異世界ロケットパンチ! ~スーパーロボット乗りのアナザーライフ探索譚~   作:マフ30

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第2話 からっぽからのリスタート

 

 

「聞きたいことは山ほどあるがまずは汝の名前はなんと言うんだ?」

「葉車勇吾だ……です」

 

 先程、痴態を晒すだけ晒した俺はこの宿屋を営む主人の息子というテリー少年から借りた服を着て、この異世界においてのファーストコンタクトの最中だ。尋問とも言うのかもしれない。

 

「ハグルマユーゴ? この辺りでは聞き慣れない名前だな」

「あーならユウゴって呼んでくれれば構わない……です」

 

 部屋のベッドに腰かけて、言い慣れないイントネーションで俺の名前を復唱する女性の前で自分はと言うと罪悪感から床に正座で縮こまっている。

 ちなみにテリーは両親の手伝いをしてくると下の階へと降りて行った。

 つまり俺の生殺与奪は全て彼女が握っている。

 

「普通に話せ。別に男の裸を見てうろたえるほど初心じゃないさ」

「……ありがとう。えっと」

「カルーニャだ。流れの傭兵だがいまはこの城塞都市アクサロンで自警団の手伝いをしている」

 

 男勝りな口調だがどこか古風で品のある物腰の女性はそう自己紹介をしてくれた。年齢は俺と同じぐらいか少し下ぐらいだろうか。

 涼しげな目元と凛とした顔立ちは俺がいた世界なら役者でもしたら異性はもちろんだが同性からの方が人気が出そうだ。

 真冬の月を思わせる淡く澄んだ水色の長い髪には黒いカチューシャのような髪飾りが添えられていた。

 女性にしては長身ですらりとした身体は実戦的な鍛えられ方がされているのがよく分かる。茶色い革製の胸当てを身につけて、動きやすそうな青い七分丈の上着と飾り気のない白いスカート。

 そして、俺が一番目を引かれているのは彼女が腰に帯びた短剣だ。

 触らなくても伝わってくる鉄の重み。間違いなく本物なんだろう。

 短剣とは言ってみたが刃渡りはサバイバルナイフなんかよりずっと長くて場所を選ばない扱いやすそうな代物だ。

 黒いスパッツのような下履きもしているところを見ると彼女は騎馬や弓あたりも嗜んでいるのだろうか?

 

「単刀直入に聞くがあんなところで何をしていたんだ? 遠方から来たと言っていたが?」

「話せば長くなるんだが……故郷で職を失って、あてもなく彷徨っていたら変な怪物に襲われて気付いたらこうなっていた」

 

 信じてもらえるか分からないが俺は止むを得ず曖昧な表現を使う部分もあるが可能な限り我が身に起きた出来事を正直に話した。

 こことは違う別の世界から迷い込んだという事実のせいで誤解や話が拗れる危険性もあったがカルーニャとテリーに助けてもらった恩に対して嘘で誤魔化すことはしたくなかった。

 

「俺の方からも質問いいだろうか?」

「いいぞ」

「その……この国で全裸徘徊は現行犯で捕まった場合どれぐらいの罪状になるだろうか? 罰金か? 鞭打ちか? もしかして縛り首とか牛裂き刑だったりするのか!?」

 

 正直、いまだに拘束もされていないことを鑑みるに大した刑罰にはならないと信じたいがやってしまったことは事実なので聞かずにはいられなかった。

 

「ふむ……どうだったかな?」

 

 俺の問いにカルーニャはきょとんとした顔をして首を傾げた。

 変なプライドかもしれないがこれでも一応世界征服の危機に最前線で戦って平和を守ってきたスーパーロボットのパイロットだ。そんな男がわいせつ物陳列罪で前科者の状態で異世界探索スタートというのは情けなさすぎる。

 しかし、事実は事実なので罪を問われるなら受け入れるしかない。

 座を正してまるでこれから切腹する侍みたいな心地で返答を待っているとカルーニャの口元がにやりと緩んだ。

 

「別に人を殺めたり、物盗りをしたわけじゃないのだから衛兵や裁判所の世話になるようなことはないさ。しかし、まあ……大通りで同じことをすれば人望も人権も地の底に落ちるだろうがなぁ」

「ごもっともです!」

 

 にまにまと紺碧の瞳を細めて俺をからかうカルーニャ。

 もしかしたら、彼女との交流が続く限りこのネタは一生擦られるかもしれない。

 けれど、思いのほか砕けた性格のようである彼女の一面のお陰で互いに腹の内を探り合うような張り詰めた空気が和らぎ、そこからの会話は弾み俺としてもこの世界の事情を多く知ることが出来た。

 まずこのアクサロンと呼ばれる四方を高い城壁で囲まれた都市だが王都からはかなり離れているとはいえ地方にある街としては大きく栄えた場所らしい。

 

「それにしてもユウゴは運が良かったな。水辺であんな風に行き倒れていたら大抵は盗賊に身ぐるみを剥がされるか魔物(モンスター)の餌だ」

「危なかったな。改めて助けてくれてありがとう」

「礼ならテリーに言うといい。私は衛兵なりギルドに任せても良かったがあの子がうちで介抱するとご両親にも頼み込んだんだ」

「良い子だな、すごく……立派なもんだ」

「同感だ」

「にしても、やっぱりいるのか魔物」

 

 俺の何気ない呟きに今度はカルーニャが目を丸くした。

 

「もしかしてお前の故郷には魔物はいないのか!? 一体どこからやってきたんだ汝?」

「上手く説明するのが難しいけどずっとずっと遠いところだよ。それに魔物はいないがそれに近い厄介な物がいて……何年も酷い目に遭った。大勢死んだよ」

「そうか。どこも同じだな」

 

 短く呟いて、カルーニャは俺の故郷についての詮索はしてこなかった。

 彼女も形は違おうと悲惨な戦火を経験したんだろうか?

 

「職にあぶれたと言っていたがそういうことなら汝は運が良いぞ。アクサロンほど大きな街ならクエストはたくさんある。新しい人生を始めるのなら最適だ」

「新しい人生か……」

 

 無意識に間抜けな声でオウム返しをしていた。

 カルーニャと会話をしているはずなのにいまの俺はまるで自問自答をしているような不思議な感覚だった。

 

「何かやりたいことはないのか?」

 

 彼女の言葉はまるで池に大きな石を投げ込んだように深く波打って俺の心に響いた。

 鉄さんにはあの人を心配させたくなくて誤魔化していたが正直、平和になったあの世界でどう生きていきたいのか夢も希望もまるで思い浮かんでいなかったんだ。

 

「ユウゴ? どうした具合でも悪くなったのか?」

「なんでもない。やりたいことねえ……どうすっかな」

「答えにくいなら言わなくていいが前の生業はなにをしていたんだ? 生計を立てていける保証は出来ないがアクサロンでならまた再開することも可能かもしれないぞ?」

「……いや、それはよくない。穿った見方かもしれないが誰かの不幸が起きて初めて必要とされるような仕事だったからな」

 

 そんな気持ちでばかりでガレキング(相棒)と五年間も戦い続けていたばかりじゃないけど、そんな想いを捨て去ることもできなかった。

 思えばロボット災害で両親も仲の良かった友達とも死別した。

 俺だけが偶然に生き残って、たまたまガレキングとの適正が高くて優秀な軍人さんたちを差し置いて専属パイロットになってしまったんだっけ。

 たくさん救った。

 でも、たくさん守り切れなかったものもあった。

 だから、平和を取り戻した世界で自分は幸せや安寧を求めてしまっていいんだろうかと申し訳なさが消えなかった。

 政府のスカウトを断ったのもこれが大きな理由の一つだ。

 人類の自由と平和のために戦う。

 この大義名分が失われて、戦わなくて良くなった葉車勇吾に残っていたものはビックリするほど何もなかった。

 からっぽだったんだ。

 

「なあ、カルーニャ。またしてもおかしなことを聞くがこっちにいま魔王とかいる?」

「本当におかしなことを言う奴があるか」

「いやぁ……ごめん」

 

 呆れを通り越して彼女は俺の身に本当に異常が起きていないか心配してくれている素振りだった。急に近づいて来て、断りも無く俺の額に手を当てて熱がないか確かめてくる。

 

「魔王か……里の老人の話だと大昔はいたそうだが少なくともこのパラディース大陸にはいないはずだ。残党や末裔ぐらいはいるかもしれないが野盗や魔物の群れと同じぐらいの脅威だろう」

「なるほど」

 

 そういうことなら、異世界というのも存外平和な世界なんだろう。

 平和は良いことだ。

 俺や相棒はここでも無用の長物なわけだが。

 それは絶対に良いことなんだ。 

 

 でも、だから、俺はこの異世界に来てもなにをやりたいのか分からない。

 異世界に流れ着いたと知った時の胸の高揚はもうどこへ消え去ってしまっていたのか冷めていた。

 だって仕方ない。

 任務も、役目も、使命も、責任も……いまの葉車勇吾は何も背負っていない。

 倒すべき悪も守るべきか弱き人々もきっとここには何も無い。

 カルーニャを見るにこの世界の人たちは我が身を守る術がきっと多くあるはずだ。

 俺は異物でなんでもいい存在なんだろう。

 でも、だからこそ。

 

「『なんでもいい』ってのは……厄介なもんだな」

「はあ……?」

 

 昔、母さんが生きていた頃に夕飯のおかずのリクエストを聞かれた時に『なんでもいい』はダメ!と窘められたことを不意に思い出してしまう。

 あの時の母さんの気持ちがやっと少し分かった気がする。

 無理なことだけど、いまのこの気持ちを父さんや母さんと一緒の食卓で世間話のネタにしてみたかったなぁ。

 

「カルーニャさん! 食事の用意ができたよ! お兄さんもおいで!」

「俺もか!?」

 

 色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って、俺がフリーズしたように動けなくなってしまった丁度その時にテリーが元気よく部屋の扉を開いてくれた。

 

 

 テリーのご家族が営む宿屋は昼の間は一階で食堂も営んでいるそうだ。

 客足が落ち着いた昼下がりに一家の食事に同席させてもらう流れになった。

 

「本当に俺までお呼ばれしていいのか? 金持ってない無職だぞ?」

「遠慮することはないよ。なんでも遠方からやって来たんだってねえ。そんな行き倒れの旅人に恰好いいことの一つもしたくなるのが宿屋の心意気というものだよ。さあ」

 

 そういってテリーの父親のケニーさんは湯気が立つ木の器を渡してくれた。

 宿屋の主と言うのだからもっと体格の良い豪快な人をイメージしていたけど、ケニーさんはというと細身で温厚そうなまるで町の古びた本屋の店主を思わせる人物だった。

 

「お粥なんて育ち盛りの男の人には物足りないと思うけど、一日以上も何も食べていないから念のためね。その代わりおかわりは沢山あるから遠慮せずに召し上がれ」

「あ、ありがとうございます」

 

 愛想の良い笑顔を浮かべながら、家族やカルーニャの分の食事をテーブルに並べるのは奥さまであるシャーリーさん。

 明るい蜂蜜色の髪に優しげで活気に満ちた顔立ちはテリーに面影を感じさせる。

 肉体労働で身体をよく動かすからだろうかあちこち肉付きは良いのにとても整ったスタイルをしている。

 

「お言葉に甘えて、いただきます」

 

 まだ戸惑いはあったが作りたての食べ物の匂いを嗅いで身体の方が限界を訴えてきた。

 鳴り止まない腹の音をカルーニャやテリーにからかわれながら、器に盛られた粥を口に運んだ。

 

「おいしい」

 

 噛み締めるように堪らず声が出た。

 粥と言っても硬くなったパンを細かく千切って何かの乳で煮込んだミルク粥のような料理だけど、とにかく美味しい。

 煮込まれたことでコクや甘みが増したミルクをたっぷり吸ったパンが栄養が枯渇して疲れ切った体に沁み込んでくる。

 微かに感じる塩味も食欲と満足感をこれでもかと刺激してくる。

 

「すごく! すごく……すごく美味しいです。本当にご飯ってこんなに美味しかったのかって……思えるぐらいにおいしいです」

「ユウゴ……」

「お兄ちゃん」

 

 スプーンが止らず、無我夢中で食べていると気付けばカルーニャたちが俺のことを不思議そうな顔でジッと見ていた。呆れていると言うよりは驚いているようだ。

 なんだろう、額にパンくずでも付いてしまっているのか?

 それにどうやらケニーさんやシャーリーさんも俺のことを何とも言えない顔で見ている。

 

「ふふ。慌てなくて良いから、ゆっくり食べてくださいな。そんな風に食べてくれると作った甲斐があっておばさんもうれしいわ。おかわり、いるわよね?」

「は、はい……ありが、とう、ございます」

 

 震えて、呂律が回らない自分の声に驚いた。

 そこでようやく自分の身に起きていたことに気付きもした。

 あたたかな料理に俺は感極まって涙を流してしまっていたようだ。

 思えば最後に手作りの料理を食べたのはいつだったろう?

 研究所の食堂は出来たてが食べれはしたがオートメーション化されていて、もうずっとレトルトやレーションばかりを食べてたのかもしれない。

 結局のところ戦って、平和を守るという役目に全てを懸けて、他の人間らしいことに無頓着で生きてきた。

 大切な人たちとの死別や数え切れない辛いことを忘れることはできないが考えないことで逃げてきた。

 向き合わないことへの償いも兼ねて戦うだけの存在にでいようと無心してきたのがあの世界での葉車勇吾の本当の姿だったのかもしれない。

 

「詳しい事情は聞かないが大変な思いをしてここまできたんだねえ。この時期は隊商(キャラバン)が街に訪れる回数も少ないから落ち着くまでは宿(うち)にいるといい……お代はツケで構わないからね」

「ありがとうございます。でも、それじゃあ自分が納得できないのでせめて仕事が見つかるまでは宿の仕事を手伝わせてくれませんか?」

 

 深く考えるまでもなく俺はケニーさんに頭を下げていた。

 しばらく宿代は文字通り体で支払うと。

 掃除洗濯から荷運びにドブさらいまで自分にできることはなんだってやると。

 

「今日のご恩は絶対に忘れません。だから、どうか……俺を使ってやってください」

 

 自分のためになにをやりたいのか、何になりたいのか?

 そんなことはまだ分からない。

 でも、この心優しい家族の恩に報いるために動くことはいますぐにでも出来る。

 この異世界に俺が流れついたのが事故か運命かは分からない。

 もしもなにか俺でしか務まらない役目が控えているとしてもいまはただ彼らのために行動しよう。   

 ――それがいまのユウゴ()がやりたいことだ。

 

 

 みんなで食事を済ませた後、ユウゴ兄ちゃんは早速父さんと母さんに習って宿の仕事を手伝ってくれている。

 その間に僕は表の掃き掃除でもしようと思ったら、突然カルーニャさんに呼び出されてしまった。

 

「カルーニャさんどうしたの?」

「ユウゴのことだがな……ケニー殿の意向に異を唱えるつもりはないがあいつを信用しすぎるのも良くないと伝えておこうと思ってな」

「え?」

「テリーも見ただろう、あいつの体を」

「うん」

 

 ユウゴ兄ちゃんの体はあちこち古傷がたくさんあった。

 お仕事をなくしたと言っていたけれど、兵隊さんだったのかな?

 話を聞いているとどうも探究者(クエスター)ではないみたいだけれど。

 

「奇妙な腕輪はしていたがそれ以外に罪人を意味する焼き印や刺青のようなものはなかったし、気にしすぎかもしれないが……ユウゴのことをそう長居させるのは危険かもしれない。杞憂で済んでくれれば良いが一応、テリーもそのことは気を付けておくといい」

「カルーニャさんはユウゴ兄ちゃんが悪い人だと思っているの?」

 

 恐る恐る声が出た。

 カルーニャさんのことは大好きだ。

 子供の僕の話もちゃんと聞いてくれて、優しくて。

 でも、ユウゴ兄ちゃんと喧嘩するようなことにはなって欲しくない。

 

「裸を見せたことにあんなに申し訳なさそうにしている男が下衆な悪漢だとは思わないがね。ただアクサロンに流れ着くまでの話があまりにも現実味にかけるというか……隠し事をたくさんしているようなのが気になってな」

 

 僕がジッと彼女のことを見ているとカルーニャさんは困ったような笑顔を作ってそう答えた。

 

「やれやれ少し難しく言い過ぎたな。すまないテリー」

「わふっ」

 

 どうしていいか分からずにおろおろするばかりの僕をカルーニャさんが優しく抱きしめる。きっと、顔も不安で泣きそうになっていたのかな?

 

「私が言いたいのはあれに限らずよく知らない人のことは十分に気をつけろということだ。ご両親のためにも……いざというときに汝が家族を守れるようにな」

「う、うん」

「安心しろ。いまは私もそばにいる……もしもそうなった時は私が必ず守ってやる」

 

 カルーニャさんの腕に少し力が入って、お互いの顔が相手の髪に埋まるようなぐらい深く抱きしめられる。

 彼女の吐息がくすぐったくて、サラサラな髪の感触が不思議な気持ちになる。

 

「フースー……フースー……良し」

 

 満足したように抱擁を解いたカルーニャさんは元気いっぱいそうな眩しい笑顔で名残惜しそうに僕の頭を撫でる。

 

「おかしなことを言ってすまなかったな。兎に角、私がここにいる間は安心して普段通りにしていればいい……汝のような良い子は幸せに育つのが役目だ」

 

 この時の僕は漠然とカルーニャさんとユウゴ兄ちゃんには仲良くしていて欲しいなと思っていた。だって、カルーニャさんとユウゴ兄ちゃんの二人は僕にはなんだかとてもよく似た瞳をしているように思えたから。

 

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