褌男に案内された先にあったのは、昔ユグドラシルのイベントで見たことのある和風のお城だった。
いつものエリアとは全く雰囲気の違う景色を前に、モモンガは物珍しさからキョロキョロとつい周囲を見てしまう。
「なんだなんだ、そんなに珍しいか?」
「え、ええ……まあ」
しまった。これじゃまるでお上りさんみたいじゃないかと恥じるも、男はガハハと豪快に笑ってモモンガの肩を叩くのみだ。
光月おでんと名乗った大男は、話を聞く限りこの辺りを治める殿様というかなり偉い身分の人物らしい。
ちなみにあの特徴的な形の頭部は帽子ではなく地毛らしい。どんなセットをすればああなるんだと内心でツッコミつつ、おでんの後ろに付いて進む。
『おでん様、おかえりなさいませ!!』
屋敷に入れば玄関口にて、これまた背の高い男達が正座しておでんを出迎える。
内三人ほどは人間ではなかった。
(犬人間と猫人間……この二人はビーストマンか? あっちの緑色の人はなんの種族だろ……?)
そういう方向性のギルドなのかと思っていたが、彼らは背後のモモンガに気づくと明らかに驚いている。
「なにやつ!?」
「妖怪か!?」
彼らはモモンガを侵入者と判断して刀に手をかけ、モモンガも万が一に備えていた魔法を発動させようとするも
「待てお前達! こいつは客だ」
そこへおでんが待ったをかける。主から制止され、男達は戸惑いつつも刀から手を離した。
「俺の家臣達がすまなかったな。最近色々あってこいつらもピリピリしているんだ」
申し訳なさそうに頭を下げる彼にモモンガは首を振って答える。
「いえ、大丈夫ですよ」
むしろ彼らからすれば、アンデッドであるモモンガは怪しさの塊なのだし当然の反応だろう。
「名前は……えっと、なんだったか?」
「俺の名前はモモンガです」
「モモン、ガ。ほう、これはまた不思議な巡り合わせだな」
「?」
するとおでんはモモンガの名前を聞いて何か感慨深そうに頷いていた。
「おでん様! そんな得体の知れない者を招いてよろしいのですか!?」
とはいえ男達はモモンガの扱いに未だ納得できていないらしく、歌舞伎役者のようなド派手な出で立ちの男が尤もな意見を述べる。
「オロチの手先やもしれませぬ!」
サングラスをした長髪の男も彼に同意する。
(オロチ……?)
一方のモモンガは聞きなれない名前に首を傾げる。
そういえばさっきおでんもそう言っていたが、対立ギルドか何かなんだろうか。
「あの、オロチってなんですか?」
「は?」
何気なく問えば、男達は鳩が豆鉄砲でも食らったような顔になってしまった。
「お前、オロチを知らないのか!?」
猫人間が信じられないと言わんばかりに詰め寄ってくる。
「は、はい……生憎とついさっきこの地にやって来たものでして……」
「ワノ国の外から……!?」
「バカな! 貴様どうやって侵入してきた!?」
そんなに驚くところなのかと背の高い女性と犬人間が互いに顔を見合わせている。このリアクションに、モモンガは先ほどから抱いていた疑念がより強くなっていく。
(そもそもこの人達、プレイヤーなのか?)
もし彼らが自分と同じプレイヤーなら、こんな状況下でロールなんてしている場合じゃないはず。でもNPCにしては妙にAlの性能が高い気もする。
なのでモモンガは彼らにいくつか質問してみる。
ユグドラシル、グレンデラ沼地、ワールドエネミー、ワールドアイテム等々……。
しかしおでんも彼の部下達も、どれもこれも聞いたことがないというのだ。
やはりどうにも会話が成り立たない。
「俺もロジャー船長と長いこと海を渡ってきたが、そんな島も国も聞いたことがないな……」
「そうですか……」
そして代わりにいろんな情報を得ることができた。
やはりユグドラシルでは聞いたことのない単語ばかりだ。
その後客間に通されたモモンガだったが、おでんの妻だという女性が食事を運んできたので慌てて頭を下げる。
「すみません。俺、飲食できない種族でして」
せっかく用意してくれたのに申し訳ないと謝罪する。
「そうなのか」
まじまじとモモンガの身体を興味深そうに見つめる一同にモモンガはつい姿勢を正してしまう。
確かに見るからに内臓なんてなさそうな骨の身体には、食べ物が入るスペースなど見当たらない。
だから皆さんで食べてくださいと勧めれば、彼らは最初客人を尻目に自分らだけで食べるのはどうかと悩んでいたが、皆も食べ物を粗末には出来ないからと結局食べることにした。
それにしても屋敷の大きさに反して随分と質素な食事である。まあモモンガのリアルの食事に比べれば、充分過ぎるご馳走ではあるのだが。
彼らは口を動かしキチンと咀嚼して食べ進めているが、これもユグドラシルにはなかった仕様だ。
ここまで来ると、もはや考えられるのは一つだけしかない。
(………この世界は、ゲームじゃなくて異世界?)
昔のライトノベルで、ログインしたゲームから現実世界に戻れなくなるという物語が流行っていた。いつだったかギルメンとそんな話をしたことがあった気がする。
まさか、自分がそれと同じ状態に……!?
そんな可能性に行き当たり、モモンガは動揺するもまた気持ちが落ち着いていく。
(なんだろうこれ?)
まるで他人事のように冷静になっていく感情に、自分は本当に人間でなくなってしまったのだろうかと疑問を浮かべても、モモンガの胸に絶望も焦燥も浮かぶことはなかったのだった。
夜。
おでん達が寝静まる中、モモンガは客間の窓から月を見上げていた。
(綺麗だな……ユグドラシルにも月が出てたけど、本物はやっぱり比べ物にもならないや)
大気汚染による灰色の雲に閉ざされたリアルの空は月も星も見えず、モモンガにとって月とはゲームや物語の中にしか登場しない存在でしかない。
それが今、目の前にある。
手が届きそうで掴めない距離に、確かに存在しているのだ。
(………もっと、近くで見てみたいな)
一度周囲を見渡して誰もいないことを確認してから、モモンガは“飛行”を唱えて空を飛ぶ。
ぐんぐんと、光月城の上空目掛けて高く飛ぶ。
ある程度の高度に達してから辺りを見渡せば、思わず声を上げてしまった。
「わあ……!」
満天の星空と、青く広い海。
その海の真ん中で巨大な塔のごとく聳え、止めどなく滝が溢れる島。
なんて荘厳な景色だろうか。ブルー・プラネットさんが見たら泣いていたかもしれないなと、モモンガは感嘆を漏らす。
ここが異世界だと気づいた時から、モモンガは最初
元の世界に戻るべきかどうか悩んでいた。
しかし、今となってはもうそちらへ未練はなくなっている。
(別に、戻る必要なんてないかな)
あんな汚い世界よりも、この青く美しい世界のほうが遥かに素晴らしい。
ふいに視界の端が明るくなって振り返ると、地平線の向こうから光が登ってきていた。
間違いない、あれは朝日………太陽だ。
「これが……本物の朝日」
ユグドラシルのイベントでそういった光景を何度か見ていたが、目の前のそれはゲームとは比較のしようがない美しさであった。
なんて眩しいんだろう。
まるで自分の新しい人生が始まるような……
(………そうだ、ユグドラシルはもう終わった。なら今日のこの日から、俺の新しい人生を始めてみるのもいいかもしれない)
この未知に溢れた世界を見て回るのも、きっと楽しいことになるだろうから。
その頃の黒炭
カン十郎「なんかおでんが変なやつ連れてきました!」
オロチ「なに!? 援軍か!?」
カン十郎「喋る骸骨です!」
オロチ「なんて?」