楽しかった。
そう、楽しかったんだ。
ユグドラシルが最終日を迎え、ギルメンとの再会という一抹の望みをかけたモモンガだったが、結局共に終了時刻まで残ってくれる者は一人もいなかった。
NPCだけの虚ろな玉座に腰掛け、豪華な天井を見上げたモモンガはため息をつく。
ユグドラシル終了まであと5分だが、一人で迎えるその時間はとても長く感じる。
思い出深い地下墳墓と共に、最後の時を待ち……
(………誰もいないなら、ここで迎える必要なんてないんじゃないか?)
ふとそんな思いつきが浮かんだ。
そうだ。
もう最後なんだし、ギルメンもいないなら好き勝手にやるのもいいかもしれない。そう思い立ったと同時に指輪で表層に転移し、ナザリックの上空を飛ぶ。
(どうせなら、派手に終わらせようかな)
何かいいものがないかとインベントリを探れば、イベント報酬として入れっぱなしにしていた花火が出てくる。
これはちょうどいいと、花火を全て使いきる勢いで着火させていく。
パーンッ
パーンッ
轟音と共に暗雲の空に大輪の花を咲かせるキラキラと目映い光に、モモンガは少しだけ笑みを浮かべる。それだけでも先ほどまでの沈んでいた気持ちが少しだけ明るくなった気がした。
(はあ……明日は早いからなあ。終わったらもう寝よう)
空を漂いながら、火花の中で目を閉じる。
時計は、0時を迎えた。
(………?)
まだ空を飛ぶ感覚にふとモモンガは違和感を覚える。
サーバーダウンが延期したのだろうか?
いくら待っても強制ログアウトにならないことを不審に思い、ゆっくりと目を開けてみれば眼前に広がる光景に目を疑った。
(沼地じゃない……!?)
そこは青々とした木々が広がる森の上空だった。
「どういうことだ……?」
目を閉じる直前に転移した覚えはないが、なぜこのようなことになってしまったのだろうか。
運営から何かお知らせがないだろうかと、モモンガはステータス画面を開こうとするもなぜか一向に開かない。
どうしたものかと辺りを見渡せば、眼下の森の外れに人影を見つける。
(誰かいる……プレイヤーか?)
一瞬近寄るのを躊躇ったが、このまま上空を飛んでいるのも埒が明かない。万が一PVPになったとしてもモモンガには対処方法はいくつかあるので、ひとまずあの人に聞いてみようとゆっくりと降りていくのだった。
「煮えてなんぼの~、おでんに候う!」
見栄を切るように締めの言葉を発し、光月おでんは一息つく。
オロチから出された条件である『五年間の裸踊り』で、行き交う人々から奇異の視線を向けられてはいたが、彼にとってはどうということはない。
ひとまず今日の分が終わることを記すために岩に印を刻みにいき、だいぶ多くなった印を眺めてグッと口を引き結ぶ。
「………まだ一年目か」
約束の日までいまだ半分にも満たないが、しかしこの一年間神隠し事件は起こっていない。あと四年、なんとしてもやり遂げてみせるとおでんは拳を握りしめる。
ガサガサ
「ん?」
するとここで見聞色が何か人の気配を感知する。
敵意はなさそうだが……念のためおでんは愛刀の閻魔を手に取り、息を殺して気配の主に向けて駆け出した。
「うわ!?」
「!?」
驚いた声が響いたかと思えば、草むらから偉く豪勢な着物を着た、おどろおどろしい骸骨が現れた。
「骨ええええええええ!?」
その不気味な姿を見たおでんは心の底から驚いた。
後にその独特の驚愕顔は『エネル顔』と呼ばれるようになるのだが、この時の彼がそれを知る由もなかった。
対するモモンガも、
(へ、変態だー!!)
目の前に現れた褌一丁の巨漢にビビる。
向こうから接近されたことに気付き、万一に備えようと防御系魔法を構築していたが、男の素早さはモモンガの予想以上だった。
しかし一番目を引くのは男の格好で、ビキニアーマーや海パンみたいな露出度の高い装備を着たプレイヤーは何度か見かけたことはあったが、目の前の男はそれらと比較しても飛び抜けていた。
(っ………なんだ? 急に気分が落ち着いていく…)
しかし驚愕する心がクールダウンするように冷静さを取り戻していく。
「なんだ貴様! オロチの手先か!?」
対するおでんのほうはそんなことはなく、険しい顔つきで抜き身の刀を構えだしてきた。
「え!? あ、いや、少なくとも貴方の敵ではないです! 多分……」
モモンガは極力PKを避けるべく両手を上げて無抵抗アピールを試みる。
「あ、あのすみません。ここはグレンデラ沼地じゃないんでしょうか?」
そしてなるべく彼の気を反らすために別の話題にすり替えれば、おでんは不思議そうに首を傾げる。
「ぐれんで? なんだそれは? ここはワノ国の九里だぞ」
(ワノクニノクリ……?)
聞いたことない地名だなと胸中で呟き、やはりここは沼地とは違う場所なのかと考えこむ。
(ていうかこの人……)
しかしそれとは別に気になることが一つ。
目の前の男の表情はとてもリアルに感情を現しており、さらに先ほどから会話に連動して口が動いている。今までこんなことはなかったはずなのに、仕様が変わったのだろうか?
(これは……ユグドラシルⅡへのアップデートか?)
なんのお知らせもなく突然やりだすなんて、クソ運営ならやりかねない。とはいえ一旦ログアウトして確認しようにも、ステータス画面が開かないからどうしようもない。
「はあ……これからどうしよう」
途方に暮れてため息をつくと、おでんはモモンガの顔を覗き込んだ。
「なんだお前、行く場所がないのか?」
「ええまあ、家…? もなくなっちゃったみたいですし」
ここに来るまでに何度か転移を試してみたが、ナザリックに帰ることができないでいる。これはもしかしたらギルドホームが消滅している可能性もあるかもしれないと、モモンガは半ば諦めかけていた。
「なら俺の屋敷に来るか?」
「え?」
ここでおでんの何気ない言葉にモモンガはぽかんとする。
「いいんですか?」
「おうよ。身寄りのないやつを見捨てるようじゃ、侍の名折れだ」
おでんがニヤリと明るい笑顔を見せて胸を叩く姿に、図らずもモモンガは恩人のたっち・みーを重ねてしまう。
しかし一方で警戒してしまう。
ゲームにおいて敵か味方かわからない初対面の相手を拠点に招くのは悪手であり、大抵は罠である場合を疑う。
しかし今は情報が欲しい。
虎穴に入らずんば虎子を得ずとぷにっと萌えから教わった言葉を思いだし、もしこれが罠だったならあらゆる手段で切り抜けようとモモンガは結論を出すのだった。
「わかりました、お願いします」
シャナクロスのほうでは絶賛曇らせ予定のモモンガさん、こちらでは楽しく過ごさせてもらう予定です。