モンスターハンター~狩人レナードの軌跡~≪改稿版≫   作:ATA999

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依頼人:憔悴した行商人
行商中にトラブルが起きて、子供たちが火山に取り残されているんだ!
あんないつ死んでもおかしくない所に取り残されただなんて……事態は一刻を争う!
誰でも良い! どうか、どうかあの子達をお助け下さい!



第九話 そこに火山があるから

「うええぇ……ひっく、ぐすっ……」

 

ザアザアと、雨が降っていた。バケツをひっくり返したような、そんな激しい土砂降りの雨だ。突然の大雨の中、泥だらけの地面を避け大木に空いた洞の中に体育座りで7~8歳程度の女の子がぐずるように泣いていた。

 

「うえっく……お家に、帰れないよぉ……」

 

原因は、女の子が今いる場所にあった。遊んでいる内に、いつの間にか安全区域である村の遊び場から狩り場へと紛れ込んでしまっていたのだ。

耳を澄ませば、雨の音に紛れてモンスターの鳴き声が聞こえてくる気がしてくる。それが本当なのか、はたまた幻聴かは分からないが、どちらの可能性も十分にあり得る。そんな、危険な場所であった。

 

女の子が橋を渡りほどなくして降り注ぎ始めた大雨もまた、見通しの悪い灰色の世界を創り上げる事で女の子の悲壮な想像を駆り立てるのに一役買っていた。

 

既に女の子の中では、次の瞬間には灰色の世界の向こう側から自分を頭からバリボリと食べてしまう凶暴なモンスターが出てくるのもおかしくは無い事だと考えられていた。父親がハンターである為に常々危険性を教え諭されていた事が、むしろ仇となっていた形となる。

 

「……あー、いた!」

「ひうっ!?」

 

突如聞こえた声にビクリと背筋を伸ばし、しかし灰色の世界の向こう側から来たのは凶暴なモンスターでは無かった。

女の子と同い年の男の子。だけれどもいつも女の子の事を見捨てず、大人と一緒の暖かな表情で見守ってくれている男の子がそこにいた。

 

「なんで……?」

 

何故こんな見通しの悪い大振りの雨の中来たのか、端とはいえ既に『狩り場』となっているこんな危険な場所へ来ることが出来たのか。

 

茫然とした表情を浮かべ、そんな思いを込めて女の子は呟く。

 

「ふふん、俺を出し抜こうなんて百年早いな。お前の行きそうな所なんてまるっとお見通しなんだよ。何の苦労も無しに来れたわ」

 

その言葉が嘘だと言うのは、女の子にもすぐさま分かった。何せ全身が濡れ鼠のようになっているのに加え、足元は泥だらけで上半身には切り傷が幾つか見受けられているのだ。相当必死になって駆けずり回ってくれていた事は、幼い女の子にも容易に想像は付いた。

 

「……お。丁度、雨止んだな。こんなトコさっさと出て、村へ帰ろうぜ」

「う、うん!」

 

手を差し伸べてきた男の子の手を、少しドギマギしながら掴む。この感情の意味を、女の子はまだ理解出来はしない。

 

「…………」

 

突然、男の子は橋の前で足を止めた。やや眉根を寄せ思案気にどこか一点を見据えている。

女の子も同じように見やった先には、古びた木製の橋があった。良く見ると、橋を構成してある橋板の幾つかが欠損してある。欠損の幅はそう大きくは無く、1m弱程だ。大人なら悠々、子供でも頑張れば飛び越えられる程度の幅である。

 

「よっと」

 

軽やかに、やや鈍臭い女の子からしてみれば、ケルビを思わせる動きでもって男の子はその幅を飛び越える。

 

「あ、うぅ……」

 

女の子とて、通常であれば何とか飛び越える事も出来ただろう。だが、欠損した橋板の隙間からは大雨によって荒れ狂った濁流が、轟々と音を立てて流れていた。

 

もしも勢いが足りず下に落ちれば……。そんな思いが女の子の足を竦ませる。

 

「――。大丈夫、下を見るな」

「でも、――……怖いよぉ」

「真っ直ぐ、俺だけ見てろ。何も考えずにどーんとぶつかって来い。大丈夫。絶対、受け止めてやるから」

 

やがて女の子は覚悟を決める。壊れた橋板に片足をかけ、目を瞑りながらではあるものの確かに強く蹴り上げ跳んだ。

 

そんな、遠い日の思い出が確かにあった。

 

 

 

 

 

 

「どうか! 後生ですからどうか、報酬金をお受け取りください!」

「いえ、ですから……」

 

ベルが酒場の近くを通りがかった時、ジャンボ村に男の悲痛な叫びが響いた。

そのあまりの必死さに何か事情でもあるのかと興味を示したベルは、押し問答を繰り広げている酒場へと母親譲りの桃色をした長髪を風に靡かせ赴いた。

 

「お話中、失礼するわね」

「あ……と、いらっしゃいませ。すみません、今少し立て込んでしまってるもので。少し、待ってもらえますか?」

「ああ、いいの。話の内容が気になってここに来ただけだから」

「――あ、貴女! 依頼を受けて下さるんですかっ!?」

「え、いやまだ受けると決めた訳じゃ……まず話を聞いて、検討をした後必要な物資を準備してから行かないといけないから」

「そんな悠長な事をしてられないんですよっ!! 早く行かないと、私の大事な娘が死んでしまう……!」

 

男の話を要約すると、こうであった。

 

男は行商人であり、主に大都市・ドンドルマからジャンボ村を含む東の辺境へと妻と二人で商品を運んで生計を立てている。最近この近くの村に腰を落ち着かせる事になった為、商売の間はドンドルマにいる親戚に預けていた子供達二人を呼び寄せた。だが、途中事故が起きてアプトノス車が立ち往生。狩場の中心で、今も尚護衛のハンターと共に助けを待っているそうだ。

 

「……今の話を聞く限りじゃあ、確かに一刻を争う状況みたいね」

「そうなんですっ! ですがっ、この受付嬢は依頼を受けてくれないんだ!」

 

ベルの言葉に我が意を得たりと意気込む行商人は、受付嬢のパティを憎々し気に見やる。パティの事を、我が子を助ける障害の様に思えてきているのだ。焦りが口調を荒々しくしてきている。

 

「……私だって、受けられるものなら受けてあげたいですよ」

 

何故、自分が悪者の様になっているのか。疲れたような溜息を吐きつつ、パティはぼやく様に呟く。

 

「ですが、今回は場所が場所なんです」

「どこなの?」

「――≪ラティオ活火山≫です」

「……っ!」

 

重々しげにパティが語ったその内容に、ベルは思わず息を呑んでしまう。

 

火山と言えば、熟練のハンターでも立ち寄る事を極力忌避する狩り場だ。少しでも足を踏み外せば死亡は必至な極悪難易度の環境に、そこに生息するに見合う強力なモンスター。数ある危険な狩り場の中でも群を抜く危険度を誇ると言っていいだろう。

 

何故そんな場所を通り道に選んだのか。口に出そうとして、思わず噤む。行商人の顔が憔悴しきっていたからだ。きっとベルが言うまでも無く、もう何度も自分で自分の事を責め続けていたのだろう。それが容易に想像がついたからこそ、ベルには何も糾弾する事は出来なかった。

 

「生半可な実力では助けるどころか二次遭難が関の山ですよ。それにそもそも、≪緊急クエスト≫として向かわせたくても、今この村にはハンターが一人もいないんです」

 

どこか投げやりに、お手上げといった様子のパティ。現在4人のハンターがジャンボ村を拠点としているが、全員が全員運悪く狩りに出てしまっているのではパティとしても工夫のしようが無い。

 

「――いるじゃない。この私が」

 

悔やむ商人の肩に手を置き、パティの方へ向き直り堂々とした笑みを浮かべながら告げる。

それは決意のもとに生まれた行動、今現在ベルを突き動かす原動力となる物。

 

(私が私である為に……)

 

もう二度と、悲しむ誰かを見逃す訳にはいかないのだ。

 

「ララノア村のベルが、このクエスト承ったわっ!!」

 

レナードとセイディの帰還、一日前の出来事であった。

 

 

 

 

 

 

「……確かに、ララノア村のベルって言ったんだな?」

 

レナードが重々しく問い掛ける。

砂漠から船で戻って来た直後に慌てた様子で港に駆け付けたパティと話をした為、レナードとセイディの姿は狩りの残滓で薄汚れていた。

 

「はい、確かにそう言ってました……」

 

応えるパティの声色も、どこか疲れが混ざっているものであった。それもその筈、レナード達が帰還するこの瞬間まで、商人が寝入った時間を除けば、丸一日焦燥や不安をかき消す為に陰鬱な雑談をし続けたり、全く美味しくも無い晩酌をしたりし続けていたのだ。

 

(普段はどんな時でも明るさを忘れない、あのパティが……)

 

パティの体の事を心配をしながらも、話を聞いたレナードの心は既に決まっていた。

 

「――俺はこれから火山に行く」

「……そんな、無茶ですよ師匠!? 今しがた砂漠から帰って来たばかりで、体だってへとへとに疲れ切ってるじゃないですかっ!」

 

レナードの体の事を心配し、セイディは反対をする。

普通、ハンターが行う狩りのスパンはもっと時間を空けて万全を期すべきなのだ。今の自分達のように、数日ペースで赴く事すら少々間が短すぎるくらいだ。ましてや今回の様に帰った直後にまた向かうなど、心身共に疲れ切りどんなミスにつながるか分かったものではない。

 

「セクメーア砂漠からここまで一日経ってる。寝にくい船の上での仮眠とはいえ、休みももう取った」

「そんな事で、痛みや疲れが取れる訳……!」

「取れる訳ないわな、常識的に考えて」

「だったら!」

「――でも行く。幸い今回ダメージは負ってない。今すぐに。……行かなきゃいけないんだ、これがな」

 

何故。どうして。

言い募りたい思いを堪えられたのは、偏にレナード自身が困ったような表情を浮かべながら笑っていたからだ。

 

「ソイツとは因縁がある。どうしても行かなきゃならない。セイディは、後からしっかり準備を整えて来い。ちゃーんと、火山の環境に関してパティや教官に相談しながら準備するんだぞ」

 

そこまで指示を出すと、レナードは再び港へ向き直る。

 

「リューズ! どこだ、リューズ!!」

「うー、んな大声出さなくっても聞こえてるぞー……。何なんだ一体?オイラはこれから家で今日一日徹夜で渡航お疲れ様でしたのお昼寝ツアーがまってんだぞー」

「二人でラティオ火山に行くぞ、リューズ!」

 

いつもより間延びした口調でのっそり現れたリューズ、砂漠からジャンボ村までほぼ寝ずにレナード達を積んできた彼にレナードは残酷な指令を下す。

 

案の定疲れから、今の言葉を容易に噛み砕けない――より正確に言えば無意識化で噛み砕きたくないと判断を下した――リューズは、小首を傾げた。いやにじっとりとした汗を額に浮かべ。

 

「……今からー?」

「今からッ!」

「…………本気で?」

「当たり前だろうが、まだ荷は降ろしてないよな。俺が手に入れた素材だけここに降ろすから、さっさと行くぞ、事情は行きながら話す!」

「いや、でもなー……、ラティオ活火山まで、急いでも三日はかかるぞー? そんなトコまで行くとなると、おいら死んじまうよー……」

 

尚も渋るリューズの両肩に、レナードはポンッと手を置く。別に力を込めてある訳では無い、本当に軽やかに手を置いていた。但し顔に何ら表情を浮かべる事も無く。

 

「リューズ……何も俺は、お前に死ぬ気でやってくれなんて言ってないし言いもしないさ。そこまでお前に頼れない」

「そ、そうかー? いや、何か悪いなー力になれ――」

「間に合わなければ、俺が殺す」

「――そうな気がしてきたなーうんっ!?」

 

ギシギシといつの間にやら軋む両肩に、リューズは紛れも無い命の危機を感じてしまう。

 

「力任せで大丈夫な時は俺も漕ぐ。とにかく、急いでくれ。どれくらいで着ける?」

「んー、まぁ……無理ぬ無理を重ねて頑張れば、二日で辿りつけるかもなー」

「そうか、一日半だな。分かった急ごう」

「……!?」

 

その後、必死の形相で船を漕ぐリューズの目にきらめく物が確認されたのはどうでも良い事であった。

 

 

 

 

 

 

「か、はあっ……はあっ……」

 

大粒の雫となった汗が頬を伝い地面に落ち、間もなく蒸発していく。

 

 

ベルの今いる位置のすぐ横を流れる溶岩は一向に休まる気配も無く流動し続け、苛烈なまでに『熱い』空間は着実に体力を奪い続けていた。

 

「大丈夫……二人とも……?」

 

ベルの声に、呻くような子供たちの返答が聞こえてきた。兄と妹、始めの頃はまだ口喧嘩をしたりしていたというのに、最早それをする気力も湧いて出て来はしない。既に限界は間近という事だろう。

 

(やっぱり……無理を押してでも行くべき、なのかな)

 

既にラティオ活火山に到着し、四半日前後の時が経過していた。動けば、見つかる。しかし動かなければ、衰弱していく。

一つの決断を促されていたベルは、しかし未だ契機が掴めず判断が出来ずにいた。

 

 

時は、少し遡る。

依頼を受けた時より出来る限り迅速に出発をしたベルはラティオ活火山の入口、南部の入江に設けられたベースキャンプへと降り立った。

 

「……ふうっ」

 

まだ火山に入ってすらいないというのに、その熱気は水辺である筈のここまで押し寄せてきていた。そのせいだろう、水辺というのに水温が高く魚も泳いではいない。

火山の山頂付近をジッと見やる。赤い溶岩が、黒煙が、まるで天を覆い尽くすかのような勢いで噴き出し続けている。まるで、紅い舌と黒い腕で空が焼かれているようだ。肌を炙るような暑さを感じつつ、己が挑む自然の強大さの一端を垣間見てベルはブルリと一つ身を震わしてしまう。

 

 

頭を一つ振る。のんびりもしていられない、ここまで運んできてくれた運搬員の男性に手を振り即座に捜索活動へと移らねばならないと気持ちを切り替える。何故、こんなにもベルの初動が早かったのかと言うと、元々砂漠へ狩りに向かうという別の理由で荷物を用意していたからだ。

その為、ある程度クーラードリンクや多めの飲料水などの暑さ対策を考慮した荷造りを既にしていたという訳である。

 

「……どっちにいるの?」

 

ベースキャンプからは、二方向へと道が分かれていた。火山より飛来した岩石や灰が降り積もった岩場であるエリア1、2のある東と、火山エリアの一つであるエリア4のある西である。ラティオ活火山は大きく分けて8つのエリアで構成されており、ベースキャンプとエリア1・2を除いたエリア3~8が実際の火山エリアと言える場所であった。

 

「……こっちね!」

 

普通に考えれば、比較的安全度の高い東部のエリア1・2へと向かうのが論理的だろう。だが、ベルが向かったのは西。エリア4の方であった。その行動に複雑な事情は何も無く、単純明快な理由しか有りはしなかった。戦いの音が、聞こえていたのだ。

 

「いた!」

 

目的のアプトノス車は意外と近くにいた。ラティオ活火山南西部、ベースキャンプとエリア4に跨るような位置で二人の兄妹を乗せたアプトノス車を発見する事が出来た。息絶える間際のハンターと共に、二人はべそをかきながらもまだ怪我一つ無い状態で存在していた。

 

二人がこの過酷な狩り場で今の今まで生きていられたのは、紛れも無くこの護衛のハンターの成果だろう。護衛のハンターは、ベルの姿を見掛けると気が抜けたのか、眠るように息を引き取った。「この子達を頼む……」という、最期の言葉を言い残し。

 

『ギヤアッ、ギヤアッ!』

 

突如の事であった。手負いのハンターの様子を見計らっていたとでも言うのか、火山に生息している鳥竜種であるイーオスが10頭以上の群れを成してアプトノス車目掛けて襲い掛かって来た。

 

それもただ単純に来たのでは無い。麓である南側から火山のある北側へ、まるで火山へ追い立てるかのように向かってきたのだ。

 

多勢に無勢。ベル一人ならばともかく、護衛対象を抱えながらでは上手く立ち回る事も出来ない。ベルとアプトノス車はジリジリと追いやられていき、ついには火山地帯である隣のエリア4へと移動していた。

 

「……水、飲むか?」

「ん……お兄ちゃぁん、リルね。お家にかえりたいよぉ……」

「な、泣くなよ馬鹿! ……大丈夫、安心しろ。ハンターの姉ちゃんだっているし、もし近付かれたりしても兄ちゃんがあんな奴らぶっとばしてやるからな……!」

「……うん、わかった」

(確か、最初の頃はいがみ合ってた筈なのに……)

 

今現在、周囲にこちらを狙う敵はいない。前方を警戒しつつ、後ろの二人の会話を微笑ましく思う。兄妹の名前は兄をレイド、妹の名をリルといった。極限状態で人はその本性を現すと言うが、兄は火山で生死に関わるという状態になってなお妹を思いやってあげているのだ。泣きたいのは自分だろうに、見上げた心根の少年と言える。

 

丁度、運よく洞窟の様な窪みがあった為に、そこに一行は逃げ込む事が出来ていた。一人で二人も守らなければならない現状、前方のみを気にしていればいいというのは非常に有り難い事だ。

 

洞窟に逃げ込んだ際、ベルとてただイーオス達の為すがままだった訳では無い。既に追いかけてきていたイーオス達は例外なくベルの弾丸に撃ち抜かれて土塊と化している。彼女達がベースキャンプへ移動する邪魔な障害は無くなった。

 

ただ、それと同時に引き返す事の出来ない理由が新たに一つ生まれてしまったのだ。

 

(まさか……さっきまで道だった場所に溶岩が流れて来るとは、ね)

 

邪魔者がいなくなった以上、一行は一刻も早くエリア4からベースキャンプに戻るべきなのだ。だが先程通ってきた道が溶岩によって塞がってしまった今、ベースキャンプへ戻るには大きく北へ迂回し火山の中央部を横断せねばならない。

 

身軽なハンター一人ならともかく、護衛対象を抱えて平穏無事に狩場のど真ん中を突き進めると思う程、ベルは楽観的では無かった。確実に、何らかの被害は出る。

 

「……ん。偉いね、やっぱりお兄ちゃんはそうでなくっちゃ」

「ハンターの、姉ちゃん……」

「アタシもね……小さい頃は、キミみたいにお兄ちゃんみたいな人に、いっつも助けてもらってたんだよ……」

「姉ちゃん、すっごく強いのに……?」

 

きょとんとした表情で見てくるレイドに対し、ベルは苦笑を漏らす。自分が強いなど、生まれて始めて言われた。だが、そうなのだろう。この子供たちにとって、今はベルだけが頼りの綱なのだ。折れる訳にはいかない、絶対に。磨り減り行く神経を繋ぎ止め、再度心に誓う。

 

「アタシだって、アナタ達ぐらいに小さかった時には泣き虫だったんだよ……」

「そ、なんだ……」

 

とにかく、今は朝を迎えるまで護衛に適したこの場で待機をし、溶岩が引くのを待って一気にベースキャンプまで駆け抜ける。最善を考えればそれしか考えられなかった。

 

「二人とも……?」

「は、はぁ……はあっ……」

「かはっ、はあっ……」

 

二人の体力を考えなければ、という但し書きが付くのだが。

ベルとしても、当然二人には入る際にクーラードリンクを飲ませていた。飲ませていなければ、周囲には溶岩が流れているのだ、今頃皮膚という皮膚が内と外に火傷を負いあっさりと死んでいただろう。飲ませて尚、暑さに喘ぎ苦しむというこの状態を見れば何ら大袈裟では無い。10歳前後の少年少女である、ハンターのように屈強な体も身体強化の為に行う気の活用法も持ち合わせてはいない。幸いアプトノス車ごと洞窟に避難出来た為に飲料水はまだ残ってはいるが、それでも水分だけでは体は持たない。既に軽度の熱中症の症状が二人に見受けられる現状、温度調節の汗対策としてベルとしてもせめて塩分をもう少し摂らせておきたかった。

 

だが、問題はそれだけでは無かったのだ。

 

「は、ハンターの姉ちゃん……暑く、無いの?」

「……ん、だーい丈夫。飲み物ならちゃんと飲んでるし、それにお姉ちゃんは大人で、ハンターさんだからね。このくらいの暑さはさっきのお薬飲まなくても我慢出来るんだよー」

 

心配そうな表情を向けてきたレイドの頭をグシグシと強めに撫で、にっこりと微笑んで安心させる。

 

嘘であった。

この猛烈な暑さは、我慢など出来る筈も無い。気を常時高める事によってある程度常人に比べれば和らいではいるものの、待機しているだけでジリジリと体力は削られていく。その上、鼻や喉の粘膜を中心に起きている火傷をその都度回復薬で癒しまた火傷を起こすという、まるで緩やかな拷問にも似た行いを続けていた。

 

(まっさか、クーラードリンクが私の手持ちしか無いなんてなー……)

 

気を扱えぬ二人の兄妹が、クーラードリンクが無ければ暑さで遠くない内に死んでしまう以上、ベルが彼らの生命線を飲んで消費する訳にもいかなかった。

不幸中の幸いだったのは、二人の体が小さい為に本来大人一回分のクーラードリンクを二度三度と飲める事だ。それにより、計算外の事が起きない限り朝までクーラードリンクは持ってくれる筈であった。だが、それにしても体力の消費は否めないのが実情であった。

 

(想像以上に、体力の消耗が激しい……。舐めてた訳じゃ無いんだけど……ううん、やっぱり舐めてた)

 

このままではジリ貧である。

遂に決意したベルは、二人を傍に呼ぶ。

 

「何、ハンターのお姉ちゃん……?」

「二人とも、良く聞いて……今から、この場所から脱出してベースキャンプまで戻るわ。準備をして頂戴……」

 

そう告げると、二人はノロノロとアプトノス車へと準備に向かう。二人だけでは必要な量も分かりはしないので、直近に差し迫ったモンスターがいない事を確認した上でベルもまた荷造りに動く。

 

「ハンターさん……」

 

レイドが悲しげに呟く。リルはレイドの服へ顔を押し当て啜り泣いていた。

洞窟内に啜り泣く声が聞こえる中、ベルは荷車にあった護衛のハンターの遺体を髪の毛を一房切り取った後、溶岩の中へ押し込んでいく。死体をそのままにしていた場合、モンスターに食い荒らされてしまう。尊厳を守るせめてもの処置であった。

 

今まで、何とか付いてきていたアプトノスと荷車もまた、ここでお別れとなる。悲しげな表情を浮かべる兄妹には少々可哀想ではあるが、少しでも身軽な状態にして一気にエリアを抜けねばならないのだ。

 

「さあ、準備は良いわね……? 行く――」

 

言葉を出そうとして、止まる。最もいて欲しくない存在が、ベルの視界に入ってきたからである。

 

『…………』

 

巨岩。生物とすら思えない、ベルの抱いた第一印象はそれであった。ゆっくりと、エリアの反対側から巨体を揺らしてモンスターが溶岩の中より突如現れた。時に鎧と称される程の堅牢な外殻は、しかし話に聞いた白みを帯びた灰色ではなく墨で塗り潰したような黒である。≪鎧竜≫グラビモス、その亜種≪黒鎧竜≫グラビモス亜種であった。如何なる鉱石も容易に溶かし尽くす灼熱の溶岩から出てこれた理由は城の様な巨体の割に内臓が内側に集まっている為。熱の伝導が低いので、短時間ならば溶岩下での活動が可能となっているのだ。外殻から滴り落ちる溶岩は、例外なく大地を焦がしていく。

 

唯でさえ鎧と称される程に硬い原種よりも尚硬く尚凶暴な存在、今のベルでは勝てるどころか逃げ切れる見込みすらあるかどうか疑わしいところであった。

 

「アナタ達、早く洞窟の中へ戻って……!」

 

幸い、まだ気付かれてはいない。出来るだけ早くとは言っても、今出るのは論外だ。ひとまずやり過ごした後に出発をするべきである。

 

「あっ……!」

「リル!」

 

足が縺れたリルが転んだのを見て、兄であるレイドが心配のあまり大声を出した。その行為の源泉にある想い自体は賞賛に値する程に清いものであったが、同時に今ここでその行為は愚考としか言いようが無いものでもあった。

 

「……ッ!」

 

素早く振り返ったベル、果たしてその先にあった光景は予想に違わぬ物であった。

 

『ルルル……』

(気付かれた……!)

 

グラビモス亜種がこちらを向きながら、ゆっくりと一歩一歩踏みしめながら歩いている姿であった。

 

「……こっちよ!」

 

決断は早かった。ベルは大声で気を引きつつ、グラビモス亜種の頭部へ向けて通常弾やペイント弾を遮二無二撃ち込みながら二人のいる洞窟を離れていく。

甲高い音を奏でつつ甲殻に弾かれていく弾は、一切ダメージを与えられていない。だが気を引く事には成功したようで、グラビモス亜種は咆哮を上げながらベルの方を向いていた。

 

「二人とも、絶対そこから姿は出さないようにしなさい!」

 

言い放ち、返事は聞かず駆け出す。

グラビモスは縄張り意識が強い。この分ならば、ベルが無事に逃げ続ける限りグラビモスはベルの事を追い続ける筈だ。

 

既に居場所を知らせるペイント弾は撃ちこんであるのだから、後はグラビモス亜種を撒いた後に再びあの洞窟へと戻って二人と一緒にグラビモス亜種に見つからないようなルートで脱出するだけだ。か細いながらも確かな光明を見出し、ベルは確認の為に首だけで振り向きながら気を入れ直す。

 

「……え」

 

眼前に、グラビモス亜種の顔があった。

 

「くっ!?」

 

形振り構わず横へ飛び込むようにジャンプする。と、直後に今までベルがいた場所を凄まじい質量の塊が大地を揺らしながら駆け抜けていく。

 

「はっ……はっ……」

 

跳ばねば、間違いなく圧死していた。一瞬の決断が生死を左右する。その事実はベルの体から暑さだけでは無い汗を噴出させるに至る。

 

(水が、クーラードリンクが欲しい……)

 

切実にそう思う。視線の先には、幾つかある可燃性の岩を巻き込み爆発させながらも一直線に怒涛の如くエリアの端まで突き進んでいくグラビモス亜種がいた。岩の爆発は、目視した限りでは一つ一つが大タル爆弾と肩を並べる程の威力を見せているように思える。そんな爆発を数個、だがそれでも体に傷一つ付いてはいないのが見て取れる。

 

動きの動作自体も、ベルと比べると初動はゆっくりとしている。だがその巨体故に動きの幅が大きい為、結局は鈍重とは程遠い機動性を見せる事となっているのだ。

 

「もう、何だっていうの……」

 

硬い上、速い。おまけに大きいと来れば、泣き言の一つも言いたくなるというものだ。

だが、それがいけなかった。

 

「あ、ダメ……」

 

ブルブルと腕が足が胴体が、言う事を聞かず震えだす。先程から聞こえるカチカチという音は自らの歯から発せられた音だった。押し潰されての圧死か、口から吐かれるという熱線に焼かれての焼死か、はたまた溶岩に飲み込まれるか食われて死ぬか……否応なしに、目の前にいる黒い死神に殺される自分の姿が何通りにも渡って映し出されてしまう。

 

(マズイ、ダメ、考えないで……!)

 

武者震いなどとは違う事は、その泣きそうな表情と体をかき抱くような動作が口よりも尚雄弁に語っていた。

 

「はっ……はっ……かひっ、ひゅっ……はっ……」

 

ベルの、呼吸が乱れ始めた。唯でさえクーラードリンクの欠如によって食道や肺にダメージを負っているような状態であったのだ。それが精神の変調によって、火傷による痛みがその存在を示すかのように猛烈に声を上げ始めていた。

 

(あ、来る……)

 

茫然と、黒鎧竜が頭部を上にもたげて熱線の予備動作に入るのを見る。初めて見はするが、口の端から視認出来る程に赤い熱気がちりちりと見えているのだ、間違いは無いだろう。ベルは、分かっているのに動こうとはしなかった。否、出来なかったのだ。グラビモス亜種の行動と、自分の対処の際にすべき行動が結びつかなかった。半ば、現状を諦めてしまったが為に起きてしまった事象であった。

 

「ああ……」

 

それでも、声が漏れる。怖気づいて後ろを見た際に、兄妹が心配げにこちらを見ているのが目に入ってしまったから。

 

「あああぁ……」

 

同じようなその声には既に、諦観の念は込められてはいなかった。

それは鼓舞。揺らぎに揺らぐ弱い自分を、それでも勇者足らしめんとする弱者の足掻き。ベルは何とか躱せないかという思考を止め、逆にその場に仁王立ちとなり手を開き熱線に当たる面積を増やして当たりに行く姿勢を取る。

 

理由は明快であった。今の三者の立ち位置は、ほぼ一直線にある。自分が躱せば、後ろの兄妹は熱に焼かれて死ぬ。自分が盾になったとしても助けられないかもしれないが、だからといって盾にならない理由にはならない。

 

徐々に、血が通っていくかのように徐々に動いていく体。主人の欲求に従い、体は忠実に動き始めていく。

 

「あああああっ」

 

死にたくない。諦めきった心の奥底から、それでも生きたいという渇望の声が漏れ出でる。

そんな原始的な欲求を殺して行った行動は、ベル自身何より尊いと胸を張れる。

 

「あああああッ!」

 

それでも、現実は現実で。ベルのノロノロとした動きでは決して避けられぬスピードで、熱が口内より放出され始めていく。

 

(ようやく、これからだって言うのに……!)

 

吼える声はそのままに、悔しさに瞳を滲ませながら前を向いたその時。

ベルはふと疑問に思った。

 

どこからか。そう、どこからか。

自分の声に混じって、誰かが吼える声が聞こえやしないだろうか? と。

 

「――オオオオアアアアアッ!!」

「あ、ああ……!」

 

溶岩に浸かった事で生じた熱を一挙に解き放つ熱線を、如何に大剣を盾にしてとは言えその身で受け止めるそんな存在、ベルはたった一人しか知らなかった。

 

「……ぐっ、間に合ったぞコンニャロー!」

「――レナードっ!」

 

どこかやけくそ気味に叫ぶレナードに、ベルは万感の思いを込めてレナードの名を呼んだ。

 

「……チッ。熱で、使えなくなったか」

 

自分の得物の様子を見ながら、レナードは悔しげに毒づく。彼の持つ≪ブレイズブレイド≫は複雑なギミックを持つ形状をした大剣だ。その肝と言える部分が、熱線の熱で溶け鉄の塊のような存在へと成り果ててしまったのだ。

 

「う、ルアアアッ!!」

 

苛立ち紛れに、牽制を目的とした投擲をする。やり投げ選手の如く豪快かつ体全体をのびやかに使用したフォームで放たれたソレの勢いは凄まじく、こちらに突進しようとしていたグラビモス亜種の頭部へ命中し、僅かに罅を入れる事に成功していた。

 

「無事か、ベル? ったく、こんな所にいやがって」

 

もんどり打って倒れたグラビモス亜種を横目に入れつつ、レナードはいたって気軽な様子で声を掛けた。そこにリューズと共に飛び出した当初の慌てふためいた様子など微塵も感じられない。

 

レナードの変わらぬ態度と声を聴き、ベルはジン、と目頭が熱くなったのを感じてしまう。未だ狩り場のど真ん中だというのは理解しているのだが、それだけホッとしてしまったのだ。

 

「何で……?」

 

どうしてここが分かったのか、自分から遅れてきたはずなのにどれだけ急いで来れば今のこのタイミングで来れたのか、そもそも自分達は最後に気まずい別れ方をしたのに何で助けに来てくれたのか等々、色々な、本当に色々な想いを込めて呟く。

 

「馬鹿たれ」

 

それをレナードは一言で切り捨てる。

 

「ここに来れたのはもう片方の東側、比較的安全なエリア1と2の捜索をお前を運んできた人に頼んだからだよ。こっちの方へ向かった事自体はその人が教えてくれたし。それでエリア4にきたら、なんとお前と対峙してるグラビモス亜種がいたからな。びっくりしたの何のって」

 

(「俺には、お前のいる所は言わなくったって全部分かってるんだぜ」とか、「お前のピンチに助けに入るのは、いつだって俺に決まってるだろう?」何て言ってはくれないんだろうけど……)

 

あまりに現実的な言い様に、苦笑いを浮かべてしまう。

 

「でも、どうやって……? エリア4からベースキャンプに行こうとしたら、横断するみたいに溶岩流が邪魔してるのに」

「エリアの壁をある程度よじ登って移動したら余裕だった。まぁ、他のハンターに出来て俺に出来ない訳が無いわな。はっはっは」

 

あっけらかんと言うレナードだが、そんな訳は無かった。体重にプラスして装備の重量もあるのだ。掴んだ場所が崩れでもすれば、即アウトな所業である。卓越した身体能力のみならず、瞬発的な一瞬の取捨選択が物を言う、非常に神経を使う作業であった。今この場にいる者では、間違いなくレナードしか出来はしないだろう。

 

(誰か、同じ無茶をした人がいるのかな……?)

 

少なくとも、ララノア村で一緒に行動していた時にはそんな事をやったハンターはいなかった為、小首を傾げるベルであった。

 

「……それよりお前、クーラードリンク持って無いのか? ほれ、俺の奴分けてやるから飲め」

「あ、アリガト……」

 

放るように渡されたクーラードリンクを慌てて両手で受け取り嚥下する。体の内からすうっと清涼感溢れる感覚が体を包むのを感じ取る。すかさず回復薬を飲む事で、火傷を素早く治療する。

 

「全く、無茶しやがって……」

「ゴホッ。れ、レナードには言われたくない……」

 

呆れたように呟くレナードに、ベルは唇を尖らせそっぽを向きつつ反論をする。ベルとて子供っぽいのは重々承知しているが、気心の知れたレナードの前ではついそんな素振りを取ってしまうのだ。

 

『グルアアアアッ!!』

 

咆哮を上げたグラビモス亜種が、血走った眼で二人の方を見る。新たに自身の縄張りへと侵入したレナードの事を警戒しているようだ、威嚇をしてきている。

 

「よーく、俺の事警戒してろよ……?」

 

レナードはすかさず閃光玉をグラビモス亜種の目前に放り投げる。眼を焼くような明るさが、グラビモス亜種の目を潰す。

 

「ベル、目的の兄妹はまだ無事か?」

「え、ええ。暑さで大分衰弱してはいるけれど」

「そうか、ならお前は兄妹を連れてベースキャンプの方に向かえ」

「え、ちょっと待って!」

 

信頼の置けるレナードの言葉ではあったが、思わず口を挟んでしまう。

 

「レナード、ここからベースキャンプへ直に向かう事は無理よ。貴方ならともかく、私でも壁上りは難しいのにあの子たちが出来るだなんて思えない。抱えていくのも無理でしょ?」

「いやいや、誰もそんな事出来るだなんて思っちゃいねぇよ。見たとこ、ここから向こう岸まで溶岩流はそう幅がある訳じゃ無い。……うん、こっちの方が高くて5~6mぐらいか。リューズ、準備はいいかー!」

「お、大声だすなー!? おいらの方にあのおっかないのが来たらどうすんだー!!」

 

レナードに気を取られていたが、ベルが良く見てみると向こう岸(ベースキャンプ側)にもう1人いた。何やら毛布なりなんなりを用意してあるのが見て取れる。

 

「な、何をしようとしているの……?」

「――ここからあの兄妹を、向こうにブン投げる」

 

恐る恐る尋ねたベルに、レナードは重々しく答えた。

 

「…………」

 

想像だにしなかった方法を聞いたベルは、絶句する。

 

「……あー、まぁ嘘なわけだが。二人を両脇に抱えてもこの立地ならいけそうだからな。後は地形の高低差に加えてハンターの、俺やお前の気の運用を前提にした身体能力なら、防具込でもギリギリ向こうまで跳んでいける筈だ」

 

冗談という事にしておこう……。

如何にも冗談だと装う苦笑をし、レナードは心中でそう呟く。

 

レナードはララノア村にいた頃のベルを思い返し、その上で先程の方法を可能であると考えていた。

あの時のお前でもギリギリ行けるぐらいなんだ、なら今のお前が行けない訳は無い。

レナードの目が、雄弁にベルへとそう語る。

 

「……や、やってやろうじゃない」

「その意気、その意気」

 

楽しげに笑みを浮かべると、レナードは兄妹を二人手早く荷物の様に両脇に抱える。

 

「……わっ!?」

「……きゃ!?」

「ほれ、お前等口閉じて目瞑ってな。すぐ終わらせるから」

 

言うと、真っ直ぐに溶岩へでは無く、よじ登ってきた岩壁へと駆け出した。

 

「よっと、はッと!」

 

片足で勢いよく踏み切り宙を舞い、その勢いのままもう片方の足を岩壁へと付け、直後に今度はその足で岩壁を蹴り180度体を捻りつつ見事に向こう側へと着地する。

 

三角跳びの要領で容易そうに行われた行為は、体幹部や脚力を始めとした卓越した身体能力と平衡感覚という前提が必要となってくる紛れも無い妙技である。一連の動きを見ていたベルとリューズは、こんな時だと言うのに目を丸くして拍手を送ってしまう。

 

「……じゃ、リューズ。この子達連れて先にベースキャンプに向かっててくれ」

「んー? おいおい、そんじゃーお前の指示でおいらが汗水垂らしながらせっせと運んできたこの毛布はどうすん――」

「毛布なんて今いる訳ねーだろ! ……全く、毛布なんて何に使うって言うんだ。俺には皆目見当も付かん」

「そんな事、知るもんか!? さっきおいらに「冴えた方法を思いついた。なぁに、詳細は見てのお楽しみだ」って言ってたろうがー!」

「……コホン。あのー、時間かけると邪魔が入って来るかもしれんから、迅速にな。ささっ、お早く」

「頼まれてもゆっくりしてやるもんかー! ……ああもう、これ終わったら死ぬほど寝てやるからなー!」

「……永遠に眠る羽目にならないでくれよー?」

「縁起でも無い事言うなー!?」

 

やや涙目で乱暴な物言いのリューズではあったが、その割に丁寧な態度で兄妹二人を連れて行った。先程の会話内容も、幸い対岸のベルには聞こえていない。

グラビモス亜種は閃光玉の効果が切れたものの、未だ場所が離れておりこちらまで来るのに時間はかかる。熱線もエリアの端から端であるここまでは届かないし、念の為に真っ直ぐ最短距離で突進してきた時用にシビレ罠も設置してある。

 

これで後の懸念事項は、たった一つである。

 

「ベル、来い!」

「うん、でも……」

 

大きく手を広げ、レナードはベルへと語りかける。

 

二人の間に流れる溶岩の川は、言うまでも無く触れれば命は無い。ドロリとした粘着質な質感も、時折気泡のように膨れ上がっては破裂していくところも、果てはその赤い色合いすらも、ベルの心に恐怖感を抱かせる事に一役買っていた。

 

「レナードぉ……」

 

皮肉にも、この場においてレナードの存在こそがベルを尻込みさせる最大の要因となっていた。それは生への渇望の象徴という意味合いもあり、また幼い頃から兄妹同然の幼馴染として築き上げられてきた、一歩間違えれば依存に変化してしまう程の純粋で強固な信頼が、そこには関係していた。

 

だが、レナードは来いと言った。ともすれば弱気に陥りやすいベルの心根をしっかりと把握していた。ベルの、確実に行けるという程に幅が狭くない事ですっかり物怖じしてしまっている心を見抜き、先手を打ってそう声を掛けたのだ。

 

「――。大丈夫、下を見るな」

「…………」

 

情けなく、怖いなどとは口にしない。そんなみっともない事は、戦ってきた今までの自分に誓って口には出来ない。

 

「真っ直ぐ、俺だけ見てろ。何も考えずにどーんとぶつかって来い。大丈夫。絶対、受け止めてやるから」

「……言ったわね! 言ったんだからねっ!? 掴みそびれたら、ただじゃおかないんだからっ!」

 

ベルの後ろからは、グラビモス亜種が一歩一歩が小さな地震かと思う程の疾走で以て突進をしてきていた。

だが、最早ベルは気にしない。唯ひたすらに前だけを見つめ、全力で助走を駆け抜け岸の縁を思いきり蹴り上げ、そして無駄の無い動作で跳躍へと移った。

 

「ぃよっとぉっ!」

 

両腕を広げたレナードは、完全装備をした人一人を対象にしたとは思えぬ程軽やかに受け止めた。そしてグラビモス亜種が圧倒的な速度で押し寄せてきているのを流し目で確認し、ベルを横抱きに抱きかかえながら全力で逃走を試みた。

 

「……ぅええっ!?」

「良くやった、後は任せろ!」

「い、いやそうじゃ無くって……! この格好!」

「……? ああ、そうだ! 腕を俺の首の後ろに回しててくれ、そっちの方が安定するから!」

 

そんな状況では無い事は、未だにグラビモス亜種の咆哮が聞こえる事から分かるのだが、それとこれとは別問題である。恥ずかしい物は恥ずかしい。

 

煤の付いた白い肌を自身の桃色の髪より尚赤く染め上げつつ、ベルはレナードの首の後ろへ手を回す。

 

「は、恥ずかしい……」

「今そんな状況じゃねーから!? ……仕方ねーだろ! そんなに恥ずかしいなら、目でも瞑ってろ!」

 

グラビモス亜種の遠距離の敵に対する手段は大きく分けて熱線と突進の二種類だ。どちらも、比較的直線的な攻撃となっている。その為レナードは一直線に南へと逃走する事は無く、時に方角を変えてグラビモス亜種の攻撃を躱していく。その行為が、どこか喜ばしくも感じてしまう。

 

そんな中での呆れた口調のレナードの提案に対し、意外にも素直にベルは目を閉じた。

 

目を閉じた為だろうか、他の感覚がより鮮明に把握出来ているように感じる。レナードの首の後ろに回した手を、ドギマギしながら少しだけ強く力を込める。この鼓動の高鳴りの意味を、ベルが理解出来ていたのかどうか。

 

それは誰にも分からない事なのである。

 




※奥さま運びとは違います。

と言うわけで、改稿前には無かった話を追加。どんなもんだい。
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