百獣海賊団本拠地、鬼ヶ島。
カイドウの右腕である火災のキングはイライラした雰囲気で廊下を歩いていた。ここ最近の彼はいつもこんな調子で、それを見た末端の海賊達は思わず震え上がり誰も近寄りたがらない。
しかしそんな彼に声をかけられる猛者も、この島には一定数存在してはいた。
「おい、カスキング!」
後方から聞き覚えのありすぎるムカつく声で、明らかな悪口を込めて呼びかけられ、キングの黒いマスクの下の額に青筋が浮かぶ。
無視したいという気持ちが大きいものの、だがここは返答しなければならないのだろうと判断したキングは、嫌々ながら振り向いて射抜くような眼光で呼び止めた人物を睨む。
案の定、呼び止めた人物は犬猿の仲と評判のクイーンだった。
「なんだ、しょうもない用事ならローストするぞ無能デブ」
彼とは顔を会わせるだけでも不愉快だというのに、今のキングは特に苛立っている。ゆえに返答次第では容赦なく斬ってやろうと愛刀に手をかける。
「んなわけねえだろ! お前、どうなっているんだよ今月の志願者の数!」
そんなキングの怒りにも臆さずクイーンは怒鳴り声で返し、それはこっちのセリフだとキングは舌打ちしたくなる。
おでんとの取引から3年は経っているというのに、キング達の予想に反して百獣海賊団の新たな志願者が少ないのだ。
3ヶ月に一組くればまだいいほうで、半年以上経っても来ない場合だってあった。そのうえ志願者は軒並みてんで大した実力ですらない雑魚ばかりで、これでは光月一族を倒すにも心許ない。
人手が思いのほか集まらない現状に、元ロックス海賊団のクルーという肩書でも難しいというのかと、キングとクイーンは頭を悩ませていたのである。
「おまけに変な噂まで出ちまってよお……!」
しかしここで出たクイーンの何気ないぼやきに、キングはピクリと反応する。
「噂?」
それは初めて聞く話だった。
「知らねえのか? ワノ国の近海に幽霊が出るって噂が広まっちまってんだよ!」
ちょうど遠征から帰ってきたばかりの部下達が、外界でのワノ国の評判を聞き集めてみたところ、『ワノ国の近海に進むと幽霊が現れて、海に引きずり込まれて死んでしまう』という出どころ不明な噂があるらしい。
ただでさえ鎖国状態で近寄りにくいというのに、その噂を恐れて大半の海賊はワノ国に近寄らないのだという。
「………くだらねえ」
呆れたようにため息をつくキングからすれば、この世には幽霊よりも恐ろしいものなど腐るほど存在するというのが持論だ。なのにそんなことでビビるような腰抜けなど、こちらから願い下げである。
「だからお前、ちょっと様子見てこい」
「………あ゛?」
しかしここで件の噂の近海を調べてほしいとクイーンから言われ、ついにキングの頭の血管がブチリとキレてしまった。
「ふざけんな! こちとら忙しいんだよ!」
キングもキングで仕事があるため、そんな迷信なんぞのために出張れるかと怒鳴るが…
「そうは言うが、うちで飛べるやつはお前しかいないんだよ」
しかしここでクイーンではない聞き慣れた声が答え、キングはギョッとする。
「な……!?」
なんとクイーンの後ろからカイドウが現れたのだ。
それが意味するところ、つまりこれはカイドウ直々の命令でもあるということだ。
「すまねえなキング、様子を見てきてくれ」
「っ………!」
カイドウに言われては何も言い返せず、キングはマスクの下で苦虫を噛み潰した顔になりつつも頷く。
そのまま足早に船に向かうのだが、すれ違いざまにクイーンにだけ聞こえるようにチッと舌打ちするのだった。
そして現在、キングは何人かの部下を引き連れ、船に揺られながら沖に出ていた。
「キング様、まもなく例の近海に到達します」
「よし、お前らはここで待機だ」
「え?」
部下からの報告を聞き、ここでキングは船を止めるよう指示を出す。
もし噂の幽霊の正体がカイドウに反旗を翻す輩だったとしたら、最悪戦闘になることもありえる。そうなると必然的に狙われるのは船だ。
万が一なんらかのトラブルが生じて長時間飛行できなかった場合、カナヅチである彼にとって帰りの船がなくなられては困る。
言うだけ言ってプテラノドンに変身したキングは、脇目も振らず船から飛び立っていった。
「ここか……」
しばらくして目的の海域に辿り着き、上空を旋回しながら海面を注意深く観察していくが特に異常は見当たらない。せいぜい海鳥が小魚を啄んでいるくらいだ。
(……やはり噂は噂か)
カイドウの命令とはいえ、こんなことに余計な時間を使ってしまったことに内心で腹を立てるキングは、取り敢えず帰ったらクイーンの顔面をぶん殴ってやろうと心に決めて船に戻ろうとする。
「……………!」
だが次の瞬間、見聞色が何かを感知したキングは咄嗟に高く飛び上がった。
ザバアアアアアン!!
大きな波飛沫を立てながら海面から突き出す大きな口が、ちょうどキングが飛んでいた辺りにまで届いてバクンと閉じられる。
『オオオオオオオオオ!!』
キングはそれを間一髪でかわし、襲撃者は獲物を食い損ねて悔しそうに咆哮を上げる。
(これは………海王類、なのか?)
上空から襲撃者の姿を確認したキングは、しかし目を見開き戸惑ってしまう。海から現れる巨獣ともなれば、そんなのは海王類しかいない………のだが眼前で泳ぐ『それ』は、彼が生きてきた中で見たことのない種類の生物だったのだ。
体長は一般人から見ればかなり大柄だが、もともと巨体を持つキングの視点では大したものではない。全体的なシルエットはウミヘビに似ていなくもないが、肉の一部は腐って剥がれ落ち、そこから体内が露出して肋骨が突き出ている。鰭はところどころがボロボロに崩れて汚く変色し、両目は白く濁っているうえにその身体から滴る海水は、遠くからでもわかるほどに強い腐敗臭を放つ。
それはさらがら、海王類のゾンビだ。
ゾオンの嗅覚が悪臭を感知し、キングは思わずマスクの下の顔を顰めてしまう。
(なるほど、こんなのに襲われたら船など簡単に沈められるわけだな)
腐乱ウミヘビが何者なのかは知らないが、恐らくこいつが噂の正体なのだろう。ならば今後の百獣海賊団の計画のためにも、今ここで倒さなくてはならない。
キングの殺気を感知したのかウミヘビの白い目が確かに彼を見据えている。
「火龍灯!」
まずウミヘビの出方を伺うべく自慢の炎を浴びせてみれば、ウミヘビは迫りくる熱を察知したのかすかさず海中に潜って回避する。
上空を旋回しながらキングは冷静にウミヘビの影を目で追い、次のチャンスを逃さない。
また海面から顔をだした瞬間を狙い、もう一度火竜灯を放つ。今度は当たったがウミヘビの身体は海水を纏っているせいか燃えにくく、逆に口から水鉄砲を放ち反撃してきた。キングはそれを素早く躱していくも、僅かな飛沫が少しだけ袖にかかってしまう。それは強酸でも含まれているのか黒い服を溶かしていくが、キング自身の皮膚は多少ひりつくだけで無傷だ。
「速いな……」
海中ともなれば海王類の土俵。
影は海中を素早く泳ぎまわり狙いが定まらず、このまま手をこまねいていては逃げられてしまう。
(仕方ない)
悩んだ末にキングは意を決し、うなじの炎を消して自身の速度を上げて海面ギリギリまで高度を下げる。
それを見たウミヘビは大口を開けて喰らいつこうとするも、キングの速度に翻弄されてしまいさすがに反撃できないでいる。
ここでキングが攻撃しようとした………その時だった。
「ーーーーーーー」
瞬間、
「っ……!?」
次いで腕に鋭い痛みが走り、見れば顕になっていた手首に真新しい切傷ができていた。
(いつの間に……!?)
『グオオオオオオオオオ!!』
「!!」
傷に一瞬だけ気を取られていたが、ウミヘビの咆哮で我に返ったキングは直ぐ様刀を構え直す。
刀身に炎を纏わせ、すれ違いざまに斬りつければ、ウミヘビの首が切り落とされた。
『ーーーーーーーー』
もはや声にもならない叫びとともに、塵となって消え失せていったウミヘビを眼下に眺めながら、キングは肩で息をする。
「………」
念の為に見聞色で周囲を探れば、どうやら間違いなく倒せたらしい。ふうと安堵のため息をつきつつ、ちらりと手首の傷を見る。
一瞬……本当に一瞬だけ、
一体アレはなんだったのか。
気にはなったものの、ひとまず休みたい気持ちが勝ってしまったキングは、翼を羽ばたかせて船に戻っていくのだった。
同時刻。
遠隔視の鏡で観察していたアインズはため息をついた。
「………マジか。あの黒いやつ、炎系の能力を使えるのか」
百獣海賊団に潜ませたドッペルゲンガーの報告から、海賊がワノ国に来ない現状をさすがに幹部達から不審に思われ、カイドウの右腕である火災のキング直々に調査が入ったという情報を得ていたアインズは、ここで船幽霊の情報を漏らすわけにはいかないと、陽動のために実験を兼ねて作ったウミヘビのアンデッドをけしかけてみたのである。
事前情報に基づく火災のキングの能力は、動物系悪魔の実『リュウリュウの実・モデルプテラノドン』。
現状世界政府に確認されている数少ない飛行能力を持った悪魔の実の一つである。それだけでも厄介だというのに、彼は観察しただけでもわかるほど高火力の炎を連発していた。アンデッドであるモモンガにとって間違いなく相性最悪な敵だ。
おまけに耐久値も高いのか、ウミヘビからの毒・麻痺・強酸………あらゆる状態異常系スキルを無効化する上に被ダメージがなかなか蓄積されない。
さすがはカイドウの右腕、これは一筋縄ではいかなそうだ。
だが観察したかいはあったということか、うなじの炎が消えている間はスピードが上がる代わりにダメージが通ることがわかった。
この情報が得られただけでも十分な収穫である。
とはいえウミヘビが倒されてしまった以上、彼らからのこれ以上の深入りを防ぐためにも当分船襲撃はできそうにないだろう。
「戦力強化妨害は、もう潮時かもしれないな……」
まあ三年もよく持ち堪えたほうだろうと、自身を納得させておく。う〜んと伸びをしつつ、アインズは喜姫箆に癒やされるために、今日はもう早めに切り上げることにするのだった。
クイーン「ムハハハ! 思った通りだ。カイドウさんに頼ませたらあのカスキングでも従わざるをえなかったな!」
カイドウ「なんのことだ?」←クイーンに頼まれた
クイーン「こっちの話っす」