単独でダンジョンに挑むのは間違っているだろうか? 作:一般通過害悪
投稿です。
前話の簡単なあらすじ
ゼウスファミリアとの面会が終わった。
若きマキシム、ザルドとの模擬戦は勝ったよ。
こんな感じ。
ーー
今回はへラファミリアとの面会(語る会)です。
一応、言っておきますと今回は戦闘はありません。
オリキャラとかで繋いでいくのでお願いします。
結構、長めなので流し読みするのがよろしいかと。
というわけで前置きはここまで。
ーー
最初の描写は、レグナントの相棒である副団長、アニスの視点から始まります。
ふと目を覚ました。
夢を見ていた気がする。だが、内容は思い出せない。ただ、胸の奥に妙な不安だけが残っている。
「……ん」
小さく呻き、体を起こす。
窓の外はまだ暗く魔石灯の淡い光だけが部屋を薄く照らしている。
時計を見るに時間は午前三時と分かった。
(まだ、こんな時間……)
再び眠ろうとしたが、どうしても眠れない。
不思議と喉が渇いている。
出来るなら、温かいものが飲みたい。
ため息をつき、ベッドから降りる。
(………身だしなみはしっかりとしないとね)
いくら本拠点とはいえ、身だしなみを損なうのは避けたいのが本音である。
故に、簡単に髪を整え、部屋着の上に薄い羽織を纏う。
廊下に出ると静寂が支配していた。
『白腕の館』
それが、ヘラ・ファミリアの拠点の名称である。
名称の由来は、主神へラからであるのだが、まぁ、特に何かあるわけでもないため置いといていいだろう。
昼間は団員たちの声や訓練の音で賑やかなのだが、この時間は別世界のように静かだ。
そうして、少女………アニスは、まだ寝ているだろう団員達に配慮して、極力足音を立てないように厨房へと向かった。
---
厨房で温めたミルクを手に、アニスはふと、ベランダへと足を向けた。
特に何かある訳ではないが………自然と足が進んだのだ。
ひんやりとした空気が頬を撫でた。
そして――
「……レグナント?」
そこには、ベランダの手すりに寄りかかりカップを手にした少女の姿があった。
長い黒髪を紅いリボンで編み込んだ小柄な背中が見える。
彼女はレグナント。
同じヘラ・ファミリアの団員であり、アニスにとって、何者にも変えられない唯一無二の同期だ。
「……ふむ。アニスか」
振り返ることなく、レグナントが静かに言い当てた。
おそらく、5年という月日から、アニスの気配を察したのだろう
手にしているのは湯気の立つ黒い……珈琲だろうか。
アニスは、驚きを隠せなかった。
「今日は……早いんだね」
というのも、レグナントの朝は遅い。
訓練の時間には、必ず起きているがそれ以外では昼近くまで寝ていることも珍しくない。
それが、午前三時。
しかも、自分で珈琲を淹れて、ベランダで一人。
その事実にアニスは少しというか、結構驚いたわけだ。
「……眠れなかっただけだ」
レグナントが、アニスの言葉に答えるように、ぽつりと呟いた。
眠れなかった………その言葉はアニスも同じだった。そのまま、こう返す。
「…………同じだね」
アニスはレグナントの隣に立ち、手すりに寄りかかった。
温かいミルクを一口飲む。
二人の間に、静かな沈黙が流れる。
オラリオの街はまだ眠りの中にある。
遠くに、魔石灯の光がぽつぽつと見えるだけだった。
やがて、アニスが口を開いた。
「……眠れないのって、あの子についてだよね?」
「ああ……まぁな」
レグナントの声に、わずかな熱が混じった。
アニスは、それを聞き逃さなかった。
(やっぱり……)
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
あの子というのは、つい一週間前に出会ったアルという規格外の少年についてである。
「レグナントは……その、彼のこと、気になっているの?」
アニスの声は、できるだけ平静を装っていた。
レグナントは、コーヒーカップを唇に運ぶ。
一口飲んで、小さく息を吐いた。
「……気になる…まぁ、そうだな」
レグナントが、初めてこちらを向いた。
その瞳には、アニスが見たことのない光が宿っていた。
「実を言うと、楽しみなんだ」
「楽しみ……?」
レグナントは視線を外し再度、夜空を見上げた。
「ああ、奴と会うのが楽しみで仕方ない」
その言葉は、彼女に似つかわしくない子供のように素直な言葉だった。
レグナントの年齢を加味すれば特段、可笑しいとかはないのだが、彼女が彼女であるが故に、アニスは言葉を失った。
レグナントが、こんな風に「楽しみ」だと言うのを、初めて聞いたのだ。
いつも冷静で、何にも動じない少女。
強さを求め、戦いに身を投じる。
何か、誰かに興味を持つ。
それを「楽しみ」だと言ったことはなかったはずだと。
「……なんで?」
アニスは、恐る恐る尋ねた。
レグナントは、少しの間考えるように沈黙した。
やがて、静かに口を開く。
「奴は……本物だ」
「……本物?」
「ああ。本物の戦士だ」
レグナントの声に、確信が滲んでいた。
「絶望的な状況でも笑い、立ち上がる。死を恐れず、ただ前に進む。あれが、戦士だ」
アニスは、レグナントの横顔を見つめた。
その瞳は、遠くを見ていた。
まるで、何かを懐かしむように。
「本音を言うと、私は、ずっと退屈している」
レグナントが、ぽつりと呟いた。
「強い相手はいる。例えば、団長と幹部達。そんな奴らとの戦闘は確かに学びがある。だが、それは私にとって、全て……予定調和に過ぎん」
「レグナント……」
「このファミリアに入って、基本的に勝てる戦い。そんなものばかりをしてきた。………なに、その戦いが無駄かと言えば無論、そうではない。多くの学びや経験があったとも。…………だが、ずっと、私は何かを求めていたのだ…………そんな時にだ」
レグナントの手が、手すりをぎゅっと握った。
「奴と出会ったのは」
「……」
「数は正確には分からんが、約数千の魔物とあの小竜を四体。しかも、レベル1で立ち向かった。無謀だ。愚かだ。無鉄砲だ。勝てる訳が無かった。だが――」
レグナントが、小さく笑った。
「奴は魅せてくれた。身を焦がすような闘いを」
アニスは、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
レグナントが、こんなに熱く語るのを、初めてのことだったから。
いつも冷静で、感情を表に出さない少女が、こんなに――
「私は、あんな風に戦いたい」
レグナントの声は、静かだが、確かな熱を帯びていた。
「勝ち負けなんて考えずに。ただ、目の前の敵と向き合って全力で戦う。命を対価に得る一種の快楽に身を投じること…………奴の魅せた戦いのあとに起こった蒼き地竜との戦いのように」
「でも、それは……」
アニスが言いかけた言葉を、レグナントが遮った。
「危険だ、と言いたいんだろう?」
「……はい」
「わかっている。だが、それでも」
レグナントが、こちらを見た。
その瞳には、揺るぎない決意があった。
「私は、危険に向き合いたい」
「……」
アニスは、何も言えなかった。
レグナントの決意は五年間一緒にいて身に染みている、もう変えられない。
「……レグナントは、強いね」
アニスはゆっくりと言葉を紡いだ。
「私なんかとは比べものにならないくらいにね」
繰り返すようだが、アニスとレグナントは同期である。しかし、5年という月日で、差がついてしまった。
未だ、レベル1のアニス。
レベル3という高みに至ったレグナント。
故に、自身よりも凄いことは分かっているのだ。
ただ、まぁ、レグナントがレベル2に上がった頃にそれは織り込み済みなのだが……。
「でも、だからこそ」
アニスは、レグナントを真っ直ぐに見た。
「私は泥臭くてもアナタに付き合うよ。……どんな危険な場所や戦いでも。アナタが無茶をするのでしたら付き合う。なんせ、私はアナタの右腕だからね」
アニスの言葉にレグナントは、小さく笑った。
「フッ。言わずとも、そのつもりだったんだが………お前は違ったか?」
「………その言い方はずるいよ」
二人は、小さく微笑み合う。
胸の奥の不安は消えなかったが、それでも、進むべき道は自分で選んでいる。
二人は、しばらく沈黙の中で、夜明け前の空を見上げていた。
東の空がわずかに白み始めた。
翌朝、午前九時。
アルは、オラリオ南西の高台へと続く石畳の坂道を登っていた。
今日の服装は、完全な私服だ。
シンプルな白いシャツに黒いズボン、その上に薄手の外套を羽織っている。
武器や防具をしてない理由は簡単だ。
面会の約束事項として「武器防具は不要」と伝えられていたからだ。
(……戦闘はない、ということか)
アルは内心で納得していた。
昨日のゼウス・ファミリアとは異なり、今日は純粋な面会だけのようなのだ。
手には、手土産が入った包みを引っさげている。
中身は、高級な菓子折りと紅茶の茶葉。女性ばかりのファミリアだと聞いているためこちらを選んだ。
(……さて)
坂を登りきると、やがて見えてきた。
白い石造りの館。
優美な曲線を描く壁、色とりどりの花が咲く庭園そして中央に聳え立つ尖塔。
ゼウス・ファミリアの『雷鳴の館』が力強さを感じさせる建物だったのに対し、こちらは美しさと優雅さを感じさせる。
『白腕の館』
ヘラ・ファミリアの拠点だ。
門の前まで来ると、アルは足を止めた。
そこには、二人の少女が立っていた。
一人は、長い黒髪を紅いリボンで編み込んだ少女。
小柄な体躯だが、その佇まいには確かな威圧感がある。年齢は、アルと同じくらい——いや、少し上だろうか。整った顔立ちに、鋭い瞳。無表情だが、どこか気品を感じさせる。
(……黒髪、紅いリボン。………確かレグナント……だな)
もう一人は茶髪のショートヘアをした、エルフの少女。
エルフ特有の長い耳が特徴的だ。柔らかな雰囲気で、優しげな茶色の瞳。
年齢は十代半ば——十六歳前後だろう。細身で華奢な体つき。
(……茶髪のエルフの方はアニスだったか)
事前に聞いていた情報と一致する。
アルが助けられた際、青鱗のインファント・ドラゴンを討伐したのがレグナント。
その最中に治療を行ってくれたのがアニス。
二人は、アルの姿を留めるとこちらへと視線を向けた。
アルは、一歩前に出て丁寧に一礼した。
「おはようございます。本日は、午前9時に時間を頂いている。オオクチノマカミ・ファミリアのアルと申します。お二人はレグナントさんにアニスさんでしょうか?」
丁寧な口調。フェアレスから教わった、万人受けする話し方。
黒髪の少女——レグナントが、わずかに目を細めた。
そして、静かに口を開く。
「……初めまして……か。そうだったな。私がレグナントだ」
低く、しかし明瞭な声はどこか有無を言わさぬ響きがある。
それに対して茶髪のエルフ——アニスが、柔らかく微笑んだ。
「初めまして、アルくん。私はアニスと言います。事前にお伝えした通り、今日は私たちが館内をご案内させていただきますね」
優しい声。丁寧な言葉遣いにアルは、もう一度頭を下げた。
「よろしくお願いします」
顔を上げると、レグナントがじっとこちらを見ていた。
その視線は、値踏みするようでもあり、観察するようでもあった。
しかし、敵意は完全にない。
ただ、興味——そんな色が、わずかに瞳に宿っていた。
(……なんだってんだ?)
アルは、率直にそう思った。
それと同時に、どこか——抑えきれない何かを内に秘めているようなそんな雰囲気を感じた。
アニスは、アルの様子を優しげな目で見ていた。
「ところで、アルくん、傷は、もう大丈夫ですか?」
アルは、一瞬だけ首を傾げたが……直ぐ様何のことかを理解する。
あの、怪物進呈において負った傷についてだと。
「はい。お陰様でもう全快です。昨日もゼウスファミリアの方々と手合わせをさせていただきましたので。……その節は感謝を。ありがとうございます」
心からの感謝を。
何かをしてもらったら、感謝を示すのは、社会規範として当然のことである。
そう、師匠である村正に教わったのだ。
アニスは、わずかに目を見開いた。
そして——小さく、口角を上げた。
「……こうして御礼を言われるのは些か恥ずかしいものですが………元気なようで良かったです。ねっ、レグナント」
突然、話を振られたレグナントは些か困ったような顔をしながら「そうだな」と軽く言った。
(………案外普通みたいだな)
ヘラの悪名を聞いていたため、眷属も或いはと予想していたのだが、案外、普通の人間であることが出来る。
レグナントは無愛想ながらも普通であり、アニスは純粋に優しい。
(主神と眷属は別物………であるらしい……?)
アルは、そう結論づけた。
会話もそこそこに、レグナントが踵を返した。
「まぁ、それはいい。行くぞ。へラが待っている」
「それもそうですね……行きましょうか。アルくん」
アルは、手土産の包みを持ち直し、二人の後についていった。
門をくぐると、美しい庭園が広がっていた。
色とりどりの花が咲き乱れ、噴水が優雅に水を噴き上げている。
花好きの団員でも居るのだろうか。素人目で見てもよく手入れがされている事が見て取れそんなことを思ってしまう。
「綺麗でしょ?」
「えっと、そうですね」
突然、前を歩いていた筈のアニスがそう話を振ってきた。
「花のことは分かりませんが……よく手入れが行き届いていて、それぞれの花の良さを引き出せている花壇だな……と思います………えっと、そう言う趣味の方が?」
「うん。実はこれはうちの団長様の趣味だから」
「団長……というと〝
〝
現へラ・ファミリアの団長。
エフェメラル・アリル
二つ名は、非常に優れた容姿と相対すれば塵も残らずに滅ぼす、そんな戦い方からだ。
二つ名通り……というか結構な性格をしているという噂を耳にする。
「うちの団長様は結構、お花が好きらしくて。なんでも、ぱっと美しく咲いて散る。その儚さが良いとか……」
「………分かる気はしますね」
思わぬところで、へラの団長のことを知れたのだった。
そんな会話を重ねながら石畳の道が、館の入口へと続いていた。
アニスが、アルの隣を歩きながら、優しく話しかけてきた。
「さて、アルくん、緊張していますか?」
「……してない訳がないですね」
アルは、正直に答えた。
旅の中で偉い人物たちとの会合を幾らか立ち会ったアルと言えどもやはりと言うか、こういう真面目な雰囲気はどうしても慣れない。故に嘘ではない。
それに、ヘラという世界でも名の知れた指折りの強大な神と会うのだ。
緊張しないはずがなかった。
粗相があれば……と心配が絶えないものだ。
アニスは、そんなアルの姿を見てくすりと笑った。
「大丈夫ですよ。ヘラ様は、子供には優しいですから」
「……そうなんですか?」
「ええ。怖いのは、ゼウス様がやらかした時や他の神々の悪ふざけに対してだけですから。ねっ、レグナント」
「そうだな。ヘラが怒っている姿はあまり見たことがない。ついさっきも特に不機嫌ではなかった。粗相……つまりふざけなければ何もされないから安心しろ」
アニスとレグナント言葉に、アルは少しだけ安心した。
(子供には優しい、か。それに、不機嫌ではない……なら、大丈夫……だろう)
歩いていく合間、時折、こちらを振り返るような素振りを見せる。
その視線は、やはり——興味、だった。
アルは、レグナントの背中を見ながら、静かに息を吐いた。
(……さて、どうなることやら)
白腕の館の扉が、ゆっくりと開かれた。
中は、外観に負けず劣らず優美な内装だった。
白い大理石の床、壁には美しいタペストリー、天井からは豪華なシャンデリアが吊るされている。
廊下をいくつか曲がり、階段を上り——
やがて、重厚な扉の前で立ち止まった。
レグナントが、振り返る。
「この奥に、へラがいる。くれぐれも粗相がないように気をつけろ」
「……はい」
アルは、小さく頷いた。
そして、深く息を吸った。
レグナントが、扉をノックした。
扉の向こうから、声が返ってきた。
低く、威厳に満ちた——しかし、どこか柔らかさも感じさせる声。
「入れ」
レグナントが扉を開いた。
そして、アルに視線を向ける。
アルは、頷いた。
そして——ヘラが待つ部屋へと、足を踏み入れた。
レグナントとアニスは、扉の前で立ち止まったことを見るにどうやら、ここから先は一人で入るらしい。
部屋は、想像していたよりも落ち着いた雰囲気だった。
広々とした応接室。白を基調とした内装に、優雅な家具が配置されている。
壁には美しいタペストリーが掛けられ、窓からは柔らかな光が差し込んでいた。
そして、部屋の奥——
玉座、というほど仰々しくはない、至って普通のソファに一人の女が座っていた。
それは、多くの神々の中でも高位に当たることを肌で感じる事が出来る格を持った神。
ヘラ
曰く、
長い黒髪、整った圧倒的な美貌
そして——圧倒的な存在感。
ただそこに座っているだけで、空気が変わる。
ヘラが、ゆっくりとこちらを見る。
その瞳は、深い——まるで、全てを見通すかのような眼差しでありどこか居心地の悪さを感じてしまう。
アルが息を呑むと同時にへラが言葉を発した。
「……ふむ」
低いのだが……何処か柔らかさも感じさせる声だった。
「いつまで、そうしているつもりだ?さっさと、こっちに来い。そして、座れ」
いつまで経っても、立ち尽くして動こうとしないアルに向けて少々煩わしいとでも思ったのかへラがそう言ってくる。
それにハッとしてアルは、軽く一礼して、そのまま、向かい合うようにある椅子に向かい失礼しますと一言言った後に腰かけた。
向かい合う。
「本日はお時間を頂きありがとうございます」
そう簡単な前置きを行い深く一礼をする。
ここで自己紹介をしない理由は、へラはこちらのことを知っているだろうし性格上何度も繰り返されるのを嫌う(癪に障る)タイプだと噂や事前情報から分かっている為、そう言う気遣いである。
それに、ヘラは小さく頷き言う。
「顔を上げろ」
アルは、ゆっくりと顔を上げた。
ヘラの視線が、じっとこちらを捉えている。
観察、というよりは——品定め、だろうか。
しばらくの沈黙。
やがて、ヘラが口を開いた。
「……ふむ。聞いていた通り礼儀はなっているな。それに加え、目上の相手との会合は始めてではないように思える」
「………想像におまかせします」
へラはこちらをしっかりと見定めながらそんなことを言ってくる。
というと、夫のゼウス……その他、情報に精通している者たちから情報を仕入れているのだ。
故に、アルの旅路についても把握出来ている……とでも。
「そして、その目は……その歳でしていいものではない。どれ程の修羅場や鉄火場に身を置いてきたか………想像に難くないが」
アルは、何も答えなかった。
「まあ良い。あの子が気に入るのも、わからなくはない………そう勝手に私が思っただけだ」
あの子というのは、察するレグナントのことだろう。
そのまま、ヘラは手を軽く手を差し出してきた。
「それが土産だな? 寄越せ」
「はい。色々と伝手を使い入手しました」
アルは、手に持っていた包みを差し出した。
「こちらを」
それを受け取ったへラは上開きの紙袋を受け取ると中身を確認せずにいつの間にか居た
(ッッッ!?………気配が一切、しなかった!?)
それと同時に、アルの目が見開いた。
「ククク………お前でもやはり、そう言う顔はするのか」
それにへラは心底面白いかのように笑う。
そのメイド服を着た女性はそれを受け取るともう一度、へラの座るソファの後ろ控えた。
まるで最初からそこに居たかのように………否。
(俺が気付かなかっただけで、この人は最初から居たな)
「お前の想像の通り、この者はお前が部屋に入った時には既に私の後ろに控えていた。そう警戒するな。ちょうどいい、自己紹介をしろ」
へラはそう後ろのメイド服の女性に言う。それに微動だにせずに女言葉を発した。
「カリナ・ユーリ。へラ様の護衛のようなものです。覚える必要はありません。そもそも、私のことを覚えられる者はほとんどいませんので」
彼女はそのまま、アルの前に飲み物を置いた。
流れるように自然な動きに置いてかれてしまうほどに。
(珈琲……か)
ヘラの前にも、同じものが置かれた。
「カリナは私の護衛でな。そう難しく考えるものではない。どこのファミリアに
「えっと……はい」
状況は飲み込めないが考えるのも面倒くさいのでアルは放棄する。
じっと、カップを見る。
その視線から察したのか不快そうにへラが言う。
「お前の境遇はある程度、察しているが、それは侮辱だ。私の眷属が飲食に何かを入れる訳がなかろう。飲め」
「……………申し訳ありません。頂きます」
旅の経験から、人目につく場所での飲食には警戒する癖がついている。
そのため、怪しんでしまったがどうやらそれが竜の尻尾を踏むきっかけになったらしい。
思えば、こんな大派閥の本拠点に住まう者が毒殺なんて行動を取るわけが無かったと少し反省する。
(いざとなったら、俺程度、毒を使わずとも一瞬で殺せるだろうし)
アルはカップを手に取る。
傾けると上品な香りが鼻を突き抜ける。それほど、通ということもないが、良いものだと分かる。口に入ると、一気に苦みと渋み、そして旨味が広がった。
(……美味い………)
「ふふっ、良いものだろう? 有名どころの豆を仕入れて居てな。まぁ、人、神によって好き嫌いが分かれるが下界のモノで言うと私はコレが好きでな」
アルの顔を見ながら自分のことでも無いのに何処か誇らしそうヘラは、静かにカップを置いた。
そして、改めて真っ直ぐにアルを見据えた。
「さて——本題に入ろう」
「はい」
ヘラの声が、わずかに低くなった。
「お前に、頼みがある」
「……頼みと言いますと?」
アルは、わずかに驚きを見せた。
神が、しかも、二大派閥の主神が冒険者になったばかりの人、子供に頼みごとをする。
それは、余りにも不可解である。
「ああ」
そして、静かに続けた。
「簡潔に言えば、私の眷属であるレグナントと、月に一度、模擬戦をしてほしい」
「……………」
アルは、一瞬だけ何を言われているのか分からない。
(模擬戦……といったか?)
レグナント。
情報からすれば7歳でへラファミリアに所属、そこから9歳、三年でレベル2。
最近は、例の青い小竜を討伐してレベル3。
オラリオでも異常な成長速度を持つ天才。
アルとしても、模擬戦というのは別に悪くはない。
大派閥で育つ戦闘者との戦いで何か見えるものがあるかもしれないし、それに誰かと戦うのは好きだから。
ただ、腑に落ちないものが一つ。
「構いませんが……一つ確認したいのですが」
「言え」
「……レグナント……さんはこの事を承知の上ということですか?」
「ああ。それはもちろん。なんせ、これはあの子が言ってきたことだからな」
ゼウスファミリアに訪問した際にも気付いていたが相当、レグナントと言う少女に目が付けられているらしい。
だが、それだけなら、神が……ましてへラと言う神が高々眷属の一人と言うだけでこうやって言ってくるのは些か可笑しいものがあるとアルは思った。
だが、へラはアルの考えを読んだかのようにこう
語る。
「レグナントは私が最も期待している子だ。いずれ、このファミリアを背負う存在になると私は自負している………7歳で眷属となり、わずか5年でレベル3。この成長速度は、歴代でも稀だ」
そこには、たった一人の眷属に向けるには大きすぎる矢印が向けられているように感じれる。
「だからこそ、今のうちに対等な相手と切磋琢磨させたい。お前のような、本物の戦士とな」
そうして、へラは締め括る。
本物の戦士と言う部分に些か思う所はある。
ゼウス・ファミリアの所では駄目なのかと。
まぁ、指摘するのも無駄だと感じたアルは気にしないものとした。
「………なるほど。でしたら問題はありません。こちらとしても自分よりも強い人と戦うのは学びがありますので………それと、彼女には助けられたという借りがありますので断る理由はありません」
その返答にヘラは満足そうに頷いた。
「素直で良い。では、詳細は後日に文で伝えよう。無論、どうしても不都合があればはそちらも連絡を寄越せ」
「承知しました」
ヘラは、再びカップを手に取った。
一口飲んで、それからゆっくりと口を開いた。
「……さて、もう一つ」
「はい」
ヘラの瞳が、わずかに鋭くなった。
「お前は、三大クエストを知っているな?」
「無論です」
旅の途中で、何度か聞いたことがある言葉だ。
神が下界に降りる前、ダンジョンから地上に這い出た三体の強大なモンスター。
陸の王者ベヒーモス
海の覇王リヴァイアサン
そして——隻眼の黒龍
「ふむ、であれば、軽い説明でいいな?」
ヘラは、小さく頷いた。
「三大クエスト——それは、下界全土の悲願だ。人類が真に世界を取り戻すために、必ず討たなければならない三つの壁」
「……」
「我らはゼウス・ファミリアと共にいずれその三体に挑む。これは決定事項である。まずはベヒーモス、次にリヴァイアサン、そして最後に隻眼の黒龍」
ヘラは、真っ直ぐにアルを見据えた。
「それは、十年後か、二十年後か——それまた、先かまだわからん。だが、必ず挑むことになると私は確信している」
「……」
「その時——」
ヘラの瞳が、鋭く光った。
「お前の力を貸してほしい」
アルは、一瞬だけ目を見開いた。
なぜ、自分を? とは思わない。
過大評価ではなく、成長を見越してなのだろうと分かっている。
他所から見れば、常人では死ぬだろう、怪物進呈の挟撃ギルド風に明示されたのは〝八階層の悲劇〟。
それを生き残った若き有望株。数年経てば飛躍的に伸びると思われても仕方がない。
それに………黒竜の二文字を聞くと何故か、胸がチクリとするため、何処か他人事のように感じれない。
故に、アルは
「……わかりました。もし、その時が来たら微力ながら加勢させて頂きます」
ヘラは、満足そうに微笑んだ。
「ふむ。良い返事だ」
そして、カップを再び手に取った。
「無論、その時までに、お前が十分に強くなっていることが前提だがな」
「……はい」
「レベル7……できればレベル8は欲しいところだ。三大クエストに挑むには、それだけの力が必要だろうからな」
ヘラの言葉に、アルは内心でふむと唸る。
(レベル8、か。随分と高い要求だな)
それは余りにも高すぎる壁の提示だった。
世界でも未だレベル8は確認されておらず、二代派閥であるゼウスやへラの眷属であっても達成出来ていない前人未到の領域なのだから。
ヘラは、カップを置いた。
「もう一つ。コレが最後だ。お願いと言うより忠告だがな」
「…………忠告……ですか」
「オシリス・ファミリアに加え闇派閥が潜伏しているのはお前も知っているだろう?………近い将来、闇派閥と大規模な戦いが行われるかもしれない……それに向けて、お前が狙われるかもしれない。故に用心して置け」
闇派閥。今は何処かに潜伏しているのか一切情報が見えない事から何かを準備していると噂されている。
「もっと言えば、お前が受けた怪物進呈は偶然ではない。作為的なものだと思って間違いはない」
「作為的………ですか?」
「詳細は言えんが、闇派閥が何か良からぬことを企んでいるのは確かだ。故に、用心しておけ」
それは、大凡、一介の冒険者に聞かせて良いものではないように思えた。
アルは静かに記憶を辿る。
〝怪物進呈〟の挟撃。
その前に合った死に行く冒険者の服を着た死人達の首元に見えた光る物。
聞くに、何者かによって付けられた又は付けてもらったものだと。闇派閥に仕業であれば、試運転の可能性が高く、それに生き残ったアルが狙われる………と言うのがへラの懸念らしい。
「………一つ、なぜ、俺にこの話を」
「なぜ……だと? 簡単なことだ。私の
「っ………無駄な事を尋ねました。忘れてください」
少しの沈黙のあと、へラが言う。
「以上がお前を呼んだ理由だ。あとは……そうだな」
そう言いながら、へラが立つとこちらに白い腕を伸ばしてアルの頭に手を置いた。
「……?」
アルは、一瞬だけ驚いた。
ヘラは、無表情…………いや、微かであるが優しく微笑んでいるように見える。
「お前は、まだ子供だ。無茶無謀は出来るならしないほうがいい」
その言葉は、神としての威厳ではなく——母のような優しさがあった。
「お前はまだ、成長期。焦る必要はない」
「……」
「だが、強くはなれ。誰にも縛られぬように牙を研げ」
ヘラは、手を離した。
「それだけだ」
アルは、深く一礼した。
「……ありがとう……ございます」
「さあ、行け。話は終わりだ。何かあれば頼りに来るといい……ある程度なら聞いてやろう」
その言葉を背にアルは扉へと向かう。
扉の外には、レグナントとアニスが待っていた。
レグナントは無表情のまま、アニスは心配そうにこちらを見ていた。
「お疲れ様です、アルさん」
アニスの優しい声に、アルは小さく頷いた。
「ありがとうございます」
レグナントが、じっとこちらを見据えた。
「……話は終わったようだな」
「はい。色々と、お話をさせていただきました」
レグナントの視線が、わずかに鋭くなった。
「ヘラから聞いたか? 私と模擬戦をすると」
「ええ。来月になりますが、どうぞよろしくお願いします」
レグナントはそのまま続けた。
「楽しみにしている」
その言葉に、わずかな熱が混じっているように思えた。
「こちらこそ。学びを得らせて頂きます」
アルはそう返す。偽りも無く本音である。
レグナントの口角がわずかに上がった。
「フフ………私も同じ想いだ」
レグナントは、そのまま踵を返した。
「では、送ろう」
アニスが、アルの隣に並んだ。
「それでは、アルさん。出口までご案内しますので付いて来てください」
三人は、廊下を歩き始めた。
静かな足音だけが響く。
数秒経って、やがてアニスが口を開いた。
「……アルさん」
「はい?」
「お互いに、この口調変えませんか?」
アルは首を傾げる。
「…口調、ですか?」
「はい。その……私たちは、これから定期的に会うことになるわけですし、毎回その口調だと、こちらも気を遣ってしまうというか……もっと気楽に話した方が、お互い楽じゃないかと思うんです」
アルは、少し考えた。
(……別に断る理由は無いな)
あくまで処世術だ。
相手がこう提案してきたのなら、そうでいいのだろう。
「……わかった。じゃあ、そうする」
アルの口調を砕く。こうやってタメ口で話すのはオラリオ内で言うと妹弟子の美遊ぐらいなものである。
アニスが、ほっとしたように微笑んだ。
「ありがとう。その方が、私も話しやすいよ。ねっ。レグナント」
それを確認しながらレグナントもこう言ってくる。
「ふむ。なら、私もタメ口で構わんぞ」
「了解」
アルは短く答えた。
三人は、そのまま廊下を進んでいく。
やがて、階段を降り、玄関ホールへと辿り着いた。
扉の前で、アニスが立ち止まった。
「それじゃ、またね。アル」
「ああ。案内してくれてありがとう」
レグナントが、こちらを見据えた。
「それではな。次は全力でぶつかろう。アル」
「もちろん。レグナントこそ、全力で頼む」
アルは二人に会釈を行い正門から出て行った。
拠点に戻ったのは、昼過ぎだった。
扉を開けると、いつもの静けさが出迎えてくれた。
「ただいま帰りました」
声をかけると返事が返ってきた。
「おかえりー」
珍しく、オオクチ様は起きていた。
室内は、自分で片付けて居るので綺麗である。
ベットの上には、ビール瓶を抱えてゴロンとしているオオクチ様の姿があった。
こちらに目線を送りながらこっちを見ている。
長い灰色の髪が少し乱れていて、狼耳がぴょこんと立ち、尻尾がゆらゆらと揺れている。
「おぉ、お帰りぃ。どうだった?」
「……問題なく終わりました」
アルは、ベットから向かい合う椅子に座る。
オオクチ様は寝転んだ体勢から素早く身体を起こしながらビール瓶を傾ける。
「それでぇ、ヘラに何か言われた?」
「はい。幾つか」
「ほうほう。聞かせて」
アルは、簡潔に報告した。
月に一度、へラ眷属のレグナントと模擬戦をすること。
三大クエストに挑む時、力を貸してほしいと頼まれたこと。
闇派閥についての忠告を受けたこと。
「ふーん。まぁ、予想通りだねぇ」
「……予想通り?」
「うん。ヘラが君に興味持つのはわかってたし。レグナントがアルを気に入ってるのも知ってたから。まぁ、模擬戦の話が来るだろうなーって」
のほほんとした口調で続けた。
「三大クエストについては……まぁ、十年後か二十年後の話でしょ? その時にまた考えればいいんじゃない?」
「……そうですね」
「んー……で、アルはどう思ったの? ヘラのこと」
「……思っていたよりも、まともな神でした」
「…………そっか」
アは、静かに続けた。
「噂では、凶暴で容赦ないと聞いていましたが……実際は、威厳がありながらも優しい神でした。少なくとも、俺にはそう見えましたね」
オオクチノマカミが、にやりと笑った。
「へぇ。ヘラに気に入られたんじゃない?」
「……どうでしょう」
アルは、特に何も感じていなかった。
気に入られたかどうかは、どうでもいい。
重要なのは、敵対していないこと。
そして、利用価値があることなのだから。
オオクチ様はビール瓶を傾けるのを止めてふぅと息を吐いた。
「まぁ、無事に終わって良かったねぇ。じゃあ、これからどうする?」
「……今日は、休みます。昨日のゼウス・ファミリアでの模擬戦の疲れもありますし」
アルは、淡々と答えた。
実際、昨日のザルドとマキシムとの戦いは、そこまで消耗していない。
だが、連日の緊張で、わずかに精神的な疲労は溜まっていた。
「そっかぁ。なら、ゆっくり休みなよ」
オオクチ様は、ビール瓶を傾けながら、のんびりと言った。
「……はい」
アルは、椅子から立ち上がった。
「それじゃ、俺は部屋に居ますので」
「うん。分かったよぉ。ご飯についてはちゃんと作ってね。私は動きたくないから」
「………作って貰ってもいいんですよ?」
「ふふふ、遠慮しておくよ。私が食べたいのはアルの手料理だからね」
(本当にこの神は………)
アルはそんな言葉を背に受けながら自室に向かう階段を上っていくのだった。
ーーキャラ解説ーー
へラの団長
エフェメラル・アリル
二つ名〝滅姫(アポーレイア)〟
レベル7
出番はまだ先。
花が好き。
へラの護衛
カリナ・ユーリ
レベル6
出番はちょくちょく?
気配操作の達人
エルフ
ーー
次回からはダンジョン攻略へ移ります。
中層に降りて、ちょっとトラブったりしてを予定しています。
では、さいなら。