ブロリーの意識を引き戻したのは、これまで生きてきた中でほぼ経験したことの無いほどに強烈な痛みだった。
「―――ッッ!!!??」
考える間もなく、反射的に"それ"を振り払う。
何かが破砕する音を聞き、五感が戻っていることに気付いたブロリーは自らの頭へ触れた。
被せられた"何か"に視界を塞がれている。
それをもぎ取って捨て、急激に増した光量に目が慣れるとようやく自分の置かれた状況を改めて認識出来た。
・・・そして絶句する羽目になる。
第一に、衣服の類いを何も身につけていなかった。
その代わりに何やら得体の知れない器具や装置がそこかしこに付けられ、所々には管が刺さっている。
皮膚の薄い所を狙った"それ"からは血が抜かれているのか、赤黒い液体が通っているのが見てとれた。
困惑と猛烈な不快感に表情が歪み、それらを片っ端から取り払う。
先程強い痛みを感じた部分・・・二の腕に目をやれば、そこは僅かにだが肉が抉られた痕があった。
生半可な刃物など通じないはずの身に傷を付けられている事実に驚愕するが、それよりも周りを取り囲んでいる人型の何かを睥睨する。
皆一様に光る紋様の入った仮面を身に付けており、目覚めた目覚めたと無機質な言葉を繰り返しているそれは人の形をしてはいるが人間なのかどうかは怪しい。
座らされていた拘束具まみれの椅子のようなものから立ち上がれば、背中側のほうからも刺さっていた何かが複数抜け落ちる感触と音がした。
気色悪さに思わず眉根が寄る。
そうしている間に先に昏倒していた相方も目を覚ましたのか、ブロリーの背後で困惑した声を上げた。
『な・・・なんだ、これ・・・!?どういう状況だ、』
「知らん、俺も今しがた起きたところだ。忌々しい」
顔を顰め、残った最後の管を引き千切って捨てる。
飛び散った飛沫からはやはり血の臭いがした。
「おや・・・、お気付きになられたようですね」
ゴツゴツと足音を響かせながらよく通る低音の声が近付いてくる。
周りの連中が下がる中、代わりに歩み出た長身の男は明らかに頭抜けて異質な威圧感を放っていた。
身に着けた仮面には縦一線の紋様が紫色の光を湛えており、顔のみならず頭全体を覆うそれに阻まれて人相も表情も何も読み取れない。
その異様な様子にも構うことなく、ブロリーは額に青筋を立てながら声を一段低くして睨め付けた。
「・・・随分と、好き放題してくれたらしいな」
「申し訳ございません。率直に申し上げて、貴方が人であるかどうかを疑わしく思い色々と調べさせて頂いておりました」
「何・・・?」
口調はあくまでも丁寧であるが、その言動には全く悪びれた様子は無い。
殺意を剥き出しにするブロリーを前にしてもなお平然と、男は両腕を広げて鷹揚に構えたまま落ち着いた声で名乗り上げた。
「私の名はボンドルド。この前線基地にて、上昇負荷についての研究を行っている者です」
ブロリーはその男の名になど興味は無い。しかし、自分がなぜここまで惨憺たる有様に陥ったのかその経緯は少々気に掛かる。
その意を汲み取ったのかどうか定かではないものの、ボンドルドはそのまま構わず言葉を続けた。
「本日未明のことです。ここ五層の砂岩地帯にて意識不明の貴方が原生生物の群れに襲われていたところを私の探窟隊が発見し、回収させて頂きました。もっとも、気を失った原因はどちらかと言えば呪いによるもののようでしたが」
原生生物。探窟隊。呪い。含まれる単語には何一つ知るものが無いが、察するに原生生物というのが交代する直前に見たあの巨大な蟲のことなのだろう。
「俗にカッショウガシラと呼ばれる"あれ"は非常に獰猛な生き物でして、尾に持つ猛毒も相まって並の人間ならばただの一撃ですら致命傷は免れ得ません。そんな彼らの群の中で意識を失った貴方は弄ばれながらも一切の傷も毒も受け付けている様子がありませんでしたので、かの"奈落の至宝"と同じく人の姿を模して"造られたもの"なのではないかと当初予測を立て回収するに至った次第です」
たかが蟲の毒程度、サイヤ人相手に効くはずもないというのはブロリーにとっても特に違和感のない事実だがこの世界の人間にとってはそうではないらしい。そもそも生き物なのかどうかという所から疑われていたようだ。
「既に血液を始めとした数種類の体液、口腔及び直腸粘膜部からの細胞組織片、毛髪や尾先表皮部の体毛の一部、その他細やかな部分からも複数の生体サンプルを採取させて頂き順次解析にかけております。まだ全ての結果が出たわけではありませんが、確かに異常な数値を出している箇所も見受けられるものの・・・概ね結論としてあくまでも貴方は人工物ではなく人間、もしくはそれに類するものであると判断致しました」
淡々ととんでもないことを並べ立てているボンドルドの言葉を聞くにつれてブロリーの表情がさらに歪む。
かつて過去に身体を調べられたことも無くはないが、あの蛸爺ですらここまでのことはしなかったというのに。
ブロリーは周囲に視線を巡らせ、ある一点に目を留めた。
先程まで繋がっていた管の行き着く先、小さな細長い容器に詰められた血や何やらとよくわからない機械の類が並べられている箇所がある。
あれがそうかと認識した直後、迷うことなく即座に気弾を投げつけてそれを傍の機械ごと爆砕した。
しかし機器を破壊されてなお大して驚きも怒りもせず、ボンドルドは肩を軽く竦めた程度で飄々と言葉を紡ぐ。
「おやおや・・・、貴重なサンプルだったというのに残念ですね。しかし今のは、何らかの遺物の力を用いたのですか?無手のその状態から繰り出したということは千人楔のように体内へ埋め込むタイプのものでしょうか」
「黙って聞いていればふざけたことを・・・!サイヤ人の力はお前なぞの理解の範疇に収まるものではない」
「ほう・・・"サイヤ人"。なるほど、やはり貴方もまた特別な存在だということなのですね」
苛立ちを露わにブロリーがどれだけ凄もうが、このボンドルドという男には全く応える様子もない。むしろさらに興味を惹かれたとでも言わんばかりに踏み込んで来ようとするその姿勢。
これまでに相対したことのないタイプの相手に、次第にブロリーの表情には怒りだけでなく若干の困惑の色が滲む。
ちなみにもう一人の"ブロリー"はといえば、並べ立てられる単語を何一つ理解出来ずに後ろへ引っ込んだままただ異様な不気味さに怯えていた。
「供の者も連れず、物資や道具などの荷物も一切持たない上にその軽装。探窟家ではない御様子の貴方がこの大穴という秘境において一体どこから来て、どこへ向かおうとしているのか。興味は尽きません」
「・・・何なんだ、お前は」
「何も難しいことはありませんよ。私はただ知り、そして進むだけ。・・・さあどうぞ、もっと深くまで。貴方の全てを見せてください」
気色の悪さにブロリーの全身がぞわりと総毛立つ。
・・・もはや限界だった。
「聞くに堪えん」
構える間も無く、踏み出した次の瞬間には既にブロリーはボンドルドの眼前まで肉薄する。
尋常ではない膂力をそのままに拳を叩き込めば、大した抵抗もなく吹き飛んだ大柄な身体はそのまま部屋の壁へ大きな亀裂を入れながら打ち付けられた。
破砕音と共に、ぐしゃりと何かが潰れたような音が響く。
『な・・・!?』
「・・・・・ん?」
あまりにも一瞬の出来事で、止める間も無かった。
驚きに声を上げる"ブロリー"をよそに、攻撃を加えた当のブロリーは不意に違和感を覚えて訝し気に眉根を寄せる。
瓦礫に半分埋もれたボンドルドは明らかに上半身が歪にひしゃげており、もはや動くことも無くなっていた。
『こ、殺したのか・・・!?』
「・・・いや・・・・・、」
さすがにやりすぎなのでは、と若干非難の色を滲ませて"ブロリー"が詰めればブロリーはただ一言ぽつりと零す。
「殴ったら死んだ」
『・・・なに言ってるんだ』
呆れたような声をよそに、腑に落ちない顔でブロリーは目の前の死体を見下ろした。
・・・正直予想外だったのだ。たったの一撃でここまでの惨状になるとは。
実際のところ、これは複数の認識のズレが重なった結果だ。
ブロリーは生まれてこのかた、先日の事件を除いては一度たりとも敗北したことなどなかった。
サイヤ人特有の、瀕死状態から復活した際の大幅な力の上昇。記憶にあるうちには経験したことのなかった"それ"がほんの十数日前に起きて以降、本気で力を振るうような機会が今の今まで無かったこと。
そして先程まであれほどの威圧感を放っていたボンドルド。
確かに気そのものは大きくなかった。しかしあの底知れぬ不気味さと"圧"、それに加えて奴の重厚な装備からも別の妙な気をうっすらとであるがブロリーは感じており、そこにも得体の知れない何かがあるのではと思っていた。事実、先程目が覚める切っ掛けになった傷を負わされた手段すらも未だ不明のままなのである。
さらに、この世界に来てからの初の対人戦。サイヤ人相手に慣れ切ってしまっていた感覚に対してこの世界の人間の身体は脆すぎたらしい。
・・・早い話が自分と相手の力、その双方を見誤ったのである。
鳩尾の辺りが大きく陥没し血肉の爆ぜた"それ"は明らかに死んではいたが、不意に何か嫌な予感がしたブロリーはおもむろにしゃがみ込むと動かないボンドルドの首根っこを掴んで力任せにその首を捻り切った。
光の消えた仮面が、"中身"の入ったまま放り捨てられる。
『そ、そこまでしなくても・・・!!』
「うるさい、念のためだ」
戦慄した顔で引いている相方へ短くそう吐き捨て、ブロリーは真横へ向けて気功波を放ち一直線に壁をぶち抜いた。
真っ直ぐ外まで繋がった通路へ、浮かび上がってそのまま進む。
・・・もう一秒たりともこんな場所には居たくない。
全身剥かれたままの状態では落ち着かないものの、元の服はどこへ持っていかれたのかもわからず改めて探す気も起きなかった。
「おい、ちょっと代われ」
『え?あ、うん」
何か他の着るものが見つかるまでは出てこないで居ようと、返答も聞かずさっさと勝手に引っ込む。
しかし失ったはずの衣服は、ブロリーが実体を手放し切り替わった途端に何故か元の状態へと戻っていた。
まるで、"あのときの姿"のままで固定されているかのように。
『・・・相変わらず訳が分からんな』
「な、なあ、これ・・・なんだかあちこちが痛いんだけど・・・」
服装は戻っている癖に身体へ受けた傷はそのままなのが更に解せない。
表に出た"ブロリー"は負傷状態をそのまま引き継いだらしく、困惑したように声を上げた。
『ひとつひとつの傷は小さい。放っておけば治る』
「でもこれへんなところにも・・・・・し」
『黙れ。口に出すな』
「・・・・・うぅ」
相当苛立っているのか、遮るようにぴしゃりと言い放たれて"ブロリー"は仕方なく口を噤む。
実際ほとんどの負担を強いられていたのは相方のほうであるし、先程も自分は狼狽えるばかりで何も出来ず仕舞いだった。
・・・意識を失っていた間、一体どのような仕打ちを受けていたのか。想像すらできない。
そのまま外へ向かって進んでいったが、その道中なんとなく居た堪れなくなってきた"ブロリー"は先程目についてからずっと気になっていたことを思い出して再度口を開いてみる。
「・・・ところでおまえ、しっぽあったんだな。さっきぶわってなってた」
『殺すぞ』
どうやら話題の切り替えに失敗したらしい"ブロリー"は今度こそ何も言わなくなった。
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受難はまだまだ続く。
ボ卿のあの度し難さをうまく正確に表現できるだけの文章力がほしい・・・・・。