旗折りの転校生 作:がおられ好きの物書き
ミレニアムでの騒動から数日後。シャーレの執務室は、穏やかな日常に戻っていた。
「今日の任務は、シャーレの備品購入のための『出張』だよ」
先生がそう言って颯太に手渡したのは、トリニティ総合学園近くの商業地区の地図だった。
「出張ですか?戦闘ではないのですね」
「うん、今回は戦闘というより、『交渉』と『金銭管理』の任務なんだ。キヴォトスの生徒たちは、非常に純粋なだけに、金銭トラブルを起こしやすい傾向がある。特に『便利屋』が絡むと、話は複雑になるからね」
先生の頭上に立つ『破滅フラグ』は、依然として巨大だが、ミレニアムでの一件以降、その揺らぎは増していた。その横に、新しい旗が颯太の視界に現れていた。それは、黒い帯で縛られた、不吉な『金銭トラブル・深刻化フラグ』だ。
「この黒い旗は……?」
「何が見えているの?」先生が問う。
「トリニティ方面に、すごく重い、黒い旗が立っています。しかも、その根本には、複数の細い糸が絡み合っていて……」
先生は静かに頷いた。
「おそらくそれが、今回のミッションに関連するトラブルだろう。だから、颯太くんに私からのメッセージを携えて、指定された地区で『便利屋68』に接触し、彼らが滞納している備品の支払いを行ってほしいんだ」
「彼女たちに……ですか?」
「うん。彼女らは自分たちのことを『なんでも屋』だと称しているけど、その実態は、様々なトラブルを引き起こす『予測不能なカオス』の一つだ。連邦生徒会長の残した資料*1にも、彼女らの名前は危険なリストに載っている」
先生は颯太の肩に手を置いた。
「今回の颯太君の任務は、『交渉の旗』を折らせないことだ、そして『金銭トラブルの旗』を、可能な限り小さな『平和的な解決フラグ』へと上書きすることだ」
「承知しました。先生のメッセージは……」
「これだよ」
先生が颯太に手渡したのは、現金ではなく、黒い小さな『電子決済端末』*2だった。
「キヴォトスでは現金より、この端末を使った決済が主流だ。そして、もし交渉が決裂し、彼女達が理不尽な要求をしてきた場合、このメッセージを読んでみてね」
先生が手渡した小さなメモには、たった一行のメッセージが記されていた。
『——すべての旗の元へ。連邦生徒会長代行・シャーレより。』
颯太は背筋が伸びるのを感じた。このメッセージが持つ重み、そしてそれが『便利屋68』に与える影響の大きさを、言葉から感じ取ったのだ。
「行ってまいります、先生」
「頼んだよ、颯太くん。君の『旗を見る力』が、彼女達のカオスを少しでも秩序あるものにしてくれることを信じている」
颯太は特別所属の腕章を締め直し、シャーレの車に乗り込んだ。
商業地区に到着すると、颯太の視界はすぐに黒い旗の糸が集中する地点を捉えた。
それは、寂れたビルの前。そこには、赤と黒の派手な制服を着た少女たちがたむろしていた。彼女たちの頭上には、無数の小さな旗が立っている。
『イタズラ成功フラグ』
『逃走フラグ』
『警察到着フラグ』
そしてそれらすべてを束ねるかのように、巨大な『金銭トラブル・深刻化フラグ』が揺らいでいた。
その中で、一人の少女が、特に目立っていた。彼女の頭上には、赤と黒の鮮烈な色をした『カオス・支配フラグ』が力強く立っている。彼女こそ、便利屋68のリーダー、陸八魔アルだ。
アルはビルの前に立ち、他のメンバーに何か指示を出していた。その様子は、まるで映画のワンシーンのようだ。
「さて、皆。これが我らが便利屋68の、新たなる一歩となる。この滞納金を巡る争いには、もちろん『ハードボイルドな結末』を添えるべきでしょう?」
「了解しました、アル様!でも、そのハードボイルドな結末ってどんなですか?」
「ハルカ、フフッ、ハードボイルドというのはね、つまり……美学よ!冷静に、そして何より『フラグ』を折らないこと。それが真の悪党の嗜みというものよ」
その言葉を聞いた瞬間、颯太の頭の中で警鐘が鳴った。
(『
颯太は一歩踏み出した。このカオスな旗が、さらに巨大なトラブルを引き起こす前に、この流れを止めなければならない。
彼は深呼吸し、持っている電子決済端末を胸に抱いた。
「すみません!そちらが、便利屋68の方々ですか!」
颯太の登場に、便利屋68のメンバーは一斉に振り向いた。
アルの瞳が、颯太の制服と、ヘイローのない頭部を捉える。そして、彼女の顔に、いかにも悪党らしいニヤリとした笑みが浮かんだ。
「へぇ?これは興味深い獲物が来たものね。シャーレの『特別枠所属』とやらが、この悪の牙城に何の用なのかしら?フッ、悪党たる私たちとの交渉に、先生自らではなく『使い』を寄越すとはね」
アルの言葉には、すでに颯太の身分を知っているという、不穏な響きが込められていた。颯太の頭上の『金銭トラブル・深刻化フラグ』が、さらに大きく膨らんだのだった。