「そういえば、レゼちゃんは今デンジくんと同じ職場で働いているらしいよ」
未知の悪魔が例のカフェでショートケーキに舌鼓を打っていると、マスターはカフェラテを未知の悪魔のテーブルに置いてそう言った。
レゼは公安で働くことになったらしい。レゼが現在置かれている立場を思えば順当な差配と評価できる。レゼとしても、デンジと多くの時間を過ごす機会を得たのは望ましいはずだ。
「君があの子を連れてきてから、まさかこうなるとは思わなかったなぁ」
未知の悪魔がカフェの常連になってから、マスターはメニューの中にスイーツを増やした。なんでも、未知の悪魔が通うようになってから客足が増えたそうだ。
「ま、君みたいな目立つ子が何度もウチに来てればそりゃそうなるよ」
と、マスターは笑いながら言っていたが未知の悪魔としては小さくないショックを受けていた。
なにせ未知の悪魔は目立ちたくないのだ。人間社会で上手く溶け込めているとばかり思っていた未知の悪魔だが、実際にはかなり目立っていたらしい。
確かに街を歩いていればそれなりに視線を浴びることも声をかけられることもあったが、それはてっきり人間社会では普通のことだと思っていたのだ。
未知の悪魔は地獄で誰にも注目されることがない。正確にはそこにいても周囲の悪魔は未知の悪魔を認識できないのだ。だから認識されるというのがどういうことか、未知の悪魔は充分に理解していなかった。
未知の悪魔は反省と共に、次からはもう少し平凡な見た目の人間を操ることにしようと心に決めた。
しかし、想いを新たにした未知の悪魔は唐突にケーキを崩す手を止めた。
未知の悪魔が裏で視ていた、こことは別の場所で想定外の動きがあったからである。
それは、デンジとレゼを始めとした公安メンバーの動向だった。
現在、公安メンバーはデンジを狙って送り込まれた各国の刺客達と交戦している。その中でも特筆すべき戦力は“弓矢の悪魔”と契約している「クァンシ」と、“人形の悪魔”と契約している「サンタクロース」だ。
しかし、未知の悪魔は事態を楽観視していた。刺客たちは強力だが、公安メンバーも元々実力者が揃っているし、さらにそこにレゼも加わっている。何より支配の悪魔のバックアップがある以上は滅多なことは起こらないと考えたのだ。
岸辺は未知の悪魔に助力を請うたが、未知の悪魔がそれを断った理由にはわざわざ未知の悪魔が関与する必要性が薄いと考えたことも理由の一つだった。
だが、サンタクロースが打った一手が状況を変えた。
すなわち“地獄の悪魔”と契約し、公安メンバーを刺客もろとも地獄に落としたのである。
さらに示し合わせたかのように、未知の悪魔と同じ根源的恐怖の名を持つ悪魔……。
“闇の悪魔”が近づいてきている。
恐らく、サンタクロースは元々闇の悪魔と手を組むつもりだったのだろう。サンタクロースが地獄に落とし、闇の悪魔が“詰み”の状態に持っていく。そうすることでデンジを人質に、支配の悪魔を始末しようと考えているのだろう。
闇の悪魔と未知の悪魔は似ている。
それは悪魔としての性質が似ているという意味でもあり、見ている景色が似ているという意味でもあり、能力の傾向が似ているという意味でもある。
そんな闇の悪魔と未知の悪魔の最大の違いは、自身の能力に対する姿勢だろう。
すなわち闇の悪魔は自身の能力に絶対の自信と信頼を置いているのに対して、未知の悪魔は自身の能力を全く信頼していない。
それは性格の違いというより、能力の性質の違いが大きいと言える。閉じたる闇の中で万能に至れる闇の悪魔と違い、未知の悪魔は能力の性質上、常に満ちることなき知識欲を抱え込まざるを得ないのだ。
だが、未知も闇も知らない多くの者にとってはどちらも隔絶した存在には変わりない。
公安メンバーと刺客たちは闇の悪魔になす術もなく全滅の危機に瀕している。闇の悪魔も殲滅が目的ではないため、まだ犠牲者を出してはいないようだが。
レゼはデンジを庇って、両手と両足が寸断された。
そのタイミングで、公安メンバーの一人である“蜘蛛の悪魔”が支配の悪魔を呼んだ。支配の悪魔もこれが罠だと分かってはいるが、これ以上の犠牲を看過できなかったのであろう。
支配の悪魔は地獄に召喚されてすぐ地獄の悪魔と契約して地獄を脱しようとしたが、闇の悪魔が執拗に邪魔をする。結果、支配の悪魔は闇の悪魔に一方的に嬲られていた。
支配の悪魔も万全であれば、部下たちを守りながら闇の悪魔から逃げ切る程度の働きを見せることはできたはずだ。
しかし、支配の悪魔はこの前の未知の悪魔との交戦により能力の一部を失っている。それによって闇の悪魔に対して想定以上の不利を強いられているようだった。
つまり、彼らの未曾有の危機は未知の悪魔が呼び込んだものでもあるわけだ。
“今回の話を覚えておいてほしい”……岸辺が未知の悪魔に語った言葉が、改めて未知の悪魔の思考の隅をよぎる。
少々の思案の後、未知の悪魔はマスターを呼んで新メニューのスイーツを注文した。
マスターが頷き、おしゃれな皿に盛り付けられた新作スイーツ、ショコラフォンデュバームとバターサンドが未知の悪魔の元に運ばれた。
未知の悪魔は、狙いを澄ますようにゆっくりとフォークを持ち上げた。
そしてショコラフォンデュバームを未知の悪魔のフォークが貫くと、闇の悪魔は同じ格好で突然何もない頭上から放たれた三叉の槍に刺し貫かれた。
バターサンドを口の中に放り込んで咀嚼すると、闇の悪魔の体は何かにすり潰されるように体の端から砕かれた。
姿形の見えない何者かに一方的に危害を加えられた闇の悪魔は怒り狂いながら未知の悪魔の存在を探知しようとしたようだが、それは盗まれた宝石を探すために延々と家の中を彷徨うような行為で、有り体に言って無駄だった。
未知の悪魔に届きたければ、もっと広い視野で世界を認識しなければならない。闇の悪魔もそれなりに永い年月を生きているようだが、闇の力が強すぎて自身の力を過大評価している節があるのが、最大の弱点だろう。
闇の力は強大だが、強大すぎるがために闇の外に目を向けるということを怠ってしまう欠点がある。自身の視野が全てだと思い込み知覚領域を広げる努力を怠れば、必ずどこかで代償を支払うことになる。
全ての未知を識ることなど、未知の悪魔にすら出来ていないことなのだ。
未知の悪魔がチーズケーキを切り分け、中のとろりとしたチーズを溢れさせると、同じように闇の悪魔も切り分けられ大量の血を流した。
闇の悪魔に大きな隙が出来たことを確認した支配の悪魔は、すかさず地獄の悪魔と契約してその場にいた闇の悪魔以外の全員を地獄から退避させた。
ここまで確認した未知の悪魔は、唇についたチーズを舐め取るとあとは支配の悪魔がなんとかするだろうと踏んで視界を閉じた。
「何か考え込んでいたようだけど、困り事かい?」
マスターがそう聞いてきたので、「子供達の恋路を応援するのは手がかかると考えていた」と話した。
「あぁ、わかるよ。何度もすれ違ったりしながら少しずつ近づいていくんだよねぇ。そのもどかしさが、なんとも初々しくて見ていて楽しかったりするんだ。僕なんかはさっさと抱けばいいのにって思っちゃうんだけどねぇ」
「全く同感だ」と未知の悪魔が笑うと、マスターもけらけらと軽い笑いを浮かべた。
口の中に甘い甘いスイーツを運びながら、それでもやはり未知に勝る甘味はこの世には存在しない。と、改めて自身が未知の悪魔たる根源的な欲求に想いを馳せるのだった。
マキマキ(ミッチに対抗できる戦力を少しでも整えないと……どこに地雷原があるか分からない以上、ボムもクァンシもその女たちも迂闊に手を出せない……)
ヤミヤミ「オレもアイツ嫌いだから手組もうぜ!」
マキマキ「誰ですか?」
ヤミヤミ「マキマキぃ〜!!」