旗折りの転校生 作:がおられ好きの物書き
「皆を笑顔にするために、この技を放ちます!」
アリスの純粋な宣言が、金属的な警告音と混ざり合う。彼女の頭上で赤黒く燃え上がる『制御不能な暴走フラグ』は、今や広場の空まで届きそうなほど巨大化していた。
「だめだ……!言葉が届いていない!」
モモイとミドリは緊急パッチ作業で手が離せず、ユズはシミュレーター停止のコードを必死に入力しているが、アリスのレーザーガンはシステムの最終コマンドを待たず、物理的な発射シークエンスに入っていた。
(僕の警告で、ゲームの完成度という『
颯太は考えるのをやめた。思考はキヴォトスのカオスに飲み込まれるだけだ。彼に残されたのは、目の前の「
颯太は制止の声も聞かず、アリスに向けて全速力で走り出した。彼はアリスのいるシミュレーターの台座に向けて飛び上がり、叫んだ。
「アリスさん!待ってください!その技は……皆を笑顔にできない!!」
アリスの青い光学照準が、駆け寄る颯太を捉えた。一瞬、迷子の子供のような、理解できないものを見る表情が彼女の顔に浮かんだ。
「……?そんなことはありません。これは、最高のシナリオの、最高の『ファイナルウェポン』です!」
「違う!その力は、『最高のゲームを破壊するバグ』なんだ!」
颯太は必死に、アリスの価値基準である『ゲーム』の言葉で、彼女の行動を否定した。
「今、それを放てば、シミュレーターは炎上し、モモイさんたちが作ったプログラムも、ミドリさんが描いたグラフィックも、全部消えてしまう!それが、君が望む『エンディング』なのか!?」
アリスの瞳が大きく見開かれた。彼女の動きが、わずかに停止した。
颯太は彼女の頭上の『制御不能な暴走フラグ』に、新しい旗が巻き付くのを見た。それは、黒いベールのように沈んだ『ゲームデータ全損・絶望のバッドエンドフラグ』だ。
「それは……」
アリスの声に動揺が混じる。
「バッドエンドです!このままでは、皆が心血を注いだ『最高の物語』が、一瞬で終わってしまう!先生も、この結末は望んでいない!」
アリスにとって「バッドエンド」という概念は、ゲーム開発部のメンバーたちと同様に、絶対に避けなければならない最も恐ろしい結末だ。そして、彼女の『願いの
その瞬間、アリスの頭上の巨大な『制御不能な暴走フラグ』に、ビリビリと亀裂が入った。
「アリスは⋯⋯バッドエンドは嫌です!!」
アリスは発射直前のレールガンを抱えたまま、左手の指を空中に走らせた。彼女のヘイローの光が強くなり、レーザーガンの表面にの『緊急コマンド・インターフェース』が投影される。
「データ保全、最優先。プログラマーの権限を行使します!」
彼女は表示されたコマンドを迷いなくタップし、発射シークエンスを制御するコアプログラムに直接アクセスする。強制的に出力パラメーターを0に書き換えた。
同時に、ユズの入力が間に合い、シミュレーター全体が停止を告げる電子音を響かせた。
レーザーガンの光は一瞬で消え失せ、爆発の脅威は遠のいた。
『制御不能な暴走フラグ』は、まるでガラスのように砕け散り、消滅した。
広場に静寂が訪れる。
「……折れた。全部、折れた……」
颯太は安堵と疲労で、その場にへたり込んだ。
モモイがキーボードから顔を上げ、颯太に駆け寄ってきた。
「ちょっと、シャーレの協力者さん!君、今すごいことを言ってたけど、本当にリソース管理バグなんてあったの!?私たち、今緊急パッチ当てちゃったけど……」
颯太は正直に答えた。
「え……いえ、あの、バグかどうかは分かりません。ただ、皆さんが『未完成のゲーム』を嫌うのは知っていたので……」
モモイとミドリは顔を見合わせ、やがて大笑いし始めた。
「アハハ!なにそれ、ずるーい!私たちのプライドを逆手に取ったわけだ!」
「すごいね、この人まるでゲームの『隠しコマンド』みたいだね、お姉ちゃん!」
颯太は困惑した。命の危機を回避したというのに、なぜか褒められている。
その時、広場の入り口から、一台の車がけたたましいスキール音を立てて滑り込んできた。
ドアが開き、くたびれたスーツ姿の先生が駆けつけてくる。
「颯太くん!無事かい!?爆発音*1が聞こえたから駆けつけたけど、一体何が……」
先生は、崩れかけたシミュレーターと、それを囲んで笑っているゲーム開発部の生徒たち、そしてへたり込んでいる颯太くんを見て、状況を把握するのに数秒を要した。
颯太は先生の顔を見て、ようやく緊張の糸が完全に切れた。
「先生……!なんとか、最悪のエンディングは回避しました……」
先生は深く息を吐き、颯太の肩に手を置いた。
「よくやったね、颯太くん。君がいてくれて、本当に助かったよ」
そして、先生の頭上に立っていた『破滅フラグ』の根本が、まるで固い岩盤がわずかにひび割れたように、微かに揺らいだのを、颯太は確かに見たのだった。