マブラヴガールズガーデン外伝 月ヶ瀬ちゆる~マルチバースの流儀~ 作:マブラマ
ザルトゥーム学園柊校舎学生寮。
朝の柔らかな光が、カーテンの隙間から差し込み、部屋を淡く染める。
ちゆるは、ゆっくりと目を開けた。
「ん……朝か」
隣のベッドから、めるの元気な声が響く。
「ちゆるさん、朝ですよ。起きて下さい!」
ちゆるは、ぼんやりと体を起こし、微笑む。
「……めるちゃん? おはよう」
「おはようございます」
ちゆるは、ふと視線を窓の外に向けた。
朝靄が立ち込める校庭。
昨日の喧騒が、まるで夢の残滓のように胸の奥に残る。
「(夢……だったの?)」
柊校舎玄関。
朝の挨拶が、軽やかに交わされる。
「おはよう。月ヶ瀬」
うるうが、眠そうに頷く。
「おはようございますぅ……」
葵が、優しく声をかける。
「ちゃんと睡眠は取れたか?身体に毒だぞ」
ちゆるが、明るく手を振る。
「葵さん、うるうちゃん。おはよう! あたしは眠れたよ」
「そうか、ならいいのだが」
ちゆるが、ふと呟く。
「あー、あのカリーヴルストが恋しいわね……」
葵が、首を傾げる。
「カリーヴルスト?」
「何でもないよ♪」
葵が、くすりと笑う。
「フッ……良い夢でも見たんだな。きっと楽しい夢だったろう」
めるが、ちゆるの袖を引く。
「ちゆるさん、早く教室に行きましょう」
「じゃ、シミュレーター室で会いましょう」
「ああ、頑張れよ」
ちゆるが、元気に拳を握る。
「よし、今日も一日頑張るぞ!」
その笑顔を、遠くの木陰から、ドクター・ストレンジが見守っていた。
深紅のマントが、朝風に揺れる。
第三の目は、静かに瞬き、微笑みを浮かべる。
「――すべて、元通りだ」
彼は、黄金の円環をそっと閉じ、朝靄の中に消えていった。
――永遠の残響ザルトゥーム学園の空は、いつものように青く広がっていた。
メイズの振動は静まり、T2元素の輝きは穏やかな光として、島の未来を照らす。
事件から数週間。生徒たちは日常を取り戻し、模擬戦の笑い声が校庭に響く。
だが、ちゆるの胸には、微かな棘が残っていた。
あの「夢」の欠片――異世界の衛士たち、合体の閃光、ストレンジの微笑み。
「ふうん……本当に、夢だったのかしら」
メイズ研究同好会の部室で、ちゆるはノートをめくりながら呟く。
めるが紅茶を淹れ、優しく微笑む。
「ちゆるさん、何か気になることでも?」
「ううん、なんでもないよ。ただ……あの世界の味が、ちょっと忘れられないのよね。カリーヴルスト、とか」
めるがくすりと笑う。
「いつか、再現してみましょうか」
その時、ドアがノックされた。
入ってきたのは、生徒会長の四王天神楽。
彼女の瞳には、いつもの冷静さと、微かな疲労が混じる。
「月ヶ瀬さん。少しよろしいでしょうか?」
ちゆるは目を輝かせて立ち上がる。
「生徒会長さん! どうぞどうぞ♪」
神楽は窓辺に寄り、遠くの海を見つめる。
「メイズの異常は収まり、T2元素の暴走も、双頭の斧の動きも……すべて、静かになりました。ですが、あなたの研究ノートに、奇妙な記述がありました。『合体』『衛士』『インカージョン』……夢日記?」
ちゆるは頰を赤らめ、ノートを隠す。
「えへへ、変な夢見たんですよ。あたし、異世界の戦士たちと一緒に、世界を救うんです!魔法のおじさんと、かっこいい機体で、ドカーンって!」
神楽は小さく息を吐き、微笑む。
「ふふ……あなたらしいですね。ですが、もし本当なら……」
彼女はポケットから、古びたペンダントを取り出す。
金色のリングが揺れ、微かな魔力が光る。
「これは、風紀委員会の倉庫から出てきたものです。あなたが落とした、って……いや、気のせいですね」
ちゆるの目が、大きく見開く。
ペンダントの表面に、刻まれた文字――『Time Stoneの欠片』。
「これ……夢で見た、ストレンジさんの!」
神楽の表情が、真剣になる。
「もしかしたら、あれは夢じゃなかったのかもしれない。メイズは、時空の裂け目を繋ぐ扉。あなたの発見したT2元素が、それを広げたのです」
めるが、息を呑む。
「それじゃあ……衛士さんたちは?」
神楽は静かに頷く。
「彼らは、それぞれの世界で戦い続けているでしょう。でも……彼らの心に、私たちの島の記憶が残っているはず。合体の絆は、決して消えない」
ちゆるは、ペンダントを握りしめ、窓の外を見つめる。
海の向こうに、無数のタイムラインが広がる幻影が浮かぶ。
武の笑顔、テオドールの叫び、純夏のリボン、アイリスディーナの鋭い瞳……。
「みんな、ありがとう。あたしも、負けないよ!この世界を守るために、もっと研究するんだから!」
神楽が、優しく肩を叩く。部室の外では、うるうが眠そうに、葵が穏やかに、指揮官が頭を抱えながら、日常が続く。
ピコの声が、遠くでピコピコと鳴る。
「ピコピコ! 今日も平和ですねえ!」
だが、夜のメイズ入口で、ちゆるは一人、ペンダントを掲げる。
黄金の光が、ほんの一瞬、裂け目を照らす。
向こう側から、かすかな声が聞こえる――。
《タケルちゃん……また、会おうね》
《アイリス……俺は、変える》
《イーニァ……待ってろ》
ちゆるは微笑み、光を閉じる。
「うん、またね。みんなの英雄さんたち」
島の風が、すべてを優しく包む。
異世界の残響は、永遠に、心のメイズに響き続ける。
――完――