単独でダンジョンに挑むのは間違っているだろうか? 作:一般通過害悪
苦手な方はブラウザバック。
「止まってくれ」
筋肉に身を包んだ
「あいよ」
「……」
呼び止められたのは、荷車を引く
どちらも外でも珍しい極東の衣服を着ている。
門番の男から見て二人の男女に血の繋がりは無さそうに見えた。
単純に出で立ちが違うから。
男の方は荒々しい庶民さを感じ、少女の方は、ほんの少しだが気品さが見え隠れしているから。
何より、守衛が注目したのは赤髪の男の方だ。
(強いな。この兄ちゃん)
守衛はこれでもファミリアの中ではレベル4の実力者であり、見ればその人物がどれほどの実力者なのか把握出来る。
故に、自身の力量を正確に測って誇りに思っている。
だが、目の前の男は自分では勝てないと柄にもなく考えてしまった。
見た目から十八にすら成ってないだろうに見える男に。
「悪いな。嬢ちゃんと兄ちゃん。こっちも仕事でな。荷物の確認をさせて貰いたい」
「兄ちゃん……かァ。随分と若く見られちまったなぁ。まぁ、そう見られるのも悪くはねぇ……が、これでも爺ィだぜ。
この奇妙なやり取りに、彼らは特に気にした様子もなかった。
何故なら、外見と中身が一致しないなど、この先にある未知にとって些事に過ぎないのだから。
青年は、爺臭いように息を吐くと荷車……極東で言う所の、大八車を引く手を止めた。
「砂鉄に鉱石、食料……あとはハンマーに切り鏨………ほぉ。アンタ、鍛冶師だな?」
「おっ、わかるか」
守衛の言葉に青年は意外そうに感心したように反応する。
「まぁな。知り合いがゴブニュとヘファイストスに居てな。そこそこ、鍛冶のやり方は分かってんだ。内のオラリオじゃ二派閥がいい感じなんだぜ?」
「成る程なぁ、そう言うこったら、名前を教えてくんねぇか?……色々と手前の参考になるかもしれねぇ」
「おう。構わねぇぜ。ヘファイストスの方は〝アルキカタ・ドット〟でゴブニュの所はハイヘス・アルノて言うんだ。つっても、職人が技術を素直に見せてくれるかってのはわかんねえけどな!」
「違えねぇな」
ガハハと、いつの間にか、先程、会ったとは思えぬ程に和やかな感じになる青年と守衛。
「さて、最後に確認だが、アンタら神の恩恵っつうのは持ってるよな?一応、規則として聞いとくのが決まりでな。一人、一人頼むぜ。レベルと名前も頼むぜ……言っとくが嘘はつけねぇからそのつもりでな」
そう言って、守衛は掌サイズの魔道具を取り出す。これは、とあるファミリアが製造した嘘発見機である。
嘘を付くと中心の円盤が紅く光る代物だ。
とは言っても、色々と改善の余地もある代物だが無いよりはマシである。
「ああ、そう言う事なら別に構わねぇ」
青年はそれに応える。
「アマツマラ・ファミリアのレベル7。名はセンジ・村正だ」
魔道具は光らない。
守衛の筋肉が震える。
レベル7。
この言葉の意味は
世界にとって有数の実力者であることを意味するから。
レベル7は、現在のオラリオでも
例を挙げれば、
オラリオ内の
外で言えば、隻眼の黒竜が居るとされる北の最果てにある〝竜の谷〟の近くを拠点とする
そして、アマツマラ・ファミリアと言えば、三大クエストのモンスター達に肩を並べる力を持つ怪物。
ヤマタノオロチを討伐した英傑。
名を___センジ・村正。
人類最高峰の鍛冶師にして生ける英雄である。
(センジ・村正………おいおいおい、こりゃぁ、スゲェビッグネームが来たもんだな!)
だが、ここで驚いて問い詰めたりするのは職務を疎かにする行為であると守衛は理解している。
故に守衛は深くは尋ねない。
「……つっ、次にそっちの嬢ちゃん。頼むぜ」
少女はすうと息を吸いと応える。
「所属はアマツマラ・ファミリア。恩恵は貰ってません。名前はセンジ・美遊です」
魔道具は……
(光った……どれが嘘だ?)
守衛は困った。
流れから所属は間違ってないだろうと思う。あるとすれば、最後の名前だろう。
それに、村正はハァと溜息を吐いて少女の頭をコツンと叩いた。
「美遊。本名を言え。どうやらその道具は融通がきかねぇらしいからな」
少女は無表情で、静かに呟く。
「……
――光らない。その家名を聞いて守衛は一瞬固まる。
だが、守衛は精一杯の笑顔を作り二人を迎えた。
「さて、確認はこれで終わりだ。待たせたな。………ようこそ。世界で唯一の迷宮都市。『英雄の都』オラリオへ!!」
やや芝居がかった口調で腕を広げる。
この大都市へ、他ならぬ自分が入場を許可する。
この瞬間が、退屈な仕事の楽しみの一つなのだ。
門を潜る。チラチラと空いた隙間から見え隠れしていた象徴が目に入る。
遥か天空の彼方から、地上へ落ちる白い彗星のごとき摩天楼。
「久しぶりだな。ここも」
「…………おっきい」
そう言って、極東の英雄と鍛冶師見習いは足を踏み入れていくのだった。
アルは失った武器と防具の新調のために、道を進んでいた。簡単な私服姿、シャツとズボン、腰に空の鞘を差しただけの軽装だ。
オオクチ様は珍しく家を出て、ゼウスとヘラの両派閥の面会約束を取りに行った。
アルは一人、北西部のゴブニュ・ファミリアの鍛冶屋を目指す。
(……壊れ難いものが欲しいよなぁ)
八階層の戦いで、新調したライトアーマーは一瞬で砕けた。
打刀と短刀も――大切な相棒達も、鞘以外は失われた。
ヘファイストス・ファミリアの武器防具は確かに美しい。
万人向けの実用性が高く、魔力伝導も優れ、成長に合わせやすい。
バベル塔の店舗で並ぶのは、洗練されたデザインの品々は良いモノ。
ただ、今回は思考を変えてゴブニュ・ファミリアに行ってみることにした。
というのも、ゴブニュ率いる鍛冶師系のファミリアの武器防具は硬く、固く、堅い。壊れ難い、言い換えれば「玄人もの」が売っているらしい。
現に、オラリオの二代派閥である、ゼウスやヘラの団長・幹部たちの武器も鍛造されており、信頼を寄せられているのだ。
チーム生産で頑丈さを極め、カスタムも可能。
一度確かめてみる価値はある。
良いものがなければ、バベルのヘファイストスに戻る手もある。
(……いいのが見つかればいいな)
二年を共にした相棒を思い浮かべながら。
そろそろ、というところで――カンッ、カンッ、ジュッ!熱気と、鉱石を打つ音が響く。
巨大な横長の建物が現れた。
アルは半開きの鉄扉をそっと押し開けた。
ズンッ、と熱風が頬を撫でる。
炉の火が赤く脈打ち、鉄と汗と油の匂いが絡み合って鼻をくすぐる。
天窓から差し込む陽光に、舞う火の粉が金色に瞬いた。店と工房が一体となった空間。
入り口近くには売り物の武器防具がずらり。
奥では十数人の鍛冶師が鎚を振り下ろし、カン、カン、ジュッ、という音が絶え間なく響いている。
アルは迷わず奥の隅――極東コーナーへと足を向けた。
そこには曲刀、太刀、薙刀、和風の鎧。
どれもゴブニュの頑丈さを極東風に落とし込んだ逸品ばかりだ。一本ずつ手に取り、軽く振る。
腰に当ててみる。
刃は滑らかで、重量バランスも申し分ない。
(……うん、いいものだ)
けれど、どうしても――しっくりこない。
防具も同じだった。
動きを殺す重さ。
八階層の記憶が蘇る。風を纏い、風を斬り、風に乗る戦い方。
もっと軽く、もっと自由でなければ。
(やっぱり……特注か)
金は怪物進呈で儲けたものがあるので問題はない。
ここなら「壊れ難さ」を最優先に頼める。
ヘファイストスでも良かったが、ゴブニュなら、そんなことを考えながら、ふと。
「ねぇ」
小さな声が背後から降ってきた。振り返ると黒髪を丁寧に編み込んだ、精巧な人形のような少女が立っていた。
淡い着物に革エプロン。
年齢は自分と同じ、十歳前後。
緋色に近い赤い瞳が、じっとこちらを見上げている。
「……?」
アルが瞬きを一つすると、少女は口を開いた。
「……名前は?」
炉の音に紛れそうなほど小さな声。
けれど、確かに届いた。
「えっと……アル、ですけど」
自分でも驚くほど素直に答えてしまった。
知らない相手に名乗るなんて、普段ならしない。
なのに、不思議と後悔はなかった。
少女は小さく呟いた。
「……来て」
瞳の奥が、一瞬だけ強く揺れた気がした。次の瞬間。
少女はアルの手を掴み、踵を返して奥へと歩き出す。
「あっ……ちょっと………!」
呼びかけるが、少女は止まらない。
鍛冶師たちの間を縫うように、ずんずんと進む。
(許可なく奥まで入るのは……)
足に力を入れて踏ん張ろうとした瞬間。
無理に抗えば、少女が転びかねない。
(……仕方ねぇ)
アルは観念し、引っ張られるままに身を任せた。
奥へ、奥へ――
やがて、最も大きな炉の前で少女は立ち止まった。
そこにいたのは赤銅色の長髪を無造作に束ねた若い男。
鎚を手に、巨大な刀身を打ち据えている。
男は気配を感じたのか、顔を上げた。
そして、目が合った瞬間、鎚が止まった。
「……テメェ」
炉の火だけが、ゴウゴウと唸る。
男はゆっくりと立ち上がり、こちらをまっすぐ見据えた。
「まだ生きてたか、クソガキ」
センジ・村正。
二年前に別れた、恩師の姿がそこにあった。
ゴブニュ工房の裏手、三分も歩けば着く老舗喫茶店『焔灯亭』。木の扉を押すと炭火とコーヒーの香りがほのかに鼻をくすぐった。
店内は疎らな客と、暖かなランプの灯りだけ。
カウンターの奥で、おばさんが美遊に気軽に声をかける――常連らしい。
二人は窓際の小さなテーブルに向かい合って座った。
店員の娘らしき女性が注文を取りに来る。
「ミルクを一つ」
「俺は珈琲を。砂糖は無しでお願いします」
娘が奥に引っ込むと、少女がぽつりと呟いた。
「……苦いの、飲めるの?」
「まぁ……甘すぎるのは苦手でして」
アルが苦笑いで答えると、少女は「ふ~ん」とだけ返し、じっと見つめてくる。数秒の沈黙。赤い瞳が瞬きもせず、まっすぐに。
「私はセンジ・美遊」
初めて真正面から名乗られた。
アルは瞬きを一つして、記憶を辿る。
二年前は、村正に子供も孫もいなかった筈だと。
故に養子兼弟子だろうと考えた。
そんなことを考えているうちに、ミルクと珈琲が運ばれてきた。
少女………美遊は両手でカップを包み、ちびちびと口をつける。
アルはブラックを一口。苦味が舌に広がり、内心で頷いた。
(さて……どう切り出すか)
村正が来るまで数十分はかかる。
人類最高の鍛冶師がオラリオにいる理由は、きっと只事じゃない。
目の前の少女に視線を戻す。
美遊はミルクを飲みながら、時折こちらを盗み見る。
まるで「話しかけてもいいのか」と迷っているような、微妙な距離感。
アルはカップを置き、軽く息を吐いた。
「……爺さんから、俺のこと聞いてるんですか?」
美遊の肩が小さく跳ねた。
すぐに、こくりと頷く。
「……うん」
「どんな風にか、聞いても?」
「……私くらいの弟子がいて。戦いはすぐ上達するけど、鍛冶はてんでダメ。でも根性だけはあったって」
アルは小さく笑った。
「まぁ、間違ってないですね」
会話が途切れる。
美遊はカップを見つめたまま、唇をわずかに動かした。
「……なんで、工房にいたの?」
「ああ、数日前に迷宮で武器と防具が全部お釈迦になってさ」
美遊の指が、カップを握る手に力がこもった。
「……全部? 村正さんが打った刀も?」
「ああ」
瞬間――美遊の表情が、初めてはっきりと崩れた。
「ねぇ」
声が震えていた。
「どんなモンスターと戦えば……村正さんの刀が、粉々になるの?」
赤い瞳が、真正面から射抜く。
怒りでもなく、悲しみでもなく、信じられないという、純粋な衝撃。
アルは言葉を選び、静かに息を吐いた。
「……色々とあってね。詳しくは話せないから勘弁してほしい」
美遊がズズッと椅子ごと前に滑り出る。
顔が急に近づき、アルは思わず背を反らせた。
心臓が跳ねた。
(なんでだ……?)
これくらいの距離、数え切れないほど経験してきた。
なのに、鼓動がうるさい。
美遊は首を傾げる。
「……なんで下がるの?」
「いや、だって……近いし」
「……小声でなら話せると思ったんだけど」
完全に無自覚。
アルは咳払いし、なんとか平静を装う。
「……まぁ、その、口止めされててさ」
「ふぅん……」
美遊は頬を小さく膨らませて、またミルクを一口。
でも、すぐにカップを置き、じっと見続けた。
そこから、村正が来るまで。
二人はただ、黙って見つめ合っていた。
言葉は出なかったけれど、妙に居心地が良かった。
数十分後。
扉が開き、赤銅色の長髪を無造作に束ねた男が現れた。
そう。
センジ・村正である。
鍛冶着から私服の着物に着替えてきたのだろう。
ズカズカとこちら歩み寄る。
店長のおばさんが「あら、いらっしゃい」と苦笑いし、冒険者たちが背筋を伸ばす。
村正はアルの正面にどっかり腰を下ろし、珈琲を注文した。
「久しぶりだな、アル。少しは背ェ伸びたみてぇだな」
「爺さんは相変わらずだな」
二人同時に口角を上げる。
美遊は小さく身を縮め、村正の袖をそっと掴んだ。村正はそれに気づきながらも無視し、アルの空の腰を見て眉をひそめた。
「……刀は?」
「粉々だよ。残骸すら残らねぇくらいに」
「……どんな無茶しやがった?」
村正の疑問にどうしたもんかと唸る。
(もう、言って良いか?でもなぁ。爺さんは口が堅いから問題ないとしても周りがなぁ)
チラリと周りに視線を送るアル。
それを村正は見逃さない。
「なるほど」
そう言いながら、服の中に手を入れて備忘録とペンを取り出すとテーブルに置いた。
〝話せないことか?〟
備忘録の紙にそう、村正は書いてアルに見せる。
誰かに聞かれてしまうならこうすればいい。
長年の経験から情報はこう共有すればいいと村正は考えたのだろう。
(流石、爺さん)
アルは素直にペンで素早く書いた。
〝うん。上層の怪物進呈に巻き込まれまして〟
「そうかい。お前。冒険者になったのか」
〝数と決めては?〟
「はい。零細ではありますが良い主神に恵まれました」
〝千五百と小竜4体〟
「いつからだ?」
〝壊れる訳だな〟
「今日で三週間と四日ですね。因みに、今のレベルは1です」
そう、二人はまるで暗号を交わすように、紙を往復させながら言葉を交わしながら共有を終えた。
それを見ながら美遊はそうすればよかったのかと村正を見つめる。
村正は眉をひそめながらアルを見た。
迷宮産の魔物は外の魔物よりも、強いことは知っている、小竜、インファント・ドラゴンの危険性も。
故にコイツマジかぁと師匠としても引き気味。
戦闘に関しての師匠でもある村正からしても訳が分からないの一言。
「……レベルアップは?」
「それはまだ、ですね。俺のそれは偉業として認められなかったみたいなので」
「……そうかい」
村正からしても、あの二つの刀達は最低でも5年は保つ目論見であったのだが二年と一ヶ月という月日で壊されたことに少し考える。
「アル。テメェ、魔法を纏いながら使ったな?」
「……!……分かりますか?」
「当たりめぇだろ」
それもそうかとアルは少し笑う。
村正は備忘録を胸にしまい、テーブルに肘を突いたまま低く唸った。
「……あの武器は魔法の使用を前提としてないからな。大方、魔力の負荷に耐えきれずぶっ壊れたんだろう……クソガキ、相変わらず、無茶させやがる」
村正はカップを置き、ゆっくりと続ける。
「造ってやりてぇのは山々だが、残念ながら今は手が離せねぇ。ちょいと入り用で詰まってる。終わったら即、極東に蜻蛉返りだ」
珈琲を一口。苦味を味わいながら肩をすくめた。
「だから、テメェの武器は作れねぇ」
「……そう、ですか」
アルは小さく息を吐く。
期待はしてなかったと言い聞かせても、やっぱり胸の奥が少し沈んだ。
村正は肘をテーブルについて、視線をそらしながら続ける。
「防具については良い仕立て屋を知ってるからそこに行け。コレを持ってな」
胸元に手を入れて、村正は便箋っぽいものを取り出してアルの目の前に置いた。
「紹介状……?」
「まぁな………言っとくがお代は、テメェで出せよ?」
当たり前のことを言う村正にアルは苦笑を零した。
紹介状を貰っておいて、お金もと言う程アルは恩知らずではない。
「さて……武器についてだが、手っ取り早く手に入れたいなら、ヘファイストスの方に行ったほうがいい。付与系はゴブニュよりあっちの方が出来るからな。…………まぁ、硬くて壊れ難いものが良いってんならゴブニュだが」
まぁ、そんなところはテメェ次第だ。そう言いながらコップを傾ける。
アルは村正に訪ねる。
「爺さんから見て、誰がいいとかある?」
「そうさな。ヘファイストスなら団長のファブリ・カーレ。ゴブニュなら――」
「待って」
村正の言葉を遮ったのは、先程まで黙っていた美遊だった。
自然と村正とアルの視線が美遊に移動する。
美遊はカップを置き、背筋を伸ばした。
赤い瞳が、まっすぐにアルを捉える。
「貴方の武器、私に打たせて欲しい」
瞬間、店内の空気が凍った。
物理的にではなく圧的な意味合いで。
村正の瞳が鋭く細まる。
テーブルの周囲、半径五メートルが、まるで重力が増したように歪んだ。
「オイ」
低い、獣のような声。
「その言葉の重み、
美遊は瞬きもせず、ただ真っ直ぐに答えた。
「……わかってる」
「いいや、何も分かっちゃいねェ」
村正の声がさらに低くなる。
鍛冶師の矜持。
「もう一度聞くぞ」
一振りごとに命を懸ける者の絶対の重さ。
「
子供が泣いて逃げ出すか、失神するかも知れない圧を受けても美遊は瞬き一つせず、揺るがぬ瞳でまっすぐに村正を見据えた。
「分ってる。だけど。これは
静寂。村正はしばらく美遊を見つめていた。
やがて、ふっと息を吐き、肩の力を抜いた。
「……へぇ」
口角が上がる。
笑みではない。
面白い、という表情。
「やる気か」
美遊はこくり、と頷いた。
そのまま、美遊はアルに視線を移す。
「アル。貴方の武器、私に打たせて欲しい」
アルは息を呑んだ。――その瞳に、揺るぎない焔が灯っている。
技術は知らない。
技能も分からない。
年齢も自分と変わらない。
けれど、目の前の少女が放つ光は、
(……賭けてみるか)
直感が告げた。受ける以外の選択肢はないと。
アルはゆっくりと頷いた。
「……分かった」
美遊の瞳がほんの一瞬だが大きく揺れた。
「俺の武器を打ってくれ」
そして、小さくでも確かに微笑んだ。
あれから、数時間話し合い明日の朝にまた集合と言うことで美遊とは一段落した。
アルは村正がメモに走り書きした地図を片手に、オラリオ北西部の裏通りを歩いていた。
夕方の風が少し冷たく、街灯の魔石灯が橙色に灯り始める頃。
路地を三つ折れ、細い石畳を抜けると、
「ここか」
小さな看板が揺れていた。
『櫻ノ錦』
古びた木造二階屋。
外壁に薄紅の桜が描かれ、軒先には風鈴が一つだけ。
扉の上に、極東風の暖簾が静かに揺れている。
ここは極東の衣服専門店。
冒険者にも市民にも、どちらにも対応する隠れた名店だと言う。
アルは暖簾をくぐった。
チリン、と小さな鈴が鳴る。
店内は和紙灯りの柔らかな光。絹と魔獣の毛織物がほのかに香り、壁には色とりどりの着物が飾られている。
「いらっしゃいませ。……あら?」
現れたのは、長い黒髪を結い上げた女性。
極東風の作務衣に革の手袋。
年齢は二十代半ば。
瞳は深い翡翠色で、静かな笑みをたたえている。
アルは無言で、村正から渡された紹介状を差し出した。
女性は一読し、くすりと笑った。
「村正さんのご紹介……珍しいわね。私はここの副団長の紗夜よ。よろしくね、アルさん」
どうやら紹介状に名前も書いてあったらしい。
アルは軽く会釈する。
「なるほど。冒険者として防具としての着物がご希望ね。でも、あなた、魔法を使うのでしょう?……どう言う魔法を使うのかしら?」
アルは驚いたそこまで分かるものなのかと。
アルは軽く会釈し、静かに口を開いた。
「……風属性の速攻魔法です。疾風を纏って斬り、風圧で敵を薙ぎ払う感じの」
紗夜の翡翠色の瞳が、ぱちりと瞬いた。
次の瞬間。
「だとすると、コレね」
彼女はそう言いながらカウンターの奥から一本の細い糸を取り出した。
「コレは、深層に現れる風竜のドロップ品を繊維にしたものよ。コレを合わせて極東の繊維、天蚕糸を使うことで貴方好みの防具になるわね。……因みに聞くけど、予算は幾らぐらいかしら」
「2000万ヴァリスまでなら」
「そう。なら問題はないわね。じゃあ、次は採寸だけど……」
そう、紗夜が話していると、奥の障子がスッと開いた。
「紗夜ちゃん、誰か来たの?」
現れたのは布帝耳神、本人だった。
白い極東風の羽織袴に腰まで届く銀髪。
そして、
年齢は見えないが声は少女のように鈴のように澄んでいる。
「あ、主神様。村正さんからのご紹介のお客様です」
「村正さん?あら、懐かしい。
フテミミはアルの前にぴょんと立つと、耳をぴくりと立てて、
「ふむふむ……ちょっと、
と、物差しを片手に持ちながら出てきた。
「紗夜ちゃんは早速、布の用意をして頂戴」
「はい、主神様」
紗夜が奥に引っ込む。フテミミはアルの周りをくるくると回りながら、
「腕を上げて……そう、そこ。肩甲骨の動きがいいわ。腰のひねりも綺麗……あら、魔力の流れがすごく滑らか。まるで風そのものが通ってるみたい………それに……いえ。良いわね」
耳がぴくぴく動くたびに、アルの体から発する魔力の波を正確に捉えているようだった。
「おっけー、採寸は完璧。でも成長を見越して少し大きく作らせて貰うわね」
フテミミはにっこり笑って言う。
「完成は三日後。夕方に取りに来なさいな。完璧に完成させて待ってますから」
そんな訳で出直すことになった。
風鈴がチリン、と鳴った。
外はもう夜。
オオクチ様が拠点で待っているだろう。
扉を開ける。
「お帰り、アル〜」
そこに立っていたのは灰色の髪を軽く束ね、珍しくエプロン姿のオオクチ様。
着物の上に淡い水色の布がふわりと掛かっている。
狼耳がぴょこんと跳ね、尻尾がゆらゆらと嬉しそうに揺れていた。
「……ただいま、帰りました」
中から、香ばしい匂いが漂ってくる。
肉の焼ける音、野菜を炒める音。まさか、と思い、アルは口を開いた。
「……料理、してるんですか?」
「まぁね〜。今日は特別サービスだよ」
オオクチ様はにやりと笑って、奥のキッチンを指差す。
鍋の湯気が立ち上り、テーブルにはすでに皿が並んでいる。
「風呂も沸かしてあるから、先に入ってきてよ。
汗臭いままじゃご飯が不味くなっちゃうからねぇ〜」
「……はい」
アルは一瞬思う。
(
普段の怠惰な神が、こんなに甲斐甲斐しいなんて。
ここで、すんすんと鼻を動かす。
生まれつき嗅覚が鋭い。
犬並み――いや、恩恵でさらに増幅されている。
瞬間、
「……オオクチ様。隠さないで言っていただきたいのですが」
「な、なに?」
「高いお酒、買いましたね?」
耳がぴくん、と跳ねる。
「なっ、なんのことかなぁ……?」
嘘が下手すぎる。
「あの……俺は別に怒っている訳ではなく事前に言っておいて欲しいだけですから。………疲れているので、後で値段を教えてくださいね?」
「うへぇ、ごめんね……うん。ごゆっくり」
アルはため息をつきながら、風呂に向かった。
風呂上がりの食卓。見事の一言だった。
ジューシーな肉、香ばしい野菜炒め、ふっくら炊けたご飯。
そして、確かに高い酒の香り。
もちろん、アルは飲まない。
成長に悪いからね。
「美味しいですね」
「ありがとぉ。そう言って貰えると嬉しいよ」
オオクチ様は尻尾をぱたぱた振りながら、グラスを傾ける。
食事が進む中、アルが口を開いた。
「ところで、ゼウスとヘラの面会予定はどうなりましたか?」
「ああ、それね。一週間後の始まりの一日目にゼウス・ファミリア、二日目にヘラ・ファミリア。って事になったよ。手土産はアルが用意してね」
「……了解しました」
特に異議はない。
自分で選ぶ方がいい。
食事が終わり、いつも通り、オオクチ様のお風呂をお世話に動こうとして……
「今日は一人で入るから、君は休んでていいよ」
オオクチ様が、さらりと言った。
アルの手が、ぴたりと止まる。
(……え?)
オオクチ様の身体を洗うのは、一種のルーティンだった。
「……そうですか」
声が少し沈む。
オオクチ様は気づいているのかいないのか。
「じゃあねぇ〜」
と手を振りながら、風呂場へ消えていった。
アルはベッドに座り、小さくため息をついた。
(……今日は、なんか損した気分だ)
でも、腹は満たされ、風呂は温かく、明日の予定も山積みだ。
損はしたが、まぁ、十分だろう。
そうアルは思ったのだった。
夜のオラリオは、魔石灯の淡い光だけが頼りだった。
美遊は工房を出て、裏手の石段を上る。
足音はほとんど立てず、革エプロンの裾が小さく揺れるだけ。
胸の奥で、熱い塊が疼いていた。
〝アルの武器は私が打つ〟
その言葉を口にした瞬間から、自分の中にあった〝当たり前〟が音を立てて崩れ始めていた。
神の恩恵を受けていない。
だから。
美遊は足を止め、静かに息を吐いた。
目の前に立つのは、ゴブニュ・ファミリアの最奥神の私室。
扉は重い鉄製。
叩く前に、すでに中から気配が伝わってくる。
「……入れ」
低く、掠れた声。
美遊は小さく頷き、扉を押した。部屋の中は、炉の残り火だけで照らされていた。
赤い光が、壁に巨大な影を投げかける。
そこにいたのは、細身だが鋼のように引き締まった身体をした老神、ゴブニュ。
白髪を短く刈り、顎には無精ひげ。
ドワーフを思わせる小柄な体躯に、鍛冶着の袖を捲り上げた腕は、気の遠くなるほどの年月、鎚を振ってきた証の筋肉が浮き出ていた。娯楽を愛する神々の中でも、口数が少なく、気難しい職人気質の老神。
「……センジの娘か」
視線が、美遊を射抜いた。
「夜中に何の用だ」
美遊は一歩踏み出し、膝を折って深く頭を下げた。
「……お願いがあります」
声は震えていない。
ただ、静かに、確かに。
「私に恩恵をください」
ゴブニュの指に力がこもった。
部屋の空気が、一瞬で重くなる。
老神はゆっくりと立ち上がる。
「ふむ……アマツマラから恩恵を得ているのではないのか?」
美遊は即座に答えた。
「ファミリアに籍を置いているだけで、恩恵はまだです」
ゴブニュは静かに「そうか」と呟き、続けた。
「なぜ、恩恵を望む」
なぜ。
理由は簡単だ。
「とある人物と約束をしました。最高の武器を造ると。その人は、命を賭けて戦っている。故に、その人の武器を造るためには今の自分では足りない。だからこそ――神の恩恵を受けたいんです」
美遊の赤い瞳は、揺るぎなく老神を見据えていた。
炉の火が、ぱちりと爆ぜる。
ゴブニュは長い沈黙の後、ふっと息を吐いた。
「……良いだろう。来い」
美遊は初めて、神の恩恵を授かった。
イチジョウノ・美遊
Lv.1
力:I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0
【鍛冶:I】
《魔法》
【】
【】
《スキル》
【鍛造求心】
・発展アビリティ『鍛冶』の獲得
・鍛造時、全アビリティ高補正
・想いの丈により効果向上
【】
美遊がその場を後にしたあと。
ゴブニュは一人、溜息をついた。
「これは……
もう一つの正しく下界の未知と呼べるレアスキルに。
ーー
キャラ設定軽く。
名前:センジ・村正
年齢:75歳
種族:人間
所属:アマツマラ・ファミリア
主神:アマツマラ
職種:朝廷の専属鍛冶師
肩書:団長
レベル:7
二つ名:都牟刈
身長:168C
体重:58kg
身体:レベル7と言う高みの影響で肉体は全盛期を維持している。ヤマタノオロチの血を浴びたことも要因の一つ。
備考:どの道、原作に入る前に寿命で死ぬ……又は死なない場合、基本的に極東で刀打ってるのでオラリオに来ることは無いです。
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【櫻ノ錦】
極東の衣服専門店。
主神:布帝耳神(フテミミガミ)
団員:団長レベル4、副団長レベル3、他3人レベル2の小規模商業系ファミリア。
知るぞ知る隠れた名店。
色々と探索系ファミリアとは繋がってたりする。
主に極東出身の冒険者の防具を造ったり、極東の着物に興味ある市民の方に売ったりしている。
防具の依頼は『紹介状』がいるなど色々と制約があったりする。
扱うものがモノ故に、値段は高め。
買い物する時は、お財布と、にらめっこしよう
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因みに言うと、ゴブニュは予め村正に頼まれていました。
アマツマラ様も美遊については目をかけていて、恩恵は自分から望んだ時にと考えていました。別の神に貰うならそれもまた良しと言う感じ。
あと、アルの好みは黒髪ロングです。
厳密に言えば会ってないレグナントも好みだったりします。
オオクチ様の耳や尻尾はモフモフしてて好きだったり。
ゴブニュ様の話し方はコレで良いのか。疑問が残りますね。