「海! 水! キャッホー!!」
「おぉー! デカいぞ! ワシの買った土地じゃあ!!」
「コベニちゃんも泳ぐ?」
「あ、ぅ、水で濡れるのはちょっと嫌かもです……」
「僕も」
「水着、似合ってるよ」
「クァンシ様もお似合いですぅ〜」
「ハロウィン!」
「……想定していたより大所帯になったね」
「すみません、マキマさんの休暇なのに……」
未知の悪魔は、眼前の賑やかかつ壮観な光景を見てなんとも奇妙な取り合わせだと総括した。
支配の悪魔、早川アキ、血の魔人、天使の悪魔、サメの魔人、暴力の魔人、東山コベニ、クァンシ、目の魔人、宇宙の魔人、龍の魔人、ゾンビの魔人。
人魔入り混じった混沌とした様相だが、それらが仮にも統率され調和の元に寄り集まっている。未知の悪魔もこれほど奇妙な光景を見たことは中々ない。
支配の悪魔の江ノ島旅行計画は、未知の悪魔の介入とその他の思惑も重なり未知の悪魔も含め16体の人間と悪魔が揃うこととなった。
その中には、先日デンジを狙った刺客達やそれらからデンジを守る任を負った護衛や公安チームが含まれている。
なぜこんなことになったのかと言えば、それは多分、支配の悪魔の警戒の結果だ。未知の悪魔が今回の旅行の日程中に何かをしようとしたら、その対抗策として彼らを使いたいのだろう。
それは杞憂だったが、物事に対して慎重を超えて疑心暗鬼の姿勢で望む支配の悪魔のことが、未知の悪魔は嫌いではなかった。力に溺れ、慢心している他の多くの悪魔に比べたら余程上等な在り方だ。
なお、一同は海水浴に来ており、みな水着を着ている。浜辺は公安が貸し切ったらしく、他に人の姿は見えない。地獄から帰って早々、よくあれだけ元気にはしゃげるものだ。と感心してしまう。
「何してるんです、こんなところで」
遠巻きに海水浴組を眺めていると、未知の悪魔の背後から声がかかった。未知の悪魔が振り返ると、そこに立っていたのは見た目デンジと同じくらいの歳の頃と思わしき少年だった。
ただ、少年と言うには彼はどこか大人びていて、厭世的な雰囲気を纏っていた。実年齢はもう少し上だろう。
「初めまして。オレは吉田です。デビルハンターをやっています」
吉田ヒロフミ。
公安に雇われていた民間のデビルハンターである。契約悪魔は蛸の悪魔。
「君こそ、こんな離れた場所で何をしているのかな」と未知の悪魔は聞いた。
未知の悪魔のいる場所は、浜辺から少し離れた珈琲店のテラス席だ。浜辺からではこちらを視認するのは難しいはずだが。
「遠目でも凄く綺麗な人がこちらを見ているのがわかったので、ナンパしないのも失礼かなと」
「なんだ、ただのナンパ男だったか」と未知の悪魔はテーブルの上のグァバジュースを喉に流し込んだ。
ちなみに未知の悪魔の水着は前開きのホルターネックの上から薄手のカーディガンを着崩し、サングラスを合わせた装いだ。
海に行くというのでおすすめの「普通の水着コーデ」をマスターに伝授してもらったのだが、男性から声をかけられまくるのでおそらく普通ではない。
もし次に会うことがあればアイツはマジビンタである。
そんなわけでナンパ男は間に合っているのだが、未知の悪魔の塩対応にもめげず吉田ヒロフミは近づいてきた。
「泳がないんです? 遠くで見てるだけじゃ、つまらないでしょ」
未知の悪魔は「私があそこに行くと悪魔達が発狂してしまう」と言って断った。気配を完全に遮断して近づいてもいいのだが、それをすると今度は支配の悪魔のいらぬ警戒を招いてしまう。
悪魔達に気づかれない程度の遠くから見守るのが最も都合が良いのだ。
「マキマが遠くのあんたをずっと気にしていた。隠しているつもりのようだったけど、隠し切れてない。あんなに怯えてるマキマは初めて見たよ」
吉田ヒロフミはそう言って笑い、メロンソーダを注文しながら未知の悪魔の対面席に座った。
「マキマは自分の手駒にならない者をそのまま側に置いたりしない。必ず支配下に置くか、恐怖で従順にさせる。それなのにクァンシと女たちはそのままだ。わざわざ中国の指導部と交渉して彼女たちを日本で雇ったんだそうだ」
「欲しい人材を手に入れるためにその雇い主と交渉するのは普通のことだろう」と未知の悪魔は言った。
「──マキマに限ってそれはないよ。彼女は人間社会のルールに縛られたりしないからね」
不意に、テーブルの上に純白の羽根が落ちてきた。
空を見上げると、大きな白い翼を広げた天使の悪魔が空から舞い降りてきていた。
「天使くん、キミも来たんだ」
「吉田ヒロフミ。余計なことはしない約束だったはずだよ。彼女を下手に刺激して暴れ出したらどう責任を取るつもり?」
「それはしないだろうなって思うくらい理知的な人だったよ。ですよね?」
吉田ヒロフミに水を向けられたので、未知の悪魔は笑顔で天使の悪魔に手を振った。
なぜか天使の悪魔は嫌な顔をした。
「厄介ごとは御免なのに……」
「自分で来ておいてそれ言うんだ」
「キミが彼女に接触したから様子を見てこいって……マキマが」
「やれやれ。本当に怖がってるんだな」
吉田ヒロフミが肩をすくめ、天使の悪魔は面倒臭そうに髪の毛をいじっている。
「ともかく、最近の……というより、あなたが来てからのマキマは前よりずっと臆病で神経質になりました。それが良いことなのか、悪いことなのかはわからない。マキマの存在が抑止力になっていた面もあるだろうから」
「僕は歓迎してるよ。仕事さぼっててもあんまり怒られなくなったし」
「仕事は真面目にやろうぜ」
「キミもアキと似たようなこと言うんだね」
二人の会話を聞きながら、未知の悪魔は考えを巡らせる。
吉田ヒロフミと天使の悪魔が語る支配の悪魔の変調。確かにその原因のいくつかには未知の悪魔が関係しているのだろう。
だが恐らく、一番大きな要因は直近の闇の悪魔との戦闘だ。いや、戦闘と呼べるものでもなく闇の悪魔による一方的な蹂躙だった。元々弱っていたのにあれで支配の悪魔はさらに力を大きく失ったのだ。
未知の悪魔は不思議だった。なぜ支配の悪魔はあんな無茶をしたのだろうか、と。
もちろん支配の悪魔にとって、部下という手駒たちは大切な存在だったはずだ。それでも手駒は手駒。自分の身を危険に晒してまで助けに行くのは支配の悪魔らしくないし、それをするにしてももっと事態が壊滅的になってから動いたはずだ。
未知の悪魔は支配の悪魔の独善性を信じている。自身の目的のためにあらゆる他者を利用できる彼女の精神性を識っている。
未知の悪魔を恐れていたにしても、なにも未知の悪魔は支配の悪魔を逐一監視していたわけではない。隙も自由もいくらでも生み出せるだろう。支配の悪魔なら。
何故それをしなかったのか。いや、出来なかったのか。
──どうやら答えは、彼女直々に教えてくれるらしい。
「お久しぶりです。その後、ボムちゃんは息災ですか?」
すた、すたと歩いてやってきた、ビキニ姿にシースルートップスを重ね、麦わら帽子を被った女性。
支配の悪魔はゆっくりと近づいてきていた。
「おかげさまで、今頃デンジと楽しくやってるはずだ」と返すと、支配の悪魔は目の色を全く変えずに口元だけ微笑んだ。
「これで全て、あなたが最初に描いた絵のとおりになったわけですね。おめでとうございます」
支配の悪魔がそう言って、観念したかのようにゆるゆると首を振った。
……未知の悪魔は少し時間を置いたのち、優雅に手元のジュースを飲んで、思う。
こいつは一体、何を言っているんだ??
「これ、オレたちがここにいてもいいのかな」
「自分で来るなら僕に行かせる必要あった……?」
必要はある。頼むからいて欲しい。一人にしないで。怖い。