以降モモンガは光月城の食客という扱いで居候させてもらうこととなった。
とはいえタダで居座るわけにはいかないからと、モモンガなりに屋敷の掃除などの雑用を手伝うことにした。
雑巾がけ、箒がけ、畑仕事、荷物の運搬等々……最初こそ元サラリーマンの身で慣れない仕事に四苦八苦していたが、トキの指導が的確で優しいおかげか少しずつ要領を掴み慣れていった。
もし人間の身体だったなら根を上げていたことだろうが、アンデッドの身体は疲労を感じないために重労働は苦にもならない。
それにしても大名の奥方というとても偉い身分の彼女が直々に働いているということは、よほど人手が足りないということなのだろう。
おでんの家臣だという赤鞘九人男達から、色々と話を聞いてきてわかったワノ国の現状をまとめるとこうだ。
本来ならばワノ国の将軍……王になる人物はおでんだったらしいのだが、その地位を黒炭オロチという悪辣な男に奪われてしまい、ワノ国は圧政を強いられているらしい。
ワノ国に設立された武器工場は水と土壌を汚染し、花の都以外の土地は作物も育たず飲み水の確保もままならないという。見たところモモンガのいたリアルに比べればまだ全然綺麗ではあるが、文明水準が江戸時代レベルしかないこの国の人々には辛いものだろう。
そんな中気になるのはおでんの行動だ。
光月家どころか祖国の危機にも関わらず、オロチから国を奪還するでも食料の確保に臨むでもなく、彼は毎日決まった時間になると褌一丁で踊りに行く。
赤鞘達に聞いてみてもその理由はわからないらしい。
モモンガの魔法やスキルを使えばわかるかもしれないが、この世界で精神系魔法が人体にどのような影響を及ぼすのかはまだわからない。
恩人相手にそれをやってなんらかの異常が出ては大変だ。
(それに………いくつか
自身の影を見下ろしつつため息をつく。
まだ確証はないが、モモンガはその懸念が最悪の方向に転ぶ可能性を視野に入れ、不用意に手の内を見せないよう努めながら出来ることを調べていくのだった。
今日は情報収集を兼ねて九里周辺を散策してみることにした。
現在のモモンガは基本装備をインベントリに収納し、おでん達から借りたワノ国の着物……いわゆる虚無僧の姿となっている。
人が密集している地域に向けて足を進めてみれば、道中の景色が嫌でも目に入ってしまう。
なるほど確かに、周辺の草木は枯れていて更地になり、流れる川は濁っていて魚は全く住んでいない。
モモンガはしばらく道なりに歩いていき、何気なく周囲を見やると誰かが倒れているのを発見した。
魔法やスキルで罠を警戒しながら近寄ってみると、それはボロボロの着物姿の女性であった。
何日も何も食べていなかったのかガリガリに痩せていて、腕には赤ん坊を抱き締めており空腹からかわんわん泣いている。
「大丈夫ですか?」
とりあえず生死の確認のために声をかけてみると、モモンガの声に反応するようにピクリと肩が動いた。まだ母親の息はありそうだ。
母親はゆっくりと顔を上げ、モモンガの姿を見ると穏やかな笑みを浮かべている。
「ああ……お坊様」
「貴女は九里の人ですか?」
「いいえ……つい先日までは、花の都に住んでおりました」
「え……!?」
女性が明かした素性にモモンガはほんの少しだけ驚く。
確か花の都は安定した食料と清潔な環境が揃っているとのこと。そこに住んでいたという人物がなぜこんな最悪な環境の土地にいるのだろう。
「なぜこちらにおられるのですか?」
そう問いかければ母親は涙を流して俯く。
もしかしたら彼女も、己の境遇を誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
「はい……私の亭主は呉服屋だったのですが、薦めた着物の柄が気にくわないからとオロチに打ち首にされてしまいました。残された私達は花の都から追い出され、ご覧のように食べるものにも苦労する有り様です」
「………」
まさか……たったそれだけの理由で、こんな仕打ちを受けたというのか。
おでん達からオロチという男がいかに外道であるかをよく聞かされていたが、モモンガの想像以上だ。
「九里の光月おでん様は毎日裸踊りばかりしていると風の噂で聞いております。しかしあのお方は亡き亭主がお慕いする傑物、きっと何かお考えがあるのだろうと思い、それで………」
ここで一度母親の言葉が止まり、赤ん坊を抱き締める腕に顔を埋めて啜り泣く。
(なるほど、藁にも縋る思いでここまで歩いてきたのか……)
確かに、唯一オロチを打倒できる人物がいるとすれば、本来の将軍継承者であるおでんしかいない。ならば彼を反乱の旗印にする以外にないだろう。
「憎きオロチ………あの暴君に一矢報いなければ、あの世で夫に会わせる顔もなく、死んでも死にきれません……」
嗚咽を漏らす涙声とは裏腹に、袖から覗くその顔は憤怒に歪んでいる。ガリガリに痩せた顔も相まってさながら修羅だ。
「ああでも……それが叶わぬならば、せめてこの子だけでも生きていてほしい…」
しかし赤ん坊を見つめる時だけは悪鬼の顔を潜め、優しい手つきで我が子の頬を撫でる。
(………子供、か)
その姿がモモンガの記憶の中の母親と重なる。
最期まで自分を愛し、そのせいで死んでしまった、たった一人の家族。
「………あの、もしよろしければその子を引き取りましょうか?」
「え……?」
モモンガの言葉に、母親は信じられないものを見るような目で彼を見上げる。モモンガ自身も口から出た言葉に驚いていた。
「よろしいのですか…?」
「少なくとも、最低限自立できるまでは安全は保証します」
正直この赤子を養ったところでモモンガ自身に利益などはない。しかしだからと言って、どうしても捨て置く気にはなれなかったのだ。
「ああ……ありがとうございます」
モモンガからの提案に歓喜の涙を流し、母親は安堵の笑みを浮かべて赤子を彼に手渡す。
しっかりと抱きしめるのを見届けると、もう未練はないと力なく首を伏せ、そのまま母親はこと切れたのだった。
「………」
ライフエッセンスで母親が死亡したのを確認してから、モモンガはいまだ泣きじゃくる赤ん坊を見る。
お世辞にも赤ん坊らしくない痩せた身体は、医学知識などないモモンガから見ても危険な状態だとわかる。食事させようにもまず消化器官が正常でなければまずい。
となると、まずは身体を回復させるべきか。
「中位アンデッド創造、コープス・シスター」
モモンガは自身のスキルで回復魔法が使えるアンデッドを呼び出そうとするのだが、ここでなんと目の前で母親の遺体がどろどろに溶けてしまった。
「え!?」
まさかの変化にモモンガは慌てるも、すぐさま沈静化が働いてその様子を観察しだす。遺体は黒い泥になったかと思えば粘土のように形を変えていき、やがてその姿は青ざめた肌の目隠しした白い修道服のシスターとなった。
「………これは」
唖然とするモモンガを前に、シスターはニコリと微笑んで恭しくお辞儀をするのだった。
「………お初にお目にかかります。偉大なりし至高の御方様」
少し前の黒炭
カン十郎「というわけでして、例の骨男は光月家の居候となりました」
オロチ「そうか……おでんが連れてきた者がただの客人なわけがない。くれぐれも油断するな」
カン十郎「お任せくださいませ! この黒炭カン十郎、あの骨男の情報を一つも余さずオロチ様に献上してみせましょう」
影の悪魔「………ということでした」
モモンガ「ええ………;」