キュウべえ「ボクと契約してTS魔法少女になってよ」 作:フェレーデ
ボクと契約してTS魔法少女になってよ
「ボクと契約して魔法少女になってよ」
「正気か?」
それが、キュウべえとの最初の会話だった。
「もう一度言うよ。ボクと契約して魔法少女になってよ」
「正気か?」
何だこの白い奇妙な動物は、とか。何で動物が人の言葉をしゃべってるんだ、とか。そもそも口を動かしてないのに何で言葉が聞こえてくるんだ、とか。
そういう疑問よりも先に、魔法少女になって欲しいという言葉が、正気を疑わずにはいられなかった。
「……キミには魔法少女の才能がある。なぜだかは分からないけど、君の秘めたる力はボクが今まで会ってきた中でもピカイチだ」
「正気か?」
「ねえ、それしか話せないのかな?」
「違うよ。お前の正気を疑っているだけだ。商売かける相手を間違えてるんじゃないか?」
「俺は男だぞ」
◆
人を呪う魔女とそれを倒す魔法少女。
そんなものが実在するという話を聞かされて、ああそうなんだとあっさり受け入れられたのは、きっと最初の問答のインパクトが強すぎたからだった。
魔法少女は可愛い女の子が魔法を使うから魅力があるのであって、男では意味がない。その証拠に、子供向けの番組で魔法少女物は定番ネタになっているのに、魔法少年物は一切ない。
夢と希望を届けるのはいつだって女の子なのだ。
男の出番ではない。
「だったら変身する時に女の子になればいいんじゃないかな?」
「俺に女装をしろと?」
だというのに、この白い猫のような狸のような動物───キュウべえは俺が魔法少女になることを諦めてはくれない。
こんなに女の子じゃないと意味はないと言ってるのに、一向に俺の語るロマンを理解してはくれない。やはり人間じゃないからロマンが分からないのか?
「意味が分からないよ。魔女を倒すのに見た目は関係ないだろう? 君には魔法少女の素質がある。少女以外で素質がある人は初めてだけど、長年魔法少女と契約してきたボクが言うんだ。間違いはない」
「間違いしかないだろ。意味が分からないのはこっちだわ」
キュウべえは自らのことを人間とは異なる知的生命体と称しているが、俺達の話が一向に噛み合うことはない。たとえ言葉が喋れたとしても話ができるとは限らないのだ。
価値観というものが違うから、言葉を話せても通じ合うことはない。
「あのな、まずそもそも魔法少女っていうのは女の子がなるものだ。魔法を使う少女だから魔法少女、それくらいは分かるだろ?」
「もちろんだよ。魔法少女の素質があるのは第二次成長期を目前とした女の子だからね。感情の振れ幅が最も大きいから、魔法を扱うのに優れているんだ」
「……じゃあ何で俺に声かけてるんだ?」
「何度も言っているように君には素質があるからだよ。君は何度も正気かと聞いているけど、ボクは正気だ。そもそも、ボクと会話ができているのが君に素質がある何よりの証拠さ。ボクの姿は魔法少女の素質がある人にしか見えないからね」
話が通じ合わないというのは変わらないが、キュウべえが本気で俺のことを勧誘しているということはなんとなく分かる。
表情や声色からは一切の感情を感じられないが、これだけ俺が拒否の言葉を発し続けてもなお営業トークをやめないのは、熱意のようなものがあるからに他ならない。
からかいが目的だったらここまで本気で勧誘はしてこないし、拒否を続ける俺を見てとっくに諦めている。怪しさ満点の勧誘ではあるが、俺と契約をしたいというのは本当なのだろう。
しかし、魔法少女かぁ。
性別♂の俺が魔法少女ねえ……。
「これがネットで流行りのTS魔法少女ってやつか?」
「てぃーえす?」
俺の発した単語が分からないようで、キュウべえはこてんと首を傾げる。
「何だ分からないのか? 自称人間より高度な知的生命体さん?」
「分からないよ。君たちはどんどんと単語を増やしていくからね。すべてを把握しておくのは、到底無理な話さ」
「ふーん、だったら教えてやるよ。TSっていうのはな、transsexualの略で性別が反転することを言うんだ」
「略語というものかな? どうして無駄に省略しようとするのか理解に苦しむよ」
「それが人間ってやつだ」
偉そうに言っているが俺も理由は分からん。
一番の理由は語呂が良いからだろうか? 性別反転魔法少女とかなんかダサいし。
「でも、おかしな話だよね。どうして性別を反転しようとするんだい? 生まれてから死ぬまで性別が変わることはないのに」
「作り物のお話だからだろ。男の中にも、魔法少女になりたいと思ってるやつがいるってことだ」
「そうなのかい? だったら話は簡単だね」
すると、キュウべえは台の上に乗って俺と同じ目線くらいの高さまで上って言った。
「ボクと契約してTS魔法少女になってよ」
「やなこった」
即答する俺。
返事を聞いて固まるキュウべえ。
「/人◕ ‿‿ ◕人\」
「なんだよ、無言で見つめるなって」
「君は噓つきだね。男の子でも魔法少女になりたいと思ってると言ったじゃないか」
「全員がなんて一言も言ってないだろ。少なくとも俺は反対派だ。魔法少女自体が魅力的なことは認めるが、中身が男である必要はない」
TS魔法少女と普通の魔法少女を比べた時にどっちが秀でているかと言われれば五分五分だろう。
だが、何かの拍子で変身が溶けた時に、中身が男だったら夢も希望も打ち砕かれる。ギャップで人気になっているのではなく、単純に女の子がかわいいから人気が出ているのだ。誰も中身を求めちゃいない。
「だったら願い事で女の子にしてあげようか?」
「そういう問題じゃないだろ。あと貴重な願い事を勝手に決めようとするな」
「やれやれ、君は文句ばかりだね」
「それはこっちのセリフだ。俺を魔法少女にしたかったら、もっと営業スキルを磨いてくるこった」
そんなことを言ったのが3日前のこと。
それからめっきりとキュウべえは姿を現さなくなって、あれは夢だったのではないかと思うようになった頃、空腹でぶっ倒れる直前の俺の前にキュウべえは姿を現した。
「……魔法少女になったら空腹で死ぬことはないし身体も軽くなる。お金を稼ぐこともできるようになるんじゃないかな」
「契約します! 契約させてください!」
営業上手くなってるじゃねえかちくしょう!
◆
さて、そんなこんなでTS魔法少女が決定してしまった俺は、もう腹を括ることにした。
曲がりなりにもキュウべえには死にそうなところを助けてもらったのだ。今さら契約を取り消してくれなんて言えないし、務めは果たすのは義理というもの。
あのとき、生き倒れそうになってたのは俺の家がなかったからだ。
キュウべえと別れた後街に繰り出してみると、そこはまったく知らない場所だった。当然、俺の家も見当たらなかったし、見知った建物や人も何一つとしてなかった。
とりあえずここが何処かを調べようと思い、勇気を出して街の人に道を尋ねてみても、返ってきたのは見滝原市なんていう知らない名前。公衆電話に駆け込んで電話をかけても、通話が繋がることはなかった。
夜遊びをしていただけなのにどうしてこんな目に遭うのか。
相変わらず昔から運が悪い。ファンタジーな見た目じゃないからすぐに気づかなかったが、どうやら俺は異世界に迷い込んでいたらしい。
日本の都市と外観は大きく変わらない。
ただ、建築物のセンスはいくつが違うところがあり、独特なデザインの家が数多く見られた。
そんな俺が異世界に迷い込んで真っ先に出会ったのがキュウべえだったのは僥倖というか。
いま改めて振り返っても、あの時キュウべえに出会わなければ俺はどこかで行き倒れていた可能性が高いと思う。
「戸籍もないし家もないなんて今までどうやって暮らしてきたんだい?」
「……黙秘する」
「まあボクとしては構わないけどね。無事にこうしてキミと契約できたわけだし」
キュウべえは契約した俺に対する見返りとして、俺がこの世界で生きていけるように取り計らってくれた。
戸籍の獲得やら、賃貸の契約やら。子供の俺では難しい手続きを、瞬く間に取り付けてくれた。どうやって取り付けたのかは聞かなかったが、魔法少女を生み出せるような存在だ。何とかする手段はあったのだろう。
違う世界から来たことを黙秘したのはなんとなくだった。
キュウべえが色々と施してくれたことには感謝しているが、すべてをオープンにしていいかと言われれば答えはNo。何か悪徳業者の匂いがするし、こいつ。感謝と信頼は別ってやつだ。
ただ、キュウべえの話す言葉はすべて真実だった。
魔法少女は実在しているし、もちろん魔女も存在している。
俺の手には、魔法少女になった証である銀色のソウルジェムがある。太陽に翳すと、光を反射して眩しく輝いた。
「それ灰色じゃないのかい?」
「銀色に決まってるだろ。キラキラした灰色のことを銀色って言うんだよ」
「なんだやっぱり灰色じゃないか」
「うるさいなぁ、もう」
才能があるというのも本当だった。
ついさっき、魔女と初めて交戦して勝利を収めたところだ。
魔法少女としての能力は結界を作るというもの。これは魔女の結界と同じようなもので、異空間を創り出したり認識を阻害したりできる。
この力を少し応用すれば俺に攻撃は当たらない。すべての攻撃は異空間に飛ばされるから、魔女の攻撃を防御する必要も回避する必要もない。
あとは魔法少女になったことで得た身体能力で魔女を圧倒して終了。およそ魔法少女とは思えないような戦い方だが、そこは仕方ない。だって俺はTS魔法少女だから。
「そういえばさつきはどうして変身しているときは一人称を変えるんだい?」
「あんな可愛い女の子の姿で俺って言うのはおかしいだろ、常識的に考えて」
「他の魔法少女は"私"と言っているよ?」
「それはちょっと恥ずかしいだろ。俺と私の間を取って"僕"にしてるんだ」