キュウべえ「ボクと契約してTS魔法少女になってよ」 作:フェレーデ
『安心していいよ。ほむらは魔女なんかじゃない。このソウルジェムは、あんたが繰り返してきた記憶と想いが詰まった大切なものだから』
「……」
布団に寝転がると、美樹さやかの言葉が脳裏に浮かぶ。
その真意をまだ聞くことはできていない。一方的に言いくるめられて、家に帰らされてしまった。
『でも、あんたは大人しくしてる柄じゃないだろうからさ。だから、明日学校にはちゃんと来るんだぞ。そしたら、あたしの知ってることくらいは話してあげるから」
(貴女は……本当に美樹さやかなの?)
ぎゅっとソウルジェムを抱え込む。
本物か、偽物か。その答えを知るよりも先に、深い眠りに誘われてしまった。
◆
目を開ける。
そこに広がっていたのはサイリウムで照らされた夜の見滝原。
魔獣を倒し終えた私は、構えていた弓を魔法で収納しほっと一息つく。
「いやはや、大した強さだね。あれだけの魔獣をたった一人で倒してしまうだなんて」
どこからともなく現れてそんな言葉を発したのはキュウべえ。
四足歩行で歩く様は、最も近いのは猫だろうか? 可愛げなんてあったものではないが。
「抱え込んでいる因果の量が増えているな。魔力が増えたのもそのためだろう。後は、固有魔法に割り当てられていた素質が他の能力に割り振られたのも関係していそうだ」
そして、キュウべえと同じくどこからともなく現れたのはさつき。
黒紫色のジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、こちらへと歩いてくる。
「来るのが一足遅かったじゃない。もう一人で全部片づけてしまったわ」
「なんだ、協力してほしかったのか?」
「いいえ、必要ないわ」
そして、気づいた。
ああ、これは夢なのだと。
過去にあった出来事を追体験するように見ているのだと。
私が意識せずともその身体は勝手に動き、勝手に思考し、勝手に会話をした。
私の視点は定まらず、夢の中の私と同じ視点になることもあるし、まるで漫画を見ているかのように第三者視点の俯瞰した景色が見えることもある。
それでいて、意識が宙ぶらりんになったようなふわふわとした感触はなく、むしろ意識も思考も冴えわたっている。なんとも不思議な気分だ。
「それは初耳だね。暁美ほむらの因果の量が増えたというのは本当かい?」
「ああ。だが、お前には既に観測できない事象だ。事実かどうかは、僕の記憶の中にしか残っていない」
「それは残念だ。背負い込んだ因果が変わるなんていう特異な現象は滅多に見られないからね」
夢の中の私は2人の会話に参加することなく、魔獣が落としたグリーフキューブを拾い上げてそれをソウルジェムへと押し当てる。
そして、穢れを吸い上げるとキュウべえへと放り投げ、処理をした。
「ただ、固有魔法が変わったということはおそらく願いも違っているんだろう?」
「それはほむら本人に聞くことだ。僕の場合はなんら変わらない願いを叶えたことになっている」
「私は話すつもりはないわ。また夢物語だ何だと言うんでしょう?」
「随分と辛辣だね。あのときは君しかその記憶を覚えている者はいなかったからね。ただの妄想を話していると思っても仕方のない事じゃないか」
「……」
「それに、今ならば君たちの話す話にいくらかの信憑性もある。ある日突然、さつきの因果の量が膨れ上がると同時に約1ヶ月もの間意識を取り戻すことはなかった。急に因果の糸が巻き付いた原因は今でも特定できていないけれど、君たちの話す”まどか”の願いによるものだと考えれば辻褄は合う。それに加えて、同時期に契約の覚えがないほむらが現れたんだ。このタイミングで不可解な事象が続くのはとても偶然だとは思えない」
表情こそ変わらないが得意げな様子で持論を語るインキュベーター。
自らを地球よりも遥かに発展した文明を持つ高度な知的生命体と称する彼らは、感情がないという割に真実を追い求める探求心と好奇心はあるようだ。
「だが、そうだね。暁美ほむら……ひょっとすると君の願いは”まどか”に関する願いだったんじゃないのかい?」
「っ…!」
「やっぱりね。君の固有魔法が変わったのは願いの対象がこの世界から観測できないものになってしまったからだろうね。行き場を失った願いは形を変えて、本来ならば覚えていないはずの”まどか”に関する記憶を持ったまま君はこの世界に流れ着くことになった」
「……」
「だが、だとすると不可解なのはさつきだ。君も暁美ほむらと同じ世界の記憶を持っているが、君の願いは何も変わっていないと言う。いったい君はどうして本来ないはずの記憶を覚えていられるんだい?」
「さあ? 答えるつもりはないな」
悪びれもせず閉口するさつきにキュウべえは異を唱えるが、応じる必要はないとばかりに立ち去って行ってしまう。
「やれやれ困ったね。素性を知るチャンスだったというのに」
「あいつの秘密主義は今に始まったことじゃないわ。気にしたって仕方のない事よ」
「随分とさつきの肩を持つんだね?」
「あいつとは色々あったのよ」
その後もインキュベーターが”色々”について追及してくるが、私はすべて無視をした。
ワルプルギスの夜を倒すための協力関係。それが私とあいつの関係だが、今ではまどかと魔女を知るたった2人の生き残りのようなもの。
誰にも頼らないと決めて何度も同じ時を繰り返し、その果てにあいつと出会った。
その圧倒的な強さに希望を見出し、紆余曲折あって協力関係を取り付けることに成功し、ワルプルギスの夜へと挑んだ。
結果こそ振るわなかったが、同じ目的を共有して戦いに挑むことができて、心に余裕があったのは事実。もしまた時間を繰り返すことになったとしても、再び協力関係を結んでいただろうと思う。
そして、非常に癪なことだが、インキュベーターの言う通りあいつの肩を持っているというのも事実で、その自覚もある。
そんな感情を抱いてしまっているのはきっと、あいつには忘れられた経験がないから。
時を繰り返すということは、すべての思い出がリセットされるということ。
私の記憶に残っている思い出もすべて消えて、もう一度初めから人間関係を構築する必要が出てくる。
だから私はいつしか距離を置くようになった。同じ思い出を共有できないことが辛くて、忘れられてしまったことが苦しくて。今思えば、絶望を避けるための精神的な逃避行動だったのかもしれない。
素っ気ない態度をとるようになったのも、時に心無い言葉を投げつけたのも、忘却という現実から目を逸らすための言い訳のようなものだったのかもしれない。
だが、さつきの場合はそうじゃない。
面識を持ったのは最後の2ループだけで、思い出が消えるような事態に直面していない。心の壁を作るよりも先に繰り返しが終わって、世界が改変されてもなお消えたはずの記憶を所持していた。
親近感を抱くなというのが無理な話だ。
だって、同じ記憶があるということは、その時間が確かにあったという何よりの証明。私一人しか記憶を持っていなかったら、本当はまどかなんていなかったんじゃないかと後ろ向きな思考に囚われていた可能性が高い。
まどかの作った世界を守っていこうと思えたのは、まどかが確かにこの世界にいたのだと自信をもって言うことができるから。
そうでなければきっと、私はまどかのいない世界に絶望していたと思うから。
「そうそう、暁美ほむら。最近街のはずれの方で魔獣が大量発生しているんだ。このままだとすぐにでも街の中心部に辿り着いてしまう。明日はそっちに向かってほしい」
「私に頼まずとも、巴さんや佐倉さんに頼めばいいんじゃないの?」
「マミと杏子は別件で動くことになっている。さつきも手が離せないことがあるし、君にしか頼めない」
「そう、分かったわ」
そして、そこからの記憶はない…。
◆
「……はっ…もう朝?」
ぷっつりと途切れるように夢が終わった。
かつてあった現実の世界から、本物そっくりな紛い物の世界へと帰ってきた。
そして、思い出した。
私がこの世界に違和感を感じるきっかけとなった渡里さつき。あれは、魔法少女のさつきと同一人物だ。
記憶がないのは、やはり魔女の結界に入ったことによる影響なのだろうか? 今までの思い出をなかったことにして、もう一度出会いからやり直す。
(……本当に? あいつが魔女に囚われたとでも言うの?)
魔女が誰であるか、というのはまだ分かっていない。
最も怪しいのはいろいろと事情を知っていそうな美樹さやかだが、それも確定ではない。だが、誰が魔女であろうと、あいつが魔女にやられるようなことは想像できなかった。
あいつは命を対価に魔女となったまどかでさえ退けることができる。
そうでなくとも、理不尽な強さを持つワルプルギスの夜を数十分もの間完全に封じ込め、それでもなおソウルジェムには殆ど穢れが溜まらなかった。
世界が再編された時もそうだ。本人は何をやったかあまり覚えていないと言っているが、何かしらの方法でまどかの干渉を防ぎ、思い出を守り通した。
そんな条理に囚われないような奴が一介の魔女にやられるなんて考えられない。
だが、現実にあいつはすべてを忘れて私のクラスメイトになっている。
(分からないことだらけね。美樹さやかに問いただせばこれも分かるのかしら?)
学校なんて行っている場合じゃない。
そんな気持ちはあるが、美樹さやかは学校に来れば知っていることを話すといった。ならば、行かないという選択肢はない。
美樹さやかは嘘をつくのが嫌いな性分だ。
やると言ったことはやるし、他人に止められても突き進み続ける。口約束とはいえ、違えるようなことはしないと思う。
あれが、美樹さやか本人であれば。
◆
「昨日はごめんなさい。急ぎの用事を思い出して、声を掛けずに帰ってしまったわ」
まどかと巴さんには突然帰ったことを謝った。
本当の理由は言わない。言っても魔女のことなど覚えていないだろうから。
『おい、ほむら』
授業中、佐倉杏子がテレパシーで話しかけてくる。
『何かしら?』
『結局昨日言ってた魔女っていうのは何だったんだ?』
『あぁ、そのことなら気にしなくていいわ。私の思い過ごしだったみたいだから』
『はぁ、何だよそれ。お前絶対何か隠そうとしてるだろ』
『……そうだとしても、今貴女に話すことは何もないわ。私もまだこの世界がどんなものか見当もついていないから』
杏子には美樹さやかのことは伝えない。
一緒に暮らしていて杏子が違和感を感じ取っていないということは、美樹さやかも巧妙にそのことを隠しているということ。私も昨日のことがあるまで彼女には何も違和感を感じなかった。
それでも、自分から正体を明かすような真似をしたのは何か理由があってのことのはず。
美樹さやかの目的が分かるまでは何もしないのが賢明だろう。
(……問題は、さつきの方ね。今日に限って学校を欠席。何か隠していることでもないか聞き出そうと思っていたのに、当てが外れたわ)
彼女の方はそもそも連絡を取る手段すら知らない。
かつての世界では連絡先の交換はしていたがこの世界ではしていないし、家の場所も知らなければ本名さえも知らない。
だから、何でこのクラスに紛れ込んでいるのかも分からないし、それが本人の意思なのか、それとも魔女によるものなのかも見当がつかない。
そして、夢を見てから気づいたことだが、ここ数日キュウべえが姿を現さないのも奇妙だ。
最後に見たのは5日ほど前のこと。つまりは佐倉杏子と協力関係を結ぶよりも前。ここが魔女結界であると気づいてからは、一切その姿を見ていない。
「……」
何か不気味だ。
考えすぎなのかもしれないが、すべてが怪しく思える。
「ねぇ、ほむらちゃん。今日の放課後時間ある?」
「えっ」
放課後、帰り支度をしていたところでまどかが話しかけてくる。
予想外のことに思考が一瞬止まった。
「ええっと……何の用?」
「ちょっとだけ2人きりで話したいなと思って。ダメ、かな?」
正直、まどかの誘いを断りたくはなかった。
だが今日の放課後には美樹さやかとの先約がある。どうしようとか逡巡し、ちらりと美樹さやかに視線をやると
『行ってきなよ。あたしは待ってるから』
と、サムズアップにウインクまでして返された。
『助かるわ…』
私はまどかの誘いを了承し、2人で出かけて行った。
「ごめんね、急に誘っちゃって。ほむらちゃん最近忙しそうだったのに」
「いいのよ。忙しかったのは本当だけど、ちょうど一段落着いたところだったから」
「そうなの? よかったぁ」
まどかは綻ぶように笑うと、しばらくの間押し黙り、やがて意を決したように「この間の夢の話の続きなんだけど…」と控えめに話し始める。
「ほむらちゃん、わたしがすごい魔法少女になる夢を見た話をしたの覚えてる?」
「もちろんよ」
覚えていないわけがない。
だってそれは本当にあったことなのだから。
あれは夢の中の話なんかじゃない。
実際に、まどかが願ったことだ。
「それでね、その夢の中でわたしは一番大切な人を幸せにできないんだけど、その大切な人が誰なのかずっと分からなかったの」
まどかの、大切な人…。
「夢の中以外でも見たことがある気もするし、なかったような気もする。変だよね? 大切だって思ってるのに、それが思い出せないなんて」
「……」
「でもね、最近やっと分かったんだ。それが、ほむらちゃんだったんだって」
「え、私?」
まどかの言っていることが分からない。
一番大切な人が私だなんて。同じ時間を生きていない私は、まだ会って間もない転校生のはずなのに。
「……きっと勘違いよ。貴女の両親や幼馴染の美樹さやかの方が付き合いは長いでしょう? 優劣をつけるのはあまりよくないけれど、そっちの方がまどかにとっては大切な人たちなんじゃないの?」
「…わたしもね、おかしいと思うよ、こんな夢の内容を真に受けちゃって。もしかしたら毎日こんな夢を見るから、ちょっと疲れているのかも」
「……」
「あ、ほむらちゃんのことももちろん大切に思ってるからね」
「えぇ、ありがとう」
「でも、わたしね、夢で見たこの内容がどうしても嘘だとは思えないんだ。本当にあったことなんじゃないかって、そう思えてならないの」
「どうして?」
「だって、夢で見たほむらちゃんと今のほむらちゃんがそっくりだから」
「っ…!」
まっすぐ見つめてくるまどかに思わず息を飲んだ。
「ほむらちゃん、急にイメチェンなんてしたのはどうして? 髪をほどいて眼鏡を外して……今のほむらちゃんは夢に出てくるほむらちゃんとそっくりだよ」
「そ、それは…」
「ほむらちゃん、最近ずっと悩んでたよね? 何か大切なことを忘れている気がするって言って、思い出そうと必死だったよね? ……それって、もしかしてわたしの夢と関係あるんじゃないかな?」
「まどか…」
「わたしも同じ気持ちだよ。わたしも、あの夢が何なのか知りたい。ほむらちゃんが知ってるなら教えて欲しい」
「……それ、は…」
そのとき、まどかの身体がふらりと揺れた。
突然のことにほむらは動揺する。
「まどか!?」
「っ……うぅ、大丈夫。わたしは、大丈夫だから」
「……」
「でも、そっか。そうだったんだね」
「まどか?」
「ほむらちゃんは今までずっと守ってきてくれたんだね。この街を、みんなを……わたしのことを守るためにひとりでナイトメアを…」
「……」
「ううん、違う。
「っ!? まどか、あなた記憶が…!?」
「やっぱり、あの夢は本当にあったことなんだよね! ほむらちゃんはずっとずっと、ひとりで戦ってきたんだよね」
「っ…」
「教えてほむらちゃん! あの夢は何なの? あれは本当のことだったの? ねぇ、ほむらちゃんは何か知ってるんだよね! だとしたらわたしは……!」
涙を浮かべて取り乱すまどかを見て、ほむらはぎゅっとまどかを抱きしめた。
それを特に暴れることもなくまどかは受け入れる。高ぶった感情もゆっくりと落ち着いていき、自分が何を言ったのかを後から自覚する。
「ご、ごめん、ほむらちゃん。わたし…」
「いいの、いいのよ。それよりも1つだけ聞かせて」
「なに?」
「その夢の話が本当だったとして、あの選択は正解だったと思う? もし同じ状況に陥ったとして、同じ選択を取ることができる?」
「……できないよ。だって、夢の中のほむらちゃんはすっごく寂しそうで苦しそうだった。それを知っちゃったらわたしは、あんな選択できない」
「それが、他の大勢を救うことだとしても?」
「うん。だって、あんなに大事に想ってくれる人を置いてお互い一人ぼっちになるなんて、そんなのあんまりだよ。ほむらちゃんでもあんなに苦しんでるのに、わたしなんて耐えられっこないよ…」
「……そう、貴女でもそう考えるのね」
「ほむら、ちゃん…?」
「私は間違えてしまったのね。やっぱりあの時、私は何としてでも止めなければいけなかった」
まどかの答えを聞いたほむらはソウルジェムを輝かせて魔法少女の姿へとなり、盾から麻酔銃を取り出してまどかを撃った。意識を失ったまどかは、すやすやと寝息を立てて眠りにつく。
「ごめんなさい、まどか」
たとえ、このまどかが偽物なのだとしても。
たとえ、ここが作り物の世界なのだとしても。
どうか私に貴女を守らせてほしい。
大丈夫。
今度こそ夜を終わらせて見せるから。
貴女が悪夢を背負う必要なんてないと証明して見せるから。
「……盗み聞きとは感心しないわ、美樹さやか」
「ありゃ、バレた?」
悪戯がバレたとでも言わんばかりの表情で近づいてくる。
「まさかあんたがまどかを撃つなんて…。偽物だから?」
「いいえ違うわ。このまどかは本物よ。私が見間違うはずもない」
そう言って、ほむらは自身のソウルジェムへと視線を落とす。
それは、私の祈りで生まれた願いの結晶。
「そっか。あんたの願いは…」
「知っているのね。貴女に話した記憶はないのだけど」
「まどかだよ。この世界に来る前に、まどかに教えてもらったの」
「まどかに…?」
「そう。あたしはまどかに頼まれてこの世界にやってきたんだ」
魔法少女って麻酔銃で寝るんだろうか(・・?
『考察好きの皆様のために』
展開予想のコメントをしたいけどガイドライン違反になるから駄目だ、というお悩みを抱えている人のために考察の魔女の憩いの場という考察スペースを作りました。
作者自身は展開予想合戦や作品への考察も含めてその作品の面白さだと思っているので、感想欄ではできないことをやってもらえればと思います。
もし、このやり方が何らかのガイドラインで禁止されていた場合は、予告なく取り潰しする可能性があるとだけ留意しておいてください。
次話「協力しよう」