サント・アンヌ号密室殺人事件   作:虫野律

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「──以上から、アガサがメタモンであり、主犯はお前だ、サラ」

 

 グリーンは、さも自分で推理したかのような堂々とした態度で真相を語って聞かせ、最後にそう言って締めくくった。

 雲が空を覆っているのだろう、深い夜闇(よやみ)が水平線の彼方まで広がっている。

 グリーンのまっすぐな強い視線の先には、カフェのテラス席に座ったまま無表情に見返す華奢な少女──サラがいる。その向かい側には長身の少女──アガサが着いており、不安げな表情でグリーンとサラを交互に見ている。

 ケーシィの推理を共有したリンコたちは、片眼鏡の乗組員にもそれを伝え、サラとアガサを捜した。隙を衝いて逃亡されるのを懸念し、港に着く前に拘束しようというのだ。片眼鏡は万が一に備えてポケモンを持つ乗組員にも手伝わせようとしたが、グリーンは断った。彼はその理由を、サラの手持ちの強さを考えると生半可な戦闘力では足手まといになるだけだからだ、と説明した。いらぬ犠牲が増える可能性さえある、と。

 犯人はカフェにいた。

 ベタつく潮風の中を歩み寄ってテーブルの近くで立ち止まるとグリーンは、

 

「よう、調子はどうだ?」

 

 と気安くも気障(きざ)な口調で声を掛けた。けれど、その双眸はどこまでも冷徹に少女たちを観察していた。

 

「あら、彼女連れでナンパですか?」

 

 リンコをちらと見たサラが、悪戯っぽく細めた目と透明感のある声でグリーンをからかう。しかし、その眼差しには一切の油断が窺えない。

 

「ふんっ」グリーンは鼻で嗤うと、「下手な芝居はよせ。お前らのちんけなタネはもう割れてんだ。さっさと自白したほうが裁判官の心証もよくなるぜ?」と殺人犯相手に挑発さえしてみせた。

 

「何のことでしょうか?」サラはきょとんとしてそう答えると、差し向かいに座るアガサに、「あなたにはわかりますか?」と尋ねた。

 

「し、知らないっ」

 

 アガサは、ぷるぷると震えるようにしてかぶりを振った。こちらは動揺を露にしている。ぷるぷる、わたし悪いメタモンだよ、とそのすべてが物語っている。

 

「──彼女も心当たりがないようですよ。思い違いではないでしょうか」しかしサラはぶれず、「あのオーキド博士のお孫さんでも間違えることがあるのですね。勉強になりますわ」意趣返しのつもりなのか、微笑を浮かべて皮肉さえ口にしてみせた。

 

「はっ」グリーンは威勢よく笑い飛ばした。「そういうの、嫌いじゃねーぜ? わからせ甲斐があるからな」

 

 サラもひるまない。「そこまで言うなら聞かせていただきましょうか、名探偵殿の推理をね」

 

「いいぜ」

 

 グリーンは、ケーシィのことはおくびにも出さずに不敵な笑みを深めてそう答えると、推理を語りはじめ、そうして現在に至る。

 ふと見上げれば、雲の切れ目から月が覗いていた──その時、リンコの耳が、風の音の中に小さな舌打ちを聞いた。

 

「クソがっ」

 

 顔の向きを戻すと、サラが悪態をついたところだった。

 こっちが素なのね。深層の令嬢めいた声質だから、ものすごい違和感がある。

 

「認めるんだな?」グリーンが言うと、

 

「うっせぇよ、カス」

 

 サラは忌ま忌ましげに答えると同時にアイスティーのグラスを投げつけた。

 しかしグリーンはカントー最狂、もとい最強の戦闘民族と謳われるマサラ人だ、片手で危なげなく受け止めた。

 

「見苦し──」

 

 ──いぜ。

 おそらくはそう続けるつもりだったのだろうグリーンの声は、モンスターボールが開く、妙に軽くてどこか諧謔的(かいぎゃくてき)な音に遮られた。

 アガサが神速のごとき早業で腰からモンスターボールを取り、夜空へと放ったのだ。真相を暴かれたこの状況か、あるいはサラの台詞が合図だったのだろう。

 こうなっちゃったかぁ。

 リンコも、内心で溜め息をつきながらもすでに動き出していた。連続バックステップで距離を取りつつ、ポケットに忍ばせていたモンスターを解き放つ。そして、それはグリーンも同じだった。

 かくして、計十一匹のポケモンたちが勇ましく咆哮を上げ、穏やかだった夜の甲板は、暴力が支配するバトルフィールドと化した。

 サント・アンヌ号上空に小さな太陽が出現する。狐ポケモンのキュウコン──ロコンを進化させておいたのだ──の日照り特性だ。

 ぎょっとしたカフェの客たちが、巻き込まれてはたまらないとばかりに慌ただしく席を立って逃げていく。

 最初に技を発動したのは、誰よりも早く実体化を完了した暴れ牛ポケモンのケンタロスだった。

 

「逃げる客に向かって地割れ!! ぶっ殺せ!!」

 

 サラが語勢鋭く命じると、ケンタロスは躊躇なく前足を甲板に振り下ろした。

 

 ──ドン!!

 

 床が叩き割られ、ダンプカーでも墜ちてきたかのような重い衝撃音が耳をつんざいた。その亀裂が高速で伸びる先を見やると、幼子とその手を引く母親がいた。落ちたら最後、閉じられた亀裂に押し潰されて圧死するは必定。

 いきなり人間への一撃必殺とは、やってくれる。これでは隙をさらすとわかっていても救助を優先しないわけにはいかない。

 

「キュウコン!」「ラッタ!」

 

 リンコとグリーンの声がきれいに重なる。

 

「「電光石火で救助!」」

 

 二つの影が、残像を置き去りにして母子の下へ疾駆する。

 先に到達したのはキュウコンだった。彼女は、間一髪、その背に母親を乗せて跳ぶことに成功した。

 刹那遅れてラッタが幼子の下へ達した。

 しかし──

 

「──いやぁぁああああ!!」

 

 船内に押し込まれながらもこちらを見ていた母親の上げた悲鳴が、船上──戦場の空を引き裂いた。

 たった今まで幼子がいた場所には、小さな生首だけがあった。

 間に合わなかったのだ。幼子を呑み込んだ地割れはラッタの目前で閉じられ、骨が折れ、内臓が弾け、肉が潰れる音と共に首から下すべてが噛み潰された。

 

「──!! ──!!」

 

 母親は半狂乱になりながら、キュウコンを押しのけてデッキに飛び出そうともがいている。

 最悪。これで更に一手ロスした。

 リンコは舌打ちしたい気持ちをこらえて指示を飛ばす。

 

「母親に催眠術!!」

 

「首を母親のとこに持ってけ!!」

 

 グリーンも即座にラッタに命じた。

 リンコはサラのほうに向き直り──眉間を険しくした。

 四つのモンスターボールが、腰を折り曲げた人形(ひとがた)ポケモンのルージュラの足元に転がっており、胃液らしきものにまみれ、日照りを受けててらてらと照っているそれらが、一つを残して開いたところだった。

 新たに三つの影が、電子空間から現実世界に降り立った。青白い光が散り、現れたのは、

 

「──」静かに佇む、角に十字の傷のあるハクリュー、

 

「──リュゥ」おびえたように鳴くミニリュウ、

 

「──チパッ」全身古傷だらけで頭部はケロイド状になっていて体毛がなく、眼球も一つしか残っていない隻眼の電気リスポケモン、パチリスだった。

 

 リンコは息を呑んだ。ミニリュウはともかく、ハクリューとパチリスの威圧感が尋常ではない。どれほどの修羅場をくぐってきたのか。かつて見た四天王最強の男の相棒を彷彿とさせるほどだった。

 勝てない。

 勝てるわけがない。

 戦いになりすらしないかもしれない。

 自分には四天王クラスの才はない。嫌というほど理解している残酷な現実が、リンコの痩躯に重くのしかかる。

 

「──あはははっ!」突然、サラが甲高い声で笑った。「てめぇらどんだけ馬鹿なんだよ? 他人なんか見捨ててりゃあこいつらを出させずにすんだかもしんねぇのによ!」

 

 たしかにそのとおりではある。ケンタロスとルージュラだけなら、全員で掛かれば何とかなったかもしれない。もしもここでサラを取り逃がしたら被害はもっと増えるだろう。たった二人の犠牲でそれを防げるならお釣が来る。判断を誤ったかもしれない。

 

「馬鹿はお前だ」

 

 グリーンだ。彼はこちらを一瞥すると、

 

「オレ様は最強のチャンピオンになる世界一の天才なんだぜ? 卑怯者なんかに負けるわけねーだろ」

 

 本心から言ってるんだろうなぁ。

 グリーンの言葉には、そう思わせるだけの重みがあった。自信家にも程がある。どんな育ち方をすると恥ずかしげもなく〈オレ様〉〈最強のチャンピオン〉〈世界一の天才〉などと(うそぶ)く人間になるのだろう。理解に苦しむ。

 

「──はぁ?」呆気に取られていたサラが、我に返って心底馬鹿にするような声を出した。「ナルシストかよ。キショ」

 

 それはそう。

 でも、少しだけ肩の力が抜けた。

 ありがと、グリーン。リンコはそっとそうささやいた。

 

「さぁ、そろそろ始めようぜ」

 

 グリーンは不敵な笑みをたたえ、芝居がかった大仰な口調で言った。

 彼のポケモンたち──カメックス、ラッタ、ピジョン、サンドパン、ブラッキー、ケーシィが静かに構えた。リンコたちも敵を見据え、集中する。

 

「カスが仕切ってんじゃねぇよ!」サラが喚く。「とりあえず死んどけや!」

 

 バトルの幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 ルール無用の乱戦では、トレーナーの護衛を務めるポケモンを一匹、傍らに置くのが定石だ。そして、その役割はエスパー複合タイプが理想とされている。

 なぜか。

 第一に秘匿性と速応性を兼ね備えたテレパシーによる意思疎通、第二に念力やサイコキネシスの汎用性の高さ、第三に悪タイプに対応する手段があることが挙げられる。

 したがって当然、サラの護衛役はルージュラなのだが、これが想定を遥かに上回る妙手だった。サイコキネシスにより、不都合な物理現象を反射する領域──いわゆる反射結界をサラの周囲に展開しながらも、道具を管理するアガサから渡される回復薬を前線のポケモンたちに適宜与えているのだ。ポケモンには二つ以上の技を同時に使用できないという性質があるため、これに加えて氷技での援護射撃や変化技でのバフ、デバフを行うことはないが、それでも十二分に厄介だった。常時展開型全方位反射結界など聞いたことがない。ポケモンの存在と技はすべて物理現象であるため、これは事実上の()絶対防御。そのうえ道具でのサポートまで同時にこなすなんて、どんな演算能力をしているのやら。

 

「ブラッキー! 悪の波動!」グリーンが声を張った。

 

 月光ポケモンのブラッキーが、前衛(アタッカー)から絶え間なく浴びせられる攻撃の一瞬の空白を逃さず、反射結界を貫通できる悪技を放った。タイプ一致補正の乗った重い一撃、暗黒のエネルギーが、甲板をえぐり、テーブルやパラソルの残骸を弾き飛ばしながらルージュラに迫る──が、

 

「パチリス、この指とまれ!」

 

 軌道がねじ曲げられ、高速機動の遊撃として駆け回っているパチリスへと引き寄せられる。

 ──着弾。

 その小さな体が闇に呑まれる。しかしそれも一瞬のこと、パチリスは漆黒のしぶきを迸らせながら光の下へと飛び出した。

 ルージュラだけではない。パチリスも異常だった。何だあの耐久力は、精神力は。リンコの知ってるかわいらしいパチリスじゃない。あれは修羅(ガチ)リスである。全然かわいくない。

 間髪容れずにスプレータイプの回復薬、満タンの薬が、パチリスに吹き掛けられた。ルージュラのサイコキネシスだ。

 この絶望的な光景はすでに四回目だった。

 

「天才様のくせに何度やっても無駄だってわかんねぇのかぁ?」サラが嘲り、挑発してくる。「いい加減諦めたらどうだ? クソ雑魚がよ!」

 

「……」

 

 ねめつけるだけで答えないグリーンに、つまらなそうな顔をした──あるいは鼻を鳴らした──サラが、

 

「飽きたわ」

 

 とぼそりとつぶやいたのが唇の動きから読み取れた。その口角が泡を飛ばす。「ケンタロス! ハクリュー!──」

 

 どろり。

 千切っては投げ千切っては投げと数的不利をものともしない獅子奮迅の活躍を最前線で続けていたケンタロスとハクリューから、戦意の、あるいは殺意の高まりに呼応するようにひときわ濃密な凄みがあふれた。

 その姿が、目の前の空間が海市蜃楼(かいししんろう)のように歪む錯覚に襲われたリンコは──しかし咄嗟に唇を噛んで痛みで正気を保つ。

 来る、彼女たちの全身全霊が、命を刈り取る一撃が……!

 リンコがそう確信するのと、サラの命令は同時だった。

 

「地震と流星群で殲滅しろ!!」

 

 ケンタロスが上体を持ち上げ、ハクリューの上空に無数の星が出現し、回避のためだろう、ルージュラが自身も含めてサラたち全員を浮遊させ──そして、死神の鎌が振り下ろされた。

 サント・アンヌ号が大きく揺れた。地震のエネルギーが波紋となって甲板を波打たせながら襲い来る。

 

「ケーシィ!!」グリーンが強く発した。

 

 次の瞬間、リンコの体がふわりと宙に浮いた──否、リンコだけではなかった。グリーンもポケモンたちも護衛役を務めるケーシィの念力で浮き上がっていた──ブラッキーだけは念力で浮いたカメックスに抱えられている。

 リンコの肩に蝙蝠ポケモンのズバットが、グリーンの肩には鳥ポケモンのピジョンが乗せられ、ケーシィの脇にも鼠ポケモンのサンドパンが引き寄せられた。

 その意図を正確に読み取ったリンコは、ただちに命じた。

 

「守るで流星群をしのいで!!」

 

「全員、守る!!」グリーンも同時に叫んだ。

 

 足元を激震が通過し、しかし息つく暇もなく、暴力的なドラゴンのエネルギーに満ち満ちた夥しい流れ星が降りそそいだ。

 幻想的とさえ形容できる光景だった。

 南国(アローラ)の海のように青い光が、半透明の六角形を集めた球体の盾にぶつかっては花火のように弾け、風にさらわれ、夜に溶けてゆく。

〈守る〉は便利な技だけれど、絶対ではない。ハニカム構造の性質上、球体状にするには六角形以外の図形も必要とされるためそこが脆弱になるうえ、持続時間も限られているし、インターバルを置かずに使用した場合は十分な強度を得られない。もしも流星群がやむよりも早くこの盾が消滅したら──。

 お願い、持ちこたえてっ……!

 リンコの祈りは──聞き届けられた。ギリギリだったが、流星群を防ぎ切ったのだ。

 夜は静けさを取り戻し、リンコは甲板に下ろされた──甲板といってもすでに原形はなく、流星群の被弾範囲は下のフロアまで崩れ落ちて陥没している。

 

「はぁ」

 

 と重たい吐息を洩らしたリンコの目の端に空瓶が映った。日照りはすでに効力を失っており、頼りにできるのは疎らになった船の照明しかないけれど、見間違いではないだろう、確かに、こちらを見下ろすサラの足元、割れた床板に挟まっている。

 その瓶には見覚えがあった。何だっけ。記憶をひっくり返し、やがて思い出すなり、

 

「──!?」

 

 ぞっとして全身の肌が粟立った。

 ハクリューを見れば、全身の血管を浮き上がらせ、その目は血走っていた。明らかに尋常ではない。

 瓶の中身はスペシャルアップだ。サラは、地震と流星群でリンコたちが身動きできない間に、ポケモンの特攻を上げるこの薬をハクリューに投与したのだ。

 すなわち、今の一撃は次の本命のための布石にすぎなかった……!

 

「あはははっ!」サラの双眸が愉悦に歪む。「気づいたみてぇだが、もうおせぇ! 次で終わらせてやる! ケンタロス! パチリス! ルージュラ! ミニリュウ! ハクリューに手助け!」

 

〈手助け〉は、仲間の技の威力を一・五倍にする技だ。これが四乗で、およそ五倍。スペシャルアップを限界まで投与したとすれば四倍。これらが乗算されるから、およそ二十倍の威力。更にタイプ一致補正が掛かれば……およそ三十倍っ!?

 リンコたちのポケモンはすでに疲労困憊、機先を制して発動を止めることもできそうにない。

 

「さよならだ、名探偵」サラは無慈悲に宣告した。「ハクリュー!! 流星群で(みなごろし)にしろ!!」

 

 ハクリューがソプラノめいた高く澄んだ声で鳴いた、その瞬間、先ほどとは比較にならないほどの綺羅星が夜空を埋め尽くした。

 あまりにも美しく、あまりにもおぞましく、あまりにも絶望的。

 

「グリーン!」リンコはたまらずその名を呼んだ。「どうするの?! こんなの──」

 

「心配すんな!!」グリーンはこの期に及んで、「このオレ様が世界で一番強いんだ!! 流星群はオレが何とかする!! リンコはリンコのやるべきことをやれ!!」

 

 納得などできない。けれど、問答している時間はもうなかった。満天の星が、美しい光が、猛然と墜ちてきていた。

 これは死んだかな。

 リンコはほとんど諦めていた。最期に見た光景がこれならまぁいいかな、なんて思ってみる。

 と、グリーンが天へと右手をかざすのが視界の端に見えた。何してるの? リンコはそちらを向き、

 

「──え?」

 

 我が目を疑った。

 グリーンが光の壁を発動しているっ?!

 淡い光でできた、バレーボールのコートほどはあろうかという巨大な四角い壁が、リンコたちを覆うようにその頭上に現出したのだ。一枚、二枚と瞬く間に重ねられていき、最終的には十枚重ねになった。

〈光の壁〉は、味方が複数の場合、特殊攻撃の威力を三分の二に減ずる技だ。つまり、十枚でおそよ五十分の一まで弱体化させられる。三十倍だったとしても、元の威力の六割程度に抑えられるということだ。

 ただ、これはポケモンの技で、人間には使えない。

 ──いや、発動しているのはグリーンじゃない。

 グリーンからエスパータイプ特有の深紅色のエネルギーが湯気のように立ち上っているように見えたから勘違いしたけれど、術者は彼の傍らにいるケーシィのはずだ。しかし、それならグリーンは何をしているのか。

 訝しいけれど、今は呑気に考えている場合ではない。

 リンコは余計な思考を振り払い、最善を尽くす。

 

「みんな! 光の壁の下で守る!」

 

 この威力なら二連守るの強度でも耐えられるかもしれない。

 

「ただし、ズバットはわたしを守って!──ピジョンはグリーンを、サンドパンはケーシィをお願い!」

 

 異様な雰囲気をまとっていて言葉を発する気配のないグリーンに代わって彼のポケモンにも指示を出した。

 一条の流星が光の壁に着弾した。轟音が空間を揺らし、

 

「──!?」

 

 リンコは気づいた。ラッタが光の壁の外にいることに。守るを発動していないことに。彼はもう限界だったのだ。うずくまって動かない。瀕死なのは誰の目にも明らかだった。

 

「グリーン! ラッタが!」

 

 グリーンがラッタをモンスターボールに戻せば解決するのだけれど、彼は手をかざした体勢のまま微動だにしない。返事もない。

 どうする?

 リンコがモンスターボールに戻す?──無理。人のボールはどれがどの子のボールかわからない。グリーンの所へ行き、一つずつ試していく時間なんかない。

 ほかのポケモンにフォローさせる?──無理。そんな余裕は誰にもない。守る発動中はそもそも動けない。一度解除したら三連守るになってしまう。その強度は紙とほとんど変わらない。

 見捨てる?──これが一番楽だけれど。

 

「──もうっ!」

 

 リンコは、守るを発動するズバットを肩に乗せたまま瓦礫の絨毯を蹴り、降りはじめた流星の中を駆け出した。

 

「スバッ?!」ズバットが仰天して声を上げた。

 

「あなたは守るに集中!!」 

 

「ズ、ズバァ……」

 

 そんなこと言われても、とでも言いたげな弱り切った鳴き方だったけれど、そんなこと言われても、と言われても、今はこうするしかないのだから仕方ないのだ。

 光の壁の外へ飛び出した。ここからは死と隣り合わせの舞踏会(ダンスパーティー)だ。

 かつてないほど意識を研ぎ澄ましたリンコの目には、気がつけば世界がスローに見えていた。音も消えている。これがゾーンというものなのかもしれない。

 砕けた床板やテーブルの残骸に足を取られそうになりながらも、上手く流星を掻いくぐり、ラッタの下へたどり着いた。すぐさま抱きかかえると、蜻蛉返りに踵を返し、光の壁の下に駆け込んだ。

 膝に手を突いて、はぁはぁと肩で息をする。しんどすぎる。

 サラのほうを見る。しかし、篠突く光が視界を遮っていて彼女の姿は見えない。のべつ幕なしの轟音で声も聞こえない──いつの間にかリンコの世界は、速さと喧騒を取り戻していた。

 リンコは祈るような気持ちで待った。

 流星の雨がやむのを。

 そして、作戦が成功するのを。

 

「……」

 

 大丈夫、手持ちの偽装は上手くいっているはず。だからこそサラは、技の同時発動不可の制約により反射結界が解除される四重手助け流星群を選択できたのだ。彼女はミスリードに気づいていない。あとは──

 長い長い流星群が最中を過ぎたころだった。リンコの真下から瓦礫を擦り抜けてゴースが現れた。

 

「ゴース!」高まる期待感に、リンコは我知らず声を高くしていた。「どう? 上手くできた?」

 

 ゴースはうなずくと、その大きな口を開けて中を見せた。その舌には六つのモンスターボールがあった。計画どおりならば、これらはハクリューたちの入っていた今は空のサラのモンスターボールだ。

 

「これはサラの?」

 

 ゴースは口を閉じて首肯した。

 リンコの胸を心臓が強く打っていた。(はや)る気持ちのままに口早に尋ねる。

 

「サラたちに気づかれた?」

 

 ゴースはかぶりを振った。

 よしっ!

 リンコは内心で拳を握った。完璧っ!

 ゴースは、リンコとグリーンが部屋を出る前からモンスターボールから出て、姿を隠して付き従っていた。もちろん、リンコの指示だ。

 真相を共有したグリーンとリンコは、サラが抵抗した場合いかにして拘束するか知恵を絞った。グリーンは自分のことを最強の天才であると自任しているけれど、その一方で客観的に見て現時点ではサラのほうが実力が上だと認めてもいた。

 だから彼は、

 

「正攻法じゃなくてもいい」と言った。「何か案はないか?」

 

 意見を求められたリンコは、ゴースをモンスターボールから出した。

 

「この子に暗躍してもらいましょう」

 

「……なるほど」グリーンはすぐにリンコの意図を察した。「透過能力を駆使して、ポケモンの技じゃない純然たる不意打ちを決めようってんだな?」

 

「うん」

 

 リンコとグリーンは作戦を詰め、戦局パターンごとの動きをゴースに覚え込ませた。

 今回のように総力戦になった場合、ゴースには、まず隙を見て密かにモンスターボールを奪ってもらう計画だった。これは今、果たされた。

 しかし、これは布石にすぎない。

 形勢をひっくり返すのは、次の一手だ。

 でも──

 リンコはグリーンを見た。彼は、流星群が降りそそぐ光の壁をまんじりとにらんでいる。

 次いで、ポケモンたちを見ていく。皆、濃い疲労の色を全身に浮かべている。

 ──勝ち切れるだろうか。

 冷静になると、期待感が萎んでしまう。グリーンは当てになるかわからない。最悪、リンコ一人でやらなければならない。自信なんかない。

 けれど、やるしかないのもわかっていた。

 リンコは覚悟を決めた。

 星降る空を見上げ、時機を窺う。

 

 

 

 

 

 

 流星群が終わろうとしていた。

 光の雨が疎らになっていき、静寂と闇がフィールドに侵食してくる。

 手助け流星群が完全に終わってしまう直前──すなわちハクリューたちの手がすく前で、かつゴースの声がよく通る今この瞬間こそが、仕掛けるタイミングの最適解。

 だからリンコは、口を切った。

 

「ゴース! 滅びの歌!」

 

 ゴースが歌い出し、不協和音めいた調べが戦場に響き渡る。

〈滅びの歌〉は、それを聞いたポケモンを一定時間経過後に瀕死にする技だ。一瞬でもモンスターボールに戻せば効果は消滅するけれど、サラのモンスターボールはすべてリンコの手元──ゴースの腹の中にある。これらのモンスターボールを守り切れば、だから彼女は武器を失う。

 サラが眉をひそめるのが見えた。

 くだらないとでも思っていそうな顔だ。彼女はアガサからモンスターボールを受け取り──しかしハッとしたように瞠目した。相手と自分の持ち物を交換するポケモンの技、トリックを使われ、モンスターボールをすり替えれていたことにようやく気づいたようだ。

 

「てめぇ!!」サラが激昂して喚いた。「ざけたことしやがってっ!! モンスターボールを返しやがれっ!!」

 

 リンコはそれを無視してゴースをモンスターボールに戻した。これで、ゴースは滅びの歌の効果から逃れられた。

 ゴース一匹でも丸腰のサラ一人ぐらいになら負けない。元気の塊による蘇生の隙だって与えない。だから、このモンスターボールを奪われなければこちらの勝ちだ。

 けれど、それが至難。せめてグリーンが正気に戻ってくれたら──

 

「やっぱりお前を誘って正解だったぜ」

 

「グリーン!」

 

 彼はいつの間にやら隣に来ていた。胡乱(うろん)な様子はない。さっきのあれは何だったのか。今すぐに問い質したいリンコだったが、そんな悠長、サラが許してくれない。

 

「舐めやがって!! 殺す!! 必ず殺してやる!!──」

 

 サラのポケモンたちが構える。

 と、ラッタをモンスターボールに戻しながらグリーンが、自身のポケモンたちに奇妙な指示を出した。

 

「オレとケーシィがサポートする!! お前らは各自の判断でリンコを守れ!!」

 

 まさか、とひらめくものがあった。

 グリーンは自分の演算領域()をケーシィに貸していたのっ?!

 先ほどの規格外の光の壁も、戦闘民族の脳(ハイスペック外付けハード)による演算補助があってのことだとすれば、たしかに納得がいく。

 グリーンとケーシィは現在、テレパシーのために脳を接続している。可能か否かで言えば、理屈ではできそうな気はするけれど……でも普通そんなことするっ?! 超能力の負荷に耐えられなければ、脳の神経が焼き切れて廃人になることだってあるかもしれないのにっ!!

 リンコは戦慄した。これがマサラ人か、と。話には聞いていたけれど、これほどイカれているとは。

 

「リンコ、後は任せたぞ」グリーンが言う。

 

 リンコは、思うところはあるけれど、今はただうなずいた。

 グリーンから深紅色のエネルギーがあふれ、フィナーレの幕が上がった。

 

 

 

 

 

 

 先手を取ったのはハクリュー、そしてミニリュウだった。

 神速──電光石火を上回る高速攻撃──を発動し、リンコに迫ったのだ。

 もちろん読んではいた。けれど、対処の方法は、サラが「神速!!」と言い切る前に蔓状ポケモンのモンジャラに蔓の鞭による盾を二枚作らせ、勘を頼りに方向を決めて構えさせるだけだ──リンコ一人であれば。

 盾のない方向、リンコの左右で空気が同時に震撼した。

 

「!!」

 

 ババッと右へ左へと振り向けば、中空で停止したハクリューが、そしてミニリュウが驚愕の表情をたたえており、一瞬の後、見えない壁に押し返されるようにして弾き飛ばされた。

 グリーン──ケーシィの反射結界だ。彼女のレベルを考えると、念力によるものだろう。本来ならサイコキネシスでないとできないはずだが、外付けハードによって無理やり発動したということか。まったくもって常識が通用しない。

 ドラゴンたちと入れ替わるようにして、刹那さえ交わさずにケンタロスが猛然と突撃してくる。その角は悪のエネルギーを迸らせている。サラが矢継ぎ早に命令していた地獄突きだ。

 

「モンジャラ!! 蔓の盾で受け流して!!」

 

 物理防御に秀でたモンジャラならば格上でもあるいは、という期待に、彼女は見事に応えた。軌道を逸らされたケンタロスが、リンコの後方に転がされた。すかさず、

 

「ズバット! ケンタロスに超音波! キュウコンは催眠術!」

 

 ケンタロスはがくりとくずおれた。

 かと思えば、修羅リス、もといパチリスが紫電を撒き散らしながら突っ込んでくる。こちらはワイルドボルトだ。

 その進行方向、つまりはリンコとの間に巨大な岩が三個、落ちてきた。サンドパンが岩石封じを発動したのだ。

 ──衝突。破砕音。

 

「なっ!?」

 

 信じがたいことに、パチリスは岩石を粉砕して巨岩の盾を突破したのだ。勢いそのままにリンコに襲いかかる。

 その小さな修羅は、しかし横合いから飛び出してきた黒き電光石火──ブラッキーに弾き飛ばされた。

 息つく暇もなく、季節外れの雪が舞った。

 攻勢に転じたルージュラの吹雪が、フィールドに吹きすさぶ。形振(なりふ)り構わない範囲攻撃だ。

 

「ガメェェッ!!」

 

 カメックスが吠えた。

 陣風に運ばれた雪──カメックスの吹雪が、ルージュラの吹雪とぶつかる。

 範囲攻撃は範囲攻撃で相殺、という腹なのだろうけれど、拮抗は一瞬、本職の氷タイプにはかなわず押し戻され──しかし再びの拮抗。

 天空から吹いた風が、カメックスの吹雪を助けたのだ。後方を振り仰げば、ピジョンが力強く羽ばたき、激しい風を起こしていた。

 苛烈な攻防は幾度となく繰り返された。リンコはそのたびに死にかけ──すなわち生き延び、サラの顔から余裕という余裕が消えていった。

 

「ハクリュー!! ミニリュウ!! 流星群っ!!」

 

 サラは怒鳴りつけるように鬼の形相で命じるが、ミニリュウは、まだ流星群を覚えていないのだろう、当惑して振り返った。

 

「──クソッ!! てめぇは竜巻だっ!!」

 

 星空に風が躍り──それは突然の予定調和──糸が切れたように、ふっとすべての音がやんだ。滅びの歌に残りの体力を根こそぎ消し飛ばされたハクリューが、ミニリュウが、ほかのすべてのポケモンたちが一斉に地に沈む。倒れたアガサが文字どおり溶け、正体──赤色のメタモンが姿を現した。通常の色違い個体とも違う、初めて目にする色だった。

 リンコは、素早くソフトボールのウィンドミルのように腕を回し、苦虫を噛み潰したように顔を歪めるサラ目掛けてモンスターボールを投げた。リンコとの中間地点で瓦礫に落ちたそれがポンッと開き、ゴースが躍り出た。サラににらみを利かせる。

 

「チェックメイトよ! おとなしくして!」

 

 リンコが声を飛ばすと、サラはにらみつけてくるが、それ以上のことはしない、できない。

 ふぅー、と疲労のまつわりついた吐息が聞こえた。振り返れば、苦しげな顔のグリーンが右目を覆うように手を当てていた。やはりそうとう無理をしていたようだ。足元もおぼつかない。

 リンコは駆け寄ってグリーンの肩を支えた。

 

「悪いな」グリーンが小さく言った。

 

 そのまま二人でサラの所まで行くと、彼女が先に口を開いた。

 

「何を渡せば見逃してくれる? 金か? ポケモンか? 女か? それとも邪魔者を消せばいいか? 親でもライバルでも無料(ロハ)で殺してやるぞ」

 

「アホか」グリーンは、まさに木で鼻をくくったような返答。「もう観念しろ。だいたい、お前ごときにあの化け物は殺せねーよ。あいつをヤれるのはオレだけだ」

 

 サラから衣服をすべて剥ぎ取って危険物の類いを隠し持っていないか入念に確認し、用意していた縄で四肢をきつく拘束すると、ようやく肩の荷が下りた。ほっと胸を撫で下ろす。

 

「ちくしょうっ、こんなやつらにっ」

 

 甲板に転がされたサラが、恨み言を吐いた。

 リンコは不思議に思っていたことを尋ねてみた。

 

「こんなに強いのにどうして悪事に手を染めたの? あなただったらまっとうな生き方もできたはずでしょ。そうしていれば、こんなことにはならなかったのに」

 

 近くの瓦礫に腰を下ろしているグリーンが、その理由に興味があるのか、サラに顔を向けた。

 

「へっ」サラは笑った。あるいは、自分を嗤ったのかもしれない。「逆だ、馬鹿。手段を選ばなかったからあたしは強くなれた。親も環境も才能もカスだった何も持たない排除されて当然の人間の成り損ないが、汚らしい檻をぶっ壊してまともな人間になるにはそうするしかなかった。てめぇらみてぇに最初から鉄格子の向こう側にいるやつらにはわからねぇだろうけどな」

 

 それはわがままだよ。みんな、自分に配られたカードを甘んじて受け入れて生きているの。

 そんなふうにもっともらしいことを言ってサラを否定するのは簡単だったけれど、リンコは、

 

「……そう」

 

 とだけ答えた。

 

「……」そして、グリーンは何も答えなかった。

 

 月明かりが差した。

 こうべを(めぐ)らしてサント・アンヌ号を見渡せば、トルネードでも通り過ぎたかのような惨状だった。

 しかし、事件は幕を下ろした。

 すべて終わったのだ。本当に疲れた。今はただ眠りたい。

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