未知の悪魔はデンレゼを理解する   作:ぷに凝

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未知の悪魔はデンレゼを理解する

未知の悪魔は、地獄に居城を構える“超越者”と呼称される悪魔である。

しかし人間も、悪魔も、その他の未知の悪魔が観測できる多次元宇宙領域内に存在する高知能生命体のいずれも未知の悪魔を知らない。

“闇の悪魔”が闇の中でこそ本領を発揮するように、未知の悪魔は“未知”という領域の中に潜む。

 

すなわち「知られる」ことは未知の悪魔に対する最大の攻撃であり、脅威となる。

 

未知の悪魔の眷属である宇宙の悪魔、未来の悪魔、永遠の悪魔なども未知の悪魔の存在を知らない。正確には記憶から消している。

 

未知の悪魔は人間と悪魔の記憶を操る力を持っている。

 

既知を未知へ。未知を既知へ。そうして他者の記憶を操ることで、未知の悪魔は未知という自身にとっての領域を拡張して行動する。

だからその日、未知の悪魔は長く安定して動くことがなかった「未知の領域」が急速に「既知の領域」に変えられる瞬間を目撃して興味を持った。

 

こういったことは往々にして起こる。例えば人間の世界で「発明」が起きた時は、一気に未知の領域が塗り替わる。「火」「文字」「電気」「インターネット」……人間の文明が進むごとに、未知の悪魔は肩身の狭い思いをすることになる。

 

まぁ、そうであっても人間の知覚範囲など未知の悪魔の知覚する宇宙領域のうち0.000000000000001%弱にしか及ばないが。

 

その0.000000000000001%のうちの、さらにほんの一部……人間の知覚領域を大海とするなら、その海の中に人間一人がかろうじて上陸できる程度の広さの小島がぽつんと浮かんでいるような、その程度の範囲内で未知の領域が侵されたというだけの話。

 

それは、人間が統治する国の一つであるソビエト社会主義共和国連邦が擁する工作員……“爆弾の悪魔”と契約した一人の少女についての未知領域の拡大。

 

有り体に言えば、どういうわけか一部の人間たちがこの少女……「レゼ」という工作員に異常に関心を示している。それも、例のチェンソーと契約した少年と関連づけられた関心だ。

 

どうやらレゼ……「ボム」とも呼ばれるこの人間はチェンソーの心臓を狙って少年に近づいたが、心臓の奪取に失敗。程なく支配の悪魔に取り込まれたが、彼女のチェンソーに対する情念の在り方が人間の間で語り草となっているようだ。なぜ人間の街で大暴れしたボムにここまで人間が同情を寄せるのは謎だ。

 

謎、すなわち未知。知覚領域の物事を識り尽くしている未知の悪魔にとっての未知とは何者にも代え難い甘味だ。

 

人間たちが、「ボム」に幸せな結末が訪れることを願っている。その理由を未知の悪魔は探りたい。

 

行動を起こすことにした未知の悪魔は、人間を一人乗っ取って支配の悪魔に会いに行くことにした。無論、自身が未知の悪魔であることは伝えない。ただ力のある悪魔であることを証明するため、少々“遊んで”実力を見せることになるが。

 

「……あなたは、私が知らない地獄の“超越者”ですね」

 

そうして短い時間を支配の悪魔と戯れたことで、向こうもこちらがどういう存在か当たりをつけたらしい。

その結論に達するまで、支配の悪魔は21回ほど肉体的な死を迎えることになったが、それが支配の悪魔にどれほどの痛痒を与えることになったのか。知ってはいるが興味がないため言及はしない。

 

未知の悪魔は要件を伝えた。「あなたが支配した爆弾の悪魔の契約者の処遇について少し話がある」と。

 

「──端的に言って、意外です。彼女にあなたのような高位の悪魔が気にかけるだけの利用価値が?」

 

正直言って、ない。

 

支配の悪魔への接触も含めて、未知の悪魔の「ボム」への関心はほんの戯れのようなものだ。しかし未知の悪魔は戯れこそ悪魔の本懐であると理解している。

人間も悪魔も、究極的には自身の欲求を満たすためにその生涯の全てを費やす。未知の悪魔も例外ではない。自身が興味を抱いた事柄に対して未知の悪魔は理由も意義も求めない。

 

“面白そうだったから”。事態に介入するのにそれ以外の動機は必要ではないのだ。

 

「……わかりました。彼女を解放しましょう」

 

支配の悪魔は私が何を考えているのか、少々考えを巡らせたようだったが最終的に「考えるだけ無駄」という結論に達したらしく、大人しく「ボム」を解放した。

 

合理的な行動である。未知の悪魔が本当は何を考えているのかなど、未知の悪魔自身も知らない。それに支配の悪魔は様々な方面の能力に秀でているのだろうが、その中で“他者の心を理解する”というのは彼女が最も苦手とする類の技能だろう。

それが支配の悪魔が支配の悪魔たる所以。彼女自身もそれを自覚しているのだから元より他者の内面になど興味を抱いていないのだ。

 

ただ唯一、彼女が強い興味・関心を寄せるチェンソーの悪魔だけは例外にはみ出しているようだが、それも結局は彼女の理想の一方的な強要であり、チェンソーにとっては傍迷惑な話だろう。

 

「……あなた、は」

 

そうこう思考を巡らせる内に解放された「ボム」は、まず背後の支配の悪魔に対して警戒を示し、ついで目の前に立つ未知の悪魔に疑念を抱いて言葉を発した。

 

「彼は私よりも高位の悪魔です。ボムちゃんを解放したいと言うのであなたを解放しました。今後は彼女に付き従ってください」

「……」

 

「ボム」は警戒しつつも、事態を飲み込めず困惑の色を強くした。

 

そんな「ボム」に対して“行こうか”と語りかけ、立ち上がらせる。

 

最後に支配の悪魔に対して、自身の肉片を分け与え、「好きに使うといい」と言い残し、未知の悪魔はその場から消えた。

 

「……恐ろしい存在に目をつけられたみたいだね、ボムちゃん」

 

 

道中、「ボム」はずっと無言だった。

 

隙を見て前を歩く未知の悪魔から逃げ出しそうとする挙動を見せたが、その度に未知の悪魔が他愛のない会話を振り続けると諦めたようだった。

 

「……私をどうするつもり?」

 

それは今までの警戒と探りを込めた敵対的な言葉ではなく、単なる不安から発せられた質問のようだった。

 

未知の悪魔は素直に言った。「君に引き合わせたい人物がいる」と。

 

「……私は失敗した。マキマにも目をつけられている。そんな私に会おうとするなんて、よっぽど物好きなんだね」

 

「ボム」はおそらく自嘲の意味を込めてそう言った。

 

すなわちこれからの自分が辿る運命を悲観的に捉えているのだろう。他の人間の欲求のために使われる人形に成り果てるだとか、戦闘人形として終わりのない戦いに投じられるだとか、そういった未来だ。

 

「ボム」を人間の価値観で最も“価値ある”使い方をするなら、確かにそうするのが有効だ。特に金銭を稼いだり、名声を高めたり、あるいは個人的な性的欲求を叶えるといった人間特有の欲望を知る者からすれば自然な思考である。

 

しかし未知の悪魔はそういった類の情動とは無縁であるし、今は特に興味もない。「ボム」は人間の美的観点からすると好ましい容姿をしているのだから、人間も好ましい者に向けるありきたりでつまらない反応をするものだろう。

 

未知の悪魔が引き合わせたいのは、そうした欲求を抱えつつも「ボム」に……もといレゼに対して、その生命を脅かされた上で、いささかも心境に変化がないらしい少し変わった少年である。

 

「……?」

 

それを事前にレゼに伝えた上で彼に会わせてもいいのだが、未知の悪魔はレゼに事前に未知の悪魔の考えを伝えることはしなかった。

 

そうしようと思った判断に至った過程を、未知の悪魔はわざわざ詳らかにすることはない。

 

“面白そうだと思ったから”。

 

理由はそれだけで十分だった。

 

 

──カラン。

 

「いらっしゃ……えっ」

「……」

「……」

 

“お邪魔します”と未知の悪魔が断って入室したのは、人間が「カフェ」と呼ぶ飲食を営むための娯楽施設だった。

飲食は人間が生命を維持するために必要な行為であるので娯楽ではないのだろうが「カフェ」の趣きは少し異なる。利用者は単に空腹を満たすためでなく、この施設で過ごす時間そのものに大きな価値を感じているらしかった。

 

人間の言葉でそれを「おしゃれ」と言う。興味深い価値観だ。

 

「カフェ」の経営者……「マスター」はレゼを見るなり食器を洗っていた手を止めて目を見開いていた。

 

しかし、徐々に穏やかな目となり、レゼに対して言葉をかけた。

 

「……また遅刻だ。給料から引いとくからね」

「……ごめんなさい」

 

「マスター」を見て、レゼは居心地悪そうに肩を抱いていたが、そう声をかけられるとわずかに喉を鳴らして、唇を緩め微笑んだ。

 

それは未知の悪魔が初めて見る、レゼの「警戒」以外の表情だった。

 

未知の悪魔はレゼを席に座るように促すと、未知の悪魔はその隣に座った。すると「マスター」がレゼと、恐らく私の分と思われる「コーヒー」という趣向品をテーブルの上に持ってきたので“頼んでいないが”と質問した。

 

「サービスです、お客様。ウチの店員を見つけてくれたお礼ということで」

 

未知の悪魔は「マスター」の意図を理解すると、「ありがとうございます」と礼を言ってコーヒーに口をつけた。

 

カフェイン、ポリフェノール、トリゴネリン。

 

コーヒーを構成する成分がもたらす味覚への刺激を、未知の悪魔は存分に味わって楽しんだ。

ちなみに、未知の悪魔にとって味を楽しむというのは人間の見せる習慣の中でも難解なもので、理解するために少なくない時間を擁したが今はある程度習熟することが出来ている。

 

レゼもまた、コーヒーをしばし見つめたのち遠慮がちに両手でカップを持って口に運んだ。

 

「……おいしい」

 

そして、わずかにコーヒーで湿った唇を緩めてレゼはまた笑った。

 

未知の悪魔はそのまま、レゼの心拍数や体温などが人間がリラックスした際の数値に近づくまでコーヒーをゆっくり飲むことで待ち続けた。

 

静かで、緩慢。しかし恐らく人間の感性で“”豊か“と言える時間が過ぎる。

 

「……どうして、ここに連れてきたの」

 

そうして数十分ほど経過して、レゼが問いかけてきた。

 

未知の悪魔が「カフェ」にレゼを招いた理由を聞いたのだろうと推測した未知の悪魔は答えた。「ここで会うのが最も君の望みに近いだろうから」と。

 

「……それ、って」

 

未知の悪魔は言った。

 

「チェンソーの悪魔と契約した少年を呼んだので、ここにもうすぐ来る」と。

 

「え、えぇっ!?」

 

そう言った瞬間、レゼは今まで聞いたことのない素っ頓狂な声をあげた。

体温急上昇。心拍数激早。頭部に血流が集まってわずかに目に見える程度で紅潮。

 

ここまで劇的な反応を見せると思わなかった未知の悪魔は興味深く感じた。

 

「デ、デンジくんが来るの!? ここに!?」

 

「そうだ」と言うと、レゼは明らかに挙動不審になるとどうしようどうしようとカップを手に持って飲まずに置いたり席を立ったり座ったりという行動を見せた後、「マスター鏡借りる!」と叫んで「カフェ」のバックルームと呼ばれる従業員の待機室に入っていった。

 

「あんたオフでしょうに……」

 

その慌ただしい様を、「マスター」は呆れ半分、微笑ましさ半分で見送って食器拭きに戻った。

 

そこから数分。

 

「う〜……」

 

レゼは、前髪を手で触りながらバックルームから出てきた。

 

衣服が「カフェ」の従業員のものと思われる装いに変わり、顔にわずかばかりの塗料が塗られている。未知の悪魔はそれが「化粧」という人間が自身の容姿に手を加えて好印象を与えるための求愛行動の一種だと理解していた。

 

「化粧は女の下着と同じ」という真偽不明な話も聞いたことがあるが、塗料は衣服ではないので戯言だと思う。

 

それにしてもレゼは相当「化粧」に精通しているらしい。わずか数分で意気消沈していた少女という印象しかなかったレゼが華やかな印象を与える少女に変貌した。あとで未知の悪魔もレゼに「化粧」の技術を享受して欲しいと思ったくらいだ。

 

「も、もっかい直してこようかな……」

「あ、来たよ」

「!」

 

何が気に入らないのかもう一度バックルームに入ろうとしたレゼの背がびくりと震える。

 

チェンソーの少年が来たようだ。

 

レゼが未知の悪魔や「マスター」の間で視線を右往左往して「ど、どうすればいいの!?」と視線で訴えかけてくる。

 

不思議なものだ。

 

どうしたいかなんて、レゼが一番よく分かっているだろうに。

 

「マキマさん?」

「……あっ」

「えっ」

 

かくして「カフェ」にチェンソーの少年が入店してきた。

 

チェンソーの少年は入店して、すぐ目の前にレゼが立っていたのを確認すると硬直した。

 

レゼもまた、チェンソーの少年を目に映したまま固まった。

 

「……デンジ、くん」

「ひ……ひさし、ぶり?」

「う、うん」

 

向き合った二人は、お互いぎこちないながらも言葉を交わした。

 

チェンソーの少年は髪をかきながら、レゼは髪をいじりながら、お互いに視線を合わせたり合わせなかったりしながら、それでもたまに視線が交わされてまたすぐに外れたりしながら。

 

「ふふっ」

 

それを確認した「マスター」は、黙ってバックルームへと入っていった。

 

未知の悪魔は知っている。こういう時、周囲の人間は黙っていなくなるものなのだと。

未知の悪魔も、知的好奇心を満たすだけのものを見ることはできた。今回の介入は充分、実のあるものだった。

 

そう結論づけ、席を立ってその場を後にしようとした。

 

「あっ」

 

そんな未知の悪魔と、チェンソーの少年の視線が一瞬交差した。

 

レゼを間に挟みながら、わずかな沈黙。

 

そして。

 

「……めっちゃかわいい」

「──は?」

 

チェンソーの少年……デンジは、見間違えようもなく未知の悪魔を見ながら、そう言った。

そしてレゼが、急上昇している体温とは真逆の底冷えする低い声を出した。

 

──人間の美的感覚で、「グラビアアイドルのよう」と称されるほどの容姿を持った人間を知らず知らずのうちに乗っ取っていた未知の悪魔は。

 

彼女としては非常に珍しいことに、口をぽかんと開けて放心した。




続くかも……?

続かないかも。
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