旗折りの転校生   作:がおられ好きの物書き

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第十三話:絶望の計算と最初の一歩

「……あなた一人で、何ができるっていうのよ!」 

 

セリカの苛立ちと不安が詰まった声が、対策委員会の部屋に響いた。彼女の頭上『日々の生活・金銭不安フラグ』は、そのたびに激しく揺れ動く。

颯太はまず、その苛立ちの根源である現状を把握する必要があると考えた。彼はアヤネに向き直った。 

 

「アヤネさん、失礼ですが、現在の負債総額と、それに対する日々の返済計画について、正確な数字をお聞かせいただけますか?」

 

アヤネは真面目な顔で頷き、手に持っていた記録帳を開いた。

 

「はい。現在の負債総額は、9億6235万億円です。これは、アビドス高等学校がかつて保持していた広大な土地と、その利権を担保にした過去の借金が、長年の利子で膨らみ続けた結果です」

 

颯太の脳内で、9億6235万円という数字が瞬時に処理される。これは彼がいた世界では考えられない、借金額としては絶望的な数字だ。

 

「現在の収入源は、生徒数が激減したため、学費はほぼゼロ。残された僅かな備品等の一部を売却することで、なんとか日々の最低限の生活で、利息の一部を支払っている状況です」

「具体的には、私たち対策委員会のメンバー全員で、放課後と週末にアルバイトをしたりしていますが、その収入のほとんどが、利子の支払いで消えてしまいます」

セリカが唇を噛みながら付け加えた。

シロコは無言で、壁に立てかけたライフルに寄りかかっている。ノノミは微笑みを保っているが、その瞳は沈んでいた。

颯太は、彼女たちの頭上に立つ旗の状況を確認した。

『巨額負債フラグ』依然として部屋を覆い尽くすほど巨大で、9億6235万という具体的な数字によって、さらに重みを増している。

『予算と活動・計画遂行フラグ』(アヤネ)旗自体は垂直だが、その根元が砂に埋もれ、今にも倒れそうだ。アヤネがどれだけ計画を立てても、その数字が大きすぎて現実が追いつかない。

『日々の生活・金銭不安フラグ』(セリカ)激しく暴れ、『学園の敵・報復フラグ』(シロコ)の鋭い先端に触れようとしている。セリカの不安が、シロコの怒りを誘発しかねない危険な状態だ。

(ダメだ。9億という巨額の旗をいきなり折ろうとしても、彼女たちの『絶望の意志』がすぐに新しい旗を立ててしまう。まずは、足元の不安を取り除く。セリカさんの旗を鎮めることが、最初のきっかけだ)

颯太は、今回の任務のために先生から渡されていた、シャーレの緊急予備資金の入った小型ポーチを取り出した。中には、キヴォトスの一般的な貨幣であるクレジットが入っている。

 

「アヤネさん、この資金を、直近一週間分の生活費と、明日の利息の支払いに充ててください」

 

颯太はポーチをテーブルの上に置いた。

アヤネとセリカの目が、一斉にそのポーチに向けられた。

「えっ……?」セリカが目を見開く。

 

「ま、待ってください、特別所属さん。これは、あなたの個人的な持ち物では?」

アヤネが慌てて尋ねた。

「シャーレからの任務支援金です。先生からは、『現地の生徒たちが正常な活動を続けるために必要な、最小限の支援をせよ』と指示を受けています」

颯太は、冷静だが力強い口調で言った。 

 

「巨額の負債を一度に解決することは、私たちにはできません。しかし、日々の不安に苛まれ、活動が停止してしまうことは避けなければならない。皆さんが、安心してアビドス高校を守るための活動を続けられるように、この資金を使ってください」

 

セリカの『金銭不安フラグ』の揺れが、ピタリと止まった。彼女はポーチから目を離せない。それは、巨額負債という絶望的な嵐の中で、束の間の安心という名の避難所を見つけたかのようだった。

ホシノは、寝そべったまま、片目だけを開けてその様子を見ていた。

 

「うへ〜。なるほどねぇ。君は足元の土台から直そうってわけか。借金取りの大人たちは、いつも上層部の数字だけを見て、私たちの日々の苦労なんて見てくれなかったのに」

 

ホシノの言葉は、颯太の行動が、彼女たちの心に僅かながらも響いたことを示していた。

 

「さあ、これで一週間は、ヘルメット団などの敵対組織からの襲撃を、一時的に遠ざけるための備え集中できるかもしれません」

 

颯太は続けた。

 

「次に、私はこの9億6235万円という借金の根源を調べます。アヤネさん、これまでの負債に関するすべての書類と、現在の高校の資産状況をまとめたリストをいただけますか?」 

 

アヤネはポーチの中身を見つめながらも、すぐに真面目な顔に戻った。

 

「わ、わかりました!すぐに準備します!」

 

セリカはまだ茫然としている。シロコは興味深げに、初めて颯太の顔をじっと見つめていた。

颯太は、ホシノの『未来への倦怠フラグ』が、ごくわずかではあるが、上向きに傾いたのを確認した。

(よし。僕がすべきは、絶望の道筋を強制的に曲げることじゃない。生徒たちの希望の意志に、具体的な可能性の道筋を示すことだ。まずは一歩ずつ……この巨額の負債の、最も歪んだ部分を見つけ出す)

颯太の、アビドスでの困難な旗折りの戦いが、本格的に始まった。

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