旗折りの転校生   作:がおられ好きの物書き

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第九話:ハードボイルドな終焉

アルの言葉は、まるで颯太の能力をあざ笑うかのようだった。

「使い、ですって?」

颯太は動揺を悟られぬよう、一歩前進した。

頭上の『金銭トラブル・深刻化フラグ』が、アルの気品を装った笑みと共に、さらに深く黒い影を落としている。このままでは、アルの望む「ハードボイルドな結末」とやらが、この場を破壊的なトラブルへと導くだろう。

 

「私はシャーレの特別枠所属として、今回の滞納金の問題を平和的に解決するために参りました」

 

颯太は単刀直入に、解決策を示した。彼はポケットから電子決済端末を取り出し、アルに差し出す。 

 

「この端末で、貴方方の滞納金、および、それに対する利息を全額お支払いします。お支払い額はこちらの全自動計算書に記載されており、すぐに確認いただけます」

 

颯太の行動は、あまりにも実務的で、事務的だった。

アルの優雅な笑みが、ピクリと引き攣る。彼女の頭上の『カオス・支配フラグ』が、一瞬、退屈そうに揺らいだ。

 

「……フフッ。なるほど。貴方は随分とつまらない結末を所望するようね」

アルはゆったりとした口調を崩さないまま、颯太が差し出した端末を一瞥した。

 

「全額支払う?利息まで?そんなものは、アウトローたる私たちが望むハードボイルドな結末ではない。我々は、もっとドラマティックで、血と汗と、そして大金を伴う取引を期待していたのだがね」

 

「そうですよアル様!もっと、裏切りの銃弾とか、罠とか、そういうのがないと!」

ハルカが銃を構えながら、不安そうに付け加える。

 

「あはは!ねぇねぇ、このお兄さん、この端末で遊んでもいい?データ全部消したりしちゃおうかな!」

 

ムツキが面白そうに、端末に指を伸ばす。

ムツキの言葉と共に、颯太の視界に、端末を中心に『データ全消去フラグ』という細く赤い旗が立ち上がった。

 

「触らないでください!これは公的な証拠です!」

 

颯太は咄嗟に端末を引っ込める。

カヨコが冷静に状況を分析する。

「社長。これ以上引き延ばすと、私たちの滞納金・差し押さえが現実になるよ。シャーレの提示は、最も現実的な最良の選択みたいだよ」

カヨコの現実的な指摘にも関わらず、アルの表情は不満げだ。彼女の『カオス・支配フラグ』が再び強さを増し、全体の『金銭トラブル・深刻化フラグ』の黒い影が濃くなる。アルが、つまらない結末を拒否し、新たなカオスを生み出そうとしているのだ。

(ダメだ。彼女の『悪の美学』が、この平和的な(フラグ)を許さない。彼女の意志の強さが、僕の折ろうとする旗の道筋をねじ曲げている……!)

颯太は悟った。この相手には、理屈や常識は通用しない。必要なのは、アルの「美学」を一時的に封じる、より巨大な『因果の力』だ。

颯太は、先生から受け取った小さなメモを、電子決済端末の上に静かに置いた。

アルは、そのメモを見て、ゆったりとしていた動作をピタリと止めた。その瞳に、一瞬だけ、自己演出ではない真の驚きが浮かんだ。

颯太は、メモに記された一行の言葉を、アルの目を見つめて読み上げた。

 

「これが、先生からのメッセージです。——『すべての旗の元へ。連邦生徒会長代行・シャーレより。』」

 

その言葉が発せられた瞬間、颯太の視界の景色が一変した。

アルの頭上に力強く立っていた『カオス・支配フラグ』が、まるで巨大な手が上から叩きつけたかのように、急速に萎んだ。そして、彼女たちの周りに乱立していた『イタズラ成功フラグ』や『逃走フラグ』といった小さな旗の糸が、一斉に静かに地面に垂れ下がる。

世界に突き刺さる巨大な『破滅フラグ』さえも、わずかに、本当にわずかに、その傾きを正したように見えた。

アルはしばらく無言でメモを見つめていたが、やがてフッと息を吐き出し、演じていた気品を取り戻した。

 

「……フフッ。なるほどね」

 

アルはメモを軽く叩き、颯太に向かって、口の端だけを持ち上げた笑みを浮かべた。

 

「シャーレが、この取引にそんなにもを大きな意味をもたせているというわけね。つまらないわね、事務的な結末だと思ったけど……このメッセージは、悪党として無視できない最高の悪役の登場を意味するわ」

 

カヨコがアルの耳元で囁く。

 

「社長、決済は今が最善よ。これ以上の展開は、私たちにとって最悪の未来しか見えないわ」

 

アルは静かに頷いた。彼女は、もはや交渉のドラマを追求するのをやめ、悪党としての『退き際』の美学を選んだのだ。

 

「仕方ないわね。真の悪党とは、時として、最も冷静かつ非情な選択をするものよ。今回は、あなたの提案を受け入れましょう、シャーレの特別所属よ」

 

アルは颯太から端末を受け取り、滞納金の全額決済を完了させた。

決済が完了した瞬間、颯太の頭上の『金銭トラブル・深刻化フラグ』は、音もなく、完全に消滅した。代わりに、細く、頼りないが、確実に『平和的な金銭解決フラグ』が立っていた。

「行くわよ、皆。今回の結末は、大いなる敵への一時的な譲歩よ。そして、この屈辱は、いつか必ず最強の悪党としての凱旋という旗フラグで覆す!」

アルはそう宣言すると、他のメンバーと共に颯太に背を向け、颯爽と寂れたビルの裏手へと消えていった。

カヨコだけが、去り際に颯太に目礼した。

 

「おかげで助かったよ。感謝するわ、特別所属さん。……社長の思いつきは、なんとかするのが大変だからさ」

 

その言葉は、まるで颯太の能力を理解しているかのようだった。

後に一人残された颯太は、電子決済端末と、しわくちゃになったメモを握りしめ、深く息を吐いた。

(『旗を折る力』じゃない。先生の言う通り、僕が持っているのは、『意志の上書き』を促すための補助輪だ。そして、連邦生徒会長の言葉は、キヴォトスのすべての意志を強制的に服従させる、絶対的な旗なんだ……)

彼の視界には、依然としてこの世界に突き刺さる巨大な『破滅フラグ』がそびえ立っていた。しかし、その根元では、小さな、新たな希望の『シャーレ・協力フラグ』が、強く根を張り始めたのを感じた。

彼は、シャーレに戻り、先生に報告する準備を始めた。

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