モンスターハンター~狩人レナードの軌跡~≪改稿版≫   作:ATA999

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第八話 砂上の盾蟹2

「むぅ……弟子よ。何故か知らんが、時間が予想よりも詰まっている」

「それ原因割と明白じゃ無いですかねぇ!?」

「シャラップ、馬鹿弟子! ……覚えておくといい。往々にして、ギスギスとした空気で原因が何かなんて不毛な探り合いをするよりもだな、目の前の事態を打破する為に何か建設的な事を考えた方が良い方向へと向かっていく事は非常に多い。ここで勘違いをしてはならないが、失敗を踏まえた上でそれを今後の糧とする為に検証していく事は非常に大切だ。だがそれにはいつだって然るべき時と場所と言うものがある。狩りにこれから赴くという今この時、この場所で行おうとするにはそれは些か不適切と言わざるを得ないっ!!」

「言ってる事はよく分かんないですし、雰囲気良い事言ってる気がしなくも無いですけど、多分それ言い訳ですからね……」

 

狩り以外の事ではそこまで性能は良くないセイディの頭である、レナードが早口で言い募った内容は完全に理解していない筈なのに、妙に確信めいた物の言いかたである。実際言い訳であった為にレナードもそれ以上は無駄口を叩かず、素知らぬ顔で作業に取り掛かる。

ベースキャンプでもたついている間に、既に一時間が経過していた。この頃になると、流石に面々も四方山話に興じる事も無く、各々の仕事に取り掛かっていた。体力の回復してきたリューズとアルトは引き続きベースキャンプの補修作業を、レナードはセイディと共に装備の最終点検、ネコニャーは全員の口にする簡単な料理を調理中である。

 

肉を焦がす音とかぐわしい香り、ついでにネコニャーの機嫌の良さ気な鼻歌を聞きながら、レナードはその傍らで得物に入念に砥石をかけていた。

 

「それにしても師匠。いつもより、すごく入念にやってますね?」

「ああ、何せコイツの初陣だからな。整備にも力が入る」

 

胡坐をかきつつ新たな相棒に砥石をかけるレナードに、セイディは後ろから覗き込むように話しかける。レナードの持つ大剣は、今までの物とは一味違った。セイディが見ている現在の状態、一見曲線の多様されたシンプルなフォルムは未だその全容では無い。

 

「ふふん! 見てろよ」

「?」

 

子供の様な誇らしげな顔を浮かべながら、レナードは徐に左手部分を下に引く。

シャキン、という甲高い音と共に大剣特有の分厚い刀身の部分から新たに飛竜の鉤爪を想起させる刃が5本飛び出して来た。

≪ブレイズブレイド≫。それがレナードが頼りにする新たな大剣の名称であった。

 

「うわぁ~、これはまた何と言うか。……お金、かかってそうですねぇ」

「感想それかよ……。まぁ確かに、殆どゼニー残ってないけども」

 

ブレイズブレイドには前述した通りのギミックが施されている。そう複雑なものでは無いのだが、本来仕掛けの存在は複雑であればあるほど物の脆弱性に繋がってくる。逆にシンプルであればある程頑丈なものなのだ。だが、それまで使用していた素材との違いがその弱点を解消してくれている。

 

「これの作成に必要だった氷結晶が行商人を通じて手に入ってなー! フフ、多少ぼったくられようとこれの魅力には勝てなかったぜ……!」

 

ブレイズブレイドに必要な素材はマカライト鉱石と大地の結晶に氷結晶の三つだ。その内、氷結晶以外の二つはチマチマと狩りの合間に集めていた為に何とか揃っていた。だが氷結晶は最も近辺で取れてもジャンボ村からは遠く離れた北の雪山のような土地な為、今まで手に入れる術が無かったのだ。そこに偶然村へと訪れた行商人が持っていた氷結晶。何か運命めいた物を感じると、つい交渉を忘れ行商人の言い値で買う羽目になったが、レナードは微塵も後悔はしていなかった。

 

一応、嗜好品で文無しになったセイディと比べれば仕事道具に使っているだけマシとも取れるが、五十歩百歩である。弟子の事など全く言える立場では無い。

 

幾ら装備の充実がハンターにとって必要不可欠とは言え、それで殆ど一文無しになるとは……。そう思いつつも指摘をしないのは、セイディの僅かばかりの優しさである。決して指摘した場合の起こり得る師匠の逆ギレが恐ろしい訳では無い。

 

「……ところで、氷結晶って氷の結晶ですよね? 何で武器の素材に必要なんですか?」

「ん、最近になって氷結晶は混ぜると他の鉱物の密度を高める効果がある事が分かったらしい。マカライト鉱石は鉄鉱石より良質な金属だ。それに氷結晶も混ぜれば、こういうギミックを仕込んでも以前の単純な形状の≪バスターブレイド≫よりも強固な物になるって寸法だ」

 

再度、シャキンと金属が擦れる不快では無い音を奏でながら嬉しげにそう述べる。

そして、それはレナードにとって何より嬉しい効果をも齎してくれていた。

 

「これでようやく、全力を遠慮なく出せるってモンだ……!」

 

レナードは獰猛な笑顔が消しきれない。消しても消しても後から零れてくるのは、それだけこの時を待ち望んでいたという事だろう。以前までならば、例え強度に長けた金属系の大剣であろうと溜め斬りを用いればすぐさまどこかが歪んだりして使い物にならなくなっていた。余程強力なモンスターの素材を用いれば問題は無いのだろうが、いないのだから現状ではそれも望めない。レナードの考えとしては後々を考えて金属系より骨系の大剣で強化を進めていきたい訳ではあるが、レナードの尋常では無い怪力に耐えうる唯一の選択肢が、今この段階では≪ブレイズブレイド≫だけだったのだ。

 

「…………」

 

普段に比べ獰猛に過ぎる笑みを浮かべながらシャキンシャキンやっているレナードに、武器の手入れをしつつセイディが若干引いていたのは余談である。

 

 

 

 

 

 

「あ、ああぁぁぁッ!?」

「……何だ」

 

唐突なセイディの悲鳴、仮にも若手実力派のハンターの悲鳴にリューズやアルトは何事だと動揺するが、最寄りにいたレナードは気怠げに、それはもう嫌々問い掛けた。経験上、セイディがこういう時はつまらない内容である事は明らかである。

 

「お、お肉がっ……! 私の珠玉の食材ちゃん達がぁ!!」

「ほーら、やっぱり……」

 

案の定の内容だった事に、レナードは溜息を隠せない。

 

(この馬鹿弟子は、食い物の事でしか本気になれないんだろうか……?)

 

割と本気で考えてしまう。無駄に食材に目線を合わせ、四つん這いで思案している様子は意地汚いババコンガを彷彿とさせる。滑稽な見た目とは裏腹に、プン、と饐えた臭いを発している食材に対して本気の眼差しを送っている辺りどうしようもない。レナードはそれを見て確信した。ああ、放っておけばこいつは腐った食材を本気で食べる気だと。

 

「ひ、火を通せば何とかっ……。そうだっ! ニャーちゃんにお願いして……」

「やめんか、馬鹿たれ」

 

ゴガン、といつもより僅かに大きな音がしたのは同行者がいるからである。二人だけならまだしも、先行き明るい少年にわざわざこんな闇の部分を見せたくは無かった。

憧れを抱く少年にハンターがカッコイイだけの職業では無い、と教えるにしても、もっと相応しい場面と状況がある筈だ。

 

「あぅう~、ししょ~? 何やら、いつもより体中に響き渡るような痛みが無きにしも非ず……」

「じゃあ、無いんだろう。お前の気のせいだ」

「え、いやその……」

「気のせいだ」

「……はい、気のせいでふ」

 

どこか気の抜けるやり取りは、何時もの通り。とは言え、内容自体は食料に関わる為非常に重要なものだ。自分にも戒める意味を込めつつ、弟子に説教を行う。

 

「セイディ。お前、寒冷期だからって砂漠の暑さ甘く見てただろ」

「うっ……。それはそのぅ……」

 

いつの間にやら正座に姿勢を変えていたセイディは、的を射た指摘に思わず目を逸らす。

 

「ちゃんと保存の効くよう加工された携帯食料とかじゃなけりゃ、すぐに暑さで駄目になっちまうって言ったよな?」

「……はい」

「こういう時は断熱出来る箱の中に氷とか、それこそ氷結晶とか入れておけば長持ちするからそうしておけ……とも言ったよな」

「……はい」

「なのに、何で持ってきてんのが生肉やら野菜やらで、それを普通の木箱に入れてきてんだお前はっ!! 手間暇渋りやがったなッ!!」

「こ、こっちでニャーちゃんに美味しく調理してもらおうと……イエナンデモアリマセン、ごめんなさ~い!?」

 

恥も外聞も無くべたーっと土下座をするセイディ。言うまでも無いが、正座や土下座はレナードが懇切丁寧に実地で教えてある。主に懲罰用として。

その光景は、仮にアルトにでも見物させていれば夢見る少年の心を一瞬で雪山のようにしてしまう程の効果を発揮するだろう事は想像に容易い。が、それはしないと先程決めたのばかりなので、襟首を持ち上げさっさと起き上がらせる。

 

実の所、セイディの失敗にそれほどレナードは怒ってはいなかった。一度実体験でもって経験したミスは、二度はしないよう気を付けるモノだ。それを考えれば、むしろ今回の様に誰かがカバー出来る状態でのミスなど推奨したい程である。気を抜かれてはたまらないので決して言いはしないが。

 

気まずさを誤魔化すように笑みを浮かべてくるセイディに対し、仏頂面で包みを突き出す。

 

「これは……?」

「こんがり肉だ、少し多めに持ってきてあったんだよ。分けてやるから」

 

呆けたような表情から一転して、セイディは花開くように笑みを浮かべる。

 

「師匠……愛してますっ!」

「うんその台詞言うんだったら、色気とかもうお前には求めてないからせめて肉の方見ずにこっち見て言おうな、礼儀として。あと涎、こっちは女として」

 

何時も通りに色気より食い気な弟子に、大きなため息を吐く。

 

「ミャ~!! ミャミャミャミャミャ、ミャー!!?」

「……もー、タイミング良く来ちゃったよ」

 

おそらくは料理が丁度出来たのだろう、湯気の立ち上る皿を持ってコックの白い衣装を身に纏ったネコニャーが荒々しい様子で二人の間に割って入ってきた。興奮で解析可能な言語を発しきれていないところからも、どう考えても先程のセイディの発言を耳にしている。

 

「わわ、ニャーちゃん!?」

「ご主人様から離れるのミャ、こーのメラルー女め! 遂にその本性を表しおったのミャ!」

 

くわっ、と目を見開きながら手に持つシチューをセイディに突き付ける。まるで犯人を追い詰めている探偵役だ。

 

「あ、おいしそー……。早くちょーだい?」

「誰がメラルー女なんかに食べさせてあげるもんですかミャ! このシチューはニャーが丹精込めてご主人様の為を思って作った渾身の料理ミャ!」

 

小首を傾げて可愛らしく催促するセイディを、ネコニャはすげなく断る。

 

「な、なんでっ!?」

「はぁっ……。ニャー」

「はい、何ですかミャ!」

 

ぐるり、と首を回転させたその表情は打って変わって満面の笑みだ。

また面倒の種が……。レナードは心の中でボヤキつつ、仲裁を行う。

 

「美味しそうなシチューだな」

「はいっ! ニャーが丹精込めて作った特製ビックリシチューですミャ! 砂漠だとすぐに水分が無くなると思って、少しでも水気のある物をと考えてこれにしたんですミャ! 実はこれには隠し味としてパワーラードが入っておりますので、もう元気モリモリになる事間違いなしっですミャ!!」

「……おーそうか。そんな美味しい物を俺独りで食べるのは勿体ないからなぁ。皆にも食べさせてあげよっか」

「……ゥエッ!? このメラルー女にも、ですかミャ……!?」

「駄目か? ……俺はお前の美味しい料理を、出来るだけ多くの皆に自慢したいんだけどなぁ」

「みゃ、ミャハハ~! そんな、自慢するだなんて照れちゃいますミャ~! ……ちょっと向こうで作業してるお二人も呼んできますミャー……!」

 

褒められたのが余程嬉しかったのか、ネコニャーは猛スピードで駆け出して行った。

 

「貸し一つな」

「……恩に、着ます」

 

レナードは、愛に生きる暴走ネコ娘を見送りつつポツリと呟く。その横でセイディは情けなくたぱーっと涙を流しつつも、出来上がったシチューを美味しそうに啜るのであった。

 

 

 

 

 

 

「さて――行くか」

「はいっ!」

 

ベースキャンプから一歩足を踏み出した二人は、先程までとは雰囲気から顔つきまで何もかもが変貌していた。言うまでも無くハンターとして気を張った結果であり、ON/OFFがはっきりしている彼らは、それだけで優秀と言える。

 

「砂漠には、密林とは違った一癖も二癖もあるモンスター共がうようよいる。ではセイディ、その中でも真っ先に注意すべきモンスターはなんだ?」

「はい、師匠。まず、注意すべきはゲネポスです」

「理由は?」

「大抵の場合、彼らはランポスの様に数を頼りに集団で襲い掛かってきます。その際、ランポスには無かった麻痺を獲物に生じさせる麻痺毒を吐いてきます。囲まれた状態で一斉に麻痺毒を吐かれれば、例えパーティを組んでいたとしても即座に全滅の可能性だって有り得なくはありません。その為、ゲネポスを見掛ければ邪魔をされないよう可能な限り排除しておく事……でしたよね?」

 

滔々と述べられる弟子の言葉にレナードは満足げに頷く。実の所これらの内容は全て、既に砂漠へと向かう船上で幾度も二人で予習をした内容であった。知識の源は、当然レナードのものと、それから方々からかき集めた実際の情報を掛け合わせたものだ。

 

最後が少し自信なさ気なところがアレではあるものの、内容自体は教えたモノと何ら変わらない。セイディは、確実にレナードの知識を我が物とし始めていた。

 

「但し、勘違いをすんなよ。 今お前の持っている知識は、俺自身ですらもまだ実際に確かめているもんじゃ無いんだ。その知識の切れ味が業物かナマクラかは、実際に目で見てお前が確かめなきゃいけない。いいな?」

「はいっ!」

「そして同時に。知識という強力な味方を手に入れたハンターは、先入観という強大な敵をも増やす事となる」

「それはどういう……?」

 

 師匠の口から重々しく出された忠告の意味がよく理解出来なかった為、セイディは頭に?マークが見えるかのような状態で聞き返す。

 

「知識とは、即ち自分の知る世界の常識だ。人は自分の中の常識で物事を理解する習性がある。しかし世界は広い、人程度の矮小な常識では計り知れない事象など数え切れない程存在している。では、己の物差しで測りきれない、言い換えれば自身の知る世界が壊された際には人はどうなるか」

「……分かりません」

「答えは簡単、止まるんだよ。一時的にではあるけど、動きも思考も何もかもな」

「でも、それだと……」

「そう、狩り場でハンターが動きを止めれば死ぬ。いとも容易く死ぬ。だから、先入観は敵なのさ。常に頭と心を柔軟に、何が起きても不思議では無いと心に留めておけば、少しは咄嗟に動けるようになるだろうさ」

 

エリア内を移動しつつ、レナードは自身も常に言い聞かせている内容でもってセイディに危険性を説く。

砂漠という未知の狩り場に対する危険と言うものは、過程こそ間抜けな顛末ではあったが既にセイディも食べ物の一件で身に染みて感じていた。知識によって未知の恐怖を既知の事実へと変貌させる。だがだからといってそれに固執せず、常に目の前の事実を受け入れていく。その大事さを理解しているが故に、彼女はレナードの言葉にも逐一頷いており。そしてそれは、その関心の高さや大袈裟だと言う侮りの無さをその身で表しているのであった。

 

ここに来て、セイディはまた一つ成長を遂げていた。

 

 

 

 

 

 

セクメーア砂漠のベースキャンプから繋がるエリア2は、非常に広々とした場所だ。遮る物も何も無く、ただひたすらに同じような光景である砂の海が広がっている。ちなみに何故ベースキャンプから隣接しているのにエリア1では無いかと言うと、狩場に指定されている地域の東側から順に付けて行ったというだけであり、ベースキャンプに繋がっている云々は関係ない。狩場ごとで、存外適当なものである。

 

 太陽が、突き刺すように二人を襲う。

ベースキャンプならばまだ耐えられた暑さが、ここに来て我慢出来ないレベルにまで到達していた。砂漠の本領発揮と言える。

二人はすぐさまポーチから一本のボトルを取り出した。中身は≪クーラードリンク≫、飲めば体内から体を冷やしてくれ体温を上がり過ぎないように調整してくれる一品である。その効果から、当然暑い環境では必需品となっている。

 

ゴクリ、という喉を通る音がしたのも束の間。二人の体から過剰なまでに流れ出していた汗の勢いが収まった。全く暑くないとまでは言わないが、それでも体感的には真夏の炎天下から初夏の日差し程度には落ち着いている。これならば十分に行ける。

 

「ガレオスか……一々倒す事も無い、躱しながら行くぞ」

「了解ですっ!」

 

広い砂の海をまるで魚の様に悠々と泳いでいるのは≪魚竜種≫と呼ばれるモンスターの一種である≪ガレオス≫である。

元々は水の中で生息していたのが長い時の中で砂に適応し現在に至っている。

当然、魚竜種とは言え砂の中で呼吸など出来はしないので、時折顔を地上に出して呼吸をしている。二人が確認したその顔は、扁平な三角形を成していた。

 

レナードの仕入れた情報によると、ガレオスは離れていれば問題は無いが、砂を口から高圧縮状態で放ってくるのと、砂の中に引き摺りこまれてしまう事だけは気を付けておかねばならないらしい。前半はレナードも把握している攻撃方法であるが、後半は知らない攻撃手段であり回避する方法を考えておかねばならないだろう。

とはいえ、今は相手にしている場合では無い。必要以上の殺生もまた、ハンターにとっては忌むべき事な為二人は先を急ぐ。

 

「それに、してもっ、砂って、言うのはっ! 思ってたよりも、走り辛いですねぇっ!!」

「ああ、そうだな。少し密林にある砂浜で、走り込む練習をしてもいいかもしれんっと」

 

崩れていく足場に慣れないせいか、セイディはいつにも増してヨタヨタと左右に体を揺らしながら走っていく。時折転びそうにもなる程だ。かつての経験と、高い身体能力で既にコツを掴んでヒョイヒョイと平地を往くが如く走っていくレナードの事を、どこか恨みがましい目で見ている。

 

「ほれ、頑張れ。いち、に、いち、に。エリア1にはオアシスがあるらしいからな。コツは足の親指を重視して使えばいいんだぞー、多分」

「てきとーなの、丸分かりですねぇ!? 清々しい、くらいですよっ!!」

 

見れば、二人共軽口を叩きながらも腰に装着している音爆弾に手をかけていた。それは、生態ゆえに聴覚の発達したガレオス対策である。響けば溜まらず、ガレオスは砂上へと飛び上がってくる。そうすればもう、俎板の上の鯉も同然なのだ。

 

気を抜いているように見えつつも実際には周囲の警戒は怠らず、二人はエリア1へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

セクメーア砂漠のエリア1はオアシスを中心とした一帯となっている。昼は茹だるように暑く、夜は凍えるように寒い砂漠でも、水の中には魚が存在しており周囲には虫や植物の存在も見受けられる。

日中でも枯れない水辺にも関わらず、日差しのきつさは何ら変わりはせず二人を苦しめる。とは言え、水辺である事には変わりが無い為、二人はここで小休止をする事に決める。

 

「さて、予定変更。安心安全快適な休憩タイムの為にも、ここでコイツを狩っておくぞ」

 

レナードが示した先には、ガレオスが砂中を遊泳していた。エリア1は先ほどのエリア2と比べると非常に狭い作りとなっており、正しく水を得た魚の如き動きを見せるガレオスも満足に動く事が出来ない。おまけに今現在姿を見せているのは一頭だけで、横入りの可能性も今のところは無い。ガレオスの特徴を掴むには、これ以上ない程有利な状況という訳だ。

 

「小タル爆弾でいけ、いいな?」

「はいっ!」

 

音爆弾はモンスターの鳴き袋を使用する為に、小タル爆弾に比べ数を揃えにくく高価だ。ガレオスを引き摺りだすには大きな音さえ出せればいい。なので、音爆弾以外にも同様の効果を発揮してくれる小タル爆弾を、今回の様に代用する場合があるのだ。

 

「小タル爆弾は音爆弾に比べれば、タイミングがシビアで咄嗟に出す事が難しい。だから、効果が同じ以上、今みたいに余裕がある時には小タル爆弾を使う方がいいって訳だな」

「分かって、ますよっと!」

 

返答と共に、セイディが小タル爆弾を投擲する。投げられた小タル爆弾は放物線を描き、丁度同じようなルートで遊泳していたガレオスの頭上で爆発をする。

 

『ギャワァァァァ!?』

 

聴覚を発達させたガレオスは、爆発音に驚き堪らず飛び出してくる。そこには既に、気を溜めていたレナードが口元に笑みを浮かべつつ待ち構えていた。ギチリ、と僅かに軋む防具の音と共に振り下ろされる一撃は、まるで断頭台のようにガレオスの首を何の抵抗も許さず斬り落とす。

 

ビクン、と一度だけ痙攣を起こしガレオスは絶命した。

 

「ふぃー、お疲れさん。タイミングばっちりだったじゃないか、褒めて遣わす」

「ふっふーん、有り難きしわわせ……あぅ、噛んじゃった」

 

互いの健闘を称え、左手同士をコツリと打ち鳴らす。

 

二人が妙に上機嫌なのには訳があった。今回の役割分担は、セイディの発案であったのだ。セイディが道具で誘き出しあるいは援護をし、レナードが仕留める。文字にすればこれだけの簡単な事ではあったが、役割分担を完璧にこなした今の状況は二人にとって理想的なものとなっている。

 

それに、二人は師と弟子という関係ではあるがそれに甘んじず、なるべく対等であろうとしているその心意気もレナードにとっては好感が持てるものとなっていた。対するセイディの上機嫌な理由は単純で、自分の考えた作戦が上手く行き師匠に褒められたが為に生まれた感情であった。

 

「それにしても、小タル爆弾を投げるとはなぁ」

「えへへ、アイルーちゃん達が投げてるの思い出したんですよ。だったら出来るんじゃ無いかって」

 

その言葉を聞き、レナードは内心舌を巻いていた。先ほど先入観の話をセイディにしていたが、そう自身が考えるようになったのは何を隠そう、己が弟子の見せた工夫が切っ掛けなのである。

 

(俺みたいな強靭な体よりも、遥かにハンターに必要な要素かも知れないな……)

 

砂竜の胴体を剥ぎ取りながら、密かに胸中で呟く。

 

「お、砂竜のキモか。珍味って話だし、帰ったらニャーに調理してもらうかね」

「やたっ! じゃあ、せめて人数分狩っていきましょうよっ! さっきのでコツも掴めましたし」

「調子に乗らない。食い意地張ってんじゃねぇよ、馬鹿弟子。ちょっと見直したらすぐコレだ」

 

デコピン行くか、ん? と問い掛けるレナードの誘いにセイディは冷や汗を掻きながら固辞をする。それもこれも、周囲に脅威を感じられないが故の僅かな気の抜きようであった。

 

「取り敢えず、水の補給でもしておくか」

「そうですね、ここから先水辺があるかどうか分かりませんし」

 

二人は中身の無い空きボトルなどの中に水を込めていく。俗説ではあるが、人が砂漠で動き回る為に必要な水の量は一時間で2~4リットルと言われている。レナード達ハンターは厳しい鍛錬と、何より気の効力によって常人とは身体能力が比にならない程高い為、そこまで必要では無い。とは言え、水の補給が軽んじられる理由にはならない為、そうした機会があれば逐一補給する事を心掛けているのであった。

 

「それにしても……盾蟹って言う位だから水辺のあるここにいると思ったんですけどねぇ」

「ああ、俺もそうは思ってた。まぁ、ここはベースキャンプの真下に地底湖だってある土地だからな。水辺だけなら幾つもある。当面は予定通り、このまま南側から西へと向かってエリア5、エリア9へと向かうぞ。ダイミョウザザミの目撃情報がその辺りに集中しているらしいからな、おそらく周回ルートにでもなってるんだろう」

「はぁ~、そんな事まで分かるなんて。ギルドもやっぱりすごいですねぇ」

「俺も中々大変だったんだぞ……。パティにわざわざ取り寄せてもらった手前、作業を手伝わない訳にもいかないし」

「だからギルド『も』って言ったじゃないですか。全く、察しの悪い男の人は女の子から嫌われますよっ!」

「さよか……」

 

セイディは分かり辛い称賛の声を上げていた。レナードとパティの二人が、玉石混合である膨大な情報を纏め上げて効率の良いルートを策定したおかげでこうして色々と余裕のある狩りを行う事が出来ているのだ。きっとセイディ一人では途方に暮れていた事だろう。照れ隠しをしながらの為、素直にとは言えないが。

 

「でも、師匠? 何でいきなりダイミョウザザミを選んだんですか? もっと手頃な獲物だっていたんじゃ……」

 

初めての狩り場、当然障害は低い方がいい。その点で言えば、セイディの主張は何ら間違ってはいなかった。例えば、先ほど話題に出たゲネポスなども、幾ら厄介とは言え麻痺毒にさえ気を付けていればほぼランポスと変わりは無い。適当にサブターゲットをクリアでもして2、3度軽いクエストで砂漠の感覚を掴んだ後に再度赴けばいい。レナードが今までの傾向から言って、サブターゲットのみをクリアして良しとはしないという傾向を鑑みたとしても正しく正論であった。

 

「まぁ、盾蟹の防具は優秀だしどうしても作っておきたかったんだ。急いでいる理由は、少しばかりの安全を差し引いてでも、急いでおきたい訳がある……」

 

レナードは、それに対し含むように答える。頭の中にあるのは、当然かつてのゲームの流れだ。ジャンボ村が発展し終えるまで、それはきっとどうあってもかき消す事は出来ないのだろう。その可能性が消えてなくならない以上、闇雲に消せばいいと言う問題でも無い。

 

モンスター達の動きなど予測する事など不可能。であれば、本来ならば無理をしない範囲で己が最善を尽くしていくのがベストと言える。だが、それは何も目安が無い状況でのことだ。強大なモンスター達がジャンボ村から行ける狩り場に出没し、生活を脅かす恐れが多々ある事をレナードは知っている。確定では無いにせよ、可能性が有る事を知っているのだ。知っている以上、それを目安として対策を練っていくのは『知る者』としての義務である。村を脅かす脅威に対抗出来るだけの装備を整える、それは多少の無理をしてでも最善以上をもぎ取らねば成し得ない事であった。

 

やがて来るであろう脅威に向けて心中で気を引き締め直しながら、レナードはエリア9へ向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

エリア2と同じく広い砂漠地帯であるエリア5を走り抜け(ガレオスしかいなかった)、向かったエリア9にて二人は目的の存在を発見した。

 

エリア9は谷間の先にある荒地だ。足元は乾いてはいるが土で構成されており、照りつける太陽や吹きすさぶ乾いた風は依然健在ではあるが、それでも足場が悪い砂漠地帯と比べると幾分マシな環境である。

他にある特徴と言えば北側に狙撃におあつらえ向きな高台が存在してはいるが、ガンナーでは無く剣士である二人にはあまり関係は無い。

 

「よし、居たな……ペイントボール、用意」

「はい……」

 

二人の目の前には、≪盾蟹≫ダイミョウザザミがノソノソと歩いていた。外見は一言で言うと「赤くてデカいヤドカリ」であり、今もその背にはヤドにしている≪一角竜≫モノブロスの頭蓋骨を背負っている。普段は砂中に潜っているが食事時は砂の中から出てきて小さな虫や植物を食べるらしい。砂の中から探し出すのは一苦労であった為に、丁度食事時であったのは望外の幸運と言える。

 

「打ち合わせ通り、投げた後はお前は一時避難。動きを覚えるまでは観察に徹しろ、いいな?」

「はいっ。師匠も、お気をつけて」

「ああ」

 

レナードはふぅ……、と呼吸を整え、おもむろに前を向く。彼の盾蟹は未だ暢気に歩いている。

 

(にしてもデケェな、あの頭蓋骨……)

 

目算でも頭蓋骨の大きさは4m前後といったトコロだ。全身で行けば、全長30mは下らないだろう。そんな巨大サイズのモノブロスがどこかに存在していたという事に、レナードは身を震わせる思いとなる。

 

「……いずれ、お相手願いたいモンだがね」

 

言外に今は遠慮願いたい旨を述べていると、ペイントボールが盾蟹に投げつけられた。駆けながら投げたセイディは大きく横をすり抜け北側の高台へと移動していく。ここからのセイディの役割は、今後に生かす為の観察と適宜の援護。その際に並行して未確認情報の検証だ。直接の殴り合いはレナードの仕事となる。

 

『……?』

 

未だ攻撃を受けた訳では無いダイミョウザザミは、現状の把握をする為に辺りを見回している。

 

「おっせえええぇぇっ!!」

『シュワァァッ!』

 

盾蟹の両腕部分、巨大な鋏へと抜刀切りで振り下ろす。怪力を誇るレナード、加えて性能の高い武器による一撃。間違いなく今までの相手ならば瀕死、そうでなくとも命中した部分には相当の被害が出ていただろう一撃だ。

大音量にてガツン、と音が響く。レナードの耳には、まるで車と車がぶつかったかのような激しい音に聞こえていた。

 

そして。

後には何も変わらぬ鋏が尚も健在していた。

 

(硬さなら……やっぱり、イャンクックを凌ぐな)

「……硬いねぇ、無駄に。もう少し柔軟に生きてみる気は無いのか、全く……」

「し、師匠~っ!? 大丈夫ですかっ!?」

 

一見、傍から見るとレナードは何ら痛痒を感じていないかのように飄々と振る舞っていた。実際セイディにはそう見えた。しかしそんな事は有り得ないのだ、今まで多くの獲物達を仕留めてきた自慢の一撃が相手に何のダメージも与えられてはいないのだから。セイディは悲観的に想像をする。一撃を加えても尚無傷の盾蟹を前にしているのだ、多かれ少なかれ精神的な動揺を見せて然るべきだ、と。

 

レナードは、それら全てを想像し。加えて一言思考する。――それは本当に何のダメージも与えられてなければの話だ、と。

 

(外側が硬ければ硬い程、相対的に内側は柔くなるもんだ。別に、一撃で効かないなら二つ三つと重ねて行けばいい。そうすりゃいつかは届いてくれる)

 

それに、硬さとは脆さと反比例している。ダイヤモンドが容易く衝撃で砕け散ってしまうように、硬ければ硬い程に衝撃には弱くなってくるのだ。例えそれが生き物の体であっても、それは例外では無い。

 

故にレナードは打ち込み続ける。本来であれば切り裂くための牙を持つ大剣でもって、あえて鈍器で叩きつけるように使用する。

 

「おわっとぉッ!?」

『シュワワァ!!』

 

大剣を構えたまま、レナードはコロリと横に転がる。直後、ダイミョウザザミの口から超高速で放出された水が、まるで切れ味の鋭い刃物の如く大地を切り裂いていく。

 

レナードが離れた間合いを再度詰め直そうとした瞬間、ダイミョウザザミは大地へと掘り進み潜り込んでいく。

 

(エリア移動か……?)

 

仮定を出し、即座に否定する。

 

「セイディ、そこから動くなッ!!」

「っ!?」

 

盾蟹の姿が見えなくなった為に高台から降りてこようとしたセイディを、一喝して動きを止めさせる。理由まで懇切丁寧に話している暇など有りはしない。

 

何故なら、次の瞬間にはレナードの足元が地震のようにグラグラと揺れ出してきたからだ。

 

『シュワァ!』

「くおおっ!?」

 

勢いよく背中から地上に飛び出して来たダイミョウザザミは、ヤドである一角竜・モノブロスの頭骨を存分に活用して攻撃してきていた。レナードはその尖った角の先端を辛うじて躱しながらも、ヤド自体の体当たりを躱す事は出来ずに吹き飛ばされる。

 

狩りが始まって、初めてのクリーンヒットである、首を一つ振り体の異常が無いか意識を巡らせる。軽い打ち身程度だ、特に支障は無い。

 

「おおおぉぉぉっ!!」

 

ダイミョウザザミの頭部を強引に上から押さえつけるように、分厚い刀身で叩きつける。低く重く響き渡る音と共に、ひれ伏すような状態でダイミョウザザミは動かなくなっていた。猛烈な衝撃に脳がかき回され気絶しているのだ。

 

「予定変更だ……!」

 

本来ならば、攻撃方法の把握の為じっくりと行くつもりであったが。折角向こうから動かないでいてくれているのだ、狩りの為に最善を尽くすハンターがその好機を逃さぬ手は無い。

 

素早く得物のブレイズブレイドを担ぐように構える。押し殺すように漏れる獣じみた呼気に昂る血潮、高まる気合い。それと共に体内に留まり切らなかった気が赤く踊り狂うように放出されていく。その様は歓喜、初めて何の躊躇いも無く解き放たれる事への喜びが込められているように渦巻いている。

 

「カ、チ、割れえぇぇぇッ!!」

『シュシュワッ……!』

 

振り下ろされる一撃は、処刑人のそれを彷彿とさせる程に鋭くも重々しくあった。接触と共に、あれほどまでに頑丈に思えたダイミョウザザミの頭部が胴体の一部と共に呆気なくも砕け散り、のみならず踏みしめる大地をさえも陥没させ、それを為したレナードの体や頬にはザザミソが飛び散り付着する。以前ドスランポスとの際に放った一撃と比べてみると、石と土という違いこそあれど、それでも尚威力は大きい。音は既に破砕の域には無く、より相応しく述べるとすれば爆砕音と呼べるほどに大音量でエリア中に響き渡っていた。

 

無音。

既に絶命しているダイミョウザザミは当然、安全圏で観察していたセイディも、あまりの圧倒的かつ完膚なきまでの完勝振りに身動きが取れずにいた。誰が見ても完全に息絶えているダイミョウザザミの横で、己の得物が無事かどうかの確認をしていたレナードが発する音のみが僅かに大気を震わせる。

 

やがて、満足したレナードの安堵が含まれた吐息と共に時は再び動き出す。

 

「おーいセイディ、剥ぎ取るぞー! ぼーっとしてないで、とっととそこから降りて来いよー!」

「あっ……! は、はいー、今行きますー!!」

 

慌てて、高台から飛び降り、二人してせっせと素材を剥ぎ取っていく。

 

「いやー、それにしても師匠? 一発であの、大型飛竜と硬さだけなら遜色ないダイミョウザザミを仕留めちゃうなんて! もう、化け物みたいですねぇ……」

「……っ! ……ああ、そうだな」

 

初めて見た、己の師匠の尋常な威力では無い本気の一撃。人間を遥かに超えた身体能力を誇るモンスターを一撃で屠り、僅かながらも地形すら変えてしまうその威力を目の当たりにして、気付かぬ内にセイディは動揺していた。動揺しながらもセイディが放った軽口は、普段通りの自分を、いや『自分達』を取り戻す行為。そんな事はレナードにも分かっていた。それが分かっていたからこそ、レナードは決して声を荒げない。過去の苛立ちや嘆きを、自分より年下の少女にぶつける事を、彼は良しとはしなかった。

 

「……師匠?」

「……行くぞ、帰るまで気を抜くなよ」

「ベースキャンプに戻るまでが狩り、ですもんねっ! 分かってますよぅ! ……ししょー?」

「…………」

 

『ひっ……!』

 

沈黙の中、レナードはかつての事を思い起こしていた。

 

かつて、化け物と見られた事があった。直接言われた訳では無い。だがその怯えた目が、竦んだ態度が何より雄弁に述べていた。それをしたのは、家族の様に共に在った幼馴染の少女であった。今から思えば決して少女を責める事は出来ないのだ。何せある日唐突に、それこそレナード本人すらも知らぬ間に常軌を逸した怪力を手に入れていたのだから。何の準備も無く日常の延長で別段力を振るう素振りも見せず笑顔でマカライト鋼製の容器を砕いて見せれば、その異常さにそんな感想の一つも出てくるだろう。

 

それこそ、先程の二人の授業で出た言葉を借りれば、その少女はその瞬間に自分の知る世界が壊されたのだ。引き攣った声を上げ思考が停止し言葉が出せないのもよく分かる。

 

(ベル……)

 

心の奥底で、レナードは幼馴染の名を呟く。確かにレナードの怪力は化け物染みたモノとなっていた。ただ、レナードの心までは化け物となっていなかった。それだけの事だ。ただそれだけで、癒えたと思っていた心の奥底で性懲りも無く傷付いてしまう事実に、レナード自身驚きを禁じ得ない。

 

(こんな事で……。女々しいなあ、俺も……)

 

別に面と向かって排斥された訳でも無く、罵倒された訳でも無いと言うのに。自分自身ですらこう思うのだ、余りにも脆すぎる。皮肉にも、遠い過去や今現在も、幸運な事に周囲の人が優しい世界で生まれ育ってきたレナードにとっては、たったそれだけで心にチクリとする傷が奥底に僅かだけでも残ってしまう。

 

(今頃、アイツも何してるんだかな……)

 

そう古くも無い昔を思い出し、レナードは青い空を見る。この空が世界中どこにでも続いている事をレナードは知っている。きっとあの村の人達も、この空の下にいて穏やかに暮らしているに違いないから。

 

(こんな事考えるなんて、柄にも無い、か……)

 

防具を外し頭をくしゃりと撫で、苦笑する。本当に、柄にも無い。気を取り直すと前を向くと、いつの間にやら先に進んでいたセイディがレナードに向けて手を振っているのが分かる。どうやら急かしているようだ。

 

結局、ベースキャンプに戻るまでレナードの感傷が治る事は無かった。

 

 

 

 

 

 

「ふふふ……遂に、着いた。ここが、ジャンボ村……。名前の割に貧相だけれど、それはこっちの方に置いといて、と」

 

ジャンボ村の大事な交通路である海路。そこを司る港の桟橋の前に、独りで何やらジェスチャーをしている少女がいる。汚れはあれど傷一つ無いガンナー用の≪ランポスシリーズ≫に身を包み、どこか気の強そうな桃色の瞳を持った眼差しが印象的な彼女は、船を建造しようと木材を運んでいる村の若者達が遠巻きにしている事も気付かずにブツブツと何やら呟きを続けている。

 

「さて、と。アイツは一体どこにいるのかしら」

 

手で庇を作り、周囲を見回す動作を行う。彼女の目的はただ一つ。

 

「絶対、ぜーったい連れ戻してやるんだからねっ……! レナード……! ……あぅ」

 

桟橋の繋ぎ目に足を引っ掛けびたーんと転んで涙目になる様子は、幸い誰にも見られる事は無かった。

 

「れなーどー……」

 

情けない声を上げる様子もまた、同様。

 

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