旗折りの転校生 作:がおられ好きの物書き
シャーレからの次の任務は、西部の砂漠地帯に位置するアビドス学園だった。
先生から受け取ったのは、一台の砂漠用の自動運転車の鍵と、アビドス学園の歴史と現状をまとめた薄いファイルのみ。先生は、シャーレの執務室から、颯太の活躍を信じて送り出してくれた。
砂漠用にカスタムされた車に乗り込み、ルートを設定すると、車は自動で砂漠のハイウェイを走り出した。窓の外の景色は、立ち並ぶ近代的なビル群から、地平線まで続く黄色い砂と、時折見かける朽ちた看板へと、変わり果てたものになっていく。
(この空気だ……)
車窓から外を眺めるにつれて、颯太の心臓は重くなった。キヴォトスの空気に溶け込んでいるはずの、賑やかさやカオスとは違う、どこか冷たく、重たい空気が辺りを覆っている。
そして、彼の視界には、その空気を生み出している原因がはっきりと見えていた。
地平線に近づくにつれ、巨大な、今までに見たどの旗よりも桁外れに大きい、黒い旗が空を覆い尽くしている。
『アビドス学園・巨額負債フラグ』
その旗は、ただの黒い旗ではなかった。旗自体が悲壮なエネルギーでできているかのように揺らめき、まるで重力の中心のように、周囲の光を吸い込んでいるように見えた。その存在感は、先生の頭上に立つ『破滅フラグ』に匹敵する、絶望的な重さがあった。
「これが……アビドス高等学校の抱える危機」
颯太は思わずシートベルトを握りしめた。この旗は、単なる金銭的な問題ではなく、学園が崩壊し、消滅に向かう未来を強烈に示唆している。
車を走らせること数時間。自動運転車は、ようや く、砂漠のオアシスのように、一軒の巨大な校舎の前で停車した。それが、アビドス学園の全てだった。
学園の敷地は荒廃しているが、その入口近く、ボロボロのベンチに座って居眠りをしている、一人の生徒がいた。
長いピンク色の髪は丁寧に手入れされており、目元には薄いクマがある。その体躯からは、戦場で何度も修羅場を潜り抜けてきたような、歴戦のオーラを感じさせる。
彼女は、颯太が到着した車の音で、ゆっくりと瞼を開いた。
「ん……?珍しいお客さんだねぇ。車で来るなんて、まさか借金取りじゃないよねぇ?」
彼女は、眠たげで、どこか達観したような声で、颯太に問いかけた。
颯太の視界には、彼女の頭上に、二本の旗が立っていた。
一本は、落ち着いた色で、強靭な意志を示している。
『アビドス高校・守護フラグ』
そしてもう一本は、くすんだ灰色で、過去の傷跡を物語っている。
『未来への倦怠フラグ』
(この人が、アビドス高校の生徒……そして、『守護フラグ』を持っている)
颯太は、彼女こそが先生のファイルに記載されていた、対策委員会の委員長であると直感した。
「失礼します。私は、シャーレの特別所属として、先生の命を受け、この学園に参りました。旗立颯太と申します」
颯太は車を降り、彼女に近づきながら、丁寧に自己紹介をした。
生徒は、颯太のヘイローのない頭と、制服のような服装を珍しそうに眺めた。
「シャーレの特別所属さん、ねぇ。珍しいね。いつもは先生が一人で来るのに」
彼女は身体を起こし、柔らかな笑みを浮かべた。しかし、その瞳の奥には、長年の疲労と諦めが混じっているように見えた。
「私は、アビドス対策委員会の副委員長、ホシノだよ。よろしくね、颯太くん」
ホシノは颯太の手を軽く握り、挨拶を交わした。その手のひらは、年齢に似合わず、使い込まれた銃器の跡で少し硬くなっていた。
「借金取りじゃないなら、用件は一つだよね?学園の危機を、どうにかしようって?」
ホシノの言葉には、絶望的な状況を自覚している者だけが持つ、諦めと達観が滲んでいた。彼女の視界には何も見えていないはずだが、この学園の全てを覆う『巨額負債フラグ』の存在は、生徒たち自身にも、空気として感じられているようだった。
颯太は頷く。
「はい。そのために、私はこの学園に来ました。その旗を、どうにか折るための道筋を見つけ出すために」
(まずは、このホシノさんの持つ『未来への倦怠フラグ』を、『希望の旗』に変えなければ。この学園を守ろうとする意志があっても、諦めが先行している限り、破滅の旗は折れない……)
アビドス学園での、旗立颯太の最も困難な任務が、今、始まった。