キュウべえ「ボクと契約してTS魔法少女になってよ」   作:フェレーデ

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ソウルアイデンティティ

 曰く、魔法少女の本体はソウルジェムで、それが砕かれてしまえば死んでしまうということ。

 曰く、キュウべえの役割は魔法少女契約の際に魂を物質化して手に取れる形に具現化させた上で、魔女と戦うための頑丈な身体に作り変えること。

 曰く、身体を動かせるのはせいぜい100メートルほどであり、それ以上身体からソウルジェムが離れてしまうと制御不能になってしまうのだと。

 

「……」

 

 聞けば聞くほど出てくる新情報に絶句した。

 そして、最初に湧き上がったのは『親不孝だなぁ』という気持ち。

 

 不思議と絶望はしていない。

 勝手に身体を作り替えられたと聞かされて激昂するのが”正しい”反応なのだろうが、俺の場合はそれよりも先に『なるほど』という納得感が生まれてしまった。

 

 身体を作り替えたのは魔女との戦闘に特化するため。

 魂をソウルジェムの形に具現化させたのは、魔力の補給諸々をやりやすくするため。

 以前、ソウルジェムの穢れを無視したときに感じた身体全体の気怠さは、魂そのものに負荷がかかっていたからだったのかと、すとんと腑に落ちて納得してしまった。

 

 感情を置き去りにして知的好奇心を満たして…。

 そんな自分の思考回路を後から自覚して、俺はとことん親不孝なのだと自身を嫌悪した。

 

 正しくあることはどうしてこうも難しいのか。

 そう、つくづく思う。

 

「実に興味深い事例だね。大抵の子は今のことを伝えると、そんなことは知りたくなかったとボクに怒りをぶつけてくるというのに。さつきはそうじゃないのかい?」

「……まぁな。感情よりも納得が上回ったんだよ」

「そんなこともあるんだね。相変わらず君たちの思考回路は特殊な構造をしている。それぞれの個体が独自の思考を有していることによって異なる解を出力するのは未だに信じられない。構造の違いは性別の違いに起因するのかな?」

「………男女で精神性の違いがあるという研究結果はあるな」

「なるほど。性別による違いもあるんだね。ボクたちには理解できないことだ」

 

 キュウべえは俺の前ではよく話す。

 しかし、学校で鹿目まどかや美樹さやかに接触していたときはここまで饒舌ではなく、聞かれたことのみに答えるというスタンスを取っていた。

 

 人の感情を分からないと言っているが、その実、どういう行動を取れば良いかというのはキュウべえは分かっているように見える。これは別にキュウべえが嘘をついているわけではない。相手によって行動を変えているだけだ。

 

 膨大なデータを用いたパターン化学習。何を言えば相手がどういう行動をとるかという、人間行動学とでも呼ぶべき理論形態。

 

 それは、まさしく心理学と同じ考え。

 心の機微という複雑かつ曖昧な現象を定型化と言語化により表現しようとする行為そのもの。

 

「……キュウべえ。このことを話さないようにしているのは何故だ?」

「知らなくても問題ないからだよ。君たちは魂の在処なんて把握することはできないんだろう? それなら、生命の維持に直結する部分を一纏めにして具現化した方が魔女と戦いやすいはずさ」

「確かにそうだが、契約の内容は先に教えておいた方が親切というものだろう」

「そうなのかい? ボクにはとてもそうは思えないよ。知らない方が幸せなこともあるというのはさつきも言っていたはずだ。ボクが話しても話さなくても魔法少女の仕組みが変わることもないんだから、どちらにせよ結果は変わらないはずさ」

 

 ……キュウべえは悪意を以て騙しているわけじゃない。いや、そもそも騙すということ自体の意味が分かっていない。

 

 感情のない彼らにとって、言葉とは情報伝達の手段にしかなりえない。

 細かい表現の差異やシチュエーションの違いから、言葉のニュアンスの違いを感じ取ることはできない。

 

 だから、彼らにとっては情報はいつ伝えても同じということになる。

 魔法少女契約の前だったとしても後だったとしても、必要と感じた時に伝えれば問題ない。彼らは本気でそう思っている。

 キュウべえは呼べばどこだろうと現れる。質問すればそのすべてに嘘偽りなく答えてくれるし、情報はほとんどが正確。サポート体制はバッチリというわけだ。

 

 そして、魔法少女側もそれで問題を感じることはない。

 魔法は使えるし、魔女と戦うこともできる。グリーフシードの使い方やソウルジェムの管理についてもキュウべえがその場で教えてくれる。

 

 正直、これで信用するなというのが無理な話だ。

 前借りで願いを叶えて貰って、その後の魔女退治のサポートもしてくれて、なんなら話し相手にもなってくれる。そんな相手のことを誰が疑えるか。

 

 魔法少女は孤立しやすい。

 それは巴マミや暁美ほむらを見れば分かる通り、魔法少女の秘密を共有し信頼することのできる仲間がいないから。

 そんな魔法少女をサポートするキュウべえは、魔法少女たちにとっての心の拠り所になっても何らおかしなことではない。

 

 それでも俺がキュウべえに違う世界から迷い込んだことを黙っているのは、やはり最初に会った時にこいつは頭がおかしいんじゃないかと思ったから。

 もちろん胡散臭さを感じたというのもあるが、一番は俺に対して魔法少女にならないかと話を持ち掛けてきたこと。これで正気を疑うなというのが無理な話だ。

 

 しかし、そんなのは俺だけしか該当しないレアケース。

 普通はそんな疑念を抱かない。

 

 キュウべえを信用するなというのは、親を疑えと言っているようなものだ。

 魔法少女として生まれ変わらせてくれて、願いを一つ叶えてくれた恩人を裏切れと言っているようなもの。

 

 そして、そんなキュウべえからソウルジェムの仕組みを聞かされたら………うん、怒るのも理解できる。

 

 キュウべえと話していると、感情は理屈じゃないのだとつくづく思わされる。

 そして、俺にも人間らしい感情が残っているのだと実感することができて、どこか安心する。

 

 

「なあ、お前もう隠してることないよな?」

「ボクは何も隠してるつもりはないのだけど……ああ、さっき話していた結界についてなら助言をすることができるよ」

「助言?」

「さつきの言っていた結界の理論は概ね正しいけれど、時間と空間が密接に関わっているということは考慮しておいた方がいい。魔法はどんな不条理も覆す力を持っているけれど、決して万能というわけではないんだ」

「つまり、空間同士を繋げると時間がズレる可能性があると?」

「その通りだね。詳しい説明には、光粒子が移動する際に他の物質へ及ぼす空間的作用と時間的作用について説明する必要があるけれど、必要かい?」

「………いや、遠慮しておく」

 

 平時であれば聞いていたかもしれないが、今の俺は別のことを考えていた。

 

 それは、暁美ほむらの家(ほむホーム)でワルプルギスの夜について情報共有をした時のこと。

 前の世界で俺は、時間を跳躍する可能性があったことについてキュウべえを問いただしていたという話を聞いた。

 

 そのときはほむらが何のことを言っているのか理解できなかったが、今のキュウべえの話を聞いて確信した。世界を繋ぐ結界を試していて時間が跳んだのだろう。

 

「それにしても、どうして急に魔法の練習なんて始めたんだい? さつきなら魔女に苦戦することもなく勝ってしまうだろう?」

「……別に、好奇心に取り憑かれただけだよ。せっかく魔法を使えるようになったのに、可能性を追求しないのはもったいないだろ」

 

 そして、なぜキュウべえがそのことを前の世界の俺には教えず、今の俺には教えたのか。

 それはきっと、この世界のキュウべえはワルプルギスの夜が来ることを知らないから。

 

 憎き白ゴキブリ(インキュベーター)は平気で魔法少女を貶める、とはほむらの談。

 前の世界の俺がワルプルギスの夜と鉢合わせしてしまうのは、キュウべえにとって都合の悪い事だったのだろう。だから、自然に席を外すよう誘導した。

 

 その目的は恐らく……鹿目まどか。

 キュウべえは、鹿目まどかと契約できればその他はどうでもいいといった態度を取る。

 その理由について暁美ほむらは答えたがらなかったが、鹿目まどかを絶対に契約させないという強い意志だけは感じ取れた。

 

 だから、そのあたりのことは暁美ほむらに一任している。

 元々ワルプルギスの夜に対抗するために協力関係を取っているのだから、それ以外のことに手を出そうとするのは野暮というもの。

 

 俺は、ワルプルギスの夜を倒すことだけ考えておけばいい。

 

 

 

 

 

 それから俺は異空間に籠り切って自身の固有魔法と向き合い……結論だけを言えば、それなりの時間をかけて魔法を完成させた。

 

 ただ、この魔法には大きな問題が2つ残っている。

 1つ目は、魔法の発動と同時にその反動で俺のソウルジェムは砕けてしまうということ。2つ目は、どの世界に繋がるかを指定することができず、完全にランダムであることだ。

 

 試し打ちをしている時は転移までは行わず異なる世界同士を繋ぐだけだったのでソウルジェムにダメージが向かうことはなかったが、そこから転移を行えば砕けるという確信があった。

 魂というものが世界の転移に耐えられないようになっているか、桁外れな魔力消費に悲鳴を上げているか、あるいはその両方か……。

 いずれにせよ、挨拶代わりに使えるほど気楽な魔法ではないということは確かだ。

 

 そして、繋げられる世界はこちらで指定することはできないので、発動させたとしても元の世界に帰ることはできない。

 いくつあるかも分からない世界の中から目的の1つを探し当てるなんて、そんな奇跡はそうそう起こらないからだ。

 

 親への挨拶は諦めるしかないだろう。

 命を捨ててまで挨拶をするなんて本末転倒もいいところ。そんなことをする気は毛頭ない。それに、元々この世界で生きていくことは決めていたのだ。帰れる可能性があると分かったから、試したい気分になっただけ。

 

 親不孝この上ないが仕方ない。

 もしも死んだ後に会うことがあったら、その時に謝ろうと思う。世界が違うので、もう会うことはないと思うが…。

 

 

 

 

 そして、現在。

 日付を確認すると、ワルプルギスの夜到来の2日前。

 この魔法を完成させるのに要した時間は体感では150時間ほどだが、実際に経過した時間はおよそ2週間。

 

 こんなことになっているのは、やはりキュウべえの言っていた通り、時間と空間が密接に関係していることに由来する。

 俺が魔法の練習をしている間も分身体には学校に行ってもらい、それを通して時々時間を確認するようにしていたのだが、その際に時間の跳躍を確認することができた。

 魔法を使って異なる空間同士を接続させたときに、現実世界では30分時が飛んだり、半日以上が一瞬で経過したり…。

 時間が遡ることは一度もなかったが、時間の飛び方に明確な法則性はなく、気付いたら1年時間が飛んでいても何らおかしくはない。

 

 事前にこのことに注意できたのは幸いというべきか。

 前の世界での話を断片的にでも伝えてくれたほむらには頭が上がらない。

 このことを知らされていなかったら、もっと魔法の練習に打ち込んでいたことは容易に想像がつく。

 

 しばらく彼女にも会っていないし、無事に魔法を習得できたことを報告するべきだろう。

 命を犠牲にする関係上、この魔法を使うつもりはそうそうないが、これを習得する過程で他の魔法も色々と思いついたし、その中にはワルプルギスの夜に通用しそうなものもある。協力者としてそれくらいは伝えておくべきだ。

 

 事前に『しばらく連絡が取れなくなる』ということは話していたが、運命の日の2日前にもなって連絡がつかなかったら心配させてしまうかもしれない。

 

 俺は彼女の苦しみの1割も分かってあげられないが、俺が手を貸すことで苦しみから解放されるというのなら是非とも助けになりたいと思う。だってそれが正義の味方というものだから。

 

 

 

 

 

 そして……キュウべえに場所を尋ねて暁美ほむらのいる場所へと向かうと、そこは修羅場だった。

 

 もう1体のキュウべえに槍を向ける赤髪の魔法少女。虚ろな瞳で膝をつく巴マミ。この世の終わりのような表情を浮かべている美樹さやかと、涙を流しながら美樹さやかに抱き着いて嗚咽を漏らす鹿目まどか。そして、それを一歩引いた場所から無表情で見つめる暁美ほむら。

 

 何だこれ…?

 

 とりあえず見滝原の魔法少女が大集合していることは分かるが、どうしてこんなカオスな空間になっているのか皆目見当もつかない。

 それに、あの赤髪の魔法少女は確か……そう、佐倉杏子。半年くらい前に会った時は巴さんに弟子入りしていた魔法少女だ。

 いつの間にか独り立ちしていたようだが、何で見滝原に戻ってきているんだろうか? キュウべえに槍を向けているのも気になる。

 

「……ほむら、説明」

 

 俺が説明を要求すると、ほむらはやれやれと言った様子で説明を始める。

 まずは佐倉杏子の方を向いて…

 

「佐倉杏子は、巴マミの弟子になった美樹さやかの噂を聞きつけて隣町の風見野から遥々様子を見に来た魔法少女よ。ワルプルギスの夜に備えて休戦して欲しいという私の言葉を聞かずに何度も美樹さやかに勝負を挑んで、心の傷を負わせる結果になってしまったわ」

「おい! 確かに間違ってはないけど……間違ってはないけど! もう少し言い方ってもんがあるだろ!」

 

 佐倉杏子はほむらの言葉に納得がいかないのか撤回を求めて抗議の声を上げるが、残念。背後に回り込まれてしまった。ほむらは続ける。

 

「そして、美樹さやかはワルプルギスの夜に備えて強くなるために巴マミに弟子入りしたはいいものの、想い人を友人に取られた上に同じクラスだから付き合っている様子を間近で見せつけられて、想いを告げずに身を引いたことを後悔しているところに、メンタルの不調を佐倉杏子に指摘されて図星を突かれて、挑発に乗った形ね」

「ぐふっ…!」

「あっ、さやかちゃん! しっかりしてさやかちゃん!」

 

 ほむらの容赦のない説明に美樹さやかが討たれ、鹿目まどかが悲痛な叫びをあげる。

 そんな惨状を見ても暁美ほむらは無表情。容赦ないなコイツ。

 

「まあとりあえず2人の事情は分かった。巴さんがあんなショックを受けてるのは何でだ?」

「それは……鹿目まどかが──」

「鹿目まどか?」

「……………美樹さやかと佐倉杏子の戦いを止めるために、鹿目まどかがソウルジェム放り投げて……」

「……あー、なるほど分かった。ここにいる全員真実を聞かされたわけか」

 

 俺がそう言うと、ほむらは少し驚いた表情で見つめ返してきた。

 

「知っていたのね」

「ついこの前知ったんだよ。コイツが魔法少女の本体だっていうことはな」

 

 話しながら俺はソウルジェムを出現させる。

 こういう何もないところからモノを取り出すのは空間を操る魔法少女の特権だ。ソウルジェムがある以上、それを露出した場所に置いておかない方が身のためだし、その点では異空間に置いておけばうっかり割られる心配もない。

 

 キュウべえが言うには100メートルほどしか操作できないとのことだったが、別空間を持ち込めば距離を無視することも可能になる。

 ソウルジェムのシステムは俺の魔法ととことん相性が良かった。

 

「まぁ、とりあえず気持ちの整理のために時間は必要だろう。色々話し足りないこともあるかもしれないが、夜も遅いし全員帰るぞ」

 

 このカオスな空間を収めるには一旦解散するのが良いと思い、多少強引にでも帰るように促すことにする。すると、佐倉杏子もひとつため息をついて槍を収め、巴マミも足元をふらつかせながらも立ち上がった。

 

「……ほら、美樹さやか。ショックを受けているのは分かっているが、家に帰って寝て気持ちをリセットしろ………ん?」

 

 未だに立ち上がる気配のない美樹さやかに近づくと、彼女の蒼いソウルジェムが黒ずんでいるのが目に入った。

 

 魔力の使い過ぎ?

 それとも、精神的なショックの影響?

 

 いや、両方か。

 

 ソウルジェムは魂そのもの。

 それが黒ずんでしまえば、負の感情のループから抜け出すことができなくなる。

 しかもそれに自覚症状がないのが猶更たちが悪く、グリーフシードで浄化しなければ元の状態に戻すことはできない。

 

 この黒ずんだまま返しても状況が悪化するだけなのは目に見えている。

 接点がないとはいえこれでもクラスメイトだ。見捨てたくはない。そう思い、余っているグリーフシードはないかと探すが、残念ながら手持ちにはない。魔法の練習で使い切ってしまったようだ。

 

(………あっ、そうだ)

 

 そして、ここで俺は思いついた。

 グリーフシードで浄化とは言うが、やっていることは魔力の補填だ。

 車にガソリンを入れたら再び動くようになるのと同じで、グリーフシードで魔力を補填すれば魔法少女は魔力を補填することができる。

 ならば、他者の魔力を受け渡しすることもできるのではないか?

 もちろん俺の魔力と美樹さやかの魔力では波長が違うので工夫が必要だろうが、波長を合わせるくらいならその場で調整することもできるだろう。

 

「よし、試すか」

 

 再び銀色のソウルジェムを出現させて、それを美樹さやかの蒼いソウルジェムに近づける。

 そして、魔力の波長を合わせようと意識を集中させて───その瞬間、思いがけないことが起こった。

 

「えっ…?」

 

 俺はただソウルジェム同士を近づけただけだというのに、蒼いソウルジェムに溜まった黒ずみが、吸い寄せられるように銀色のソウルジェムへと流れた。

 それと同時に負の感情の塊が一気に雪崩れ込んできて、以前感じた倦怠感がぶり返してくる。

 

「これは……」

「まるで、グリーフシードを近づけたときみたいな…」

 

 そして、魔法少女である彼女らは見ただけでその異常性に気が付いた。

 信じたくはないことだろうが、それでも、今までの魔法少女としての経験が事実だと告げてくる。それはつまり──

 

 

──ソウルジェムとグリーフシードは同じなのではないか

 

 

 そんな、信じたくもない結論。

 

 

「おい、キュウべえ……!!」

 

 全員の視線がキュウべえに向いた。




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