旗折りの転校生 作:がおられ好きの物書き
対策委員会の部室は、沈痛な空気で満ちていた。テーブルの上には、アヤネが過去の記録から丁寧に整理した契約書と返済計画の山が広がり、その総額9億6235万円という数字が、学園の未来を縛りつけている。
「こちらが、すべての負債に関する資料です。債権者は、カイザーローンです……」
アヤネの声には、抑えきれない悔しさが滲んでいた。
颯太は、その膨大な紙束を前にしても表情を変えない。彼の視界には、書類全体から立ち上る、冷徹で巨大な『歪んだ契約・悪意フラグ』が、黒いインクの染みのように空間に広がっていた。この契約は、純粋な願いを悪用して設計された、悪意の構造物だ。
「利子の方式、担保の設定……全て見ました。これは明らかに砂漠化という天災に乗じた詐欺契約です」
颯太は初期の資金調達契約書を指差した。
「しかし、私たちがこの借金の『表面』だけを問題にしている限り、カイザーを打ち破ることはできません」
ホシノは壁にもたれかかったまま、ダルそうな表情で言った。
「うへ〜。でも、カイザーがこの学園に執着してるのは、この9億の借金をきっちり回収したいから、それだけじゃないの? 金さえ返せば、奴らも諦めるんじゃない?」
シロコも頷いた。
「カイザーは、学園の土地や資産を狙っている。私たちは、彼らがこれ以上何も奪えないように、必死に戦ってきた」
(生徒たちの認識は、カイザーの目的=金銭・土地の回収で止まっている)
颯太は静かに、ホシノとシロコの認識が「偽装の旗」に導かれていることを確信する。彼は、契約書の「担保権の移転」に関する条項を指差した。
「ですが、シロコさん。戦う必要は、もうなくなっているはずです。この契約書によると、アビドス高等学校の土地の中で、最も重要視されていた特定の区画、つまり古い地下施設の入り口がある場所は……」
颯太は、地図上の特定の地点を指し示す。
「返済が滞った数ヶ月前の時点で、担保権が行使され、所有権がすでにカイザーローンへ合法的に移転しています。つまり、彼らにとっては、襲撃する必要すらなくなったいる筈」
シロコの表情に、一瞬だけ動揺が走る。
「……私たちの警備が厳しくなってから、確かにあの場所へのヘルメット団の襲撃は止まった。私たちは、守りきったと思っていた。だが、そうではなかったのか」
「ええ。カイザーローンは、最も価値のある土地を、法的な手段で静かに手に入れた。彼らが今、私たちに残りの負債を迫っているのは、『金銭回収』という看板を掲げ続けることで、真の目的から私たちの目を逸らすためです」
颯太の瞳が、回収済みの土地の座標に固定された。彼の視覚には、9億6235万円の借金が放つ黒い『負債フラグ』の下に、全く異なる、異様な輝きを放つ旗が埋まっているのが見えた。
『オーパーツ・強奪フラグ』
それは、この学園の土地が持つ真の価値。カイザーがこの砂漠で長期間にわたって資金提供と回収を繰り返してきた核心的な動機だ。
(生徒たちは、借金の返済に全力を注ぎ、失った土地の下にある真の宝の存在を知らない。カイザーは既にそれを不法に掘り起こし始めている可能性すらある……! 真の危機は、すでに進行している)
「間違いない」
颯太は断言した。
「カイザーローンの狙いは、9億の金ではありません。彼らは、負債契約を隠れ蓑にし、このアビドス砂漠に埋まっている歴史的な『オーパーツ』を奪い、それを軍事利用あるいは転売することで、この負債以上の莫大な利益を得ようとしています。あなたたちが知る『借金』は、単なる手段です」
ホシノは目を見開いた。その顔から一瞬で倦怠感が消える。
「オーパーツ……? 冗談でしょ、特別所属さん」
「冗談ではありません。彼らがすでに所有権を得たあの土地こそが、彼らの本丸。私たちが今、すべきことは、失われた土地にこそ真の脅威があることを突き止め、カイザーの契約全体の詐欺性を証明することです」
颯太はシロコに向き直った。
「シロコさん。その『古い地下施設の入り口があった場所』、つまりカイザーローンが合法的に回収した土地の座標を詳しく教えてください。私は、この高等学校に来る前に先生から、外部の大人や組織への交渉権を委任されています。彼らの真の目的を特定し、この歪んだ契約を根元から無効化するための証拠を探します」
シロコは、事態の深刻さを悟り、すぐに頷いた。
「分かった。案内する。例え、私たちの土地でなくとも……アビドスを狙う悪意を見過ごすわけにはいかない」
シロコの『学園の敵・報復フラグ』は、今や『カイザーの真の目的追及フラグ』へと、より冷徹な色を帯びて切り替わった。