都市のM   作:万年赤字一般傭兵

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初心者だった頃のM

 

 都市の西部23区…普段はグルメ通りなどと揶揄される様に、人食い共が歩き回る地区だが、今だけは違う。

 

 人食いシェフどころか人っ子一人見かけない真っ暗な路地の大通り、そんな耐え難き静寂の中で俺は一人佇んでいた。

 

「3時12分 30秒、31秒、32秒……」

 

 普段はどうと思う事もない時間の流れが、しかし今だけは焦ったくて仕方がない。

 左腕の腕時計の針が真上を指すのが待ち遠しくて、いっそ針を抜き取って目に刺したくなる気にさえなる。

 

 

 けれど、昔から大事に使っていた腕時計を壊す事は当然出来なかった。

 それに、いくら悶えたって時間は流れるものだ。

 

 

「…3時13分っ…!!」

 

 

 遂に時刻は午前3時13分を迎え、それと同時に何処からか響く地響きが俺の足裏に伝わってきた。

 その響きの根源がこれから行うであろう行為が、今まさに大きくなる振動と共に俺へと迫り来る。

 

 

 心臓の鼓動と響き渡る足音は、やがて一体となって下半身へと伝わり、俺専用ロジックアトリエ工房の炉に火をつけた。

 

「…ああっ、感じちゃう…!!」

 

 暴発しそうな硝煙と爆炎は薬莢に収められて放出される事なく、代わりに俺の口から吐息として吐き出される。しかし、それでも抑えきれないこの熱は俺の口一つでは吐き出しきれそうになくて、体中に巡っていった。

 

 お楽しみの前に限界が来そうになった…その時、

 

 

「2017?0108?」

 

「2017!!1106!」

 

 真っ暗な夜の中で不気味に光る赤い目と鎌、それと数字を組み合わせた奇怪な言葉の波が押し寄せてきた。

 

 

 俺は彼らを知っている。

 

 

「もう、我慢できぬ…」

 

 彼らこそ都市で他者を痛めつける事に最も容赦がない連中、掃除屋達だ!

 深く突き立てる鎌は骨肉を血の如くドロドロに溶かし、何よりも裏路地を埋め尽くす程の数で押し寄せる彼ら。

 

 そんな彼らだからこそ…

 

 

「行くパパも?行けー?行けー!」

 

 

「イッパイイッパイホシィィィィッッッッッ!!!」

 

 

 

 こんな俺が十分満足できる程に、一切の容赦なく責めてくれる。

 

 

 誰も記録する事が出来ない裏路地の夜、その闇に出来る限りの醜態をシミ付けようと、俺は刺青まみれの全身を晒しながら沈み行く月に吠え叫んだ。

 

 

 

 

「あっ…はぁ…っ!!…ムーア…

 

 たかが81分、されど81分…掃除屋達の波は引き、裏路地の夜は終わった。

 まるで時間を徴収されてしまったかの様な感覚に襲われるが、寧ろその分の快楽は一気に体中を駆け巡って留まる事を知らない。

 

 嵐の如く俺の体を切り裂いた数多の鎌、俺の事を唯のゴミとしか見ていない無機質な眼の集合体、溶解していく神経が伝えてくる激痛……彼らはサービスのSを知らないものの、しかしこの都市に於いては最も可能性の光に満ちた責め手なのだ。

 

 

「…神様がくれた最っ高の快楽…!!」

 

 素晴らしい余韻に浸りながら、体中に刻まれた傷がトロフィーを模っている様に見えて、思わず俺はここに至るまでの半生を思い浮かべた。

 

 

 今と同じ快楽に満ち溢れた、"転生"前のあの時が妙に懐かしくて。

 

 


 

 

 俺がこの都市に転生する前の最期の記憶は、少し薄暗い部屋の中で明滅する視界だ。

 

 あの日、変態ドMの俺はいつもの様に嬢とプレイに励んでいた。

 最初はライトに縛られて、蝋を垂らされ、グリグリと踏まれて…そうして普段の鬱憤を晴らしていた。

 

 

パァッンッ!!!!

 

「ア"アア"ア"ア"アア"アアッ!!!」

 

 

 そしてプレイの最後に、俺の急所を全力で蹴り上げられた時…

 

「…シンジャウヤッホ!!」

 

 

 耐え難き快楽、そして明滅する視界と共に俺は現世を去った。

 

 

 けれど今がそうである様に、そこで終わりはしなかった。

 

 明滅し、しかし暗くなって行く視界に眩い光が差し込んだ時、俺の数奇な運命は決まったのだ。

 

 

「…は、何とも無いんですけど…」

 

 

 光と共に見えたのは"あのターミネーター"…ではなく、眼鏡をかけている涅槃の様な中年男性。

 彼は訳のわからない事を一方的に言っていたが、その荘厳な雰囲気から神の様な存在なのだという事は直ぐに分かった。

 

 今思えば変な話なのだが…だからだろうか。

 "自分はこれから裁かれるのだろう"、急激な状況の変化に普通ならば混乱する筈なのに、しかし俺は不思議とそんな事を思いながら落ち着いていた。

 

 そうして、静かに審判を待ち続け…

 

 

「神授ぅ…が入ると、もう痛いです」

 

「何だと…?」

「これは皆平等だぁ…!!」

 

「Holy!!」

 

 

「…え?」

 

 下された審判は、恐らく人の身には理解できないものだったのだろう。

 結局俺は一切分からないままに、謎のペンギンに目を塞がれて、都市に生まれ変わったのだ。

 

 

 

 こうして転生したが、何も最初から自分が生まれてきた場所が分かっていた訳ではない。

 

「喜ぶんやど?」

 

「うん、美味しい!」

 

 今思えばとても幸せな事に、俺はK社の巣の中で生まれていたのだ。

 "カギ"と言う名をつけられて、優しい両親に愛されて、友達もできて、学校にも行って…そこでの人生は前世のものと相違無かったのだから、俺は自分が何処で生きているかだなんて気にする事も無かった。

 

 転生した事実だとか、街中で見かけるKの大文字だとか、緑のメッシュが入った奇妙な友達の髪色だとか…そんな事を気にしない程に最初の5年間は幸せに生きていた。

 

 

 けれど、俺が6歳になった時

 

「違う!俺は禁忌を破ってなんか無い!」

「アイツに…アイツに嵌められたんだ!」

 

「そうですか」

 

 淡白な言葉と共に、親が目の前で血の霧となった時

 

 

「いたぞっ!!巣の中にいたクソボンボンだ!」

 

「服も内臓も高く売れるぞ!絶対に逃すな!!」

 

 

 誰も助けてくれない裏路地で暮らし始めて、ネズミ達に追いかけ回された時

 

 

「…おえっ…」

 

 目をつけられない様にゴミ山から漁った服を着て、糸を引くゴミを食べた時…

 

 

 俺は神様が下した謎の審判を、そして何処に生まれたのかを理解した。

 

「…ははっ、気持ちいいな」

 

 そしてこの地獄の如き都市で生き残るには、数多の苦痛を受け入れなければならない事も理解した。

 

 何も問題は無かった、何も変わってはいなかった。

 親が居なくなったあの時から、俺は変態のMだったのだから。

 

 

 

 俺はこの都市がどういう場所かを前世から知っていた。

 しかし暴力がものを言う裏路地では、ただの物知りな子供が生きていく事など出来るわけがなかった。

 

「子供の力って、こんなに強かったか?」

 

 残されていたのは親から授かった丈夫な体だけだったが……俺は、その体のお陰で裏路地で生き延びる事ができた。

 

 俗に言う"転生特典"なのだろうか、俺の体は無駄に頑丈で力も子供に見合わない程にあったのだ。

 

 

 だから孤立していたネズミの一人を殺すのは、存外にも容易い事だった。

 

 

「内臓、売れるんだよな」

 

「ちょっ助けて…」

 

 しつこく追いかけて来たソイツを背後から押し倒して、頭を殴って、それだけで事は済んだ。

 

 筋肉と皮と骨を通じて伝わる鈍い感覚、水の詰まった袋を思い切り殴りつけた様な音、忌避していた筈なのにジンワリと馴染んできた暗い悦び、そして煩い存在が居なくなって静かになった裏路地…

 

 今でも、その時の感覚と光景は鮮明に覚えている。

 

 

 それから暫くは、ネズミみたいに地面を這いずって腐った汁を啜る様な人生が続いた。

 

 

 頑丈な体は本当に役に立った。

 ゴミを漁って、ネズミを殺して、少しでも金になりそうなものを集めてその日その日を生き延びた。

 

 きっと弱い子供だったら、他者に殺されるか飢えるか病気になるか…どうなろうとも直ぐに死んでいただろうから。

 

 

 また、前世から頭にある都市の知識も役に立った。

 

 裏路地には知らない組織も沢山あったが、それでも喧嘩を売ってはいけない連中を知っていたからこそ強者の目を免れる事ができた。

 

 目先の金に囚われてゴミ山で見つけた腕時計を売らずに、裏路地の夜に巻き込まれない様な時間管理もできた。

 

 金に余裕ができたら、小指の先程度しかなくても強化刺青を体に入れたりして、未来に向けての計画的な投資も出来た。

 

 どれもこれも、裏路地では知らないと生きていけない様な常識だったが…巣から転げ落ちた弱い雛鳥に裏路地の事を教えてくれる親切な人なんて、何処にもいなかったから。

 

 

 

 そうして10年間は惨めに生きながらえた。

 

 

 そんな俺の人生が転機を迎えたのは、丁度16歳の誕生日だ。

 

 傷一つ無かった拳はまるでアルミニウムみたいに歪み、艶があった肌は刺青だらけになったが…力に応じて少しは有名になったからか、フィクサー紛いの真似もして多少は安定した生活を出来ていた。

 

 だが、その安定が非常に脆いものである事はよく分かっていた。

 だから俺は誕生日だと言うのに歌いもせずに、初めて裏路地に来た時よりも酷い焦りに襲われて更なる力を求めていたのだ。

 

 この時までは孤独に力を高めてはいたが、しかし一人で強くなる事に限界と耐え難い寒さを感じ始めていて…

 

 

「どうしよっかな〜…」

「声出してみろよ」

 

「入れて欲しいなって…」

 

「"はい、お願いします"だろ?」

 

「はい、お願いします…!」

 

 俺は裏路地の組織に、中指に入った。

 初めはどうしようも無いくらいに見下げ果てたクズになったと自嘲していたが…

 

 

「おい、お前ら!新入りの末弟だぞ!」

「カギって言うらしい!存分に歓迎してやれ!!」

 

 裏路地で祝福されるわけも無い俺の存在を喜ばれ、義兄弟達に手厚く歓迎された時

 

 

「"カギ"だっけか?」

 

「俺は"クルボアジエ"って言う、まぁ兄貴だと思っていつでも頼ってくれ。…おいおい、そんなにキョトンとした顔するんじゃねえよ」

「確かにお前と俺は初対面だが、中指に入ったならそんなのは関係ねぇ」

 

「何せ、今日から俺たちは義理の鎖で繋がれた家族なんだからな!」

 

「…大丈夫だ、俺だって最初は兄貴達に沢山世話になったもんだからな。また新入りが入ったら、今度はお前がソイツを助けてやればいい」

 

 そして、中指の兄弟達の家族に迎え入れられたと分かった時…

 

 俺の第二の生が、都市での真の生が始まった。

 

 

「おいカギ!随分とやられたもんだな…大丈夫か?」

 

「勿論、大丈夫っす!それよりも、今日は15人に仕返し出来たっすよ!」

「家族のためなら、そしてこれだけ気持ちいいなら何の問題も無いっす!!」

 

 苦痛を受けた時、それを俺一人が喜びに変えるだけでなく家族の皆が恨みとして復讐しようとしてくれる。

 そんな都市ではあり得ないような義理の優しさに満ちたこの中指で、俺は確かな生きる目的を持てたのだ。

 

 その目的こそが…

 

 

「Middle!!Finger!!都市の中でEasy!Cozy!」

 

 

 都市における快適なMライフだ。

 

 

 ここでは変態Mが立派な都市のMになるまでが語られる。





ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

殴られると強くなる中指×苦痛が快楽になるM=我慢できない!!
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