旗折りの転校生 作:がおられ好きの物書き
「改めて、颯太くん。ここはシャーレの執務室だ」
先生に連れられて、見慣れない巨大な建物――シャーレの執務室にやってきた旗立颯太は、窓の外に広がるドーム状の学園都市「キヴォトス」を眺めていた。彼の故郷とはまったく異なる景色だ。
「僕がこの街に来たのは、先生と同じく外の世界からってこと、でいいんですよね?」
颯太が確認すると、先生は優しく頷いた。
「うん。旗立くんは、私の補助をするためにキヴォトスに来てくれた、特別枠の協力者だ。だから学校に通う必要はないけど慣れない環境で大変だと思うから、困ったことがあったら何でも言ってね」
颯太は先生の言葉を聞き、改めてキヴォトスの景色を見た、彼が知るどの世界よりも、夥しい数の「旗」が立ち乱れていた。
特に顕著なのは、巨大な「学園崩壊フラグ」「大乱闘フラグ」「爆発フラグ」といった、彼の故郷では見たこともないスケールの災害フラグだ。そして、そのどれもが、なぜか生徒たちの頭上で揺れている。
(なんだこの世界は……普通の日常フラグが一つもないじゃないか……!)
彼の頭が痛くなってきたちょうどその時、先生が微笑みながら颯太の肩を叩いた。
「慣れない場所で大変だろうけど、困ったことがあったら何でも言ってくれ。特に、変なトラブルに巻き込まれそうになったら、すぐ私を呼んでね」
先生の頭上には、小さな『癒やしと笑顔フラグ』が立っていたが、その隣には巨大な『書類の山による過労死フラグ』も立っており、颯太は思わず身震いした。
その日の午後、
颯太はシャーレの膨大な業務の一部を任されていた。
「ごめんね、旗立くん……見ての通り、この書類の山じゃ、私自身が動けないんだ」
先生は、文字通り書類の山に頭だけを出した状態で、颯太に厚い封筒を差し出した。
「これはゲヘナ学園の生徒会『万魔殿』宛ての重要書類で、今日の午前の便で郵便局経由で送る予定だったんだが、そっちのルートが温泉開発部による不測の事態で封鎖されてしまってね。ここから一番近い『キヴォトス統一郵便局の集荷代理店』まで、この書類を直接運んでもらいたいんだ。万が一、変な旗が立ったら、すぐに引き返してね」
「は、はい!分かりました!」
颯太は固く頷き、書類を手にシャーレを出た。
書類の届け先は比較的近かったが、安全な正規ルートは全て封鎖されていた。 先生から渡された地図を頼りに、なんとか代替ルートを探そうとする颯太の頭上には、大きく『方向音痴フラグ』が揺れていた。
そして颯太はキヴォトスの治安の悪さを肌で感じることになった。指示された迂回ルートを間違え寂れた倉庫街の裏路地を通らざるを得なくなったのだ。
「えーと、この道で合ってるのかな……」
不安に思いながら角を曲がった瞬間、彼は壁に隠れてコソコソと動き回る四人の少女たちの姿を捉えた。彼女たちの頭上に立ち乱れる、誰にも見えない旗の群れを、颯太は即座に分析した。
便利屋68の旗立、参上である。
陸八魔アル 『予想外の爆発フラグ』『報酬ゼロフラグ』
鬼方カヨコ『アルの失敗フォローフラグ』
浅黄ムツキ 『無邪気な破壊フラグ』
伊草ハルカ『アル様のためなら死も辞さないフラグ』
そして、アルの頭上には、いまにも折れそうな細い『華麗なる悪党成功フラグ』の隣に、太く輝く『路地の段差で転倒、重要書類を汚すフラグ』が立つのを、颯太は見てしまった。
(や、やばい!彼女が転ぶのは別にいいけど、僕の持っているこの重要書類に泥が飛んで、先生に迷惑がかかる!)
彼が持つ書類の隣に、『先生の心労をさらに増やすフラグ』が急速に育っていくのが見えた。
「よーし、皆!『夜明けの金庫破り』*1の最終段階だわ!警備の隙*2を突いて華麗にかっさらってやるわよ!」
アルがキザなポーズを決め、颯太たちの方に向かって歩き出した。そんな彼女の足元には、たしかに小さな段差がある。
――折らねばならない!
颯太は考えるよりも早く動いた。彼が旗を折るのに必要なのは、そのフラグに対応する行動を取ることだ。この場合転倒フラグを折るには、彼女の進路を遮って段差とは関係のない場所で立ち止まらせるのが最も確実だと判断した。
「す、すみません!そ、そこに、とても可愛いネコがいますよ!」
颯太は必死に声を張り上げた。彼にとっては、ネコは最も無害で、かつ人間を立ち止まらせる力を持つ存在だと知っている。
アルは颯太の言葉にピタッと足を止めた。そして、真剣な顔で颯太の方を振り返って言った。
「ネコ……?ふっ、悪の現場を理解できない方ね。ネコなどという愛らしい存在が、この暗黒の路地裏にいるはずがないわ。私の『悪』の眼をごまかせると思わないで!」
しかしその瞬間、颯太の視界の中では『ネコに弱いフラグ』が立ち上がり、一瞬で『華麗なる悪党成功フラグ』を押し倒したのだ。
「ま、待って!もし本当にネコがいるとしたら……私たちのミッションを妨害するために送り込まれた、エージェントネコかもしれないわ!捕獲するのよ!」
アルはすぐに悪党モードに戻ったが、興味はすっかりネコに移っている。彼女は段差を華麗に避け、颯太が指さした「ネコがいる場所」——実際にはネコなどいない——に向かって銃を構えた。
「ハルカ!ネコ捜索だわ!ムツキ!ネコを無力化するための罠を仕掛けなさい!カヨコ!万が一ネコに襲われた場合の対処法を教えて頂戴!」
「ネコに襲われる想定ですか……まあ、いいですけど」
カヨコはため息をついた。
便利屋68の四人は、本来のミッションである金庫破りを完全に忘れ、路地裏で存在しないネコの捜索を開始してしまった。
ポキッ!
その直後、アルの頭上で『予想外の爆発フラグ』が折れる音がした。振り返ると、ムツキがネコを捕獲するための「罠」として設置した大量の爆弾付き風船が、運悪く上空を飛んでいたドローンに引っかかり、倉庫街の広範囲で小規模な爆発とカラフルな風船の破片が降り注いでいた。
「ムツキ!それは何の罠だっていうのよ!」
「えへへ、可愛いネコちゃんをびっくりさせるためのお仕置きだよ〜」
颯太は、重要書類は無事だったものの、目の前のカオスに呆然とするしかなかった。
(転倒フラグは折れたのに……なぜか『大規模な騒動フラグ』が達成されてる!?)
アルは爆発と風船の破片にまみれながらも、悪党のポーズを崩さない。
「ふっ、ふふふ!この爆音と騒乱でエージェントネコも、驚いて逃げ去ったでしょうね!*3」
カヨコが颯太に近づき、そっと声をかけた。
「あの……特別所属さん⋯ですよね、ネコはいませんでしたね。それよりその書類は、大丈夫ですか?」
彼女の頭上には『親切な先輩フラグ』が立っていた。
「あ、はい!そうです、ありがとうございます!」
颯太は書類を握りしめた。
「気にしないでください。それと、もし社長の気を引きたいなら、ネコではなく『今日はアウトローとしてのカリスマが試される日』とか、『世紀のアウトローのポスターに落書きがある』など、アルのプライドに関わる話題で注意を引くのがオススメですよ。アルはアウトローの評判なら絶対に止まりますから」
カヨコはそう言い残し、爆発現場の風船の残骸をハルカと共に片付け始めた。
颯太は、無数の
(キヴォトス……ここは、僕の知っている世界で一番、
こうして旗立颯太の、キヴォトスでの、予測不能な「フラグ折り」生活が始まったのだった。