに投げつけられていた。叩きつけられた衝撃で飛散した物体が何か、レナードにとって確かめるまでも無かった。
糞だ。
ババコンガが糞を、その腕と同等以上に使いこなせる尻尾で以て撒き散らしてきたのだ。
「なんちゅう恐ろしい攻撃してくるんだ、コイツは……」
「ぎゅむぅ……」
「にゃ……」
見れば転がった腕の中、何故か長老とニャン吉が半ば失神しかけていた。その姿を見て、レナードは心が痛むのを感じた。
「おのれピンク豚め……」
レナードは激怒した。必ずかの邪知暴虐のピンク豚を除かなければならぬと決意した。
『バホオッ!』
高々と天を舞うババコンガ。そのピンと弓の様に張った体に伸ばした両腕は、どこかムササビを彷彿とさせるものであった。大剣の一撃すら弾く腹部を筆頭に、プロレスのボディプレスめいた飛び掛かりで以てレナード達に襲い掛かる。
「コ……」
飛び掛かられる瞬間、仰向けであったレナードはすかさず己の足をババコンガとの間に差し込む。
「んのぉッ!」
『バホッ!?』
拮抗は一瞬であった。レナードがその超人的な脚力によって全力で蹴り上げるようにすっ飛ばした結果、柔軟性と伸縮性に富んだババコンガの腹部はその性能を遺憾なく発揮し、ボヨーンと弾んだ体は天井に強かに激突した後、尚も弾み明後日の方向へと飛んで行く。
最終的に頭部から地面に激突するババコンガ。もんどりうって倒れ頭を押さえている様子は、中々にダメージを負ったようであった。
慌てて、体力回復の為に尻尾を器用に用いアオキノコを食べようとするババコンガ。
「……ていっ」
当然、そんな事をレナードがみすみす許す筈も無かった。ペシリと叩き落とした後、いそいそとそれを拾い直し遠くへと放り投げる。それだけでは無い、転がった際密かに発動させていたシビレ罠がババコンガの動きを完全に封じ込めていた。
『ばふぉっ……』
シビレが全身に回る中、ババコンガがまるで許しを請うように瞳を潤ませレナードを見つめてくる。その非常に媚びた声色による人間染みた懇願は何とも愛嬌溢れた態度であり、少しでも慈悲の心を持つ者ならばこのババコンガの命を徒に奪う事に対し猛烈な罪悪感を胸に抱く事は必至。
そんな、円らな瞳であった。
レナードに躊躇する理由などありはしなかった。
◇
「に、ニャァァァァッ!! すごい怖かったニャ、でも二度も命を助けてもらうなんて感謝感激ニャ~!!」
「はいはい、分かったから。しがみついてくんな、鬱陶しい」
レナードとしては、ニャン吉がどこぞの白いアイツを彷彿とさせるテンションレベルにまで達してきていて、若干げんなりとしている。すり寄ってくるニャン吉の抱きつきを片手で押さえながらギコギコとババコンガの素材を剥ぎ取っていく。片手な為、その手際はあまり見れたものでは無い。
「ハンター殿……申し訳ありませんのジャ」
「ああ、いや。いいですよ、俺も入口を閉めてなかったの気が付かなかった訳ですから」
「それだけではございませんのジャ、ここに来られた時からのワシの無礼な態度。それの事を言っておるのですジャ」
長老は長い眉毛に隠れがちな細い目を、緩やかに伏せていく。チラリと横目で見たレナードには、瞼の裏にある光景を眺めているかのように思えた。
「ワシはどうやら、アナタの事を見誤っていたようですジャ」
ようやくレナードの剥ぎ取りも終わり、残った遺骸が分解されていくのを尻目に、ニャン次郎はガタの来始めた体を曲げ心ばかりの礼をする。そして、己が過去に遭ったハンターの体験を訥々と喋り始めた。
自分が、かつて幾人かのハンターのオトモを務めていた事。
まだアイルー用の装備も無ければ、オトモアイルーという考えも人々の間には浸透してはいなかった頃の事だ。粗末な恰好で雑に扱われ、狩りの度にボロボロになりながらも生きて行く為に仕方なく付き従う日々を送っていた。
ある日、とあるアイルーに秘薬を盗まれたニャン次郎のご主人であるハンターがいた事。
当然、ハンターは獣人達の集落に向かう。まだ残されているかもしれない、そんな一縷の希望に縋りつつ。
「……後で知った事ですのジャが、そのアイルーには病気の子がいてその子の為に初めて盗みを働いたという訳ですのジャ……。果たして、そこには当然そのハンターの物品は残されてはおらず」
かくして、怒り狂ったハンターによる集落の獣人虐殺が始まったという訳だ。ご丁寧に、一つしかない小さな入口にアイルーでは動かせぬ重さの大タル爆弾と、ニャン次郎を配置して。
ハンターは執拗であった。執拗で、更に陰湿な性格であった。長い時間をかけ、一匹一匹恐怖を掻きたてていくように無駄に陰惨な殺し方をしていったのだ。
当然、それだけの長い間入口に佇むニャン次郎に浴びせかけられる罵声や懇願、怨嗟の声たるや常軌を逸した凄まじいものとなっていた。
「今でも、時折夢に見るのですジャ……」
「ニャア……長老様、可哀想ニャ……」
ニャン次郎は自分から話し出したにも関わらず、その先の言葉を出すのに苦労している様子であった。
まだ詳細を言い募ろうとするニャン次郎の手を、レナードは優しく包む。もう言う必要など無いのだと、目で語りかけながら。
「ああ……重ね重ね、ありがとうございますのジャ……」
レナードの気持ちは、過不足なくニャン次郎の心に伝わっていた。ニャン次郎は堅く目を瞑りお辞儀をする。堅く閉じた筈の瞼の隙間から、雫が滴り落ちる。
しばらくして、落ち着いたニャン次郎が再度口火を切る。
「ハンター殿、一度ならず二度までも我が子らをお守り頂いた事……切に感謝いたしますのジャ。このご恩は必ずお返しさせていただきますのジャ」
「ああ、もう分かりましたから。こっちとしてはあんまり大した事もしてないし、まぁ丁度ババコンガの素材が欲しかったところですから。あんまり気にしないで下さい」
実際、レナードからしてみればババコンガなど少々トリッキーで攻撃こそ喰らいたくはないが大した相手では無いし、苦労と言う程労力を使った訳でも無いのだ。それはアイルー達からすれば大した相手なのだろうが。ここまで丁重にお礼を言われる程働いたかと言えば、少々疑問が残ってしまう。
「ニャ、ハンターさん! これからボク達がハンターさんの為になけなしの食料を使って宴を開くから、精々楽しんで行って欲しいのニャ!」
「嫌な言い方するね、お前……。いや、悪いけど俺は早く村に帰らなきゃいけない用事が出来たから宴はまた今度で頼むよ」
今は食料の乏しい寒冷期だ。そんな時期に大量に命の糧を消費するなど、レナードからしてみれば考えられない。
やはり獣人と人間は考え方がどこか違うのだろうか。そう考えもしたが、ニャン吉がニャン次郎の杖で頭をポカリと叩かれているのを見て考えを改める。単にニャン吉がアレなだけのようだ。
「ハンター殿、ハンター殿ならばいつこの集落に来ても歓迎させていただきますのジャ。集落の狩人達にもレナード殿の事は伝えておきますので、これから先密林で我々獣人が御身に危害を加える事はありませんのジャ」
正直、最後のこの言葉が一番嬉しいかもしれない。どこか含んだ笑みを浮かべつつ軽く礼をして、レナードは足早に集落を立ち去る。その後ろ姿に、集落のアイルーメラルー総出で手を振り見送るのであった。