キュウべえ「ボクと契約してTS魔法少女になってよ」   作:フェレーデ

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最悪なハッピーエンド

 時は少し遡る。

 ワルプルギスの夜との戦いに向かうほむらとさつきを見送ってからも、まどかは不安を感じずにはいられなかった。

 

 2人が強い魔法少女だということは知っている。

 勝つと信じてもいる。だけれど、たったそれだけでスパッと割り切れるような性格をしていなかった。

 

 まどかは家族に一言断ってから、避難所のガラス越しに空を見つめる。

 空一面に曇天が浮かび、空には微かに虹色の光が見える。スーパーセルと呼称されているこの超巨大台風は、その正体が魔女であると知っている。

 

(2人は今も戦っているんだよね…)

 

 その事実にぎゅっと手摺りを握る手が強くなる。

 こうして空を眺めている間にも、暴風が強くなったり急に止んだりを繰り返している。まだまだ戦いが続いている何よりの証だった。

 

 わたしはこの事を知っているのに何もできない。

 その事実が重くのしかかる。

 

「知りたいかい?」

 

 そんなまどかに話しかけてきたのはキュウべえだった。

 ぴょんっと跳躍して手摺りの上へと登り、提案をしてくる。

 

「僕ならテレパシーの応用で何が起こっているかを中継することができる。ワルプルギスの夜との戦いがどうなっているか気になるんだろう?」

 

 まどかに断るという選択肢はなかった。

 

 

 

 

 

 そうして知ったのはワルプルギスの夜の正体。

 

『答え合わせをしたい。ワルプルギスの夜の正体は、かつて魔法少女の末路に絶望した魔女たちの魂の集合体で合っているか?』

『その通りだよ。人間の感情というのは不可解なものだね。彼女はさつきやまどかほどの因果を持ち得ていなかったのに、いくつもの絶望を集めているうちに伝説の魔女にまでなってしまった』

 

 ほむらの目的。

 

『過去の可能性を切り替える事で幾多の並行世界を横断し、キミが望む結末を求めてこの一ヶ月間をくり返して来たんだね』

 

 そして、どうして自分に魔法少女としての才能があるか。

 

『キミがくり返してきた時間、その中で循環した因果の全てが巡り巡って鹿目まどかに繋がってしまったんだ。あらゆる出来事の元凶としてね』

 

 まどかは改めて自覚した。

 自分がどれだけほむらに助けられてきたか。守られてきたか。

 そして、そうさせてしまった魔法少女というものがどれだけ過酷なものであるか。

 

 魔法少女は魔女になる。

 それを知った魔法少女たちの反応はまどかの胸を苦しくさせた。

 マミさんはわたしとさやかちゃんを魔法少女に誘ったことを後悔して泣き腫らしていたし、さやかちゃんもいつもの軽快さがなくてその表情は暗く沈んでいた。2人を励まそうとしている杏子ちゃんもどこか元気がなくて、やっぱり気にしているんだと思う。

 

 どうして希望を抱いた魔法少女が絶望しなければいけないんだろう?

 希望を持つのはそんなに悪い事なの? こんなになって苦しまなければいけないほどのことなの?

 

 そんなのってないよ。あんまりだよ。

 まどかはそう思わずにはいられなかった。

 

 そして、これは今回に限った話じゃない。

 ワルプルギスの夜はそんな絶望を背負った魔法少女たちそのもの。

 それはつまり、今までたくさんの魔法少女が希望を抱いて絶望することを繰り返してきたことを示す何よりの証拠だった。

 

 救ってあげたいと思う。

 もう絶望する必要なんてないって。そう言ってあげて安心させてあげたいと思う。

 

 ほむらちゃんが今までわたしを守ってくれたみたいに。

 今度はわたしがみんなを守ってあげたいって、心からそう思った。

 

 

「──もういいよ」

 

 だから、私の願いはもう決まっている。

 

「もういいんだよ」

 

 絶望も悲劇も全部なかったことにしてしまう。

 希望を抱いた魔法少女の行きつく先が魔女になんてならないように。

 

「わたし、やっと分かったの。叶えたい願い事を見つけたの。だからその為に、この命を使うね」

 

 それがわたしの覚悟。

 悲しみも、絶望も、ぜんぶぜんぶわたしが…!

 

 

 

「数多の世界の運命を束ね、因果の特異点となった君なら、どんな途方もない望みだろうと叶えられるだろう」

「本当だね?」

「さあ、鹿目まどか。その魂を対価にして、キミは何を願う?」

 

「わたし……すべての魔女を生まれる前に消し去りたい! すべての宇宙、過去と未来のすべての魔女を、この手で!」

 

 

 

 

 

 その瞬間、世界は光に満ちた。

 いや、実際には違う。そう錯覚させるほどの輝かしい魔力が鹿目まどかから発されたのだ。

 

 その魔力量は俺のものとは比較にならない。

 軽く見積もっただけでも数十倍以上の差はあり、底を感じ取ることさえ不可能だ。そして今もなお、彼女のソウルジェムが形作られるにつれて、その魔力量は際限なく増えていく。

 

「その祈りは…そんな祈りが叶うとすれば、それは時間干渉なんてレベルじゃない!  因果律そのものに対する叛逆だ!!  ……キミは、本当に神になるつもりかい?」

 

 想定外のまどかの願いにキュウべえが珍しく驚きのまま質問する。

 しかし、まどかはそれに動じることなく答える。

 

「神様でも何でもいい。今日まで魔女と戦ってきたみんなを、希望を信じた魔法少女を、わたしは泣かせたくない。最後まで笑顔でいて欲しい。それを邪魔するルールなんて壊してみせる。変えてみせる。これがわたしの祈り、わたしの願い。さあ、叶えてよ…インキュベーター!!」

 

 祈りは願いに。

 複雑に絡み合った因果の糸は祈りを通じて一点に収束し、いま奇跡を顕現させる。

 

 

 

「あなた達は、誰も呪わない。祟らない。因果はすべてわたしが受け止める。だからお願い。最後まで、自分を信じて…!」

 

 まどかの武器は弓矢。

 桃色の神々しい光を放つ弓矢はワルプルギスの夜を撃ち抜き、その身体を崩壊させていく。そして、崩壊した身体が再生する様子は微塵も感じられない。

 まどかはそんなワルプルギスの夜に対して、慈悲の笑顔を浮かべながら両手を広げて近づいていく。その姿はまさに信者の懺悔を聞き入れる聖女そのもの。

 

(こ、これは……鹿目まどかに因果が吸い寄せられている? アイツもしかして全部の因果をひとりで…!!)

 

 それは、まさしく救済。

 絶望を背負い呪いを撒き散らす魔女にとって、その因果を断ち切りすべてを背負ってくれる存在はまさしく救済そのものだ。

 

 しかしそれは、いったいどれだけの苦痛が伴うことなのか。

 美樹さやかのソウルジェムに俺のソウルジェムを近づけただけで身体は怠く心は重苦しくなった。それなのに、ワルプルギスの夜に集った無数の魔女の絶望を背負ってしまえばそれは……

 

(ああくそっ! 光が広がって……!!)

 

 まどかを中心として光が広がっていく。

 直感的に思った。これは、絶対に呑まれてはいけない光。理由は分からないが、本能とでも呼ぶべき部分が危険信号を発している。

 

(っ…! い、意識が…!)

 

 光に呑まれる寸前、全力で魔法を行使した。

 

 

 

 

 

 

 希望を願っただけ絶望も大きくなる。

 光差すところに影があるように、どちらかが消えてなくなるということはなく、まるで背中合わせのように表裏一体で存在している。

 

 ならば、すべての魔法少女が魔女になる因果を背負い、その絶望を一身に集めた鹿目まどかが魔女を生むのは当然のこと。

 ワルプルギスの夜よりもずっと凶悪な魔女は誕生した瞬間に惑星(ちきゅう)そのものを吞み込むほどの呪いを振り撒こうとした。しかし、それを止めたのもまた鹿目まどかだった。

 

 桃色の髪に金の瞳。

 丈の長い神聖な白い装束を意に纏い、左手を天に掲げて弓を構える。

 

「わたしの願いはすべての魔女を消し去ること。その願いが本当に叶ったのだとしたら、わたしだって絶望する必要なんて……ない!」

 

 自身の生み出した魔女をまどか自身が滅ぼした。

 白い光が宇宙全体を包み込む。これでもう絶望そのものの因果は完全に断ち切られた。

 

 

 

 何もない異空間。

 黒塗りの世界でキュウべえは語る。

 

「まどか……これでキミの人生の始まりも終わりもなくなった。この世界に生きた証も、その記憶も、もうどこにも残されていない。キミという存在は1つ上の領域にシフトして、ただの概念に成り果ててしまった。もう誰もキミを認識出来ないし、キミもまた誰にも干渉出来ない。キミはこの宇宙の一員ではなくなった」

「何よそれ……! これがまどかの望んだ結末だって言うの!? こんな終わり方であの子は報われると言うの!? 冗談じゃないわ!!」

 

 ほむらは両手で顔を覆い悲しみに暮れる。

 こんな結末はあんまりだ。私はただまどかに生きて欲しかっただけなのに、どうしてこんな。生きることも死ぬこともなくただの概念になるなんて、それは死ぬよりもずっと……。

 

「ううん、違うよほむらちゃん」

 

 そんなほむらを否定したのはまどかだった。

 彼女の身体を包み込むように、寄り添うように語りかける。

 

「今のわたしにはね、過去と未来のすべてが見えるの。かつてあったかも知れない宇宙も、いつかあり得るかも知れない宇宙も、みんな」

「まどか…」

「だからね、全部分かったよ。いくつもの時間で、ほむらちゃんがわたしの為に頑張ってくれた事。わたしのことを救おうとしてくれたこと。今回だって、わたしやみんなを守るためにさつきちゃんと一緒に………えっ」

「えっ…?」

「う、ううん……な、何でもないの!」

 

(さ、さつきちゃんの正体って……!?)

 

 急に素っ頓狂な声を上げたまどかにほむらは動揺する。

 ただ、それを気にしている余裕は彼女にはない。すぐに正気に戻ったまどかは多少強引ではあるが話を続ける。

 

「と、とにかく! 今のわたしになったから、本当のあなたを知る事が出来た。わたしには、こんなにも大切な友達がいてくれたんだって。だから嬉しいよ」

「……」

「ほむらちゃん。ありがとう。あなたはわたしの、最高の友達だったんだね」

「………だからって、あなたはこのまま帰る場所も無くなって、大好きな人たちとも離れ離れになって、こんな場所に1人ぼっちで永遠にとり残されるっていうの!?」

「1人じゃないよ。みんな、みんないつまでもわたしと一緒だよ。これからのわたしはね、いつでもどこにでもいるの。だから見えなくても聞こえなくても、わたしはほむらちゃんの傍にいるよ」

「まどかは…それでもいいの?  私はあなたを忘れちゃうのに?  まどかの事、もう二度と感じ取る事さえ出来なくなっちゃうのに!?」

「ううん。諦めるのはまだ早いよ。ほむらちゃんはこんな場所までついて来てくれたんだもん。だから、元の世界に戻っても、わたしの事忘れずにいてくれるよ」

 

 まどかは頭のリボンをほどきほむらに渡す。

 そして、涙を零すほむらの顔を見て困ったように笑ったあと、花のような笑顔を浮かべて言った。

 

 

「いつか……本当の奇跡が起きるその時までお別れだよ。だからそれまで待っててね、ほむらちゃん」

「まどか、それって───」

 

 

 

 

 

「さやかは? おい、さやかはどうした!?」

「逝ってしまったわ。"円環の理"に導かれて…。美樹さん、さっきのあの一撃にすべての力を使ってしまったのね」

「バカ野郎…! 惚れた男の為だからって自分が消えちまってどうするんだよバカ。……やっと友達になれたのに」

「それが魔法少女の運命よ。この力を手に入れた時から分かっていた筈でしょ?  希望を求めた因果がこの世に呪いをもたらす前に、私達はああやって消え去るしかないのよ…」

 

 そして世界は改変された。

 改変された新しい世界でほむらは目覚めた。

 その手にはまどかのリボンが握られていて、まどかに関する記憶も残っている。今まで幾度となく時を遡ってきた記憶も、世界再編の間際に交わした言葉も、すべて。

 

「まどか…」

 

 するりと言葉が零れた。

 もしかしたら、言葉にすることでその存在を確かめたかったのかもしれない。しかし、その場に居合わせた巴マミと佐倉杏子は頭に疑問符を浮かべる。

 

「暁美さん? まどかって……」

「誰だよ…」

 

 記憶は残っていない。

 

 

 

 

 

 この世界にまどかのいた記録は残っていない。

 それはまどかの家族と出会った時の反応からも明らかで、母親は「娘がいたら…」なんて言葉を残していた。生まれた記録さえもここには残っていない。

 唯一弟のたつやは舌足らずな声でまどかの名を呼んでいたが、恐らくあれは幼い頃にだけ見えるイマジナリーフレンドのようなもの。もしかしたら、彼にはこの宇宙を見守る概念と化したまどかを感じ取っているのかもしれない。

 

 まどかの願いでこの世界から魔女はいなくなった。

 魔法少女が絶望してソウルジェムが黒く染まってもそれがグリーフシードとなって魔女が生まれることはなく、黒く染まったソウルジェムと共に魔法少女は天に召される。

 

 巴マミが言うには”円環の理”だったか。

 それが、まどかの願いで生み出された魔法少女救済システム。

 魔法少女が魔女となる前に、その絶望を浄化して苦しみから解放するというもの。

 

 本当にあの子の願いは叶ったというわけだ。

 宇宙から魔女はいなくなり、魔法少女が絶望することも無くなった。魔女の呪いのすべてを背負って浄化して、今の世界は成り立っている。

 まどかはまさしく魔法少女たちの神のような存在になったのだ。

 

 しかし、それでも呪いがなくなるわけではない。

 魔女と呼ばれていたものは今では形を変えて”魔獣”と呼ばれている。

 そしてそれを退治するための魔法少女もまた、この世界には存在している。

 

 世界が改変されたと言っても、変わったのは魔女の存在だけ。

 魔法少女契約のシステムは変わらず存在しているし、インキュベーターも存在している。この世界にまどかがいないことを除けば、何ら変わらないように思えるほどだった。

 

「───まあ確かに、浄化しきれなくなったソウルジェムが何故消滅してしまうのか…その原理は僕達にも解明出来てない。その点、キミの話にあった魔女の概念は、中々興味深くはある。人間の感情エネルギーを収集する方法としては確かに魅力的だ。そんな上手い方法があるなら、僕達インキュベーターの戦略ももっと違った物になっただろうね」

「そうね。あなた達はそういう奴等よね」

「キミが言う魔女のいた世界では、今僕等が戦ってる様な"魔獣"なんて存在しなかったんだろ?  呪いを集める方法としては、余程手っ取り早いじゃないか」

 

 インキュベーターとの関係も大幅に改善された。

 前までは魔法少女を魔女にするために悪辣とも言えるような行動を取ることのあったインキュベーターも、今ではともに魔獣と戦うためのパートナーのような存在。

 彼らは呪いから生まれた魔獣を狩るための魔法少女をスカウトし、魔獣が落とすグリーフキューブを回収して宇宙のエントロピー問題を解決する存在になった。

 

 こうなれば敵対する道理はない。

 魔法少女契約により魂がソウルジェムに変質することや、グリーフキューブの取り合いで魔法少女同士の喧嘩に発展する問題は残っているが、魔女化という最大の問題が解消されたことでさしたる問題には思えなかった。

 

 だからだろう、キュウべえに魔女のことを口にしたのは。

 案の定キュウべえもまどかのことは何も覚えておらず、そのことに落胆もしなかったが、たとえ世界が変わろうと変わらない在り方にどこか安堵さえ覚えた。

 

 もしかしたら、私は無意識に探していたのかもしれない。

 まどかを憶えている存在を。彼女が確かにここにいたという証明を。だって、彼女は私の心の中にしかいなくて、幻だったんじゃないかと思ってしまうこともあるのだから。

 

「ああ、暁美ほむら。そういえばキミには一つ伝えておかないといけないことがある」

「……なに?」

「そろそろさつきの意識が戻りそうだ。見舞いにでも行った方がいいかもしれない」

「っ…! そういうことは早く言いなさい!」

 

 

 

 

 

 改変された世界の中で不可解な点があるとすれば、さつきのことだろう。

 世界の改変と共に私はこの世界で過ごした記憶を受け取ったが、その中でさつきに関する記憶だけは不可解な点がいくつもあった。

 

 彼女は約1か月もの間意識不明の昏睡状態に陥っている。その原因は不明。

 これは私が覚えていないからというわけでもなく、杏子やマミに聞いても同じだった。キュウべえでさえその理由を把握しておらず、分からないの一点張りだった。

 さらに不可解だったのは、その理由を私が尋ねるまでそのことを疑問にすら感じなかったということ。さつきが意識不明であるという事実は知っているのにその理由を知らず、ただそうであると受け入れているようだった。

 

 こんなことができるとしたらまどか以外にいない。

 ただ、そんなことをする理由も分からない。

 

 そのため深く考えることなく彼女が復活するのを待っていたのだが、ようやくの復活の知らせ。何があったのかは本人の口から聞けばいいだろう。

 

 

 ノックをしてドアを開ける。

 病室──幾度となく時を遡る際の起点となった場所。

 もちろんここは自分が入院していた病院とは違うが、見舞いをする側として見る景色は一段と違うものであるように感じられた。

 

 ツカツカと歩いて中へと入っていくと、そこにはベッドの上で眠るさつきの姿。

 意識不明にもかかわらず魔法少女の変身が解けていないのにはもはや驚くまい。これが規格外だということは知っているし、何らかの事情から素顔を見られないようにしていることも知っている。

 

 これは私だけでなく巴マミや佐倉杏子も彼女の素顔を見たことがない。

 というか、名前も下の名前しか知らないし、どんな願いで魔法少女の契約を交わしたのかも知らない。聞いてもはぐらかされるし、キュウべえにまで箝口令を敷く徹底っぷりだ。

 ただ、それをわざわざ暴こうとは思わない。やる理由もないし、そもそも秘密主義に関しては私がどうこう言えるような立場でもない。好きにすればいいと思う。

 

 だが、少々度が過ぎていると思うのもまた事実だ。

 今回の入院の一因もその秘密主義が関係しているのだから。

 キュウべえはソウルジェムに直接干渉して意識を浮上させることができるが、さつきに対してそれを実行しようとしたキュウべえは手痛い反撃を受けた。彼女が事前に張っていた魔法が発動し、キュウべえの個体が一つ無駄になったのだ。

 

 彼女のソウルジェムには防護結界とでもいうべきものがかけられていた。

 これが非常に強力で、実際に試したことはないが巴マミのティロ・フィナーレを受けてもまったく傷がつかないだろうと思えるほどの強度があることが見て取れ、さらには最も魔法に精通しているであろうキュウべえをして『ワケが分からない』と言わしめた。

 

 そんなレベルの結界を張りながら魔法少女への変身状態も維持し、それでもなお彼女の銀色のソウルジェムには一切の陰りが見えない。どんな化け物だとつくづく思った。

 

 ただ、そんな彼女を以てしても倒せなかったのがワルプルギスの夜という存在。

 そんなものと戦ってよく今まで絶望しなかったものだと、どこか他人事のように考える。

 

「……っ」

 

 と、そのときさつきが身じろぎした。

 そろそろ意識を取り戻しそうだというキュウべえの言葉は本当だったようだ。

 さつきのことはキュウべえの個体のうち1体が付きっきりで見ていた。ソウルジェムに直接干渉せずとも、人間のことを長く見てきたキュウべえならば経過観察を行うことはできる。いつ起きるか、というのもかなりの精度で特定することができたのだった。

 

「さつき、意識はある?」

「………ほむら?」

 

 彼女の傍らに立ち声をかける。

 すると、思ったよりもきちんとした返事が返ってきた。魔法少女の身体で1か月も意識不明になるのだからもっと重体かと思ったが、そんなことはないようだった。

 

 しかし、次の一言は私を驚愕させた。

 

「そのリボン……鹿目まどかのだよな…?」

「…っ!」

 

───あいつは、どうなった?

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言えば、さつきはすべて覚えていた。

 まどかのことも魔女のことも、余すことなくすべて。

 

 だが、それと引き換えにというべきか、この世界の記憶は継承されていなかった。

 魔獣のことも知らないし、魔女がいなくなったことも知らない。この世界でどんな経験をしてきたのか、その記録も知らない。

 

 その理由を本人に聞いたら、一つだけ心当たりがあると。

 まどかが魔法少女契約を結び世界を改変していく際、さつきは本能的な危機を察知して全力で魔法を行使して身を守ろうとしたのだと。ただ、がむしゃらに魔法を使ったので、自分でも何が起こったのがさっぱりなのだとか。

 

 ……聞いて損したと思った。

 その話が本当だとしたら、まどかの世界改変を回避したということになる。さつきが如何に規格外とはいえ、そんなことは有り得ない。

 大体宇宙丸ごと法則を書き換えられているのにいったいどこに逃げると言うのか。仮に逃げられたとしてもまどかがそれを見過ごすはずはない。

 

 ただ、この世界のことを知らないのは不便だろうと思い、今までのことを語って聞かせることにした。

 まどかの願いにより世界がどう変わったのか、そのすべてを。

 

 そうしてすべてを語り終わったあと、さつきはこう問い掛けてきた。

 

「ほむらは満足しているのか?」

 

 私はそれに少し悩んだうちにこう返した。

 

「……えぇ、満足しているわ。だってここはあの子の望んだ世界だもの」

「本当に…? 本当にそう思っているか?」

「そう、ね。まあ、まったくの不満がないというわけではないけれど……でも、もう私は時を遡ることもできないから」

 

 この世界に来た時に私の時を操る魔法は消えてなくなっていた。

 もともとまどかとの出会いをやり直すという願いの元生まれた魔法だ。まどかが世界からいなくなれば、魔法が使えなくなるのも当然のことだった。

 

「じゃあ、時を遡れたら今すぐにでも戻るのか?」

「どうかしら? ……でも、もうそんな力があったとしてもまどかに会うことは叶わないわ。もうあの子はこの宇宙から観測できない場所へと逝ってしまったから」

 

 時を遡るたびにその距離は遠くなって。

 きっと、まどかをまどかと呼ばなくなったあの日からこうなることは確定していたのかもしれない。もう、奇跡を願ってもまどかに会うことはできない。

 

『いつか……本当の奇跡が起きるその時までお別れだよ。だからそれまで待っててね、ほむらちゃん』

 

(そういえば、まどかのあの言葉は何だったんだろう…?)

 

 不意に、別れ際の言葉が頭をよぎった。

 本当の奇跡……そんなものは本当にあるのだろうか。もし奇跡があるとすればそれは──

 

「──私たちの記憶があるのはどうしてなのかしら」

「さあ。意外と鹿目まどかのわがままだったりするんじゃないか?」

「そんなことは有り得ないわ。あの子はわがままを言って他人に迷惑をかけるようなタイプじゃないもの」

「それはそうだが……それだと、美樹さやかを円環の理に導いたのが説明付かないだろ。親友だったから連れてったんじゃないのか?」

「バカを言わないで頂戴。美樹さやかは片思いが暴走して突っ走る暴走列車よ。一度アクセルを踏んだらブレーキがかかることはないわ」

「お前美樹さんに対して辛辣過ぎないか?」

「事実よ」

 

 本当に、美樹さやかというのは不器用でまっすぐな人間だった。

 自分とは何もかも正反対だ。それが輝かしくもあり、愚かしくもある。

 

「……まぁでも、一応根拠はあるんだよ」

「根拠…?」

「そのリボンだよ」

 

 さつきが指差すのは頭に巻いた赤いリボン。

 まどかから貰った忘れ形見。

 

「……めちゃくちゃ夢のないことを言うが、そのリボンからは鹿目まどかの魔力を感じる。お前が弓矢を扱えるようになったのもそれが原因だろう」

「そう、夢のない話ね」

 

 それに対して落胆は、ない。

 むしろまどかの存在の証だと思えば愛おしくも感じる。

 彼女の存在を求めていた私にとって、それは僅かな拠り所となった。

 

「でも、鹿目まどか自身もお前に覚えていて欲しいと願ったのかもしれないな。わざわざそんなリボンを渡してくれるくらいだ。寂しい気持ちもあったんじゃないか?」

「……そう、だったらいいわね」

 

 ほむらは断定することができなかった。

 

 

 

 

「………なぁ、僕のことを責めないのか?」

「責める? どうして?」

「ワルプルギスの夜と戦っていた時、僕は魔法を使うのを躊躇した。あの時使っていれば、ワルプルギスの夜を倒すために鹿目まどかが魔法少女になることはなかった」

「そんなことを気にしていたの? その魔法はあなたの命と引き換えに使うものなのでしょう? だとしたら、まどかは変わらず魔法少女になっていたはずよ。あの子の願いはすべての魔法少女を絶望から救うことだったから」

「……」

「どっちみち、結果は同じだったでしょうね。覚悟を決めたあの子を私は止めることはできない」

「………そうか」

「それじゃあ話したいことも話し終えたし、私は帰ることにするわ」

 

 そう言ってほむらは帰っていく。

 病室のドアを開け規則正しいリズムでつかつかと歩き、その音はやがて聞こえなくなる。

 

 音の無くなった病室で先ほどまでのほむらの姿を思い出す。

 

『……えぇ、満足しているわ。だってここはあの子の望んだ世界だもの』

『どうかしら? ……でも、もうそんな力があったとしてもまどかに会うことは叶わないわ。もうあの子はこの宇宙から観測できない場所へと逝ってしまったから』

 

「正しくなんて……ねえよ」

 

 

 ふと、外へと目を向ける。

 そこには綺麗な満月と満天の星空が浮かんでいた。

 都会でこんなきれいな景色が見れるのは珍しい………まるで、初めてこの世界に迷い込んできたときのようだ。あの日も思わず見惚れるような綺麗な夜空だった。

 

 そう、キュウべえと会ったのもこんな日だった。

 よく映える満月を背景に、アイツは俺に魔法少女の契約を……

 

「……キュウべえ」

「何かな?」

「僕と契約を結んで欲しい。とある計画を実行するために」

「それは、契約ではなく協力ではないかい?」

「いいや契約だ。何しろ、僕が考えているのは因果律への叛逆だからな」

 

───円環の理を壊して魔女を復活させる。キュウべえ、お前にとっても得のある話のはずだ。




~第1部完~

【後書き】
 はい、長くなりましたが第1部はここで終了です。よく言われる最悪のハッピーエンドルートです。ここまで読んでくれた方はありがとうございました。
 第2部の投稿は作者の都合で少し遅らせて欲しいです。リアルが忙しくなるのと、叛逆の映画を見返したり魔獣編の書籍を読んだり他者様のまどマギのSSを読んだりして修行を積みたいからです。

 ただ、話のオチ自体はもう考えているので、来年の映画放映の前後くらいには投稿できると思います。失踪をするつもりはないのでご安心を。
 本作がネタなのかシリアスなのかは作者にも分からないことですが、面白いと思っていただけたのなら嬉しい限りです。

 この作品をこの一区切りまで走り切ることができたのは、読者の皆様の支持があったからです。
 評価や感想などを通して読者がいるということを実感して、執筆意欲が沸いてきたことが何度もありました。
 独自解釈や知識不足も目立つ作品ですが、それでも面白いと言って読んでくださった方々本当にありがとうございました。

 評価や感想などをつけてくれると作者のモチベーション的に助かります!(催促じゃないよ)
 それと、期間がしばらく空いてしまうので、お気に入り登録やしおりで通知が来るようにしておくことをお勧めします。
 リアルタイムで追った作品はずっと心の中に残るので、そういう作品になれたら、なんだかとってもうれしいなと思います。

 では、また次の投稿でお会いしましょう!
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